2011年2月1日

権威

批判者は誠実な者が多い。
流行から外れた者に恵みあり。
人柄のよさは決して損を買わない。
お人よしは社会的に損して得とれを実践しがち。
悪風を治す習慣づけは早い程よい。
冤罪はそう裁いた側にもはねかえる。
暴力の教えは子供を反抗的に育て上げる。
説諭は賢い子供へ強い印象を残す。
生徒への慈しみは恩返しを受ける。
善良な市民が少ない程商才が栄える。
天才の適所には極めて強い誘因がある。
商業都市が栄え続けた試しはない。
学術都市には威風が続く。
遷都は一族を損なう。
先生の人柄は地域を象徴していがち。
女性が優しい時その地域の男性は恐るべき事が多い。
女性が素っ気ない時その地域の男性は競合力が弱い。
女性が冷たい時その地域の男性は狡い。
智恵ある人種の女は尚更。
知識は学習者が減ると流出し易い。
寛大な女性は貞節な事が多い。
嫉妬深い女性は放埒な事が多い。
擬似科学や誤った知識は権威によって反証されない。
多くの儀礼風習は迷信の洗練。
智恵が最も精確に世襲し易い。
器用さは器量に繋がる。
風習は土地の人間性を象徴する。
補佐する者は主導者より先ず賢い。
目立たない種に進化あり。
発明は偶然を好む。
芸術の才は血統内で完全に失われる事がない。
芸術の質は形質の象徴。
発見は余裕を好む。
趣味の合い方は夫婦仲の原理。
童謡は忘れられない。
童謡を創る男性は子煩悩が多い。
語学が民族性をうつす。
複雑な言語体系が生き残る。
美女は貞節さと反比例する確率が高い。
美男は理性が比較的弱い。
肉体崇拝は堕落と結ぶ。
心のよさは擬態しづらい。
本能に近づく程本性が暴かれる。
本性は血統により驚く程違う。
自尊心のない女性は救われえない。
古代人の中傷が未来人の復讐になる。
風説は事実無根な程寿命が短い。
偉人の噂は偉大な事が多い。
全ての業が平等から物事をずらし続ける。
待つ者は買い逃しがない。
傑作は当時の人気がない。
美人の妻を求める者は醜女を与えられる。
美男子の夫を求める者は先ず結婚できない。
美醜は現世にしかない。
美女の多い場所に必ず頽廃あり。
雄性気質は征服者の徳。
帝国の素に最大の雄性気質あり。
敗残者へ勝ち誇る者は貶められる。
少額の寄附は最多の慈善。
社交下手に才能あり。
学者の孫に学者あり。
交際広さは見る目のなさ。
友達多さは節操なさ。
数学者に庇護者あり。
純粋農民は政治下手。
商才は財政に通用しがたい。
善政の下に財源なし。
同業組合内に政治の天才あり。
技術者の血統内に科学者の種あり。
失敗し易い者は大成も之易い。
教育者は自己啓発が苦手な事が多い。
子供の気質は大人の反映。
環境が気質を研ぐ。
大哲学者は大知識人を兼ねがち。
複雑な進路は複雑な人格を造る。
子供を謗る者は倍以上に謗られるだろう。
名門名家名士名婦に大いなる教養あり。
侵略での勝利は名誉ある敗北より不徳。
熱帯に婦道なし。
流刑地に同業。
島国に奇種。
少年時代と老年時代に化けの皮はない。
幼年と晩年に根が顕れる。
淘汰は殲滅より合理的。
迫害は死刑より合理。
恐怖感は暴力より印象で深まる。
神は信仰に宿る。
歴史を知る者は異民族を差別しないだろう。
皮肉は虚偽を斬る。
学歴を誇示する者は学者に擬態している。
知識は遺伝しない。
偏差値は学習量に必ずしも比例しない。
偏差値は必ずしも大学者の指標ではない。
大学者の種は学歴を気にさえしないだろう。
凡人は学歴を手段と信じている。
学問の才能はその知識欲にある。
真の知識は学歴に宿る事が殆どない。
学歴は模倣量に比例する。
哲学は決して地頭を欺かない。
自称科学者は単なる模倣者な事が殆ど。
数理型の感覚よさは芸術の才と比例している。
取るに足らない知識のよせあつめは人を驚かせない。
専門家の唸る知識は一般人が呆れ返る程単純。
真の知識はどこかで記憶していた感覚がするもの。
希少な知識は煩雑なそれより貴い。
小さな子供の厭う学野は傍流な事が多い。
学ぶ必要が多い社会程そこの少年は大人しい。
文明化された社会な丈子供は学問を好むだろう。
学歴の高い行政人は信用が置けない。
秀才は天才の呼び水。
極度に我慢強い者しか抜群の成果を挙げない。
学問はそれを極めて好む者しか飛び抜けない。
理由なき大学者なし。
雑種に選良なし。
愚民に来世なし。
亜種に生存者なし。
異種間に共有地なし。
哲学の違いは種の違い。
幸福にたちあり。
学業を誇る知識人は二流。
学歴を誇る知識人は三流。
真理を誇る知識人は一流。
無知の程を誇る知識人は先ず超一流。
四大卒を誇る知識人は論外。
数学に真理はなく技巧のみ。
学園創設者は専門な学者に劣る。
教育したがる者は研究に劣る。
真理は人種をつくりかえる。
比類が多い程その才能は卑小。
努力と才能は同じ習性のいいかえ。
道徳性は必ずしも加齢に正比例しない。

2011年1月31日

公賊討伐策

小沢氏を排斥し己の恩義を裏切る公賊菅直人を討伐し人道の正義を取り戻すにいかなる手段をも辞すべきではない。之は己を権力の座にのしあげた国民自身の手でとどめを刺さねばならない。なぜなら国民自身の税収で彼が食いのさばる限り、恩義の裏切りは正当化され世間の共通公道と成り兼ねぬのだから。

 場合によっては「日本国から離脱し、一新国を建置」し直してでも俗物を討征する他ない。国民の中に不正義を蔓延らせる悪意のぬしは一刻の猶予を以ても権勢の座にすわらせておけない。

2011年1月29日

人

茨城人に敵対すると確実に敗れる。
仙台人はひどく負けず嫌い。
岡山人は理屈を好む。
福島の婦人をもつと一族が成功し易い。
福井人は極端に言い訳上手。
和歌山人はとても人が善い。
名古屋人は異常な商売気がある。
岩手人は昔かたぎ。
青森の女性は駄目な夫を献身的に支える才能がある。
沖縄人は殆ど落ち込まない。
佐賀人は極度に忠誠し易い。
北海道人は殆ど裏表がない。

氷上

氷上で踊る為に払う我が税よ
万引きは犯罪なれど家無し都民

淋しきいろ

少年の蹴る自販機にBOSSの顔
かわりゆくひのくる町の川面かな
電気屋で30分間すごしけり
猫乗りたがる凍った池に金魚隠る
白鷺の浮かぶ川面へ山煙り
ごみすてるトラックあんちゃんいらぬなり
山煙る雲の滴る雪上がり
夕焼けの淋しきいろに部屋染まる
家映る川の流れと吾走る
ガソリン車きらう吾らと並行す
無能なる老人も死なず威張る也
くらき日に消費増税雪積もる
雪さめのしとしと屋根をうちつける
運動場閉め出し売るぞゲーム哉
漫画なら猥褻物と云う都知事
おゝうみの声に紛れる汽笛
梅の花ゆきを背負いてめかしこむ
柚子のいろ雪のまなかで輝けり
ねこ共のひなたぼっこをする芝生
月流れ町を照らす明るく照らす
しずやかに過ぎる日射しは星焦らす
さめざめと降る冬の雨かわきける
山禿げし国と施策というなれど
親わるき子供も恵む伊達直人

2011年1月27日

雪景色

もし宇宙の果てに静かに眠っているこの僅かな命に
轟き轟き滅相もパナマ小言デイジー咲きしつつじ見舞
さいなーらほいなーらテレスコープ全くって蠢動ももも
やむことなきさらゆく雪の頬をさす茜に映える夕闇さみしき
朝起きたら一面につもった雪景色けど夕方にはもうきえた

半月の冷ややか

そのゲス処分ロボットはとっても優秀
国中へ偶像稼業をまきちらす
ひがし京都のエーケーヒーとシャニースを
見つけ次第追跡して惨殺していく
辺りに積みあがってく死体
素晴らしいシステムだ
あの姦淫エド都知事の犯罪末孫の一滴迄
漏らさずに処分していく
倭人処理マシーン!
関西のふれた処
どこ迄もけがれる
天皇のおりつ場所
姦淫にまみれる
舞妓を殺しまくる正義の人類ロボット
その両手には水爆
さあ落としまくれよ黄色の畜生界へ
叫び声が響く
恐怖の声だ
エドが次々爆発して跡形もなくなる
次々に手足を切り落とされ
海へ捨てられる倭奴
あれ程もコニクロ消費税を崇めていた奴らの末
あれ程の罪業をなしつつも
吾らから金を奪いまくってきた
倭への報復が計られて行く
全てが清まる迄
あの半月の冷ややかに光るのを
眺めていましょうか

2011年1月26日

繁華と閑寂

中国のとある隙間
けどしられてもない
私はそこを素面(しらふ)で歩く
つてのない旅
とある名前は
私の記憶の底で待っている
単純にいえば
この世で
望むものは何一つ手に入らない
だから旅を行くのだ
多くの人々は
記録された過去を
少しも留めずに流し去る
ざわめく繁華街の間に

誰も今をこえない
だが命は廻(めぐ)りくる
去ってしまった寄る辺も
囁きの調べも問う事なく
偽りの権威
卑怯な出来レース
けど社会文明はそれらを
倭達の彩りとしてしまった
もう忘れ給えよ
奴らにはゴールもない
ただ走り続ける鼠競走
別に目あてもない
じっとそのコインゲームを見る
次に賭けるのは3番の痩せねず公

僕がきらいなもの
朝鮮街
とてもきたない
ぎらぎらとしたネオンサインで飾り
安物をちゃらちゃら売りまくり
民族衣装を架けてけばけばしい
色彩で訪れる者を深く誘い込む
とてもよく似ているけどとても違う人達
けど僕は同じく
京都くさい倭人街も途轍もなく大嫌いだ
とすると僕とは何者か
どちらもきたないと感じる割に
中華街へ親密さを覚えたりもしない
東洋の閑寂な田園生まれ

2011年1月25日

製品開発

食品ストッカー型の冷蔵庫。

穢奴(倭系ぼろぼろ)への対策法案

穢奴DNA追跡法を考じ、その遺伝子列がみつかり次第、市民の手で殺処分できる状況を定式化すべき。
 穢奴は地方社会へ侵入し強姦罪又は淫行勧誘罪により性的暴行の映像を撮りその親玉である天皇のいる都内へ返って当猥褻物を売り捌く無法の穢多(中古日本でいう「ぼろぼろ」のこと)と定義する。

石原家はこのぼろぼろの代表者であり、之らの穢多稼業を少しもとりしまらぬ許りか、おのが面前で罪業を行わせ、嬉々として同然の描写を施す悪辣なる小説をまきちらして大金を占めている。之らは無法者なので日本国の憲法に合致しない。故に即座な殺処分も、他の理性なき獣類同然に合法的といえるだろう。

建築論

失われた建物の内にあった思い出はどこへ消えるか。もし消えるならなぜ消えるか。誰もそれを忘れてしまうとして、そこで受け渡された言伝は残る。だから建物は、人々を思い出に染めるもの。

2011年1月24日

ゆめみ

私のゆめは
関西が殺されまくるのを
高みの見物すること
奴らは日頃から
すさまじい悪さをはたらく
陸でなしのけがれ
神奈川とかいう相模のはての
のはらに突如いえをたてた
どこの馬の骨ともしれぬ
きちがい天皇一族の手下
つるんでなすのは淫らな業
しねばいいのにとだれもが噂
わたしもたしかにそうおもう
すさまじいかねを搾りあげ
わたしらのつくったお米をくいあさり
かしましい話をまきちらす倭奴
ほろびの日はちかい
ここでお祈りしていればよい
やつらは自称畿内のよこしまなけがれ
なにしにやってきたのやら
ここはわたしのすみかなのに
とおいひがしの吾妻のはなし

粉雪(こなゆき)

