2026年6月21日

名のつく形

   1 芸術
 もし、芸術と名のつくものの一切が無意味なら、人類のあらゆる功績もそうだろう。だから、君は絶望していた。実際のところ、この世の中で功績と呼ぶべきものが、何かあるとしたらだが。
 人が滅び去るときに、何か嘆くだろうか? もし嘆くとすればだが。そんなことはない。事実、嘆き去ることが、この世で人にできるすべてなのだから。

   2 哲学
 宇宙全体に意味を与えようとしたあらゆる試みは、既に終わってしまったのだ。だから人はただひたすらつづく、下らないたわむれごとのどこかで、退屈しのぎにその日のろくでもない生を過ごすしかない。でも、その様なくだらなさにもそれなりの味わいがあって、なにか理屈をつけたがる。哲学の全体とは、そんなものだろう。無論、こういった解説自体にも、どんな意味も与えられていないとしても。

   3 人生の意味
 僕にとって、人生の全てに意味を与えるという作業自体には、特段の意味がなかった。だからといって、意味自体の本質に興味がないわけでもなかった。
 だが、この話には続きがある。
 だれにとってもこの世の存在が下らないものだとすれば、自分にとってもそうだったのである。だから、人生の全てに意味を与える、というしごと自体には、失敗する宿命があった。

   4 貪欲
 僕はヒカキンというユーチューバーが苦手だし、今となっては嫌いになった。それというのも、彼の貪欲なふるまいに呆れたからなのだろう。

   5 救い
 もし芸術に意味があるなら、それは我々の魂を救う、という点にあるのだろう。

2024年7月28日

女太宰

僕の人生には、本当に大体ろくな人達が現れなかったと思う。それで遂に、自分は完全といえるほど呆れ果ててしまって、今では人生に、特に人間になんの期待もない。どうせろくな人が現れないと知ってしまっているからだ。
 本当に筆舌に尽くし難いほど酷い人々だらけだったなぁとおもう。
 というか、総じて自分を傷つけてくるひとしかでてこないのだ。自分以外の人は似た経験をしているのだろうか? 少なくとも自分は、大体において程度こそあれ、そんな経験で埋まっている。特に最近でひどかったのはミキさんの母親だ。

 僕が10年以上みきさんの世話したのは本当に大変だった。あまりに大変すぎて、もはや言葉で説明しきれないほどだ。いわばひとりでピラミッドを片づけてと言われて、毎日毎日その作業をしながらひたすら全人類に嫌がらせを受け続けたみたいな大変さだ。誰もそんなことしたくない。しかし、ミキが女太宰だとしるまえは、青森のシンデレラみたいなもんかと僕は大変勘違いしていたのだ。事実は全くといえるほど違いすぎた。女太宰になんらかの誠意の様なものはあってなきがごとしである、のかもしれないだろう。そして、当然ながらその親も、女太宰の親にふさわしい親だった。
 すでに30年間もミキさんはあの両親から大虐待を受け続けてきており、青森地獄はその人を少しもぬけださせない。それは確かにこの世の地獄である。女太宰も生まれるわけだ。
 女太宰ミキは突如発狂し、平田事件を起こした。このために自分がどれほど傷ついたかわからない。その周囲にいたひとびとの不誠実さも大いに自分を傷つけた。特にピグ女勢。確実に地獄に行く連中だ。
 ミキの世話の異常な大変さを経験した上に、ミキの尋常ならぬ不誠実さによって何重にも裏切られた自分は、ミキ母というこれまた不実の極みといえる狂人物から、いきなり電話がかけられてきて、侮辱罪をされた。もともとただの自閉といえるだろうミキの人生は、この無理解にして精神を病んでいる母親から完全にといえるほど駄目にされてしまっていた。シャワーヘッドでいきなり殴られるとか、しかもいきなりシャワーに母親が入ってきて。ミキいわく「ぼこぼこりんぴ」。あるいはミキ父もミキへの暴力が日常茶飯事とか。本当に意味がわからない。ベルトで首を絞められたこともあったらしい。とっとこハム太郎だかなんだかの、ビニールの。ミキが狂わないはずがない。つまるところ、あの女太宰の出現には必然性があり、具体的にはミキ家の産物なのだった。おそらく、高確率で、ミキ母は統合失調症なのだろう。そのもとで、あの異様な不安定な心身の人物がはぐくまれた。それに加えて、ミキのみならずミキの父母も、言動の端々から境界知能だろうことが疑われる。その条件下にいて、自閉だと気づかれないでいて、学校でも職場でもいじめられまくり、家でも親からひたすら無理解で暴力や精神的虐待や経済的虐待を続けられてきて、自傷やら薬の過剰摂取やらで逃亡しても不可能なので、自殺未遂をはかっても遂げられないので、心中をはかろうとしたものの、これも僕に救われて失敗した、という人がミキだった。

 命からがら、大変な苦労をしてミキを自分は救った。以前、ミキがいきなり家出した時もずっと自分が連絡さきになって家に帰らせた。あの時もしぬほど大変だった。
 先ほども触れたけれどもミキはずっと家で継続的に自傷していた。いくらやめてといってもやめなかった。またしばしば薬の過剰摂取をしたりしてとち狂うこともあった。

 結局、ミキの親の遺伝と家庭環境づくりとが、女太宰を作り上げた原因なのだ。恩知らずの親にはなんの美徳も期待できない。そしてあの家はきっとそのまま滅びゆくのだろう。借金もあるらしい。
 そもそも娘の人権をまったくといえるほど認めていない親というのがいた場合、その人の親権に正当性はあるのだろうか? 娘の結婚、というか事実婚の約束に干渉しまくり、娘が相手(つまり以前の自分だったのだが)の家の親の介護をしようとすると大変だからやめろなどと言って妨害し、そのために、ミキが平田被疑者による性加害後の薬物過剰摂取による糞便まきちらしの世話をしている最中にミキ母がミキにメールをし、「いま掃除」とミキが返信した。この一連の事態は、ミキの親がわには、まともな親権がないことの証拠であり、青森では憲法が守られておらず、障害者にいまだに人権がないことのあかしではなかろうか。
 婚姻は両性の合意にのみ基づいて成立するという憲法の文言は、青森ではほとんど理解も記憶もされていないのではないだろうか。尤も、もう手遅れといおうか、そもそもミキ親の借金だかローンだかが潜在的要因として、自分がミキさんと婚姻は無理と判断していたのだし。ミキ親の過去の行いが第一にわるいのである。平田事件後は完全に無理ではなかろうか。あれ以後にすらミキと結婚を無理にでもする人がいたらその者も狂人といえるだろうと思う。事実婚的な状態だって恐怖ばかりある。またいきなり心中をはかるのではないか、とかだ。半分不貞と認識される疑いも濃厚にある。デパスとかいう薬の過剰摂取による暴走だったとしても。そもそも何度とめても、ミキには自傷だの過剰服用だのが止まらないので、そんな狂人を家に招き入れるのはダメという常識的判定をしていた僕の両親も、さすがに世間を知っていたとみるべきだろう。僕がいくら自分の親を10年くらいかけて説得しようとも、もともとの慈悲と混じった福祉的博愛に無理があったといっていい。聖人の人格の苦労とはこの様なものなのだ。

 僕は、ピグでたまたま、女太宰の原型をみた。しかし、はじめてみたとき、といってもネット上のアバターでだけれども、当時その様な人物だという感じはなく、なにかおしん的なものにみえた。おしんどころかその超強烈版だったのだろうけど、遂にその人物が本性を現した時には既に手遅れで、行動は女太宰そのものだった。女太宰を救うなど無謀なことを試みた者として書いておくが、著しく難しい仕事であり、ほとんど不可能に近いので、そういう人物だとはじめから分かっている場合は、手遅れだとみた方がましなのではないかというのが経験者の談だ。リアル太宰治だって決して救えなかった様に見える。そして、そういう人物をうみだす社会背景がわかっていたら、それは業なのだ、という風に悟れるのではなかったのか。

2024年6月9日

両刀使い

マッキントッシュとかいうコンピューターに対応するのに、こんなに時間がかかるとはね。ありえないくらい使いづらい。でもまぁなんとかなってきたのかもしれないけど、なってないのかもしれない。どっちにしても、やっとなれてきたけども、どうしようもないものつくりやがったな、とおもう。先進とは言ってるけども、アップル社がそういいたいだけの様な面も一杯ある。両刀でつかってるひと、さほど多くない様な気もするが、そのひとだけにわかることとして、この2つはまるでちがうものだ。OSとして。おなじものではないのだから同列に並べて比べること自体がおかしいのかもしれない。
 とにかく、僕はこの2つのコンピューターを同時に扱うことについて、ひどくつかれてしまった。どうしようもないのである。
 なにがか?
 どっちもつかってみたらわかるかもしれないけど多くの人々はそんなことしないだろう。僕は、もぎけんにだまされた。あえてだまされにいった。それで、どっちも試してみようとした。その結果、確かにつかえない。マックは。いろいろ。こんなにつかいづらいとはね。
 完全にだまされた。
 この2つはちがうもの。いま庭の梅おちた。どっすん。
 でさ。本当に意味あるのかな? とおもう。こんなにね、2週間も僕におぼえるまで時間かけさせて。しごとにならないといえばそうだ。ここまで酷いとは。
 マックのほうがすぐれているみたいな風説を茂木が広めてるのはどうかしている、と、完全におかしい意見だ、と、だれもいわないのだ。だから詐欺師のざれごとにだまされている。だってウィンドウズじゃなきゃ動かないソフトなりアプリなりがおおすぎるし、そもそもシングルタスクに向いている様な機械がマックなわけで、その2つはおなじではない。それで僕はひどくつかれてしまった。

 いまとなっては、両者の特徴をわきまえた上で、両立できないかを考えているが、宮本武蔵化するかもしれにゃい。しかしそうなるとしても、つかいわけをするべきものともおもわれないので、本当に酷い目にあったな、という実感だけある。ぼけ防止にはいいかもしれないのだが、いらない負荷がかかるから、最初戸惑いまくる上に、ストレスが相当かかるのだけは確かだ。操作感が違うとかそういうレベルではなく。
 まぁどっちにしても、とりあえず、やっと少しずつ操作できる様になってきたので、今後はなんらかの展開があるかもしれない。おわり。

 世界中の職場がマックになったら途端に大混乱と、大幅な生産性の低下が起きることだけは確かであろう。特にOSのできがあまりに違う。世にいうアップル・シリコンとやらを試してみるつもりでつかってみたのだけど、最新のやつを。M2のマック・ミニを。意味は大分わかったし研究にもなったが、ある意味では、ユーザー側の利点としては、省電力パソコンだ、という意味しかおもにはないのかもしれない。アップル社側としてはそれで大儲けできるし、小さくできるし、いいことづくめなのかもしれないけど。CPUチップ上にメモリもGPUもNPUとやらも載っているということの革新性は、ジョブスの商売人としての性質を受け継いでいるんだろうなと思う。でも、それってあきんどとしての会社のつくりを感じさせるもので、外部の意匠の格好良さで、性能を犠牲にしてる面はたしかにあるので、秀才タイプのつくった秀才コンピューターのOSであるウィンドウズには、ある点では永遠に勝てないのかもしれないなと感じられた。
 OSがその2つの会社、アップルとマイクロソフトに牛耳られている状況は、かえられなければならないとおもうけどね。おわり。

2024年6月2日

MacOSをはじめて使ってみた感想

実は、僕は最近うまれてはじめて、マックというしくみに移動していた。これが厄介なものであった。マック信者というのがいるけども、はっきりいって、意味わからん。これの操作法もウィンドウズと違うのはいうまでもないけども、どちらかといえば、というかはるかにウィンドウズの方が使い易い。単なる信仰の問題ではないだろう。洗練度みたいなのが違うのだ。

 僕はモギケンがさもマックのほうがえらいみたいにいっていたのをきいていて、本当かよ? とおもっていた。そしていつか確かめてやろうと思っていた。色々な条件が整った今になって、それを実行してみた。それが、マックの方がはるかに使いづらいのである。これが本当のことである。色々なちがいがありまくる2つのOSだけれども、洗練のされかた、特に使い心地という点で大幅な違いがあり、モギケンがいかに嘘つきかということをこのたびもまたもまざまざと実感することになった。色々な問題がこのマックOSとやらにはあるわけだが、ウィンドウズ10になってくると完成度があがってきてほとんどない。マシンの性能に依存したちがいがあるくらいで、致命的な欠陥といえるほどのものではなかった。それがマックはもともと問題ばかりなのだ。あれもこれもできないし、大体、日本語入力システムそのものが揃っていないに等しくて、カタカナに一発で変換すらショートカット使わないと苦労するといった具合だ。それにディレート・キーはあるのに、バックスペース・キーがないとか、意味不明な点が残っておりこれ自体が改善されていない。つまりウィンドウズから学ぶといった姿勢がないのだ。威張ってるんだろうと思う。マックの開発者は。モギケンそっくりではないか。

 ちなみにね、わざわざ僕はカタカナで強制的に変換しなくちゃいけないとき、F7キーまで手を伸ばしてやっている。もう一個のショートカットもCtrl + Kのはずなんだけど、ウィンドウズ・キーボードだと機能しないので、さっきまたわざわざ検索して、KじゃなくてIをおしてやっている。こんなのもいちいち苦労させられる。まぁキーボードを共通にしないとかも、ライバルだからなのかもしれないけども、意地が悪いとおもわれる。双方にというより、マック側が、威張ってるんだとおもうのだ。

 世間的にいわれているところの、マック特有の良さみたいなのも、たしかにあることはあるのかもしれない。それはいいとして。なんか特有のゲーム機っぽい雰囲気があり、ゲーム感を与えてくるという不思議さがあり、それがウキウキ感をうみだしてるみたいだ。

 それで僕はこのしくみに自分を慣らすのに、すでに4日から5日くらいつかったのだけども、かなり疲れたといえば疲れた。特に最初の3日間とか、のまずくわずでやっていた。やっとなれてきたのだけども、もぎけんがいうことのいんちきぶりには、ほとほとあきれてしまった。いまにはじまった呆れではないんだけども。とにかく、ひどいな、とおもう。マック信者とやらの悪質さは。

 いろいろ感じたことがあるのだけども、マックOSの設計は、そもそもシングル・タスクこと単一作業を前提につくってるのではないか、とおもえるふしがあった。だけども、僕はウィンドウズの性質に脳が適応したのか、もともとなのか、マルチ・タスクを沢山やる様な性質をもっている。これもマック信者の設計とは、かなり違和がある。それだけじゃなくて、予測変換の能力も、いまもかいてて感じるけども、ウィンドウズのほうがすぐれている。こういうすぐれかたはひとつだけではなくて沢山ありまくる。

 スティーブ・ジョブス脳と、ビル・ゲイツ脳の決定的な違いは、前者が単一作業、後者が並列作業派だったことに求まるのかもしれない。

 でも、いづれにしても、大体慣れたからこれでいけるところまでいってみるけども、ただ、僕はここ最近、とてもいろいろ考えたり感じたりすることがあったのだ。そのことについて書いたり発信したりする機会がなかった。次の文章で、できるだけかいてみようとはおもうけども、とにかく、僕は自分自身がいわゆる芸術家的な性格をしているとおもうのだけども、その人にして、あきらかに僕自身が普通のいわゆるひとではないのだろうとおもうのだ。というのも、僕はなにも発信しないでいるととにかく不満がたまる様な性質をしているからだ。そして自分はあきらかにほかの人より感じやすいのだろうとおもう。だから日々色々なことを感じたり考えたりしまくっているのだが、それらがマグマの様にたまっていって、なにもいわないでいると世界にはなにもないことになるのだとおもう。
 そのときは生きていてもいきている心地がしない。
 そんな感覚は、昔から実はあったし、それが僕自身の固有の性質なのだろう。その正体はよくわからないが、とにかくそれからの解放をもとめて自分は芸術というしごとが必要の様子でもある。

2024年5月17日

鬼が島での悪人達との戦い

私は何度となく、Xで人権侵害された。ひよこという人は表現弾圧のために、恥を知って下さいなどと言ってきた。恥を知らないのはそのひよこという人自身だった。ひよこという人が、自分の気に入らない過去の浮世絵を消す目的で、日本の人権を米国の笠を着て消そうとしていた。最悪の経験だった。
 茂木健一郎一派は以前から悪行三昧だ。ネオナチ行為の為にどんな卑劣な事もしてくるし、その周囲にいる連中もとんでもない悪人ばかりで関わられると即人権侵害される。茂木は賄賂五輪をする為にホロコースト揶揄ギャグを庇いに、サイモンヴィーゼンタールセンターに殴り込みに行っていた。とめたら攻撃された。それ以前に、コロナ禍の中で大規模衆人イベントを開きたがる事自体が狂っており、それへの指摘も冤罪バン攻撃ばかりしてきていた。そんな蛮行が許されるものか。

