2024年2月22日
とある脳タレントの肖像書
あの大魔王はポンコツで、心理病質も並でない。俗物性が真の姿を覆っている。甚だ無神経で年中炎上する上、重大犯罪者級悪意を腹黒く秘めつつアイデアを盗み大暴走するが、彼の信者は彼の反社会性を見逃すばかりか通俗脳ノウハウ惜しさに常々同調している。彼は秀才に馬鹿にされ天才に疎まれるたちだ。
2020年3月18日
ウォーホルと地味さ
最近ツイッターみてて思うのは、僕は「有名人」、英語でいうcelebrityの世界って俗物界にしかみえないのもあるけど、あんまり好きじゃないのだなということである。特に東京圏のそれ。他人事なのもあるにしても近づきたくない。だからティクトカーが地上波出たいタグとか真面目に意味がわからない。
自分が一流だなと思っている芸術家、例えば日本の彫刻界だったら船越桂とか、前も書いたけど秋田の宿泊施設いったらそこにぼろっと圧倒的に本物らしきのが置いてあるのだけれども特に誰も気にしておらず、僕だけがびびっていた。芸術界の真の有名さってそういうものというか、玄人的世界の気がする。
新しい日立駅も専門家からしても、妹島さん個人の経歴を知ってる者からしても錦飾る作品でだいぶ圧倒的な意義があるにしても、一般人からすると誰が設計したかとか気にしてないかもしれない。美術ってもともとそういう存在感なのである。人間のくらしにとって背景であり、裏方だ。そこが好きなのだが。
が。インフルエンサーもだけど、芸能人も、ネット芸人のたぐいも、そうではない。わがわがというか、とにかく目立ちたがりがユーチューバーとして前に出て、大金稼いですげーだろって世界である。これが自分には全く合わない。だからユーチューブもろくにやってないし、その点でやるつもりもない。
万事につけ、僕は地味な物が好きだ。派手な物は基本的に好きではない。趣味として。それで建築物だったら水戸の弘道館が一番好きな建物だし(清らかさが素晴らしいと思っている)、一番嫌いなのは自分がみた範囲では東京駅である(西洋もどきなのも酷いが建物としてだだっ広くて機能していない)。
これは人についてはもっといえる。僕は総じて地味な性格の人が好きなので、孔子の好みとよく似ているかもしれない。剛毅木訥仁に近し、巧言令色鮮し仁。テレビに出てるタレントでもそうである。ヒカキンも昔の、兄弟で地元の川に飛び込んでる動画の頃が一番善かったなあと思う。日本的趣味ではないか。
ついでに書くと、ブルーノタウトは桂離宮を礼賛し、日光東照宮を腐したので有名だけれども、僕にいわせればその桂も常陸太田の西山荘より遥かに派手だから現物みたけども話にならなかった。タウトがいいたいことは京都内での比較に過ぎず、何でこんなの褒めてるの、これすら贅沢すぎという感じでした。
県でいったら岩手、茨城(地元)、栃木、和歌山、奈良とかが好きな県である。なんでかといえば地味で、深く入っていくと涙が出るほどいいところが沢山あるからである。しかし世間はこれと逆で、北海道、東京、大阪、京都、沖縄とかとにかく目立つ観光地が大好きらしい。僕とは趣味が違うのである。
全く同じ話なんだが、イチローがあれだけ有名になる前は、新庄(剛志)選手と度々比較されていた。新庄はど派手だしいい選手なんだろうしイチローはうまいけど地味に内野ゴロで稼ぐ選手じゃんみたいな昔でいう送りバント名手の川相に準ずる扱いを、スーファミのパワプロ文脈では一時されていた。
が(が)、その頃から僕はイチローの方がいいよなと思っていたのである。まあパワプロなら川相のが好きだったけども。結果論、生き残りバイアスみたいにいわれるだろうが違うのである。くまけんよりせじまさんが好きというのもそれである。基本、最初から僕は地味な方が好きなのである。
この文章でなにがいいたいかというと、世間は信用ならないねってのと、最近のネットの有名人もテレビ芸能界と変わらなくなってきて派手な方が視聴率稼げて広告収入で偉いんだという世界観でしかないけれども、僕はそうじゃないと思う。長い目でみると本物だけが残るのはどの世界でも同じだろう。
美術でも全く同じだと思う。有名さって玄人の核のそれと、素人のは全然違う。僕の中ではジェレミー・マンは最先端だけれども世間はバンクシーがそうだと思っているだろうし、これもまあ僕が20代の頃はまだバンクシーは前衛的だったから状況が少し違ったんだろうけど、コマーシャル化してしまった。
経営学でいうと、スノッブ効果というのがある。有名どころのブランドだと却って高級品としての需要が減るみたいなものだろうけど、美術品は典型的奢侈品だから確かにスノッブ市場としての要素はあるが、僕がここでいってるのは寧ろ通俗的有名さの方がスノッブ的俗物的、つまり有名無実と思うのである。
少し話は複雑になるが、じゃあ有名なら全部ダメかというとそんな事はない。例えばTWICEという女性アイドルグループがいるがこれ、とても有名にもかかわらず僕は最先端ではないかと思っている。なぜなら文脈が他と違って、メンバーが日台韓人混じっているところが面白い。ネトウヨが差別できないのだ。
これまで韓国系のアイドルグループは、ネトウヨの排撃対象になっていた。実際日本のグループと色々違うし(主に専門的技能が高い、或いは整形前提に美男美女度が高いって意味で)、反韓文脈だと攻撃される要素だらけだったのに、親日国のはず台湾人も関西人もまじっててネトウヨ的には困る対象である。
ハイアート的に歌舞芸能をみて、トゥワイスが面白いのは、第二次大戦後の欧米列強の悪意によるアジア内の分断統治をのりこえる文脈を文化の次元でつくりこんでいるところで、まあ日本側でいえば岡倉天心のアジアは1なりに繋がってくる。そういう風に、有名で幾らか通俗的でも、高度な場合もあるのだ。
問題は、じゃあ俗物趣味(周りが褒めてたら偉いみたいなミーハー根性も、えっこんなのも知らないの? という上流気取りもある)と派手さにどういう関係があるかだが、一般論として派手なものは俗物的になり易いのは確かに思う。純金のアクセサリーみたいな誰でもわかる価値だからだ。
一方で、派手であっても必ずしも俗物的ではないもの(例えば渡米後のイチロー選手の野球)も、有名であっても必ずしも俗物的ではないものもある(東亜人混合した歌舞集団TWICEの文脈)。かつ俗物的でもよいものもある(例えばバンクシー『風船と少女』は『愛はゴミ箱の中に』より趣味はよいだろう)。
すなわち、よいものをそうでないものと分けているのは、総じてその作品なりしごとのもっている本質的価値で、派手さとか大衆的な有名さ、あるいは俗物的なものには悪趣味化し易い要素があるとしても、実際にはそれが本物かどうかが問題なのである。真贋を見抜く力があれば表面や評価に惑わされない。
なにが書きたいか、自分はネット有名人なりネット芸人ってのに非常に違和感をもっており、テレビ芸人に次いでかかわりたいになりたくない。なんとなく気持ち悪いのもあるが、目立てば偉い、カネになるという商業主義は芸術の或る本質を欠いている。まあウォーホルに言わせれば逆なんだろうが。
敢えてウォーホルならどう考えたかを察すると、有名さでカネになる度合いが最高のアートだといっていたと思う。僕は一番好きなアーティストはウォーホルなんであるが、この点では僕とは正反対な性格だから憧れの様なのを感じていたのかなと思う。たとえなりたくとも恐らくなれない対象だからだろう。
もし現代日本にウォーホルが生きていたら、ヒカキンとかケミオとか、ちょっと前なら稀勢の里とか、女だったら広瀬すずとか描いてたというか、赤坂住んで渋谷や六本木うろちょろ写真とって刷って売ったかもしれない。あとカップヌードルとかお茶漬け海苔とか、うまい棒を並べて絵にしてたかもしれない。
画家が一代で死んでその様式はろくに受け継がれないのは、ある時代の記録としてかけがえがないもので、後からモドキがでてきてもあんまり意味がないんだなとこれでわかる。だから僕がこの時代を結晶させ、何か描いて残したら、それは象徴的になるだろう。ウォーホルをそのまままねても意味がないのだ。
自分が一流だなと思っている芸術家、例えば日本の彫刻界だったら船越桂とか、前も書いたけど秋田の宿泊施設いったらそこにぼろっと圧倒的に本物らしきのが置いてあるのだけれども特に誰も気にしておらず、僕だけがびびっていた。芸術界の真の有名さってそういうものというか、玄人的世界の気がする。
新しい日立駅も専門家からしても、妹島さん個人の経歴を知ってる者からしても錦飾る作品でだいぶ圧倒的な意義があるにしても、一般人からすると誰が設計したかとか気にしてないかもしれない。美術ってもともとそういう存在感なのである。人間のくらしにとって背景であり、裏方だ。そこが好きなのだが。
が。インフルエンサーもだけど、芸能人も、ネット芸人のたぐいも、そうではない。わがわがというか、とにかく目立ちたがりがユーチューバーとして前に出て、大金稼いですげーだろって世界である。これが自分には全く合わない。だからユーチューブもろくにやってないし、その点でやるつもりもない。
万事につけ、僕は地味な物が好きだ。派手な物は基本的に好きではない。趣味として。それで建築物だったら水戸の弘道館が一番好きな建物だし(清らかさが素晴らしいと思っている)、一番嫌いなのは自分がみた範囲では東京駅である(西洋もどきなのも酷いが建物としてだだっ広くて機能していない)。
これは人についてはもっといえる。僕は総じて地味な性格の人が好きなので、孔子の好みとよく似ているかもしれない。剛毅木訥仁に近し、巧言令色鮮し仁。テレビに出てるタレントでもそうである。ヒカキンも昔の、兄弟で地元の川に飛び込んでる動画の頃が一番善かったなあと思う。日本的趣味ではないか。
ついでに書くと、ブルーノタウトは桂離宮を礼賛し、日光東照宮を腐したので有名だけれども、僕にいわせればその桂も常陸太田の西山荘より遥かに派手だから現物みたけども話にならなかった。タウトがいいたいことは京都内での比較に過ぎず、何でこんなの褒めてるの、これすら贅沢すぎという感じでした。
県でいったら岩手、茨城(地元)、栃木、和歌山、奈良とかが好きな県である。なんでかといえば地味で、深く入っていくと涙が出るほどいいところが沢山あるからである。しかし世間はこれと逆で、北海道、東京、大阪、京都、沖縄とかとにかく目立つ観光地が大好きらしい。僕とは趣味が違うのである。
全く同じ話なんだが、イチローがあれだけ有名になる前は、新庄(剛志)選手と度々比較されていた。新庄はど派手だしいい選手なんだろうしイチローはうまいけど地味に内野ゴロで稼ぐ選手じゃんみたいな昔でいう送りバント名手の川相に準ずる扱いを、スーファミのパワプロ文脈では一時されていた。
が(が)、その頃から僕はイチローの方がいいよなと思っていたのである。まあパワプロなら川相のが好きだったけども。結果論、生き残りバイアスみたいにいわれるだろうが違うのである。くまけんよりせじまさんが好きというのもそれである。基本、最初から僕は地味な方が好きなのである。
この文章でなにがいいたいかというと、世間は信用ならないねってのと、最近のネットの有名人もテレビ芸能界と変わらなくなってきて派手な方が視聴率稼げて広告収入で偉いんだという世界観でしかないけれども、僕はそうじゃないと思う。長い目でみると本物だけが残るのはどの世界でも同じだろう。
美術でも全く同じだと思う。有名さって玄人の核のそれと、素人のは全然違う。僕の中ではジェレミー・マンは最先端だけれども世間はバンクシーがそうだと思っているだろうし、これもまあ僕が20代の頃はまだバンクシーは前衛的だったから状況が少し違ったんだろうけど、コマーシャル化してしまった。
経営学でいうと、スノッブ効果というのがある。有名どころのブランドだと却って高級品としての需要が減るみたいなものだろうけど、美術品は典型的奢侈品だから確かにスノッブ市場としての要素はあるが、僕がここでいってるのは寧ろ通俗的有名さの方がスノッブ的俗物的、つまり有名無実と思うのである。
少し話は複雑になるが、じゃあ有名なら全部ダメかというとそんな事はない。例えばTWICEという女性アイドルグループがいるがこれ、とても有名にもかかわらず僕は最先端ではないかと思っている。なぜなら文脈が他と違って、メンバーが日台韓人混じっているところが面白い。ネトウヨが差別できないのだ。
これまで韓国系のアイドルグループは、ネトウヨの排撃対象になっていた。実際日本のグループと色々違うし(主に専門的技能が高い、或いは整形前提に美男美女度が高いって意味で)、反韓文脈だと攻撃される要素だらけだったのに、親日国のはず台湾人も関西人もまじっててネトウヨ的には困る対象である。
ハイアート的に歌舞芸能をみて、トゥワイスが面白いのは、第二次大戦後の欧米列強の悪意によるアジア内の分断統治をのりこえる文脈を文化の次元でつくりこんでいるところで、まあ日本側でいえば岡倉天心のアジアは1なりに繋がってくる。そういう風に、有名で幾らか通俗的でも、高度な場合もあるのだ。
問題は、じゃあ俗物趣味(周りが褒めてたら偉いみたいなミーハー根性も、えっこんなのも知らないの? という上流気取りもある)と派手さにどういう関係があるかだが、一般論として派手なものは俗物的になり易いのは確かに思う。純金のアクセサリーみたいな誰でもわかる価値だからだ。
一方で、派手であっても必ずしも俗物的ではないもの(例えば渡米後のイチロー選手の野球)も、有名であっても必ずしも俗物的ではないものもある(東亜人混合した歌舞集団TWICEの文脈)。かつ俗物的でもよいものもある(例えばバンクシー『風船と少女』は『愛はゴミ箱の中に』より趣味はよいだろう)。
すなわち、よいものをそうでないものと分けているのは、総じてその作品なりしごとのもっている本質的価値で、派手さとか大衆的な有名さ、あるいは俗物的なものには悪趣味化し易い要素があるとしても、実際にはそれが本物かどうかが問題なのである。真贋を見抜く力があれば表面や評価に惑わされない。
なにが書きたいか、自分はネット有名人なりネット芸人ってのに非常に違和感をもっており、テレビ芸人に次いでかかわりたいになりたくない。なんとなく気持ち悪いのもあるが、目立てば偉い、カネになるという商業主義は芸術の或る本質を欠いている。まあウォーホルに言わせれば逆なんだろうが。
敢えてウォーホルならどう考えたかを察すると、有名さでカネになる度合いが最高のアートだといっていたと思う。僕は一番好きなアーティストはウォーホルなんであるが、この点では僕とは正反対な性格だから憧れの様なのを感じていたのかなと思う。たとえなりたくとも恐らくなれない対象だからだろう。
もし現代日本にウォーホルが生きていたら、ヒカキンとかケミオとか、ちょっと前なら稀勢の里とか、女だったら広瀬すずとか描いてたというか、赤坂住んで渋谷や六本木うろちょろ写真とって刷って売ったかもしれない。あとカップヌードルとかお茶漬け海苔とか、うまい棒を並べて絵にしてたかもしれない。
画家が一代で死んでその様式はろくに受け継がれないのは、ある時代の記録としてかけがえがないもので、後からモドキがでてきてもあんまり意味がないんだなとこれでわかる。だから僕がこの時代を結晶させ、何か描いて残したら、それは象徴的になるだろう。ウォーホルをそのまままねても意味がないのだ。
2020年3月11日
隈研吾氏の明朝体炎上は一般人の目をごまかしきれなかった彼の擬似和風設計への率直な批評の一つの表れ
くまけんの『高輪ゲートウェイ駅』がまた炎上してた。明朝体がダサいと。
(画像URL:https://twitter.com/tetsudo_com/status/1236871658796773376)
で渋谷駅も明朝体で、駅の視認性悪いってツイートがあったが渋谷駅もくまけん。明朝体が前から好きなんだろう。
妹島設計の『日立駅』は多分自分の知るかぎり世界でも一番洗練された駅と思うがフォント確認したらゴシックだった。
(画像URL:https://images.app.goo.gl/p9BpUJrduC3TzkFc8
https://images.app.goo.gl/SLJHYspruucYZ4Mh9)
むかし、僕はある沖縄の建築家(まだ駆け出し)の人に、くまけんの設計嫌いといったら「嫉妬しちゃだめだよ」といわれた。でも僕としては全然そうじゃないのでこのひと誤解してるなぁと思った。
僕はくまけんの建築あちこちでみて、これ『M2ビル』からかわってねー表面だけの切り貼りだと思ってるのだ。
一定より深い建築ファンなら絶対わかる話として、僕は妹島さんの建築は超一流のもので、少なくともミースを超えていると思っている。だから21才だかの頃に僕は直線で妹島氏に弟子入りにいった。なぜそういえるかだが構造という根本原理から革新的だからだ。鋼板で作ってある『梅林の家』なんて典型例だろう。
が。くまけんの実作色々見たんだが一個もいいのがなかった。彼の作品集もGAなどで大体網羅してみていたけどやはり同じで、そもそも処女作から、美術用語でいえば寄せ集め(アッサンブラージュ)的なもの、もっといえば流用(アプロプリエーション)的な色が強い作家である。
まあ磯崎新とかもだが。
建築学の用語でいうと脱構築主義(デコンストラクショニズム)みたいな流れがあって、例えばOMAのコールハースなんかが典型例だけど、くまけんは擬似和風建築やりだす前まで完全にそれだったわけだ。擬似とは、僕から見ると構造は平凡な木造・鉄骨・RC造で、表面に木を貼り付けてあるだけだからだ。
要するに、まあこれは曖昧な用語だがポストモダン建築の派生作家というのが僕のみてきたくまけんで、東大閥の中では凄く売れっ子になりましたが、正直な話、建築雑誌がもちあげすぎている点はある。日本の建築界では丹下健三以来、東大閥の権威や箔がかなり有効だから下駄は大分履かされるのだ。
んで。じゃあ一般大衆がダサいダサいと、くまけん設計の新国立競技場や高輪ゲートウェイ駅にいうのは、なぜなのか。これ正直な感想であって僕がその沖縄の建築家の方(女性)にいったのと同じ直感である。確かにくまけんの建物は決してかっこよくない。極めて表面的操作、いわば化粧に終始している。
つまり大衆は忖度する必要も意味もないから、建築業界と違って、東大閥の大先生にした手に出てないのである。僕もその業界内では、上記の沖縄の建築家の方みたいな、なんというのか業界常識みたいなので正直な意見を公には封殺されかねなかった。忖度の極度が建築雑誌なので彼は完全に王様扱いである。
僕は学科試験は受かったものの、製図試験を落とされまくった為(規定どおり書いてるのに他人からみて独特の図面なのか知らんが落とされる)、偶然、途中からほぼ直線で進んでた建築家の道は日本で今のところ閉ざされている。猛勉強し弟子入りいったから業界事情も大分知っているが部外者として語れる。