粉雪
降りしきる
わずかに
てのひらを掠める
つちの上を撫で
あっというまに去る
このよにて
だれひとり
しらぬまにちりゆく
粉雪 粉雪

2011年1月23日

恋文

置き手紙にはこう書いてありました。
「私はあなたが好きでした。けど、貴女はお嫁に行ってしまった。もうお会いすることもできそうにありません。今では、私には想い出だけが残されています。小さな泉がいつまでも尽きない様、あの時に渡された手紙はてのひらの上で何もかも取り返しがつかないと教えています。もし貴女がおもいだしてくれるなら」
その手紙は心の中に置いてありました。そっと取り出すと、ぽろぽろと灰になって燃え尽きてしまいました。

お嬢さん

首ねっこを掴み
この小さな居場所からでていく
踊りにつける薬はない
とっくに夢中は過ぎている
でもそれが
嘘な証拠に
貴方はもう
このよにはいません
出鱈目な扁平足
げす倭があふれ
いうまでもなく
私らは退屈しっぱなし
もういいでしょ
私疲れちゃった
風のあいまに
さがしました
どこへ行ってしまいましたか
あのことりさん
奈良の山奥
小さな鳴き声の
貴方をみつけて
とても嬉しがった
あの小さな神社の涌き水は
もうかれはててしまいました
のこったのは
記憶にある鳴き声ばかり
もういいです
国家神道なんていりません
かなしいくらい
私にはこの
狭苦しい宇宙がたまらなくいや
もう忘れたいの
処がお嬢さん
あの雲の向こうを御覧なさい
そう貴女の向こうの
おおむかし
あそこには私達の住家があった
いまでは光の粒にしかみえないけど
本当にそこへすんでいたんですよ
本当にあんな遠くで
確かに
地球はとてもとても小さい

違法販売店の広報

株式会社ヤマダ電機は『ノルウェイの森』なる姦淫文書をその店舗で未成年者含め販売している。之は刑法犯罪に抵触する継続的販売目的での保持及び頒布であり、即刻その業務停止命令及び刑事訴訟による賠償と懲役責任が必要。
公平な市場競争の秩序を法規違反で乱す企業は社会的責任を果たせぬ限り、その名分剥奪が必然。

2011年1月22日

理神論批判

理神論は、自体の理論を神格化させる点で原理主義論のいいかえだろう。
 一般に理神論が人倫へ害を齎す程は甚しい。それは神の観念を最も卑近な私的空想へ近づけて恥じぬからだし、本来の超越概念を理論上の仮説とみなす僭越か勘違いによる。
 次の如く断言できる。神は理論そのものでは決してない。理論はthe-ory、つまり「神のもの」だが、神自身では決してありえない。神は全知全能全徳の源として実在を信じる者にとっての究極共有理念であり、理想下の被造物やそう類した形に比類できはしない。勿論いかなる理論をのべた文らしき産物や、かく類した数字数式他の記号、どころか心の状態ですらない。神や当の生態は実在する可能性が極めて高いか先ずありえるのであり、偶像化しえない現世な知覚基盤の超越の元に絶えず再起される。つまるところ理論を神格化しおくのは何より悪徳。それは特定の理論へ人物らを狂信させる許りか本来の神への信念を歪ませたり、実在を事実上否ませ傲岸不遜を自己正当化させさえする。神をも畏れぬ所業とはこの形容だった。
 真の神は各理神論者らを不信心者の業に陥れ、人間の限界と愚かしさを嫌というほど痛感させ、了いには地獄の住み人へ虚ろにして矛盾にみちた理論を悪魔の読み物として与える。彼らは自らの愚かしさの元に安住し、死刑への道程をあらゆる悪徳の実践に於いて代表するのだ。なぜなら神の被造物という謙遜の仮定すら取り除けばその知覚基盤の特有にして生得な限度にも関わらず全知への漸近が可能として当代の単なる理論上の枷を妄信させ、他者との不可欠な信仰へ至る道を塞ぎ止めるから。之は必ずや通信不全か閉じた輪な狂気増幅に等しい。閉じた系の混沌度増大は崩壊ゆえ。

2011年1月21日

信仰

姦淫小説を世界中へまきちらす神戸穢多である村上春樹は粛清された方がよい。

東北物語

僕は今より少し昔、とても綺麗な物ばかりみていた。
汚い物は殆ど外からやってきた。何度も書くけど、結論をいえば天皇の所為なのだろう。

天皇はやくざの親分として奈良の都を造った。そしてその時中華思想を幾らか輸入し、自らを天子に見立てたのだった。
やくざの本性は支配欲だけだ。だからどこ迄も増長する。

 僕は天皇の近くには住んでいなかった。僕の住んでいた場所は穏やかで、平和で、人々は利己心を特に信奉もせず、単純にいえば楽園に近かった。そこは幾分かの野生さはあったが、決定的な悪業はみたことがなかった。多くの人は他者を虐めもせず適当な距離に置いていた。彼らは笑いあったり、笑わせたりしながら先人の道に随っていた。
野口英世の生家をみた時、僕はそういう先祖の本質を知った。彼らは平和主義者である許りか平穏で善意にみちた生涯を見据えていた。彼らは純粋であり、悪党をみたことがなく、程度こそあれ朴訥だった。

そこへ天皇の一族がやってきた。彼らは源氏物語や古事記を聖典に我々を蛮族扱いした。村上春樹という姦淫小説の作家が、2chで散々東北人をけなす。こういうことだ。彼ら関西人は道徳どころかいかなる善意にも関心はなかった。淫乱を信奉し、あちこちへ飛び火して悪徳を撒いた。

 九州にいた薩摩隼人は知性に問題がある。だから、猪突猛進に彼ら関西人へ協力した。大義名分など一切ない。自分は断言できるが、彼らの末路は悲惨だろう。僕がみていた「綺麗な場所」は彼らによってまさに悪化した。そこには南蛮の風習が入り込み、姦淫を商売に仕立て、人民の悪習から税金を搾り取る天皇一族の風俗が入ってきて嘗てあった素晴らしい調和は破壊された。
だが、人類が求めてきたのは「綺麗な場所」なのだ。多くの精神はそこでしか安住できない。

僕の先見が正しければ、天皇一族は薩摩隼人と共に滅びるだろう。僕が住んでいた綺麗な場所は彼らによってよごされていった。だが、その地へ彼らの種が根付くことはない。なぜならば、あしき天子は必ず革命されるのだから。

2011年1月19日

神戸人の悪徳

神戸人は無視せよ。之が奴らのばらまく悪徳への最高の処方。
 神戸人は、目立つ為に周りの優秀な者の足を引っ張れる丈引っ張る。この為に誰からも同情されず、末路は極めて悲惨である。仮に少々世へ打って出ても地位に安住できないのは当然。
神戸人の人生観は「何としても目立ちたい」であり、その本性は大阪人と恰も相似だが、浪速の商魂をもつ機会が微妙に少ないので、何かしら別の手段に訴える傾向がある。

 神戸人は友情の観念がない。全ての魂は性愛の追求でできており、しかもそれは大層堕落したもの、つまり獣類じみた肉欲でしかない。だから神戸人には永久に、家庭的幸福は訪れえない筈。但し、彼らはその状態に適応しているのであり、周りへ悪習と悪質な性風俗の蔓延をまきちらすのに終始して死ぬ。揚句に彼らは極めつけて口達者なので、「地域性は個性ではない」を旗標にどこでも身柄を狡猾に隠す。だが特に幼年期と老年期にその鞘は自然に剥がれてき、周りの侮蔑や堕落を徹底して招くので解る。

 神戸人は周囲の気を引く為ならいかなる悪業にも手を染める。いかなる汚臭と卑猥、醜い愚にみちた生業でも平気で行う。彼らの中では大抵、自重よりも「目立ちまくる」事の優先度は遥かに高い。
 故神戸人と見分けたなら、どんな風変わりで耳目をそばだてがちな行いを目の前で絶えず異様にしていても、冒頭にいうごとく底抜けて完璧に無視せよ。この無視度が高い程奴らの自滅は速くなるであろう。

2011年1月18日

見物

捻くれ者は損を買う。
不徳な大人は零落へ誘なう。
友情は消えない。
思想は限りなく伝わる。
倭は脳が萎縮しており一人では風呂に入れないので女と入り金を払う。
倭と近づけば女々しくなる。
倭王は薄弱界に集る。
倭は罪悪感がない。
倭は同性愛を漫画に書き付ける。
倭は小説に淫蕩を書きなぐり同種で誉めあう。
倭の長者は須らく最大級の悪徳を示す。
倭に背けば徳を購う。
倭の栄典は悪徳に授けられる場合が甚だ多い。
倭は醜く、矮小化しており、舞妓を大勢養う。
倭への批判に過度はない。
神戸人は姦淫にしか興味がない。
神戸人は巧みな口舌で姦淫を広めまくる。
神戸人チンピラやくざは粛清される程よい。
神戸人は道徳観念を持たない。
神戸人は堕落に安住して少しも疑問をもたない。
神戸人は法律を破りまくる。
神戸人は淫売を殖やしまくる。
神戸人チンピラやくざは刑罰される程すばらしい。
神戸人は口先巧みに法を歪めようとする。
神戸人は罪悪感がない。
神戸人は他人へ迷惑をかけまくる。
神戸人は嘘をつきまくり全然反省しない。
神戸人は恰も人と呼べない。
神戸人は東日本を口汚く蔑視する。
神戸人は姦淫文書で犯罪しつつ銭をかき集めまくり汚名を買う。

2011年1月16日

アバディーン

世界の始まりが如何に大昔でも、世間には均しい秩序が続いていくだろう。誰もそれを止められない。誰にも。その頃多くの人は、世間で眠る宝石らしき事実を。処が世界は。そうきた。だが、崩れおちたのだった! 魔法は、既にない。
「恐怖、恐怖恐怖」駄々ダ。殺人が、殺陣が。グルリrー。
突然! 魔法がおちてきた! それはゼルダの中だった。リンクの剣が空を切る。スパパ。スパ?
「丸でね」
もしそうなら? 「翳してみたら」
山奥で買った万華鏡がキラキラ世の光の粒を溶かす。笑った。笑い声。響く。びびく。うびくケケ。笑う悪魔の声。
 シャケル。ドロンチョ。さべらっく。須らくまじき。ドドロドロ。さみきった。私らの根っこじゃございませんで。奴は言った。東京人! 「何かしりませんでございます」
なにも?
 私は願っても叶った。ずずるずる、ずるるり。すんでのメメモリ、さべらーら。笑いすぎて痛し。三段ずつへなった。アバディーン。

2011年1月15日

菅首相の観察

菅首相は財政改革という名目で、実質は失業率を悪化させ大企業経営陣のご機嫌とりをしているろくでなしの悪党、そして公共の重職につきながら根っからの邪悪な営利者である。そしてこのつけを小沢氏という選挙戦の功労者へ転嫁しながら己は「息子の財政状況」にしか関心がないと評してまずまちがいない。さもなくば反小沢の閣僚でみぢかを固めたりせず、法人税を増せという巨視経済知識界の声に耳をかさなかったりせず、祈れる者とよばれる社会的弱者をここまで虐待もしなかっただろう。
 菅首相がひどい悪徳もち極悪人なのは今度の閣僚再編ではっきりした。一律課税のため低所得へは飽くまで冷遇する消費税増税論や地元である山口県へのあからさまな周旋などは、税金を納める側の人間を馬鹿にしているとしか思えない。マスコミに都合のいい弁舌で登場し、現にいる失業者へはなんの対策も行わない。これでは公共福祉を代行する行政府のかしらとして何の責任も果たしていない。それは税金泥棒と言われても仕方ない俗悪なるふるまいである。

駐在大使の適材派遣論

駐在ロシア大使がロシアに詳しくないと返答したことへの現首相の激怒は、お門違いというしかない。この首相氏は、自らの野党時代の教訓を半年かそこらの在任経験からすっかり忘れてしまったかも。

 官僚主義が須らく硬直化した体制維持の機構に堕しがちなのは誰もが知っている。そしてこの膿を摘出するには、議会がその率先を切って体制の欠点を批判し、内閣府へ官僚主義の改善を絶えず促し続けるしか専らない。

ロシア駐在の大使は、現時点でごく微妙な立場に関わっているので、使いまわしの官僚ではなく、内閣府が直命でロシアへ最大級の詳しさをもつ民間人外交官を任命すべき。又これに伴い、『外交官の民間人登用原則』を閣内の不文律として定着させるべき。
省庁の長官も、鹿児島出身の某相が本音をのべた如くの使いまわしによる不適材不適所の常態を抜本から改め直さねばならない。つまり、当人が学閥や党閥をこえて何らかの専門へ通用しているかぎり、その適職へ就けるのを原則とすべし。

