2024年5月15日

鳥が飛ぶときの様に

ずっと同じ小説を書いてるのだが、もう数年間も完成しない。というか、推敲を重ねている。こんなに長くかけた作品はなかった。特別な作品なのだろうか? どういうわけかはわからないが、幾ら推敲しても終わらない。そういうことがあるらしい。
 ところで、僕はラジオをやっていた。講義ラジオみたいの。けれども、ラジオ発信というのは、ユーチューブが簡単に規制してくる感じで好きな事がいえない。視聴者の民度に問題あるのかもしれないし(かもしれないではなく大量視聴層をみるとそうだろう)、自由度が低いという事みたいである。哲学にせよ芸術にせよ、自由度が低い所では結局なにもできない、ということがある。だから自分はユーチューブは問題あるんだなとわかった。内部で使ってみないと分からない。本当に簡単に発信したものを勝手に消してしまうのである。それが人類史にとって著しく重大な内容だとしてもお構いなしだ。グーグルの親会社のアルファベットの持ち物なわけだけどユーチューブって。その点だと文化史を担うだけの覚悟はないんだと思う。唯の営利企業なんだろう。そういう適当さがいづれ彼らにとって致命的になるんだろうなと思う。

 ところで僕の人生でも後悔してることの一つに、ツイッターでモギケンウォッチをしてしまったことがある。モギケンとはあの脳科学者の茂木健一郎氏。実にひどかった。最近までその酷さは続いている。僕はてっきり、知識人だと思い込んでいたのだ、彼を。でも違った。もしそうだとしても、尊敬すべきレベルの人ではなかったのだ。いうことがでたらめで、不道徳さが凄かったからだ。僕は人を見る目には自信があったのだけども、暫くウォッチしてしまった事自体は後悔している。でも何か意味はあったのかもしれない。偽知識人とは何かが深く理解できた。イギリスには「スノッブ」こと「靴屋」の俗語が語源みたいだけど、訳知り顔の部外者みたいな、こっちでいう「門前の小僧習わぬ経を読む」の「小僧」という意味で使われる意味の語彙があるわけだけど、日本語だと「俗物」と訳してる事が多いが、大体、この階級の人という事の様子だった。茂木さんは漱石のファンだったりして自分がイギリスかぶれになっていった過程というのがきっとあるのだろうけども、僕が観察していて、それは最早とりかえしのつかない間違いを犯していると感じられた。今日はとりあえず僕が観察したモギケンについて、或る程度まで考察を進めてみようと思う。きっと何かの役に立つだろう。

 彼を突き動かしているのは、恐らくだけども、強烈な劣等感なのではないかなと思われた。それは佐賀県の人々とモギケンが接している時、具体的には佐賀新聞社長の中尾清一郎氏と会話しているときなどにポロポロと顔をだす。思うに薩長土肥の肥前の国の人々にもあの種の精神的態度があったのではなかったか。不思議なことに、欧米中心主義の様な態度をとって、日本の文化を貶める様な言動をとるパターンがとても多く、それに痛痒を感じない様子である。その際、必ずしも日本の文化が欧米に劣るわけでもないので色々な矛盾をきたす。けど、彼にそれを問題視する様な節はない。沢山矛盾していても平気なのだ。
 
 ところで、モギケンの分析しようと思ったんだけどやっぱり嫌になった。もううんざりしているからだ。
 僕はそれより前は、村上春樹とか福沢諭吉とか夏目漱石とかの研究をしていた。けども、茂木健一郎の研究はあまりやらなくてよかったなと思っている。前三者のうち、一番やらなくてよかったのは春樹だけども、まぁ個人的に執筆や思考の文体を作る時に参考にできたのは大いにあるのだけども、茂木氏が一番論客としても質が愕然と低かった気がする。茂木氏は人格的に問題が色々あるのでそのことは世間も知ってはいるとは思うんだけど、要するに風見鶏が普通の状態で、それは彼の心理病質からきているみたいで、長らく観察していると遂には精神病跡学をやっている状態になって、つらい気持ちになってしまう。それが茂木研究の結果だった。

 ところで、また話題がかわるのだけども、いま随分しばらくぶりに文を書いてわかったのは、やっぱり、僕は文章を書く事が好きであり、また向いているのだろうと思われる。第一、書いてると気分がすっきりしてくる。
 小学生の時小3の女の先生がこういった。
「ずっと書き続けて下さい」
僕が『麦わら帽子』という題で小説書いたのをみんなの前で朗読させられたあとのことだった。みんながどう思ったか知らないが、またあれはみんなに言ったのだと思うが、自分としてはあの先生のことばをおぼえており、現に書き続けているわけだけど、確かに、あの先生が言った通り、書き続ける事によって到達できる境地というのは確かにあると思われる。現に今の僕がそうだ。
 はじめ文章を書く時から自分はなぞにするするとよどみなくことばが出てきて、夏に冷房いれてお父さんの書斎の机で書き始めて、数時間くらいで十五枚くらいの原稿用紙をすぐ埋めて小説できあがったわけだけども、あれ以来ずっと書いてはいるのだが、確かに、前より高度な書き方ができる様になったと思う。技術という意味では、少なくとも前よりあがるということはあるのではないか。まるで鳥が飛ぶときの様に。