一般大衆側がなんで無忖度で正直に、裸の王様みたいな状態の人気建築家に直球でダサいというか。まあ視覚芸術って一見して全てがわかるところもあるから、僕と同じ直感でもあるが、そもそもくまけんの建築哲学への疑義もそれとなしには感じ取ってると思う。
もう少し詳しく考えよう。
くまけんこと隈研吾氏は『負ける建築』という真面目な建築学生なら大抵しっている本を書いて、いわば理論的な面から有名になった人である。この点ではコールハースと似ている。隈氏が独特なのは最初、ゼネコン(一般の建設会社)に務めていた経歴だ。
普通の建築家は最初からアトリエ系に行く。
業界の内部事情としては、次の様になっている。
(以下では説明の為に、設計事務所を大雑把に3つに分ける。個人事務所(アトリエ系)、組織事務所(組織系)、 建設会社(ゼネコン系)。ここでは煩瑣になるので組織系について詳しくは触れない。
なお梓設計は組織系であるが、作家個人が独立していない点ではゼネコン系に近い性質をあわせもっているといえる。以下ではゼネコン系と組織系がしばしば混同される傾向の文意が展開されるが、それは次の節で説明するが、建築家個人に責任がある体制との違いを強調する為で、組織系を貶めているとかでは決してないので他意はない。例えば茨城空港も梓設計だろうが、それなりによい建物に感じた。
なお以下に出すゼネコン系の戸田建設も茨城県庁舎など立派な作品があり、個人じゃないから建物自体の質が低いとは特にいえないだろう)
先ず建築家として偉いのはアトリエ系と呼ばれる、独立した設計事務所の人達、特に一番偉いのは国際的に活躍する有名建築家達である。理由としてはもともと建築士制度は欧米から輸入したのだが、向こうでは職業的美術家の一種で作家が独立している。
建築家協会の様なもの(日本で代表的なのは日本建築学会)は、職業倫理を教え、建築家が金儲け目的に粗製乱造しないよう講習したり国家資格の付与者を一定の数に絞っている。その種の事情は欧米でも基本的に同じだ。
対して一般大衆が考える建築士は、これと違って建設会社に雇われている会社員だ。
一定規模より大きな建物の設計管理には日本の法律として、建築士資格が必要だ(厳密にはただのデザイナー・設計者として建築士を使って作品を残している人もいる。マーク・ニューソンみたいなの。また施主、つまりたてぬしとして特定の注文をしたため設計者より有名な人もいる。八条宮家みたいなの)。
すなわち、欧米だとアーキテクト architectは建築家でも会社に雇われている建築士でもあるが、日本語だと建築家の方は一種の美称として独立した建築士についていわれる傾向にある。建設会社内で設計業務している人達を建築家とは、一応、日本語の慣用では余り使わないわけだ。
で、この独立していない建設会社内の建築士達と、独立した建築家達(とその弟子達)とは、大きく分けて別の種類の人達である。
理由としては建設会社内の人達は商売でやっているのだが、独立した建築家達は清貧でやっている傾向にある。僕がみたかぎり世界的建築家の妹島事務所ですらそうだった。
実は僕が行った頃の妹島事務所の前には梓設計という、空港建築とかで有名な、いちおう建設会社系の設計事務所があった。
(今から下に書くことは僕の人生経験として書くので、梓設計を揶揄とかは一切していないし、当時の妹島事務所の現実で、他意がないのでもし業界人読んでも怒らないで頂きたい。)
くまけんの就職した戸田建設みたいな代表格に比べると梓側の意識は違うかもしれないが、僕の時は倉庫内でコンビニ手弁当だった妹島氏を慕う学生見習いに比べ、梓は道を挟んで湾岸側に立派な事務所を建てていた。川辺の2階にはテラスまであってそこで、梓設計の会社員の人達が優雅に昼食しておられた。
ほんで、僕は親友がみたいといったかで、天王洲アイルにあった当時の妹島事務所の前まで彼を案内したんだけど、その梓設計の隣の敷地はちょっとした駐車場みたいになってて運河のすぐ前まで出られた。
僕と親友はそこまで行って手すりにもたれて話してたが、多分お昼の頃で、梓の人がテラスにいた。
そこで梓の人達がどんな顔してたかというと、まあ静かな運河の前だから僕らが気炎を吐いてたら向こうにも聴こえている。で、テラスで腰掛けてランチ休憩だかの彼らは、ちょっと僕ら(福島・茨城から出てきた、典型的なバイト学生ですね)を見下したかの様な、哀れむ様な、おかしがる様な表情していた。
その時、僕は無理に妹島さんに頼み込んで働かせてもらっていたので無償のただ働き(模型作り手伝って掃除させてもらってただけだが)というか、いわゆるインターン、オープンデスク学生の扱いである。
(労基法がどうとかじゃなく、建築学生界では一種の実習で事務所の見習いさせてもらう期間がある)
だからその梓の方がなにもかも金持ちなのは明らかだが、こっちは世界的建築(当時はルーブル・ランスの模型を作ってた)の手伝いだぞと、気持ちだけやせ我慢の説してたわけである。
多分梓には僕と大して年齢違わない人もいたんじゃないだろうか? 当然高いお給料貰えていたと思う。
しかし妹島事務所の台所事情は大分厳しかった様にみえ、しかも世界中から色んな国々の学生が見習いにくるので正規で雇われるには競争率も激しく、相当というか限界まで頑張っている人達だらけであった。
当時妹島さんは慶応で教えてて学生だらけなので学芸会のノリに近く、泊まり込んでた人もいた。
そういう我々を見かねてか、ある日、妹島さんは沢山のおにぎりを差し入れしてくれた。しかも夏の暑い頃だったのもあるのか、わざわざ僕らが模型作っていた倉庫の天井にエアコンつけてくれた(模型だらけの中に西沢立衛さんの事務所スペースというか模型上に組まれたロフトみたいな狭い空間があった)。
そこに集まっていた学生の人達は、21美の経緯で金沢から来た人も、慶応院の学生も、イタリアだのフランスだのアメリカだのからきてる人、或いはインドぽい人とかもいた。まあそれはわき道だから省くが、要は彼らにかねがあるとは到底おもえなかった。単にSANAAの建築が好きで手伝いにきていたのだ。
そんでだ。
僕の高校の同級生には、多分その建設会社系(general constru(a)ctorまたはcontru(a)ctorの略で、ゼネコン系という)に就職した友達もいたが、普通に給料貰って結婚して、みたいな意志でそういうところにいくのだ。僕はそういう世俗は完全無視なので直球でアトリエ系しか眼中になかった。
大分迂回したが本筋にもどる。
くまけんはそのゼネコン系で有名所な戸田建設にいた。そういう会社の特徴としては圧倒的独創性とか基本的にはNGなのである。お堅い物を型通りに作る。
前も書いたけど(『立派な芸術は立派な真意で作られる』)、くまけんは独立後もこの癖が全然抜けない。基本設計は型通りにつくり、その上に一見独創っぽくおしゃれっぽく擬似和風っぽく、今風にみえるようなにか、特に和っぽくみえる木を貼り付けることが多い。
だがアトリエ系の種類によっては、ガチでやばい(肯定的な意味で凄いって意味です)人達というのがいて、僕の知るかぎり現役で世界で一番やばいのはせじまさんなわけだけども、構造(いわば骨組み)からして根本的に違うのを提出してくる場合がある。基本設計どころか構造の概念に革新を加えている。
PCでたとえると、普通の人がなにかサイト作ってといったらジャバスクリプトをウィンドウズでいじくって提出で終わりかもしれんが、ガチだとプログラミング言語から作りなおして対応OS違うじゃんってのがくるだろう。マックのお手伝いしてたと思ったらOS自作だったみたいなビルゲイツみたいなの。
建築だと、それが構造を一から考え直してるもので、完全に独創的としかいえないから、既存のゼネコンだと確実にはじかれる設計である。前例がないし、手間が大変だし、そもそもちゃんと建つか実例ないから会社の信用の為に保守的になってやらない。しかしアトリエ系で勇気があるところは甘んじてやる。
暫く前だと安藤忠雄事務所もかなりそれだった。彼は東大講義録『建築を語る』などの著書で繰り返し述べるよう、丹下健三の代々木競技場の必死の現場をみたりして難度の高い建築作業に夢見、或る意味でザハ的な作るの大変そうなの好む傾向がある。職人魂を全力で活かすには簡単な建物ではダメなわけだ。
幸田露伴の『五重塔』を忠雄が重要書籍に挙げるのは、彼のその種の職人魂を燃やさせたからである。で、新国立競技場の設計選定で、忠雄は審査委員長として、(ほぼくまけん案がぱくった)かぜの通り道かねる、不定形で環境圧迫を弱めた妹島・西沢案ではなく、より建設難易度が高い大仰なザハ案を択んだわけだ。
ここまでくると、大分わかってきたのではないか。
くまけんが新国立の最終設計者に選定された経緯は上述の小論でも書いたけれども、もともと彼は寄せ集め的な色が濃い設計をする人だ。しかも擬似和風もそのうちの一つとして彼が身に着けていった芸風で、NYに畳み持ち込んだ時以来、実は底は浅い。
是非ともM2ビルをみてほしい。あれがくまけん建築の粋で、原点で、処女作にすべてが現れるとよくいうが、完全に僕としてはそのアノマリー(奇想天外)的な内容の結晶であると思う。僕の知る彼の最高傑作は『ロータスハウス』と前もいったけど、M2はもっと彼の本質を現している。ダサ超えのキッチュだ。
擬似和風はくまけん設計のその寄せ集め本能の一部として定型化したアイコンでしかなく、本当はポストモダン的に、流用的に、前時代の手法をゼネコン建築の下敷きにコラージュしていくのが彼の本領なのである。これは馬鹿にしているのではない。現代美術的な文法で解析するとそういう作家なのである。
『負ける建築』と言っていた理論は、僕が専門学校生の頃みていた範囲では、その種の彼の実践と大分ずれていた。ぶっちゃけ、結果からみると売名の為の手段であった。コールハースもコルビュジエも(特にコルブは後期に五原則を破っていったから)或る意味ではそうだったから、珍しくもない話だが。
負ける建築とは、くまけん理論だと、これまで近代建築は環境に宇宙船みたいなのをぶつけて異様を誇っていたが、そうじゃなくて環境の制約条件にあわせ、目立たずその周りに調和するのがいいんだよ、という理屈。
がこれ日本の伝統建築も基本同じ、それ学んだフランク・ロイド・ライトもそうだった。
つまり負ける建築理論とは、ある種の日本の伝統建築理論なのである。だからいうまでもないことで、縄文遺跡、弥生遺跡、寝殿造に書院造、で庭つき一戸建てまでの建築史を多少あれ感覚で知っている古きよき日本人が設計する時は無意識に日本庭園とかが脳裏にあって、そういう傾向というか味わいが出る。
逆に、庭や周辺環境を無視していたのは実際、コルビュジエくらいである。彼の理屈だとパリの都市環境では地上界が汚れてるからピロティで浮かし、屋上庭園作るしかない。それを少し鵜呑みにしてたのが安藤忠雄で、忠雄が仮想敵だったくまけんが当時の建築界へ名乗り挙げる手段が負ける建築論だった。
(くまけんの文によると、『住吉の長屋』の施主さんに建物案内してもらったらテニスラケットが室内にかけてあって、週末住宅状態で使われており、忠雄の当時主張していた都市ゲリラみたいな風貌はある種の売名目的のフェイクだったと悟った云々。これで忠雄に対置する理論をつくりはじめたんだろう)
話をまとめると、一般人がくまけん建築をみて直感でだせーとか素人じゃんとかいうのは、或る意味で正しい。なぜなら彼は原点M2からして寄せ集め的にそういう雑貨を偽物感の元に提示するキッチュな味わいが本領の人だからである。和風っぽさが偽っぽいのも真実で最初から竹並べたりそうだったのだ。
逆に、和風とは一体なにかを本質までつきつめている人、いわばエクストリーム和風が妹島さんなので、同時代の有名建築家ではあるが、くまけんとは対極的でもある。
例えば『21美(金沢21世紀美術館)』なんて建物全体が縁側、広縁みたく作られている。庭に開かれ平ら、外人はああいう発想しづらい。
無論それは序盤戦で、妹島建築はちゃんとゼネコン的な枠に収めてくる場合(日立駅とか日立市庁舎、ルーブルランスのよう質実剛健に近くしっかりしたの)もあるし、そうでなくてまじでキチってるのもある。僕の親友も一例で挙げてたが東雲キャナルコートとか公団住宅の型ぶっ壊し住めるのってレベルだ。
どこがやばいかというと縁側みたいな細長く日常使う通路(これもエクストリーム和風)がビルの外にガラス張りで、しかもその通路に洗面があるとかだ。ここにあったら気持ちいいでしょ、みたいな素朴な発想なんだが。しかも部屋自体もメゾネット形式で吹き抜けがガラス張り巡ってる古民家みたいとか。
しかし、くまけんはこの点で飽くまで東大卒の常識人だから、建築設計のやばさが生活様式の革命として日常に侵入してこない。どこもかしこも普通に作ってある。ほんとの話、表面的に見た目が凄いねってだけである。だから僕はツマンネ、となって嫌いなのだが、上述した沖縄人にわかってもらえなかった。
んで、一般東京人がくまけんはそこらにある明朝体フォント使ってて、とってつけたようで安っぽくてダセーとか、これは完全に正義の批評でその通りなのである。というか最初から彼はそれが持ち味なのだから真を穿っている。建築界が彼の箔(東大の先生、しかも戸田出)にビビッているだけのことなのだ。
さらにいうと、上の小論にも写真引用したが、くまけんは基本設計が下手ということは前々から僕が指摘してきている通りである。『ココン烏山』入ってすぐの滝のすぐ横に青いビニールシートかけてある、電源コンセントに水かかっちゃうから。そんなレベルなのだ。表面だけお洒落ぽいけど基本設計は巧くない。
これも業界事情を熟知してると十分わかる話。今から説明しよう。ここまで読み進める人は建築に関心がある人だから興味深いであろう。
実は一級建築士ってそういう細かい設計の実践って一切積んでいない事がある。逆に二級の人、木造建築士、大工さんのが積んでいる。一級は勉強しただけが多い。
制度的に、建築士制度って院生優遇になっている。学歴社会である。一切実践やってなくても受験勉強すれば一級建築士を取れる(但し管理建築士として具体的に設計業務を全面的に任せられるには2年だったか実務の手伝いが必要)。それで学校の勉強だけできる人が一級もってて、実務が雑魚な事がある。
逆に、大工さんとか建設作業員とかは、何年やっててプロ職人でも、勉強できないと学科もある建築士とれない。
(僕は勉強は一応できるので独学で学科クリアできたが製図が受からなかったタイプだが、画家みたく個性や独創性出すのが前提の職能だと、型に嵌った図面を描くのが逆に凄く難しいのだろう)
すなわち、くまけんはこの「勉強できるが、実務やってない」タイプの典型例である。東大入れる学力だったら学科なんて楽勝レベルで最初から一級なんて軽々とれてしまう(僕は一級も二級も試験監督のバイトやったりしたけど、製図除いて学科だけなら大体、一級は早慶入試くらいの難易度に思う。二級はマーチくらいか)。
これも上の小論でも書いたが、大規模建築は実績ある人に任される傾向、くまけんはスタジアムの素人であった。ただでさえ基本設計が職人的な意味で巧くはない(正直な話、建築士試験の解答みたいで、凡打者というか、実務的配慮が足りない場合が多い)のに、写真雑誌の下駄で仕事規模ばかり大きくなる。
くまけんは普段から継ぎ接ぎ的操作によって写真写りがいい建築を得意とする。雑誌写りはぴか一にいい。経歴も(建築界では一部で噂される私生活除けば)極めて立派というか学歴エリートだから、もちあげられまくる。
そこにきて和風ぽくみえるから明朝フォント好きなのである。それが落ちである。
(画像URL:https://twitter.com/tetsudo_com/status/1236871658796773376)
で渋谷駅も明朝体で、駅の視認性悪いってツイートがあったが渋谷駅もくまけん。明朝体が前から好きなんだろう。
妹島設計の『日立駅』は多分自分の知るかぎり世界でも一番洗練された駅と思うがフォント確認したらゴシックだった。
(画像URL:https://images.app.goo.gl/p9BpUJrduC3TzkFc8
https://images.app.goo.gl/SLJHYspruucYZ4Mh9)
むかし、僕はある沖縄の建築家(まだ駆け出し)の人に、くまけんの設計嫌いといったら「嫉妬しちゃだめだよ」といわれた。でも僕としては全然そうじゃないのでこのひと誤解してるなぁと思った。
僕はくまけんの建築あちこちでみて、これ『M2ビル』からかわってねー表面だけの切り貼りだと思ってるのだ。
一定より深い建築ファンなら絶対わかる話として、僕は妹島さんの建築は超一流のもので、少なくともミースを超えていると思っている。だから21才だかの頃に僕は直線で妹島氏に弟子入りにいった。なぜそういえるかだが構造という根本原理から革新的だからだ。鋼板で作ってある『梅林の家』なんて典型例だろう。
が。くまけんの実作色々見たんだが一個もいいのがなかった。彼の作品集もGAなどで大体網羅してみていたけどやはり同じで、そもそも処女作から、美術用語でいえば寄せ集め(アッサンブラージュ)的なもの、もっといえば流用(アプロプリエーション)的な色が強い作家である。
まあ磯崎新とかもだが。
建築学の用語でいうと脱構築主義(デコンストラクショニズム)みたいな流れがあって、例えばOMAのコールハースなんかが典型例だけど、くまけんは擬似和風建築やりだす前まで完全にそれだったわけだ。擬似とは、僕から見ると構造は平凡な木造・鉄骨・RC造で、表面に木を貼り付けてあるだけだからだ。
要するに、まあこれは曖昧な用語だがポストモダン建築の派生作家というのが僕のみてきたくまけんで、東大閥の中では凄く売れっ子になりましたが、正直な話、建築雑誌がもちあげすぎている点はある。日本の建築界では丹下健三以来、東大閥の権威や箔がかなり有効だから下駄は大分履かされるのだ。
んで。じゃあ一般大衆がダサいダサいと、くまけん設計の新国立競技場や高輪ゲートウェイ駅にいうのは、なぜなのか。これ正直な感想であって僕がその沖縄の建築家の方(女性)にいったのと同じ直感である。確かにくまけんの建物は決してかっこよくない。極めて表面的操作、いわば化粧に終始している。
つまり大衆は忖度する必要も意味もないから、建築業界と違って、東大閥の大先生にした手に出てないのである。僕もその業界内では、上記の沖縄の建築家の方みたいな、なんというのか業界常識みたいなので正直な意見を公には封殺されかねなかった。忖度の極度が建築雑誌なので彼は完全に王様扱いである。
僕は学科試験は受かったものの、製図試験を落とされまくった為(規定どおり書いてるのに他人からみて独特の図面なのか知らんが落とされる)、偶然、途中からほぼ直線で進んでた建築家の道は日本で今のところ閉ざされている。猛勉強し弟子入りいったから業界事情も大分知っているが部外者として語れる。