2011年1月14日

社会生態学

文化要素の成り立ちが彼らの快適さを損なう進化を伴う時改めは外部からの強制によりがち。この場合の快適さは、特に公共福祉へ矛盾している事が殆ど。公害が彼らの特殊化した快適さを構成していると、彼ら特定民族への差別観が周囲に生じ、ある段階からはその侵略と征服論が正当化され、実際にこの特定の文化内習性もろとも血種の連環が潰され得る。この過程を文化間競合と名付けられる。

2011年1月13日

ロボ光る

橙の橋の袂の舟寂し
星空をみぬうちに過ぎる朝の五時
アスファルトづくめの町にロボ光る
クリスマスケーキの上に過ぎしけり
市浸す朝に霞める日の出哉

2011年1月12日

賢者を容れぬ者

理性の欠けたか歪んだ親の子は、倫理観が致命傷となる。
信に友情を拒んだ者はおちぶれる。
親が立派でない子は更に立派でない事が殆ど。
南のいきものは北国でいきのびない。
倭は姦淫を罪に覚えない。
俗物は遠回りして死ぬ。
頭数を誇る民族は少数の精鋭に完敗する。
道徳を軽くみた血筋は必ず滅ぶ。
退化に汚名。
氏は名より体を表す。
賢者を容れぬ者は愚者と親しむ。
悪徳の伝承は一族を亡ぼす。

2011年1月11日

石原家の永久断罪

あちこちでアダルトビデオを撮って税金を占め、想定できる五人の賎しい穢多息子を養う穢多の親玉である石原慎太郎は人間並の道徳をもっていないので、みつけ次第「猥褻物頒布罪」の総元締めとして撲滅組から逮捕されるか、さもなくば子孫末裔まで穢れの風習で生きている者として面罵されるべき。

 もし生かしておけば国中へ姦淫映像その他の狂ったDNAをひろめるのがまちがいない。今の段階ですでにそうなのだから。
よって、その五人の息子は必ずその孫も含め淘汰せねばならぬ。さもなくば我々は今日よりさらに堕落しきった世界でくらさねばならなくなり、絶望をなおさら濃くし、希望をなくすのだ。強姦人税の汚い血を引く穢多はいかなる事由に於いても最終的に締め出されるべき。

2011年1月10日

信と計画理性

人が技を使えば必ずその用法な趣味へ思い至る他ない。技は使い方で害にも薬にもなりえ、科学研究機の如く自動化された計算装置がどれ程甚だしく展開しても使うかぎりそうなる。
 機械に使われる程度を問う時、実はその裏で彼らの計画をうみだした理性の趣味度を問うている。文明の工業は多少とも機械な計画からの逆使用をも含んでしまうが、彼らが使い返せる程度の高い理性の持ち主ならば、機械からの淘汰圧をさほど気にしなくていい。機械人類やその中間体は天然な計画の純粋さを損なう筈。とすれば、計画の理性は再創造の許容量を全自然の限界容量以内に納めて使われている。こうして信の領分で人格か人柄が神に精しくなる程彼の侍従としての位も、計画理性度として神らしさに近づく。いわば計画知としての自然神学は学習者の中に崇威を根付かせ、我々のまねに関わらず何ら無尽蔵な全能さの前ではどの建築も仮住まいという佇みを趣味の空間で試しているにすぎなく感けさせる。
 宇宙建築か普遍建築の前ではどの文明建築も掘っ建て小屋だし、それらの意義は世界建築主としての神の侍所なのだから、祭るべきも又全知の計画者に違いない。

2011年1月9日

趣味の意義

実証命題の検証密度やその抑の基礎な数理定義含み、論証界の外のできごとに比べ、論証界の内で起こる定義は皆信の領域へかえるを得る。要は、実験科学も論証界に触れれば信の分量か確率論となり、数式一切と似て生態行動の原則な習慣への管理できる復誦を大きくこえでるでもなさそう。実際、知識更新の適所ではこの誦(そらん)じ自体無用の習癖で害しかない筈。すると、暗記とは滞留した科学場での特殊な習性で、何れ外部化や雲化により失われるをえる。単純な暗記能力で辞書にも大幅に劣る人類脳は、一定の結果を法則の値として記録し時折参照するのを過去の信(たよ)りと交じるに行うが、結局は論理の信を厳密さへの懐疑に程づけるという習性、つまり詳しさの調べ順にしか根を求められもしない。極端にたやすくすれば、科学さとは詳しさへの脳の適応度。更に極端化すれば脳神経質の度合いが知識にさちある理由。
 もし科学が外部化できれば、人類のある末裔へこの詳しさ計画から数かぎりない数理知識を略無限大にとりだす日がくる筈。その時詳しさを習性とした団りの主な役割は、知の管理と剪定に已なる筈。かく想定すれば、仮説推論の上でだが、主観にとって望ましい事象を後付けで合理化する論証の理性というけたたましい風習であり営みは、単なる暇人の高貴な娯楽をこえ使用の方法論、乃ち趣味を今より高度に考察する体系さをえる。功利説や使用者説、之らの訳語でutilitarianismが理想主義の最も実践的な側面と称されてきたのは、実は趣味の定式づけを斯くの知性外部さに限ってみつけようとした努めによる。この知を使う立場の考え、は知識を狂信させ一切の信教や古きよき道徳律を無碍にさせる邪宗でもなければ、起業家の心理要諦でも、どころかベンサムや福沢風な政治の骨と直結させた支配実践論でもない。それらは功利説の利用であり、趣味主義の本懐では決してない、それというのも人はいかなる誤用もなし兼ねないから。
 そしてなぜこの誤用が起こるかとえば、実に情報伝達の摩耗、乃ち誤解の総量に基づく。差延ある文面はその解釈主体に多くの取り分があるが、冗長度に即した一貫さへまつわる同心円的敷衍しか元々どの理解の定量さも量りえないといえ、故本質な趣味の云奥は一種の場所力学としての範囲効果をもつが、遠い伝達誤差にあたっては殆ど効力をなくし、逆に勘違いされ易くさえある。乃ち理性本来の意味はこの種の趣味の考えにあり、それは群れの統率と指導力としての慧眼と明察とから自ずと今日へ導かれた単なる知性外部の習性だが、社会内で許されう感情への統制の程、及び知の使用論や法や構想についてさえこの意味の多重さを即座に見透かす複合された認識のさがが優れ方の核心。

人間観察

神戸人は相手に迷惑しか掛けない。
京都人はけだものの如く発情しかできない。
沖縄人は判断力が弱く勘違いした理解を示す。
愛知人は箸にも棒にもなる。
鹿児島人は明らかに知性がない。
四国人は知的水準を下げる。
山形人は戦闘へ加わらない。
東京人は倫理規範を逸脱する。
横浜人は何事も東京のまねをする。

2011年1月8日

地政学

地域哲学の本質は常に同種間競争のあわいにある自律の趣味へ高められる。

既卒者

最小不幸社会といいつつ
その長州出身者は家なしを締め出す
法人税をへらしてユニクロを崇め
既卒者の眼差しを避ける

2011年1月7日

首脳の批評

現首相は次の点で誤っている。
 先ず税収の増大が国民の福利と必ずしも結ばないことをみのがしており、よって法人税の軽減策は「(所得差増大で)社会格差を広め」、国民の体感する不幸さ、いわば何となくの恵まれなさをますだろう。之は最小不幸化という理念と噛み合わぬ。
首相の空想は、企業の内部留保がそのまま雇用創出へつながる、といったある種のご都合主義にある。
いうまでもなく、目の前により安い労働供給があれば、つまり開発途上国のあふれた労働力かそこからの移民団を指すわけだが、企業の経営者が賢明なら使い勝手のわるく高い固定費用を抑えるため、大多数の現にいる解雇しづらい国内失業組よりそちらを自然には択ぶに違いない。
 次に環大平洋自由貿易協定への参加は、もし国民の理解を得たくば、優先順位として、もっぱら先により弱い立場にたたされるのが確実な農業主への援護対策という点から始められねばならなかった。
どう考えても既に優位にたっている多国籍化された企業、アメリカの番付にも常駐するトヨタ自動車や経営者の国内所得に於いて最大であるユニクロを運営するファーストリテイリング等の高所得団は、まずそこから恩恵しか受けず、「全体の奉仕者」としての国家公務員の心得にもとづけば、これら一部の事業者へ阿るのはいかなる観点からさえ浅ましい税収目当ての癒着なのである。

 これらはもし現総理の合言葉を返せば、最大不幸化への方策としかみえない。実際に、300億円の年収をなんの臆面もなく懐へしまっている俗物は生まれつき心身へ不具合あり目の前で苦しみのうめき声をだす憐れな家なしへ一銭ばかりか愛想さえ売らない。
いまの状態で使い捨ての劣悪な労使へ期間契約を結ぶしかない最も弱い立場にいる若者、及び求職中か職の間でまだ年金をえられない壮年以内の人物、並びになんらかの理由で寄る辺なき鰥寡孤独:カンカコドクを余儀なくした年金給付さえうけていない老年者、かれらが行政のいかなる事由に於いても命を投げ出して助けるべき主体なのであり、決して経団連どもの愚老ではない。
一般に、営利をなりわいとした大企業の経営者及びその投資家層らは、全国民から公に信任された国家公務員とことなり国民の福利厚生よりはるかに当座の営業収入、つまり利潤を目当てとしている。或いはせざるをえない。(但し宗教法人、半ば学校法人、並びに非営利団体と協同組合を除く)。
このために政府という公共の福祉に立脚した機関の長が、税収でおのれが喰うために法人留保をまそうとするのは失笑もの、それをこえて噴飯ものでなければ自作自演の猿芝居以外なんでもない。残念ながら我々には堪忍袋へ権現様未満の少なからぬ度量があったが、もし国民らに憤りをおぼえる内蔵器官が具わっていれば、このインチキ薩長政府ごと倒朝殲滅以外に道がなかったであろう。

 さらに思想上の欠け方をとえば、昨日(2011年1月5日テレビ朝日系列、報道ステーション)の会見でちらっとのべていた意味のない雇用か投資、こういった概念は、純な経済学面にみればやはりありえない。或いは単純に税収から給与所得の恵まれ過ぎた者に於ける一種の傲りである。
道端でごみ拾いをし、それを再びばらまくのに金持ち(民間企業か国営企業かをとわず)が力を貸すだけで国民の福利は増大してしまう。勿論、違法や公害となる営業形態へは一切の妥協なく規制がいるとしても。

私の洞察が正しければ、以上に指摘した三点。乃ち
1.法人税の軽減
2.環大平洋自由貿易協定(TPP)へ参加する際の手順
3.意味のない雇用という考え
をあやまちとして修正し、その逆の手を打てば国民の福利は増大する。要するに
1.法人税の増大
2.農業支援後のTPP参加正式表明
3.雇用に(公共福祉の範囲内で)意味を問わない
こととすればよい。

なお小沢氏の選挙戦手腕で地位に着いた若造が裏切り者の本性もあらわに国民へ冤罪のだまくらかしをかけても、孝行の観念がきえぬかぎり我々は小沢元代表の一主権者たる心情を、現首相の浅薄よりも優遇するであろう。

2011年1月6日

政治学

財投議会主義的行政段階つまり予算政は、階級闘争の体をある程度あれ抜け出し、国意の基礎が中道をゆるぎなく目指すしかなくなった中産層過半数社会の民主政を示すに適当な語義。他に幾多の議題あるにかかわらず、この局面では無数の問題が比較些少な為主要な議論は予算編制の調整に絞られてくる。

2011年1月5日

用の拡張

動物功利主義の前にあった縁起説へ立ち返れば、みないけとし生きる物共、乃ち生き物はある秩序への参画者。ここから、当然だが植物功利説や細胞功利説も導かれ得る。

Essay of Tokyo, Kansai

When I went to Tokyo, Tokyoier said 'Are you Virgin?'.
I didn't see. Why they said that, I couldn't understand their issue.
 Next day I saw a Kansai person. They had said it too. One of them, she is a Kyotoier, an Akutagawa prize waseda woman. And that I understood they are bad people at religion, and always playing with Kyoto like prostitute maiko, geisha. They can't realize that once time it make vicious geisha. Or not, they'll love vice. For example Mori Ogai's 'Maihime' that's meaning 'Dancing girl' said it too. Maybe, He was a Simane district western Japanese made by Edo (Old Tokyo).