 滝波ユカリという人は、言論弾圧犯で、過去の浮世絵の展示会をX衆愚と一緒になって大弾圧を企てていた。驚くべき事は、津田大介氏は表現の不自由展をした筈なのに、この滝波の言動に何も言ってなさそうな事だ。ポリタスという津田氏の番組に滝波氏は出ている様子だった。本当に意味不明な矛盾した言動。

 茂木氏は、津田氏のあいちトリエンナーレ2019の表現の不自由展をからかっていた。ところが同じ人物が、今度は表現自由権の弾圧をする。この点では、茂木氏も津田氏もかなり疑わしい。なぜ浮世絵の展示なら表現弾圧していいというのだろう。女性至上主義が唯一の全体主義原理だと言いたいのだろうか? もし女性至上主義が彼らの信じる理想論なら、女性や女系が天皇になれないとする天皇や神道の教義に従っている事も大いなる矛盾というべきだろう。この点で再び茂木氏や津田氏は矛盾をきたしているから、決して女性至上主義を理由にした表現弾圧が目的とも言えない。彼らは適当な権利侵害者なのだと思う。

 僕は、彼ら東京人達の悪行にはほとほと疲れてしまった。毎日やっている事といえば本当に彼らは悪業ばかりなのだ。正真正銘の地獄というものが存在し、そこでは上記の様に、日々無法行為が常習的で、衆愚でさらに悪事を群れて加速しているものなのだ。反響室の中では正義は完全に蹂躙され耳に入らない。
 関西地方の悪行も今に始まった話ではない。帝国主義の暴虐や差別的な乱倫自慢によってどれほど国内外に彼らが不幸をばら撒いてきただろう。天皇の悪政は今の時代を最後に永久に終焉するだろう。亡国の兆候は、天皇一派の周囲の信じられない不道徳ぶりで誰の目にも明らかだ。確実かつ不可避に日本は滅ぶ。

 権利は自ら守らなければ誰にも守られない。滝波や茂木、ひよこらは進んで表現自由権を侵害した。その為に、日本ではまともな意見を表明できなくなり、女性が言う間違った意見なら平然と押し通る状態になる。遂には大悪行の連鎖で全滅するまで、彼らの傍若無人ぶりは加速し続ける。本当に最悪のネオナチ。茂木や滝波、ひよこらの悪行ばかりではなく、日本人一般はネット匿名状態で普段から悪業三昧している。果たして、その結果がこないわけがない。没落する国を作っているのは、日本人一般の普段の悪事で、他ではないのだ。権利侵害が常態ならばそこを先進国とは呼べない。だから日本は民衆の質が後進国だ。倫理崩壊した衆愚の国が、何につけ、まともな結果を伴う筈がない。本当に悪い、酷い国に生まれてしまったものだ。この国には自由がない。言いたい事を何もと言っていいほどいえないのだし、常に天皇と称する暴力団体長から脅迫され搾取され、何も自由がない。全体主義国の実態とは拷問の日々でしかない。

 僕は、日本国で悪人としか会わなかった。けど、ブータンの人は逆の事を言っていた。ここには悪い人は誰もいないよと。日本国は、ブータンと比べれば完全な地獄で、卑しい民衆が匿名で悪事ばかりしており、その衆愚を洗脳している人種主義邪教祖天皇が無法の乱倫行為ばかりするただの鬼が島だったんだ。
 さらに恐ろしい事には僕にはこの地獄の島からの脱出方法がない。金も手段も与えられていないので、逃げ出す事すらできない。抵抗しようにも、言論を悪魔の様な茂木や滝波、ひよこその他のネオナチは弾圧してくる。これほど最悪の条件で、悪人達に囲まれ、疲れ果てながら生涯戦い続けるのは実に災厄だ。

2024年5月15日

人類界の陸でもなさ

今の世の中は陸でもない事が実に多い、様にみえる。でもいまにはじまった話でもないのかもしれない。『源氏物語』は心底陸でもない話で、読んでいて吐き気ばかりしてきて、最終的に胸の奥にどんよりとした絶望だけが残る最悪の話だ。あれをほめちぎってる関西人も、まぁ誉めてるかは分からないけど、「日本が太平洋の真ん中にあったらその物語が生まれなかった」とXで言った某画伯とかも、予てからある意味で倫理観がどうかしているわけです。皇族特権乱用による性被害だらけで自殺未遂と出家で終わる姦淫小説なんて全世界に一度も生まれなかった方がよかったに決まっているからだ。自分があの物語の女性陣の誰かになって納得できるんだろうか? 全員死ぬほど不幸にみえるが。因みに男の方だってよほどの人格崩壊者しか耐えきれないと思うのだ。自称京都こと山後の人々ってあの時代から、というかそこへ外から移民してきて初期から、ああだった証拠で、少なくとも平安時代のはじめころからikezuだったのだろう。本当にどうしようもない人々というのは現にいるらしい。昔、多浪してた田中君がミクシーで書いてた。どうしようもない人がどばた(すいどーばた美術学院)の多浪生の中にだれかいたらしい。自分は一年で芸大の欺きに気づいて脱出したから、それがだれかはしらない。でもいるんだろう。きっと。
 確かにネットを観察してると、どうしようもない人々しか出てこない。そのどうしようもない自堕落さに大小の差があるだけだ。

 また、僕はこう感じた。人類は一般的にろくでもないのだと。これは事実だと思われる。僕がどれほど善意で動いても、殆どの人類はそれを悪意でうけとってくる。この状態は人類界が地獄である証明だと思う。少なくとも、日本国は大概がそういう場だ。だから僕は日本国というのは、根本的に亡びるべくして亡ぶのだと思っている。そこにくらす人々の普段の行いは、匿名犯罪が初期設定で、かつ酷く性悪である。しかしブータンの人がこう言っていた。「ここには誰も悪い人はいないよ」と。まるで違う。仏教も日本では変質し、特に上述した山後地区では俗坊主の拝金主義となって、いまでいう京都市を財政破綻に追い込んでいるしその為に滅ぶと言っても過言ではないだろう。

鳥が飛ぶときの様に

ずっと同じ小説を書いてるのだが、もう数年間も完成しない。というか、推敲を重ねている。こんなに長くかけた作品はなかった。特別な作品なのだろうか? どういうわけかはわからないが、幾ら推敲しても終わらない。そういうことがあるらしい。
 ところで、僕はラジオをやっていた。講義ラジオみたいの。けれども、ラジオ発信というのは、ユーチューブが簡単に規制してくる感じで好きな事がいえない。視聴者の民度に問題あるのかもしれないし(かもしれないではなく大量視聴層をみるとそうだろう)、自由度が低いという事みたいである。哲学にせよ芸術にせよ、自由度が低い所では結局なにもできない、ということがある。だから自分はユーチューブは問題あるんだなとわかった。内部で使ってみないと分からない。本当に簡単に発信したものを勝手に消してしまうのである。それが人類史にとって著しく重大な内容だとしてもお構いなしだ。グーグルの親会社のアルファベットの持ち物なわけだけどユーチューブって。その点だと文化史を担うだけの覚悟はないんだと思う。唯の営利企業なんだろう。そういう適当さがいづれ彼らにとって致命的になるんだろうなと思う。

 ところで僕の人生でも後悔してることの一つに、ツイッターでモギケンウォッチをしてしまったことがある。モギケンとはあの脳科学者の茂木健一郎氏。実にひどかった。最近までその酷さは続いている。僕はてっきり、知識人だと思い込んでいたのだ、彼を。でも違った。もしそうだとしても、尊敬すべきレベルの人ではなかったのだ。いうことがでたらめで、不道徳さが凄かったからだ。僕は人を見る目には自信があったのだけども、暫くウォッチしてしまった事自体は後悔している。でも何か意味はあったのかもしれない。偽知識人とは何かが深く理解できた。イギリスには「スノッブ」こと「靴屋」の俗語が語源みたいだけど、訳知り顔の部外者みたいな、こっちでいう「門前の小僧習わぬ経を読む」の「小僧」という意味で使われる意味の語彙があるわけだけど、日本語だと「俗物」と訳してる事が多いが、大体、この階級の人という事の様子だった。茂木さんは漱石のファンだったりして自分がイギリスかぶれになっていった過程というのがきっとあるのだろうけども、僕が観察していて、それは最早とりかえしのつかない間違いを犯していると感じられた。今日はとりあえず僕が観察したモギケンについて、或る程度まで考察を進めてみようと思う。きっと何かの役に立つだろう。

 彼を突き動かしているのは、恐らくだけども、強烈な劣等感なのではないかなと思われた。それは佐賀県の人々とモギケンが接している時、具体的には佐賀新聞社長の中尾清一郎氏と会話しているときなどにポロポロと顔をだす。思うに薩長土肥の肥前の国の人々にもあの種の精神的態度があったのではなかったか。不思議なことに、欧米中心主義の様な態度をとって、日本の文化を貶める様な言動をとるパターンがとても多く、それに痛痒を感じない様子である。その際、必ずしも日本の文化が欧米に劣るわけでもないので色々な矛盾をきたす。けど、彼にそれを問題視する様な節はない。沢山矛盾していても平気なのだ。
 
 ところで、モギケンの分析しようと思ったんだけどやっぱり嫌になった。もううんざりしているからだ。
 僕はそれより前は、村上春樹とか福沢諭吉とか夏目漱石とかの研究をしていた。けども、茂木健一郎の研究はあまりやらなくてよかったなと思っている。前三者のうち、一番やらなくてよかったのは春樹だけども、まぁ個人的に執筆や思考の文体を作る時に参考にできたのは大いにあるのだけども、茂木氏が一番論客としても質が愕然と低かった気がする。茂木氏は人格的に問題が色々あるのでそのことは世間も知ってはいるとは思うんだけど、要するに風見鶏が普通の状態で、それは彼の心理病質からきているみたいで、長らく観察していると遂には精神病跡学をやっている状態になって、つらい気持ちになってしまう。それが茂木研究の結果だった。

 ところで、また話題がかわるのだけども、いま随分しばらくぶりに文を書いてわかったのは、やっぱり、僕は文章を書く事が好きであり、また向いているのだろうと思われる。第一、書いてると気分がすっきりしてくる。
 小学生の時小3の女の先生がこういった。
「ずっと書き続けて下さい」
僕が『麦わら帽子』という題で小説書いたのをみんなの前で朗読させられたあとのことだった。みんながどう思ったか知らないが、またあれはみんなに言ったのだと思うが、自分としてはあの先生のことばをおぼえており、現に書き続けているわけだけど、確かに、あの先生が言った通り、書き続ける事によって到達できる境地というのは確かにあると思われる。現に今の僕がそうだ。
 はじめ文章を書く時から自分はなぞにするするとよどみなくことばが出てきて、夏に冷房いれてお父さんの書斎の机で書き始めて、数時間くらいで十五枚くらいの原稿用紙をすぐ埋めて小説できあがったわけだけども、あれ以来ずっと書いてはいるのだが、確かに、前より高度な書き方ができる様になったと思う。技術という意味では、少なくとも前よりあがるということはあるのではないか。まるで鳥が飛ぶときの様に。

2024年4月24日

日立文明の独歩論

僕はあんなに性格が悪い人々が大勢生きているなどとは、全然知らなかった。それはインターネットではじめてわかった。特に、西日本の人々は完全に異国や異民族といえると感じた。余りに性格が悪いし、民度物凄く低いと感じた。

 実際僕は自分の地元がそんなに民度が高いなんて全然思っておらず、どちらかといえば外国にはもっと立派な所が沢山あるんだろうという風に感じていた。しかし、現実はまるで違って、むしろイングランド北部のニューカッスルの人にこういわれた。「君は日本からでない方がいいよ」、と。その意味する所は、僕が思うより遥かに地球社会は民度が低い筈だから、という事の様だった。もしかすると実際そうなのかもしれない。

 少なくともイングランド自体には、確かにそう感じる面が色々散見された。けども、西日本だとか南関東だとか、中部だとかははいうまでもないのだが、あるいは東北の一部だろうと、北海道だろうと沖縄の一部だろうと、また群馬とかにも、少しは似た様な感じを受けた。
 僕の生まれ育った北茨城の文化と最も近いのは、水戸や日立、あといわきだろうし、栃木にもある程度似たところがあるのかもしれないのだが、大体、やはり旧水戸藩といわれる領域、つまり、茨城県の中北部の文化といわき市の文化というのが一番自分のそれに似ていると感じた。あたりまえといえばそうなのだけども。大体、自然というか気候が、子供の頃から住んでるからもあるとは思うけど、ここが自分には一番心地いい。総じて涼しいし、どの季節も快適だ。しかも自然がとても繊細でうつくしい。

 自分はそれでも、僕の所が世界一の大文明だとは、基本的に思っていなかった。明らかにひどいと思える事も色々経験したからだし、必ずしも理想郷だと感じたわけでもない。しかしながら、総合点だと、なんとここが世界一なのかもしれない。特になにが優れているかだけど、特に道徳性なのかなとおもう。水戸市が一番立派なのかもしれない。一つの理由は、水戸の徳川家がそれだけ偉い人達だったのだろう。領民がそう思うだけのものはあった。現にそうだとおもう。徳治主義を本気でおこなって、実際に成果があり、住民にその気風が伝染した。だから、僕らが外の社会にでてみると、みな僕らより不徳な感じの人々ばかりで呆れてしまう事になる。日立の国の最大の長所が道徳性だとすれば、その点をもっと伸ばす様にすべきで、失うべきではないのだろう。

 外国人観光客とか、素人が多くて、何もわかっちゃいないのだとおもうのだ。僕は何度か山の後ろの国こと京都と称する観光客に大人気のところへ行ったけど、やはり余りいいところとは思えず、むしろがっかり観光地と感じた。下品だからだ。寺って飾る様なものじゃないだろう。歪んだ三流仏教を有り難がる外国人は無文化といっていいとおもう。僕は民家のおもむきでパルテノンの様な古典的構成をもつあの立派な佇まいの佐竹寺に一番感動した。それはたまたま僕の県にあったのだけど、ひいき目に見ているのでは決してない。仏教精神かくあるべし、という一つの模範解答だと感じた。釈迦は民衆の間にきて、単純なことばで彼の悟った真理、あるいは解脱思想を説いていた。寺って、その場のことのはずだから、民衆の心の拠り所として民衆の間にあるべきで、豪華に飾ったり、装飾に凝ったりは、どれも俗坊主の腐敗宗教の証にすぎず、その点で、山後は全部がダメで落第点だと感じひとつも感心できなかった。
 ほかの点でも、はっきりいって悪趣味さが感じられ、精々中国のまねだなと感じた。総じて、山後は住民にも街にも性格の悪さが感じられるし、俗物根性の証ばかり自慢されて、嫌な感じがした。そのくらい、僕と山後は相性わるいのではないかと感じる。もう2度と近づかないことにしているのだけどそれでいいのだとおもう。

 僕は好みというのはその人の品性を示す、かなり重要な世界の要素だと感じているが、こと山後が好きだとかいっている外国人とか、日本人もだけどその時点でかなり激しく軽蔑感を感じるので、一切かかわらないか取引せず、距離を置く様にしているけども、それは、山後の住民があまりに悪業三昧しているのをあまりに多く見かけた事があるからが一番大きい。自分も一被害者だ。しかも平安時代の文献をちゃんと読むとなおさらそう感じることになる。本当に陸でもない人々が、僻地に移民してきてしまい、そのままあの意地悪地獄を千年以上も偽中華都市だと抜かしてきたのだから、それは性格だってそこに長居すればするほど歪むだろう。近づかないにこしたことはないのだ、人権のない貧民窟なんて。いまの京都市内ですら差別をしあっている。民度が極端に低い。話にならないというべきだろう。

 色んな西日本の人々と会話したのだけど、ネットでが多いが、はっきり言ってどこも茨城県に比べて大分民度が低い様に思われた。そうである以上、僕の県は特に西日本とつきあう必要はないのではないかとも感じた。一々、同じ日本へ編入されてしまっているからといって、まぁそれも水戸の会沢安さんの『新論』での国体構想によるのだけど、日立は単体で充分立派なのだから、その点で、独立して孤高でいるべきなのではないかと思う。
 今後は、僕自身も極力頑張るけども、外貨を稼いで、これまで以上に日立の文明を高める事にすればいいのだと思う。

2024年4月1日

校風と肩書の箔

平安文学批評の三大悪人、本居宣長、小林秀雄、そして茂木健一郎。うち最後の人は英語で紫式部の姦淫本を絶賛し、浮気性の悩みや友情裏切りによる自殺や、暴力を振るった教師を美化する俗話を書いた通俗新聞小説屋の夏目漱石をまたしつこく賛美していた。彼が芸術音痴で道徳的無能なのはいうまでもない。

 東大理学、法学やケンブリッジ院ロンダリング理学が文学や倫理学の理解度面では笊なのを茂木ほど雄弁に示すポンコツ原理主義者もそれなりに珍しい。彼は期せずして小僧根性の鬼になり、母校の名門面を完全に辱めている風に感じられるが、信者も欧米衆愚も終ぞ気づかない。彼らは品性が理解できないから。
 東大は江戸政府が主に朱子学を教えた昌平坂学問所を洋学の輸入学府へ改造したもの、ケンブリッジ大はオックスフォードから追い出された修道士の逃亡先だったが、どちらも卒業生の質が丸で担保されていない様子なのが観察できる事実であり、特に一般教養には極端な弱みがある。茂木はその校風の犠牲者だ。

