2022年12月31日

ツイッター地獄と日本の滅亡

日本語のツイッターは自分の人生に悪い影響を沢山与えた。
 そこには極悪人たちが群れていた。相変わらず。
 日本人が群れる場所は2ちゃんねるにせよアメーバピグにせよ、どこでもそうだった。完全な地獄を作りたがる集団らしい。しかも、必ず卑怯にも匿名で。必ずおこなう陰湿な悪事やイジメの為に。
 彼らは自称普通づらをしていたが、次々出生率が低下し絶滅していっていた。それはそうなるだろう、と僕は思う。彼らは日常的に悪事三昧をし、悪徳自慢するという異常性格者の集まりなのだがそれに自分で気づかない。特に京都や東京が出生率の最下位争いをしている様なものだが、日常からして犯罪だった。
 元々彼らの親からして普段の行いが巨悪なので、子供がそれをまねてもしょうがない。事実そうなっていた。親が悪い上に子供まで悪い。というか、彼らは善悪といった観念を持っていないのだ。
 日本は未開の国で、その傾向は都市部ほど強かった。京都人は「イケズ」という風習で諸犯罪を正当化していた。東京人はおもに匿名で高齢者抹殺論者に大発情したり、人種差別主義者を都知事にしようと何十万人も投票したり、あげくには猟奇的快楽殺人の悪趣味極まる小説屋を実際の都知事にして、ものすごく威張っていた。救いがないほど差別的偏見が強く、全国を見下し生きていたが、一番卑しいのは彼ら自身だった。この人権にまつわる民度の点では世界最悪級といっていいだろう2拠点を股にかけ生きているのは、これまた大量殺戮で有名な人種差別教祖で、自分が実際に生きてみたかぎり、何もかもが狂っている国だった。
 彼らは群れると安心するらしく、都市部に集まりたがる上にそこで更に悪事を続けるのだった。

 世界史から日本国が消えてなくなるのは当然だ。だって彼らは山ほど人道犯罪を重ねているのだ。匿名アカウントを大量に作り、日々色んな人々を傷つけ、害して喜んでいる。しかもそういう人々が過半で、さも自分達が普通かの様に言っている国なんてほかにない。世界一似ている韓国だって少子化は世界一だ。

 これはヘイトとかではない。単に自分が生きていた国の現状だ。北海道夕張市が財政破綻したとき、そこがどれほど終わっているかに気づいた人は同じ様に、ここは終わってるよ、と書いただろう。もし彼まで自己欺瞞に陥っていなければ……。
 今の京都にはほぼ賢明な人がいない。だから自画自賛を続ける。
 僕は東京に近く都内の事情は熟知しているが、はっきりいってそこも完全に終わっている事は間違いない。何がかといえばさっきも書いたが民度が終わっている。普段の都内発信情報みてて気づかないだろうか。都民の心が終わっている。腐っているのだ。有罪人ひろゆきが跳梁跋扈しててまともな筈もない。「なぜ東京が終わってしまったか」についてはいづれ歴史家が適当な理由をつけ、まとめるだろう。だが過去の歴史をかえりみても平城・長岡・福原京だろうが亡びたし、平安京だろうが現に亡びつつある。天皇一味が作った都市が永続した試しがないので、彼らの無限収奪前提の宗教政治に根本問題がある。邪教で洗脳すれば確かに愚民が無限に貢いでくるだろう。人種差別しか教義はないので、よほど馬鹿なら疑わず、無限に税をよこす。賢明な国民のもとなら一秒だって持たない体制だが、東京では150年続いた。それは負の奇跡だった。
 大阪や薩長からきた先祖に少しでも懐疑精神があったら今の東京はない。

 いつかツイッターがほろびた時、自分はものすごく救われた気持ちになるだろう。何しろ二度と、自称普通と称するヘイターらの醜態を見る必要がないからだ。今だってみなければいいというだろうが、確かにみたくはないにせよ、同時代の人間への理解は科学の一部だ。
 科学的興味以外もつ必要はないけど。

衆愚国のもたらす苦しみ

早く日本がこの世界からなくなれば
これ以上自分が苦しむ事もなくなる
自分の苦しみのすべては他人がもたらす
この国の衆愚がもたらすものだ

6兆円のツイッター

ツイッターは我々を不幸にする
だってそこにはひとごとばかりだからだ
しかも、それらはどれもこれも冷たい
みにくい偽善だらけだ
なんでこんなのを6兆円で買うか分からない
僕なら6兆円貰えてもいらない
日本人の悪意なんて集めても
ひろゆきにしかなれない
ひろゆきになるなら僕は生まれてこない

一瞬

脳科学屋がタイパなる言葉を馬鹿にしていた
時を節約したがるのは唯の本能だ
もし人が時を有効に使えなければ
一生は一瞬で過ぎ去ってしまう
命短し恋せよ乙女とかいうせりふがあったが
彼は自分が死ぬ事を忘れているのだ
下らない人に関わって損したと思われなければ
彼も素晴らしい恋をしていたろう

俗世間

僕はこの国の世間と初めからそりが合わない
特に東京や関西とは全然あわない
かれらは僕には他人だし、異様に見える
だってかれらは毎日雑事を好むからだ
ネットニュースをまきちらし人をそしり
哲学系ゆーちゅーばーじゅんちゃんとかいう
なんのために悪口いってるのか
なにが楽しいのかも分からない

忙しさについて

忙しさはむなしい需要にこたえる無駄な努力だ。

古典について

僕は糸井重里さんが色々やった仕事で『MOTHER2』が傑出していると思うわけだが、あれ出した時、彼自身は神作品を作ったとは思わなかったろう。僕も小学生でやったまさか神作とは思わなかった。普通にやってこんなもんかと見過ごした。あとから振り返ったらあれだけが心に残っていた。偉大な古典だった。真の古典なんてそんな風に、同時代からは見逃されているかもしれない。僕ほど感受性やら直感が異常に鋭敏ですらそうだった。だったら世人にわかるとは全然思えない。同時代に生み出された作品だの仕事だのに、一般人はおよそ何の鑑識眼も持たない筈だ。

タイパ脳タレ

忙しきあきんどのさばる東京でタイパを蔑む脳タレ忙し

トランプ時代のツイッターで自分が見た事

ここ数年自分に有った事の一部を、語ろうと思う。だが、当然だが全てを語り尽くせない。自分の体験から受ける感覚総量やその意味は余りに多すぎるからだ。だからごく一部になるだろう。
 なぜ前置きしているかなら、ここではツイッターでのできごとを扱うからだ。しかも、学術的本格的、文芸批評的に。

 自分は数年前、ツイッターにはじめて本格的に何かを書きだそうとした。当然それは失敗した。
 特に当時のツイッターは中の人が恐ろしいほど愚かだったし、不寛容で、我々が日常扱って文化史に残ってきた様な「芸術的」で「独創的」な内容が消されるのは明らかだったが、やはり速攻その通りになった。しかも当時の自分はまだツイッターの民度が、実体験として十分理解できていなかった。今では完璧に把握している。自分はなにをするにしても大抵この様な、ドラクエの勇者みたいな成長曲線をえがきがちなので、もうこの遺伝子と環境の相互関係に慣れてきたが、序盤ではスライム一匹にすら苦労するものだ。おそらく今でもツイッターの中の人は、おそろしいほど愚かで、言葉狩り犯罪を平気でやる人もまぎれているのだろう。しかし言論弾圧罪が「人を焼く」ことでもあると彼らが認識できる可能性も殆どない。というのも、イケイケIT企業でクールな職場だと軽い気持ちで入ってきて彼らは文化史に無知だからだ。イーロン氏の発言録を少し辿るだけで、新CEOが彼であり続けるかぎりは、何かしら希望の余地がある。だが日本支社にまで目が行き届いているかなら全くそんな事はない筈だ。文春とのやりとりでそれがわかる。
 日本支社の中の人だけ腐っているパターンはウィキペディアなどでもそうだし、外資の常道だ。頭がかたくマニュアル対応のつもりで、ツイッターの中の人が
「ホロコースト被害者揶揄ギャグは人権から逸脱している」
と単なる国際常識を書いた自分の前アカウントを凍結するなど、はっきりいって人類史が残した醜態のうちでも第一分類に入る。だから自分は確信をもったのだ。今の先進国は亡ぶのだと。
 ツイッターの中の人がイーロン氏から次々首切りされている現場――嘆きながら飛び出した人々の姿や顔つき、表情、思想内容をみていたら自分も全てを理解した。彼らは調子に乗っていた。単にそれだけだ。
 言論弾圧罪を彼らは毎日やっていた。まるで専制君主側になったつもりで。弱いヒトのいつもの姿だ。ツイッターという成績が悪かったカリフォルニアIT界での問題児会社は、全然黒字をだせないまま、言論弾圧罪に手を染めまくっていた。ところが物言う株主から、大勢が裸一貫でおいだされた。豪華宮殿に寄生していたのは、「最先端IT商人」のつもりの三流僭主たちだった――この実話は、現代の寓話だ。多分、ひとりのツイッター民のつもりで、匿名で。日本語圏で色々な犯罪を続けている衆愚も、実態はむなしいものなのだろう。彼らがどんな人生をおのおの辿り、毎日ツイッターで赤の他人をあることないこと名誉毀損罪しまくり今に至るのかを逐一みたら、どんな神々でも完全に呆れきるに違いないのである。