 I can't touch them very filthy yellows. I knew Wa (Wado, the Tenno party, because Kansai people live over Tokyo now) is bad criminal bred. I'm going to inform you that The Japanese in Tenno party does bad influence for the all human being.
 They haven't any religion. Sinto has not morality, it is heresy and in nothing. Why thou meanst chastity art an evil practice? Or not, some how, you should be Japanese Tenno custom.

 We ought to have escaped from Orient, Asian highway East End. It's bad human's living place. Or something? Please teach me, if you're knowing.

裏切り

糞ジジイ共がカネをかきあつめる
為に散々うそっぱちを吐きまくる
「届け方が重要だとおもってる」
「お金を持ってる方が幸せだとおもう?」
偽善の言葉だらけ
「不条理を正すユニクロ政治」
「音楽の学校」
お前が生きていた時代毎
完全に目茶苦茶に破壊し尽くし
俺らの時代を築く為に
どんな妥協もいりはしない
「勝ち組に従え」
「明治維新は正統だった」
どこ迄嘘を罪と重ねれば
気が済む
どうせ天皇を敬うのだって振り
本当はこの大馬鹿一族を利用して
自分の身を安全にしておきたいだけ
見破ってしまった真実は
もう誰も守ってはくれない
「国民の平和と安心を祈ります」
本当は芸者侍らせてる
テメエの税が欲しいだけ
「経済成長戦略」
「龍馬伝ヨロシク」
本当は人間のごみである
長州出身の裏切りをごまかしたいだけ

2011年1月4日

悪天子の天皇

腐ったカネを余したユニクロと山口閥の首相が
猥褻暴力団でNEETを虐める
農家が悲鳴をあげながら倒れてく
関西系の姦淫小説屋が大勢侍る

漫画を抑圧しつつ
公然猥褻罪の犯罪映像を撮りまくる石原都知事
その賎しい賎しい賎しい稼業で得た息子共が
税金で肥え太るため

汚い悪徳江戸が
邪悪な世襲独裁者倭の一族とまざり
いまの俗物の世をつくったなら
悪習に適応した極悪天子天皇一家を尊敬できる訳がない

貧乏な若者から
搾取した大金で
穢れ大奥と薩長裏切り者の
ドラマでしもべらを洗脳

倭奴

東海道をきた姦淫小説倭奴
が匿名掲示板で赤の他人へなりすまし
散々悪さを働く
それが愚かな外人からノーベル賞を貰う世界では

テレビで
猥褻踊りが平気で真っ昼間から
流されまくる
朝鮮未満の堕落した東京警察は頑無視中

石原慎太郎が
「昔の私は間違っていた」振り
社会に流通し続ける
禽獣未満の本で印税を占め乍ら

生きている意味はない
更に生まれくる意味もないのだが
次々に発情しまくる極悪すぎる倭奴天皇一族は
ああして集団偶像となりカネを貪る訳

血筋と社会条件

社会の置かれた文明場が極ことなる達をとぎ、その内の血筋を何ら違わせていくのはおかしい程。が人間は悲喜劇を演じているが、その環(めぐ)り条件からの影響のみが彼らの意思を生む。もし主体から全構成要素をのければ無だろう。もしここに自我があると云う者は、魂が物でない実在な事を空想するが、単に心の間にしか之が伝わる余地なき限りそれを造るのが物自体なのを認めざるをえないかも。
 体が微視な生化学でしれる物の間の働きなのは、現段の知識界では否みえない考え方の団(あつま)りがある。この観点から社会内でなりたつ個性をみれば、生殖細胞の設計度含む世界内実存は因果律での業をこめて一切が場に力を借りているといえる。意志の出来にさえ千差万別の差がある。故我々の主観や主体さが究極神性を持つと考えるのは常に越権だろうし、何より知覚基盤に縛られた個体を通す限りそれらはどれも不全だろう。こう思えば天皇は自称だし、現に宇宙内には想像できる限り数かぎりない野心家がおり、天皇の姓名どころか宇宙王や世界王の類いが皇帝としてキリなく生息中。自称天皇家の神格化が邪悪な結果を用いりがちなのは之らの為で、更に崇拝はいうまでもなく敬いさえも時に及んでは単なる錯誤に至る。なぜならもしその血統が悪なら存続の期間が長い程一族が悪業を働いてきた証なのであり、世襲独裁者の血統書は他のいかなる証明書よりはるか悪人の自己説明に等しい。
 この為にある事情の下では、何億の人類の抹消さえ正当化でき、自称天皇はいうに及ばず地球型生命の一切を消す事すら正義に叶うかも。それらの生命体がより高い神性をもつ生態にとり害しかなかった場合は、常にそう判断されてよい。それらの生態は神性の高い生態に比べればどれも取るに足りない丈凡庸だからだし、もしそれらのあまり理性をもたない生態を消しても別のより次元の低い生態で埋められる。単純生命は容易で、これゆえ精神性の高さはその生態が生存権をより遍くもつ第一の条件とされる筈。

2011年1月3日

Kansai, Tokyo Wado soul

That the Japanese means all works hard is for their purpose, that means they are the mental slave.
 'Wado' is meaning they are the Chinese slave people. So you can see in Japan, all people works hard is nothing on thought. But some Kansai people or Tokyo that do playing for bad habitats. About Kansai Murakami, a Haruki murakami he says that like Japan is a lechery bad world, or a Tokyo Takashi Murakami he displays that like Japanese is the animal like barbarism. Haruki is Kansai, that be able to listen beggar in Kanto (East Japan,living main people), of Takashi lives plus works in Tokyo, that's most down class of Tokyo.
 We couldn't to sympathize them. But you may be empathized for them, because yellow monkeys or some outstanding animals bid a whale, some dolphins. We're seeing all phenomenons, human ambitious are different on other places. Don't despair those bad isle. You should be maid for 'Yamato damashi' that mean Japanese soul, should be knocked for akiba. Or not, you couldn't be to watch Wado maids.

ヤマトの因果

カネを貪る山口閥世襲首相が大勢の
猥褻犯罪暴力団を従え
銭儲け第一といいつつ
数かぎりない家なしを見殺しにしまくる
しねばいいのに
レイシスト穢多天皇一家と共に

最悪に汚い
東京都で関西人の群れ
朝っぱらから四つと言って
謝罪する
なにがわるいという
東京も関西も同じ質じゃないの

どんどん無業を搾取しまくる山口人
人身売買業を腐るだけばらまく東京人
それを煽りまくる関西の姦淫小説屋群
関東は文化防衛に失敗したと極悪関西人がほざく
僕は気が違ってるのは薩摩人だと思う
なぜこんなよごれの悪徳どもへ協力しちゃったの

なぜだろう
寧ろすがすがしい
こんな最低最悪の国民にとりかこまれ
本当に小さな頃から絶望してきた
今ではその酷さは何百倍にもなった
蛮族である倭(ヤマト)がこっちにきてから

2011年1月2日

倭奴への対策法案

姦淫倭奴淘汰法を設け、姦淫映像、写真、彫像、小説、漫画、猥褻芸能、他芸者等の性風俗業態に従事した畜生を新たに「倭奴」と定義し、無論いかなる実務にも就かない天皇一族も当然含むが、三親等の域内で血種を断絶させる強制措置の法秩序が築かれるを得る。
 倭奴はいかなる土地でもその先祖伝来の姦淫に着くしか生きている間になす業はなく、事実上、人類としての尊厳も有さない。その生態は類人猿そのものであって、いくらかの言葉は使うが他一切は猿に悖る。さもなくば刑法にさえふれる最悪の行いを習性化してこなかった。
之らの倭奴は存在するだけ害なので、社会の法律により強制的に断種されるをう。

具体的には他の立教国での如く公衆の合意により姦淫罪を定義すれば済むだろう。

 なお小説という虚構上の稼業に於いて同様の煽動生業をなす石原慎太郎、綿矢りさ(本名・山田梨沙)、村上春樹、平野啓一郎他は当然含む。之らの想像下で犯罪行為を美化させつづけている姦淫小説屋を放任するほど社会が法規範の取締に二重の手間をとられるのは理の当然であるから。

規制批判

実現上の罪は常に想像下のよりは重い。
 この為に、現都知事のなしている想像力への規制は一切の実現されている姦淫害悪(淫行勧誘罪)への早急な対策より優先順位が低いのが確か。

乃ち、彼は現に刑法違犯の罪業をくりかえしている悪党一切への対抗手段より後手後手に(わざと? 時間稼ぎで)回っている限り、首長として必須な法的罰則行使の才覚を欠いているかも。

なぜ都民自身がその即座弾劾を行わないかは不明だが、遅れる程社会風俗の頽落加減はておくれになる。

2011年1月1日

違法行政人の殺処分原則

周辺国へ姦淫風習をまきちらす非人類である穢奴(基本的人権をみたさぬ証拠に、犯罪行為を日常茶飯事としている穢多)、乃ち倭奴とまざったあしき血種をみつけ次第、どの市民にも殺処分できる法を即座に整えねばならぬ。
之は我々が正常と清浄な家庭生活を営む為に社会規範の必要条件であり、「きとるね川口」と呼ばれる地方社会へ侵入しながら姦淫映像を売買春込みで撮る極悪犯罪者及びこれを契約によって雇う石原東京都の六本木にある「アップス(Up’s)」というインディーズ姦淫映像製作会社並びにその販売委託先である「MAX‐A(マックスエー)」という姦淫映像販売会社の全構成員は一匹残らず完全に血祭りにあげられ、全子孫が地表から永遠に抹消されねばならぬ。それら穢多類の梟首が公然陳列されればされる程綱紀は糺された事になるのが間違いない。

之らのエタを養う東京都知事やその上位に位置する鬼畜である現官庁と警察庁の人員は、法規範を逸脱する悪習の故完全に腐敗しきっており、全員が斬首以上で処されねば綱紀が糾される日は来ない。よって、之らの姦淫犯罪者群(刑法に於ける公然猥褻や猥褻物陳列、売買春及びその斡旋を常習犯罪とする悪業にかえりみ)は死刑以上の処分により、又奴らの子孫こもごも日本の土から消去されきられねば良くない。
言うまでもなく法規範を遵守できなくなった警察庁とその指揮者である筈の都知事、又現首相は気が触れているのだから、見つけ次第面罵のみならずその首を取る必然さがあると考えられる。さもなくば我々の平穏な社会生活を維持させるべき法治国家の基礎が揺らぎ続けるのだ。その元凶である穢奴は一切妥協なく粛清されねばならない。

成長

リンク

筆蹟

リンク

北茨城市立図書館別館

  北茨城市立図書館の別館計画。構造はコンクリート充填耐海水鋼管(CFT造)による。海風が心地よい敷地なので、心地よい風を受けられる屋上庭園、地上階に通り抜けのできる庭を設けた。また庭には夏に涼しさを感じられるよう笹を植えた。敷地を通り地下駐車場へつながるドライブスルーの道路わきには向日葵を植えた。同じ様に秋には、全面ガラス張りの内部空間の目の前に銀杏が色づいて、訪れた読書家らを包むだろう。
 浮かんだ円盤はひさし状につくられてもいるから、夏の日差しをさえぎり、冬は内部まで暖かな日差しをよびこむ様に調整されている。地上から建物を浮かせている高さ5mの列柱は木々の様にランダムに置かれており、浸水や洪水から図書・建物を守る。屋上面にうめこまれたソーラーパネルや蓄電池により、普段は運営費の節減、災害時には避難者を受け入れて応急的な自立ができる様に計画されている。

読書家が木々の間を歩く様に、柱は無作為に配置されている。
 

内観。ひさしは冬に陽光を導き、夏に陽光を遮る。

館内電力は屋上面に埋め込まれたソーラーパネルで賄える。パネルは面に直接埋め込まれているため、屋上庭園は直径50m程でごく広くつかえる。
 


二つ島


明かり屏風

 半透明のあかりをとおす屏風。軽く、もちはこびがたやすい。例えば寝床でまどぎわにおけば、朝には一面に光を放って健康的なついたてになる。倒れても衝撃がないので、風の強いときに万一たてていても傷がつきづらい。