 行く学校を間違えてはいけない。一生を棒に振る事になるのは、茂木だけの話ではないだろう。特に名門と考えられている学校の実態が伴わない時、肩書きに期待される能力とのズレは恥知らず達の不遜な欺きにも関わらず、符号のせいで却って当人を惨めにする。人は肩書きの箔が人物より薄い方が遥かに良い。

粘り強い戦い

物事は一般に徐々にしかよくなっていかないし、時には大幅に退行してしまうが、文明界一般が少しずつ改善されている兆候も全くない訳ではないので、悲惨な状況へ完全に絶望するのでなく、飽くまで粘り強い努力で勧善懲悪の戦いを続ける事が、生きる上で最も肝要だ。

2024年3月25日

人為の業の点数式

暫く前にオヨという人が話しかけてきた。X民だ。この人はなんか不良的なものを庇おうとしていた。それでつっかかってきたわけだが、よく話をきいてみても、はっきりいって道理が通っていなかった。要するに悪人正機説を自分なりに再現してるみたいな、車輪の再発明をしてた様子にみえたが、そもそも自分が投稿したXの文が、その悪人正機説の誤用という事を、唯円の手になるのかもしれない『歎異抄』と同じ文脈で書いてるので、彼はそれをも読めてなかった。というか、彼はその投稿自体の短い140文字以内の内容をまず読み取れていなかった。これに僕は大変困ってしまった。
 彼に限らず、ああいう感じでXで絡んでくる人というのは、殆どが国語力が激烈になくて、そもそも文が読めないという事がよくある。自分はこの事にほとほと困り果ててきていたがまた一つその憂いがふえた結果になった。色々説教してみたんだけど彼はいきり立つ様な感じで逆に僕を中傷しだした。要するに自分は得失効果(ゲイン・ロス効果、gain-loss effects)の心理詐術に騙されない様に、普段から善行を心がける様に言っていただけだったが、彼は悪人正機説にこだわって、一種の大逆転的なものを庇うつもりでいたわけだ。
アロンソンAronson E.とリンダーLinder D.は、ゲインロス効果gain-loss effectsとよばれる現象を報告している。これは、一貫して好意的評価を受けるよりも否定的評価から好意的評価に変化した方が魅力を感じ、否定的評価を受けつづけるよりも肯定的評価から否定的評価に変化した方が魅力を感じにくいという現象である。
――対人魅力(読み)たいじんみりょく(英語表記)interpersonal attraction
最新 心理学事典 「対人魅力」、コトバンク
思うに、たしかに親鸞はその種の大逆転がありうる、という観点も持っていたのかもしれない。しかし唯円らがのち語った様に、その種の思想は誤解を大いに招いた。だからこそ『歎異抄』という、親鸞思想の一般解説書を書かざるを得なかったわけだ。この点について、自分はその投稿で一言だけ触れていたわけだ。しかしオヨという人はその部分を読み取る為の国語力と基礎学力が欠けていて、一種の誤読に或る種の悪意を上書きしていた。正に彼の様な人が出てきたから唯円ら弟子が困ってしまっていたわけだ。そして親鸞自身も、後でカバーすれば普段から悪行していいみたいな意味では、悪人正機を語っていなかったと思う。反省する度合いが深いほど凡夫たる自覚が深まり、知的謙虚さに近づくのだ、という一種の修辞術を使っていた箇所だけにこだわると、そもそも親鸞が何を言いたかったのかわからないという事になりかねない。そのなりかねないどころか実際にわかっていなかったのが、オヨさんだったわけです。
 
 僕はとても疲れてしまった。
 彼を説得しようとしたわけだが、どうも無駄そうだった。こういうことはいつも起きる。ネット上だとよく絡まれるわけだが前からそういうのが面倒だから、極力接触を避けてきているわけだ。構っている時間がない。

 そのとき自分は一つ工夫をした。これは後世にとって確実に意味がある言説なので、ここにも書き残す。それは道徳の業、あるいは自然の業と分けて、「人為の業の点数式」を使った事だ。
 普段から善行をしていたら点数がふえて、悪行をしていたら点数がへる様なメーターがあるとする。それをとにかく増し続ける事が、いわば善業なわけだ。普段から善徳の人物は、日々善業を積むので、たとえば100点をこえていたとする。それで偶に、間違って軽い失敗をしてしまい、減点になっても、癖が善いので、そこまで悪い事をしなかったから、またすぐ自分に反省しておこないを直したから、総合でその時点までで95点だったとする。
 他方で、或る悪徳の人は普段から行いが悪いので-150点になっていたとする。所が遂に反省して少しは善い事をしようとしたが、癖が悪いから、なんとか頑張っても-95点にしかいけなかったとする。

 この2者を見比べると得失効果では、悪人正機説のバフもあって、後者の不良の方が、前者の聖人より偉い、みたいに見られがちなわけだ。しかし、世の中に与えた影響からいうと不良は点数式なら大幅にマイナス、聖人は大幅にプラスなわけだから、総合点だと聖人の方が善い事になる。

 この事を自分は140文字以内に凝縮して書いておいたわけ。
不良が改心すると得失効果で過度に褒めちぎる人々は心理に欺かれており、総じて善良な振舞いをしてきた優等生といえる人々がなした社会貢献に対し、相対的に余りに不当な扱いをしている事に気づかない。悪人正機説の乱用も同じ事を示し、本来、不良の普段の行いが悪い事自体が最も悪いのである。
――私
2024年3月15日『得失効果の欺き
 ここでいう「悪人正機説の乱用」ってのが、要するに業の総合点で-95点の不良の方を高く見積もりがちな、偏見を指す。だからね、或る意味では唯円の手になるのかもしれないのだろう親鸞思想の解説と同じ事を僕は、別の最近の心理学の効果と照らし合わせ、再定義しているともいえると思う。客観的には95点の方が明らかに良いわけだ。しかも、聖人は最初からおおかれすくなかれ苦労して善行を極めようとしていた筈だ。善行ってやってみたらわかるが大変なものである。自己犠牲なんだから基本が。善行すればするほど虐げられるという事が当然起きる。凡愚をかいくぐって、或る意味では妨害を打ち払ってまで善行し続けないと――まぁ中庸が最善の事があるとはいえ、基本的には聖徳以上をもっているひとならわかってくれるとおもいますが――無理だ。それは大変な登山みたいなものなので、並大抵のことではない。善業の点数に限界がないとすれば1億点とかあるとしても。普通の人が0点前後をうろちょろして一生おわるみたいな前提の話ね。

 この点数式の業の判定は、倫理学的に新しい議論なのできっと後世に残るし、役にも立つとみる。
 ちなみにその議論の時、ほかにも絶対的な善行としてカントの定言命法とか、動機説と結果説の違いとかも引いたけどね。質的な判定をするときは、その種の定量判断ができないかもしれない。

 一ついえるのは、なぜ得失効果の偏見があるかという事だ? これはエリオット・アロンソンとダーウィン・リンダーが1965年『対人的魅力の決定要因としての尊敬の獲得と喪失』で定義したこの心理効果とやらの原因自体の議論であり、まだ自分はその種の原因論を読んだ事がないからここで書いてみよう。仮説を。
 思うに不良がちょっとでもよいことやると途端にほめるみたいな現象はたしかに、子供のころから多少あれ観察された。特に、その種の不良階層同士は、それを種に発情して繁殖してる様子があった。だからなにか本能次元にくみこまれている可能性を感じる。悪人の中に僅かな善い要素をみいだすという事は、実は御都合主義の偏見なのだろうが、その結果、一般に、悪男悪女が繁殖するという結果に至るのは、社会的な負の影響が大きいと感じられる。たとえば重大犯罪者同士だってその種のつきあいで繁殖しかねないのだから、普段から善人側はその種の人々への社会保障費で、被害を受け続けるといった現象に至るかもしれないし現にそうなってる気もする。特にこの種の抜け道を狡猾につかって繁殖してるのが、いわゆるサイコパスの人々である様におもわれる。彼らは総合点だと-450点とか行ってるかもしれないが、その様に見えない様に偽装して、まるで-20点くらいのちょいワルに見える様にしてたりする。だれのこととはいわないまでも大勢実例はみつかるのではないだろうか。具体的にあえていうか。天皇一派が代表例ではなかろうか? はっきりいって昭和天皇は大量虐殺含む植民地の縄張り侵略戦争中-5京点とか行ってしまったので誰の目にも大失敗が明らかだったものの、強度のサイコパシーを感じる狂った演技で言い逃れて、終生、内国的にはアラヒトガミづらもしくは人間宣言後はそれなりの善人づらしていた。こういうサイコパス影響者は今では無数に増殖して炎上商法ばっかりしているわけです。特に東京圏に多いわな。東大卒が多い。
 肩書きゲームはサイコの不良ぶりを隠すのに好都合なんだろう。符号理論信者と学歴劣等感の人らが明らかにだまされている。だから彼らとくれば立派な肩書きをとるための努力はそれなりにやるのだが、言動は明らかに自己利益を第一に他人を利用し、裏切り、操るといった根源的邪悪さを示しているので、見る目があれば一定時間の継続観察でわかる。そういう人だと分かったら自分は一定距離から近づかない様にしている。茂木健一郎氏に一定距離から近づかなかったのも、本能的に危険を察知したからだとおもうのである。彼は彼なりの親切心で僕を小林秀雄の鎌倉の実家? でやってた勉強会に呼んでくれたことがあったんだけども僕は直感的に行かない選択をした。何か危ない、こわい、行かない方がいいという感じがしたのであるが、無意識からくる深い心理なので説明するのが難しい。
 実際その後の彼はコロナ禍賄賂五輪強行とか危なっかしい事ばっかりやっていたので、もし僕が彼の勉強会に参加していたら、繋がりがあったんだぁみたいな感じでこっちも疑われたかもしれぬ。君子危うきに近寄らずという。危ないと感じたら近づかなきゃいいとおもう。そもそも、僕は割とその点で敏感な方というかとても敏感な方だった。学校とかでも嫌な奴だと思ったら全然近づいてなかったと思う。オヨはその種の人かは分からぬが、はっきりいって、ゆたぼんを庇うつもりの文脈でおどりでてきたみたいな感じだったのだけども突っ込んでくるところがおかしいので、学力も低そうな感じがしたし、元不良なのではなかったか? 不良以外の人が不良をそんなに庇うだろうか? 不良に遺伝的由来があるとすれば、ある意味で同種の遺伝を庇って、遺伝子競走でそちらを有利に持っていこうとして喧嘩売ってきた様に見えた。僕はどっちかといえばゆたぼんを応援していたどころか、「自殺するなら学校いくな」発言の真理ひとつで聖人扱いしてきていたが(もしかしたらもとは彼の父のせりふだったのかも)、高校おちたらしく、ろこからの伝言という人がずっとゆたぼん親子たたきみたいなのをモギケンの返信欄でしているのだけど、ざまぁ的な、痛快的な言動をしていた。当人のXプロフィールによれば東京の文京区あたりの人らしい。このひともこのひとで、色々分かってない気がするので、僕としてはなんか説教できるかすべきか色々逡巡してたのだが、まぁ物凄く無理そうだった。
 要するに勉強が余りできない人には凄くできる人や殆どできない人の気持ちがわからないのだろう。僕やモギケンは、できる側に属する。そうすると標準偏差の中位、具体的にはIQ100前後の人々がなんでそんなに集団教育にこだわるのか、あまり共感できないという事になる。つまり浮きこぼれ側からすると、集団教育は遅いから独学した方が速い、正確にはそちらが本番という事もある。研究者としてはどうせ自分で勉強しつづけるしかないから学校教育なんて、その基礎段階にすぎないし、自分で基礎的訓練を積むこともできれば、家庭教師、家庭学習や塾、オンライン教育、図書館がよいその他で身に着ける事もできる。しかしIQ100前後の人々は一般に数が群れ的に多いので、似た様に中途半端にできが中位な人々同士で、当人なりに頑張ってはいるんだろうけどそれより遥かにのろのろ学習して、大した成果をあげられず、そういう凡人さを自己正当化して一生おわることがおおいわけです。勿論IQが高かろうと低かろうと学習を継続していけばかなりのところまでいけるわけだが、最低でも、途中の学習の滑らかさでは一定の意味はもしかしたらあるのかもしれない。たとえば適切な例えかは不明だけど身長が200cmの人が150cmの人と全く同じバスケットボールの戦い方とは限らない様に、IQ200の人がIQ150の人と同じ哲学の仕方になるとは限らないのかもしれない。まぁ特定知能がその作業へ特に向いてなければ、特定の学習にあたって万事ゆっくりやるしかない傾向がある、といったことに過ぎない気もするけど。非常に高いIQの人が必ずしも最高の成績をあげない、という事象もあるからだ。
 だからして、不良擁護派というのは、おちこぼれ側の弁護人を買って出ているか当人がそっち側という場合が多そうだが、少なくとも、優等生側の方が普通程度側より実は劣等生側に寛大という事にもよくなりがちなわけです。理由は主に2つある。1つは、異なる立場への理解力がありがち。もう1つは、成績中央値からのずれがあるという点では優等生と劣等生は似ていて、ともに少数派として共感をもてる。でも、本質的には違う生物の様に分かれていたりもするから、まったくおなじところに落ち着くわけでもないだろう。僕はゆたぼんが聖人だという風におもっていたけども、それは自分も学校は地獄だとおもっているからだ。それは学校にいた自称普通みたいなひとびとが僕の目には全員おおかれすくなかれ悪人か愚者か、いづれかみたいな事例が実に多かったからだ。というかほぼそうだった。僕がリアルでろこからの伝言という人を学校でみたら、何で生きてるんだろう、この人、みたく感じた様に思う(恐ろしい事なのだがそういう人に自分は同情心と混同した恋愛感情を感じやすいのだけどもね)。それは彼女が普段から意味不明な言動をしていて、ゆたぼんという明らかに異なる発達条件(いわゆる今の定義で発達障害)の児童とその親を中傷している様にみえるからだ。この点では、問題が色々あるモギケンの言動にも一理があるとおもうわけだ。一般にいうところの発達障害というのは、平凡な変異からずれた人々が、集団教育に必ずしも合わない事があるわけで、ゆたぼんなんて誰が見てもそうだろうとおもう。先生が殴ったのに殴ってないと嘘ついたという言い分も現実にあったとしたら体罰の名目を借りた児童虐待にすぎないだろうし、エジソンみたいな例もあるわけだから、家庭学習か校外学習か、その他の方途で当人なりに個人の才能や常識の発達支援を親や教師とともにやっていく、というのが、文科省の方針でもあれば、家庭と教員と政府で合意済みの事案だったはず。それを理解できないろこからの伝言という人がおかしいわけだ。でも彼女がその事を理解するのはとても難しいだろう。それ自体が、ある種の「凡庸発達条件(凡庸発達障害)」ともいえよう。でも、その事をあの短い文字列しか使えないXで説明できるとは、自分にはおもえなかった。そうこうするうちにどっか行ってしまったが、まぁ、そのうちモギケンの返信欄でまたわいてくるかもしれないが、あれはあれで、困った人の様におもう。モギケン自体も困った人なのだが。

 とにかく、不良擁護派というのは、遺伝的共通性を利用して繁殖したがる、反社会的存在集団の可能性があるとおもう。だからそこにある、本能の暗い指名が得失効果の暗面なのではなかろうか。ダークテトラドの様な凄まじい邪悪な人格というのも、自分はピグで「天使」と称する悪魔という実例をしっているし僕自身も彼女から具体的犯罪被害にあまたあってきたわけだが、なぜか、明らかに社会に害をなしているその様な人物も点数式のごまかしをしながら繁殖して生き残ってしまっている。オヨという人が、親鸞思想の誤解に基づく凡夫だとしても、得失効果が自分自身への詐欺だと気づけないのは深刻だ。彼自身の人生でその誤解に伴う、或いは実名の僕へ色々中傷した悪業の因果は受けると思うが、たとえば、詐欺師とか犯罪グループみたいなのが、一見いい人みたいな顔して近づいてきて、同情を誘う話をした様なときとかに明らかに騙される結果にならないか? 彼の悪人正機説もしくは不良擁護論ではそうなってしまう筈だ。因みに高学歴サイコパス系ってのも大勢いる。そういう人々からも連日おおかれすくなかれ利用されて生きていくというのは、それなりに損害をこうむるとみる。つまり、僕が啓蒙のつもりで書いた事は、いわば点数式の客観的業の発想によって、主観的心理の欺きを退けて、真の善悪を見分けるのに役立つ倫理学的論点だったわけで、オヨがその事を理解できないとすれば、彼は哲学者と名乗るのはおこがましいことになるだろう。そう名乗っていたのだけどね。プロフィールで。将棋やゲームばっかやってんのかもしれない。