一般大衆側がなんで無忖度で正直に、裸の王様みたいな状態の人気建築家に直球でダサいというか。まあ視覚芸術って一見して全てがわかるところもあるから、僕と同じ直感でもあるが、そもそもくまけんの建築哲学への疑義もそれとなしには感じ取ってると思う。
もう少し詳しく考えよう。
くまけんこと隈研吾氏は『負ける建築』という真面目な建築学生なら大抵しっている本を書いて、いわば理論的な面から有名になった人である。この点ではコールハースと似ている。隈氏が独特なのは最初、ゼネコン(一般の建設会社)に務めていた経歴だ。
普通の建築家は最初からアトリエ系に行く。
業界の内部事情としては、次の様になっている。
(以下では説明の為に、設計事務所を大雑把に3つに分ける。個人事務所(アトリエ系)、組織事務所(組織系)、 建設会社(ゼネコン系)。ここでは煩瑣になるので組織系について詳しくは触れない。
なお梓設計は組織系であるが、作家個人が独立していない点ではゼネコン系に近い性質をあわせもっているといえる。以下ではゼネコン系と組織系がしばしば混同される傾向の文意が展開されるが、それは次の節で説明するが、建築家個人に責任がある体制との違いを強調する為で、組織系を貶めているとかでは決してないので他意はない。例えば茨城空港も梓設計だろうが、それなりによい建物に感じた。
なお以下に出すゼネコン系の戸田建設も茨城県庁舎など立派な作品があり、個人じゃないから建物自体の質が低いとは特にいえないだろう)
先ず建築家として偉いのはアトリエ系と呼ばれる、独立した設計事務所の人達、特に一番偉いのは国際的に活躍する有名建築家達である。理由としてはもともと建築士制度は欧米から輸入したのだが、向こうでは職業的美術家の一種で作家が独立している。
建築家協会の様なもの(日本で代表的なのは日本建築学会)は、職業倫理を教え、建築家が金儲け目的に粗製乱造しないよう講習したり国家資格の付与者を一定の数に絞っている。その種の事情は欧米でも基本的に同じだ。
対して一般大衆が考える建築士は、これと違って建設会社に雇われている会社員だ。
一定規模より大きな建物の設計管理には日本の法律として、建築士資格が必要だ(厳密にはただのデザイナー・設計者として建築士を使って作品を残している人もいる。マーク・ニューソンみたいなの。また施主、つまりたてぬしとして特定の注文をしたため設計者より有名な人もいる。八条宮家みたいなの)。
すなわち、欧米だとアーキテクト architectは建築家でも会社に雇われている建築士でもあるが、日本語だと建築家の方は一種の美称として独立した建築士についていわれる傾向にある。建設会社内で設計業務している人達を建築家とは、一応、日本語の慣用では余り使わないわけだ。
で、この独立していない建設会社内の建築士達と、独立した建築家達(とその弟子達)とは、大きく分けて別の種類の人達である。
理由としては建設会社内の人達は商売でやっているのだが、独立した建築家達は清貧でやっている傾向にある。僕がみたかぎり世界的建築家の妹島事務所ですらそうだった。
実は僕が行った頃の妹島事務所の前には梓設計という、空港建築とかで有名な、いちおう建設会社系の設計事務所があった。
(今から下に書くことは僕の人生経験として書くので、梓設計を揶揄とかは一切していないし、当時の妹島事務所の現実で、他意がないのでもし業界人読んでも怒らないで頂きたい。)
くまけんの就職した戸田建設みたいな代表格に比べると梓側の意識は違うかもしれないが、僕の時は倉庫内でコンビニ手弁当だった妹島氏を慕う学生見習いに比べ、梓は道を挟んで湾岸側に立派な事務所を建てていた。川辺の2階にはテラスまであってそこで、梓設計の会社員の人達が優雅に昼食しておられた。
ほんで、僕は親友がみたいといったかで、天王洲アイルにあった当時の妹島事務所の前まで彼を案内したんだけど、その梓設計の隣の敷地はちょっとした駐車場みたいになってて運河のすぐ前まで出られた。
僕と親友はそこまで行って手すりにもたれて話してたが、多分お昼の頃で、梓の人がテラスにいた。
そこで梓の人達がどんな顔してたかというと、まあ静かな運河の前だから僕らが気炎を吐いてたら向こうにも聴こえている。で、テラスで腰掛けてランチ休憩だかの彼らは、ちょっと僕ら(福島・茨城から出てきた、典型的なバイト学生ですね)を見下したかの様な、哀れむ様な、おかしがる様な表情していた。
その時、僕は無理に妹島さんに頼み込んで働かせてもらっていたので無償のただ働き(模型作り手伝って掃除させてもらってただけだが)というか、いわゆるインターン、オープンデスク学生の扱いである。
(労基法がどうとかじゃなく、建築学生界では一種の実習で事務所の見習いさせてもらう期間がある)
だからその梓の方がなにもかも金持ちなのは明らかだが、こっちは世界的建築(当時はルーブル・ランスの模型を作ってた)の手伝いだぞと、気持ちだけやせ我慢の説してたわけである。
多分梓には僕と大して年齢違わない人もいたんじゃないだろうか? 当然高いお給料貰えていたと思う。
しかし妹島事務所の台所事情は大分厳しかった様にみえ、しかも世界中から色んな国々の学生が見習いにくるので正規で雇われるには競争率も激しく、相当というか限界まで頑張っている人達だらけであった。
当時妹島さんは慶応で教えてて学生だらけなので学芸会のノリに近く、泊まり込んでた人もいた。
そういう我々を見かねてか、ある日、妹島さんは沢山のおにぎりを差し入れしてくれた。しかも夏の暑い頃だったのもあるのか、わざわざ僕らが模型作っていた倉庫の天井にエアコンつけてくれた(模型だらけの中に西沢立衛さんの事務所スペースというか模型上に組まれたロフトみたいな狭い空間があった)。
そこに集まっていた学生の人達は、21美の経緯で金沢から来た人も、慶応院の学生も、イタリアだのフランスだのアメリカだのからきてる人、或いはインドぽい人とかもいた。まあそれはわき道だから省くが、要は彼らにかねがあるとは到底おもえなかった。単にSANAAの建築が好きで手伝いにきていたのだ。
そんでだ。
僕の高校の同級生には、多分その建設会社系(general constru(a)ctorまたはcontru(a)ctorの略で、ゼネコン系という)に就職した友達もいたが、普通に給料貰って結婚して、みたいな意志でそういうところにいくのだ。僕はそういう世俗は完全無視なので直球でアトリエ系しか眼中になかった。
大分迂回したが本筋にもどる。
くまけんはそのゼネコン系で有名所な戸田建設にいた。そういう会社の特徴としては圧倒的独創性とか基本的にはNGなのである。お堅い物を型通りに作る。
前も書いたけど(『立派な芸術は立派な真意で作られる』)、くまけんは独立後もこの癖が全然抜けない。基本設計は型通りにつくり、その上に一見独創っぽくおしゃれっぽく擬似和風っぽく、今風にみえるようなにか、特に和っぽくみえる木を貼り付けることが多い。
だがアトリエ系の種類によっては、ガチでやばい(肯定的な意味で凄いって意味です)人達というのがいて、僕の知るかぎり現役で世界で一番やばいのはせじまさんなわけだけども、構造(いわば骨組み)からして根本的に違うのを提出してくる場合がある。基本設計どころか構造の概念に革新を加えている。
PCでたとえると、普通の人がなにかサイト作ってといったらジャバスクリプトをウィンドウズでいじくって提出で終わりかもしれんが、ガチだとプログラミング言語から作りなおして対応OS違うじゃんってのがくるだろう。マックのお手伝いしてたと思ったらOS自作だったみたいなビルゲイツみたいなの。
建築だと、それが構造を一から考え直してるもので、完全に独創的としかいえないから、既存のゼネコンだと確実にはじかれる設計である。前例がないし、手間が大変だし、そもそもちゃんと建つか実例ないから会社の信用の為に保守的になってやらない。しかしアトリエ系で勇気があるところは甘んじてやる。
暫く前だと安藤忠雄事務所もかなりそれだった。彼は東大講義録『建築を語る』などの著書で繰り返し述べるよう、丹下健三の代々木競技場の必死の現場をみたりして難度の高い建築作業に夢見、或る意味でザハ的な作るの大変そうなの好む傾向がある。職人魂を全力で活かすには簡単な建物ではダメなわけだ。
幸田露伴の『五重塔』を忠雄が重要書籍に挙げるのは、彼のその種の職人魂を燃やさせたからである。で、新国立競技場の設計選定で、忠雄は審査委員長として、(ほぼくまけん案がぱくった)かぜの通り道かねる、不定形で環境圧迫を弱めた妹島・西沢案ではなく、より建設難易度が高い大仰なザハ案を択んだわけだ。
ここまでくると、大分わかってきたのではないか。
くまけんが新国立の最終設計者に選定された経緯は上述の小論でも書いたけれども、もともと彼は寄せ集め的な色が濃い設計をする人だ。しかも擬似和風もそのうちの一つとして彼が身に着けていった芸風で、NYに畳み持ち込んだ時以来、実は底は浅い。
是非ともM2ビルをみてほしい。あれがくまけん建築の粋で、原点で、処女作にすべてが現れるとよくいうが、完全に僕としてはそのアノマリー(奇想天外)的な内容の結晶であると思う。僕の知る彼の最高傑作は『ロータスハウス』と前もいったけど、M2はもっと彼の本質を現している。ダサ超えのキッチュだ。
擬似和風はくまけん設計のその寄せ集め本能の一部として定型化したアイコンでしかなく、本当はポストモダン的に、流用的に、前時代の手法をゼネコン建築の下敷きにコラージュしていくのが彼の本領なのである。これは馬鹿にしているのではない。現代美術的な文法で解析するとそういう作家なのである。
『負ける建築』と言っていた理論は、僕が専門学校生の頃みていた範囲では、その種の彼の実践と大分ずれていた。ぶっちゃけ、結果からみると売名の為の手段であった。コールハースもコルビュジエも(特にコルブは後期に五原則を破っていったから)或る意味ではそうだったから、珍しくもない話だが。
負ける建築とは、くまけん理論だと、これまで近代建築は環境に宇宙船みたいなのをぶつけて異様を誇っていたが、そうじゃなくて環境の制約条件にあわせ、目立たずその周りに調和するのがいいんだよ、という理屈。
がこれ日本の伝統建築も基本同じ、それ学んだフランク・ロイド・ライトもそうだった。
つまり負ける建築理論とは、ある種の日本の伝統建築理論なのである。だからいうまでもないことで、縄文遺跡、弥生遺跡、寝殿造に書院造、で庭つき一戸建てまでの建築史を多少あれ感覚で知っている古きよき日本人が設計する時は無意識に日本庭園とかが脳裏にあって、そういう傾向というか味わいが出る。
逆に、庭や周辺環境を無視していたのは実際、コルビュジエくらいである。彼の理屈だとパリの都市環境では地上界が汚れてるからピロティで浮かし、屋上庭園作るしかない。それを少し鵜呑みにしてたのが安藤忠雄で、忠雄が仮想敵だったくまけんが当時の建築界へ名乗り挙げる手段が負ける建築論だった。
(くまけんの文によると、『住吉の長屋』の施主さんに建物案内してもらったらテニスラケットが室内にかけてあって、週末住宅状態で使われており、忠雄の当時主張していた都市ゲリラみたいな風貌はある種の売名目的のフェイクだったと悟った云々。これで忠雄に対置する理論をつくりはじめたんだろう)
話をまとめると、一般人がくまけん建築をみて直感でだせーとか素人じゃんとかいうのは、或る意味で正しい。なぜなら彼は原点M2からして寄せ集め的にそういう雑貨を偽物感の元に提示するキッチュな味わいが本領の人だからである。和風っぽさが偽っぽいのも真実で最初から竹並べたりそうだったのだ。
逆に、和風とは一体なにかを本質までつきつめている人、いわばエクストリーム和風が妹島さんなので、同時代の有名建築家ではあるが、くまけんとは対極的でもある。
例えば『21美(金沢21世紀美術館)』なんて建物全体が縁側、広縁みたく作られている。庭に開かれ平ら、外人はああいう発想しづらい。
無論それは序盤戦で、妹島建築はちゃんとゼネコン的な枠に収めてくる場合(日立駅とか日立市庁舎、ルーブルランスのよう質実剛健に近くしっかりしたの)もあるし、そうでなくてまじでキチってるのもある。僕の親友も一例で挙げてたが東雲キャナルコートとか公団住宅の型ぶっ壊し住めるのってレベルだ。
どこがやばいかというと縁側みたいな細長く日常使う通路(これもエクストリーム和風)がビルの外にガラス張りで、しかもその通路に洗面があるとかだ。ここにあったら気持ちいいでしょ、みたいな素朴な発想なんだが。しかも部屋自体もメゾネット形式で吹き抜けがガラス張り巡ってる古民家みたいとか。
しかし、くまけんはこの点で飽くまで東大卒の常識人だから、建築設計のやばさが生活様式の革命として日常に侵入してこない。どこもかしこも普通に作ってある。ほんとの話、表面的に見た目が凄いねってだけである。だから僕はツマンネ、となって嫌いなのだが、上述した沖縄人にわかってもらえなかった。
んで、一般東京人がくまけんはそこらにある明朝体フォント使ってて、とってつけたようで安っぽくてダセーとか、これは完全に正義の批評でその通りなのである。というか最初から彼はそれが持ち味なのだから真を穿っている。建築界が彼の箔(東大の先生、しかも戸田出)にビビッているだけのことなのだ。
さらにいうと、上の小論にも写真引用したが、くまけんは基本設計が下手ということは前々から僕が指摘してきている通りである。『ココン烏山』入ってすぐの滝のすぐ横に青いビニールシートかけてある、電源コンセントに水かかっちゃうから。そんなレベルなのだ。表面だけお洒落ぽいけど基本設計は巧くない。
これも業界事情を熟知してると十分わかる話。今から説明しよう。ここまで読み進める人は建築に関心がある人だから興味深いであろう。
実は一級建築士ってそういう細かい設計の実践って一切積んでいない事がある。逆に二級の人、木造建築士、大工さんのが積んでいる。一級は勉強しただけが多い。
制度的に、建築士制度って院生優遇になっている。学歴社会である。一切実践やってなくても受験勉強すれば一級建築士を取れる(但し管理建築士として具体的に設計業務を全面的に任せられるには2年だったか実務の手伝いが必要)。それで学校の勉強だけできる人が一級もってて、実務が雑魚な事がある。
逆に、大工さんとか建設作業員とかは、何年やっててプロ職人でも、勉強できないと学科もある建築士とれない。
(僕は勉強は一応できるので独学で学科クリアできたが製図が受からなかったタイプだが、画家みたく個性や独創性出すのが前提の職能だと、型に嵌った図面を描くのが逆に凄く難しいのだろう)
すなわち、くまけんはこの「勉強できるが、実務やってない」タイプの典型例である。東大入れる学力だったら学科なんて楽勝レベルで最初から一級なんて軽々とれてしまう(僕は一級も二級も試験監督のバイトやったりしたけど、製図除いて学科だけなら大体、一級は早慶入試くらいの難易度に思う。二級はマーチくらいか)。
これも上の小論でも書いたが、大規模建築は実績ある人に任される傾向、くまけんはスタジアムの素人であった。ただでさえ基本設計が職人的な意味で巧くはない(正直な話、建築士試験の解答みたいで、凡打者というか、実務的配慮が足りない場合が多い)のに、写真雑誌の下駄で仕事規模ばかり大きくなる。
くまけんは普段から継ぎ接ぎ的操作によって写真写りがいい建築を得意とする。雑誌写りはぴか一にいい。経歴も(建築界では一部で噂される私生活除けば)極めて立派というか学歴エリートだから、もちあげられまくる。
そこにきて和風ぽくみえるから明朝フォント好きなのである。それが落ちである。
2020年3月10日
肉体は神性に至る手段
自分にとって肉体は余り重要ではない。その肉体は動物的なものにすぎないので、自分にとってこの世で意味があるのは特に脳の働きのうち、我々が魂とか精神と呼んできた要素だ。
随分前から自分はこの感覚をもっていて、それで死を恐れていない。肉体は仮の物で失われるが、魂の働きは伝達で永遠だ。
自分はできるだけその魂の働きに全人生を注ぎ込んできたし、今後もそうするだろう。
思えば子供の頃から僕は肉体としてのこの世になんの価値も認めていなかった様に思う。
プラトンより僕の方が、より現世に執着がない。なぜなら肉体の価値を彼より低くしか認めていないからだ。
3歳の頃に母親が疲れて昼寝するとき、自分は疲れていないので無理やり隣で寝させられたのだが、このとき暑苦しくて一人で考えていた。なぜこれほど苦痛な肉体に縛られなければならないのかと。
その後も肉体を通じてはこの世に、特に優れた点は認められなかった。寧ろ自分には肉体は邪魔だった。
しかし、自分のみてきた現世の人類たちは、この肉体に極めて囚われ易く、寧ろ肉体に動かされている人達が多かった。というか自分以外の全人類がそうみえた。
自分だけが肉体を他人事の様にみているので、その要素に一喜一憂できない。だから女がイケメンがどうとかいっていても、猿にしかみえない。
ヒトはさも高級な被造物ぶっているが、それは古代ユダヤ人の聖書による捏造で、ダーウィンがみぬいたよう類人猿から進化した二足歩行の猿の変種だろう。だから僕の目からみると、ヒトがサルなのは正しいのだ。
彼らはサルなのだが自分がサルと気づいていない。つまり傲慢なサルなのである。
自分にとって特に意味をもっていたのは、純粋美術、つまり音楽、絵、彫刻、建築、文芸の類だった。なぜそうなのかならこれらは精神性の純度の高い結晶だったからだ。肉体に余り関わるところがなく、外部の物を人間向けにつくりかえたものだった。その中でも精神性が高い物の方がより親しみ易かった。
これと逆に、運動競技とか、舞踊の様な身体芸術とか、政治とか、商業の様な肉体を直接使う生業は、自分にとって次元が低い、又は親しみづらい物に感じられた。というか余り興味がもてない。特に商人については拝金的な利己心に基づき行動している点が自分と余りに違う生態なので、完全に他人事だ。
ウォーホルが「僕を知りたければ僕の絵をみればいい。僕はゼロだ」云々といっていたのだが、自分も彼のそれらの発言と文脈は違うにしても(彼は機械ぶっていたが、自分は神性に極力近づきたい)、半分は同意する。なぜならこの肉体の方に自分は自分の意味とか価値を認めていないからだ。
自分にとって、この世は、この精神、或いは脳のつくりだす意識が、世界を観察する為の装置である。その意味でアリストテレスがいう観想が最高幸福だという意見に、かなりの程度同意する。アリストテレスと違うとしても、自分は聴覚その他の感覚も使うし、寧ろ主体的に世界を作り変えるのに意義をみる。
アリストテレスは最高幸福をただひたすら受動的なものだとみていた。しかし自分が(結果として短期間になったが弟子入りに行った)妹島和世氏の仕事を身近に見て感じたのは、神性には能動的な要素もある。寧ろ世界全体を自在に、理想的に作り直す能力が、技術面での神性、全能性の様に感じた。