 接ぎ部の詳細。触れても安全なステンレス製。

上から見る。板の厚さは5ミリ未満で、半透明。

畳サイズとの比較。


素材であるポリプロピレン(PP)は、廃棄の際に燃やしても有害物質を出さない。

2010年12月31日

文明と扶養

人類が、文明化に伴い高い教養と共に少数の子供を望むのは客観して人口支持力の為といえそう。それは所得を上げつつ失う扶養数を節約したがる。多すぎる子孫数についての有名な諺は、内的増加傾向としての低度の教養に伴う再生産率の早さ、乃ち早稲さの代名詞に繋がっている。
 この傾きは文明化が、人口分の生産性を所得水準に比例した教養度へ定めたがってきた事、要は文化形質に伴う豊かで多彩な人生経験を大多数の子孫へ願うのを宿命じみて説き明かすか。長寿の適所では所得遅滞に伴う晩婚化が専ら忙しく進み、その場の誘因から幼型な血筋に洗練が伴う。文化に極度の高い複合型があてられれば、生態機能の完成は特有の適性へこの血族に含めて社会権能を形質へのりづける。ゆえ教育のめあては実に天才さとしてみられる代表な社会権能を抽き出す圃場作りにあり得る。一般に秀才の群れに於いてしか凡庸と隔絶した天才性は伸び切りえない筈。平均教養の底上げは、多様さに勝る特徴をはっきり目立たせるにも必要。
 かくして文明が少子高齢をいくら進めても困る者はおらず、労働力は機械化と外注で賄われるのでその徳は堆積する許り。且真に文明とは労働の義務からの脱却で、進むなりに我々が担うべき客体の理由は少なくなる。

2010年12月30日

範畴三元論の限界

カントの三元論は実は基本な範畴論であり、自体は理念内の定義なのでかえたり違えたり自由にできる。その意味で実際のカント三元論は言葉の仮想で、実在でない。柄谷氏がたとえばこの三元論を下敷きに社会構造を分析したのも自体は、仮想の枠組みを転用した訳で現実に三元論の仕業が創造主から与えられていた、のでもない。人為による仮設物な限り、三元論は物自体になりえていないし神そのものへの信ですらない。
 更に現実の社会な能力はこの三元さに厳密にあてはまるのではない。要するにカントも自覚していたらしく、この範畴三元論は基礎づけの意味としての批判を行ったのみでそれに於いて結論になる訳でも学術の結論になるでもない。人は随筆の類別で厳しく知識と理念を分ける訳にもいかず、かといって私情にわたる理知的随想を文芸の値より外から教科書とするにも気が引ける。範疇三元論は大まかな学術傾向の分類に使える已。自体は功績だが、基礎認識に留まっている。そして詳細に亘っては未だしられない無数の分野と認識の方法論がありうる。

2010年12月29日

趣味説とイギリス功利主義

社会な功利さ、巧みさは人倫と矛盾する利己さに返せない。こう捉える原理主義者は、功利説が自体の福利を徳の基礎に置いたと分らずにいる。よってこの人が多く自己犠牲に伴う利他行動の正当さを力説するのをみるが、我々は使用者の思想が使われる者の幸福と何等齟齬しない許りかその強化力線に繋がるのも悟る。
 日文でいう功利が、利の文字面と功の意味合いからかれらの勘違いをうけさせやすいのは一理。ゆえ日語化したutilitarianismを趣味の用語にまとめるのはイギリス功利主義との区別にも使える。ここでいう趣は、使用する者としての心得により語感が近い故。
 趣味説の本質は適材適所を意図した幸福主義にある。習性な場所官能は彼らに千差万別の合目的さ、審美観を植えておりそれらは縁起している。イギリス功利主義の中に動物功利主義の側面や清教徒説との漸近が暗黙づけられた結果、植民化帝国理説が燃やされたのは彼らの口に場所学の覚えがなかった事による。場所学は風土論から起源した地域哲学だが、単なる地政学、地理の政治史とはことなる帰結をもち、比較文化を前置きにした倫理分析へ進む。そこでは生態知の一切が用いられう。故に生き物とみた全ての動態は人類その他、及び微生物含む無機環境への洞察迄もが類推のめあてとなり我々が、知覚基盤をもことにするゆえ一律な理説への狂信を戒め、文明活動を含む適度な共生の仕組みをめざさせる知恵ともなりえるもの。

倭奴観察記

倭国内遍在多妻制度乃誘因之最近世迄。倭奴無畧放埒淫蕩乃観念、不忌避而姦淫文物乎。且現代倭界不潔無衛生式風習蔓延倭乃関西的舞妓芸者。

 何故倭奴適応之低劣姦淫常態而理解可能乎。彼等当然之侮蔑賤業実際倭奴国内有職業病質於京都特筆的。
 倭奴之歴史上而関西圏及西海九州、西日本以来中部常住且連帯飛散。東国乃東街道以東以北国比較少数之倭。天皇家之倭乃王。畢竟彼往来土地変風習此低落堕弱化也。

2010年12月28日

姦淫都政の徹底撲滅

狂ったDNAの石原慎太郎管轄にある都警は永遠に、周辺国へ迷惑な犯罪行動をまきちらす姦淫映像会社とその部下を取り締まらない。

よって、周辺国の総意により『石原都撲滅組』を結成し、その猥褻物頒布罪人ども一切を監獄へ入れ、現都知事は誤った地位から抹消せねばならない。法規範を逸脱させつつ金を搾取するしか機能のない都など害毒しかない。

2010年12月27日

嵐

世界内で築き上げられたどの体制も束の間
現し世に生きるどの命も虚像
嵐! 嵐のあとに走り去る人影と海
どうでもいい程いそいでる倭に能無し
走らされた路面をかく再び走り去る

ルバイヤート+1

糞女が殖えまくる
そいつは倭奴といい
勝手に暴力団でこの島を
独裁した腐った血統
 それから何千年たったんだっけ

全くどうでもいい
この世にうみおとされ
やがては糞ジジイの金儲けの出汁に
使われて死んでく丈なら
 天皇様は本当に偉いんでしょうねえ

何億もの侍
かれらは亡霊
倭奴が殺しまくった
卑怯者の文明の墓に眠る
 僕はかれらの声に耳を澄ませる

終った世界
それから無限に続いてく今
なぜ君はここにいるんだ?
既に日本は終わってるのに
 倭奴が独裁した姦淫物語陳列罪の害悪国

南蛮倭奴

税を貪る南蛮倭奴が
浅ましい淫行勧誘罪の銭儲けでこの世を汚染してく
私は無意味な世界に絶望し
猶も金ぴかで威張る皇后をじっと見る
最低俗物の東京関西日本国
下賎すぎる首長が金儲け戦略と号令
それで何が変わった
目の前には公然猥褻犯罪都民があふれかえる
殺されても湧いた猥褻物頒布罪の関西倭奴
その血や文化が穢れな証拠にまたも
売春犯罪で舞妓芸妓を育ててる
倭の卑しい血統書では穢れた芸者しか育たない
原爆で消されて正解だった極悪民族
子供にみせる姦淫小説原作映画
その目の前で変態漫画を破りつつ
想像力規制だと邪悪な関西系都知事がいう

2010年12月26日

英雄

なぜこんな汚い
世界にうみおとされる
苦しみと過ちにみちた
俗物社会でひとり
きみは昼夜を措かず泣いていた
その涙は馬鹿にされ
ろくでもない東京関西奴が金と
性欲でまみれた浮世絵を描く
奴ら衆愚になんの理屈もなく
奴ら衆愚には生きている意味もないが
単純にいえば終わってる
生きろと偽善のテレビが言う
実際の学校は虐め地獄
どころか社会は虐殺ワールド
要は終わったってこと
極悪阿婆擦れを処分しまくる英雄を待て

ルバイヤート+1

いんちきロックンローラー
の金儲けの為の出来レース
をみせつけられてる
糞女が発情しまくるこの下痢文明で
 自殺者の群れが「助けてくれ」と叫ぶ

糞女がどうでもいい
程度の低い編集ゲームに
騙されて言う「天才だね!」
ならてめーは分かる奴なんだな
 オッサンの腐臭にみちた姦淫倭奴界を

馬鹿なカンサイ奴がどんどんこっちきた
結果この東京は風俗店だらけで
終わってしまったんだったよね
にもかかわらず阿呆鳥が鳴く
 「漫画は卑しい稼業だから」

老人がいんちき上等で金を儲けまくってる。
僕には一銭も入らない。
姦淫映画で世界展開する神戸倭奴!
なにを敬えというんだろう?
 「君が代」を歌わないぶん殴られた僕は

ミリオンセラー

まちがい続ける東京人
このよにはびこる嘘と邪
彼らがすべての発信源だが
他方ではすべての悪さを隠し続け
なにもかも地方の所為にしていた
邪悪きわまる神戸出の都知事
あらゆる姦淫と虚偽をまきちらし
大威張りで現世を生きてきた
少年の僕が骨々とはたらくその上から
ゲイシャをよびよせ猥談を蒔いていた
キチガイだらけの現代文化
噂が噂をよび大ミリオンセラー
の中身はみるも無惨な淫蕩巻物でも
天皇家は大喜びで恵まれた恵まれたと言う
地獄の底で貧乏人の血税をむさぼりつつ

2010年12月25日

愚策と末路

法人税を軽くすれば雇用が戻るという単純すぎる論理は、国際的に労働賃金格差がある条件下では誤り。よって現首相の法人税軽減策は、彼の出身地への利益誘導以外の何物でもない。

内部留保はそれ自体で増大する傾きをもつので、経営者は雇用を絞る事で逆に内部留保へ、付加価値を転化させたがる。これは慈善事業以外の全ての業種で、そうすることが株主の意向に適う限りそうなる。

 法人税を軽減し、企業利潤を内部留保へ転化させ、農民を騙し、身内の利益へ国費を誘導した罪は誰より重い。現首相はこの責任を子孫末代まで背負うべきであり、解雇されていく無数の国民から目の敵にされあらゆる国内の場所で批判されねばならない。

2010年12月23日

川柳

さむきことなおこの上に積もれかし
馬のあし夫々ちがえる競う牧場に
幸せな勘違いもまた風流れ
美男子をこのむ女も頭悪
西海で子供の築く芸者の絵
血の海はああおそろしき薩摩馬鹿

不毛の倭奴国

極悪掲示板を放置してきた被疑者ひろゆきが
「命懸ける時なんてない」
ところがその生きる価値ない倭は
祖先が決死で尊攘して守った国をしらない

馬鹿すぎる姦淫漫画で
いなかのはてまで情報汚染
すれきった汚い京都土民は「表現規制や」とほざき
この純朴な子供らをけがしつくす公算

いつもの天皇ゲイシャ
あばずれしかそだたない不毛の京都に
必ずその一家が根付く
朝鮮人の血を含む独裁税搾取稼業

邪悪な都知事が
猥談を散々ばらまいたとおもったら
一転して「同性愛は遺伝子のせいだ」
憐れまれるべき悪業のぬしはどこの誰か

ほらねどこまでも瓜二つ
そっくりそのまま関西人
また姦淫の奨励で侮蔑されているよ
「童貞やないで」とほざき買春自慢の汚い倭奴

こいつら全員殺されろ
中京都か西京都かどこでも一緒
穢多天皇がひろめまくる偶像崇拝
ほらねまた猥褻踊りですか

2010年12月22日

銀世界

この星にふりしきりたる銀世界
切りたんぽ遠く旅して煮え至る
しずかなる夜をひたせり火の用心

2010年12月20日

好きなもの

昔のドラクエ。マザー2。野口雨情の童謡。イギリスの知識人。日立。本。科学書。徳川慶喜。すぎやまこういちの作曲。中国の風情。イングランドの田舎。北茨城。調布市。実家。秋。眼鏡をかけて利口そうな子供。地元。金のかかっていない田舎の駅。砂浜の綺麗な海辺。眺めのいい場所。聴き分けのいい猫。休み。聖者。SONYの出来のいいときの製品。磐城高校の美術室。落ち葉。うすら寒い日。生ぬるい風の吹く日。台風の時の家の中。かわらぬいなか町。和歌山の人。奈良。ゆとりある超高層ビル。清潔。多摩川。多摩川沿い。慘劇を遠くから見ること。迷惑な事をしてきた人が死ぬ。修道女。悪人の自殺。悪人の子孫の凄まじい悲惨。孤独と自由。透き通ったプール。小学生くらいのピアノ少女。誰もいない都心。人口密度の低い街。寒さ。仙台の眺め。暴力不良の自滅。よきブラックジョーク。質のいいもの。物理学の一切。数理的な天文学。抜け道。イギリス風の庭園。煉瓦積みの庭の壁。ばらの庭。真夜中の月。海鳴り。「くらげなす漂える」という表現。冷たい俳句。ブルーハワイのかき氷。子供のころ見たもの。子供のころの町。厳密な基礎数学。水戸。竹林。畳ござ。ビビアン・スー。高級ホテルの部屋。警句。波。つるはし。涼しさ。青み。水色。潮風。葉ずれの音。潰れない食堂。常磐線。筑波山。筑波山の下のはてしない田ん圃。母性のある女教師。通った後の学校。誰もいない秘密の場所。とても頭のいい犬。アメリカの寂れて人通りのない郊外。真新しい旅館の畳。FF7の機械づくめの地面側の街が見える地点。ゲームキューブの本体。ゼルダの伝説時のオカリナのハイラル平原。名前のわからない小鳥の鳴き声。白いばらの花。工場跡に一面の菜の花。すすき。鈴蘭。白い扉。銀色。金色の車。人のいない日本。鈴木という苗字。眺めのいい高地。