 自分ははじめに注目したのは茂木健一郎だった。

 この人は脳タレントとしてテレビ、ことNHKなどに出てたので、しかも天下の東大なのだから、かなり信頼置けると人々は思い込んでしまう――自分は東大が嫌いだから学閥観は少々違うにしても、今までの彼の文章を少しは読んで、多少あれ似た様に思っていた。しかし数年後の今思う。あれは勘違いだったのだ。モギケンは信頼置けないどころではなく、殆どマッドサイエンティスト以外何とも言いようがない人物だった。彼がコロナ禍五輪強行を有観客でやろうとした時が最悪だった。自分はものすごく苦労し皇室やら政府やらに意見をあげ事態を治めねばならなかった。宮内庁長官が天皇陛下は心配されている云々と発言したニュースの記憶ある人はまだいるだろう。あれ、可能性だが、自分がそのしばらく前わざわざ皇室にも内閣通じて請願法で意見書をあげたので、それが影響してそうだった。公文書扱いされてる筈なら記録自体も残ってるかもしれない。僕が天皇にチクった。天皇へも国の一大事を知らせたのは、本能で直感的にやった。
 モギケン(茂木健一郎の彼自身による略称)は、政府が反対しても逆切れしまくっていたが、皇室が文句つけたら急に黙った。一週間から半月ぐらいは。でもそれもしばらくだけで、彼はまたすぐコロナ禍五輪強行の旗振り役を再開したんだけど。あのとき自分はアカウントが殺される事を覚悟していた。実際殺された。予想通りだった。東京都民は今も捜査が続くよう利権で結託し、その縛り目は凄まじく堅かった。容易にほどけない事は自明だったから、バカ都民らの自滅特攻は止められないがとかく周りを囲い込み、民衆との衝突だけは防ごうとした。ガースーの「秋田心(大和心の秋田版。恐らく自分が日本史で初めて今いったが)」に訴える言い方で、ガースー・アカウントへ色々情報を伝えた。
 僕曰くお師匠さんへの墓参りいつも感心してみてます^^
(茨城人が彼の師匠なのである。佐竹氏の歴史通じ秋田と僕の地元は縁が深く、心は通じると思った)
という冒頭から、彼に
・無観客
・中止
・延期
いづれかしかない、と端的に民衆側として見える最悪の事態回避法を伝えたのだが、実際に彼は第一の選択肢を取った。それで高齢者中心に大量死は防げた。ガースーの全政治であれが最善の判断だったろう。彼は民衆の命を救ったのだ。都民の貪欲を犠牲に。みんな大好き竹田恒泰さんは、みんな怖がる桜井誠さんと、人種差別的「ヘイター」(憎悪者)認定されてる点ではわが国の公判が一致しているが、当時はいきなり喧嘩しだして噛みつきあっていた。お国の一大事でそんな内輪もめしてる場合じゃないが、右翼は急場でいつも派閥争いしてきて、またかと思った。モギケンは彼ら極右の足の引っ張り合いをよそ目に、その隣で全力で『にっぽんはジャパンうぇーい』動画をティクトクなどに連投していた。完全な謎動画であり、実際滑稽味はあるので、クレイジーな感じでおもしろいと素で褒めたら当人逆切れしたのか、僕の前アカウントへ誹謗のぬれぎぬきせてきやがった。誰が冤罪してきたかはツイッター側に情報開示請求しないかぎりわからないのでカリフォルニア州だかのデータセンターに全ての秘密文書は残っているが、いづれ天下の正義は明らかになるだろう。僕はモギケンの『にっぽんはジャパンうぇーい』動画を褒めたのであり貶したのではない。褒めは侮辱ではない。モギケン周辺民度は絶望的なもので、特に横浜の主婦らしいアラキヒロコという人はいつも大礼賛していた。ほかの取り巻き連中も、タマムシです♪という昔俺に無礼な態度で喧嘩売ってきたやつをのぞき殆どは、モギケンの暴走特攻あおりを大賛美していた。いうまでもなく大量死への狂騒曲でしかなかった。都内マスコミは色々ぼろをだしていた。彼らは金さえ儲かれば、完全な極道者といえる高齢者抹殺ネオナチ論客・成田悠輔を文化英雄化さえする。根っから悪い。だからコロナ禍五輪強行時も、賄賂で都庁や中央政府と裏で繋がっているのも混じっていたろうし、スポンサー企業と共に大量死へ突っ込もうとした。

 タモリなる福岡から出てきた昔のテレビタレント(今の人はしらないだろう)が「新しい戦前」に2023年は成るんでは、と徹子の部屋なる昔ながらのテレビ番組で言ったらしい。そろそろこれらの話も全く通じなくなるだろう。自分含め何を言われたか分かりづらい人の方が多い筈。要は戦争が近いといったのだ。総じて戦争の兆候はある。
 困窮した民衆が不満のはけ口を侵略軍拡に向けかねない。しかもマスコミ・SNS扇動に弱いまま匿名暴徒化している。ひねくれた事を愉快犯でいいソフィスト面している連中が、ひろゆきはじめ、人倫を大いに馬鹿にしている。モギケンみたいな戦争協力発言者すら科学屋にわく。広島勢なはず岸田文雄は、核被害を受けた地元史があるのに、核保有を含む軍拡や、原発再稼働・新設にふみだそうとしている。孔子は言った、改ちて改めざる、これを過ちという。なるほど岸田は錯誤者だ。右から突き上げくらってはふらつき、民衆から非難され軌道修正をくりかえすが、筋など何もない。きのうみたが右翼のアナウンサーみたいなツイッターにいる、かとうともたか? 名前正確じゃないけどそんな名前の人がなんて言ってたかというと
「安倍晋三暗殺後、右翼にリーダーがいなくなった。安倍さんの存在感は大きかった」
 こう考えれば狂った極右・山上徹也は極右自身に大自殺点を与えたのだ。
 モギケンは右傾し続ける世論にへつらうよう転向していった。彼にははなから政治的主張などなかった様なもので、アインシュタイン的ノンポリ(政治的無関心派)に憧れているよう、民衆の命を犠牲にしてのコロナ禍五輪強行も全くでたらめだ。もともと五輪は戦争中止お祭り目的で始まった政治的なものだが。

 自分はトランプがツイッターにいたので、恐らく公器になると予知しこのサイトへ本格的に出入りする様になったが、確かに現場みてたら世界史が動いていた。
 トランプはガーファムの逆上で冤罪BANされ消えた。そのとき相変わらず自称ポンコツ茂木健一郎は全力で反トランプ勢煽っていた。本当に怖かった。

 世界史が動く現場というのは、僕がみた瞬間でいえば、とんでもない野蛮人が大勢で何かしら蛮行する。それに対応しなければならない良識派側は実に苦労しているのだが、なんの考えもなしに暴れ回るだけの蛮族側が苦も無く勝利してしまう。大体こういう事みたいだった。
 そうじゃない事例があったか?
 自分は体感的に世界史の動かし方を会得したので、もう使える様になった。昔のFF6でロックというキャラに「ぬすむ」というコマンドがあり、敵のわざを盗んで自分が使える様なのがあった。それとかなり似ているRPGが世界史らしく、自分は現場でコツをつかんだ。世界史を動かすには勢いに乗るのだ。

 誰でもはじめはそうだろう。自分も裏方からはじめた。今年は裏方仕事に慣れた。それは五輪の裏側で、馬鹿な都民らが主役づらをし金儲け賄賂ゲームをやっているさなか、方々駆け人々が大量死しないよう調整する仕事だった。それはそれは大変で、民生の実態を知る事になったが、もう裏方はやりたくない。いま表舞台で威張っている人々は屑ばかりである。それは心ある民衆が十分しっている通りで、現場でみててもそうなのだ。なぜこうなってしまったかなら旧体制が腐って、制度疲労を起こしているが、今すぐ新組織に移行できるほど勇気も、その気力すら都民全般に残ってないからだ。彼らの時代は終わった。
 古谷経衡はダークホースか? それとも泡沫候補か? 『村上春樹いじり』のドリーはさっき政治ネタの映画監督評みたいので喧嘩売っていた。だが、ドリーは現場政治を知らないのだろう。全ては人間関係ゲームで動いていて理念では動いていない。現場仕事をしてみなければ、表舞台で完結だと思ってしまう。専らの課題は、ツイッター民の空気浄化である。
 今ツイッターを仕切ってる二大ボスは、文化人系では糸井重里さんとモギケンなはずだ。僕は『MOTHER2』現役小学生世代ゆえ、糸井さんを神だと信じる敬虔な心しかなく、モギケンについてはそうではない。よって糸井時代が終わるまでにはモギケン討伐を終えたい。

 モギケン討伐完了後、ツイッター民の空気は、文化人系に関しては大幅に変わるだろう。思えば津田大介さんがエゴサで絡んできたから僕が「あいトリ2019コンセプトは男女同権と男女同数を混同してる?」と、平権行動について常識的疑問を呈したらブロックされてから、東京の文化系は急転直下に右傾化した。だってそりゃそうだろう。僕は自由度でいったら全人類史でも比類がないほどの自由思想家でしかないが、そう信じられないなら僕の小説とか読めばわかるに違いないが、ジョイスより自由なやつとか中々出現しなかったからだが。出現しろ。とかく自分を遠ざけ会田誠を近づけてんだから右傾しないわけがない。藝大でて『ミュータント花子』を池袋ジュンク堂の最上階で売り、18歳画学生の僕をだいぶ失望させ、自慰像まきちらす村上隆と共に僕から藝大の権威を完全剥奪した二大勢力だから、彼らを日本美術界の二大保守というのは全く間違っていない。事実だ。
 エログロナンセンスもオタクアートもうんざりだ。
 なんとかこの腐った日本国を終わらせねばならない。高齢者抹殺論者へ大発情しまくる馬鹿女がネオナチ一味以外なんだというのか? そんなのが繁殖しうるから悪の枢軸扱いだとまだ反省できないんだから、未来永劫同じだろうか。群れればなんでもやる卑怯者連中。
 匿名で群れて、親不孝する悪魔ども。

ダーウィンによる自分の立場の代弁

ツイッターは、SNSは我々がいかに下らない社会に生きているかを教えてくれた.。
 そこにたわけている者どもは救いがないほど邪悪で、俗悪だった。
 学校はその逆ばかり教えていたが、現実はいつも同じだった。
 愚かな人々は簡単に言葉狩りをし、この世を彼らの愚かさに都合よく改竄しようとする。
 自分はツイッターでもグーグルのブログサービスでも、いやインターネット企業が持っているどんな場でも、それどころか日本語を読める人がいる範囲では、少しも本音がいえない。もし本当の事をいうと、この国の人々が簡単に言葉狩りをしてくるのを完全に悟っているからだ。だから、自分にはここは地獄だ。

 自分はツイートしてはすぐ消す。そうしない事には、この国の衆愚がすぐ悪意で文を悪解釈し、何でも最悪の誹謗の具にしてくるのを知っているからだ。
 何度この星で言論弾圧されたか分からない。
 だからこの匿名衆愚の国々が完全に亡びる事を自分は望んでいる。だって、この国々では何もいえないのだ。