妹島氏はそうは思ってないだろうが、建築の場合も、その装飾要素といえる絵や彫刻の場合と同じく、ある意味で創作の神に仕える様なところに行き着く。自分のみたかぎり、彼女は無限につくり、その中で最善の形を探り続けていたのだが、形相論でいう可能・現実態の間に目的の形を探っていた。
つまり究極の形は、他の手段ではなくそれ自体が目的の形、いいかえれば神的なもの足らざるを得ない。その神らしさに近づくには、無限の試作が必要である。なぜならそれは理想そのもので、当為だからだ。妹島氏はこれゆえ、設計期間が許すかぎりギリギリまで果てしない試作を重ねていた。
芸術家として為しうるのは、一生の期間をギリギリまで使って、この神性に漸近し続けることである。
もし可能なら、人は一芸に秀でるだけでなく全能を目指さなければならない。結果としては万能性にしか到達できないだろうが、それでも神性にできるだけ接近し続ける努力が、理想の目的と一致する。
もしこの世界が最早つくりかえる必要がないほど完璧なら、肉体も必要ない。なぜ肉体があるかなら、生物学的にいえば環境に再適応する為だ。能動的に環境を作りかえる必要があるのは、いわば理想の世界がまだ出来上がっていないせいである。
完成した世界で人は寧ろ神のよう永遠に幸福であるだろう。
とるにたりない芸術家は、下賤な理想を作品に投影している。現代でいえば漫画家やアニメーターらがその類である。彼らは低俗な理想しかもっていないので、理想の純度であるところの抽象性の低い作品しかつくりえない。
つまり神性には次元がある。特に最高次元の神性は、最もその抽象度が高い。
この世で為しうるしごとのすべてもこの抽象性の次元にすぎないのだから、できるだけ高次元の抽象度で理想を表現するのが、能動的な神性の為すべきわざである。
肉体は所詮この為には手段でしかない。調度、高い山に登る者が手足その他を使ってそうする様に、肉体は神性へ至る機能でしかない。
随分前から自分はこの感覚をもっていて、それで死を恐れていない。肉体は仮の物で失われるが、魂の働きは伝達で永遠だ。
自分はできるだけその魂の働きに全人生を注ぎ込んできたし、今後もそうするだろう。
思えば子供の頃から僕は肉体としてのこの世になんの価値も認めていなかった様に思う。
プラトンより僕の方が、より現世に執着がない。なぜなら肉体の価値を彼より低くしか認めていないからだ。
3歳の頃に母親が疲れて昼寝するとき、自分は疲れていないので無理やり隣で寝させられたのだが、このとき暑苦しくて一人で考えていた。なぜこれほど苦痛な肉体に縛られなければならないのかと。
その後も肉体を通じてはこの世に、特に優れた点は認められなかった。寧ろ自分には肉体は邪魔だった。
しかし、自分のみてきた現世の人類たちは、この肉体に極めて囚われ易く、寧ろ肉体に動かされている人達が多かった。というか自分以外の全人類がそうみえた。
自分だけが肉体を他人事の様にみているので、その要素に一喜一憂できない。だから女がイケメンがどうとかいっていても、猿にしかみえない。
ヒトはさも高級な被造物ぶっているが、それは古代ユダヤ人の聖書による捏造で、ダーウィンがみぬいたよう類人猿から進化した二足歩行の猿の変種だろう。だから僕の目からみると、ヒトがサルなのは正しいのだ。
彼らはサルなのだが自分がサルと気づいていない。つまり傲慢なサルなのである。
自分にとって特に意味をもっていたのは、純粋美術、つまり音楽、絵、彫刻、建築、文芸の類だった。なぜそうなのかならこれらは精神性の純度の高い結晶だったからだ。肉体に余り関わるところがなく、外部の物を人間向けにつくりかえたものだった。その中でも精神性が高い物の方がより親しみ易かった。
これと逆に、運動競技とか、舞踊の様な身体芸術とか、政治とか、商業の様な肉体を直接使う生業は、自分にとって次元が低い、又は親しみづらい物に感じられた。というか余り興味がもてない。特に商人については拝金的な利己心に基づき行動している点が自分と余りに違う生態なので、完全に他人事だ。
ウォーホルが「僕を知りたければ僕の絵をみればいい。僕はゼロだ」云々といっていたのだが、自分も彼のそれらの発言と文脈は違うにしても(彼は機械ぶっていたが、自分は神性に極力近づきたい)、半分は同意する。なぜならこの肉体の方に自分は自分の意味とか価値を認めていないからだ。
自分にとって、この世は、この精神、或いは脳のつくりだす意識が、世界を観察する為の装置である。その意味でアリストテレスがいう観想が最高幸福だという意見に、かなりの程度同意する。アリストテレスと違うとしても、自分は聴覚その他の感覚も使うし、寧ろ主体的に世界を作り変えるのに意義をみる。
アリストテレスは最高幸福をただひたすら受動的なものだとみていた。しかし自分が(結果として短期間になったが弟子入りに行った)妹島和世氏の仕事を身近に見て感じたのは、神性には能動的な要素もある。寧ろ世界全体を自在に、理想的に作り直す能力が、技術面での神性、全能性の様に感じた。
妹島氏はそうは思ってないだろうが、建築の場合も、その装飾要素といえる絵や彫刻の場合と同じく、ある意味で創作の神に仕える様なところに行き着く。自分のみたかぎり、彼女は無限につくり、その中で最善の形を探り続けていたのだが、形相論でいう可能・現実態の間に目的の形を探っていた。
つまり究極の形は、他の手段ではなくそれ自体が目的の形、いいかえれば神的なもの足らざるを得ない。その神らしさに近づくには、無限の試作が必要である。なぜならそれは理想そのもので、当為だからだ。妹島氏はこれゆえ、設計期間が許すかぎりギリギリまで果てしない試作を重ねていた。
芸術家として為しうるのは、一生の期間をギリギリまで使って、この神性に漸近し続けることである。
もし可能なら、人は一芸に秀でるだけでなく全能を目指さなければならない。結果としては万能性にしか到達できないだろうが、それでも神性にできるだけ接近し続ける努力が、理想の目的と一致する。
もしこの世界が最早つくりかえる必要がないほど完璧なら、肉体も必要ない。なぜ肉体があるかなら、生物学的にいえば環境に再適応する為だ。能動的に環境を作りかえる必要があるのは、いわば理想の世界がまだ出来上がっていないせいである。
完成した世界で人は寧ろ神のよう永遠に幸福であるだろう。
とるにたりない芸術家は、下賤な理想を作品に投影している。現代でいえば漫画家やアニメーターらがその類である。彼らは低俗な理想しかもっていないので、理想の純度であるところの抽象性の低い作品しかつくりえない。
つまり神性には次元がある。特に最高次元の神性は、最もその抽象度が高い。
この世で為しうるしごとのすべてもこの抽象性の次元にすぎないのだから、できるだけ高次元の抽象度で理想を表現するのが、能動的な神性の為すべきわざである。
肉体は所詮この為には手段でしかない。調度、高い山に登る者が手足その他を使ってそうする様に、肉体は神性へ至る機能でしかない。
2020年2月28日
2020年2月25日
2020年2月24日
低読解力者が求めているのは簡素な文ではなく、ただの中身が単純なできるだけ短い文
きのうツイッター民らが盛んにいう「簡素な文章を書ける人が賢い」という主張を聞いた。
今からこれについて分析する。以前も『文体問題』などで考察したが、これでは不十分だったのがわかった。
先ずこのツイッター民らに典型的にみられる主張は、表面的な主張(字面、文面)と、中身が違っている。その意味で主張する当人達が間違った言い方を使っているのが間違いない。
実は彼らの主張は、「できるだけ短い一文でないと、私(たち)の言語知能では理解が難しい」といっていたのだ。
なぜ彼らがその様に、本当に彼らの主張したい、主張すべき中身をいいあてて表現できないか。それは読解力が足りないのでもわかる通り、彼らの言語知能が一般に低いせいらしい。適切な語彙が足りず、真に論理的にふさわしい内容を表現できていない。
私は彼らの主張が正しいか検討していた。というのも、自分は並々ならぬ文学ファンで、少なくとも10代半ばから猛烈な勢いで読書しまくり(ほとんど鬼の様に)、驚くなかれ(でもない)高校の授業なんて全部無視してずっと本読んでたのである。
そういう自分は、実は彼らがいうまでもなく簡素文体のマニアだった。
それで前回の分析では、彼らの主張する文面を素直にうけいれ、実際、どんな文体が簡素かを解析した。まあ情報理論を使えばもっと詳細に、数式とかで記述もできるだろう。例えば冗長性がどの程度低いかとかジップの法則の応用とかだ。これも僕は以前から興味もち、色々勉強し科学的文体研究もしてた。
それで、自分は『枕草子』の文体(中身ではない)がかなり好きで形式すら模範にしてきたくらい、簡素主義とまではいかないが、経済性が極めて高い文体を好んできた。これで自分はかなりの卓越度を達したと思っており、もし文体への客観評価が正しければ少なくとも千年後もいや未来永劫読まれてる筈だ。
なぜそういえるかなら、自分は上述のよう科学的分析を加え文体の精緻化をはかってきたのが事実で、もう論理的に考えこれ以上は簡素にできない限界までを常にギリギリの線でおいこんできたからだ。
しかし、ツイッター民らはその研究済み文体を「冗長だ」という。これで私はびっくりしてしまった。
まあ既に述べた通り、彼らは語彙と表現力が足りないばかりか読解力も低いので、一文もできるだけ短く、段落も140文字より短く区切り、思慮の中身も単純でなければ理解できないといっているにすぎなかったのだが。清少納言の言を換骨奪胎すれば
「下衆はいいたいことを的確に表現できていない」
手間がかかる不良みたいだ。
つまり次の様にいえる。
1.ツイッター民らの「短文にしろ」とか「簡単に書け」という口癖は、文字通りの意味ではなく、「読解力が低いので、140文字よりさらに短い段落で、一文ずつも短く、かつできたら単純な文節(ここでは日本語の最小単位。短文、に、しろ、などが入り組んでいない状態)でないと、私たちの言語知能には負担が重く、十分に理解が及ばないですよ」という意味である。
2.ツイッター民らの一部の上記口癖をまじめにうけとって、ごく簡素な文体をかれらに提示しても、余り意味がない。なぜなら彼らは文学ファンと同等以上の目的で文体研究をしていないし、そもそも文脈、文旨、文法、修辞など文の主要構成要素の巧拙は無論、一定より長い複文節(ここでは、一定+より+長い+文、など単文節が複数つらなったもの)さえまずよみとれていない。
3.さらにツイッター民(の一部)らは、合理化(言い訳。すっぱい葡萄の論理)のため、短い単位で中身が単純な文章を、そうでない文章より賢い証拠とみなそうと、適当な虚偽をならべ優れた文豪を誹謗したり、立派で典雅な文体へ集団破壊活動をしている。この意味で反知性主義的文体ヴァンダリスト。
で、例えば晦渋な文体を使う文人ってのは無数にいて、僕はそういう人達と真逆の立場だったので、そもそも彼ら文体ヴァンダリストの主張には「本当にそうかな?」と、上記の分析をする必要がでてきたというわけだ。真の簡素さをめざし膨大な試行錯誤した第一人者として是非とも考えきる必要があった。
自分は20代の間中、一人でその文体作りに励んでいた。世間にだしてないけれども多分何千枚か以上ある手記で実用文体を極めようとしたり、小説で文体実験ばっかりやっていた。その果てに今の文体になっているので、これで簡素でなかったらそれ以上どう試行錯誤すればいいのか事実上不明だったのである。
続けて考えるが、ではそういう現状だとして、我々は読解力の低いツイッター民の一部をどう扱うべきかだ。
彼らは文学に親しむなんて終ぞないタイプで、恐らく漫画しか読んだ事がない。短編どころか掌編にも達しない長さでもう溺れアップアップいっている。『カラマーゾフの兄弟』で発狂するだろう。
最近特に、そういう低読解力層に訴求する目的でユーチューブ動画流してる人達がふえている。僕はその事態や意図を観察してたのだが、2つの意味で間違っていると思った。
現時点では商人らがその様な行動をとっているが、訴求標的が低学力者らである。よって視聴回数稼ぎはできるが愚者を集める。
もう一つは、表面的には訴求者がふえる様にみえるが、もともと低読解力の人々は、言語障害のとき除いて、文に限らず理解力が足りない人達なのである。だから音声や動画にしたところでやはり、よくわかっていない。通俗的わかり易さには、漫画やアニメなどサブカルじみた幼稚さが要求されるという事だ。
この「サブカル的通俗性」は、実は簡素さ、つまり冗長性の低さや情報伝達の経済性と特に関係がない。むしろ低俗さ(幼稚でありながら下卑た性質)といいかえた方がいいだろう。
既にこの事を自分はゲーム製作・販売まで一連のプロセスで学んだ。サブカルファンは内容が高尚な時点で離れてしまう。
視聴回数稼ぎのゲームとして、ユーチューブ動画もブログもみていた商人(ビジネス系ユーチューバー、アフィブロガー)らは、この意味で文学的・演劇的目的は二の次と思っている。私みたく芸術中心に物をみてる人とは全然違う媒体観といってもいいだろう。
端的にいうとサブカルも同じだ。
つまりはこういうことである。
1.文を動画にしたところで低読解力層は基本的に理解力が低い人達なのでやはりよく分かっていないまま
2.もし馬鹿の視聴回数を目的にするとどうしても低俗な内容にせざるをえず芸術としての品位が下がる一方
よって
3.長文中心に高尚な内容を探求した方が遥かまし
難解な文体とか、無駄に冗長であればよいといっているのでは当然ない。この無駄な冗長さというのも文学としてみたら自動筆記や意識の流れの延長というかそれなりに面白い分野なので決して自分は馬鹿にしていないし、文体のモード、硬軟難易も使いどころだろうが、一般論として長文が馬鹿よけになる。
売文通俗作家にとっては違うんだろうけど、僕はそもそも大衆商業分野には向いていない、合っていない、全然好きになれないのがよくわかっているので飽くまで純粋芸術を極めるつもりだが、ツイッターにかぎらず今日、文芸や演劇についていえるのは上に書いたことである。
「愚者を遠ざけ賢者に親しめ」
(例えば、ワンフレーズ政治といわれた小泉父など、今のビジネス系ユーチューバーと同じで、低理解力の愚者を扇動する目的に最適化していたといっていい。結果は酷いものだし、古希のデマゴーグから事の真相は同じであり、衆愚扇動の手法に熟達している人達は要注意というべきだろう)
(続き『匿名卑怯者文化をなくすには』)
今からこれについて分析する。以前も『文体問題』などで考察したが、これでは不十分だったのがわかった。
先ずこのツイッター民らに典型的にみられる主張は、表面的な主張(字面、文面)と、中身が違っている。その意味で主張する当人達が間違った言い方を使っているのが間違いない。
実は彼らの主張は、「できるだけ短い一文でないと、私(たち)の言語知能では理解が難しい」といっていたのだ。
なぜ彼らがその様に、本当に彼らの主張したい、主張すべき中身をいいあてて表現できないか。それは読解力が足りないのでもわかる通り、彼らの言語知能が一般に低いせいらしい。適切な語彙が足りず、真に論理的にふさわしい内容を表現できていない。
私は彼らの主張が正しいか検討していた。というのも、自分は並々ならぬ文学ファンで、少なくとも10代半ばから猛烈な勢いで読書しまくり(ほとんど鬼の様に)、驚くなかれ(でもない)高校の授業なんて全部無視してずっと本読んでたのである。
そういう自分は、実は彼らがいうまでもなく簡素文体のマニアだった。
それで前回の分析では、彼らの主張する文面を素直にうけいれ、実際、どんな文体が簡素かを解析した。まあ情報理論を使えばもっと詳細に、数式とかで記述もできるだろう。例えば冗長性がどの程度低いかとかジップの法則の応用とかだ。これも僕は以前から興味もち、色々勉強し科学的文体研究もしてた。
それで、自分は『枕草子』の文体(中身ではない)がかなり好きで形式すら模範にしてきたくらい、簡素主義とまではいかないが、経済性が極めて高い文体を好んできた。これで自分はかなりの卓越度を達したと思っており、もし文体への客観評価が正しければ少なくとも千年後もいや未来永劫読まれてる筈だ。
なぜそういえるかなら、自分は上述のよう科学的分析を加え文体の精緻化をはかってきたのが事実で、もう論理的に考えこれ以上は簡素にできない限界までを常にギリギリの線でおいこんできたからだ。
しかし、ツイッター民らはその研究済み文体を「冗長だ」という。これで私はびっくりしてしまった。
まあ既に述べた通り、彼らは語彙と表現力が足りないばかりか読解力も低いので、一文もできるだけ短く、段落も140文字より短く区切り、思慮の中身も単純でなければ理解できないといっているにすぎなかったのだが。清少納言の言を換骨奪胎すれば
「下衆はいいたいことを的確に表現できていない」
手間がかかる不良みたいだ。
つまり次の様にいえる。
1.ツイッター民らの「短文にしろ」とか「簡単に書け」という口癖は、文字通りの意味ではなく、「読解力が低いので、140文字よりさらに短い段落で、一文ずつも短く、かつできたら単純な文節(ここでは日本語の最小単位。短文、に、しろ、などが入り組んでいない状態)でないと、私たちの言語知能には負担が重く、十分に理解が及ばないですよ」という意味である。
2.ツイッター民らの一部の上記口癖をまじめにうけとって、ごく簡素な文体をかれらに提示しても、余り意味がない。なぜなら彼らは文学ファンと同等以上の目的で文体研究をしていないし、そもそも文脈、文旨、文法、修辞など文の主要構成要素の巧拙は無論、一定より長い複文節(ここでは、一定+より+長い+文、など単文節が複数つらなったもの)さえまずよみとれていない。
3.さらにツイッター民(の一部)らは、合理化(言い訳。すっぱい葡萄の論理)のため、短い単位で中身が単純な文章を、そうでない文章より賢い証拠とみなそうと、適当な虚偽をならべ優れた文豪を誹謗したり、立派で典雅な文体へ集団破壊活動をしている。この意味で反知性主義的文体ヴァンダリスト。
で、例えば晦渋な文体を使う文人ってのは無数にいて、僕はそういう人達と真逆の立場だったので、そもそも彼ら文体ヴァンダリストの主張には「本当にそうかな?」と、上記の分析をする必要がでてきたというわけだ。真の簡素さをめざし膨大な試行錯誤した第一人者として是非とも考えきる必要があった。
自分は20代の間中、一人でその文体作りに励んでいた。世間にだしてないけれども多分何千枚か以上ある手記で実用文体を極めようとしたり、小説で文体実験ばっかりやっていた。その果てに今の文体になっているので、これで簡素でなかったらそれ以上どう試行錯誤すればいいのか事実上不明だったのである。