 まぁもうXブロックしたからいいけど、僕は既に述べた様に、得失効果が詐欺だという事については余り疑えないと思う。聖人に近い優等生側がたまたまミスしてしまった時に、例えば小学校3年の時の角田という教師が、僕が計算式かなんかを黒板に書いた時たまたまなんかちょっとしたところで間違えたとき普段満点とかだから「ゆうすけもおちたな」みたいにみんなに蔑ませる目的でいってきて、言葉にできなかったが、なにいってんだ? 無礼なやつみたいな感触を感じて逆にその教師たるべき人格を軽蔑したわけだけども、それ以来近づかないでいたのだけども、そしたら授業参観のとき母親の脇にいた自分へ母にきこえる様に「いつも避けてるじゃん」とかわざとその角田はいってきたが。機械じゃないんだからケアレスミス的なのって、たびたび弘法も筆の誤りでやるとおもうのだ。本質的な学問上の間違いじゃないんだもの、あれ。そんな単純な人間的ミスの部分のあげ足取りをして、あの角田という新任の茨大の多分教育学部かなんか出たての若い男性教員は、授業時間中も下品なジョークかまして勉強できない人らのウケとっていましたが、その点も僕は軽蔑していた。僕んちはそういう家庭風紀ではない。
 まぁ要するに聖人君子側が道徳判断ミスった時にそれを過剰に低評価しがちなのは、偶像崇拝が危険だという経験からきているのではなかろうか。さっきとたまたま同じ例だが皇室が典型例だけどもスキャンダルが殆ど情報統制されてて出ないから、内部暴露があったら大変なことになる。教祖かねてるからね。でも時間の問題の気がする。人間宣言もそうだけど、神では明らかにないのだから。僕としておもうのは、それにもかかわらず善人というのはいる。僕自身も明らかに善人という風におもうけども(悪を避けて善を選ぶことを極限までやる、という習慣を20歳位からずっと続けている)、寧ろ自分の場合はすぐ利他のために自己犠牲してしまいがちという自覚があるので、アリストテレスが多分『ニコマコス倫理学』で言ってた様に、よい事でも過度なら悪くなるばあいの為に中庸を穿つには逆のほうへ引っ張る必要があるが、それは自分のばあいは、他人の為を第一に考えがちなので自分の人生も大切にする、ということであった。そういう性格の人じゃないだろうから、オヨってひとは。ああいうこというので。聖人側の気持ちがわからないんだとおもう。むしろよいことをしすぎるのを気をつけるという状態にあるんだけどね。常に人助けばかりで自分は損してばかり、となるからだ。そうすると他人はよくても自分は客観的には不幸せな状態みたいになってしまう。もし真に、しあわせに値しても。

 まぁとにかく聖人は癖からしてよいのだから、悪いことしてもすぐ反省してなおすという習慣がついているはずで、一生の長さでも、そう失敗しないはずだ。特に問題が起きるのは良すぎたばあいだけだ。ソクラテスやイエスがその典型とおもう。余りに善行しすぎたので当時の凡愚からは理解不能で、排除されたわけです。その点は、確かに反面教師とおもう。彼らがもう少し利口なら、もっと啓蒙だの啓発だの宗教革命だのをうまくやれたと思う。動機はよかったわけだから。フランクリンが13徳の最後で、彼らを模範にすべし、といっていたのは、フランクリン自身は利己的な人格だったからだとおもう。

2024年3月19日

幾ら限界まで全方位介護しても最低限度の文化生活保障を行政と一般国民が悪意で怠り犯罪や害しかなしてこないあしき日本での生存という明らかな拷問についての世界への訴えと、皇室完全廃滅含む旧日本国革命権の主張及び全日本の敵への宣戦布告

毎日拷問を受けている。果ての殆ど見えない上に負担が余りに重すぎ、到底この一個の人生で背負いきれない全方位介護の度重なる過負荷の加重もこりごりだ。憲法に定める文化的最低限度の生活をさせるつもりが日本政府にはないのだし、衆愚状態の最悪国民は自堕落で毎日匿名犯罪しかしてこない。この人権侵害常習国はまごう事なき革命権行使で全員と組織ごと完璧に倒されるべきだ。皇室と称する人種差別教祖一味とその邪教もろともだ。飛鳥時代以来の独裁権を世襲で握り、何千万人も虐殺したのにGHQの都合で生きながらえさせていること自体がおかしい悪魔の家は、未来に禍根を残さぬため完全に日本人自身の意志と力で滅ぼしきる必要と責任がある。
 日本で人権侵害や拷問を受け続けるのに忍耐しても少しも良くなる見込みはない。小中学生の虐めと同じで、全力で抵抗・徹底抗戦し、あらんかぎりの英知と力を使って自分を虐げている敵どもを全場面でひたすらやり込め続け、全員完膚なきまでに潰しきるのが我々に執れる全ての最善策だ。徹底的に悪と戦え。

2024年3月16日

日本人意地悪衆愚からの学術研究への妨害を完全無視すべき事

もぎけんのインチキ人文もどき書でもドイツで1位になれるんだから、ドイツの一般民衆の知的水準は高がしれているというもの。日本単位の民度も高が知れているが、少し努力すればドイツ程度なら簡単に追い抜けるのは明らかだ。少なくとも茨城県の単位なら、工夫次第でドイツに大差つける事は絶対できる。

 では何をすればよいかだが、日々の学術活動とその啓蒙で、明らかにドイツを超えた質量を確保し続けていれば確実に彼らの民度を大幅に上回りえるとみられる。
 きのうオヨというX民が愚にもつかない言い分で知的活動を妨害してきたが、その種の嫌がらせは無視し、公議の質と啓蒙力を高める必要がある。
 茂木は東京の論客だが、知的水準が一定以上の人は、少なくとも人文書では偽物だと思っている筈だ。こんまりレベルの怪しい啓発書の人だろう。つまり学術書の書き手ではない。しかし彼が文化人扱いな東京も、結局は日本の学術選良集団ではないといえる。筑波のある茨城が学術面でアジアを先導すべきだ。

 また、学級を考えればわかる様に、たった一人の成績が圧倒的によいだけでも、その集団の成績の平均値は大幅に引き上げられる。文明は福沢諭吉『文明論之概略』での定義では集団の知徳平均値なので、やはり一人のみ学術に全力を使い、傑出した知識と道徳に達するだけでも、その集団が高文明になりうる。
 もし孔子や釈迦が出現していなければ、中国やインドの学術的地位は随分違っていた筈だ。それほど特定の傑出した総合哲学者の出現が後世に、また国際的に与える衝撃は大きい。日本人一般に聖性をそうと理解する知能がないとしても、或いは出る杭を打つ意地悪衆愚でも完全に妨害を無視しなければならない。

目的論の上の段階

自由にものを書ける、ということは、一つの長所とおもう。そこにいたるまではかなりの試行錯誤が必要の様でもあった。
 自分のばあいは、絵がほかの人よりできる様な感じがあったしなにかがそこにあって、自分が追求していけばいつかもっと重要な事ができるという直感があった。いつもラジオ講義とかでいってるけど、特にたしか第二講義にある『高校の話』ってやつでいったけど、高校の最初の美術の授業で僕はその様に感じた。

 手のデッサンをしていた。それで自分はもっとできるという感覚があるのだが、授業時間はあっという間におわってしまう。
 そのとき中学のときからやってたテニスの部活動、中学のときは軟式だったが高校で硬式にしてみたけど、こちらは飯塚君に試合で一対一で負けた事もあるが、普通にやってても一番上にいけなそうな感じがあった。飯塚君は中学のときも全国インターハイだかなんだか出てた気がする。要するに実力者だったのでその後も普通に全国大会レベルだった気がするが自分は、小学校からおなじな小田君と中学の頃からペアでやっていたが県大会は出た様なでなかった様な気がしなくもないが、どうもただ普通にやってても一番上とかに行けない感じがあった。先輩のまねしてドライブかけて打ってたのもあるかもしれないが。飯塚君もそれを打ち返しづらいみたいにいっていたので、ドライブが常に強いかと思えばそうでもない。
 今にして思えばあれ変化球みたいなものなので、デフォルトでカーブだのフォークを連発するのではなくて、必殺技みたいに使うべきだったんだなと思う。誰も教えてくれなかったので変化球を多く使いすぎた。
 まぁそれはそれとして自分はテニスはみきって自分で美術部にいったのだが、その時の経緯はラジオで言ったのでここでは省く。以後は今まで絵を描いててまだ全然できる感じがあるし日々進歩しているから、あの直感そのものは、正しかったとみる。

 姉が美大だったのでついていって大学といえば美大なんだろうに、みたいな風におもっていたのもあるかもしれないが、そっちにいこうとしたら落とされたので、以後は独学にきりかえて今までやってきた。これも今にして振り返れば、自分はそういう判断がやたら早いという特徴があるのだけど、正解だった様な気もする。浪人1年目で美大藝大(正式には東京藝術大学は「藝大」だが以下、略記で芸大)の偽位階をみぬいてその外に出て戦うという選択をしたのは、姉が買ってもらったファミコンや自分が買ってもらったスーパーファミコンやプレイステーションなどのテレビゲームで『ドラゴンクエスト』シリーズをそれまで大抵やっていたので、RPG的反応だった気がする。ゲームやっていなかったとみられる田中君はそういう反応ではなかった。親が買ってくれなかった様な風に言ってた様にみえた。とにかく目の前に明らかな悪がいるのに、そちら側に入るか? という選択肢をだされ、正義をとらず、ぐずぐずと入るか入らないか曖昧なままでどっちかといえば入る様な動きになる、というのは、勇者的動きではないとみる。実際あのとき僕は田中君と議論していたとおもう。18才のとき。
 前このブログの『18歳の自伝』で一部書いたが、最後まで書けていない。まだ最後まで書き通せる自信がない。私小説にした方がまだましかもしれない。こわい人生の一部を直接見直すというのは、かなり自我をほじくり出すみたいな感じでよくない気がするので、三人称か自分っぽい主人公に寄託すれば書けるのかもしれない。

 特に田中氏については、彼のおじいちゃんとの関係があるはずで問題はもっと複雑におもうし、向こうの物語と被っていた瞬間だったのではないか。その後、彼はおじいちゃんとの関係を「呪い」だと表現していた。高校から一緒だった小野君がそう田中が言ってたのを聴いたと言ってた様に思う。

 それで自分は田中氏に勇者行動をするといわば宣言したのだが、田中君はそれに男泣きみたいなことをして、あの保谷ホウヤ蕎麦屋そばやで。季節的に冬のおわりで今頃だった気がするが、鍋焼きうどん食べながら話していたのだが。確か村上春樹がどこかで、というか読者とのやりとりで落ち込んだらそれを食べると書いていたので個人的に踏襲したつもりだった気がするが。田中氏と会話しながら、自分としては美大芸大受験はやめる、といったとおもうのだが、それより前から多かれ少なかれ、自分はおもに美大芸大構造の欺瞞をみぬいており、田中氏も学力高い派だとおもうからそれに理解は示していた気がする。ただ、18歳にとってはそれらの汚い構造は余りに複雑すぎたので、完璧に細部までよみとれきっていたわけではないにしても、自分は特有の直感なり直知で本質はみぬけていた。
 実際あたっていたのだ。それは。
 だからこういえるだろうね。さっさとぬけだすべきだったのだと。実はちくわさんという芸大でた人とのち会話しててもそう感じた。端的にいうと芸大でたところで別に絵がかけてなければ意味がない。そして芸大にいくということといい絵がかけるということには直接の関係はない。
 大体がフェノロサが『美術真説』でその様に既に言っていたのに、岡倉天心が学園主義を導入してしまい今に至る。学園主義との戦いを軸に展開していたパリ様式の面々はたしかに、かなり強かった。米国人のフェノロサはその後に出てきたのだから、いまさら西洋の古典模倣式をまねなくても、とおもったのだろうとおもう。フランスの官学芸大元祖エコール・デ・ボザールが全ての原因ともいえるが、いまだに機能していて今は少しは古典主義のあたま堅さが緩和されて、卒業生の日系人の絵をみたことがあるが、ボナールぽかった。もしくはマティス(ボザール卒の守山友一朗氏の個展「Étoiles et Briseエトワール・エ・ブリズ - 星とそよ風 -」に展示された2014年の絵『Salle de portraitsサール・ドゥ・ポートレ』の画像)。ということはパリ様式時代の非学園主義者の系譜も、今となっては古典の範囲に少しは入っているのかもしれない。そんな風に後進的な教えをしてしまうことになる。共通認識がもてるのはすでに過去のものになった様式だからだ。一般に。

 もとのはなしにもどると、絵が自由にかけるということは自分はまだ完全にはできていないというか、いわば描画体(かくがわの画材。検索してみたらでてこないから僕の美術用語なのかも)にひっぱられて、完全にかきたいものがかけていないという感じが激しくあるのだが、文についてはそういうことはまずなくなった。
 最近はソフトあるいはアプリケーションでかいてるのだが、そのソフト固有のくせがあるので、それにひっぱられて自分のイメージの様なものとかを完全に直接あらわせない。だから絵のほうが、文より間に挟まってるものが多くて、難しい気がする。

 それはそれとして。

 Xはやはり一種の地獄だとおもう。いや、正確にはこの世がなのかもしれない。すくなくとも日本という国は自分にはそうだ。そこに生きている人々にはろくなのがいない。これが事実。そして何度も嫌がらせといおうか、犯罪をしかけてくる。デフォルトで。それだからなにをしてもひたすら被害にあう、それだけがつづく。ひたすらひたすら。それが40年の経験のほとんどすべてなので、今後も同じだけ未来にひきのばしても同じ事がつづくのだろうとおもう。でも、その様な現象の実態が今では大分理解できる様になった。たとえばIQやEQの落差が生まれつきあったらどうだろう。まわりはすべて俗悪な感じで、ひどいひとでなしばかりにみえるのではないか。大体これらが、更なる品位などと重なっていたら余計その様に不快な経験だらけになる。しかも自分のばあいは高度に繊細な人だったとおもわれる。だから酷い経験ばかりだと感じても当然とおもわれる。
 或る意味では上等で上品に生まれていたら、もはやこの世の経験が地獄と感じても仕方ないのではないか。自分はその様な分類に少なからずあてはまっていた。それだったらしぬまで、この世では地獄めぐりをしている様な感じを受ける。或る種の試練といおうか、受難の連続ということになるだろう。釈迦だってその様に感じていたのではないか。

 釈迦ことガウタマ・シッダールタはその様なノリを解脱によって解決しようとしたのだろうが、要するに全て諦めて乞食しながら勉強してればいい、という説だ。当人の前半生は普通に子供をうんでたのにそれすら否定していた。こどもにとってはたまったものではない。釈迦は神格化されるきらいがあるが、現実の足跡をたどるかぎり、不良の改心といったおもむきがあり、少なくとも僕よりはろくな人生辿ってない気がする。いや、たしかにそうだ。僕のほうがまだ美徳に従って生きてきていると思う。後世だから諸々の学問の条件がより有利ともいえて当然ともおもえるが、つまり、僕が直接釈迦と会ったら、僕には彼は俗人にみえたのかもしれない。実際かれが国や妻子を捨てて逃げたということにも、ろくでなしさがある。もっとちゃんと世話すべきだったと思う。

 本題として書くが、要は人は人生でなにごとかをするわけだがその究極目的にかなう様にやるのが重要とおもう。自分としては、その目的が総合哲学だ、或いはそのうちの目的論だというのが今のところの結論だけども、或る意味では矛盾してるのかもしれない。目的について考えることが目的だというのは同語反復ではないか。ということは、純粋に哲学的にいって、目的自体にかなうおこないが別にあるのではないか。アリストテレスが『ニコマコス倫理学』のなかで、目的を弁えた上でその上に立ったおこないの方がより望ましいだろうが、などと書いていた気がするが、

知恵の友愛(哲学)はその純粋さと安定さの点で驚くに足る快楽を含んでいると考えられる。が、知恵を求める営みより既に認知をもつ人のその上に立った営みの方が一層快適なのが当然であろう。
――アリストテレス
『ニコマコス倫理学』10巻7章
と実際にかいてあったけども、つまるところ、目的論の上の段階がある、といいたいのではないか。孔子が従心といったのはその境地なのではなかったか。

権力を握ったサイコパス対策について

もぎけんはストレスがないと言っていた。しかし周りは凄まじい迷惑を受けている。いや、気づかぬまでも国全体や各国民までも。
 特にホロコースト揶揄ギャグ擁護での明白な人権侵害や、コロナ禍賄賂五輪ごり押しでの大量虐殺未遂、果ては大吉原展弾圧での表現自由権の侵害。
 自分が教えたあんぱん誕生秘話や聖徳太子の和の誤解(『礼記』『論語』の誤読)の趣旨を一部盗作しての茂木による突然の和みの外国人向け主張は、彼のこれまで主張してきた本居宣長の排外主義と矛盾しかしていないし、抑彼は普段から英米出羽守系異文化蔑視や炎上論争が日常茶飯事だ。全く和んでいない。
 日本には長い戦国時代の伝統があるし、火事と喧嘩は江戸の華といっていたよう戦好きの側面がある。必ずしも平和愛好家らの集まりではないからこそ、平和に十何万年もくらしてきた先住日本人を自称天皇一味や幕末西軍は侵略・虐殺・収奪や権利侵害してきたのだ。
 つまり茂木は外人を騙している。