 自分は親の教育なのか生まれなのか善意しかなかった。今もそうだ。悪意というものがあまり理解できない。ただ、世間をみていたら悪意ある人が大勢たわむれているのをはじめて知った。
 特に南関東や関西、中部、西日本、仙台などには初期設定が悪意で埋まっている者が無数に群れているのを発見した。
 ろくでもない悪人達が大勢群れ、最悪の社会を作っていた。彼らは「自称普通」で、利己心、自己愛やうぬぼれから彼ら自身を徹底的に正当化していたが、やる事は悉くといえるほど邪悪で、救いがなかった。
 この国に機能していると言える宗教は関西人中心主義的人種差別の邪教・神道くらいで、惨めだった。

 あらためてヒトという生物は実に惨めであり、その悲惨は未来永劫変わらない。彼らはあるとき絶滅して宇宙から消え去るだろうが、それまで実に下らない蛮行を続けているだろう。彼らは全員とはいわないまでも総じて脳のできがよくないので戦争を続けており、他者への害意をおもに生きているので良い世界を作れない。
 ツイッターという媒体は、彼らの日常の脳内を覗ける媒体だった。それをみていると私は大変驚いた。彼らは同じ生物の様に見えていたがまるで違う生物だったからだ。ヒトという生物は、自分とは違って頭が空っぽで、毎日いったりやったりしている事は一つ残らず異様に俗悪で、吐き気がするほど低劣だった。
 自分は地上でたった一人しか同類をみいだせなかった。それは偶然であり、奇跡かもしれない。彼女はヒトという最悪生物から事実上、集団虐殺されかかっていた。だから自分は彼女を、自分の体を張って助けざるをえなかった。その後、彼女とよく話してきたが、彼女は相当に善良な生物になりえる存在だった。地上でたった一個体の同類かもしれない存在――彼女はヒトという最悪生物に手ひどい虐待をくりかえし受け続けてきたので、ほどあれ邪悪なふるまいをしなければヒトらしくありえない、衆愚に同調しなければ生きられない、と恐らくはじめは洗脳されていた。事実そうだ。特にこの日本なる悪魔のしきる国では。いつか、ヒトという最悪生物達から逃れられるだろうか? それが唯一の希望だ。
 このヒト文明は最悪の状態であり、想像のかぎり地獄的で、救いがないのは絶対に確かである。嘘つきどもが日々巣に群れてまがい物をあがめ、色々な不条理を強要してくる。それしかないが、ヒトどもは傲慢に繁殖したがる。ヒト絶滅後の地上を想像する。実に美しい。理想の世界ですらあるだろう。
 何しろ自分がしるかぎりこのヒトなる生命体は、害意しかないのだ。生まれて何度ヒトどもに信じ難い禍を受けてきたかは、閻魔大魔王の裁き、或いは最後の審判で完全に証明されるだろう。確信を持って言える、彼らは最悪だと。彼らは自己正当化のため「人権」を作り出した。これを巧く使いさえすればかれら根っからの邪悪さを緩和できたろう。だが、余りに愚かで、これすらかれらは使いこなせない。
 茂木健一郎なる脳博士は、ホロコースト被害者揶揄権を主張しユダヤ人を挑発していた! 他のネオナチ、滝口や刀エッジらと共に。アメーバピグにいた史上最悪キャラの一人、「天使」と称する悪魔さんは、想像もつかないほどダークテトラドだった。彼女は単なる嫉妬心から自分の恋人へ共謀殺害を持ちかけてきたことすらある。無論ありえないし、彼女ほど邪悪な性格の持ち主にはそうお目にかかれない。その後も安定の極悪生活している。

 あまり進んで勉強してなかった自分の小・中・高校の成績考えると偏差値的に自分は平均より上に大分ずれている。例えば本居宣長の反道徳主義的もののあわれ説を『源氏物語』原文の内容読まず、うのみにする小林秀雄がただの馬鹿にしかみえないので、恐らく彼よりは、生得的IQが高いのかもしれない。それでつらつらふりかえってみたら、なぜ自分がヒトという生物へ「なにこれ?」「なんでこんなのふえてるの?」と別生物を見る様な感触しか生まれてから一度も持てなかったのか、最近遂にわかってきた。恐らく自分の生まれついての遺伝子、殊に脳が、平均よりずっと自力で働く側にずれているのである。

 だからこういえる。自分はヒトという生物と一緒でなくていい、彼らに協調する必要も決してない。何しろ、脳が彼らとはかなり大幅に違うのだ。
 最初に類人猿からぬけだしたヒトも、私と同じく感じていた筈だ。こいつらは同類ではないと。

 ダーウィンは自分の見ている真実を、系統樹で代弁したのだ。

2022年12月30日

天敵

全員俺の前から消えろ
ここに居るのは仲間ではない
お前らの生涯は人にあだなす目的だが
俺はそうではない

Because...

At first I have to start my tale.
Maybe it's very bore.
But I have a chance to talk with you.
Maybe the tale takes few minutes.
Secondly I try to end my tale.
Because it's very interesting.
Because it's strong feeling to touch with you.
Because Because...

同音異義語である正統性・正当性の言いかえ

​正統性 legitimacy、orthodoxy
正当性 rightfulness

合法さ legitimacy
まともさ orthodoxy
正論さ rightfulness

無言の特攻隊

下らない人々に囲まれてしぬなら
初めから生まれない方がよかった
あらゆる場所から悪意がある衆愚が寄ってきて
あなたの言葉を消そうとする
だからあなたは何も話さなくなった
まるで初めから何も知らなかった様に
まるで自分自身すら無であるかの様に
黙らされて万歳を叫び
天皇のため特攻する様に

2022年12月29日

聖なる国の作り方

きのうも書こうとしたが、この国で生きるという事は、何かしら圧迫を受け、いつしぬのか? と追いつめられている様な感じを受ける。
 人によっては実際にそういう雰囲気で接してくる人もいる。アメーバピグにいたミューデなる人と話してると、時々そういう焦りの感じが伝わってくる。当人にも言った。
 その焦り感、焦燥感は、まちがいなくこの国民性の重大な病から生まれているのだろう。この国民はミューデという人に限らず一般に、とにかく他人を他人としてありのまま受け入れる事ができない。大半のやつが他人を上か下か気にしながら接していて、常に上皇未満の差別の構図にあてはめようとしてくる。それで学歴差別というやつが戦後は便利に使われているらしい。但し一般的な俗人の間でにすぎないし、その圧迫感は都心部に近づくほど強大になる。当然だが、この種の身分は官僚制度の便宜の為に作られたもので人事管理を合理化する為の手段だったが、中央政権周辺の人々はその風習で毒されているのだ。

 似た様な位階を、地域単位であてはめ安心しきっている愚物も大勢この国には生きている。そんな差別的偏見が何の役に立つわけでもないが、令制国を作った時も延喜式で同様の構図を設けていた事を顧みると、関西人の相当数が地域差別を常道と思っているのは古代からの悪習なのだろう。東京もそれをまねた。脳のできがその程度なのだから、少なくとも関西や東京圏の国民性は今後とも大幅に変わらないのだろう。自分は首都圏、関東でも北部で生まれたので、都内に暮らしていた事があったとはいえ、そんな都民や関西人の悪習を客観視できた。
「地方」とか「田舎」という語彙が差別的意味なのは日本だけだった。
 愚民を洗脳し、宗教政治で楽をして世襲の独裁体制を築いた天皇一味は、中華思想をもってきて関西地方で皇帝を演じ始めた時、余りに巧く関西人を治められたのでその効果に驚いたろう。いまだに、彼らが皇帝制度に異様な執着心をみせるのは思考停止し絶対的父権を崇める形式が脳の程度にあっているからだ。

 エジプト王やローマ皇帝の末裔達は、既に滅び去った都市を振り返って、一時の栄華が空しいと知っている。奈良で平城京があった地域をみたら自分も同じ様に感じた。大和郡山市の国見山はかつて仁徳天皇がのぼった小山だが誰一人顧みる者はなく、自分が一人でのぼって国見してみたが、唯の雑木林だった。
 京都は潰えつつある。普段から京都市民らと接しているとそうなる必然がある、と悟れる。彼らは自分達が自明に首都だと驕り、かつ信じきっているが、しくみが巧く行っておらず、どうみても関東の諸都市より規模が小さい上に勢いが完全になく、仏教勢力や学生に寄生されている。贅沢に慣れた公家の没落。

 資本主義は圧迫感を与える競争原理で人々を相互に煽って、消費合戦にまきこんでいるので、確かに焦りを生じさせる一つの原因になっているのだろう。グーグルニュースをみているととかく新製品だのの購買を促す広告で埋められ、記事自体も視聴回数をふやす為の記事だし、都内の電車の中みたく煩く汚い。自分には東京は殆ど地獄にしか感じられなかった。その一因に、あの電車内の光景がある。大概満員で苦痛極まり異常な緊張を強いてくるだけでなく、ビカビカとしぬほど汚い色味の下品な広告でそこら中が埋められており、そこで人々が平気で生きてられるのが自分には信じられなかった。審美感が死んでいる。この間、リヒター展をみるためやむを得ず再び都内の方々を通ってみたが、やはり状況は全く変わっていなかった。
 5ちゃんねらーにせよツイッター民にせよ、テレビ民にせよネット民にせよ、日本語圏の人間というのは僕とは全然違う。なぜあんなに汚い都内がいいと思うのか全く不明で感覚が違いすぎる。「地獄みたいだね」と言い合いくらしてるならまだわかる。事実そうだ。だが、日本人というのか東京圏の人々はネットやテレビでみると一般にその逆らしく、現実には苦しそうな顔で死んだ魚の目で満員電車に乗り地下道を歩くのに、なぜか匿名になると自慢ばかりしている。地獄の不都合さを隠して嘘をつく。嘘をつくのがそんなに好きな国民性だと安倍晋三が証明した。118回以上も確実に国会で嘘をついた首相が最長の在位日数だったという事は、この国の本質を示す。擬制、虚構、作り事、嘘で、何もかもぬりかためたいのだ。民衆が何度嘘をつき、軍部統帥権をもつ昭和天皇の戦争責任をごまかしたか分からない。
 善いものを悪く、悪いものをよく言う。自分がみてきたアベコベばかりな日本人達の日常だ。これは日本人論としてはっきり言っておくべきだ。後世の為、必ず参考になる。
 自分は涙が出るほど美しい光景を茨城県で何度もみたが、日本人は東京人マスコミに煽られ、何度も嘘ばかりつき最低だといっていた。だから日本人の間で崇め奉られている者は悪の権化であり、今でいうなら大量の匿名犯罪被害者をうみだして賠償金を数十億円踏み倒し、外国でも4chanなる憎悪をはぐくむ地獄の中の地獄みたいなサイトを金儲け目的に運営するひろゆき一味である。
 一つ言えるのはこうだから悪の枢軸扱いされたのである。