続けて考えるが、ではそういう現状だとして、我々は読解力の低いツイッター民の一部をどう扱うべきかだ。
彼らは文学に親しむなんて終ぞないタイプで、恐らく漫画しか読んだ事がない。短編どころか掌編にも達しない長さでもう溺れアップアップいっている。『カラマーゾフの兄弟』で発狂するだろう。
最近特に、そういう低読解力層に訴求する目的でユーチューブ動画流してる人達がふえている。僕はその事態や意図を観察してたのだが、2つの意味で間違っていると思った。
現時点では商人らがその様な行動をとっているが、訴求標的が低学力者らである。よって視聴回数稼ぎはできるが愚者を集める。
もう一つは、表面的には訴求者がふえる様にみえるが、もともと低読解力の人々は、言語障害のとき除いて、文に限らず理解力が足りない人達なのである。だから音声や動画にしたところでやはり、よくわかっていない。通俗的わかり易さには、漫画やアニメなどサブカルじみた幼稚さが要求されるという事だ。
この「サブカル的通俗性」は、実は簡素さ、つまり冗長性の低さや情報伝達の経済性と特に関係がない。むしろ低俗さ(幼稚でありながら下卑た性質)といいかえた方がいいだろう。
既にこの事を自分はゲーム製作・販売まで一連のプロセスで学んだ。サブカルファンは内容が高尚な時点で離れてしまう。
視聴回数稼ぎのゲームとして、ユーチューブ動画もブログもみていた商人(ビジネス系ユーチューバー、アフィブロガー)らは、この意味で文学的・演劇的目的は二の次と思っている。私みたく芸術中心に物をみてる人とは全然違う媒体観といってもいいだろう。
端的にいうとサブカルも同じだ。
つまりはこういうことである。
1.文を動画にしたところで低読解力層は基本的に理解力が低い人達なのでやはりよく分かっていないまま
2.もし馬鹿の視聴回数を目的にするとどうしても低俗な内容にせざるをえず芸術としての品位が下がる一方
よって
3.長文中心に高尚な内容を探求した方が遥かまし
難解な文体とか、無駄に冗長であればよいといっているのでは当然ない。この無駄な冗長さというのも文学としてみたら自動筆記や意識の流れの延長というかそれなりに面白い分野なので決して自分は馬鹿にしていないし、文体のモード、硬軟難易も使いどころだろうが、一般論として長文が馬鹿よけになる。
売文通俗作家にとっては違うんだろうけど、僕はそもそも大衆商業分野には向いていない、合っていない、全然好きになれないのがよくわかっているので飽くまで純粋芸術を極めるつもりだが、ツイッターにかぎらず今日、文芸や演劇についていえるのは上に書いたことである。
「愚者を遠ざけ賢者に親しめ」
(例えば、ワンフレーズ政治といわれた小泉父など、今のビジネス系ユーチューバーと同じで、低理解力の愚者を扇動する目的に最適化していたといっていい。結果は酷いものだし、古希のデマゴーグから事の真相は同じであり、衆愚扇動の手法に熟達している人達は要注意というべきだろう)
(続き『匿名卑怯者文化をなくすには』)
2020年2月21日
豪奢と質素
この世には贅沢と節倹のどちらを好むかでおもにふたつの趣味の差があり、俗人らは俗物根性により派手な前者に魅せられ易い。だが嘗て例外の余地なく滅び去った文明は、この不経済性によっていたとも解釈できる。
2020年2月18日
美術商品
業界ゲームで金を儲けるしか特に意味がない自称ファインアート商品は、不特定多数の人達を不幸にする悪趣味の一部だろう。そもそもカネは有限の資源なので、他人がそれをより多く保有していると聞くだけで人は一般に不快なのである。
2020年2月17日
純粋文芸の意味
はじめは集団の把握の為に脳が肥大化していったが、やがて余分な脳を絶えずなんらかの情報で運動させていないと人は退屈する様になった。そうして純粋美術が生まれた。
人が純粋音楽は単に複雑化していく音列で、意味がないとみなすなら正しい。純粋文芸の方が言葉を複雑にしていく過程である。
人が純粋音楽は単に複雑化していく音列で、意味がないとみなすなら正しい。純粋文芸の方が言葉を複雑にしていく過程である。
俗界のあり方
芸術家の世界は、メディアや美術館と組んで自己の喧伝をし、批評家や美術史家を味方につけ、作品や活動に箔をつけ世間を騙す人達が主流派ぶっている。そしてどの時代でもその種のサロン作家がいたし今後も恐らくいるだろう。
ソクラテスやイエスが偶像崇拝を批判したとして、当時の民衆は多神教を続けたかったかもしれない。それは私が天皇の広めた神道の邪教加減についていかに批判しても、現代日本の衆愚にとって、その邪教の中で生きていくのが自然で、彼ら自身の暗愚さに調度よいと考えている以上、今なお同じである。
今も思い出せるが、今から1年ほど前、愛知トリエンナーレ2019で或る芸術監督がスキャンダリズムを狙い明らかに不公平な男女比で展覧会を企図し、ツイッター上で芸術関係者らが非難していた時。当時の私はまだツイッターに参加し始めで色々な使い方の実験をしていたので、積極的に話題に加わってみた。
その際、ある匿名の雑魚が私を侮辱した。曰く「お前は誰だよw」、つまり某芸術監督になっていた自由記者が有名人なので、名前の売れていない人間は黙れというわけだ。
その後、私は呆れて場を離れ、議論の渦中に関わらないことにしたが、やはりというべきか某監督は唱道者ともども大炎上していた。
ここから私が学んだのは、世人一般は意見の正否など少しも関心がないのである。彼らに認知できるのは有名無名とか、世俗的肩書きの立派さ程度で、孔子の「人を見て言を廃せず」など遥か天上界の徳目なので、学閥とか地位とかで180度態度を変える。
福沢諭吉が嘆いた卑屈な愚民の態度と同じだ。
俗界で人気を博しているいかなる作家についても全く同じ現象があてはまる。重要なのは聖性の次元だけだ。
尤もその種の純粋に学術的な物の認知ができる人など、人類の中でも数えるほどしかいないので、優れた聖性の持ち主であればあるほど同時代でも後世でも孤高でいるしかない。
ソクラテスやイエスが偶像崇拝を批判したとして、当時の民衆は多神教を続けたかったかもしれない。それは私が天皇の広めた神道の邪教加減についていかに批判しても、現代日本の衆愚にとって、その邪教の中で生きていくのが自然で、彼ら自身の暗愚さに調度よいと考えている以上、今なお同じである。
今も思い出せるが、今から1年ほど前、愛知トリエンナーレ2019で或る芸術監督がスキャンダリズムを狙い明らかに不公平な男女比で展覧会を企図し、ツイッター上で芸術関係者らが非難していた時。当時の私はまだツイッターに参加し始めで色々な使い方の実験をしていたので、積極的に話題に加わってみた。
その際、ある匿名の雑魚が私を侮辱した。曰く「お前は誰だよw」、つまり某芸術監督になっていた自由記者が有名人なので、名前の売れていない人間は黙れというわけだ。
その後、私は呆れて場を離れ、議論の渦中に関わらないことにしたが、やはりというべきか某監督は唱道者ともども大炎上していた。
ここから私が学んだのは、世人一般は意見の正否など少しも関心がないのである。彼らに認知できるのは有名無名とか、世俗的肩書きの立派さ程度で、孔子の「人を見て言を廃せず」など遥か天上界の徳目なので、学閥とか地位とかで180度態度を変える。
福沢諭吉が嘆いた卑屈な愚民の態度と同じだ。
俗界で人気を博しているいかなる作家についても全く同じ現象があてはまる。重要なのは聖性の次元だけだ。
尤もその種の純粋に学術的な物の認知ができる人など、人類の中でも数えるほどしかいないので、優れた聖性の持ち主であればあるほど同時代でも後世でも孤高でいるしかない。
2020年2月11日
2020年2月8日
なぜ下品な表現をする人がいるか
普段から品性下劣な表現をくり返している人々は、ゲイン・ロス(得失)効果の落差とかオタク文化、粋や雅やもののあわれや萌えや、キッチュやキャンプ、スーパーフラットなどの美学によるひいき目ぬきに、単に下品な人なのである。
2020年2月7日
にわか評論
宮台真司って人が芸術は心を傷つけるものとかいってたが、それはセンセーショナリズム狙った一部の過激な代物で、食べ物でいったら暴君ハバネロみたいなのだろ。ボナールのどこに傷ついたのか小一時間といつめたくもない。にわか乙。
因みに茂木健一郎氏もクオリア日記の端々で類似趣旨のこといってたが、そっちの文脈は脳にとって想定外の表現が思い込みを覆しシナプス回路を作りかえる的理屈で少しは理科じみててまだ理解できるし、寧ろグリーンバーグ的前衛を補完する理論かと思う。
しかし宮台説は芸術全体を一般化しすぎだな。
前衛芸術なり、過激な表現は、芸術一般からみたら決して普遍的ではない。しかし美術用語の語彙が足りずに、宮台氏が「芸術」をファインアートなりアバンギャルドの分類に限って使ってる可能性もあるが、それなら舌足らずといわざるをえまい。中途半端に美術評論の専門家ぶるのは色々と宜しくない。
因みに茂木健一郎氏もクオリア日記の端々で類似趣旨のこといってたが、そっちの文脈は脳にとって想定外の表現が思い込みを覆しシナプス回路を作りかえる的理屈で少しは理科じみててまだ理解できるし、寧ろグリーンバーグ的前衛を補完する理論かと思う。
しかし宮台説は芸術全体を一般化しすぎだな。
前衛芸術なり、過激な表現は、芸術一般からみたら決して普遍的ではない。しかし美術用語の語彙が足りずに、宮台氏が「芸術」をファインアートなりアバンギャルドの分類に限って使ってる可能性もあるが、それなら舌足らずといわざるをえまい。中途半端に美術評論の専門家ぶるのは色々と宜しくない。
2020年2月6日
趣味の模範を示すのが美術の仕事
寧ろ炎上商法もどきなんてハイカルチャーの主要手法の一部だったのであって、宇崎同人誌作家らサブカル側が歴史的に経験不足すぎるの。マネのスキャンダリズムだのゴッホの耳きりだの、カラヴァッジオの人殺しだの、ウォーホルの偽電話だの、日本も忖度第一の狩野派から反官前衛の五浦派まで色々いた。
ハイカル側は世間を挑発とか、扇情行為とか、反政府活動とか、逆に戦争礼賛とか、まるきり何でもありで、無差別格闘技が際限なく続いてもうやる事ないわ、となった成れの果てが現代アートにすぎず、しかもどの時代でもそう。和製サブカルもスパフラ派が包摂済み。性の物化論争でびびるのは意味不。
単純にね、宇崎ポスターとクーンズの『メイドインヘブン』と村上隆の性器彫刻比べてみなよ。自称キッチュだかスパフラな同時代ハイカルチャー側が、猥褻物陳列罪のどぎつさなら圧倒的に上だから。訴訟前提にやってるのが伝統なんだから、アーティストはある種の表現ヤクザなんだよ。政府と戦うの。
問題はね、赤十字社が一般人に向け、特にまともな女性からみたら下品極まりない二次性徴強調した下品ポスターにドン引きしただけの話で、同人誌オタクは根っから品性下劣なだけだよ。昔からだし。性の物化とか偶像崇拝を素でやってる、バーチャル性犯罪目的のただの邪教集団なんだから当然でしょう。
そこには何一つとして高尚な理屈とかないから理論武装とか一切ない状態で一般社会の理論派というべきフェミニストとまともにぶつかって負けただけでしょう。よくある話だ。カラヴァッジオも聖人図かきなおしてたしな。
社会的戦略抜きに、同人誌出身の漫画家がペド趣味の扇情絵面を公に売っただけ。
今は無視されてるけど、同人誌オタク、東京人中心コミケ75万人の醜態が国連の人権機関に通達された日には、今回の比じゃない世界的大炎上がくるから。だって中で売られてるのは他国だったら処刑確定ペドフィリア満開の淫行マンガだもんね。しかも実際にコスプレイヤーとの交尾ビデオ販売者までいるし。
だからいってんだよ。東京文化はろくでもない、都会は反面教師と。もう終わってるどころの騒ぎじゃなくて、下賎の底は完全に抜けきっててソドムでしかない。今更救済もできないし。当人達が馬鹿すぎ、素でオタク趣味が世界に誇るアートと思っちゃってんだから。
東京だの京都が日本代表面しないで。
外人からみたら東京や京都の下衆な商業大衆文化が日本全体だと思い込んでるから、はっきりいって公害以外なにものでもないんだよね。当人達は自分が上だ、田舎はダサいとかいっているが全くの真逆なんだが。嘘抜きで。
自分がみた限り最悪の悪趣味なのが都心じゃん。天皇も公家も税浪費の成金根性。
東宮御所だの東京駅にせよ、京都の桂離宮だの修学院離宮にせよ、僕が現実にみて酷いなと思ったよ。なぜかって僕の県には既に立派な模範があったからな。六角堂だの西山荘だの弘道館を先にみてると、東京や京都の建物がただの下品な駄作にしかみえない。所詮、天皇や公卿、薩長土肥が品性下劣だった。
この意味で、立派な芸術を残しておく事がいかに、後世の人間を啓蒙するか分かったものではないね。趣味の模範が既に脳裏にあったからこそ、自分は京都で世界遺産だのマイナーなどの建物みてもクダラネ、東京のどの最新建築みてもハイハイとなった。僕の仕事も過去の茨城人と同等以上の正格を達したい。
僕はこれまで10個くらいゲーム作った気がするけど、サブカル系の応用芸術メディアでも同じ原則があてはまるのではないだろうか。売れたとかウケタとかいってる人達は芸術の本質的機能が、趣味の啓蒙だと知らないのだ。商品と混同しているからそういう致命的間違いを犯す。それも転ばぬ(宇)さきの杖。
サブカルオタクは美術側がもっと本気で社会と戦ってるのを知らない。なぜなら金儲けのぬるま湯で楽して暮らしてるからだ。極貧の中で死と直面しながら、圧倒的無理解の中で何十年も戦い続けてる人達と、挫折したり死んで行く人達ばかりなのに、カネほしさに下らない作品を量産してる側の罪は重いよ。
ハイカル側は世間を挑発とか、扇情行為とか、反政府活動とか、逆に戦争礼賛とか、まるきり何でもありで、無差別格闘技が際限なく続いてもうやる事ないわ、となった成れの果てが現代アートにすぎず、しかもどの時代でもそう。和製サブカルもスパフラ派が包摂済み。性の物化論争でびびるのは意味不。
単純にね、宇崎ポスターとクーンズの『メイドインヘブン』と村上隆の性器彫刻比べてみなよ。自称キッチュだかスパフラな同時代ハイカルチャー側が、猥褻物陳列罪のどぎつさなら圧倒的に上だから。訴訟前提にやってるのが伝統なんだから、アーティストはある種の表現ヤクザなんだよ。政府と戦うの。
問題はね、赤十字社が一般人に向け、特にまともな女性からみたら下品極まりない二次性徴強調した下品ポスターにドン引きしただけの話で、同人誌オタクは根っから品性下劣なだけだよ。昔からだし。性の物化とか偶像崇拝を素でやってる、バーチャル性犯罪目的のただの邪教集団なんだから当然でしょう。
そこには何一つとして高尚な理屈とかないから理論武装とか一切ない状態で一般社会の理論派というべきフェミニストとまともにぶつかって負けただけでしょう。よくある話だ。カラヴァッジオも聖人図かきなおしてたしな。
社会的戦略抜きに、同人誌出身の漫画家がペド趣味の扇情絵面を公に売っただけ。
今は無視されてるけど、同人誌オタク、東京人中心コミケ75万人の醜態が国連の人権機関に通達された日には、今回の比じゃない世界的大炎上がくるから。だって中で売られてるのは他国だったら処刑確定ペドフィリア満開の淫行マンガだもんね。しかも実際にコスプレイヤーとの交尾ビデオ販売者までいるし。
だからいってんだよ。東京文化はろくでもない、都会は反面教師と。もう終わってるどころの騒ぎじゃなくて、下賎の底は完全に抜けきっててソドムでしかない。今更救済もできないし。当人達が馬鹿すぎ、素でオタク趣味が世界に誇るアートと思っちゃってんだから。
東京だの京都が日本代表面しないで。
外人からみたら東京や京都の下衆な商業大衆文化が日本全体だと思い込んでるから、はっきりいって公害以外なにものでもないんだよね。当人達は自分が上だ、田舎はダサいとかいっているが全くの真逆なんだが。嘘抜きで。
自分がみた限り最悪の悪趣味なのが都心じゃん。天皇も公家も税浪費の成金根性。
東宮御所だの東京駅にせよ、京都の桂離宮だの修学院離宮にせよ、僕が現実にみて酷いなと思ったよ。なぜかって僕の県には既に立派な模範があったからな。六角堂だの西山荘だの弘道館を先にみてると、東京や京都の建物がただの下品な駄作にしかみえない。所詮、天皇や公卿、薩長土肥が品性下劣だった。
この意味で、立派な芸術を残しておく事がいかに、後世の人間を啓蒙するか分かったものではないね。趣味の模範が既に脳裏にあったからこそ、自分は京都で世界遺産だのマイナーなどの建物みてもクダラネ、東京のどの最新建築みてもハイハイとなった。僕の仕事も過去の茨城人と同等以上の正格を達したい。
僕はこれまで10個くらいゲーム作った気がするけど、サブカル系の応用芸術メディアでも同じ原則があてはまるのではないだろうか。売れたとかウケタとかいってる人達は芸術の本質的機能が、趣味の啓蒙だと知らないのだ。商品と混同しているからそういう致命的間違いを犯す。それも転ばぬ(宇)さきの杖。
サブカルオタクは美術側がもっと本気で社会と戦ってるのを知らない。なぜなら金儲けのぬるま湯で楽して暮らしてるからだ。極貧の中で死と直面しながら、圧倒的無理解の中で何十年も戦い続けてる人達と、挫折したり死んで行く人達ばかりなのに、カネほしさに下らない作品を量産してる側の罪は重いよ。
2020年2月3日
苦手克服の重要さ
苦手分野の克服は、自分を鍛えるのに是非とも必要だ。
その分野が得意になるまで行くかに関わらずそれが有益なのは、なぜある分野が苦手、ある分野が得意なのか自分自身の能力を客観視できる様になるから。
ドラクエなら戦士が呪文を試みて、自分の長所が魔法使いにない体力だったと自覚できる。
それだけでなく、実際に、戦士には本来使えないはず魔法分野について自分を飽くまで鍛えていたら、いつの間にか魔法戦士に昇格できるといった場合もある。その場合、最初から魔法使い専門家だった人格とは違う者になれる。
現実に魔法戦士にしか使えないたぐいの呪文もあり、苦手克服は無駄でない。
自分は、子供の頃からどういうわけか商売を嫌っていたのだが(母方は商家なんだが)、数年前から或るきっかけで自分にとって一番嫌悪感があった商業分野を網羅的に学習しまくってみたら、明らかに自分の人格が180度反証されるといった経験をした。それは自分を作りかえる過程で、飛躍的に成長させた。
自分が何を苦手としているか自覚する事が、人格を客体化する第一歩で、その結果、単に世界についてもっと深く広く理解できるだけでなく、より完成度の高い人格像を想定できる様になる。ドラクエでも戦士だけ、魔法使いだけやっている人は、別の職業の特性についても十分な理解をもてない。
苦手克服は、例えていえば全く素手で、レベル1段階から急峻な登山するみたいに恐ろしくきつい。これに比べると得意分野は競争相手を軽々と抜いて簡単に上位に入れるかもしれない。しかし得意分野で最上位を維持しているだけで満足せず、苦手克服をくり返す事で、得意さの精度や習熟度も上がっていく。
