2024年3月7日

東蝦夷(アヅマエゾ)と叫ぶ奇妙な自称京都人の一部始終あるいはまことの首都をめぐる冒険

時は令和時代。所は東日本のとある街角。登場人物は京都人、東日本人、アメリカ人、仏教僧、天皇、皇后、警察官数人。

木靴で烏帽子をつけマロ眉にして束帯でよろよろと歩いてくる、平安時代上方意識のままであたりを見下した様子の時代錯誤な令和京都人「(目をひん剥きぎょろつかせ、首をくるくる回しながら)アヅマエゾがぁ〜!」
先に舞台で待っていたスーツ姿の東日本人「あら、どこからこられたの? おかけになって。お茶でもどうぞ」
京都人「アヅマエゾがぁ〜!」
東日本人「え、なんて?」
京都人「アヅマエゾがぁ〜!」
東日本人「はい? なんて申されましたか?」
京都人「アヅマエゾがぁ〜!」
東日本人「(全てを悟った様に)あぁ。わかりました。ではお待ちを(そそくさと舞台を去る)」
京都人「(キョロキョロしながら不安そうに)アヅマエゾがぁ〜!?」

スティーブジョブス風ジーパンに長袖タートルネック姿のアメリカ人「(舞台へ歩いてきて声をかける)ハロー、ようこそ都会へ」
京都人「(人がきてはじめ喜びながらも、都会と言われたので京都プライドを刺激されひどく憤慨した様に)アヅマエゾがぁ〜!!」
アメリカ人「エクスキューズ・ミー? なんていいましたか?」
京都人「アヅマエゾがぁ〜!」
アメリカ人「オォ・マイ・ガッシュ(頭を軽く抱える)。(首をすくめ、両手を天に向け)では左様なら(舞台をすたすた歩き去る)」
京都人「(幾らか悔しそうに、しかし満足げに小声で)アヅマエゾがぁ〜」

糞掃衣で托鉢中の仏教僧、虫を踏まないよううつむいて舞台へゆっくり歩いてくる。
京都人「(途中までその様子を眺めていて、調度舞台中央部で急に大声で早口)アヅマエゾがぁ!」
僧「(驚いて)わっ。(京都人の顔をみて二度驚き)うわっ! ごっ、ご成仏なさいー(手を拝む形にして、頭を何度も下げ、足早に舞台を去る)」
京都人「(がっかりした様子で)アヅマエゾがぁ」

天皇と皇后「(お手振りしながらにこやかに舞台へ歩いてきて)ご機嫌よう。ご機嫌よう」
京都人「アヅマエゾがぁ!」
皇后「(驚き慌て天皇の手を引いて)どうしましょう」
天皇「(幾らか動揺しながら京都人にゆっくり声をかけ)どうされましたか?」
京都人「アヅマエゾがぁ!」
数人の警察官ら「(凄い勢いで舞台に入ってくると)こら、何をしている。(天皇皇后と京都人の間に割りいって)やめなさい」
京都人「(捕縛され舞台から無理やり斥けられながら、観客席へ大声でひどく悲痛な感じで手足をばたつかせ)アヅマエゾがぁ〜!!」
天皇皇后、ほっとした様子で観客席へ再びにこやかにお手振りしながら、舞台を去る。

2024年2月19日

𝕏上で2024年2月13日に返信した大吉原展弾圧勢の風刺劇

確かにあなたのおっしゃる通りですね! 『鬼滅の刃』は漫画版原作で善逸が炭治郎に遊郭を知らない男は劣ってるみたいにいって遊び人ぶりを自慢しますし、一度も人身売買や性売買を「男目線」で否定する文脈で主人公らが郭の中での出来事を経験しない。よく考えられてるなと思いますよ、書き手は女ですし。それに、あなたの論考が著しく正しい点は他にもあります。実に精確無比だし、解釈もまともで正論かつ科学的だなと思ったのは、江戸幕府が1617年、江戸町人の庄司甚右衛門が既に京都や大阪にあった遊郭の営業許可を何度も断ったのにしつこく願いあげるので渋々出したのは、恐らく女を虐める為だけでした。