 自分は日本国を、政府だけでなく民衆すら何も信じてない。彼らの普段の行いが悪すぎるのだから。自分は家系図みると先祖が江戸時代以前からいる地元人なのが確かだけど、何もかも他人の国が日本だと思っているし、現にそうだ。そこでは長州閥みたいな赤色テロ侵略犯がわが物顔してて、とても居心地悪い。ツイッターなどで絡んでくる人々も全員別の生物といえるくらい意味不明にしかみえず、何か同じ人の心を持ち合わせているとは感じられない。以前からそうだった。今ではもうそんな状態に慣れた。この国が滅び去っても「当然だよな」と感じ、寧ろ歓喜するだろう。そこは匿名犯罪集団が初期設定だったから。
 焦燥感を与えてくる民衆の間にいて一秒でも安らげた試しがない。天皇一味は関西から鳴り物入りで出てきたが口だけ形だけの極道者だった。徳川慶喜は水戸で善良に育ちすぎたのだ。彼が信じていた母方の実家は、関西で腐りきった外道のやくざで戦乱ばかりもたらし、遂には潰れていくだろう。自業自得で。
 この国は他人から搾取する目的で動いている様なもので、他人を傷つけ、陥れ、冤罪裁判を集団で事情通でおこなって、陰険なイジメを意地悪にするのが目的の様なものだ。だって普段からツイッターだろうが2ちゃんだろうがそんな事しかしてこなかったし、今では子供の学校すらそんな地獄じみているのだ。徳川家がみずからの江戸城を関西の豪族あがり天皇一味に譲ってからというもの、凄まじい戦乱続きで最悪だった。戦後やっと平和になったのは天皇一味が法に従う姿勢だったからだが、明仁がルール違反をしだし、立法権を行使。これでまたガタガタになりだし、もう政府は軍国化するつもりでいる。終わった。民衆は次の身分差別の為の手段を探す。順位づけを無理やりして、他人が自分より上か下か確定できないと不安で仕方がないのだろう。
 人を人としてただそのまま受け入れ、尊重する、人として当たり前の事が少しもできない。関西で天皇専制政治に慣れたモブが東京に出てきても相変わらずだ。実に醜い。だから、国が崩壊している事を何かしら悲しんでいる様にみえる人々の気持ちも、よくわからない。彼らは、もともと成績が悪い様な人々で、学級も荒らしていたのではないか? そんな連中は確かにいた。彼らがなぜ授業を荒らすのか自分には理解不能だったが、大人になっても彼らは日頃そうしているのだ。安倍晋三一味は、小泉親子一味が新自由主義政策で荒らしだした国を、更なる倫理崩壊に追い込んだ。それはそれは現場でみていたが酷かった。不良の頭というのは生涯変わらないものらしく、そもそも憲法を読んでいるのか怪しい理解力で、不良グループを作って彼ら薩長閥の末裔は国会を荒らし回っていた。国を亡ぼしたのがまた薩長閥の系統だったのはなかなか興味深い。王政復古クーデターをはかって徳川家を朝敵冤罪に追い詰めた彼らは、政権奪還のため会津の民衆まで犠牲にする悪意に満ちた天皇家と共に、国内外を荒らし回ってきた。フィリピンの慰安婦像まで自民党ぐるみで表現弾圧したのは記憶に新しい。不良は悪事の為なら悪知恵が働くものだ。悪意ある謀略なら幾らでも思いつくのだろう。それで善人を追放し、悪い国を作る。そこは彼らには適所らしく、大喜びで、自分たち元勲の銅像を建てるのだ。自分達をお札の顔にして鼻高々、やる事といえば百人斬り競争の自慢などである。実に悪辣で始末に負えない。広島からでてきた岸田文雄は、幕末西軍で侵略犯罪を正当化した自治体から東日本へ出張にきているのであるが、福島原発の後始末もそこそこに汚染水を現地におしつけながら、東日本をまきこんで原発の再稼働や新設、老朽原発の無限運転を主導している。悪魔と言っても、薩長勢に比べ分かり易い悪魔である。所詮そんなのなのだ。西日本の民度は。過去もそうだったし、今後もそうだろう。彼らは通例東日本側に迷惑をまきちらし、それを自慢に帰る。征東大将軍とか抜かしていた時代から変わりないし、場合によっては差別的言動を残したりもする。復興担当相・松本龍を憶えているか? とかく彼らには公徳がない。

 だからこういえるだろう。我々は暴力を振るう者、差別してくる者を少しも信じてはいけない。西日本から出てきた彼ら侵略犯がいつもやる事といえばそれらだった。横暴を働けば弱い者は従うと信じているからそんな蛮行をする。
 モギケンが反道徳で暴れ回るのは、根底に有る価値観が九州式だからである。
 徳の高い民衆を、暴力団は仕切れない。徹底抗戦で追放される。北九州や神戸では何とかなったかもしれない。だが茨城では自分がいて無理だ。
 天皇一味は、東アジアなら何とか抑えつけられたかもしれない。だが欧米や中国相手は無理だった。
 米軍はベトナムを、英国はインドを抑えつけられなかった。
 モギケンだの安倍晋三だの岸田文雄だの天皇一味だの、幕末西軍に与した地域から出てきた西日本勢一般は、勝てば官軍と信じている。米軍が潰してきたから、負けて後悔しているのだと。道徳的反省など無用だと。
 彼らは大切な事を見逃している。彼らは野蛮人だ。飽くまで戦うのは正義であり力ではない。どれほど強大な力だろうが、それが日本人民衆全体だろうが、或いは全人類だろうが、もしくは宇宙人全体だろうが、ひとたび正義が認識されれば、千万人と雖も吾往かんと孟子が言うよう、私は勇猛果敢に戦うだろう。
 力で負けてしまえば大人しくしているのは唯の野蛮人にすぎず、文明の目的を知らない。圧迫感や焦燥感を与えてくるのがもし不正義の力だとして、それを完全にはねのけ、儒学風にいえば「浩然の気」、天地俯仰にじぬ清々しい気持ちを取り戻すのが、今我々に与えられている課題だろう。すなわち正義をとりもどさねばならない。公然と、政治の場で。あるいは日常生活のひとコマひとコマで。侍は去った。彼らは民族の栄光だったが、今となっては国民の命を犠牲に五輪サッカーをやりたがる偽物が跋扈し偽装するばかりである。勿論、戦犯吉田麻也の事だ――幾らワールドカップで凡ミスろうが、それ以前に彼は、彼のせいで負けている。なぜなら、サッカーという競戯は人殺し目的ではないからだ。
 不正を一つ残らず追放した国は、厳格主義の元で生きづらいというだろう。なんでも放任主義で、適当でいいのだと。本当にそうだろうか? もしそうなら今が理想郷の筈だ。安倍晋三だろうが上皇明仁だろうがひろゆきだろうが無法者で有名であり、挙句の果てに成田悠輔なんか高齢者抹殺論まで唱えている。それとも中道があるのだろうか? もしそうなら、厳格すぎも放任すぎもしない、寛大主義が理想状態なのかもしれないが、その国は俗人を容れる余地はあっても、聖なる国ではない。
 厳格主義が貫かれた国にあっては、全徳目が尊重される。私はそういう聖なる国に行きたい。そこで神の如く生きるのだ。
 私の理想は、小さな国にあっては必ずや実現可能だと思う。ブータンなる小さな国がめざしている境地も恐らく類似だろう。日本の単位では無理かもしれない。すぐ嫌味いう京都人一般、すぐ下品な淫行する東京人一般、すぐおもろないと愚行あおる大阪人一般が聖なる国でなんて生きられるとは思えないからだ。しかし自分が完全に息をつけ、誰に会っても必ず安心してつきあえ、どこに行っても必ず温かく出迎えられ、親も子も互いを最大に思いやりあい、街中で大人も子供もみごとな善行を当たり前にしており、尊敬するしかない善政が日々進行していき次々世界がよくなっている実感を持てるのは、聖なる国でだろう。
 俗でなければ栄えないのだ、と人はいうかもしれない。水清ければ魚棲まず、米中印みたく雑な方が武器を買うカネがたまり、結局は侵略に成功するのだと。あらゆる正義が貫かれてようが爆弾一つにすら勝てないのではないかと。
 自分はそうは思わない。聖なる民衆は優れた聖人にしか指導できないからだ。まず自分が最高徳に一致して生きるべきだ。修身・斉家・治国・平天下と儒者が述べていた様、自分一人すら立派におさめられなければ天下を取ってもろくな世にならない。
 そして大勢の民衆も最高徳と一致して生きる様になれば、そこは必ず聖人にしか支配できなくなるだろう。聖なる国の素は自分にある。

他人の国

日本という国は自分の外にある
この国はまるで全てが他人事だ

自由の枷

もし自分が自由になれたら
二度とこんな星に帰る事はないだろう
宇宙は広くすばらしい世界が幾らでもある
問題は地球がみじめで小さく
挙句には生きているヒトが邪悪な事だ

自由になるため必要なものが
そのヒトから奪うカネだとは

自由になれないヒトの限界が
最善の聖者でなければならない事だとは

偽物の森

偽物の森
2022年
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杜子春の嘘

もし自分がしぬかわりに
認知症で死んでしまう母親を救えるなら
その様な選択肢をすぐさまとるだろう
だがその様な選択肢は存在しない

批評家としての茂木健一郎

モギケン(茂木健一郎)のツイッター返信欄にいる人々の歯の浮くようなお世辞の山。冷や汗が出てくる。そのヒトは、コロナ禍賄賂五輪を有観客強行したがり大量殺戮の過失致死罪を何とも反省しないほど邪悪な人間なのだが。そして自分が必死で裏方として走って、政府や皇室に口利きし彼の蛮行を止めていたが、彼らは何も感じない。凄まじく強い恐怖で言葉を失う。