 茂木の一連の異常行動を察知した僕は、もう彼を大魔王モギーとあだ名し戦う覚悟を決めた。特にコロナ禍五輪の人道犯罪を防ごうとしていた善徳の人々へ茂木は凄まじい剣幕で冤罪バン攻撃や信者を焚きつけあらゆる迫害をしかけ、酷い嫌がらせばかりしてきた。自分も前アカウントがネオナチに攻撃された。
 文化人工作費を渡されていた疑惑もある。なぜ茂木があれほど明白に人道犯罪や賄賂による腐敗行政が明らかな2020東京五輪をごり押しし続けたのか。しかも冤罪バンといった場合によっては訴訟リスクを回避できない非常手段に訴えてまで。天秤の平衡を考えると不自然で何か訳があるに違いないと思わせる。

 いづれにしても自分はモギー戦がもう10年にもなるので色々レベルアップした。彼はかなり明白なサイコパスだと諸々の事案は示している。彼のいうポンコツ原理主義とは、反社会性人格条件を普遍化しようとした成れの果てだ。強度の情動異常は大抵何でも炎上を招くが、同時に悪影響次第で公害を引き起こす。

 サイコパス当人は一般に公害で他者に迷惑をかけても平気だという証拠が、大魔王ストレスフリー発言だろう。その果てには大量虐殺しても何とも感じないおでんナチス級の極悪人なり情動異常が出てくる。経験的に彼らサイコ対策は、とにかく弱点攻撃を続ける事だけだ。反省などしないのでHPを削るしかない。。
 たとえば昭和天皇は明らかに強度のサイコだった。人種差別による大量虐殺や侵略を命じて戦争指導していたのに、敗戦後は戦犯逃れし原爆投下を仕方なかったといいまさに和やかにその場で歓談する。自らが招いた戦争で親を亡くした子に勉強なさいねと他人事かのよういう。戦争責任を言われるのが辛いなどと晩年侍従へ吐露し自分の心配が全てに先立つ。
 これらが示すのは、昭和天皇こと裕仁の絶対権力暴走を止めるには、直接彼を消すしかなかったという真実だ。日帝の諸制度は摂政などをたてて明仁をおしあげてしまう。この場合も同じだ。要は一族全員廃滅しかなかった。

 サイコ当人は自分へのダメージは効くという一証が、戦争責任を問う声自体は裕仁のHPを削っていた事実である。プラカード事件も、直接彼に責めを帰す喧伝だったので、ラスボスへのダメージを恐れ、旧日帝幹部らは弾圧の挙に出た。
 モギーは所詮中ボスだ。大ボスは天皇一派となるが戦いのコツは一つだ。

2024年3月15日

世界一の孤独と神への道

恐らくこの世に僕より孤独な人はいないのではないか
それというのも自分に似た人が誰もいなかったからだ
自分が一番似ていると感じた人も自分とは違って
ある種の不貞ともいえる悪徳をもっていた
だから僕は僕と似た人が一人も見つけられなかった

強く美徳を持つ人で似た事があるのだろうとは思うが
色々な本を読んだり世間をみていても
自分とそっくりの人というのは存在しなかった

だから僕は人類史に確実に残る人物で
僕の足跡は後世によって研究される事になる筈だ
何しろ自分は神を目指した人で
それは必ず到達できない目標ではあったが
その為に全てを犠牲にしてきた人というのも
世界史で先ず見た事がなかったからだ

アリストテレスが僕ほど孤独だったとは聞かない
彼は友情について語っているので
恐らく学者仲間はいたのだろうと思う
だから世界で最も高い所に進もうとしたのが僕で
それに伴う或る氷山の頂点的試練があるのではないか
それがこの恐ろしい孤独の原因なのではないか

中学のときやりたくもないのに組み体操させられ
みんながピラミッド的に下で四つん這いの上に
背中をつぎつぎふみあがって頂点に立たされた
友達を踏むのもやりたくない上にこわいから
泣いて拒否したのにやらされた
本当に日本の学校って拷問だとおもう
そんな地獄が終わればいいのは事実だが
あれの頂点に立った時の感覚と似ている気がする
まさか絵の奥に哲学があり
その総合哲学を極める事は
辺りに誰もいない中でひたすら頂点をめざし
遂には人類のすべてもその記憶をも振りきり
まるで世界最高の山をひたすら上へ
最早辺りは霞んで何も見えなくとも
なお徳の理解の連鎖を辿って上へ進み続けねばならず
当然ながら自分の魂しか何もなくなっていき
世界で最も孤独になる事とは

2024年3月13日

哲学の実態

最近、口文一致体といった文章を試しているのだけども、これの特徴があって、普通の言文一致体に比べて冗長になり易い。様子がある。だから、これはこれで日本文学史の中でなんらかの進歩を意味するのは確かだけども、まだ文体の完成形ではないのだろうと思う。冗長性自体がわるいとはかぎらないのだが。というか、情報学だと重要な要素で、寧ろ冗長性が大きいほうが伝達ミスがへって、人々に好ましい影響を与えるだろう。

 皆はそうは思ってないだろうが自分は村上春樹のよいところは文体くらいしかないと感じている。というか、前からそう感じてきている。どのくらい前かというと、高校のころから。自分は高校のとき、義務教育がおわったのであとは自分で好きに生きようと思い、それも軽く書いてるがもっと深刻なレベルにそう思ったのだけども、とにかく、自分はそれで学校のカリキュラムとやらにあまりしたがう気がなく、自分で独学独習をはじめた。そのときかなりの部分を占めたのが、自分が当時磯原にあった はまや書店で適当に本を選んでいて、おそらくタイトルに直感で惹かれたのだろう春樹の『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』だった。全くゲーム界に親しみのないだろう春樹だけどもネーミングセンスが自分がそれまで大いに親しんでいたゲームの世界に似ていたのだろうと思う。実際に、『ドラゴンクエスト』シリーズのサブタイトルにつかえそうでもある。
 それから、自分はとにかく網羅的に春樹を読んで行ったが、それでも、はっきりいって中身には余り惹かれなかった。いまにしておもうと自分は大哲学者だか大芸術家だか両方だかそれの上のなにかになる最初のスタート期だった気がするので、あれほど勢いがある読書力なり質量なりであったのはなにかしら意味がある様におもわれる。自分以外がそうかはわからないが、普通より勉学に関心をもつ子供というのはその様子が序盤のころから普通の子供と違うのではないか。自分の場合は学校の授業中にも本を読んでいたわけで、今に至るきちんとしたわけがあった。行き帰りの電車の中でも本を読んでいたし家に帰ってきても食事以外は大体本を読んでおり、その様なくらしの仕方はもう当時から確立されていた。だから一般化できるかはわからないが親が勉強しなさい、と子供にいう家庭ってある様に思うが自分は一度もいわれたことがないのだけど、しかも学校が勉強の邪魔してくるから嫌いな理由の大きな一つと感じているほどの勉強意欲がありまくるので、はっきりいって勉強しなさいとか言っても無駄だと思う。する人はするがしない人はしない。向き不向きがあり、向いてない人に勉強なんて進めても全くといえるほど効果がない。そのひとにはきっと別の道がありそっちだったらなにかを頑張って学ぶのではないか。

 単純化してしまうと、普通の学校は集団教育の場合、その集団のIQ100くらいへ最適化してやってしまうので、そこから離れれば離れるほど、浮きこぼれか落ちこぼれになって、合わないという事になるわけだ。

 たとえば、ゆたぼんと呼ばれる人へ学校へ行かせようとする ろこからの伝言さんという人がXにいるのだけど、ゆたぼんなんて学校行っても自分で勉強するつもりなかったらやらないだろうし、やる気になったら行くだろうと思うし、現に行くつもりになった様に見えるわけです。子供の自主性をかなり中産階級的発想というか、小市民根性で、集団教育にぴったりあう様 誘導されたい様にみえますが、おもうに、彼が大学者になる可能性もゼロではないけどね。あなたがいうとおりならならないだろうけどさ。たとえば義公はなった側だった。彼が学問をやる気になったのも、自主的な意欲だったと。お兄ちゃんに代わって当主を継ぐことになってしまったのが、賢明な弟としては嫌だったので、拒絶しても親にききいれてもらえなかったので不良行為をして家の跡継ぎにふさわしくないと示威していたのだが、18歳のときだったか『史記』をたまたま読んでいて伯夷伝のゆずりあいの兄弟愛に感動し、彼も将来、兄の子に家督をゆずることにして、また自分もその様な偉大な気づきをもたらす本を書こうとして勉強をはじめ、『大日本史』を書き始めたわけです。冒頭にちゃんとそう書いてある。当人の書いた短い自伝『梅里先生碑文』でも同じ経緯の記述がある。そしてこの江戸時代前期からつづく正史執筆事業が明治時代まで我々の地域、今の茨城県北部、昔の常陸国水戸でおこなわれていました。その本で、対外公式の中央政府側から語られた皇国史観のもとに大日本帝国や日本国ができたのはこの時の研究成果によっている。義公の向学心のおきてきたところは、疾風怒濤の思春期として迷いのなかにあった当人が、古代の聖人らの知恵なり悌の美徳なりに啓蒙された感動だったわけだ。そしてそのうえに自分も、似た様な恩返しをしたいと考えたらしい。皇国史観がいつまでも使えるわけじゃないし、特に考古学や遺伝学、文化人類学、民俗学その他の発達で歴史観や人間観が変わり、すでに色々矛盾をきたしているから既に古い構造になっているとおもうが、各国がナショナリズムで張り合っていた時期に欧米の植民地侵略を受けなかったばかりかネーションステートとしてひとまとまりの国の体を素早く成したばかりか東アジア一帯から侵略者を跳ね返すこともできたのは、事実上、義公の哲学があったからだと言って過言ではなかろう。まぁ天皇一味が侵略犯と捉えれば幕末西軍諸共ろくなものではなかったが。

 そもそも勉学の意欲の時点でほかの人と違う人がいる。これはプラトンが『国事』(こと『ポリテイア』)で書いた事と関係がある。同様の趣旨で、哲学に向いていない青年にその教育をするのは却って有害という文脈がでてくるはずだ。自分も大体は似た様な感じを受けている。というかそれは青年に限らず、実際は向き不向きの問題で、大人だろうと年寄りだろうと似た様なことと思う。
 たとえばアスペルガー条件と呼ばれる自閉の脳の性質がある。特定の事には関心をもつが、幅広く関心をもつといった事には一般に向いていない脳だ。しかも、論理的な働きには向いている事があるが、感情的な働きについては必ずしもそうではなかったりする事もある。そういう脳のひとたちと自分も一定程度接したので、たしかに、そういう人々にいわゆる哲学はあまり向いていないという風に実感がある。こないだシュージ・ナカムラ氏という人を哲学部に入れたのだけど、哲学部とは僕が個人的に作っている集まりなのだが、ちょっと会話してみて彼には向いていないとわかったのもあるし、すぐ解散した。もうつくらないかもしれない。色々時間が無限に取られる感覚もあったし、そもそも彼は哲学の素人だった。それらも関係がある様な気がするが、まぁ自分がなぜかいきなり物凄く気分がわるくなりだしたので、夜中にそれで気持ち悪いーとひとりでお布団の中で言って動けなくなっていたので、なにか直感にやめておけといわれた様でした。プラトンの書いたソクラテスはそういう直感を天啓と捉え、ダイモーンのお告げなどと呼んでいたのではないか。脳の複雑な総合的機能が、直知ことヌースの形で、なにかを勝手に導き出す。その論理構造はよくわからないが、なにかの真理のこともある。簡単に哲学をやろうとする人には気をつけた方がいい。なんでかというと、哲学の森は余りに深く、その奥で迷わない筈がないからだ。しかもその最奥にいる側が、途中でどうせ一人で進まなきゃいけない様な所を、素人連れてこれるほど生易しいものではないのは最奥の方までこれた人ならしっているはずだ。事実上無理。連れてくること自体が。

 また、哲学という概念は多岐になってしまっていて、「知恵の友愛」なるもともとの意味だと、それぞれの枝分かれの端部が今では科学、知識、ラテン語サイエンティアから英語でサイエンス、こと単に「知る事」と呼んでいたりするけどもどれも哲学ともいいうるし実際言っていたし、途中過程の幹のところとか枝のところも哲学ともいいうる。だから比喩している様に各学問なるものを巨木にたとえると巨大な木全体が、あるいはそれら木々、それら林、それらの森の全体が哲学だ、という風に、彼に説明するのも殆ど無理そうだと考え、自分は諦めたのだろうと思うのだ。或る意味では、このこと、つまり学問の全体像を把握させること自体の説明はかなり難しい、なぜならひとことでそれをあらわす語彙が不足しているからだ。
 ただの哲学なる伝統的用語だけではなくて、総合哲学なり全体の哲学といった概念を新たに導入する必要があると思う。

 たまにラジオ講義シリーズでは出してるが「学術城のたとえ」というものを。その構造はこうだ。その城の門のところには門兵である数学や言語学がいる。下層には兵士がいて自然科学がいる。中層には使いの者である社会科学がいて、本棟と通路で通じている別棟には工学、医学、図書館情報学などが控えている。上層には貴族である人文科学がいる。そしてこれらの上に王座の間があり、そこに哲学が君臨している。
 このたとえでいうと哲学は総合哲学の役割をしていて、城の人々のまとめ役であり、また最終的に命令する側でもある。各部位はなぜその様な作業をしているか自覚がないことが殆どで、飽くまで各科学者らは職人的なものだ。哲学者あるいは総合哲学者なり全体哲学者がそうである様な建築家的なものではない。つまり彼ら各科学者はしいていえば部分哲学をしているにすぎないことになるだろう。
 この意味で、Xにいたナカムラ氏に自分はきちんと
「哲学を専攻するとあなたはいうが、哲学は専攻できる様なものではなく、しいてその様なものがあれば思想史の研究にすぎず、哲学自体ではない」
ということを過去の思想家らの発言録までわざわざひいて教えてあげたのだけども彼は何もわかってなさそうだった。その後も彼はプロフィールに「ギリシア哲学を専攻する」みたく書いているわけで、僕から一体何を言われてるのか理解できてないとみる。どうも語彙の混乱もありそうだから、フィロソフィアの語源から引いて思想史の中での言及箇所にもかなり教えてあげたのに、結局時間が無駄になったともいえる。こういうわけです。教えても学べない人というのがいる。なんというか認知の或る領域が欠けているとそもそも哲学的な認識がされない。だからさきにいったとおりなのだ。プラトンは色んな人々を教育していたはずだ。経験的にあったんではないか。総合哲学には総合的思考といったものが必要だが、その様な知能の特性を根源的に欠いているか苦手としている人がいるばあい、教えたって理解できないということになる。そしてそんな正直いって足手まといの人々の相手をしていると真の総合哲学をやっている時間がだれでもなくなってしまうのだ。教えるは学ぶの半ばなりとはいうが、限度というものがありそうな気もする。

 もともと向いていない事に大量の時間を費やす事が往々にして無益なのはいうまでもないわけだが、ナカムラ氏のばあいは当人がいうよう自閉も重なっており、要するに自己主義というその語の原義のとおり何でも自己本位に考えてしまいがちで他人の迷惑をかえりみない、それは意図しているというより脳の性質によっている、という性質がはっきりとある様にみられた。僕としてはちょっと絡まれて返答してた感じ自分の勉強時間がガンガン削られる様子がでてきたので本当は物凄く困っているのに、というのも彼は普通に高校倫理の履修範囲に入っている知識をしらないで雑談しかけてくるからなのだけど、それをいちいち教えてるなんて、院以上の質を毎日やってきている研究者からしたら時間がなくなるにちがいないわけで、「ちゃんとお金を払って職業教師に習ったらいいです、彼らはそのためのしごとなのです」といってあげたのだが、ナカムラ氏はそれへも「学校教員を信じてない」という趣旨の、的の外れた返答であった。いいたいことはわかるけども。僕が伝えたかったのは、思想史の基礎知識は常識の範囲なので、物の本や普通の大学教授が専門的に教えてもいるのだから僕にきいてもしょうがないということだ。要はナカムラ氏的な、分析的思考には向いているが総合的思考にはあまり、あるいはほとんど向いていないだろう人がプラトン学園ことアカデメイアにも元々いくらでもいたのではなかったか。だからこそ『国事』にわざわざソクラテスの口から語らせる形で、哲学に向いてない人に教えても却って有害だよ、という対話の断片を残したのではなかったか。実際その様な気がする。この部分を書くだけで僕の時間はどんどん削られて本来の哲学に進めなくなってしまうわけだ。