 また、1661から1673年の寛文年間に、政府が禁止と言ってるのに江戸市中にまた溢れてしまった私娼を、禁令を出しやむなく吉原送りにする様にしなければならなかったのは、恐らく当時としても、処刑するより冷酷な対応だったでしょうね。禁じている事をやりたがるのだから江戸女の性道徳が一律に高かった。恐らく、人権思想が西洋から明治期に流入する前の事でしたし、斬り捨て御免もなかったですから、今の東京都民よりずっと江戸町人らの地位は高かったと思います。だからこそ私娼へ処刑より温厚な対応をしたのは酷いとの意見もありますが、『コーラン』では婚外交渉は死刑ですし、その場で斬るべきだった。

 なお欧米諸国では1863年のリンカーン「奴隷解放宣言」前にはあたり中に現実の奴隷がたくさんいましたが、ちょうど日本ではイギリス艦が鹿児島に砲撃したころでした。英国奴隷貿易の植民地にならなかったのは、飽くまで吉原の外の一例ですが、亀遊の様に或る種の美学を持った遊女もいたせいでしょうか?
 因みに年季奉公が建前だけだというのは我々にわか文化人類学の知識程度でも重々、常識ですのでね。ほかの国の奴隷は解放される事はまず終生ありえませんでしたでしょうが、江戸幕府は正に明治政府からの負の偏見づけ喧伝どおり、私娼あがりを許してやって刑罰がわり奉公後は無罪放免してしまっていた! ですので、子供の時点で親が売り飛ばすという最悪の風習が当時の日本人9割近く占めていた農民や町人の貧しさとか、日頃の飢饉から全国殆どで当然行われていた間引きよりましだとの親心だので、吉原や島原など遊郭の女衒にうりとばされたのは歴史的悲劇ですね。ただやったのは全国の困窮した親ですが。

 明治政府こと幕末の西軍は暴虐で徳川家をおいたてて、本宅へ強盗にきて、西洋の猿まね政権を作ったが相変わらず、吉原遊郭の営業を続けさせていました。大体、山口県から出てきて初代総理づらの伊藤博文は、遊郭狂いで実に有名でしたのでして、当然やめさせる筈もないわけです。だから花魁の油画もある。
 総じてあなたの意見の通りだと思います。だからして。
 全て正しいんじゃないでしょうか。
 もし大学の美学や文化人類学や、史学の試験だったら、まず100点満点でしょう。どこにも欠けた所のない答案を出すくらいですから、あなたはきっと恐るべきご立派なご先生がたの下で、ご学問にはげまれました。

 丁稚奉公という形で今のパナソニック社の前身、いわゆる松下電器を興された松下幸之助さまは、幼少期に親元から離され随分さみしい思いをしたそうですね。町人や遊女に限らず、農民の間でもそうでした。当時はこれといって決定的な避妊方法がなく多産でしたし、そのため自然貧しいので奉公人がいました。

 日本文化人類学会の第57回研究大会で龍谷大学の杜崢さまのご発表になられたことごとによりますれば、少なくとも江戸時代前期において「色道」なる概念が存在し、今の時代のセクシャリティとは随分おもむきが異なっておりますね。妻や妾、奉公人とは別に遊女には芸事があてがわれ、雅を追求していたと。
 ご覧になったことはございますか? 勝山の考案したとされる外八文字を? 京の雅とはまた別の情趣がございます。嘗て江戸市中で禁じられた湯女として春を売り、結果、罪人として送られた吉原で小粋な彼女の一人作り上げたかもしれないそのよろめきは、或る種のコケティッシュネスの表現かもしれません。伝統と呼ぶにはおこがましい。初めの漫画家の方が仰るとおり、ご出身の北海道の釧路はアイヌのかたがたの頃はどうなっていたのか私めは甚だ寡聞で、お恥ずかしい限りまだ存じ上げませんが、日本最大の遊郭の一端で、花魁道中を見物できたのも公認たればこそ。彼女らは職業娼婦でしたが期間もある御奉公。
 そうですね。西洋の娼婦ともまるで違います。何しろあちらの高級娼婦たちは自ら志願するなり、やはり貧しさの為に売られた。中には大変申し上げにくい事ですが生涯性奴隷も。けれども、江戸、明治、大正、昭和と続いていた吉原遊郭の様子はどうだったでしょう。今となっては遥かな霞の奥、浮世絵の中に。わたくしどもはもう浮世絵をみる事もかないません。今はポリティカルコレクトネス、ですか、そんな時代。そう、フェミニストのかたがたが。しかもラディカルな。女性の権利を声高に語る今となっては、決して見る事はできないので。そう。遊郭の中の様子は、です、永久に歴史の闇に沈んで。見る権利も。