なぜなら自分が苦手としている分野は得意分野と全く違う性質な筈で、逆照射すると、得意さの本質もより客観的にみられる様になるからだ。
自分の場合、美術が得意で商売が苦手だったが、商売が客の需要や利益追求という概念を持っていたのに比べ美術は独創第一である。つまり独創は非営利的だった。
経営学だとプロダクトアウトという概念があって、ジョブスがアイフォンをそれまでの携帯市場にぶち込んだ様なのを指すが、例えば自分がもっていたW-ZERO3の様スマートフォン市場はそれ以前からあった。つまり営利的独創性は飽くまで営業の革新性に過ぎない。しかし美術ではこの点は無視されうる。
例えばゴッホ、モンドリアンやダーガーは、営業の革新性と全く無関係に独創的だった。苦手分野を克服する事で、真の独創性が逆照射でより見え易くなった。それ以前の自分は直感的には分かっていたが、この真の独創性の分類を理論的に把握するには至らなかった。それで中間芸術に半ば騙されていたのだ。
スーパーフラット理論はこの意味で、虚構の独創性をまきこむ概念である。自分は理想主義絵画の理論(「私の理想画について 」)を作る事で、一人で村上隆氏の美術的段階を乗り越えられた。しかしその前にあったのは、最も苦手だった商業分野克服の努力だった。
その分野が得意になるまで行くかに関わらずそれが有益なのは、なぜある分野が苦手、ある分野が得意なのか自分自身の能力を客観視できる様になるから。
ドラクエなら戦士が呪文を試みて、自分の長所が魔法使いにない体力だったと自覚できる。
それだけでなく、実際に、戦士には本来使えないはず魔法分野について自分を飽くまで鍛えていたら、いつの間にか魔法戦士に昇格できるといった場合もある。その場合、最初から魔法使い専門家だった人格とは違う者になれる。
現実に魔法戦士にしか使えないたぐいの呪文もあり、苦手克服は無駄でない。
自分は、子供の頃からどういうわけか商売を嫌っていたのだが(母方は商家なんだが)、数年前から或るきっかけで自分にとって一番嫌悪感があった商業分野を網羅的に学習しまくってみたら、明らかに自分の人格が180度反証されるといった経験をした。それは自分を作りかえる過程で、飛躍的に成長させた。
自分が何を苦手としているか自覚する事が、人格を客体化する第一歩で、その結果、単に世界についてもっと深く広く理解できるだけでなく、より完成度の高い人格像を想定できる様になる。ドラクエでも戦士だけ、魔法使いだけやっている人は、別の職業の特性についても十分な理解をもてない。
苦手克服は、例えていえば全く素手で、レベル1段階から急峻な登山するみたいに恐ろしくきつい。これに比べると得意分野は競争相手を軽々と抜いて簡単に上位に入れるかもしれない。しかし得意分野で最上位を維持しているだけで満足せず、苦手克服をくり返す事で、得意さの精度や習熟度も上がっていく。
なぜなら自分が苦手としている分野は得意分野と全く違う性質な筈で、逆照射すると、得意さの本質もより客観的にみられる様になるからだ。
自分の場合、美術が得意で商売が苦手だったが、商売が客の需要や利益追求という概念を持っていたのに比べ美術は独創第一である。つまり独創は非営利的だった。
経営学だとプロダクトアウトという概念があって、ジョブスがアイフォンをそれまでの携帯市場にぶち込んだ様なのを指すが、例えば自分がもっていたW-ZERO3の様スマートフォン市場はそれ以前からあった。つまり営利的独創性は飽くまで営業の革新性に過ぎない。しかし美術ではこの点は無視されうる。
例えばゴッホ、モンドリアンやダーガーは、営業の革新性と全く無関係に独創的だった。苦手分野を克服する事で、真の独創性が逆照射でより見え易くなった。それ以前の自分は直感的には分かっていたが、この真の独創性の分類を理論的に把握するには至らなかった。それで中間芸術に半ば騙されていたのだ。
スーパーフラット理論はこの意味で、虚構の独創性をまきこむ概念である。自分は理想主義絵画の理論(「私の理想画について 」)を作る事で、一人で村上隆氏の美術的段階を乗り越えられた。しかしその前にあったのは、最も苦手だった商業分野克服の努力だった。
2020年1月21日
サブカルと立派な芸術の違い
僕が見たので、サブカル(サブカルチャー)傍ら痛いタイプは2種類いる。
1つはサブカルを自分の「世代のもの」みたいにいってるガキンチョ(といっても20代後半)でもっとコアな見方をしてる年長者を侮辱してきた或る新潟人。
もう1つは下品な2流3流のサブカルをさも最先端みたいにほざく東京人の中高年ら。
サブカルもロウブロウだろうがカルチャーだから、見てる人は見てるし、その見方もハイブロウなのも知った上で見てる人の見方は、単に無教養なだけの人の見方とは違う。それなのにその新潟人は自分世代がロウブロウの主役だみたいに思い上がっていて、ロウブロウアートも知ってる別世代を侮辱しだした。
何度もなんであいつはあんな言動とったんだ? と考え直してみたが、いつものことだがアホの気持ちはよくわからない。想像するに、適当に侮辱目的で自分の世代にしかそのサブカルが認知されていないという前提に立った、もしくは世代間差別の印に悪用したのだろう。下衆は文化をろくな使い方しない。
もう1つのタイプは単に悪趣味または知ったかぶりで、ろくでもないサブカルを最先端みたいに言い繕う中高年というか、東大閥みたいな人達である。誰のことか言わなくても推測できるかもしれない。その人達はハイブロウアートについては三文批評力しかない雑魚なので大炎上して公的市場から消えた。
ロウブロウなサブカルを主文化みたいにいってるのは第一に、頭が随分悪いからにすぎないが、当人達は東大閥で固めてるので自分の悪趣味を権威づけてしまえる。それで横でみててなんて恥ずかしい大人なんだこいつとみえてるのに気づかず、オタク批評家とか言っていた人達がいたのである。上の世代には。
流石に僕の年代以下にはその種の言動がなくなったというか、逆にサブカル洗脳を0歳時点から受けすぎててハイブロウのスノッブすらほぼ絶滅しているくらいなので、ガチの立派な芸術家が先ず存在すらしていない。僕がそうでなければもうひとりも国内にいないのではないかというくらいいない。
再三引用される村上隆氏。この人がスパフラ(スーパーフラット)理論で教養・無教養の境目をなくし、中間芸術というべきミドルブロウの果てしない氾濫を切り拓いた。その干潟がいい場所なのかといえば僕は全くそうは思えないし、寧ろ立派な芸術はそれ自体で進歩し続けるだろうと思うので単なる一時的停滞ではないか。
専らサブカル凄い、東京偉い、京アニ任天堂は神みたいな無教養界が新海アニメだかジブリのネトフリ配信だかでますます人類を汚染していくだろうけど、これを僕はちっとも望ましい変化だと思えない。寧ろ迷惑でもある。だって外人なんて日本人へ初対面で漫画話してくるくらい馬鹿だと思ってるのだから。
よく知らん西洋人から『ベルセルク』とか初音ミクとか寿司とか芸者とかいわれて、ヘラヘラ笑ってる都民だの京都の宇治市民はしてやったりで楽しくて嬉しくて、自分と同類がふえて最高でしょうがないんだろうが僕は不快でしょうがない。敢えて下衆都民の同人誌教えてやったら今度は大発狂してくるし。
結局、サブカルといって中にはましのもあるにせよ、大抵は下らないだけである。なぜなら無教養な一般大衆に向けた商業芸術だからである。学者が書いたブックオフ100円で転がってる印税目的の一般書みたいなもんだ。
つまりハイカルチャー自体が全体の品位の模範でなければならない。これが結論だ。
僕は、15くらいから油絵始め今まで20年創作活動を毎日ずっとやってきた一介の芸術家である。そして前衛芸術家である。だから食うとかくわないとかそういう問題では全くなく、アートマニアの自分が見たことない作品をみたい一心で作ってきた。それ以外でもう満足できないからほかの方法で生きられない。
で、その僕も、大体3年くらい前から去年まで、サブカルについて本腰入れて勉強した時期があった。小学生の頃の夢の1つがゲームクリエイターだったので、起業もちかけられ調度いい機会で実現してやろうとした。資本主義について勉強しようと思っていたので同時に経済や経営についてもしぬほど学んだ。
結果わかったのが上記の事実である。サブカルは所詮サブカル。無教養な子供や大衆に向けて作られる商品である。しかしハイカルチャー、ハイアートは基本的にそうではない。商業要素は必須でなく、本当は、単に無目的に進化していく独創の体系である。限界まで創造性発揮したら自動で立派な芸術になる。
最初に出した2つのサブカル傍ら痛い系。すなわちアホなだけなのにウチらスゲー的みのほどしらずなガキンチョと、オタク中高年はどちらもただの無知である。そうなってはいけない。芸術の最終機能は、技術を使ったよりよい趣味の啓蒙にほかならないからだ。上品さとは道徳的な善美を意味する。
サブカルは、単に無教養な人に向けているだけで、既にして下品さを含んでいる。ここに根本的限界がある。大声は里耳に入らず、豚に真珠というよう、単に高尚な内容を語っているだけで一般大衆はその芸術を自分達のなれしたしんだミームと違うとみなしてしまう。どれほどわかり易い表現法でも同じだ。
中間芸術を啓蒙的な代物と解釈すると、春樹文学のテーゼ「深い事をわかり易く語る」方法論になるわけだけど、ここに既にサブカルの根本限界が露呈している。例えば東京都民一般は露骨な性表現に腐るほどたかるが(実質的エロマンガにすぎない同人誌へ75万人)、正義について語っても誰も振り向かない。
いいかえると、一般大衆は、相対的に下品な人達なので、少数の高尚な人がいかに立派な芸術を作っていようがそんなの理解もできないし、仮にがんばって理解したところで共鳴も共感もできない。だから全体でも上品ながわに属する少数の人にしか、立派な芸術の意味はないのである。だがそれはより美しい。
少なくともわたしは、一人の美の探求者であり、より美しいものをそうでないものより好む。であれば立派な芸術のほうがサブカルより優れているとみなして当然ではなかろうか。その理屈は、上に書いたところで必要十分に論証されているのではないか。一言でいうと「上品なほうがより美しい」のだ。
また立派な芸術のほうには上に書いた特殊さがあるので、飽くまでよい趣味を解するのは全体でも上品な部類の人達にかぎる点がある。だから高尚さを十分理解できない人にとってスノビズム、いわば知ったかぶりの対象になる。中流は自慢目的に自分がその上品さをまとっているかのよう偽装したいのだ。
これも一つの欠点ともいえ、立派な芸術がそれ自体として抱えている「上座部仏教」的な矛盾であり、本当にその高尚さを理解できる人は同時代でも後世でも、およそ少数派を超えない特徴がある。もともと創造・批評の連鎖ゲームで内容を無限に難しくしていくつもりの専門家らなので外から高踏的にみえる。
たとえていえば、クジャクの羽みたいなものだ。どれほど美しくしてもきりがない。その知的負荷が限界をこえると、前衛芸術家は同時代的に理解者を1人もみつけられなくなり、どれほど作っても誰からも価値を認められない廃人状態で自殺しかなくなってしまう。だから立派な芸術は一種の負担なのである。
芥川龍之介と、藤子F不二夫を比べてみればいい。芥川が立派な前衛小説家とすれば藤子はサブカル漫画家である。芥川は経済的困窮の果てに自殺したが藤子は今に至るまで大勢の理解者しかいない。両者の中間の人々がスパフラ作家だろう。
自分にいえるのは、それでも立派な芸術がより偉大なのである。
1つはサブカルを自分の「世代のもの」みたいにいってるガキンチョ(といっても20代後半)でもっとコアな見方をしてる年長者を侮辱してきた或る新潟人。
もう1つは下品な2流3流のサブカルをさも最先端みたいにほざく東京人の中高年ら。
サブカルもロウブロウだろうがカルチャーだから、見てる人は見てるし、その見方もハイブロウなのも知った上で見てる人の見方は、単に無教養なだけの人の見方とは違う。それなのにその新潟人は自分世代がロウブロウの主役だみたいに思い上がっていて、ロウブロウアートも知ってる別世代を侮辱しだした。
何度もなんであいつはあんな言動とったんだ? と考え直してみたが、いつものことだがアホの気持ちはよくわからない。想像するに、適当に侮辱目的で自分の世代にしかそのサブカルが認知されていないという前提に立った、もしくは世代間差別の印に悪用したのだろう。下衆は文化をろくな使い方しない。
もう1つのタイプは単に悪趣味または知ったかぶりで、ろくでもないサブカルを最先端みたいに言い繕う中高年というか、東大閥みたいな人達である。誰のことか言わなくても推測できるかもしれない。その人達はハイブロウアートについては三文批評力しかない雑魚なので大炎上して公的市場から消えた。
ロウブロウなサブカルを主文化みたいにいってるのは第一に、頭が随分悪いからにすぎないが、当人達は東大閥で固めてるので自分の悪趣味を権威づけてしまえる。それで横でみててなんて恥ずかしい大人なんだこいつとみえてるのに気づかず、オタク批評家とか言っていた人達がいたのである。上の世代には。
流石に僕の年代以下にはその種の言動がなくなったというか、逆にサブカル洗脳を0歳時点から受けすぎててハイブロウのスノッブすらほぼ絶滅しているくらいなので、ガチの立派な芸術家が先ず存在すらしていない。僕がそうでなければもうひとりも国内にいないのではないかというくらいいない。
再三引用される村上隆氏。この人がスパフラ(スーパーフラット)理論で教養・無教養の境目をなくし、中間芸術というべきミドルブロウの果てしない氾濫を切り拓いた。その干潟がいい場所なのかといえば僕は全くそうは思えないし、寧ろ立派な芸術はそれ自体で進歩し続けるだろうと思うので単なる一時的停滞ではないか。
専らサブカル凄い、東京偉い、京アニ任天堂は神みたいな無教養界が新海アニメだかジブリのネトフリ配信だかでますます人類を汚染していくだろうけど、これを僕はちっとも望ましい変化だと思えない。寧ろ迷惑でもある。だって外人なんて日本人へ初対面で漫画話してくるくらい馬鹿だと思ってるのだから。
よく知らん西洋人から『ベルセルク』とか初音ミクとか寿司とか芸者とかいわれて、ヘラヘラ笑ってる都民だの京都の宇治市民はしてやったりで楽しくて嬉しくて、自分と同類がふえて最高でしょうがないんだろうが僕は不快でしょうがない。敢えて下衆都民の同人誌教えてやったら今度は大発狂してくるし。
結局、サブカルといって中にはましのもあるにせよ、大抵は下らないだけである。なぜなら無教養な一般大衆に向けた商業芸術だからである。学者が書いたブックオフ100円で転がってる印税目的の一般書みたいなもんだ。
つまりハイカルチャー自体が全体の品位の模範でなければならない。これが結論だ。
僕は、15くらいから油絵始め今まで20年創作活動を毎日ずっとやってきた一介の芸術家である。そして前衛芸術家である。だから食うとかくわないとかそういう問題では全くなく、アートマニアの自分が見たことない作品をみたい一心で作ってきた。それ以外でもう満足できないからほかの方法で生きられない。
で、その僕も、大体3年くらい前から去年まで、サブカルについて本腰入れて勉強した時期があった。小学生の頃の夢の1つがゲームクリエイターだったので、起業もちかけられ調度いい機会で実現してやろうとした。資本主義について勉強しようと思っていたので同時に経済や経営についてもしぬほど学んだ。
結果わかったのが上記の事実である。サブカルは所詮サブカル。無教養な子供や大衆に向けて作られる商品である。しかしハイカルチャー、ハイアートは基本的にそうではない。商業要素は必須でなく、本当は、単に無目的に進化していく独創の体系である。限界まで創造性発揮したら自動で立派な芸術になる。
最初に出した2つのサブカル傍ら痛い系。すなわちアホなだけなのにウチらスゲー的みのほどしらずなガキンチョと、オタク中高年はどちらもただの無知である。そうなってはいけない。芸術の最終機能は、技術を使ったよりよい趣味の啓蒙にほかならないからだ。上品さとは道徳的な善美を意味する。
サブカルは、単に無教養な人に向けているだけで、既にして下品さを含んでいる。ここに根本的限界がある。大声は里耳に入らず、豚に真珠というよう、単に高尚な内容を語っているだけで一般大衆はその芸術を自分達のなれしたしんだミームと違うとみなしてしまう。どれほどわかり易い表現法でも同じだ。
中間芸術を啓蒙的な代物と解釈すると、春樹文学のテーゼ「深い事をわかり易く語る」方法論になるわけだけど、ここに既にサブカルの根本限界が露呈している。例えば東京都民一般は露骨な性表現に腐るほどたかるが(実質的エロマンガにすぎない同人誌へ75万人)、正義について語っても誰も振り向かない。
いいかえると、一般大衆は、相対的に下品な人達なので、少数の高尚な人がいかに立派な芸術を作っていようがそんなの理解もできないし、仮にがんばって理解したところで共鳴も共感もできない。だから全体でも上品ながわに属する少数の人にしか、立派な芸術の意味はないのである。だがそれはより美しい。
少なくともわたしは、一人の美の探求者であり、より美しいものをそうでないものより好む。であれば立派な芸術のほうがサブカルより優れているとみなして当然ではなかろうか。その理屈は、上に書いたところで必要十分に論証されているのではないか。一言でいうと「上品なほうがより美しい」のだ。
また立派な芸術のほうには上に書いた特殊さがあるので、飽くまでよい趣味を解するのは全体でも上品な部類の人達にかぎる点がある。だから高尚さを十分理解できない人にとってスノビズム、いわば知ったかぶりの対象になる。中流は自慢目的に自分がその上品さをまとっているかのよう偽装したいのだ。
これも一つの欠点ともいえ、立派な芸術がそれ自体として抱えている「上座部仏教」的な矛盾であり、本当にその高尚さを理解できる人は同時代でも後世でも、およそ少数派を超えない特徴がある。もともと創造・批評の連鎖ゲームで内容を無限に難しくしていくつもりの専門家らなので外から高踏的にみえる。
たとえていえば、クジャクの羽みたいなものだ。どれほど美しくしてもきりがない。その知的負荷が限界をこえると、前衛芸術家は同時代的に理解者を1人もみつけられなくなり、どれほど作っても誰からも価値を認められない廃人状態で自殺しかなくなってしまう。だから立派な芸術は一種の負担なのである。
芥川龍之介と、藤子F不二夫を比べてみればいい。芥川が立派な前衛小説家とすれば藤子はサブカル漫画家である。芥川は経済的困窮の果てに自殺したが藤子は今に至るまで大勢の理解者しかいない。両者の中間の人々がスパフラ作家だろう。
自分にいえるのは、それでも立派な芸術がより偉大なのである。