 できるひとはできるができないひとはできない。ただそれだけのことだが、できるひとが圧倒的にできる、という面がはっきりあるのが哲学、ことに総合哲学のしごとなのだとおもう。走り高跳びの選手みたいなものであり、元々できなかったら頑張ってもできる範囲にかぎりがある。その様な飛躍のなかでも、最大負荷の知的跳躍を過去の全科学をまとめた上にする必要があるのが総合哲学という領域だ。

 実際、プラトンやアリストテレス以後は、その種の高みがでてくることはなくて古代アテナイ以外のところへ総合哲学史の核は移って行ってしまった様に見える。そのことは同時につぎのことも示している。ある意味では総合哲学者は才能に依存していて、それが欠けているとそもそも傑出した次元では出現しえないのではないか。昔の日本の村だと、長老というのがいたはずだ。そのひとがいわば総合哲学者だった。総合判断力が最も優れた人物だったはずだ。深い経験則に基づいた、まだ学習不足な人々にはわからないなんらかの知恵がそこにはあったからだろう。いまの神経科学でいう結晶性知能というのが高い状態で晩年を過ごしている人々の中でも、ことさら最も優れた道徳的性質を帯びている人、しかも公知公徳の点で特にそうな人が群れの長になったのだろうとおもう。

 ここまでの話をまとめると、要するに哲学には才能があって、できる人は圧倒的にできるし、ますますできる様になっていくが、できない人は徹底的にできない。特に総合哲学のときその向きははっきりしてくる。だから才能がない人に総合哲学のやりかたを教えても、却って混乱したり、なにか変な風に捉えたりしがちで、カントが次の様言った様に或る意味では教育不可能というばかりでなく、現実に悪影響があるのかもしれない。

哲学は、それが歴史的認識(引用者注、≒思想史)でない限り決して学習できるものではない。哲学では理性に関する事柄について精々、知恵を友愛する様に深く考える(philosophieren)事が学べるだけである。
――イマニュエル・カント
『純粋理性批判』865
 孔子は次の様 言った。
墳せずんば啓せず、悱せずんば発せず。
――孔子
『論語』述而第七、八
この「啓発」の語源が意味しているのも、要はやる気がない人あるいは才能がない人に学問は向いていないということではないか。福沢諭吉も学生で学問に向いてなさそうなタイプには、さっさと商売をするよう勧めていたという記述を全集のどこかで読んだ。僕も一定程度似た事を感じる。色んな人達をみてての感想として。というか、特に愚かなタイプだと、最早、人文科学そのものを否定していたりする。理解できないからだろう。その意義のなかみが実利に適わない時点で、学問の価値がないとみているらしいのだ。理系馬鹿とか理系無知とかいうべき人達なのだけども、その様な考え方を実用主義の一種か、実利主義などとみることができるが、別にそういった理想論だけで全学問がなりたっているのではないことは、「実学」概念で日本の学問を大分ゆがめたともいえる福沢諭吉『学問のすすめ』でもきちんと説かれているだろう。
学問とは、ただむずかしき字を知り、解し難き古文を読み、和歌を楽しみ、詩を作るなど、世上に実のなき文学を言うにあらず。これらの文学もおのずから人の心を悦ばしめずいぶん調法なるものなれども、古来、世間の儒者・和学者などの申すよう、さまであがめ貴むべきものにあらず。古来、漢学者に世帯持ちの上手なる者も少なく、和歌をよくして商売に巧者なる町人もまれなり。これがため心ある町人・百姓は、その子の学問に出精するを見て、やがて身代を持ち崩すならんとて親心に心配する者あり。無理ならぬことなり。畢竟その学問の実に遠くして日用の間に合わぬ証拠なり。
 されば今、かかる実なき学問はまず次にし、もっぱら勤むべきは人間普通日用に近き実学なり。譬えば、いろは四十七文字を習い、手紙の文言、帳合いの仕方、算盤の稽古、天秤の取扱い等を心得、なおまた進んで学ぶべき箇条ははなはだ多し。地理学とは日本国中はもちろん世界万国の風土道案内なり。究理学とは天地万物の性質を見て、その働きを知る学問なり。歴史とは年代記のくわしきものにて万国古今の有様を詮索する書物なり。経済学とは一身一家の世帯より天下の世帯を説きたるものなり。修身学とは身の行ないを修め、人に交わり、この世を渡るべき天然の道理を述べたるものなり。
――福沢諭吉
『学問のすすめ』初編

この箇所で言われている文学は福沢のなかでは明治の時代では後回しにして、といわれているだけで、それというのも、当時は日本が相対的に欧米より貧しく、とりあえず軍事的被侵略の危険ばかりがあったので、会沢安『新論』の文脈でいう、富国強兵を急いで進める必要があったからだ。でも、被侵略の可能性がへったときにもまだ無用だとは彼は言っていない。自分は史学を虚構をふくむ文学から分離するため社会科学にいれるべきだとかんがえているが、文学も福沢がいう修身学こと倫理学とおなじく人文科学の一部だ。
 衣食足りて礼節を知るという様に、心を扱う人文科学は、結局、上層の学問とさきほど自分が言った様に、重要な貴族的分野です。しかも学習順序の問題がここで出てくるが、アリストテレスは(『形而上学』こと)『後自然学』によれば倫理学を第一哲学という呼び方で最も先にやるべきと考えていた様子だし。くわしくは彼の開いたリュケイオン学園11代学長のアンドロニコスがのちヘレニズム時代にアリストテレスの文の整理をおこなって、タイトルのない文を自然学の後に置いたからたまたま後自然学あるいは自然学の後の学と名づけただけで、アリストテレス自身は『後自然学』でかたるようそれを最初に置かれるべきものと考えていたのだ。つまり、全学問で最初にやるべきで最も重要なのが倫理学だと彼はかんがえていた。
 今日の目で一般化すると、アリストテレスがいいたかったのは「目的」の学、つまり目的論というのがより正確で、倫理哲学の上に目的論がある、と彼はみていた、とみていいだろう。アリストテレスの『後自然学』は当人がかなり混乱した様な言い方で、端的にまとまっていない。あとでアンドロニコスがまとめたからもあるかもしれないが、もとが講義草稿にすぎないようで、もともとアリストテレス側は文の上では他人の読み直し前提に手短にまとめる意図がなかったのかもしれない。しかし、私が仮にまとめなおしてみると上記の事だ。要は目的論を語るつもりでそれが善でもある、といっているのです。
 こういう感じで、後世の方が学問用語って一般にふえる向きにあるだろうから、便利な言葉が生まれてきて、ひとことで説明できる範囲ってもしかしたらふえるのかもしれない。そういうことで、目的論は最も抽象性、抽出性の高い総合哲学の議論になる様に思うが、それを突き詰めていくと、アリストテレスは『後自然学』の中ではじめは存在の根源を問うという言い方でタレス的な考えに引っ張られているが、やがては善の考えとすりかえはじめて、いわゆる最高善、最善のものとはなにか、という『ニコマコス倫理学』での議論につながっていく。その基礎づけ思索の箇所が入っているのが『後自然学』と思う。

 僕がここでいいたいのは、最善さについて考察できる、ということは、しかも総合哲学の結果としてそうできるということは、諸知識はなるだけ多ければ多いほどよく、その幅も広ければ広いほどいいので、最も知能への負荷が高いのだとみる。だからこそ、生まれつき勉強大好き人間がずーっと、物凄く長い時間学習を続け、しかもそれが一生の期間にわたっているさなかに、或る見解に辿り着くといったしろものでなければならないはずで、普通の知能の人では到底かなわないのではないか。

 たとえば自分はブログって色々読んできたのだが、しっきー というニンテンドーのゲームのファンだったらしくそれなりのゲーム分析をしていたから自分は結構というか全部読んではいた人とか、やっぱり途中で別の人になっていってしまって、哲学者として大成とかはしないだろう。
 またこちらもまえブログ全部読んだが哲学系ユーチューバーと称する北畑純也も似た様な感じとはいわないまでも、はじめは当人なりに考えているような様子もすこしはあったのだけど、関西圏の反政府チューバーみたいな感じでただの政治家なり右派なりへの日々の悪口チューバーになっていった。あまりくわしくはないが大阪のテレビでは人気があったらしい やしきたかじん のネット版だろうか。
 あるいは自分はかれのブログも全部よんだが、みずから高等遊民と名乗って、覆面で哲学をかたって写真家の糸崎きみお氏にソクラテス解釈で誤った知識で馬乗りしていた某チューバーの人。彼は思想史にかかわる修士号らしいものを、そのXでのやりとりのとき僕がみていたら周囲に大層自慢していたが――自分は納富信留氏の講義できいたが実際にソクラテスが最初の哲学者とする考えも国際かつ伝統的にまえからある様子なのだが、高等遊民と称するその人は単なるアリストテレス『後自然学』の記述による「タレス」が最初の哲学者と殆ど断定する様に言って憚らず、糸崎氏のソクラテスが最初の哲学者とする解釈を一概に知識不足かのよう否定していた。糸崎氏がしていたプラトン解釈によるソクラテス貴族精神を引用しての匿名卑怯者批判へ、その論理を高等遊民と称する人は言論弾圧対策とすりかえ、年上の糸崎氏を不敬にも学位に驕ってかなり小馬鹿にしながらXブロックして、逃げたみたいだった。教えてほしいなら金払えとかいって。間違った浅学な知識でもわざわざ年上に教えるつもりなのだろうか。ユーチューブの動画などでみると、こちらもどうも関西の、山背市こと旧京都市あたりに根城があるというか、知己がいるひとみたいだった。おおかたそのあたりの私大かなんかをでて何かを勘違いし、スノッブごっこをしていればそれが哲学とでもおもっているのかもしれない。ある意味では平安時代から相変わらずでお話にならない。それは『徒然草』で吉田兼好が書いた信濃の前司行長こと藤原行長と推定されているひとが当時の山背政界で実務と乖離した虚勢と感じただろう様な、ただの年頭月尾をあげつらう教養俗物仕草にすぎないからだ。結局その後の様子でも、高等遊民と称する彼は、自分がみていたら再就職前提に顔をださず金儲けしたいだけみたいだった。また彼のばあい動画は結局は、古典的で有名な思想史の紹介チューバーにすぎなかったみたいだった。つまり、糸崎氏がいう「哲学的内容の批判、真理の探究とは実践と一致したものでなければならず、それはプラトンの書いたソクラテスがいうよう善の理想に一致しているはずだ」、という知行合一の指摘へもともと真摯にこたえるつもりがないのだ。しかも思想家ともいいがたい。目的なり志なり仕事なりがある水準からはるかに劣っているか、もともと実態のないものだからだ。高等遊民と称する人側は思想史上は当人の考えといったものは殆ど見受けられないのでその思想家としての文脈ではほぼ完全に無あるいは雑魚と言えば雑魚だが、哲学的あるいは対話術的に、動画で自分の思想をアート哲学と称し語っている糸崎氏側の動機には、ユーチューバーとしての偽思想家もどき、しいていえば思想史紹介者への人気にねたみもあったかもしれないとはいえ、在野哲学者としてまともな指摘をしていたともいえるので、高等遊民側は論理をすりかえたり中途半端に誤った知識にもとづいた虚栄心に耽っての見下しがてらの侮辱罪をきちんと糸崎氏へ謝るべきだ。彼は絶対にそうしないだろうし、彼の人間性の低さからいって、絶対にそうできないだろうとはおもうが。そもそも表面上、最近厳罰化された法律でそうさせたとしても、思いやりなり他者理解力なりの大幅な欠如や生まれ持っての攻撃性からきた性悪自体はまず治らない。
 呆れたし気分悪くなるから、特にあと2名のその後はあんまみてないけど。下品すぎるとおもう。
 彼らは金儲け作業あるいはビジネスこと忙事におちいって、総合哲学自体をするつもりはあまりないらしい。だから哲学者の偽物ということなのだろう。タレスの投資伝説から何か学ぶ事はないんだろうか。むかしそういう詩を解く忙事に耽るひとたちはソフィスト、日本語に直訳すると知恵者といっていたのだろうとおもう。今となっては皮肉な意味だが。

 さらに上の世代だと、賠償金踏み倒しで亡命しているただの悪漢とも考えられるひろゆきとかがそこに該当する。長期推移を弁えると茂木健一郎以下の東大閥、に該当者が多い気がする。具体名をあげると、東浩紀、三浦瑠麗、落合陽一、古市憲寿、成田悠輔、斎藤幸平らだろう。端的にいえばメディア知識人といった分類の人々だが、総合的な判断力の高さとか、道徳性で特に名を知られているのではないわけだ。むしろ炎上商法とか、話題作りの派手なふるまいとか、御用学者しぐさとか、ソフィストと言いうる様な詭弁術で言動が満ちみちている。彼らの個別の思想内容への批評はラジオ講義でたまにやってるけども、斎藤がそのなかでも最近のひとかもしれないが、環境問題をいいわけにした新マルクス主義者にすぎない。彼については特にラジオ講義で一回分つかってくわしく論駁してみたが(2024年2月4日『斎藤幸平批判及び現金の需給合理性に基づく基礎所得擁護論』鈴木雄介第三講義)、搾取の理論は現時点の資本主義あるいは主要経済学説でとうに否定されているとおもう。2024年1月19日の『等価交換説』というのをその為にわざわざブログにも書くしかなくなった。一種の僕の憂国の情による斎藤幸平批判なんだろう。大衆媒体での有名さと、哲学的能力の実態は今の日本でも、明らかに乖離しているとおもう。

 他方Xなどにあふれている普通の人というか常人、凡人も、日々のくらしでなんとなしには考えているかもしれないし、それはそれである種の哲学が含まれているかも知れない。文学が扱っている範囲にはそういった民俗学なり民話、民衆の中にある素朴哲学といったものも沢山含まれていると思う。しかももしかしたら、老子式の反逆哲学でいくと、系統的な思想史をすっ飛ばし、経験で生きていた、また経験で広く世間を知った人の結果としての悟りのなかに、真の知恵が含まれているかもしれない。だから舐めてかかったり見下したりすべきでもないと思う。『論語』の最初のほうで、いきなりその趣旨が出てくるのはその為でもあるのだとおもう。

子夏曰「賢賢易色、事父母能竭其力、事君能致其身、與朋友交言而有信。雖曰未學、吾必謂之學矣。」
――『論語』学而第一、七

子夏しかがいつた。――
「美人を慕う代りに賢者を慕い、父母に仕えて力のあらんかぎりを尽し、君に仕えて一身の安危を省みず、朋友と交つて片言隻句も信義にたがうことがないならば、かりにその人が世間に謂ゆる無学の人であつても、私は断乎としてその人を学者と呼ぶに躊躇しないであろう。」
――下村湖人『現代訳論語』学而第一、七
次回に続く。

2024年3月12日

幸福追求権についての議論の前提

今回書きたいのは、幸福追求権について。そもそもこの概念は思想史上かなり前から色々考えられてきていて今更いうまでもなく、哲学の中心課題の一つでもあった。幸福をどう定義するかというのは必ずしも簡単な話ではなかったわけだ。色々な意見があったと思う。

 他方で自分はラジオ講義の一部で言ったが、この幸福という言葉が快楽とよく混同されているとした。だから幸福は単なる快楽と分けて定義すべきだと。似た事を言っていたのがアリストテレスだ。彼は価値を低い次元から有用さ、快楽、幸福と定義していた筈だ。彼の場合、快楽はそれ自体としても望ましいが、時として何かの手段にもなるもの、とし、幸福はそれ自体が目的なものとしていた筈。だが自分は幸福の定義をそれとは変えた。自分の場合は快楽は利己的なもの、幸福は利他的なものとした。相利性についてはこれらの中間にあるともいえる。例えばカントは仮言命法という概念でこれら利己と利他の中間の相利性について語っていたが、自分の考えかたの場合は、相利性を快楽と幸福の中間にあるものと見る事ができる。で、そう定義してみると、幸福は他人の為になる事を意味しており、今の一般的な人が考える幸福の定義とは違っている事になるだろう。