 かつてあらゆる衆愚は元々亡ぶべくして亡びたのだろう。その集団に巻き込まれている事に、途轍もなく恐怖しないわけがない。
 モギケンの返信・引用リツイート欄を地獄と思わない人は、この世に生まれ、一体何を学んできたのだろう。人として尊ぶべきものは何も。
 野蛮人というものがいる。そして野蛮人が集まると、ますます悪事を拡大する。
 東京にはそういう蛮族がたかっていて、日々悪業を拡散している。福島は、悪漢とつきあっていて酷い目にあった。即座に縁を切らねばならないのだ、極悪人たちとは。端から東京と付き合っていなかったら、今も平和だった県。自分は、この世が地獄だとは教わらなかった。学校では、その逆の嘘ばかり教えていた。まるで日本人達が善良な意図をもって理想国を作ろうとしているかの様に。事実はまるで正反対だ。
 みよ。モギケンの返信欄にたかる人々は、ホロコーストの被害者を悪意で揶揄する人権侵害者を崇める。地獄の光景だ。
 茂木にも寿命がくる。だからこの地獄に耐え抜くのが精一杯だと自分は我慢していた。その時間はまるで未来永劫続くかの様に長く、苦痛は体を切り裂き切って最早のこされた魂だけが引き裂かれ続けていた。
 この地獄を支配する闇側を何とか退けなければ、次の邪悪に支配され、何も変えられないと知らずに。

 自分は正真正銘のアーティスト、そのものなので、実際そこには純粋無垢で混じりけのない創作意欲――表現の為の欲求と過去の全美術史を乗り越える勇気以外なにもないからだが、芸術家以外で生きえないその人からみると、小林秀雄の様なインチキ好事家がどれほど間抜けに見えるか、モギケンは知らないのだ。浅田彰を尊敬できた試しがないのは、彼は創作する側に立って物事を見る事ができないからだ。批評専門家は何もわかっていない。これが本当の事だ。
 彼らは他人の創作物にたかって分かったつもりになって噂話で金を儲け、それなりの地位をえている場合もあるが、単に娯楽を楽しんでいる消費者騙しだ。現実に何かを作ってみろ。絵なんて紙一枚あればそこに描ける。音楽ならのどが動けば歌えるし、詩ならツイッターに書けばいい。尤もツイッターならすぐ消されるだろうが。人の魂の奥底にこもっているうめきを書いたら、常識に凝り固まる自称普通の人々は驚いて即座に冤罪BANをしかけてくるに違いない。むかし、ツイッターで絡んできたやつがいた。いつもそこで絡んでくるやつにろくなのはいない。名前は何と言ったか。
 長野の者らしいその男はこう言った。
「芸術家さんですか」
彼が言いたい事は、芸術家という職業人は変わり者だから、変な事を言うのだろう? という差別的偏見での蔑視らしかった。だが、自分はいわゆる変わり者の分類ではない。寧ろ超常識人の側だ。自分には世間で自称普通と称しているIQ100前後の凡人が全員変わり者に見える。イジメを学校でやり、群れて無法者安倍晋三を支持、天皇陛下万歳といって神道と称する人種差別教を信じる――こんな分類の人々は、世界からみて風変わりだ。あの長野の男は、調べてみるとワナビーというやつだった。芸術家になりたがっている(wanna be、want to be)のだがなりきれない人々を指す俗語だが、彼はその宙ぶらりん状態に不安を感じていたのだろう。だから「本物の」芸術家で、それ以外では生きえないだろう自分をみて、無意識にねたんだのである。芸術家は成るものではない。単にその様に生まれつく者だ。自分はその者だから単に事実を語っている。自分は絵がなかったら恐らくもうしんでいるわけで、最後の手段として邪悪な世界に復讐すべく絵という武器を使って、世間からの迫害に抵抗してきているだけだ。芸術が要らない者は唯の凡人なのだ。芸術の領域にはかなりの自由度がある。それは先人らが徐々に獲得してきた領域だが、この範囲では世間では抑圧される何事かを語る事ができる。だから芸術家の言葉は批評家の言葉とは違う。その人は、自分の自由を使って、世間で許されない何かを語るだろう。それは同時に独創的で、彼らがいなければ無い。生まれつきほかの人々と大きく異なる特徴を明らかに持って生まれてきた人々は、その特別さを世間と適合させる事が必ずしも巧くできない。だから芸術という自由度の高い領域に魅せられ、そこで何事かを語る。
 天才という言葉は、この意味で、芸術家自身に最もふさわしい。その人は生まれつき違うのだ。何か詩を語らせてみるといい。天才ならば、その人は他人には想像もつかない何かを語りだすだろう。そしてそれは同時に世間の人々には判断のつかない事だろう。まるで天から降り注いでいた神秘の真砂を捕まえるかのよう、天才は滔々と語り続ける。それらすべての言葉は、既存のルールのまねごとではない。人々に理解でき、共感され、イイネされ、受賞する様な言葉は、どれもこれも真の芸術ではありえない。なぜなら同時代の遺伝子は一定のばらつきのもとに繁殖しているからで、大きく外れ値になっている人が語った言葉は、意味不明で、共感できず、ダメだしされ、同時代からつまはじきにされる筈だからだ。ずっとあとから振り返れば、同時代ではダメ人間だと思われていた芸術家の作品こそが、その時代をこえ遥かに進歩的な前衛だった、と気づかれる。失敗者と信じられていた人は、単に同時代の凡愚の群れからずっと遠くを走っていたので、同じ競争だとは見えなかったのだ。
 批評家は凡人を騙す楽な商売だ。

 遺伝子からして大きく外れ値にある様な人の生きていた世界は、凡庸な遺伝子の人々にとってまるで「異世界」の様だ。
 透明な壁で隔てられたその異世界は、はじめ存在自体が気づかれない。何か別の星の言葉で語っている様に。
 だが隣の水槽には無数の豊かさが眠っている。その別世界を生きた人がいた。批評家達は、芸術家達がしんでから、世間の評価が確定して、後追いでほめちぎる。さも初めから自分達はその異世界に気づいていたかの様に。嘘つきどもは気づかれないのをいい事に、教養人ぶる。部外者、スノッブとは批評で飯を食う連中にふさわしい言葉である。
 何も作れない人々は芸術を知らない。

2022年12月28日

愚かな国の暴力至上主義

ツイッターは我々に次の事を教えてくれる。
・人間は救えないほど愚かしい。
・邪悪な人間は己の愚かさを反省できない。
・人を匿名条件下に置いてしまうと、宗教心のない者はすぐさま悪用する。
・言葉に練達しない者は、当人にとっての分かり易さを賢さと混同して生きている(言葉に騙されている)

 ツイッターの中の人は一体何を恐れているのだろう? あれほど簡単に人の言葉を弾圧し、消して、人の魂まで焼いているとは。
 人の魂を焼く者は人間の生そのものを消しているのである。
 ツイ民一般は、自分達の常識を正義と混同している。それは彼らが愚かだからだ。愚かさは他人に変えられない。
 虚勢に耽る者、現世利益に耽る者、世俗の地位を得て威張り散らす者。私がみたツイッター上の人間達は一人残らずこんな連中の手先に甘んじ、それがさも人としてなすべきことかのようだった。
 大人が地獄をつくりたがるならそれは世界で最もツイッターに似ているだろう。2ちゃんねる以下の世界がある。ここでは、何も言えない。何かをいうと愚者が寄ってきてそれを通報して消してしまう。だから、誰もかも真実を言う事ができない。いえるのは衆愚の気に入る過ちか、さもなければあしき強者へのお世辞か、どちらかだ。
 真実の言葉がない国では、退廃が進む。誰もが絶望していて少しも幸せになれない。わが国が救われるなら、そのときそこにはツイッターという今のサイトはないだろう。無論2ちゃんねるだの5ちゃんねるだの、散々この国を壊乱してきた匿名犯罪サイトも消えている。
 いつまでも悪が栄え続けるものだろうか? もしそうならそこに良心をもつ存在は生きていない。生に絶望する為の場だ。恐らくツイッターを作ったジャック・ドーシーらは、手軽な金儲けのため軽いノリで言論の場を作ったのだろう。結果、本来焼くべきではないものを大量に焼いてきた。それは人の魂だ。
 既に死の海には大量の人の魂が浮かんでいるが、全て浮かばれない。魂の大量死はツイッターの中の人の深い罪しか何も示さない。

 この国に深刻な絶望が広まっている。子供の自殺率は少しも変わらないまま、もっとひどくなっている。だが、自分には理の当然にも思える、ツイッターはモブ達の日常生活を垣間見れる地獄の覗き窓になっているが、彼らが毎日やっている事といえば他人を傷つける為の人道犯罪の山か、顕示消費の自慢かだ。

 日頃の行いがこれほど悪い衆愚国なのだから、そんな場が長持ちする筈もない。日々絶望が広まり遂には崩壊が起きる。
 政府は軍国化をしたがっているがその為の金は庶民にはない。人頭税をとっても足りないので遂には命を差し出させられるだろう。以前から東大閥三浦瑠麗により設計されていた皆兵令だ。加速主義を唱えていた宮台真司が襲われた。暴漢が何を考えていたかまだ定かではないが、暴力の矛先から反知性主義の右翼なのは想像に難くない。宮台を急進左派かの様に思ったのだろう。現実には政治的に、ただの対米独立論者なのだろうが。
 不勉強なままの、極右に歯止めが効かなくなっているのだ。
 知識階級の自堕落と倫理崩壊はもう致命的なものだ。大体、宮台自体が「エログロナンセンス」時代の残党一員にすぎず、援助交際を肯定してきた人物である。少なくとも性に関する倫理観のない人にその点で、若者が何を説教されるべきだというのだろう? 修身から始めよと孔子に説教されて恥をかくだけだ。茂木健一郎一味の倫理は完全に狂ってしまい、彼が非難してきた成田悠輔とその点で変わりない。否最初から狂っていたのを何とかごまかして世渡りしてきたにすぎないのだろう。茂木は成田より狡猾に世間を生き抜いた。だがメッキが剥がれてきたら東大閥の肩書で賄賂五輪を強行する既得権の太鼓持ちだった。