2020年1月19日
2020年1月13日
前衛と後衛は自動で分かれる
写実絵画って俳句でいえば季語入りの月並定型句みたいなもんで、自分はすぐこれで終わってる限り古典から一歩もでないと思って新しい表現探り出したけど、写実絵画で飯食って日展で地位得て得々とスポーツカー乗り回してる同年代の自称画家とかみるに、やっぱ人は生まれつき違うんじゃないかと思うよ。
いまにして思うと僕が18の時、美術予備校(通称どばた。専修学校だったらしい)にいた1年間の凝縮した学習過程って、人類の美術史の古代から近代のおわりくらいまでを1年ですっかり独習したことだったんだから、いくら「パン絵」だからって写実売って一生費やすのは僕なら我慢ならなかったろう。
あれから17年くらい経つけど、その間もよくもみんな挫折して消えていく中で、密かに絵とは何かとか文字づらでいう中心極限定理みたいに追求してたと思うわ。数学的な定義抜きで。
セザンヌとかモンドリアンとか僕みたいに孤独だったに違いない。ダビンチも。彼らからみて僕が遜色あると思えない。
前もちょっと書いたけど、僕が18の時、周りにいた画学生の人達は、なんかしらんけど本気で絵やってるのかなこの人達って感じでみんなどっかいってしまった。僕も試行錯誤は恐ろしい試行回数したけども、前のPCに入ってた習作データ何百枚とか全部消えたけど、やっぱ前衛を追求するのは別の種族だ。
サッカーでも、攻めに行くやつって最初から違う。
僕が小3のときサッカー少年団はいって、いきなり実戦やらされたとき僕ともう1人の子だけ前にまえにでていくから、次のときから僕がウィングあてがわれた(もうそんなポジションないけど、今のツートップ?)。
絵も同じだ。前に出るやつがいる。
日展はダサいからダメだとモギケン氏がいう。確かに僕とか18くらいの時点ですでに友達とそんな感じで、日本画はガン無視していた。のち勉強しなおして欧米美術より上品だったり独創的な点もあると再認識したが(特に琳派と五浦派、のち院展の系譜。つまり大和絵の流れ)、あれだって最初から違う。
日展の理事だか出世してスゴイだろ、となる人とか、芸大の学長になって芸術院の長になって偉いとか、宮内庁官になる様なタイプの人って、最初から「後衛」なのである。それは子供の時点でもう違う。
前に出て行く人は、攻めるのが好きなのだ。僕は完璧にそれだった。後衛の人は逆にダサ偉いのだ。
僕が所属していた精華サッカー少年団でも、もう最初の時点でゴールのほうにいて守り専門タイプってのがいるのである。なぜかはしらんけど子供の時点で違うもので、僕の時は臼庭君とか大ちゃんとかが後ろにいた。どちらも体格がでかい。僕は小柄ですばしっこかった。早生まれだからもあるだろうけど。
美術界全体をみて、この後衛タイプは、ダサいと。それは半分はそうなのかもしれんが、また微妙に違う見方をすると、サッカーでいうディフェンダーとキーパーの役割をしているといってもいい。
確かにフォワードより目立たない。でも彼らはしっかりした守りをする役割なだけだ。性格が保守的なのだ。
ダサダサの写実画であると。なんの洗練もみられないで、国際的文脈とか全く見ていないと。院展のほうは逆に日本画の風流を追求してるから微妙に違うかもしれんが日展は、それはダサダサでしょう。ドメスティック国内ガラパゴアートで、或る僕の同級生いわく「日本美術はARTではない」とかいわれる。
でも、僕はそれと全く真逆のタイプで、常に最前衛のさらに先へいきたいプレイヤーだった。限界までいくと、これ以上進めねえなと思ってまた徹底的に勉強しなおし、もっと先に進む方法を開拓しようと必死になる。これをくり返してきたけども、別に誰に教わるでもなくそうしてるのだ。性格差でしかない。
逆に、一般素人は、僕をアーティストだとは思っていないでしょう。彼らは日展の画家さんたちを「偉い芸術家」とみなしていると思います。あるいは県展とか、ナントカ会みたいなのの所属作家でもいいですけど。
けどね、彼らには彼らの役割があって、僕には僕のそれがあるのですよ。サッカーと一緒。
人類は、まあ前衛は無数にいるんじゃないでしょうか。サッカーだって色んなチームにフォワードがいる。その先のほうで試行錯誤しまくるしかない性格の人の一人が僕であり、同時に全世界の動向を注視しながら、自分の研究を進めている。どの時代のどの前衛も、基本的にはそうだったと思います。
僕は、全人類に無視されてるみたいなもんだが、だからといって別にポピュラーなアーティストになりたくもない。だから津田さんとか会田誠とかがグチャグチャあいトリで騒いでる時も冷ややかな目で外から批評していたのであって、輪に入れといわれても絶対いかない。
この点でリヒターとも僕は違う。
リヒターは手記で、自分はポピュラーなアーティストでありたいといってるが、ウォーホルに比べて貴殿がポピュラーかね? としかいいようがないが、どっちにしてもこれだってポジションどり以前に、人の性格だ。
僕はセザンヌよりもっと内向的なタイプなので、そもそも誰とも会いたくないのである。
ビッグファイブの性格テストやってみたら、自分は内向性が相当高く外向性が最低レベルであった。で開放性がマックスで誠実性もほぼマックスだった。神経症傾向は普通だったかあんまり高くなかった。
こういうわけで、人は性格が違うから、後衛になりたくもない芸術家なんて確かにデフォでいるのだ。
自分は人間嫌い(というか社交嫌い)の極端な研究者みたいな性格なんだが、その上で感受性が異常に細やかでとにかく繊細なタイプだった。それで必然的に芸術家になるしかなかったのだが、問題は、しかも開放性マックスで知的好奇心が極度なので前衛にしかなれない。商業も嫌いだから当然こうなる。
ということは、後衛の人達をダサダサだといっていじめるのは、全く意味を成していない。だってそれでいったら最前衛だって大衆を無視してなにやってんだか誰にもわからないことしかしないし、死後だって誰かがその人の仕事を認めるかなんて当人にもわからないし、どうでもいいとすら思ってるのである。
僕は、恐らく人類が嘗て生み出した人種の中では、最も前衛的な芸術家タイプの極度のやつなんではないかと自分で推測する。もしかすればもっとそうなやついるかもしれないけども、美術史を見直す限り、また同時代人で似た様な人みたことないので、多分そうではなかろうか。そんなの自動でうまれるのだ。
ここでいっておくが、僕はどういう気持ちで絵を描いてるかというと、「まだみたことがない絵がみたい」しかない。僕は絵のマニアである。だから網羅的かつ渉猟的にみまくるのだけれども、似た様なパターンはみあきてるから、自分しか新しい感覚刺激をつくりだせないところまで行き着いているのである。
恐らく人類史の中には、未来は勿論もっと色んなの生まれるでしょうが、過去の中には、僕と全く同じ感じのひとはそうあんまりいなかった。けど似た様な人たちは、美術史に刻まれている。特にモダニスト。未視感の探求。前衛自体、近代主義の派生物かもしれないけど、実際、動機が食いたいとかではない。
じゃあ、僕と同じだけ絵画マニアになりたい人とかいないかもしれん。どうも一般人の話をきいたらみんな絵なんて興味ないみたいだった。これは僕には珍奇な話だったから、最近買った画集も自分はとっても面白いのに、親はろくにみようともしない。視覚刺激を僕ほど欲してないのである。最初から違う。
あなたは知らない絵はないんですか? あるでしょう。けどね、パターン認知みたいなのがあるの。様式として絵にはあるパターンの幅があって、その枠の中にいるとわかるんですね。これは何なに様式ねと。漫画とかもほぼ線描・色面といった省略様式の展開だし。
前衛は独創表現の熱狂者ということだ。
そう考えると、絵をうまくさせたいとか、なりたいとか、全く意味なしてないんですよ。あと子供を芸術家にしたいとか、まあいないでしょうけど、いたとしても意味ない。あと前衛の人にアカデミック後衛教育(いわゆる芸大美大ね)与えるのも意味ない。だって伝統芸能おしえてるんだから、履修って。
あなたは最前衛にうまれついたかそう育ったタイプではない。だとしたら私がなに言ってるかわからないかもしれませんが、要するにこっちからみると、一目瞭然。
独創ってまねられないんですよ。だって過去の様式を逸脱するゲームなんだから。サッカーも技あるでしょ、フェイントとか。その外しなの。
カントも『判断力批判』でいっているが、芸術は教育できない。美術史とかなら教えられるでしょうけどね、飽くまで知識だから。独創は、うえにかいたよう性格なんだよね。子供の頃からもう違う。こいつは新しいアイデア出すのやたら好きなんだなってやつが成長すると前衛芸術家になるんだよ。まさに僕。
僕は、このツイッターアカウントみてたらわかるかもしれないけど、24時間なんか考えていて、しかもそれらは次々いれかわってるんだよね。しかも泉みたいに尽きない。それだけでなくいきなり全く違う分野に入って別のアイデアに飛び火したり、急にもどったりする。
それって性格で、教育じゃない。
最近、シュンペーターがイノベーション理論だしてから、商人がアーティストぶりだしましたよね。でもこっちからみると、飽くまで商売人じゃねえかとしかみえない。だってやってることがファインアート(立派な芸術、純粋美術)じゃないからね。商品を新しくしてるだけでしょうと。ジョブスがだけど。
立派な芸術からみると、革新って売れた~とかではないんですね。当たり前といえばあたりまえですが、売れても雑魚だなってのがある。飽くまで独創性が大向こうをうならせる重要な判断基準になるんだけども、そこにはきちんと正格に即した判定ルールがある。論理的に説明できる。かつルール破りがある。
美術の前衛は、ルールを破る道場破りゲーみたいなもんで、そりゃ独創だからそうなんですが、先ずルールを全て把握しないと、適当に道場破りしてるとマンネリにおちいるだけで連続で道場破り続けるなんてできないし、下手すると一度もルール破れてなかったとなる。車輪の最発明で。厳格な勝負がある。
例えば、建築でいうせじまさんとか、絵でいうハーストとかがこの水準に到達している。かれらは上述の意味での独創をきちんとやって道場破り続けてきている。まあ特にハーストの道場破りかたがいい破りかたかといえばそうではないけども、なぜなら悪趣味だったりショボ破りだったりだが、前衛ではある。
ですから、前衛なんて偶然、そううまれついたやつが勝手に前へまえへ出て行くだけのことで、サッカー少年団と一緒だ。僕とあのナントカ君がいなかったら、みんなボールもった瞬間、全力ダッシュでゴール前まで攻めあがったりしていない。適当に中ごろでグチャグチャ蹴りあっていた。そういうことだ。
上に書いたところで一番重要だといえるのは、一般人は芸大が前衛だと思ってんだろうけどあれは中後衛です。だって他人から承認うけないと入れないし、内部でも評価されてしまうんだもの。
前衛って評価を受けつけないものですから。同時代の人達に理解されてるとしたらそれは中衛より遅れてるわけ。
芸大教授になるのは、十中八九、食えない作家モドキです。一流以上の人たちは基本的にならない。だって自分の仕事で忙しいんだもの。子供とか生徒とか教えてられないでしょ。工房てつだわせてるならまだわかるけど、その場合は給料あげてるでしょ儲かってんだから。
教授で偉そうに雑魚が教えてる。
だから基本的に、中後衛の人しか芸大美大には教授としていないのね。前衛はそもそも同時代から無視されてるからね、新しすぎて誰からも理解されずに。
で、中後衛、特に後衛の世界は、人気さえ無用で箔づけマウントの権威ゲームなので、ますます芸大教授とか文化庁的なのと縁が近くなるの。同類で。
そういう構造が背景にあるから、一流以上の人が芸大美大にはいないので、そこで前衛は足踏みさせられるだけで中後衛のための組織なんだよね。特に後衛には都合がいい。教授との人間関係ゲーで、箔づけのコツをまねれるから。いわゆるコネだ。後衛社会はそのコネによる賞歴が飯の種でステータスだから。
前衛の人が大学にいることもまれにはある。バウハウスとか、ミースがいた頃のイリノイ工科大学みたいな感じ。でもそれって例外中の例外で、天才は前衛として山篭りしてたり、既に食えてるわけだからわざわざ拘束される教授なんてやりたくないでしょう。せじまさんは後進の為の思いやりなんでしょうが。
いまにして思うと僕が18の時、美術予備校(通称どばた。専修学校だったらしい)にいた1年間の凝縮した学習過程って、人類の美術史の古代から近代のおわりくらいまでを1年ですっかり独習したことだったんだから、いくら「パン絵」だからって写実売って一生費やすのは僕なら我慢ならなかったろう。
あれから17年くらい経つけど、その間もよくもみんな挫折して消えていく中で、密かに絵とは何かとか文字づらでいう中心極限定理みたいに追求してたと思うわ。数学的な定義抜きで。
セザンヌとかモンドリアンとか僕みたいに孤独だったに違いない。ダビンチも。彼らからみて僕が遜色あると思えない。
前もちょっと書いたけど、僕が18の時、周りにいた画学生の人達は、なんかしらんけど本気で絵やってるのかなこの人達って感じでみんなどっかいってしまった。僕も試行錯誤は恐ろしい試行回数したけども、前のPCに入ってた習作データ何百枚とか全部消えたけど、やっぱ前衛を追求するのは別の種族だ。
サッカーでも、攻めに行くやつって最初から違う。
僕が小3のときサッカー少年団はいって、いきなり実戦やらされたとき僕ともう1人の子だけ前にまえにでていくから、次のときから僕がウィングあてがわれた(もうそんなポジションないけど、今のツートップ?)。
絵も同じだ。前に出るやつがいる。
日展はダサいからダメだとモギケン氏がいう。確かに僕とか18くらいの時点ですでに友達とそんな感じで、日本画はガン無視していた。のち勉強しなおして欧米美術より上品だったり独創的な点もあると再認識したが(特に琳派と五浦派、のち院展の系譜。つまり大和絵の流れ)、あれだって最初から違う。
日展の理事だか出世してスゴイだろ、となる人とか、芸大の学長になって芸術院の長になって偉いとか、宮内庁官になる様なタイプの人って、最初から「後衛」なのである。それは子供の時点でもう違う。
前に出て行く人は、攻めるのが好きなのだ。僕は完璧にそれだった。後衛の人は逆にダサ偉いのだ。
僕が所属していた精華サッカー少年団でも、もう最初の時点でゴールのほうにいて守り専門タイプってのがいるのである。なぜかはしらんけど子供の時点で違うもので、僕の時は臼庭君とか大ちゃんとかが後ろにいた。どちらも体格がでかい。僕は小柄ですばしっこかった。早生まれだからもあるだろうけど。
美術界全体をみて、この後衛タイプは、ダサいと。それは半分はそうなのかもしれんが、また微妙に違う見方をすると、サッカーでいうディフェンダーとキーパーの役割をしているといってもいい。
確かにフォワードより目立たない。でも彼らはしっかりした守りをする役割なだけだ。性格が保守的なのだ。
ダサダサの写実画であると。なんの洗練もみられないで、国際的文脈とか全く見ていないと。院展のほうは逆に日本画の風流を追求してるから微妙に違うかもしれんが日展は、それはダサダサでしょう。ドメスティック国内ガラパゴアートで、或る僕の同級生いわく「日本美術はARTではない」とかいわれる。
でも、僕はそれと全く真逆のタイプで、常に最前衛のさらに先へいきたいプレイヤーだった。限界までいくと、これ以上進めねえなと思ってまた徹底的に勉強しなおし、もっと先に進む方法を開拓しようと必死になる。これをくり返してきたけども、別に誰に教わるでもなくそうしてるのだ。性格差でしかない。
逆に、一般素人は、僕をアーティストだとは思っていないでしょう。彼らは日展の画家さんたちを「偉い芸術家」とみなしていると思います。あるいは県展とか、ナントカ会みたいなのの所属作家でもいいですけど。
けどね、彼らには彼らの役割があって、僕には僕のそれがあるのですよ。サッカーと一緒。
人類は、まあ前衛は無数にいるんじゃないでしょうか。サッカーだって色んなチームにフォワードがいる。その先のほうで試行錯誤しまくるしかない性格の人の一人が僕であり、同時に全世界の動向を注視しながら、自分の研究を進めている。どの時代のどの前衛も、基本的にはそうだったと思います。
僕は、全人類に無視されてるみたいなもんだが、だからといって別にポピュラーなアーティストになりたくもない。だから津田さんとか会田誠とかがグチャグチャあいトリで騒いでる時も冷ややかな目で外から批評していたのであって、輪に入れといわれても絶対いかない。
この点でリヒターとも僕は違う。
リヒターは手記で、自分はポピュラーなアーティストでありたいといってるが、ウォーホルに比べて貴殿がポピュラーかね? としかいいようがないが、どっちにしてもこれだってポジションどり以前に、人の性格だ。
僕はセザンヌよりもっと内向的なタイプなので、そもそも誰とも会いたくないのである。
ビッグファイブの性格テストやってみたら、自分は内向性が相当高く外向性が最低レベルであった。で開放性がマックスで誠実性もほぼマックスだった。神経症傾向は普通だったかあんまり高くなかった。
こういうわけで、人は性格が違うから、後衛になりたくもない芸術家なんて確かにデフォでいるのだ。
自分は人間嫌い(というか社交嫌い)の極端な研究者みたいな性格なんだが、その上で感受性が異常に細やかでとにかく繊細なタイプだった。それで必然的に芸術家になるしかなかったのだが、問題は、しかも開放性マックスで知的好奇心が極度なので前衛にしかなれない。商業も嫌いだから当然こうなる。
ということは、後衛の人達をダサダサだといっていじめるのは、全く意味を成していない。だってそれでいったら最前衛だって大衆を無視してなにやってんだか誰にもわからないことしかしないし、死後だって誰かがその人の仕事を認めるかなんて当人にもわからないし、どうでもいいとすら思ってるのである。
僕は、恐らく人類が嘗て生み出した人種の中では、最も前衛的な芸術家タイプの極度のやつなんではないかと自分で推測する。もしかすればもっとそうなやついるかもしれないけども、美術史を見直す限り、また同時代人で似た様な人みたことないので、多分そうではなかろうか。そんなの自動でうまれるのだ。
ここでいっておくが、僕はどういう気持ちで絵を描いてるかというと、「まだみたことがない絵がみたい」しかない。僕は絵のマニアである。だから網羅的かつ渉猟的にみまくるのだけれども、似た様なパターンはみあきてるから、自分しか新しい感覚刺激をつくりだせないところまで行き着いているのである。
恐らく人類史の中には、未来は勿論もっと色んなの生まれるでしょうが、過去の中には、僕と全く同じ感じのひとはそうあんまりいなかった。けど似た様な人たちは、美術史に刻まれている。特にモダニスト。未視感の探求。前衛自体、近代主義の派生物かもしれないけど、実際、動機が食いたいとかではない。