 さらにたとえば或る人が一生の間、快楽追求で優れていたとしても、他人の為には全然なっていなかった時、その人を幸福な人だ、と皮肉以外の文脈でいえるだろうか。自分はそうはみなせないとする。寧ろ当人が苦痛にすぎなかったとしても、つまり自己犠牲ほど利他性に心がけていたとしても、他人の為になっていればなっているほど、それも先日『性格の科学』という小論で書いた気がするが質の高い利他性を啓蒙すればするほど、つまりひとの望ましい社会性である道徳性を啓蒙すればするほど、当のひとは幸福にあたいする、とわたしは考える。このあたいする、という表現が重要で、幸福自体を快楽と混同している場合、人は一体自分が本当にしあわせなのか分からなくなってしまうという性質がある。なぜなら快楽は過ぎ去るものだからだ。ラッセルが『幸福論』で、あるいはその中に引用してあるミル『自伝』の幸福観について、「幸福を追求すればするほど却って幸福がわからなくなるので、幸福になるには幸福についてかんがえないことだ」などと、あきらかに定義の否定でしかない同語反復で思索が堂々巡りし終わってるのはその箇所と自分はみている。今の神経科学でわかってる範囲だと、オキシトシンだのβベータエンドルフィンだのが出て一時的な多幸感みたいなのがえられたとしてもそれは麻薬中毒じみたものでしかなく、賭博に嵌った人みたいなものでいつまでも効くわけではないから同じ刺激を求めようとしてしまったりもするわけだ。ところが快楽の過ぎ去るという性質を前提に考える限り、人は快楽追求動物としかみなせなくなり、本質的に麻薬中毒者と幸福な人のあいだに差がみいだせなくなってしまう。だが本当にそうだろうか。客観視するかぎりでは、麻薬中毒者を幸福とは考えられないだろう。それは当人達がある嗜癖を快楽だと感じているだけだ。しかもその快楽が同時に悪い快楽だった時、当人の人生を根本的にむしばんでしまう。この点に、現代文明の一部、殊に麻薬中毒者が多い様にみえる欧米社会の、致命的落ち度があるわけだ。自分はそれをみぬいていて、だからこそ幸福の定義を決定的に革新する必要があったとも、結果としていえなくもない。もしかしたら直感的にそうすべきだとみたのかもしれないが、とかく、快楽自体でないと幸福をみたとき、我々はひとの為になる事、特に自他の道徳性を高める様なおこないのうち、最も高度な幸福を、自己犠牲をはかっても利他性を追求する事にあてがわざるをえなくなるだろう。このことをカントは定言命法という概念で説明していたわけだ。

 僕の思想史上の仕事は、今までラジオ講義シリーズ3講やってきたのだけども、そこに大体は詰まっている気がするが、このきのうからちょっと始めた随筆シリーズではそのわかりやすい解説みたいな感じも入るかもしれない。昨日も『これまで生きてきた感想の一部』で少し言ったが、口語だと細かい陰影をつけられるから、文語と違ってその点に凄く情報量が多い所もある気がする。同時に、文語の方が確実によみとれてかつ確実に見直したり引用し直す事ができる、という長所もある様に思う。あと保存性も高いし、自分が口語ラジオやった感じ、あれマイクの性能にかなり依存している。自分は近所のケーズデンキのワゴンセールで千円で割引で売ってたエレコムのやつを肩にかけられる様に自主破壊しながらというか半分ぶっ壊して改造しながらつかってるわけですが、それだと完全にいい音声とはいいがたい。大体、自分の声をきくのが一般に人はいやだろう。この現象は名前がまだないみたいだが、自分の声が他人の声みたいにきこえて、それが嫌なのだろうと思う。自分の声を自分で生で聴いている時は頭蓋骨などに響いているので別の音にきこえる。それと違うから慣れないと「他人の声現象」が発生する。

 今AIにきいたらその頭蓋骨とおる音を骨導音コツドウオン、空気を伝わる音を気導音というらしい。骨伝導音ヘッドフォンもってるけども。骨伝導音でも同じ? と重ねてきいたらそうだって。

 それで。
 幸福論だが、幸福を利他性と定義した自分のしごとは、思想史に照らしてみると、アリストテレスと少し似ているが、カントの定義した仮言命法と定言命法を別角度から再定義したみたいな面があるとみる。そして今述べた様にその意義の一つとしては、快楽追求を利己的に行えばよいとみなす功利主義の欠点を克服できるところだろうとみる。
 この場合、功利主義はおもにベンサムとミルのしごとを呼び、つまり大雑把にまとめると最大多数の最高幸福を生きる目的とみる世界観をさす。そこで幸福とされているのは快楽の総量かつその質だということになっており、自分の考えとは違う。それは自分の定義では、幸福ではなくて快楽にすぎないからだ。
 また、米国で生まれた実用主義の範囲にも、この功利主義の系譜は流れ込んでいるとみなせると私は思う。というのも、デューイが言った幸福の定義は成功で、道具的知性を使って民衆政治という米国の信じる政体にかなう人格を成長させていった末に自己実現をはかって達成されるもの、とみているが、その内部には利己性と利他性の混同が入っているからだ。デューイらの民衆政治の定義も、大体がアリストテレス『政治学』の定義とはずれているので、慎重な議論を要する箇所かもだが、ひとことでいってしまえばデューイは功利主義の上に彼の思想を接ぎ木したのだといっていいと私はみる。なぜなら快楽の最大化をはかる組織の形としてしかそこで民衆政治の型は考えられていないからだ。英米はこの様に国の理想乃至うちがわの計画で通底している面があり、今の地球人類の秩序にとっては共犯または盟友ともいえる。
 しかし、自分は今言った様に、英米圏のその様な考え方をとらない。実際、英米の人々に日本より麻薬中毒者が多い、という統計は厚労省の報告書にある様だ(主要な国の薬物別生涯経験率」による。厚労省ホームページ、現在の薬物乱用の状況より引用)。

 で、幸福はその様に定義するとすると、元々なぜこの国では今の様な退廃が広がっているかがわかる。それは英米思想の侵入によるに違いないのです。深刻な問題だ。英米化が進むと色々似てくる。いい面も、もしかしたらあるのかもしれないが、というかGHQの間接統治後、人権思想の憲法入り、反証や実証、仮証を含む科学的精神の本格導入や合理主義要素の強化にみえるところなど、天皇全体主義下で精神論が栄えていた日帝時代に比べましになったともいえる面は当然あるが、悪い面もある。
 先日さきにあげた随筆のうちで関西圏はどうも色々終わってんな、と感じたと言ったのも、それは時代遅れ感が凄まじいからだ。多分本当にそうなると思う。僕の直感は驚くほどあたることが異様に多いから見てればいいと思います。なんでそう感じたかというとね、アヅマエゾがぁ~とか言ってきた男がいたのよ。アヅマエゾなりアヅマエミシ。あのさ、色々時代遅れどころじゃないじゃん。しかもさ、おれの所エミシとは定義されないしね。あとでくわしくいうけど、ムツこと朝鮮語で古代関西人なり関西移民が言った道の「奥」の国じゃなくて常陸国ひたちのくにだからさ。古語の意味すら分かんなくて適当に古語を引くなといわれてもしかたないとおもうけども。勿論エゾよばわりのばあいは普通にアイヌ差別で先住権侵害だろ。エミシよばわりのばあいでも東北人ないし縄文人系統への種族なり民族なり文化差別だけどね。あと色々つっこみどころがあるのは、中国思想を借りて四夷の概念に基づく東日本人差別のつもりなら、つまりその男が住んでいるらしい自称京都を中心とみた小中華思想の主張のつもりなら、関東人を指したければ単に東夷といえばいいんだよね。音読みでトウイか、関西弁でアヅマエビス。それ先住日本人にあてて、おもに任那や百済あたりからの朝鮮移民だったかおもに弥生人系統との混血であった関西人が言っていた蝦夷とは事実上別概念でしょう。かさねていうときもわざわざ東蝦夷とはあまりきかない。蝦夷のなかでさらに東西南北分けて言う必要がその東日本丸ごと差別目的で、いちいちあるのか。単に、語彙がわからないだけだろう。中途半端に意味も分からない古語をつかって知者ぶるからこうなる。しかもさ、それ中国から日本も言われてたのだしね。だから自称京都は「小」中華思想なんだけども。更に厳格にいうと自称京都版の小中華思想かもしれんけど。例えば朝鮮王朝あるいは李氏朝鮮も小中華思想だったしね。もっといえば、その中華思想もどきなりそのまねごとによれば、今の京都って東京だしな。天皇の華夷秩序とみたときは。でも、そんなの信じてないしね、こっち。だって中国じゃないもの。少なくとも僕は全く信じていない。この部分も更に厳密にいうと、水戸学は天皇中心主義を採用していたかもしれないが、それは江戸時代から明治時代まで水戸の徳川家の統治下で旧水戸藩なり常陸国の侍階級の間にはぐくまれた過去の思想で、戦後の平等権の成立後は必ずしもそうでない、あるいは別の思想の人々が統治権をもっているともいえるし、『日本国憲法』で国や国民統合の象徴と定義されている天皇は、中心とはいわれてないわけで。地方自治法の解釈として、東国原英夫衆議院議員への国会答弁で、新藤義孝国務大臣(地方分権改革担当相)が国政と都道府県政は上下関係では以前からないとも言っていたし(第183回国会、予算委員会、第3号、平成25(2013)年2月8日金曜日)、要するに天皇の中華思想なんて、神道信者の一部しかあまり信じていないだろういまや。昔から信じてなかった人は大勢いたとおもう。やはり、旧京都こと山背は僻地状態で、時代錯誤な人が居残ってしまっているというべきだ。相変わらずの平安京意識で。

 東蝦夷と書いてアヅマエゾかアヅマエミシとしか読めないわけよ。もしかしてどこかの文献だったら蝦夷だけでエビスと読ませてたかもしれないけど、一般的読みではないと思う。そのあたりで古語くらい自分で学問すればいいのにな、と感じるわけです。違うか? しかもそれを平安京ができるかなりまえの『常陸国風土記』の本国人に改めて千年こえて思われるとか憐れ極まる。もうさ、完全に虚栄ですよ。自称京都人。途中ででてきたにわか勢でわが国古典の教養がまるでないといってもいいくらいなのに、上流ぶる。しかも自称貴族の血統でもないだろうし。ただ現地にいるひとでなければ逆に恥ずかしい。現地上流はほとんど東京にきちゃったわけでね。きたらきたでいわゆる華族と称しだして身分制度を継続してたし。しかもそれも自業自得だし。徳川家は江戸にきてネ! なんていってねーべ。西日本やくざが徳川埋蔵金というかね、徳川家の統治機構ほしさに江戸城へ強盗にきたんだべ。すべて因果応報でしかない。しかもその後、函館くんだりまで攻め込んで、罪なき人々を大量虐殺したしね。西軍。陸なもんじゃないよ。天皇もだけど。

 まぁとにかくね、もし東蝦夷と書いたら、それはアイヌのうち東部の人々って意味か、おもに東北圏の先住人のうち東側の人々みたいな意味に一般になる。だけども、常陸国は一般には蝦夷という定義に古典的には入っていない。自称京都ができるまえから大和国の朝廷が編集していた風土記にちゃんとそう書いてある。だから俺の近所のところに勿来なこその関というのがあるわけだ。くるなかれというのは当時の朝廷権力がつけた名前に違いない。勝手に侵略にきておいて、先住人いじめをやって自己中にも北から南におりてくるなとかいっていた。だからそんな名前にしてんです。その南側にいるわけでね、私。だからアヅマエミシですらない。しかもさ、こっちからもし中華思想でみたら自称京都人ら、古代の南朝鮮移民こそニシのエビスとなるわけじゃん。西の野蛮人には西戎セイジュウという概念があるんだから。でもそんな中華思想まねてない。野蛮なのは民族差別する側なのだから、その意味では関西の方が、過去の中国と同じく、かねてより東日本より野蛮だとなりますわ。しかもまったくもって伝統的に。この意味では天皇一味は亡ぶね。馬鹿だもん。中華思想なんて真似てる時点でどうしようもないじゃん。その後はさ、イングランドら西洋王室の名目王政をまねてるじゃん。何度もいうけど全て自業自得と思う。我々はそんなのまねろなんて思ってないもん。この議論はラジオ講義の中でかなり詳しくやったのでやめるか。かなり詳細な議論が必要になりそうな気もするというか必要だ。新水戸学とその脱構築、いうならば脱水戸学か後水戸学で語ったわ。第二講義の終わりの方だった気がするが。脱水戸学か後水戸学っていえばよかったのか。まぁいいや。
 まとめていうとね、水戸学は尊王論の体系だった。正確には愛民論の側面もあったと言ったはず。儒学の仁政要素、いわゆる徳治主義を抽き出し純化して、神道と結合させた。つまり、尊王愛民といった色彩だった。因みに細かくはソンノウとよんで文字は尊王、王を尊ぶソンオウを尊皇、皇を尊ぶソンスメラ、と書く時もあるが意味しているのは同じ事だ。尊王攘夷論のときに歴史哲学の「尊王」用語を中国の春秋時代の尊王攘夷から借りただけ。しかし、自分はそれを批判し、そもそも『魏志倭人伝』(『三国志』30巻、魏書30巻、烏丸鮮卑東夷伝)や『日本書紀』あるいは鏡などの出土品によれば天皇以前にヒミコがいた様子だし、天皇家にもたさられたのではないとみられる漢委奴国王金印もあれば、先住権をもつ縄文人やアイヌや琉球人あるいはウチナーらは先住権を巡る統治権ももっていたはずなので、木簡の記録によると天皇と称する一味が出現する飛鳥時代くらいからヤマト国は乗っ取られたと言っていい。ちなみにいわなくていいことかもしれないが敢えていうと邪馬台国をヤマト国と読めるといってたのを自分が初めて確認したのは極右活動家の桜井誠氏だった。ラジオがYouTubeにでてきたことがあったので聴いてたら言ってて、一理あるとみられた。幾ら政治的に憎悪表現が多くてまずい人だとしても、学術面での貢献があるとすればそれはそれで認めるべきなのかもしれないのではなかろうか。ヒトラーの絵だって我々は知っているのだから。前衛絵画に対しては貢献といえるまでではないのだろうけども。桜井氏の憎悪表現をかばっているわけでは寸分もない。ただ、邪馬台国をヤマタイ国と読むというのは明らかに悪意ある曲解といってもいいのではないか。どこで始まった慣行なのかわからないが、素直に読めばヤマト国なわけである。こういうと、天皇家には不都合になってしまうから、つまり神道神話と矛盾をきたしだすから、といっても『日本書紀』辿ったらちゃんとヒミコって女帝なり女王なりがさきにいたみたいに書いてあるんだけど最初のほうに(『日本書紀』9巻、氣長足姬尊 神功皇后)。でも、その系統とは天皇の先祖は違うよという書き方にされている。だからこういうわけだ。神道という宗教教義はぬきに、ただ考古学の目でみなおすと、ここに新たな仮説をたてるが、ヒミコってのは日の御子のことで、ヤマトの国の女帝だったのである。そのひとかそのひとの系譜がなんらかの政変で倒れて、あるいは倒されて、あとから馬乗りしてきたのが天皇家の先祖だったと。ヤマト国はこの意味で2つあるかもしれない。前期ヤマト国はシャーマンあるいは巫女の女帝が治める国で、そのおさをひとびとは日御子と呼んでいた。後期ヤマト国はのち天皇家と名乗る一族が乗っ取ってしまい、前期ヤマト国の伝承をおおかれすくなかれ上書きで消してしまったのだ。この仮説を「ヤマトの国天皇乗っ取り説」「ヤマトの国前期後期説」としておく。このあたりの消息は、考古学の発展でよりくわしくわかることになるとみる。そうすると、前期後期よりもっと細分化してわかるかもしれない。遺伝学とかほかの側面からも確かめていくと、漢委奴国王と呼ばれていたのがどこの勢力だったのかもわかることになるだろう。前期ヤマト国がどこにあったのかはいまのところ北九州説と関西説がある様子だが、どちらかか、もしかしたら別の場所だったのかもしれない。
 たとえば自分のいまあげた仮説と違うのが、前期ヤマト国を偽王朝視しようとした本居宣長の説だとみることができる。それは天皇の王朝を神道神話にもとづいて正統視しようとしたことに加え、本居の生きていた当時すでに義公らが古墳発掘をしていた水戸学派側とちがって考古学が未発達で、直接の証拠を参照しなかった実証研究の怠りだけでなく、当人も文献学をおもとしていながらに次の確認を怠ったので出てきた彼個人の信仰と史実の混同による謬説とみられる。日本列島にはヒミコの系譜が明らかにあったのに、又『日本書紀』にはっきりそれを参照に書いてある箇所があるのに、つまり前期と後期で分裂あるいは襲名した2つのヤマトの国の系譜があるのは奈良のヤマト国で『日本書記』を書いている側にも充分認識されていたのに、本居はそれを偽王朝視して、史実といえるだろう点が示している外国側の文献記録との整合性を神話上の存在への注釈でとろうとした後期ヤマト国側の言い逃れをうのみに、真実を見逃したのだろうとおもわれる。シャーマンたる相続形式として前期ヤマト国と断絶があるからこそ、『日本書紀』では倭の女王ことヒミコを天皇の先祖と同定していないのではないか。そのことは、後期ヤマト国の統治正統性の根拠づけに、神話のかたちで嘘を書く側には不都合になってしまい、結果、別の王朝だということにして、本来はさきに別の王朝が外国からも承認をうけて統治正統性を帯びる前期ヤマト国を支配していた事実をごまかしてしまったのである。したがって、のちの明治時代、岩倉具視が明治時代の1867年『王政復古議』で定義した万世一系こと男系相続ルールは、奈良時代の701年『大宝律令』のち757年『養老律令』継嗣令書庫)での女系相続可で必ずしも長子相続ではないもとの天皇家の勝手に決めた相続ルールをぶっこわしており、しかも、それ以前に、彼らの世襲統治はヒミコ王権を否定している乃至別系統のものにすぎないのだから、もともと正統性がないことになる。さらにいえば、アイヌ、ウチナー、縄文人やほかの弥生人、あるいは古墳人らと異なる地域で異なる王権を勝手に名乗っていただけとみなすこともできるので、奈良地方の世襲政権が日本列島単位で唯一の統治正統性をもつ、とした義公・烈公・慶喜公ら水戸学あるいは旧水戸学の考え方は、本居も同時代人として或る程度似た考え方をしていたが、尊王論の系譜のなかで、当時までに知られていた考古学の知識で一生懸命考えはしたのだろうが、今となっては奈良時代の神話にみられる虚構まじりだろう記録以前のさらなる古代の、史実としての知識不足に足を取られて、統治正統性の根拠を見誤ったとみなしてもいいといえるのだ、と私はラジオ講義で嘗て言った。
 いづれにしても神道神話はその時点で考古学と矛盾した点が含まれるので、史実とみなせない面がやはり多い。いわばジョン・ロックの『統治二論』を現時点で335年遅れで直接援用してみると、天皇権力は神から与えられたものではなかったのだ。当然と言えば当然だが日御子が先にいて統治をしていた形跡がはっきりある様子なので、その人を先祖としていない神道神話は、統治正統性の根拠として、明らかに偽物なのである。