2010年12月19日

影法師

ある関西の人は何でも自分発の悪さを朝鮮の人のせいにすればいいと信じている。
ある京都の人は何でも男ときけばなりふり構わず発情する。
ある南方の人は何事も情緒で捉える。
ある日本の人は感情で動き知性がない。
ある東京の人は地方に無関心なので場が読めない。
理性の欠けた女は生き残らない。
女優の心理は醜い。
おくての徳は深慮。
気の強すぎる女は家の滅亡へ致命傷を与える。
汚れた島では汚れしか育たぬ。
愚劣なる親から秀才が生まれる事はまずない。
滅亡すべき民族は悪徳を示す。
奴隷根性は生まれつき。
道徳に従う者のみが真実に佳い地位を得る。
喧嘩早い者は自分の影法師と争う。

2010年12月17日

冒涜

死んだ方がはるかに世がよくなる
腐れ京ゲイシャを囲いつつみにくい
東洋人の風貌をした倭が言う
「なしておなごを傷つけるのや」
腐った大奥の税金ドラマをみせつけられている
馬鹿すぎる薩長同盟が
幕府を掻き消してとことん威張った末に
自然とアジアをぶち壊しながら強姦で支払い
なぜこんな社会なのかやっとわかってきた
お前のけがれた血が支配してるからね
天皇は利用されたとはいえ
公家直下の岩倉具視が
今の日本をつくりたがったのだから
まあよしとするか
西園寺公麿も自害したから
ちゃらちゃらしながら
姦淫小説をまく神戸奴
その歪んだオッサンを
首ごと懸けたあの門は
あれえ? よくみたら都知事先生じゃん
金かね金
付加価値フカカチ
ああわかってる。お前が
掠める為だもんな
ユニクロ長州出身の首相
倫理のかけらもない
東大卒の茂木健一郎が
あきらかに刑法違犯の姦淫小説の
映画へ18歳未満の清い少年少女を誘う
貴様に税をやった先祖を冒涜しながら

アマツチ

趨膺惟比率
鏤梓辨明律 
点自暗奈恕
伽權現理念
ナニガアレドツラナリユク
アキラカナルノリノコトノハ
ユルスベカラザルトモシビニ
アラワレタルコトワリノオモイ
駲體衒釛体
眄蘋泛澪犁
淋然那直前
實説闇黶機
メノクラムオオカワノハタラキモノ
ナガメムウシカワノヒキシミズミズシ
スグマエニサミシキトコロアルヲ
トキキカモシダサルキザシノミアリ
季葷畋慱随
従乃變遷紅
蓮艢體制岑
嚴譱莽草滅
サワラビノモエイズルカモ
ウツリユクアアクレナイノ
ハスノフネウツリニケリナ
イカメシキヒツジクサヲハミキ
天地矛盾弛
嗽途石擲弱
瀛浪冥頻彬
品質惟从然
アマツチミナホコタテニスギズ
アノクチユスグコドモノイシケリ
サキユキノミエヌトキノカワリニ
ヒトノナリヲオモエバサダマリケル

カワリユクモノ

If it was everything
You did knowing about
You'll be to take a mistake
And this world is not sure
アタカモソレデナニモカモ
ワカッタツモリデイルノナラ
アンタハカンチガイシテオル
ヨハツネニカワリユクモノ
Those all phenomenon
May shoot spellings
Should you come in
End doubt your English
Or something wrong
Wonderful vivid mimicry
Hits will be vanished
So you could be a foreigner

2010年12月16日

場所比例の趣味論

世界が同時に比例しつく限り、絶対の進歩は同時にしかみえない。適所毎の生態内での定着さは変異の程を特有の知覚原理にしか戻さないから。
 倫理にみた場所比例は、それらの共同範囲を特徴と生態分業に返す。経済関係は必ずしも倫理を媒介せずとも興るが、地政史の域にみた場所比例は必ずこの交易を伴う。というのも、異なる風習のもちこみはその場で要する倫理習性により厳めしい別の特徴を用いらせるので。決定的な倫理別離は、よって地政の圏域と帰一。郷国の差がその侭、べきの問いへもその最善さを異にさせていく。こうして進歩した生態と、必ずしも政治領の理念が一致しない許りか、単に倫理の度や達も場所学領の雰囲気にしか係わらないと結論してしまえる。哲学は何れの政治方針へも最善さの分別を示す筈だが、止揚された倫理論にとっては選れた理性を開陳して終る。
 結局、倫理への学は事実上 後自然学の出自の侭に留まり、完成後の倫理がなりたちえないのとにて本来の倫理は社会生物の自律と彼らの生態行動への定格に返る。ゆえ倫理学の科学化や実証論化は、のびた推量の余地をなくさせ、後自然の合理化が生き残りと矛盾していく為にでも不可能。いわば実証への留保な論証可塑さこそが、身の丈を知りその不動の規律を与える重要な習性。理性とは、こうして相対知による自己過信を反省させ、自らの立場が協調性の基礎と矛盾しない名分に基づく様に言いえる為の合目的な実践能力であり、もし理性なしに他の搾取型集団と対峙しても常に自らの立場は不利へ或いは権利剥奪へ追い込まれるかも。選れた理性の持ち主だけが地政史の主導の因みとなり、その倫理気風の代表か象徴となるのは以上で分かる。つまり彼らはその属した集団の名義を代弁する為にしか理性を結局用いえない。もしそうせねば、彼らは必ず自己矛盾するし、自然知識以外のどの比例へも何の特徴も言い及びえないだろう。なぜ国柄が全くことなる複数の理念をうみだすかは以上の為で、それらの弁証は倫理へは以前より折り畳まれた複合さ、乃ち高度の利権教養を必要とさせ、結果各地の文明は地政の為にのみ参照や編入がなされゆく。
 自然生態史一般とにて人倫でも大きな集団の前での小集団か弱体集団のくりいれが頻りに行われる。特に、学問の程度はこの理性編入にとっては決定打。この為に、人類文化史の一般原則とは、ヘーゲルが大まかにえがいた如く世界精神の展開ではあるが、現実の民族精神はそれらを地政史実に否応なく導かれつつより偉大な規律の元に団結する方向で、又卑小なる集団からの脱出と頽廃集団の破滅の連鎖から起きる。最終な民族精神は、宇宙の想像無限さからは決して導きえない筈の当為。故に歴史上の民族は道徳を地政哲学の熟達に応じて配分し、又彼らの将来地位もこの洞察に順次くばり仰せる。既に敗退し消失した民族も、その地政か場所が建築的不毛なことをしりえない理性の為に跡形を程度こそあれ残しつつ、或いは何ものこせずより偉大な精神の元に寄り集まった物。こうしてみると、民族神の創作が政を開始する原動力となった過去の逸話はとても示唆に富んでいる。民族精神は、この初動した創作神話の哲学を今日まで物語や聖書の形で残している場合もあるが、それらの言い伝えは各知識人が何を悟りえ、何を信じるべき仰せとしたかを智恵の殿堂な民族語彙の全域に、又その内部での理念伝達へ厳密な場所比例を及ぼし続けている。愛、道、慈悲、忠義これらの単純な言葉はみな先哲の生涯の功徳の結晶であり、我々は之らを民族語彙に受け継げる地位を幸運に思うが、実にそれらの発見者と同じく全ての感謝さるべき伝達者は地霊となって、現世にはいない。業がどの時代まで連なるかは想像もできない程おそろしい仮定だが、現実に、我々の全ての悪徳も、全ての善意もみな祖先が創作した神話の結果なのだ。それらの神話は会話に流通し、或いは人づてに文字を介し、記号と音符にしたためられ遠い我々の子孫が日常語彙の種とする。場所比例の偏りは、こうして民族神学の本質な偏りであり、彼らが参照している全ての文化形質をそれらの創作に加わったいまでは霊となった人為と共に宿し続ける。なぜ悪が死の、よって民族絶滅の原理かはこうして理解できよう。「悪さを為すな、善さを為せ」という最も基本な道徳の命題は、殆どの幼児にでも知覚されているとはいえ、現実の有様は老人の中にすら大幅な偏りを伴って判断力、或いは単に判りの優劣を与える。よく判る人つまり良識人と判らずやの間の溝は、彼らの総合した育ちに最もよく顕れる。
 法律の案を一つたりとも練った憶えがなく、かわりに犯罪間際の悪徳を歪んだ習癖としている人格は、常に優れた人格者の品性を謗り、事あるごとにかみつき、その当然の社会な名誉感情を損ねようと躍起になってあらゆる中傷の嵐と冤罪そのものな嫌疑を大勢へひろめまくるが、この民族語に伴う文化習性こそ駆使しているのをさとらない。こうしてあしき民族の絶滅は起き、協調性のよき側面を相互利益の為に駆使できた血統は最高の栄典を授かる。そしてこの言葉こそ、神がはじめに与えたあの栄えある光なのだ。私達は哲学を通してこの本来の言葉を学ぶべきなのであり、それには各民族の智恵の殿堂から偽預言者や過った解釈者がつけくわえた多くの錯誤をとりのぞき、論証界の中で最も価値の高いイデア、つまり揺るぎない理想をその時点でえられる全知識から抽出する他ない。この作業は我々が哲学とよばしめてきた全営みを覆っており、つまりは哲学とは、プラトンの定義に返ればこの善の理想を、アリストテレスのいいかたを借りれば形相としての理想を数えきれない悪徳や無駄な情報の束からえりぬき、その強い意義を回復させる事。之は現にある知識の開発や研究と発見とは異質ではあるが、学問の殿、しんがりとしての本来の形而上学の役割はその体系の不動さか定常観を醸す事であり、つまるところ偉大な精神の及ぼす学識の結論をつける事、総まとめとしての現体系の根本理念を提言しつける事。
 どの科学も、そればかりか技芸も、何の為に用いられるべきか自身を説明できない。之は論証界が各体系の客観装置として機能せざるをえないからで、上述の様、最終結論な倫理の智恵こそは場所比例で各々大層趣違えており、その為にであれ理性が究極の洞察をやまぬ実践の積み重ねである地政史の大義に刻み付けるのを疑いえない。この生き残れた集団の成員は祖先が世の宿命に何をみたかをしっており、故に正義とは何かを地位の民族精神に記憶していく。之らの偏りは、最終的覇種樹立に至る全試行錯誤にとっては権力闘争らしく示され行くが、いかなる亜種も、又どの俗書俗説も、邪教や邪宗も、全文明の目撃者となった子孫の倫理結論をは否めず、それ故に理想とは基本善意の積み重ね、乃ち常識量からの判断に返る。至善を悟る者は場所比例の適性の為にそう導かれたに他ならず、良識が程度問題に還されるなら、全ての社会行動と同じく常識量の高下はいかなる神話へも厳密な因果応報を与え直す。神話は精神に比例し、この精神は理論をよりどころとして共同体が作る建築の趣味に千差万別の違いを与える。
 精神という概念が現代とらえなおさる可は、それが単に神の意いへの理解度と定義されなおせば、一体、我々がしりえる自然認識の厳密な量感は、その創造への詳しさであり、つまりは他の何ら自然認識を軽微にしか有しない生態に比べればより神の立場と制作力に近づくという訳。だから神話は現に語られつくのであり、建築家、或いは社会集団の棟梁な行政長が為すどの作業、忠告、命令も、みなは神の模倣なのだ。なるほどそれらは全宇宙の造り構えに比べ余りに卑小だが、場所比例に伴って、それはやはり神の為の再創造への試みなのだ。我々の中には行政の皇帝が名目のものであり、かれ自身は殆どなにもしらず、飼われた不自由の仕手であると判る者もいる。そして彼らは次の様洞察もしている。皇帝は神聖なお告げの代理実行人で、そのお告げ、いわゆる天命は本当のところ全くの偶有であると。これが神聖皇帝の権威の源であり、自らは何事もせず、ただとりまく世間の代理に徹する習慣、要は付和雷同と優柔不断の性格が彼を道化一家としてその場まで遠く誘なったのだし、現実に、この性格の決め手の為にごく危険極まりない目にも数多く直面してきた。だが、ここで代理される本心とはいつも民族精神とやらだし、その定義は既に彼が擁する民衆の中の知恵者によりなされ、横流しか忠告されてきたのだった。天命思想の本懐はそれが民族の意志を吸い上げる功利の故に吹き込まれ、こうやって皇帝へ交代の根拠を与えてきたのだ。
 覇種の形成は一定の祐徳な精神を伴う民族の完成であり、それがどの程度の行政権の固定を担うにせよ、善意の度ですら実に常識量によっているという単純な真理は、我々が趣味のよしあしにみいだす本物の根拠であり、なぜ私がそれこそ道徳哲学の主義にふさわしいと考えるかいえば、洞察は形相への定着を伴ってこそ理想の地味を保証するから。
 もし貴方がみるどの亜種も、単に思想については理想いな云々を述べるかもしれず、しかもどれがまやかしかも見分けづらい。だが仮にこれが偶然でなく既に彼らの宿命なら、可能態と現実態の行き来、乃ち再創造の合間にも趣が不変であるだろう。もしこのくりかえしの検証に絶えず、鍍金と繕いの剥がれが露わならば彼らは借り物の思想で借り物の制作を行う偽の実践者で、その形相は悪である。要するに、場所比例がその生育としての種に与える趣には形相の一律さとして地霊の偏りがあり、と同時にそれらの業は神らしさなる理想性にも雲泥の違いと進化後の姿を宿している。我々の特定な知覚基盤に基づくしかない洞察ではどの生態に究極の神性があると確約もしえないが、少なからず趣味の程がこの地球風の定格らしいのも又周期的生態の常な筈。