 自分が生きている時代は、他の時代と実は本質で変わりないのかもしれない。現にその時代に生きていると余りの闇側の圧迫で息がつまりそうになるが、どの時代でも衆愚に囲まれた者にとってそう感じられていた筈だ。但し、信じられない程の受難なので、他の時代の人々はもっと楽だった筈と空想してしまう。
 昔の『クオリア日記』を読んでいると、茂木は自分の最初の本に割と正直なアマゾン書評を急ぎ削除に躍起になっている現場が生々しく記録されている。彼にとっては自分が褒められて当然と感じているのだ。その様な自己愛は東浩紀が浅田彰から指摘されていたものと符合する。知識人として危険な兆候だ。我々は自分の考えにも最大限懐疑的たるべきだ。何しろ、正しいと言える考えに容易に辿り着けるなら、真理で世の中は埋まっている。全く不正義や悪徳で埋まっているこの国など、永遠に生まれた筈もない。
 小林秀雄は茂木の模範なのだろう。だが小林は戦争協力者だ。しかもその罪業に反省もなかった。茂木は自分の世俗的地位に甚だ関心があるに違いない。意識的には逆の事を言っている動画や音声があるが、現実の動きを近くで観察しているとその逆ではないかと疑わしくなってくる――アマゾンのレビューを作家が消して回る事など許されるのだろうか? 村上春樹はドリーに文句をつけたか? 無駄な事だ。我々は言葉が我々に紐づけられているうちは何らかの意図を込めて言った事にされる。テクスト論以後、作家は手元を離れた言葉を必ずしも自分に紐づけておけない。だったら茂木がやった事は、単なる言論弾圧ではないのか。自分が自作を批評すれば十分の筈だ。感想は自由に持てる。上の世代の人間がやってきた事は、実にろくでもない面も沢山ある。それが事実だろう。祖先崇拝を常識かのよういう田母神俊雄は、それが信仰だと知らない。神道から全面的に洗脳されていない人には、原罪を信じている者すらいる。
 前世代の罪を拭えなければ我々も同じ罪に手を染めさせられるだろう。

 自分には人間という生命体は、誰もかれもろくな生物とは思えなかった。少しはましな人といっても一人だけで、その人としか特に会話していないが、彼女も自分と同じ様に感じている。そしてそれは真実なのだ。
 邪悪な生物であるヒトという哺乳類は、まちがいなく亡び去っていく筈だ。他の類人猿の様に。山上徹也が安倍晋三を暗殺後、世の中は少しはましになったかもしれない。いい兆候といえるのは、地獄を現出させていたツイッターの中の人が金の誘惑に負け、英雄イーロンに「言論弾圧の牙城」を明け渡した事だ。実に痛快で、事態は闇側に支配された状態から少しは動き出したのか。光明はまだ僅かだが。この人間界という地獄に終わりが来た時、自分は歓喜する事だろう。何しろ、そのヒトと称する生命体がどれほど悪事をしてきたか、どれほど自分に純粋な悪意からありとあらゆる害悪をなしてきたのかを自分は何もかもよくおぼえているからだ。ヒトは絶対に救われないだろう。あまりに悪事の総量が多すぎる。目立って繁殖しているのは俗物ばかりであり、少なからぬ悪事をして儲けた金で都会に集まり、全国の農村を差別・侮辱・搾取して暮らしている。奈良地方で飛鳥時代にはじまった中華皇帝ごっこらしい。
 これほどむなしい島嶼に偶然生まれてみると、愚かな者は絶対救われないのだと深く確信を持てる。言論弾圧の為にはどんな手だてでもとるガーファムは、少しも中国政府を非難できない。彼らの恣意的判定でどれほど我々が迷惑を受けてきた事か! 人の信頼を裏切る事は、度重なっていくほどその会社を支える国の文化背景への憎悪や、遂には怨嗟に転嫁しかねない。自由の国など大ウソだ。金儲けの国。米国の暴力に従って、日本をダメにしている連中は、単に力にはひれ伏すだけの卑怯者である。そんな事は分かりきっているが、彼らに正義など知覚できないのは明らかだから、この国の軍隊は根源的に信用ならない。自衛隊を信じている衆愚は確実に裏切られる。彼らは暴力しか信じていないのだ。

ボビーの真理

今日からツイッターでの表現をもう一度試してみる。それも、天下のイーロン・マスク氏がこのSNS界きってのダメ企業、いや「言論弾圧だらけの悪魔の会社」を買収し、事態が改善したかを確かめてみるべきだからだ。
 もし彼が有能なら、今度は自分のアカウントがころされることもないだろう。恐らく。
 言いたいことは山ほどある。いな、単に言いたいとかよりむしろ言わねばならず、確実に後世に残さねばならない。それは人道についての事だからだ。しかも、表現をする事は自分の使命でもあり、仕事だ。自分は芸術家であり、自分の思想や思い、感覚や内面を表現できなければもう死んだのと一緒だからだ。

 今のツイッターは……およそ以前と変わらない。事態はますます悪くなっている。特に日本では。
 自分はもっとはじめにデザインが今とは全然違った頃からツイッターをみていた。それで「つぶやき」と自分がツイートを意訳してブログに書いていたらそれが自然に広まった。だって最初は本当に呟きだった。あとから考えると、直訳で「さえずり」にしとけばよかったようにも思うがもう今となっては手遅れだ。とかくこの「つぶやき」の集合体だったものは、今では企業だの影響者(インフルエンサー)と称する俗悪な人々の集まりになって、質がますます低下した。最初からただの「つぶやき」の場だったのだけど。

 当時、自分は普通に呟きのつもりで色々ツイッターに書いていた。周りもそうしていた。そしたら、突然アカウントが消された。これには相当驚いた。けど、今となっては当たり前の事でもあった――まさかツイッターの中の人があんなに邪だとは知らなかったのだ。この会社は以前から、中の人が変わらなかった。自分は短文が比較的好きだ。あらゆる文芸形式でも箴言の様に短い作文が一番好きなくらいである。詩でもゲーテみたいのより俳句のがいい。だからツイッターには向いてそうに思っていた、勿論初めは。勿論、それは勘違いだった。中の人の狂い方が凄まじくここには何の表現の自由もないのだと知らなかった。
 日本、殊に東京のテレビ局は以前から土台狂っていて、言葉狩りという悪習を行う。言葉狩りとは文脈を無視し、単に字面に恣意的解釈を加え単語単位で世界から消そうとする暴力をいう。その暴力は、文芸にとっては邪魔でこそあれなんの得もない。何しろ言葉は置かれる文脈で意味が全く変わるものだからだ。再三いう様に、ツイッターは短文メディアの癖、そんな文脈の理解が何もできない中の人だった。だから単語単位で何でも冤罪BANしてくる。BANとは古英語からきていて破門、禁止などの意味。ネットの社会ではアカウントを削除したりして、言論の自由を奪う事を指す。ツイッターはこれが心底大好きだった。冒頭に書いた通り事態はますます悪くなっている。イーロン氏にどれほどの徳があるかも分からず、彼一人に全てを変えられるだろうと信じている人はまだいない。逆に、天下のニューヨークタイムスすらとりあげるよう、東京赤羽のうみだししネット界きっての魔物、大魔王ひろゆきの切り抜きがはやっている。

 だから自分は半信半疑でこれを書いている。またいつなんどきツイッターの中の人が、言葉狩り暴徒にそそのかされ、我々の言論自由を弾圧するか分かったものではないからだ。正直にいえば自分はツイッターが或る種の地獄だと確信しているが、今日は敢えてそこを再び訪れ戦うつもりになったのだ。ある訳で。

 元々ツイッターは短文向けになっており、しかも、ツイッター民一般はこれも散々分析したのだが異常なまでに短さを賢さと誤認する。さらに正確にいうと、彼らは単に言語IQが低い集団らしいといってもいいのだが、そういう民度が当たり前みたくクラスが作られてて、高言語IQのはみ出し者から迫害される。自分は本を読むのが日常、という次元をこえて、もはや自分より読書家が人類史にいない可能性が少しはあるくらい、本読んでた記憶しかない。少なくとも高校からはそうである。毎日限界量までの本、精確にいうと文を読んでるので、文章が好物であり、しかも長くて難解でも平気でいるという典型的文学者だ。よって日本語ツイッター民は天敵みたいなものと感じるくらい全くウマがあわない。彼らは、僕が実は短文の方が好みなんだけど、と感じているのに、なぜかそこにきて「短くしろ!」「バカが!」と散々脅迫し、言論弾圧し、威力業務妨害し、殺害予告までしてくるのだ。文学者が何書こうが文人の自由なのに。ツイッターの140文字って超短文では? とか言っても何も通じない。だって小学生で渡される作文用紙400字づめを何枚も埋める筈だ。それが全然できないのがツイ民の中央値なので、それ以上の能力を期待できないのは十分わかっている。自分は海千山千、このサイトを何十年もみてきてもう相当慣れた。単にツイ民だけではない、中の人がそうなのだ。だから彼らは『1984』真理省級の言論弾圧を平気でやってきていた。自分は最悪だなこのサイトと何度思ったか分からない。その最悪だな数をかぞえあげたらとっくに宇宙全体が埋まって今ごろ最悪だな以外の何もなくなっているだろう。偶然残ったこの宇宙だ。

 これだ。ツイッターは。何かしら書いている時、無言の圧力を感じる。それは
「とにかく手短にまとめろ」
「きりあげろ」
「イケハヤ(最近いない)みたいに、箇条書きでコツをまとめ、忙しい商売人にウケをとれ」
こういう最悪、うん確かに自分にとっては最悪でしかない圧力が無言でかかる、だから嫌い。
 自分は思いが殆ど無限にあるから詩を書いてといわれたらその場で無限に書ける。単に、ブログの管理が一日一投稿だけにしといても膨大になっちゃうので、書くスペースがないだけである。既に何万記事にもなってあまり管理不可能になってしまっている。
 その意味で自分は一般ツイ民とは脳自体が違うのだ。散々きりすてて、思い全部のうちほんの小さなナノミクロンより小さい素粒子以下の物質単位みたいなのを異常な精度でぎりぎり大変なのにとりだし、これでしょ? とかいうと「長い!」「短くできないから馬鹿」などといってくる。最小化してそれだ。ツイ民って。だからうんざりしかしないのは当然だが、自分は色々悟った、人は脳が生まれつき違うので分かりあえるとか思わない方がいい。自分にはツイ民一般は違う人間で、同じ存在と思わない事にしてもう随分たつ。実際、言論を弾圧することなくその文を楽しんで読んだらいいだろうにと思うが、彼らは読書が苦痛で、永久にそんな風には思わないらしいのだ。