 幸福論から派生して新水戸学の領域まできてしまったが、更につづめていうと、というのも文字にするとこれ大変なのがわかったわ。口の方が手早くいえるね、なぜかはわからないけど。でもさ、文記録でもなにか残しといた方が確実だろうね。あの音声記録を直接書き起こす人がそんなに多くいるとはおもえないし。だから書いたけどさ、口語ではさらに詳細に議論していったのだネ。そんでさ、僕も最北端の北茨城市ではあるけども一応ひたちこくの旧水戸藩とされている領域のひとだからさ、その考えは新水戸学と定義されてしかるべきなのかもしれないと私はいって、その新水戸学なるものはこう結論づける。かなり詳細省くけど。天皇は統治正統性の根拠がもう失われているのだから引退してもらうしかないが、そのとき旧京都に帰ってしまうとまた復権を狙って、政治権力と一体化してしまうだろうと。だってそれで向こうだと千年はやってきたのだから。旧京都市が天皇一派と葵祭とかやって箔をつけたいだけじゃなくておもいっきり先祖がえりして、また全国を見下しだすことになるに違いない。だからこそアヅマエゾがぁとかどうみてもヘイトスピーチ規制法に抵触する憎悪表現をXでやってくる、時代錯誤男が現にいたのですよ。Xで「東蝦夷」で検索してみたらかなり出てくるからわかると思う。京都中心主義による東日本人ヘイトへの、僕のやった手厳しい批判ポストもでてくるだろうけどさ。関西圏の人々、特に今の京都府あたりの連中が平安時代から令和時代までまーだヘイトスピーチやってるのである。時代意識が千年は遅れているのが事実なのだし、大体それ以前には彼らは日本にはいなかった人達なのだ。南朝鮮の政変で亡命してきた流刑民が本国から追放されるレベルの悪事だか失政だか喧嘩じみた戦争だか政争だかをなかったことに、丸で自分達こそ日本人みたく過剰適応ごっこで、先住系の日本人を散々おとしいれる、いつもの構図ね。その悪い仕草を千年も継続し続けるとか根性のねじ曲がり具合はただごとではない。
 全球的にはオーストラリアも大英帝国の流刑地だった。佐渡島も流刑地として有名なところだけど、昔、愛媛県の松山あたり出身のホイチさんという人に、「四国は関西の流刑地だったから悪い人が多い」みたいな事をいわれた。ホイチ氏のその種の単純思考は、最近までXで、彼が「精神障害者分類の人々は凶悪犯が多いから社会的に隔離すべき」とどうしようもない主張していたり(それを差別あるいはナチズムと呼ぶ)、司馬遼太郎の小説をうのみにしている様子から明らかに水戸藩の人々に偏見をもっていてアメーバ・ピグでの初対面でそのひとりだろうみたくそんな藩もうない上に当時僕の母方はそこの最北部の街道沿いの小売商店主だったのだけど、地域民族差別じみた文脈でいきなり侮辱してきたり、色々思考に片寄りと、たとえば慶喜公が父祖から代々訓示された尊王の大義の為の自己犠牲の真意を到底理解してなかったり、随分貴いだろうもの、あるいは貴族義務をも下にみがちな癖があると自分にはおもわれた。それでわが品位にもとると感じたので、アトリエ観てみたいみたくいわれたけども、現実の友達にはならなかったのだけども――自分が客観的資料にみるには少なくとも江戸時代前期から水戸藩単位で有為な学者を集めてきたまじめな地域性が、茨城県になってからもつくば、水戸、大洗、日立などを拠点に相変わらず続いている様に思うしそれが「人口あたり研究所数」偏差値が85.76と一県だけとびぬけている最大の特徴の一つと思うのだが(書庫)、彼は虚構のなかでそんな集団を陥れる様な偏見にみちた何かを読んだらしく、そう正面きってまともには全然捉えていない様子だった――。まぁとにかく、ホイチさんは自分が一度しか行った事がない四国について少々語っていた。自分はしかもフェリーに夕暮れごろのって対岸に渡って、厳島神社とそこからもといた夜の神戸の街並みや道端をうろつく鹿をみたら、『平家物語』のなかの源氏がたよりずっとすぐ去ってしまったのだが。20代前半の頃、一人旅で行った時以来あまり縁がないその四国の人として、彼は愛媛人のあいだで色々いじめられてきた様子だったで本当に関西流刑地感を彼としては感じているのに違いないのだが、勿論そこには極論はあるとはいえ、豪州の白豪主義的な要素が皆無ではないともいいきれないかもしれない。流刑された人々がもたらしたなんらかの影響がまったくないとはいえないとおもう。それは関西地方に、白村江の戦い以来の任那・百済移民がきて、明らかに渡来文化の影響が残っている事と同じ構図とおもう。このことは今後もとても重大な問題になるとおもうから絶対に言及するかいがある。というのも、今後の地球はますます異民族間の交流が盛んになっていき各地に移民町の様なものができあがることになるだろうからだ。そこにきた元のくにの影響が確実にのこる。このクニという表現だが、今はネーション・ステートの意味で使ってる事が多いが、もとは「お国柄」みたいな文脈に意味が残ってるけど、ふるさとのサトという概念に近い意味でつかわれていた。水戸の徳川家の今のご老公が講演でこう仰せになっていた。藩って言ってなかったと。本当はクニといっていたらしい。ヒタチのクニ、ミトといっていたと。江戸政府の御三家、こと天下の副将軍がおっしゃるのだからそのとおりなのだろう。廃藩置県の前に版籍奉還というのをやった。どうもあのときにうまれた地域名なのかもしれない様子です。日本史の普通の教科書だと常識的に「幕藩体制」とか書いてあるが、お殿様のもっている文献記録とか家の中での言い伝えからすると違う様子なのだから、歴史学者がまちがってるのかもしれない。そのうち教科書から、その用語が出てきた時代も誰が言い出したかもばれて、消えるかもしれない。

 で。
 もとの話の筋にもどるが、新水戸学と称して私がいわんとしていたのは、天皇引退後どうするか? という話。その話をしてたのは1年から1年半くらい前かもしれないが、当時想像できるかぎりあらゆる角度から色々検討した結果、尊王の聖地といえる水戸で一般人としてお暮らしになられれば、誰も責めないのではないかというものだった。そしてこのことは既に請願法を使って皇室に自分が建白した。自分の仕事の速さが分かりましたか? 自分は講義で言った。ヘーゲルの名言を脱構築し「磯原のセミは夜明け前に鳴きだす」。セミはヒグラシだからヒグラシでも可。先憂後楽のいいかえ。自分は仕事は速い気がする。しかもね、10年以上落ちのおんぼろPC使っててそれ。だから最近、最新PCにかえようとしてるのね、そしたら仕事の速度が千倍以上ははやくなるとみている。今年から来年までにはそうなるだろう。どうせウィンドウズ11に移行するしかないので。自分は物を修理しながら大切に使うみたいなのが好きなので、本当は何度も直しながら永遠に使いたいわけだが、インテルのCPUの、またはTPM2.0のついていないマザーボードだとそうはいかないというところがいまある。それらが瓶首になって、アップデートはかれない。誠に残念なウィンドウズ11のデフォルト・インストール設計。だからできあいのを買うのだとダメなんだなともうわかっている。メンテナンスを長期的におこないながら自分で修理し続けて使うのを前提にすると、僕がいまつかってるDELLのPCだと、特にインテルCPUのだと根源的に無理があった。英語圏で色々検索してみたのだけど似たこと言ってる人をみつけたが、充分つかえてるのにTPM2.0マザボ有無問題で強制引退させてくるマイクロソフトの方針はいかがなものかと。でも、この点をかえりみても、パーソナルコンピューターには文字通り、個人のマシンとして生き方が現れる気がする。

 とりあえずここまで書いて思うのだが、この口文一致随筆シリーズは、冗長になる傾向はあるが、あのね、およさんという人にXでなんか応援されたのだが、なぜか通知でてなかった。通知きったからかもしれない。通知はね、きっといたほうがいいかもね。長らく色々試行錯誤したが気が散るので。しかし切ると応援にすら気づかないことになる。でもつけとくと議論したところで敵意しなかく愚にもつかないそしり系のか、一々がっかりしかしない釣り系のが頻繁にでる。ちなみにクオリティフィルターはつけといたほうが、そしり系アカウントの通知が内部で減点式かなんかでマークされてるのか、そもそも出ないのでラッキーだ。でも今のX通知は欠陥品だ。なのでどうしようもないのだけども、まぁ基本的には切るべきに思う。だれだって知らない人から毎日ピンポン押されてたらまともに仕事にならないと思う。そのひとたちが悪意で満ちた犯罪者だらけならなおさらだ。で、なんらかの方法で重要な知らせは知る必要があるのだろうが、そっちになんか工夫はすべきなんだろう。で、冗長さは情報学の面だと、寧ろ望ましいのだろうが、口語に比べて一般に文語は或る種の冗長性が減りがちかもしれない。なぜなら口調とか抑揚とかの陰影がへるからだ。すくなくとも今の日本語の文語だとそれらを記述できない。しかし、文語の長所があるという事は先ほども述べたが、はっきり読み直せる形で文字が固定するという事だと思う。しかも、音声に比べるとそれを自動音声などで読み上げても再現可能性が高いし、聞き取りづらい現象が発生しづらいから、情報ロスがへる。いわゆるデリダの定義した差延、つまり解釈の余地が幾つも生まれるという点では口語も文語も本当は変わらないのだろうと思う。ただ、デリダがいいたかったのは、次々会話なり対話なりを続けていくという西洋哲学の論理中心主義の方式だと、差延はどちらかなら口語において無視されがち、ということなのだろう。解釈が一つに単純化され、それを前提に論理のやりとりがぽんぽん続いていく向きが西洋語の範囲だとある、という話なんだとおもう。まぁ日本語だとしても、議論のなかみが学術の話題のときにはそれに近いことが発生するかもしれないし、裁判ともなると、解釈が論理的に単純化され易いから、ソクラテス裁判みたいな誤審にもみえるものに場の空気などで誘導され易いということは日本でも確実に、言えるとみる。だからデリダが言った事には一理があるが、どちらにしても本当は、口語での独白の様な形なら、聴取者に差延は発生すると自分はみる。で、この節でいいたいのは、とりあえず一度きって次の文につづくことにしよう。

2024年3月11日

これまで生きてきた感想の一部

自分は相当長く生きてきた。随分長いので生きすぎなのかもしれないしまだ半分も生きていないのかもしれない。でも、どちらにしても、自分はこの生命の中で存分に生きてはきたのだが、とにかく色々あった。それらを十全に表現しておくのは難しい。しかし、ここではとりあえず、この文章の形で残しておこうと思う。

 最近僕は口語によるラジオを試していた。でも、やっぱり自分はどちらかといえば文章の方が好きらしい。口語は口語の独特の特徴があって、それでしかできない表現といったものがある。でも、文語によるそれとはまた違う。それで自分は文語のそれの方が向いている様に思われた。ただ以前も書いた事があるが、口語表現の長所から学べたこともあるので、自分としては文語へ戦略的にその成果をもどそうと思っていた。

 言文一致体というものをつくりあげた運動があった。明治頃の文豪らがやっていたわけだ。しかしここで自分はそれらとはまた違う形で、別の口文一致体といえる文体を確立しようとしている。最近試していたのはそういう事だった。

 まぁとにかく、今後も書くかはわからないけど、とりあえず自分の人生がどんなものだったのかをもう一度ふりかえってみようと思う。自分はもう40歳くらいになってしまうのだけれども、その間にやっていた事は殆ど勉強だった。ちょっと断言してもいいけど、自分より勉強ばかりしていた人ってのは人類史上で一人もいなかった可能性がある。自分の場合、それでも十全な学習環境があったわけでもない。ただ手当たり次第に、自分に手に入る範囲で網羅的、体系的に学問を完成させようとしただけだ。しかしどちらにしても、その志はかなりの所まで遂げられてきているとは思う。

 哲学の内容がまじるかもしれないが、とりあえず自分に分かった事として、自分が長らく謎としていた、なぜこんなに世の中に悪人とか愚者が多いのかだ。それは、なにか理由があるわけではなくて、ただそれがありのままのありさまなのだった。これに気づくのは本当に大変だった。自分はなんでそんな現象があるのか測りかねていた。要するに、それというのも、ただそれだけであり、別に理由とかみいだされる類の問いではなかったのだ。愚か者がいるのはそこに愚か者がいるからだ。同語反復。

 我々はただその様な環境にうみおとされた。陸な人がいない。だから苦労しつづける。生涯そうだ。人生の大体の課題は、陸でなしとの戦いだ。特にXこと旧ツイッターの陸でもなさは、嘗てないものだ。殆ど2ちゃんねるレベルだが、それもこれも、日本が衆愚の国だからだ。匿名なのも彼らのたちが悪い事しか示さない。

 要するにそういう意味では、この島国にうみおとされたことそのものに間違いがあるので、我々に治せる課題ではなかったのだ。

 陸でもない人々が都会に集まっているのも、単にそれだけのことで、陸でなしの集まりというだけだ。我々はなににつけ、その様な現実現象に何らかの理由づけをしたがる。でもそうではない。陸でなしは現に存在するのだし彼らは別にほかの理由をつけて、移動しているわけではない。単に彼らは彼らの行動原理に基づいて動いていて、ある結果に至る。それはとりもなおさず、陸でなし現象とでもいいうるが、要はある目的に向かっての動きで、しかもそれはただ結果をもたらす。だから結果だけでみているかぎり、世界は或る秩序を伴っているが、その秩序自体が理由なのである。我々は自分が解釈し易い形で結果を観ようとする傾向がある。だがそれはあとづけで理由を捏造することにすぎない。ありのままの姿がそのまま答えなのだ。

 偉大な精神の人々は必ずしも都心部に住んでいなかった。ところが下らない人々は必ず、都会人の方が田舎の人より優れているといいがちだ。少なくともそういう中華思想を主張する人々が異様に日本には多い。特に自分がみていたかぎり関西地方に極端に多かった。それは単にその集団が愚かだからだ。そういう集団の主張は、ほかにも学歴差別だの、地域差別だの、民族差別だのありとあらゆる差別のオンパレードで、とかく何でもステレオタイプにあてはめてみて便宜的にわかったつもりになる、といった思考類型をとりやすいのである。だが、現実はその様になっていない。都会の方が犯罪率が高いし。

 それで自分はこないだ関西地方の人々に4人から5人くらい、Xで話しかけられた。関西人と話す事は余り多くないからやはり色々感じる所があった。正直、関西地方は遅れている。その遅れはもうとりかえしがつかない気がした。多分これが真理なんだろう。未来の人がこの文を読んだらそうわかっているのではないか。人々の意識に現れている諸現象が自分にそう確信させた。

 まぁとりあえず、こんな感じで毎日何か書いてみようと思う。自分は文章を書く事が好きなので、必ず何か書けるはずだ。別のしごとで忙しくて暫く書けなかった時期を除くと、このブログだってもう約20年位書いている気がする。毎日くらい。ほぼ日まで厳密じゃないけど。好きこそ物の上手なれというけれど、たしかに、自分は文を読み書きするのがほかの人より遥かに好きだという事は間違いない。一度、英語でもやろうか試してみたのだが、あるいは漢語で。やはり母語の方が流暢性が高かったので、この方がやり易い。でも、日本語と今は呼ばれているこの言語が、自分は結局は、肌に合っているのかもしれない。でも、標準語そのものには一部の違和感があったから、最近はそれも改良してるのだが。

2024年3月6日

Condolences to Mr. Charlie Munger

Dear Mr. @WarrenBuffett

I read your eulogy to Mr. Charlie Munger. I completely agree he must be one of the smartest people in the world.
 I also applaud your humility.
 Please live long with the advice of one of the greatest wise men.

Sincerely
Yusuke Suzuki