2010年12月15日

社会生物学

全社会場には場所比例がある。之は主に文化形質への加えで、異なる文化やそれに至る風土の地場で違う。場所比例は適応の偏り、といえる。
 場所毎にもっている適応への誘因は大幅にちがい、それらは地政史の移りを除いてかわらない。場所比例は適応に伴う放散度で多様化の因果律。それらは進化、とよべる以前の形質との遊離に至って、以前とは異なる決定的な場所らしさを作る。進化場一般はこの適所となる事で形質を以前と違う何らかの場所比例の決定さへまとめる。多様化が進化の保証でないのは以上から論証される。

箴言

純潔は幸福な為の十分条件。

2010年12月14日

缶

そして全てが悪くなる
どっかの終わってる
ゲーセンに叩きつけられた缶
「ようこそ日本へ!」
羽田でもお迎えにあがる赤い缶だ

思い出

どうでもいい小さな思い出
椎名町駅前にはマックがある
そこで僕はむかし
二回入って二階から
椎名町駅前をみた
それだけ

2010年12月13日

理性の法解釈適性

植民優先の帝国主義が枢軸国側の抵抗の為に矛盾を露呈され終りを告げた過程はみな、背理の露悪に至ったもの。故に実質は、当時の枢軸側が掲げた理念は破られたとはいえ、帝国主義内での民族差別を弱めた功績はあった。もしヘーゲルな世界精神が背理の露悪にとっては理念の後進さでしか示されなかったなら、自由思想は帝国主義の機動力他に出ぬ。自由思想か寛容思想がみいだしたのは、結局は反宗教原理主義の教義たる勝手主義か我儘主義の展開。それらは、国際な富の偏りへどんな留保もおきたがらず、単に社会内闘争を弱肉強食で合理化させる。世界精神からみた背理の露悪は、之らの故に権利の平等として、人格のならびを設けたがった。が、権利が理性中心の営みなかぎり脳性麻痺含む各種の条件者、又他の生き物は使用者下の仲間に加え得ないとされがちだった。野生味にみた実用主義は、よって功利主義の低落でしかない。理性の背理はこうして導け、我々が理性によるのみのいきものならずとしらす。理性が与えるのは人格のならびではなく、単に場所毎の適応放散やそれに伴う進化比例の区別でしかない。そして時の中で唯一の完成後の趣味はみつからない。
 法秩序の区分こそ、真に理性人の適所でありその法則体系への適応手順。理性はこうして法案の原理。且つ、多くの場面でどの法を択ぶかは市民の文明によっており、解釈学がなぜ有用さに還されるかいえば、根拠としての善意が宗教的合意にのみ矮小化されない弁明の余地、異論の隙間を少数派の上にでも開いておく為。

あしたまにあーな

濱田マリでした。あしたまにあーな

2010年12月12日

生物学

生き物の展開傾向は、形質の比べた内的増加率な変異の順に次の様。

早死早生<早稲<早熟<晩稲<幼熟<高齢長寿

早稲(わせ)は、全生態段階が早まる。
早熟(おませ)は、全生態段階より性成熟が早まる。
晩稲(おくて)は、全生態段階より性成熟が遅まる。
幼熟(おぼこ)は、全生態段階が遅まる。

 わせとおませは変異の型が違う。又おくてとおぼこへもそうなので、対比語とみれば
わせ←→おぼこ
おませ←→おくて
となる。わせの性成熟は全ての展開した型より早く、生態段階の終わりがくるのも早い。が、おませはおくてとほぼ同じ生態段階をへるが、性成熟だけが早い。おくてはおませよりも性成熟がくるのは遅いが、生態段階の期間には殆どかわりがない。これらに比べおぼこは全ての過程が遅まり、生態段階が終わるのも最も遅い。
 なお、進化というrevolutionの訳語は進歩と勘違いされ易いのでこの展開傾向の面からは用いづらい。どの変異も環境変異下での適応の結果で、必ずしも将来の生態地位を言わないから。退化とよばれる特定の生態機能の縮小も、別の種を開き展(ひろ)める面ではやはり変異の一有様でしかない。

2010年12月11日

鉄道網の再均衡づけ

(首都圏と京阪神、及び大まかな福岡県内を除く)地方のJRが独占競争状態にあり、その健全な交通費の節減に障壁となっている現状をかんがみ、「地方JRの再国有化」によって、その独占度を奉仕赤字の概念で低め、民間の私鉄が進出できる土壌にかえるをえる。

奉仕赤字とは、会社が公共の奉仕者という立場に返る事で採算を度外視して経営利潤を国庫へ返還させ、或いは法外支出を抑える事。つまり独占禁止を間接的な国の省機関からの関与で実質的に行う。

 具体的に、地方のJRの利用者の負担を殆どゼロにし、経営陣からの営業利潤の国庫への返納率を定めて事実上は公共料金制度と同等にする。これによって他の私鉄の経営よりも、地方線会社での利益率を下げ、その場へ公平な競争が入り込める様に導く。
例えば単線しか通らない寒村の路線はほぼ無料とし、この利潤は政府の助言で都心部の高い料金設定から補填させる。と同時に、地方の路線は「奉仕赤字」となりそのJRの無駄骨の分だけ他の私鉄が参入し、本来の黒字経営をはたせる場面にかわる。なぜなら利便性の追求よりも維持で精一杯になるから。
いわば横綱へ重しをつけた侭で幕内力士らと決戦させつづける。そして経営規模が私鉄とほぼ平衡した時点でこの重し、つまり国有化負担からふたたび解放する。

2010年12月10日

花と海

ちいさな
誰からもみすてられた花が
このよは
きえていく舞台だと
しらせる
海は
世界をとかしこんでいう
だれもが
わたしからうまれ
わたしへとかえっていく

わざとらしいわざ

ちょっとした工夫だ
もしだれの興味もない
些細な分類のミスマッチをみつけ
それをヨーロッパの些細な学会へ送れば
ちょっとした東洋人の羨望を集める
あたまのなかみは空っぽでも
だれにもみつからない
へやの埃の中でダニの奇形を探るみたいに
しぬほどかねを余して
どこへでも留学できる恵まれすぎた
境遇にぴったりの業
僕は静かによのなかを見る
偽善と露悪がいりくむ所
小さな嘘と大きな真が
化学反応しわざとらしいわざになる
だが貴方は見るだろう
だれも業をこえない
それから必ず自らの行いが
世界を駆け巡って結果になる
名誉の為に智恵を愛する
習慣をなおざりにした者は
名誉の為の競争にどこまでも苦しむ

極悪小説屋の業

極悪犯罪者の関西人が
「金くれって言いたいよね
金くれれば何してもいいよ」と言った
その村上春樹覚醒剤中毒者は腐るだけ金を
猥褻小説で稼ぎ名誉毀損罪を積み重ねた極悪人だ
もし見破られないと信じているなら
その男は致命的な過ちを犯した
業がきえさることはない

関西と東京

カンサイジャップが「東京の文化が関西より勝っている証拠は?」といいつつきたないゲイシャ街に通いまくる。笑われる為ならどんなに向いているかわからない奇形。ところが「カンサイの文化が勝っているときづけや」といいつつ、かねをもうけてゲイシャをそだてまくる。東京都はお笑いなの? 東京都って、お笑いなの?

2010年12月9日

趣味主義の福祉的基礎

趣味主義にとって最大多数の幸せとはその快楽の量感にもどる、つまりいかなる不道徳の乱痴気な行いさえ低級低俗の世帯にとっては量的快苦の原理の為に肯定されえるのでは、といった危惧がある。が徒労なのは、この場合の幸福は単に生理的機能の過剰昂進にすぎないか、又は反福祉的習性のそれな場合が殆どで、実際には当社会の最低限度規範の程度問題に返る。例えば動物虐めの如き動物功利主義のうけいれがどれ丈かは、当社会がおかれた各種の生態条件によっている。もし慈悲が極度の汎神論に及べば害虫駆除すら法的かつ信的規制の為に客観的不快であり、その制止が共有できる社会場の則として設けられう。同じく、殆ど他の人格的個性との名誉感情すら尊重されない日本の関西圏の様に特殊な適所もある。そこでは人格への日常的誹謗がおいしいという民俗語でうべなわれる。
 之らの理解から、趣味主義が批判哲学、或いは倫理定義に期待しているのは最低限度規範のたえざる場所学的ひきあげな事がときあかせる。そして幸福とは実際には理性の自足、乃ち理想高さの程に返るので、趣味主義の立場は一切の有用さ、道具主義をもこの目的へ使える程度でのみ評定していく。生理的機能が過剰昂進の為にかえって損なわれるのと同様、一般の量的快苦はみな中庸を限度として各場所条件の為に節制の規範に留まるのである。結局、他者はどこでもこの規範の轍に於いて智恵への参加をする。

地域精神の偏り

世界秩序の中で場が示す役割は常に偶有さによる。故に場所哲学的側面もそこに返る。もし世界建築の中に固有の原理が見つかるなら、皆この偶有の形によっている。世界精神の必然さは場所学からは直に導けない。乃ち合理性的な場所精神が特有の倫理体系を築く世界の文化秩序の間に相互作用があり、他はない。それらの社会進化論は正に偶然的。
 結局必然な世界精神の体系はありえない。もしそれがあれば、唯一絶対原理の樹立に至り、この極相の秩序は一切の文明間交易から離脱しているが故、ごく長い目では奇形に留まる。場所精神からの倫理傾向が趣味観として各地に魂か地霊なる地政史の本質に残されはするが、哲学そのものにはこの分解もできず、単に場所学の地域偏りに留まり、その編纂は地政学内に納まる筈。要は世界精神哲学とはまず疑惑の体系であり、神学とみてすら完全たりえない。

詩

こんな社会はなくなるでしょう、
と、貴方はいう。こんなに卑しい
歪んだ、老人が
若者を醜悪な稼業で死ぬほど働かせ
居直りつづける社会は。

テレビ局では日々
朝鮮人が見た目で選ばれ
馬鹿で腐った心理をもつ倭女を
下品で、汚い猥褻踊りで誘惑してる。
それに嫌悪しない方がおかしいのです。

そしてそんな社会で繁栄している
どのまちがったなりわいも
よのつねをわるくした因果をもって
あの世へ最後の審判を受けに行く
私達は、祈り続ければよい

2010年12月8日

倭のみにくい犯罪稼業

あんなに劣った
卑しい半朝鮮人の中に邪悪な子をうみおとし
なんの責任もとれない中年女は
発情しながらめしの話をしていた
その中年女は
僕がやめておけというのもきかず
卑しい発情発狂の一心で
貧乏で教養のない土民と同棲した
それから社会は
朝鮮人の猥褻おどりや
京都人の猥談かせぎそして
東京のみにくい犯罪稼業で占められた
あのおろかしい中年女は一体
どうやって世界をよくするつもりだか