 糸井重里さんの文章を読んでいた。岩田社長(有名なので省く)と組んで作った『MOTHER2』が神作なのは無論だが、読んでいて色々な感慨がわいた。糸井さんは言葉の職人として、岩田さんは天才プログラマーとして、偶然コラボがなりたって、小4の僕の前にあれが現れたのだと。同級生の野口君の手から。ツイッターでは茂木健一郎が糸井さんにつぐ文化人系フォロワー数だった。茂木脳博士の倫理崩壊をみていたツイ民は、前アカウントを彼周囲のネトナチ一味に冤罪バンされほぼロム専状態だった自分も含め、唖然としていた。
 このまま放っておいても世の中は少しもよくなりはしない。子供は勘違いする。糸井さんはかつてのサブカル文化人ポジションのまま、一部(プライムっていいづらい)上場企業の社長として君臨する様になった。現役小学生でギーグじゃなくなぜかポーキーを倒した自分には、彼が神なことを余り疑えない為それはかなり良い体制だが、次点のモギケンは本当にひどい。世を壊乱している。

 世界は変えられねばならない。それも、よりよい方へ。
 イーロン氏は金の力で世を救いたいのだろう。
 自分にも金があればそうしている。
 だが、自分が専攻してきたのは美術、絵で、その派生分野みたいに周辺をほどあれ知っているに過ぎない。武器はある。だがそれを使わねば、世界は変えられない。
 モギケンのツイッター討伐が完成したら、そのとき、世の中は根本から変わるだろう。彼は倫理崩壊した脳科学者で、コロナ禍賄賂五輪の有観客強行、ホロコースト被害者揶揄ギャグ全力弁護(僕が人道の観点からそれはないでしょと注意したら冤罪バンされた)、ノーマスクテロ、ひろゆき沖縄ヘイト擁護、数え上げればきりがない悪行の山々がある。それらの山々は、後世に悪疫をもたらし続ける。現に、今度は福島原発事故に無反省であいかわらず東電筆頭株主・東京都民の分際で再稼働強要や、科学の乱用で汚染水押しつけなどにも手を出している。福島側にくらすこちらから見れば悪魔以外何物でもない。数万年も影響が残る炭素14や、影響が微弱になるまで最低60年かかるトリチウムがアルプスでもとりのぞけない水を、いつもの逃げ口上で「処理水」といいかえる東京人特有の幼稚な手口。飽き飽きなのは無論、東京都の科学水準の低さは深刻に未開というべきレベルである。現に、班目春樹は東大博士として福一は爆発しないと嘘ついた。東京都に何も期待できない、どころか原発を東日本中にまきちらし爆発させ逃げるかぎり積極的に解体しなければならないのは公害の一被害者側として全く真理だが、今はその話ではない。そっちのが深刻だが。
 ツイ民一般に場を譲る限り全ては悪くなるのである。今をみよ。国の調子が悪くなってきている。

 だから自分は覚悟を決めた。

 維新志士の様に、というか維新志士として、自分は生きる。ただ、自分は文人なので文で。特に絵が一応得意なんだから、何かしら絵の分野とかでやれないかなーとみているが、普通に。絵で。国の革命に力を貸すのが自分の使命ではないか? 政治家やれるならやるかもだけど。

 それ覚悟なの? ほにゃふにゃだけど、という風に。弱そうな体で。わざと書いてみたが、それは修辞術。レトリック。文人だから怖くなさそうに書いたのだ。

 実際の覚悟としては、別にしんでもなんでもよい。どうせ放っておいても世の中よくなりはしない。この調子なら国が亡ぶだろう。だから天下を取る。

 糸井氏の志は高い、偶然だけど。最初はドラクエをやってて嫉妬したらしい。それで頑張って作ったが『MOTHER2』で頂点を極め3はみんな待ってたのに頓挫、まじでまってたが為に64までもっていた僕がいうのだから間違いない。で、アドバンスでお仕着せの別バージョンだしたがこれじゃない感が凄かったがとにかくゲームクリエイターとしては堀井雄二を超えたのではなかったか。今から振り返ると、ドラクエシリーズは11Sまで全部やって7だけスマホ版ですら途中で退屈して最後までやれないでいるが、総合点だったら、実は糸井さんのが神だったと認識していい。小学生からゲームやってきていうのだから確かだ。10オフラインだけやってないっちゃやってないが、まだ出てすぐだし10オンラインはなんか違う感が凄くてすぐ出てしまった。とろいんだもん、歩きが。なにあれ。
 まぁいい。
 糸井さんがやった事は誰かが継がねばならない。偉業を。宮崎駿の後が新海誠では話にならないのだ。それと一緒。黙れば終了だ。自分は表現力がある。このように、さっき書くかなーと思ってからここまで書いた。表現力でいったらちょっと誰か勝てる人いるのか分からない。だが、ツイ民は自分の天敵であり、とにかく芸術表現を弾圧する。芸術家の表現の自由を弾圧する。すきこのんで弾圧する。それは彼らが根っから敵キャラだからだ。それなら、自分はしぬまでその敵たちと戦い続けねばならない。

 大昔、といっても5年前くらいにイギリスの友人にいわれた。友人なのかあれ。知り合いよりは知ってるけどね。「戦え!」と。日本は衆愚なんだと僕が相談したら。「モブと戦って、世界を変えろ」
 彼ボビーが言った事は真理だったろう。

関西弁とトラウマ

僕は何かに追われている様な感じがする。一体それがなんなのか分からないのだが。しかし、それは確かに我々を追いつめ、しかも陥れる力だ。
 はじめ資本主義が原因かと思った。さも金儲けに陥れられているのかと。実際そういう力も関係あるかもしれない。だが、それだけではない。この力は、もっとろくでもないものだ。

 自分は綿矢りさという人がとても苦手だ。インターネットを開いていると最近たまに現れ、当該人物はなにかの宣伝をしているらしい。出てくると自分は吐き気がしてくるのですぐそのメディアを切る様にする。さっきもツイッター上に出てきたのですぐミュートして切った。それも理由がある。実際、自分は当該人物をみるとトラウマが発動して、具体的に、食事ものどを通らなくなるのだ。
 この人物は不道徳なこと、下品なことを書きつけ、関西から東京へでてきて自己宣伝する。だからとても苦手なのだ。しかも、昔2ちゃんねるの文学板というところでこの人物のスレッドは最悪で、当人もどきみたいなやつや下衆ファンが色々汚い冤罪を自分にしかけてきたことがあり、自分にはものすごい本物のトラウマになった。自分は漱石や芥川、当時はまだ読んでいた春樹のスレッドなどをおもに見ていたのだが、綿矢という人のスレッドはたまたま上にあがってくるとろくでもなく低俗な内容で、板全体でも異様に浮いていた。まるでアイドル板みたいなところから場違いの下賎な人々が入り込んでいるみたいに、そこだけ民度が異常に低く邪魔だった。しかもたまたま上にあがってきたとき、作者がセクハラ発言をされている様に見えるので自分がそれはよくないんじゃないのみたく一言注意したら、下衆ファンが急に発狂して攻撃をしかけてきたばかりではなく、当人みたいなやつまでわいて、「折角セクハラ楽しんでたんやから邪魔するなや」みたいな信じられないほど下卑たことを関西弁で言った。自分は人間がそんなに汚い存在だとは全く想定していなかったので、大ショックを受け、何ヶ月も食事すらうまくできなくなるほど気分が悪くなってしまった。まるで『MOTHER2』でゲップーにやられた時みたいに。それ以上にひどかった。以後も、綿矢スレッドの下衆どもはしぬほど汚く、自分の実名やアカウント(2ちゃんではトリップという)になりすましての名誉毀損罪を散々やってきた。木村花さんが自殺し、やっと政府が対応しだすまでまだ遥か先のことで、その時点で自分はまだ20代前半だったが、それから10年近く、毎日のよう綿矢一味から想像のかぎり最悪の名誉毀損罪、侮辱罪、誹謗中傷をされ続けた。それがやっと終わったのは自分が東日本大震災に遭った時で、誹謗厨自体も被災して焦ったのかもしれなかったし、そいつらは日本が亡びかねなかったのでビビって逃げたのかもしれなかった。いづれにしても、綿矢りさ一味は、本当にろくでもない。
 しかも、ブログかなにかから狡猾にもたどって、脅迫の電話をしてきたやつも一匹いた。昔の携帯にだ。綿矢りさ一味は頭がおかしいことが間違いない。もう一度書くが、単にセクハラ発言から善意で作家を一度庇ったことがあっただけでである。だが、そんな作家が逆切れするだろうことは決して偶然でもなんでもない。フェミニストもびっくり仰天、実際綿矢とかいう人物はそれほど下賎な内容を書くのだ。当時2ちゃん文学板で作家当人みたいなやつがよんでとすすめてきたからしょうがなく自分がよまされた、『夢を与える』とかいうのは本物の集団強姦肯定小説で正真正銘純然たる蛮族の話で、それが馬鹿なことに東京とかいう下衆地獄に関西から出てきて勘違いした最悪の猥褻物頒布罪を石原慎太郎都知事と組んで18歳未満にまでしてる本であり(この都知事がまたエログロナンセンス時代の残党で『聖餐』とか殺戮強姦猟奇性愛小説で頭がおかしい)、またまた吐き気が止まらなかった。そのすこしまえ我慢してブックオフ100円の『インストール』よんだら、もはや嗚咽がとまらないほど下品で信じられず、未成年が性売買して自慢する話で人として終わってる次元であり、京都とか称する人心スラムは完全におわっていいのだ。その後ずっとたって、キヨハとかいう人がツイッターで暴露していたが現実に京都では未成年を人身売買しているらしい。終わってる。やはり腐った社会からは腐った人間が出てくるのだし腐敗していたら腐敗していると気づくべきで、東京人どもが綿矢の退廃小説がまきちらす腐臭に気づかないのは、当人らの魂も同等以下に腐っているからだ。樋口一葉『たけくらべ』の頃から東京も腐っているのだし、紫式部『源氏物語』の頃から京都こと山城国も腐っている。綿矢や紫をほめる茂木健一郎も道徳心が腐っているのだろう。コロナ禍賄賂五輪有観客強行やノーマスクテロは明白な公害であり過失致死罪ではないのか。歴史否定論はネオナチに力を貸すろくでもない狂った神経科学屋の妄想である。