 大変残念に思われている事は、あなたのご発信の節々に痛々しいほど感じてございました。わたくしとしても如何ともしがたいのです。唯の通りすがりでございます、名もなき庶民で。何の意味もない返信をさせていただいたのは私には遊女の中に忘れがたい人が約2名ほどいるのですね。2代目高尾太夫と小紫。
 あああの高尾太夫は立派だった。操を誓う鳥取のお侍に情を移しているがばかりに、伊達家のご当主の方に今にして5億円も身請け代をだされてもまだ身を許さぬ。逆さづりで斬られてしまった。見物人の一人が描いた浮世絵が。それは作り事でしょう。余りにむざん。
 小紫の方はといえば……、花魁ともあろうものが権八になど気を許して。あの権八のものはやくざ者で130人も人斬りをし血気に任せて、また大金のかかる遊女の頂点の小紫と会おうとばかりに通い詰める。所詮強盗でとったカネ、悪銭身に付かず。結局、役人に捉えられ斬刑となりましたものの、その小紫が……ああ!可哀想に……涙が。身請け人がきているのに権八の墓前で自害などを。なんとむなしいことでしょう。花魁の身の上は。そのまま年季をおえれば既に若くない。だからその場で自害を。
 ですから、あなたのおっしゃる事はよくよくわかります。あんな制度ろくなものじゃない。花のお江戸など誰も彼もが人でなしです。心がない。

 6代目高尾こと榊原太夫だった女は、小大名にもらい受けられました。それもまた一つの道。けれども国元へついていっても誰もの年齢が儚かった時代、すぐに世を去ってしまった夫のもとも去ってどこへいったのやら。
 花魁たちの絵。そんなものみるべきじゃありません。彼女たちは娼婦。西洋の婢同然。

 そうですね。浮世絵師たちはだまっておけなかった。ある妖艶な美を称えている彼女らは、囚われの身。年季奉公を終えるまで若い肉体は金持ち達の玩具。江戸の町人道と称する凌辱の日々が、決して楽しかったとも思われません。中には性技だの恋の技だのを娼婦なりに身に着けもしたでしょうが、所詮籠の鳥。さながら、いまでいうならば。佳子内親王殿下のあのお言葉、あぁこれは口が滑りすぎた。
 籠の中の鳥といったお人は諸国にございます。そうですね、西洋でいえば姫。囚われの身にある彼女らのお心がけを騎士が救いに入る戯劇がよくありますでしょう。ロミオとジュリエット、そうですね。権八と小紫も又。華道 茶道 歌の道 書道に恋文のしたためかたまで、よくもまぁあれほど懸命に教養教育をほどこそうとしたでしょう、高が娼婦とはいえお大名のかたがたのお相手をするにはそれなりの格式といったものが。けれどもその時代も、武家の儒学かぶれであっという間におわり。途中では無作法な格子女だらけに。
 京とは違います。お公家さんがまずいらっしゃらない。それは稼ぎ方が違います。ですから、途中から恐らくもっと下品になってしまいましたよね。そのところだけみるかぎりは苦界と罵られてもなんの疑問もない。ただし快楽はついて回ったでしょうが、それも京の雅とは程遠い変体。しかも強制ときている。苦界と書かず公界と書く。こじゃれた趣向と思ってくれたのは教養人のみ。通人は絶えてとうに久しく、性奴隷を美化するなと大いにお叱りをうけあの大学も最高学府と称する格の手前大いに狼狽し、謝罪文などを。弁解とも弁明とも思われないべらんめぇに過ぎませんが、まぁ精々、空界と呼ぶのがふさわしい。花魁道中を残すのは今は全国でも遊里の跡が残る一部のみ。𝕏世論の厳格さが益々強まる今となっては夢の跡。どこも永久に消え去っていく魔法のようなものでしょう。我々単なる市井の無学な下民といたしましても、まぁ少々の無念は感じるもののやむをえない趨勢です。国連のお咎めを受ける前に区界撤退か。
 さぁ桜鍋でもご賞味あれ。ご存知でしょう。吉原遊郭発祥の凝りにこったあの郷土料理を。それくらいしかないのです。あとはつまらぬ私娼どもが、ただそこらでうらぶれたくらしを。誰にとっても見るべき影はありません。今は昔。桜の花びらと散っていってしまったあの遊女の面影がほら鍋の中にちらりと。

2021年1月4日

お月さまの調べ

登場人物:お月さま、しろ、くろ、ことば
場所:日本国茨城県北茨城市、長浜海岸の砂浜の上
時:令和時代、大海原の真上に月が架かる、涼しい秋口にあたる晩夏の一夜の束の間