終わってるのは前提で
この狭い島国で経済成長戦略とか
ほざいてるあの阿呆は誰
次々派遣社員を切り捨て
新卒待遇をよくしながら
金にまみれていい顔してる税収の虫
ほらご覧よ御天皇殿にそっくりだ
僕らの稼ぎをくらっていきているからだろうか
弱く尊いものを虐めまくり
強く卑しいものに馴れ親しむ
愚かきわまる倭人のすることはいつでもそっくり
そしていつもの猥談売りか
君もいつかはきづくだろう
この極悪倭の島国では生まれてくるべきじゃなかった

2010年12月7日

文明変異

風土誘因が異なる地域習性をいざなうと共に、完成された精神はありえない。もし場所の間に共通法則が見つかるとしても、それらは主観の間の智恵でありつく。だから地域哲学間の交易だけが独創的科学の、知識生産の本来の値。決して絶対の智恵がある訳ではない。故に経済の意味にさえ、地域間では異なる意義が担わせられていく。趣味は地域毎で全く違うし、それらの相違いが本来の社会文明の発展の素。文明らしさは地政差から生じ、解釈学に於いても異なる結論や結果に言い及ぶ。
 これらの間に排他や絶滅の規則が働くのは比較優位の為であり、競い合う複数の社会規則が他の習性を絶やす中で文明らしさへ本質の変え方を与えるので。

寄生虫

「大体寄生虫の分際で生意気なんだよ」と、匿名の愚民が書き散らす。所が、狭いワンルームマンションの食い詰める僕から奪った税収で、腐るほど金を余した東京五輪の宣伝費に汚れ恥知らず芸人少女へ大金を貢いだ上、貧乏人を見下しながら彼は失敗した。その記憶は既になくなっている証に、「大体寄生虫の分際で生意気なんだよ」と僕の払った税金で喰いながら、その大金を子孫へ横流しつつ発言。生意気?
 もしその老人に来世があるなら、あの戦場で首を斬り落とされる役柄。そして「大体寄生虫の分際で生意気なんだよ」とどこかの野蛮な兵隊に言われながら、自分が何をしてきたかを土に還って悟るだろう。税金をくだらない戦争に使うな、姦淫と偶像稼業を許すな。

2010年12月6日

東京人記

嘗て東京の土方に喧嘩売られた事あり。この土方、吾の注意する親分を庇う余りに吾と衝突す。東京の人種これ正不正に覚らず、単に上下関係のみを認識しおる、東京にごく悪き稼業多き理由之也。
 要は江戸っ子人種之一般に周辺の関東地域より知能低く善悪を知らず、単に群れて大勢のまねをす。醜悪なる習癖多くその修正を行い得ぬ江戸風の訳乃ち低俗なる場所の誘因、人数多く雑駁なる雑居生活体験からの淘汰故に善悪の別、知能の聡きより群れる習慣の強度を品種差とす。

 この土方と異なる二十代の若人、前職大工男娼客引き等を行うとの噂ありきやはりいかにも東京らしい俗物吾間近に観察する機会ありし。かくの無関係なる人物も前土方となんら同然の習癖ありき故に嘗ても江戸の全域に普く群集心理ありしかと吾勘繰るなり。

関西東京と朝鮮

朝鮮人を差別しまくる関西人
ところが僕の目には瓜二つ
どちらも汚い人身売買業を星中へばらまき
周りに迷惑をかけても決して謝らない我利亡者

2010年12月5日

忠誠

ベルリンに戯る剣士ごっこの子はてなき青空を眺め何見る
下卑て軽薄なる神戸のひと遠く東海道をき道化役者として生涯を閉ず
江戸のひと時をこえても今なお俗にて因果を修むその天秤へ重りを積む
朝鮮と瓜二つなる山口の文化を用いる倭人あやうし
ちゑに欠く下愚の血筋もつながりてかくよみにくき名前の子放す
落ち葉ちり風に匂うは秋のはら夕陽に照るは菜の華の原
農道を石けり歩き小学生もしヤマダ電機さえなければと見ゆ
関西のそのこどもさえどことなく汚し遠く関をへだて公家ども遊惰歓楽に耽りたればこそと
みにくきはまつりへ夢中になりしける薩摩隼人の単純なる気象
フランスの子どもの清さ濁りけるおとなのあしき文化のおろかさ
わがきらう龍馬を崇む俗びとの頭になきは忠誠一徹の事

2010年12月4日

比較民俗哲学の徳

民族差はその俗(ならわし)の違いを交易させる為に有用。もし進化論を地政民族学に代入すると、民(たみ)の俗(ならわし)とは乃ち民族交易による近交弱勢の回避及び適者生存での強壮文化の確保の経過のみ。之自体は民族学仮説に留まるが、旧約聖書以来の民の俗差の擁護の本性は、それらの相互参照によってより劣悪な社会を避けさせ、より優良な社会をえり好ませる様な文明の功利さに返る。つまり、もし文化進展論が真なら地政民族学は社会進化論の補集合。そして全ての面で民族学は有益な影響をもつ。
 もし何らかの面で劣悪な文化があり、他方にそれよりまさる優良な文化が栄えている時、比較文化論がその主観に啓発するのは交易に伴うえり好みの傾向だろう。民の俗知識に通じた民族学者が頭達に含まれる時、その複数の比較検討からの忠告がない際より選れた民族状態に至るのは誤りなく、この意味で善なる友として尊ぶべきは自らの民俗を自身の少々の損失を省みず批判してくれる比較民俗哲学の考慮者だろう。
 仮にこの智恵がえられない侭で民族間交易を図っても、多くは悪疫や損害を伴い、場合によっては遠く民族淘汰される結果に終る。よって無際限な開国勝手論には矛盾、並びに文化系統の混沌しか起こらない。そして雑種一般はそれ自体の稔性とは別に特定の完成された才能には劣るので、分業の効率からみても選好の乱雑さは文化内の表現形質の出現率で劣った総体を示すに留まる筈。

2010年12月3日

裏切り者が象徴の国

無業を虐めて阿婆擦れを養う愚かな倭人の国ジャパン
下劣東京の通俗テレビ局がわざと素脚をみせる構図でニュース
朝鮮人を差別しながら尻ふりダンスで稼がせる下品東京
扶養家族を冷遇しトヨタに擦り寄る山口出の商人根性首相
支持率1%でも辞めない悪徳薩長に媚びる裏切り者が象徴の国

産業別累進税制論

交換価値は常に、世界貨幣の一元化にともなって汎用さの為に基礎生産物の価値づけを圧迫しつづける。つまり第三次産業は、それ自体を放置すると他の生産物を不当な値づけで買い占めたがる。これは古く生産性の中になぜ商人、乃ち流通と取引業者が含まれなかったかを説き明かす。

 この法則から、貧富の差を極端化させない最も合理的な施策は「産業累進課税」などの制度による『高次産業負担原則』を、その場の行政へ導き入れること。なおこの原則は政党や不文律をこえて維持させる一定の平衡を保つ為の公法化、例えば建設国債の発行可能額と調整をともなうのりづけ(産業別課税率維持法)も考えられる。

現状でいう法人税への現内閣の介入にあたって、最も考慮され十二分に批判されるべきは、製造業や農林水産業を含むより低次元な段階にある法人税は可能なかぎりその既存の負担を軽減させること。
そして最も生産性から遠く社会の富のたくわえを減退させる浪費的生業としての第三次的風俗産業従事への売上高以上の今後発展不能となるだけの税負担、並びに金融業へのそれ、次に小売り業へのそれという風に経済行動に占める貨幣取引のみの割合、生産物浪費傾向の強い生業、公共福祉への害が多い産業分類へは高い税率を用いれば(無論総税収において同時に適切な再分配が計られれば)、貧富の差がめもあてられないほど極端化することはない。
 しかし、産業の集積が進んだ一部特区のみで公共の福祉と矛盾しない一部の税負担率をとりのぞき、高次な産業の効率を達させる政策には有用さがある。(例えば金融特区での仲介機関、上場銀行などへ株式取引に伴う累進税負担を解除し、その場に限っては極端な流通へ合理化を図る等。)
又、地方交付税も考慮に入れれば関西連合など始めから既に貨幣取引総量の多い地区へは交付税よりも法人税率が高くなる税制の維持が必要。国家単位にみた寒村の貧困を救うには全体の奉仕者たる政府が、ある種の視野の狭い経団連などの邪悪な利益誘導団体からの甘言にだまくらかされてはいけない。

2010年12月2日

ソネット

倭人が大挙して
平和な社会を乱し
淫らな文化をもちこんで
人々の気を狂わせた
しかしこの世では
彼らを裁く法が未制定
その為に倭は
あらゆる悪徳をし放題
敬謙な信者は
その光景にこころを痛め
神様へ倭の土地が
粛清されます事をお祈りする
もし彼らだけの街があっても
そこは底無しに汚いだけだから

ちいさな子どもを犠牲にしても
なんとも感じない倭:やまと
彼らの風習はきたないとも
なんとも言い様がない
匿名掲示板で謗りや
なりすましは日常茶飯事
警察へ通報しましたと嘘をつき
足のひっぱりあいを反省もしない
じめじめとした飲み屋で
他人のわるくちを深夜まで言い合い
その後は汚い女のいる店で
汚い言葉で汚くひっつきあう
もし真っ先に滅びるべきなら
あの禍々しい倭:やまとだけ

2010年12月1日

日本文化

きたない関西出身者が発情しまくり
辺り中を朝鮮色に染めあげた
そのどぎつい色彩のうちで
僕は発狂したこどもの顔色を見る
気が狂った少年
学校内で授業中に殺人
先生は姦淫のはなしで
人気をとっていたから
けさのニュース
また東京のきたないCM
「LGのCMうぜーぞ」という
奴らはメイド服の少女群に躍らせる
僕は気が狂いそうな
この日本文化に生まれて
校内で殺害されまくる
教師の姿を何度も何度もみる
「悪夢だね」と平気でいいながら
関西出身都知事がおなじ悪徳小説屋の
けがれた少女と都庁で会う。老人は
それで京都が最も偉いつもりだった
僕は冷たい月が
ギラギラとこの島の土をてらし
殺害され尽くした死体を
真っ赤な色の固まりで
それから夢が醒め
便利になった世界で
君はすぐれた一人の
聖にうまれかわる

浮雲

都知事の職責にある石原太郎が匿名掲示板で安直なナショナリズムをまきちらし、「強姦国民の汚れた血を引く屑は自殺した方がいいんじゃない?」と印す。一体、神の目が欺けるものだろうか?
 彼の末孫まで現実に殺し尽くされ、しかも最大限に悲惨で酷い仕方で虐殺されれば、そのあしき思想の因果応報はだれの眼にも明らかになるだろう。

 愚劣すぎる老人ナショナリストは、匿名掲示板で気に入らない赤の他人の日本人を次々朝鮮人扱いし、しかも憐れむべきことに卑しい嫌疑をかけた当人こそ一層朝鮮人的な関西系のふるまいだった。ねじまがった感情に激し、後先をなんら考えられなくなり、発狂してはいるがそもそも目的が誤っている。死ぬべき矮小化した奇形種。
 ところが、その老人は自分自身がなにをしたのか全くわからない魂の風体で、自業を正当化しきっていた。

 あの邪悪で傲慢なあしき老人は神を謗り、救世主を磔にし、民族差別をしながら浮雲として土に還る。僕はその墓へ唾を吐く多くの新たな青年が、日本の為に卑しい民族差別論者を反故にしてくれるのを願って、掲示板の上で彼へ最大限の孝の意を示してその場を去った。無論、甚だしい侮蔑の感を抱いて。

人類生態学

感情、情けに感(かま)ける習性は人類が有性さを不安定で撹乱を受けやすい適所で生きる限り普通。故、感情がみられるのは、又それへのとぎを受けるのは温帯以上温かい地帯でだろう。温帯はこの種の習性を、彼らの中で行われる誇示と性選択の余地へ返す。理知は常に安定的適所とその周期性から生じる。この習性そのものが地球的でない証はなく、将来は人類型の習性か地球人型のそれと定義されるかも。もし有性さに類似できる他の生態があれば、その感情も我々と類比できる何らかの特徴をもつ筈。感情を何らかの形式にまとめる傾向あり。之は感覚形質への特定のとぎ、とその場に由来した文化習性の優劣判定へ特徴づけられる。性淘汰こそ、感情のよしあしへの価値観乃ち審美観に決定力として働く。