 2ちゃんねるを見ないようにしてその後はなんとか綿矢一味の情報を避けてきていたので、しばらくは食事もできるようになっていた。トラウマへの対処はおもいださないよう忘れる努力しかないらしい。
 だがあるとき急に吐き気がして、同じ感じになった。原因不明だった。なぞなのでびっくりして随分動けなくなりうずくまっていたが、本当に。気づくと、テレビで『火垂るの墓』を流している。ジブリアニメだ。高畑勲は関西人なのだろうか? その言葉が、自分には京都弁と似てきこえるので、勝手に無意識が反応して関西人を避けるよう命令したらしい。

2022年12月27日

人々と国

愚かな人々は愚かな国を作る
卑しい人々は都会に群れ恥をも知らず驕る
だが賢い人々は立派な国を作ろうとする
卑しい人々の間で尊い人は暮らせない

つくりて

生きる価値のないこの世で
愚か者どもが生み出す地獄
だがその中に生まれ落ち
君は世界を作り変えねばならない

2022年12月21日

最後の審判

このどうしようもない世界で
単にしぬだけの合間に何をみる?
永遠に下らない人間を
永遠に届かない希望を

もし何もかも壊せるなら
今すぐ地上をなきものとするだろう
 
右をみても左をみても居るのは俗物だけ
だから君はしぬつもりでいた
だがそれなら俗物の為しぬ事になる
だから踏みとどまり君は決意する

いつかこの地上を埋め尽くすあらゆる人類を
彼らがあらゆる悪をなしえないよう処分すると
 
神々に頼んでいる限り永遠に訪れない
最後の審判を下すのは自分だと
君は必死で最終兵器を作る
人類が君を捕まえ監獄に入れ
遂には消してしまうまで

2022年12月20日

用・強・美・安

資本主義社会の現代建築は一般に、ヴィトルヴィウス『建築書』以来の三大要素に加え、経済合理性もあわせ鑑みるよう要請されている。

 また、経済合理性には一般のそれと、特定のそれがある。このうち、一般的な計画にかかる負荷を前者で、特定計画のものを後者で説明できる。
・一般経済合理性――一般計画に掛かる負荷
・特定経済合理性――特定計画に掛かる負荷

 以下に同時代建築からの実例を挙げる。
 ここに「京都らしさ」と称し、受領宜しく庶民からの税搾取による贅沢ぐらしを営んでいた中世世襲公家らの顕示的消費ぶりに懐古趣味を発揮する目的で、一般市民は特に使えない茶室を併設したり、地方交付税に財政面で依存しているにもかかわらず公僕たる議員らの虚栄心を増すほど華美な議事堂にしたてたり、優れた職人らの伝統工芸を保護する代わり一般市民の税負担が増す漆塗りの豪華装飾を施したエレベーターを設けたりし、同時に、役人にとっての利便性を図る地下通路を立派に建設はしてみたものの、事実上の財政破綻を伴う財政難も相まって、単に職員全員を容れる用にさえかなわなかったため世間の非難を受けた『京都市庁舎』の拡張計画がある。この計画は、一般経済合理性を大幅に軽視したことで、資本主義経済下に有る現代社会の一般要請に巧く適わなかった一例、と認識される。すなわち、設計意図が古都にふさわしい品位誇示を兼ねた利便性の向上だったものの、市民目線では「あれもこれも、もっと節約できないか?」とみなされたのである。
 またこれとは別に、総額34億円6600万円の改修費となって、却って税負担がコロナ禍で苦しむさなか世間から失望を買った『秋篠宮邸』改修工事があり、特定経済合理性の確保に失敗した一例だと考えられる。この計画は単に一家が暮らすに過ぎないにしては通常の相場に比べ余りに額が高すぎるため、国民感情を顧みれば、かりそめにも先祖たる仁徳天皇の逸話――『日本書紀』によれば、自分の家の屋根の破れも直さず一為政者として減税下の節制に務めた――があるにもかかわらず、近い将来の日本国・国民統合の象徴たる地位にふさわしい人物がはぐくまれるべき家の建設に於いて、といった、ごく特定の場面で、景気停滞期にあたる平成末期から令和初期の「今かけてよい費用負荷の設計」ではことさらなかったのである。

 他方、また別の同時代の一例を挙げる。
 初めの計画ではおもに眺めのよさをともなう内観のためだろう全面ガラス張りにするつもりだった箇所を、省エネルギー化をめざし大幅に壁面へ変えたり、市民が憩いをとれる屋外広場にヴォールト屋根を設置する箇所も、部材や空間の大きさをより経済的なものに変えたりしつつ、施主たる主権者、あるいは、一般市民の感覚とも違和感なく、総合的美観を保つ実施設計をまとめた『日立市役所』は、これら両方の経済性に成功した例といえるのだろう。
 具体的に紐解いていけば、全面ガラス張りの部屋は成程どの執務室からでも周辺の街や山、そして海までが見渡せるよい眺望が確保され、市役所を訪れた人の為だけでなく、職員の日常生活をもより開放感があるものにしたかもしれないが、同時に、公的機関でのエネルギー負荷増は絶えず懸念される公共問題ともなりえる。屋上に太陽光パネルを設置する予定であったが、優先順位を考えれば、初めの計画案を見直し、特に夏場における西日流入や、普段から全天日射しか期待できない北側窓など、必ずしも快適さを伴わない場所の壁面化で、より使用エネルギーを節減できる形で再設計するのは一般経済合理性を満たす結果なのだといえる。
 いかにも室内と地続きになっている屋外広場は、つねづね訪れた人々にとって市役所という「お堅く」「怖い」場所への敷居を下げるだろうし、このため円形を多用した柔らかな印象をあたえる流動的な屋外屋根を作る事さえできれば、内外貫流空間づくりの手段となっている部材自体は、必ずしも豪華な必要がない。市役所全体の美観と矛盾しない範囲で実用性をかえりみ、初期計画より的確な内容に費用もろとも精査できた点で、このヴォールト屋根素材のより安価な部材・形・大きさへの見直しは、特定計画上での特定経済合理性を満たした実例といえるのだろう。

2022年12月19日

偶然的性選択説

既存の性選択説は完全なものではなく、遺伝的多様性について十分に説明できない。実際には、配偶選択に一定の偶然性が介在しており、或る程度の適応度がある個体のうち、特定の個体をえりぬくときたまたま選ばれる事が有る。必ず最適化された種だけが選ばれるわけではない。よってこの説は偶然的性選択説と呼べる。

2022年12月18日

風景、光

風景、光
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法則

この世界が始まる前から
万物はもとどおりだった

2022年12月14日

マスコミ真理省

言葉狩り検閲しては差別する衆愚の好むマスコミ真理省

2022年12月13日

同類

高貴な魂を持った人は誰からも理解されずしぬ。だが卑しい人には大勢の同類がたかる。
 南関人、西国人、中部人らは一般に卑しく、ますます自堕落な悪漢に慣れ親しみ、破滅している。彼ら衆愚は悪徳を好き好んで驕り高ぶり、他者にわざわいをなす自滅が目的である。

 都会を誇る者は自身の悪徳を宣伝しているにすぎない。田舎を見下す者は自らの卑しさを誇示しているにすぎない。
 下劣な者に関わるな。彼らは単に反面教師たるべくして存在しており、その生涯はみにくくむなしい。

 悪人どもの集まる東京圏や関西圏、中部地方、西日本諸地域に進んで近づくな。この世には悪辣な者の業があり、悪所に進んであつまってくるからだ。
 善良な者のくらす場を見つければ、そこにとどまれ。もしその様な場がみつからなければ孤立していよ。
 
 愚かな人々が少しも賢くなったりはしない。上智と下愚とは移らず。だから愚か者どもには近づくな。己より賢い者を探しても見つからなければ、進んで誰ともかかわるな。

2022年12月9日

日本文明の姿

人という悪魔達の闊歩
早く逃げださなければ手遅れになる
だが逃げ場はあの世にしかない
だから次々人々が消えていく

2022年12月8日

最高の芸術家

もはや世界は成立しない
嘘で埋まったこの世
あなたは既にいない
既にこの世のものではない
 
自分がいなかった時代
世界は静かに落ちていった
だが自分が生まれてから
世界は次第に変わりつつある
さも万物を覆うヴェールを剝ぐ
この手の向こうの朝焼けの様に
 
あなたは取り戻された
二度と失われない魔法の様に
本来存在しないはず時の上に
固定された宇宙の全体像

いつか言葉も失われ
あらゆる迷いが晴れた果てに
最高の正義が現れ
全てを作り変えるだろう
まるで神の如き芸術家として

戦争の世

この世界に同類はいない
いるのは極悪人だけ
だから自分には仲間がいない
実際その通りだろう

地獄のどこをみても敵だらけで
全員が絶滅するまで戦い抜くしかない
 
それで何か救いがあるかといえば
当然ただひたすら戦闘が続くだけ
戦争を非難している極悪人どもは
存在自体が悪なのに自覚がない
 
お前達と同じ世界に生きること自体戦争だ

亡びを目指す国

下らない人々の作る下らない社会
東京や京都と称する正真正銘の地獄
薩長土肥という殺戮悪魔集団
自分の犠牲には騒ぐ侵略犯広島人
下衆な都民にこびへつらう下衆な南関人
ひたすら調子に乗っている北海道人や仙台人
偏見や悪意で染まっている長崎人や中部北陸人
馬鹿でしかない様な沖縄人
自分がみてきた日本は全てが亡びを目指していた
親を捨ててあざ笑い
将来もっと悲惨な目に遭うのもわからず
因果応報の結末を待つやくざ者どもの国

2022年12月6日

水滴で曇った花の絵

水滴で曇った花の絵
2022年
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