お月さま「あるひ、できごとはそのとおりになった。わかっていたのは、それだけ。いつか、そうなってしまっていた。だれもそれをしらなかったし、しるよしもなかった。できごとは、そこでとどまったとはいえなかった。いつしか、それがあたりまえになり、だれもうたがわなかった。
 とおくとおくの時代に、おなじ様な事があった。だからそれできめられたとおりかもしれないし、ちがったかもしれない。できごとがそういとなまれ、らしくとどまっていた。ものごとがそれほど続けられていたって事さえ、だれにしられてたかさえわからない。できごとはそこでとどまっていたし、どこにも行かなかった。いつか、できごとがおわってしまう前に。どうにかして、それをしれればよかった。わかっていたのは、それが全てという事だけ。わずかに、しずかにできごとはとまっていた。誰からしられているかもわからないし、わかっているのはできごとの合間にある事だけ。だから社会はそこにとまっている筈、と分かっていた。いつか、そうなってしまうわけときまっている。いつでも、そこにまっている。わかっていたのは、それで全て。
 それから、わずかずつ社会は動き続けた。どれほど大昔からそうだったのか、さえしられてない。いつから、そうなったのかさえ。
 徐々にできごとは動きながら、同じ所にもどるだろう。どんなに確かなのか、どれほどうつつなのか人々はしらなかった。いつかそれがしられてしまえば、わかっていた通りにそれらがうつっていく。変わり続けていく。だから、確かに物事はそうして決められていた。僕らはきづいていた。いつか社会がいれかわりつつ元通りになるだろう、と思われていた。わかっていたのは、わかっている事の全て。だから、それでいい。どれほど過去からでも、今日という日まで続けられてくるに違いがなかった。できごとがそうきめられているって誰かが指定したかさえ、あやふや。わかっていた。わかっている、とされていた」

しろ「できごとはそうしてきまってしまった。別に真実かさえわかっていない。どうしてそうなるのかさえ、わかってない。実際には、どれだけ変化があるのか、どれほど広がっていったできごとなのか、誰もしらない。誰にとってしられている訳でもない。わかっている事は、事実に違いない。誰にとってさえ、それで。我々がはっきりとしっている、事さえ。どちらに向かって進んでいく。できごとがそこでとまっている訳じゃない」

お月さま「わずかに、できごとはうごき続けた。できごとがそうなってしまったというだけ。いつでもそうなってしまったというだけ」

しろ「どうして、そうなってしまったのか。わかっていたのは、それで全て。わかっていた事の全てさえ、そうしておわってしまっただけ。
 ことばは回りつつ巡りながら、元に返っていった。気づくのは、それで確かというだけ」

くろ「いつか、確かにそうなるだろうよ。わかっている事の全て、さえ。いつでも、きまっていたのだろう。いつでも、それは。できごとといえば。きまっている、きまっていた。それだけの話、だって事。
 もし、できごとがきちんとそれできまってたとしたら。わかっているのは、現実かそれ以外だろう。いつしかできごとが元通りになるはず、と願われている。わかっていた事の全てさえ、こうなる筈ってわかっていた。できごとは、そこでとまってしまった。
 いつでも、こうしてしまった。こうなってしまったって事になるだけ。笑ってしまえる位、世界は動きつつ一つになろうとしていた。誰に向けての、あり方なのかさえ。いつ、そうなるのかさえ。わかっていたのは、そうなる筈という事だけ。いつでも、いつなんなりとでも。誰にとってきまったのか、わかっているのか。どうしてそうなってしまったのか、誰もしらないし、誰にきまっていたのかさえ。いつでも、そうなる筈と。わかっている、わかっていた、というわけ。いつしか、できごとはそうなってきまってしまっていた。だから、できたら、できごとはきまった通りに元通りになる。わかっていた事にちがいない。わかった事の全て、さえ。だから、君はきづくべきだった。でも、確かにきまっていた。きまっていた。わかっていた事の全て、さえ。どちらにしても、宇宙にちかづいていった。宇宙に待たされていた。どこであれ、それは待っていた」

ことば「お月さまがおわる。お月さまの流れが、いつかそうなる筈だって。どうしてそうなったのか、さえ。気づいていた。気づく筈だった。わかっていた、だから、それで当然だろうと。いつしか、遠くに眠っているまことに悟る筈だろう。わかっていた、事の中で」