じゃあ、僕と同じだけ絵画マニアになりたい人とかいないかもしれん。どうも一般人の話をきいたらみんな絵なんて興味ないみたいだった。これは僕には珍奇な話だったから、最近買った画集も自分はとっても面白いのに、親はろくにみようともしない。視覚刺激を僕ほど欲してないのである。最初から違う。
あなたは知らない絵はないんですか? あるでしょう。けどね、パターン認知みたいなのがあるの。様式として絵にはあるパターンの幅があって、その枠の中にいるとわかるんですね。これは何なに様式ねと。漫画とかもほぼ線描・色面といった省略様式の展開だし。
前衛は独創表現の熱狂者ということだ。
そう考えると、絵をうまくさせたいとか、なりたいとか、全く意味なしてないんですよ。あと子供を芸術家にしたいとか、まあいないでしょうけど、いたとしても意味ない。あと前衛の人にアカデミック後衛教育(いわゆる芸大美大ね)与えるのも意味ない。だって伝統芸能おしえてるんだから、履修って。
あなたは最前衛にうまれついたかそう育ったタイプではない。だとしたら私がなに言ってるかわからないかもしれませんが、要するにこっちからみると、一目瞭然。
独創ってまねられないんですよ。だって過去の様式を逸脱するゲームなんだから。サッカーも技あるでしょ、フェイントとか。その外しなの。
カントも『判断力批判』でいっているが、芸術は教育できない。美術史とかなら教えられるでしょうけどね、飽くまで知識だから。独創は、うえにかいたよう性格なんだよね。子供の頃からもう違う。こいつは新しいアイデア出すのやたら好きなんだなってやつが成長すると前衛芸術家になるんだよ。まさに僕。
僕は、このツイッターアカウントみてたらわかるかもしれないけど、24時間なんか考えていて、しかもそれらは次々いれかわってるんだよね。しかも泉みたいに尽きない。それだけでなくいきなり全く違う分野に入って別のアイデアに飛び火したり、急にもどったりする。
それって性格で、教育じゃない。
最近、シュンペーターがイノベーション理論だしてから、商人がアーティストぶりだしましたよね。でもこっちからみると、飽くまで商売人じゃねえかとしかみえない。だってやってることがファインアート(立派な芸術、純粋美術)じゃないからね。商品を新しくしてるだけでしょうと。ジョブスがだけど。
立派な芸術からみると、革新って売れた~とかではないんですね。当たり前といえばあたりまえですが、売れても雑魚だなってのがある。飽くまで独創性が大向こうをうならせる重要な判断基準になるんだけども、そこにはきちんと正格に即した判定ルールがある。論理的に説明できる。かつルール破りがある。
美術の前衛は、ルールを破る道場破りゲーみたいなもんで、そりゃ独創だからそうなんですが、先ずルールを全て把握しないと、適当に道場破りしてるとマンネリにおちいるだけで連続で道場破り続けるなんてできないし、下手すると一度もルール破れてなかったとなる。車輪の最発明で。厳格な勝負がある。
例えば、建築でいうせじまさんとか、絵でいうハーストとかがこの水準に到達している。かれらは上述の意味での独創をきちんとやって道場破り続けてきている。まあ特にハーストの道場破りかたがいい破りかたかといえばそうではないけども、なぜなら悪趣味だったりショボ破りだったりだが、前衛ではある。
ですから、前衛なんて偶然、そううまれついたやつが勝手に前へまえへ出て行くだけのことで、サッカー少年団と一緒だ。僕とあのナントカ君がいなかったら、みんなボールもった瞬間、全力ダッシュでゴール前まで攻めあがったりしていない。適当に中ごろでグチャグチャ蹴りあっていた。そういうことだ。
上に書いたところで一番重要だといえるのは、一般人は芸大が前衛だと思ってんだろうけどあれは中後衛です。だって他人から承認うけないと入れないし、内部でも評価されてしまうんだもの。
前衛って評価を受けつけないものですから。同時代の人達に理解されてるとしたらそれは中衛より遅れてるわけ。
芸大教授になるのは、十中八九、食えない作家モドキです。一流以上の人たちは基本的にならない。だって自分の仕事で忙しいんだもの。子供とか生徒とか教えてられないでしょ。工房てつだわせてるならまだわかるけど、その場合は給料あげてるでしょ儲かってんだから。
教授で偉そうに雑魚が教えてる。
だから基本的に、中後衛の人しか芸大美大には教授としていないのね。前衛はそもそも同時代から無視されてるからね、新しすぎて誰からも理解されずに。
で、中後衛、特に後衛の世界は、人気さえ無用で箔づけマウントの権威ゲームなので、ますます芸大教授とか文化庁的なのと縁が近くなるの。同類で。
そういう構造が背景にあるから、一流以上の人が芸大美大にはいないので、そこで前衛は足踏みさせられるだけで中後衛のための組織なんだよね。特に後衛には都合がいい。教授との人間関係ゲーで、箔づけのコツをまねれるから。いわゆるコネだ。後衛社会はそのコネによる賞歴が飯の種でステータスだから。
前衛の人が大学にいることもまれにはある。バウハウスとか、ミースがいた頃のイリノイ工科大学みたいな感じ。でもそれって例外中の例外で、天才は前衛として山篭りしてたり、既に食えてるわけだからわざわざ拘束される教授なんてやりたくないでしょう。せじまさんは後進の為の思いやりなんでしょうが。
2020年1月7日
立派な芸術は立派な真意で作られる
さっき起きて気づいたが、サブカルを褒めている人達、特におおよそ中年から高齢者に当たる年齢層の人達は、ひとことでいえば文化的ポピュリストなのではないか?
例えば代表的なので東浩紀氏の一派。元は村上隆氏が唱道者にあたるが、主に東京の文化人らである。
なぜ彼らが「立派な芸術 fine art」を半分以上無視し、もしくは軽視なり後回しし、代わりに斯くも下らないサブカル(漫画アニメゲーム等)を礼賛するか、自分も含め大抵の人達はわからないと思う。結局、彼らは立派な芸術が商業的大衆市場をもっていないので、カネにならない文化を軽んじだしたのだ。
本来、立派な芸術はカネになるから立派なのでは毛頭ないだろう。体系的に美術史なり、考古学やら民芸やら諸民俗などを知っていれば当然、これが本質に反するとわかる。美術(これもファインアートの初期の訳語だ)そのものに、商業とは別の秩序があるので、我々はそれを学ぶ。
いいかえれば、彼ら東京のサブカル芸人らには価値観の転倒がある。道理で立派なのではなく、金儲けになるから立派、と資本主義の論理に美術史の論理をくみかえてしまう(文脈主義の否定)。それだけでなく、より低俗、より下衆、より下品なほど俗受けするのは理の当然ゆえ、ますます悪趣味を礼賛する。
私が極めて不快に感じるのは、その種のサブカル芸人らが、文化人なり知識人なり美術造詣の王道きどりで、立派な芸術を相対的に貶めているだけでなく、そもそも彼らのほぼ全数は文脈主義の理解にすら到達しておらず、悪辣で下賎かつ幼稚な東京京都サブカルを主な日本文化と誤認させようとしている点だ。
もし私が途中で死んでいたら、彼らの覇道は行き着くところまで行き、日本国といえば一億総白痴の喜劇国家と思われていたはずだ。ちょうど吉本興業が唯一の大阪イメージになってしまったよう。だが当然これは誤解でしかないし、むしろ相当数の関西人にとって自県の誇りを傷つける偏見なのではないか?
京都市と漫画学部をもつ私立大(京都精華大)が漫画博物館を作った。一方、同様の構想をもっていた麻生政権の野望は崩された。
これらは重い対照性だ。
のち安倍政権はクールジャパン構想でサブカルに媚びた(ルール・ブリタニアとかかる駄洒落も知らずイギリスの類似政策から表面をまねたもの)。
上述東一派は隆氏と共に、猪瀬知事のとき都庁で鼎談するなどクールジャパン絡みで、2020年東京五輪の主な文化色をサブカル化しようと謀っていた。猪瀬氏が失脚すると彼らの野望も果てた様にみえた。が桝添時代を間に挟み(やたらダサいと貶された)、小池知事は『バンクシーらしき絵』展示事件をする。
小池氏はバンクシーが置かれている美術史上のヴァンダリズム(破壊主義)の文脈を理解していないとみえ、器物破損罪にあたる落書きを行政がご大層に展示し「立派な芸術」扱いで犯罪の一部を行政が正当化しつつ、より政治的メッセージある入国管理局前の落書き(FREE REFUGEESなど)を無視してしまう。
画像引用元(https://twitter.com/IMMI_TOKYO/status/1064810387797733376
http://buzz-plus.com/article/2019/01/17/banksy-koike-yuriko-art-tokyo/
https://twitter.com/ecoyuri/status/1085767968959561729
https://www.sankei.com/life/photos/190425/lif1904250018-p2.html)
正確にいうと、イギリスその他でもストリートアートの扱いは揺れており、ブリストル市議会のようネットで住民投票し落書きを残すことを決めた直後に再び汚されるなど(何せ特定の器物破損者だけ許されるなら他の不良は面白くない)、そもそも所有権が他人にあり保存基準に一定の合意が得られていない。
美術用語でいうアウラ(いわゆる本物のオーラ、主観で感じるもの)喪失後の、複製が容易になった現代美術は、本物・偽物の区別に意味がない、のが流用 appropriationの手法につながっていく通説である。実際には、茨城の海岸に描かれた『風船をもつ少女 Girl with Balloon』も、この点で『愛はごみ箱の中に Love is in the Bin』と本質的違いはない。
だから東京新聞がこの海岸の落書きについて取材し、バンクシーアカウントが"This is not by Bansky"「これはバンスキーによるものじゃないよ?」と(恐らく意図的な)冗談で茶化し返しているのは、いってみれば小池知事に継ぎ東京新聞も、現代美術に理解が追いついていない証拠でしかない。
これらの都民らによる言説と、国内外問わずみわたせる全文化・商業・政治の状況をかえりみていえるのは、結局、東京都民の既得権は、資本主義の論理を立派な芸術のそれに優先させているだけでなく、大衆商業に基づき価値づけの転倒をはかる、というか、無教養や低次元な判断で自然にそうなっている。
「みんなに受けてるから」「欧米で認められてるから」「外人が褒めるから」「子供が夢中になってるから」「カネになるから」と、どんどん判断基準が低落し、既に東京の既得権は、文化的主体性を完全に自己喪失しているといってもいい。他人本位を突き詰めてピエロになっている点で三島由紀夫的とでもいうか。
ある同人誌系の絵師(猥褻な漫画を描いているいわゆるセミプロらしき人)が、「褒められたくてエロ漫画を描く」云々とさえずっていた。悪徳に満ちた衆愚が魑魅魍魎として大量の下流じみたhentai界をつくっており、その数75万人にものぼる東京では、悪趣味や退廃主義が行動動機そのものなのである。
では彼らのありさまから、私、あるいはこの文を読むだれかが何を学べるか?
第一に、低俗で品性下劣なサブカルの数々は、当然だが反面教師にすぎない。いくら文化的ポピュリズムに耽ろうが、江戸の多くの文物がそうなったよう、本質的価値づけに変化はない。芸術は思想の表現だからだ。
第二に、岡倉天心が『日本美術史』の末尾で、自己を主体に進めといっているよう、諸様式の変遷の中で、あらゆる文化ミームでも最善最美の粋だけを抽出すべきであり、他人が褒めているからそれが正しいと思うべきではない。この点で現今の東京あるいは京都のサブカルは、俗に流されているだけと思う。
第三に、いわゆる欧米現代美術のたぐいも、彼らが自己本位につくりあげている一幕にすぎず、決して私のものではない。むしろこの点では(参加に必要な知性や背景知識の質で大差はあるが)サブカルと変わりなく、ひとごとだ。他人の仕事は飽くまで参考にしかならない。せじま和世氏が模範だろう。
私が現場をみたかぎり、SANAAは工房制に近いものづくりをしているが、その組織の仕方はどうみてもいわゆる欧米的ではない。むしろ日本の学校の学芸会に似ている。だが結果をみても同じで、明らかに欧米の組織がなしえない立派な作品を沢山残している。独創は斯くあるべきで、わが道を往く必要がある。
東京には多くのマスコミが集まっているので乱痴気かまびすしく衆愚をあおる。だからさも批評といえば、都内のマスコミとか、群集でもできるといった臆見がうまれる。しかしながらザハやSANAAの案に比べ、新たにザハ案を下敷きにした(まるで衣替えした盗作とザハ事務所が考えた)隈案は決して歴史的水準ではない。
もし安藤忠雄氏が、最終候補のうちSANAA案を選んでいれば、都内の建設業者や、2chねらーら衆愚都民が騒ぎ立てることはなかったかもしれない。盟主きどりでザハ案を、大きすぎると叩き潰した東京建築界の重鎮(槇氏など)の利権、江戸っ子の気概を失った新東京人のケチさは、より質の低い建物を残した。
フランクロイドライト的なというか、環境に埋没する規模に建物高さを抑えるべきとする槇氏らの意見は、建築学についての美学美意識として必ずしも普遍的なものではない。メタボリズムはどうなったのだろうか。ザハはもともと自然環境に配慮するタイプの設計者ではないのに選んだのは安藤氏の判断だ。
それに比べ最終候補だったSANAA案は空隙が多く、形も不定形で環境に開かれたもの、周囲にある緑への威圧感を軽減させたものだったのだから、安藤氏の判断が、彼が若い頃にみたメタボリズム全盛期の中での、丹下健三案による国立代々木競技場の建造現場を再現的に夢想したものだったのは明らかである。
安藤氏の諸著作や彼の思想を知っていれば、というか並み居る建築家でそれをしらないならゴロと誰でも分かっている話の筈が、なぜ敢えて槇氏らは自分案まで出したか? 簡単にいうと、安藤氏へ喧嘩売っているだけの話だ。安藤氏と当時の都知事石原氏は親しかった。槇氏らは正当建築論ぶり世論あおった。
ここにあるのは、結果からみたら東大建築家閥の私家闘争なんだが、僕的にはそういう業界ゲームは本当に下らないと思うので(しかし後世の人が研究したければしてください。色々興味深いことがわかるかもしれない)、ここでは事実と歴史だけを追う。要は安藤は苦闘する現場から皆に学んでほしかった。
そもそも安藤氏は自分案をもっていたし(いわゆる晴海だかにドーナツ天板を浮かせるやつね)、僕もそれを参考に自分案を作っていた(ステンレス鍋逆さまにした様なの)。安藤氏が審査委員長になり、最終的にザハ案を選んだのは、ませじま氏へライバル心もあったかもだが、飽くまで夢を見せたかった筈。
お前の案なんてどうでもいいよといわれるかもしれませんが、それは置いておいて。安藤氏は敢えて環境ガーの時代柄をわかっていながらに、また神宮の緑ガーとか都民のしょぼしょぼ自然保護運動モドキをわかっていながらに(だって彼は植樹してんですからずっと)、メタボリズムの再来案を選んだのだ。
つまりね、建築ファンなりマニアからすると「なるほどね!」となる。「俺はSANAA案のが新しくて面白いと思ったけども、ここでメタボかい。そりゃ安藤だもんね。若き彼が代々木競技場建造の凄まじい現場の苦闘と勇気を眺め夢を見た逸話を、新時代の若者にもきっとみせたいんだなあ」となる決定なのだ。
だから。大人しくザハ案が進むのを見守っていたのだ、建築ファンは。マニアは。大体、都庁だって磯崎案のが面白かったろうにメタボ全開(当時としても古い)の丹下案をまーたか、といって選んだ時もそうだったが、東京の建築物はでかけりゃいいってもんが多い。雑だし。で今回もそうなって当然だった。
まあ槇氏のいいたいこともわかるというか、おめー大阪人の癖に俺の大事な地元によお、デュシャン作品みてーなの不時着ぶちこもうとしやがって、なめてんのかこの野郎となるのは(槇氏は当然こんな江戸っ子べらんめえ口舌はしませんが)、理の当然でもある。が。無視すりゃよかったのである。大人は。
この説明で僕がなにをいいたいかというと、群集に媚びるとろくなものが残らない話だ。自己主体で実行しろなる美学原則には多数決的民主政とは正反対な面がある。勿論、公共建築なら大勢が使うから衆知や少数ニーズも集めねばならないが、最高の美術的造詣をもつ人が独断で決めたほうがいい事もある。
都民は一般に見栄っ張りで、他人からのみてくれを気にする。それで「ダサい」といって田舎を美学面で差別し、東京をクールだカッコいいんだと言い張る。彼らのいう田舎には同じ都内でも多摩が入り、下手すると23区内でも大半が互いにいいあうなど、ダニクル効果的中華思想の美意識差別心は半端ない。
が、都民一般が、自作自演でイギリスの設計事務所の足を無理やり不正な契約解除劇やりながら引っ張ってまでつくった国立競技場は、HELLO, OUR STADIUM (こんにちは、私たちの競技場)と小学生でも意味がよくわからんスローガンで、ダサダサのスタートを切ってしまった。いうまでもなく建築も酷いが。
ついでだから書いておくけども、いわゆる隈研吾氏(以下、しばしばクマケン)の作品は、僕はどれ一つとして好きではない。現実に京都烏山ココンみてもペンタくん多摩センター店みても酷いなと思うくらいで、何がひどいかというと看板建築みたいなゼネコン設計(かつミス多し)に、表面つぎはぎが多い。
ちなみに安藤建築も単純な設計ミス多いから(たとえば表参道ヒルズ入り口の小段差が危ないので黄色・黒の安全テープはられてしまうみたいな)、別にココンで入り口の滝の水がすぐ脇につけられた電源コンセントにかかるので青いビニールシートかけられても全体よけりゃいいんだろうが、基本が凡庸な設計だ。
元々くまけんはゼネコンにいたわけだから、基本設計が平凡でもただの癖なんだろうけど、いわゆるM2ビルからその本質は変わってない。逆に同世代の妹島氏は構造そのものから革新的なものが多いわけで、表面つぎはぎと正反対に位置するし、僕は両者は全然、格が違うと思っている。断言してもいいくらい。
(構造ごと革新的なのは『梅林の家』が典型例。ちなみに梅は、彼女が学んだ水戸で一種のキーコンセプトなのも茨城人的にはポイント高いのだけど、私たちにしかハイカルチャーイイネ! 通じないだろうし、建築学会的には関係ないが。健やかな学問の象徴たる梅が、弘道館や好文亭と同じ構成になっていて、お子さんのいらっしゃる教育的な家になっている)
隈建築で一番いいのは、僕が(個人住宅だし雑誌で)みたかぎりではロータスハウスだろう。でも、あれだって見方によっては大理石を表面に垂れ流してるだけだろうし、トラバーチンは雨に弱いから暫くしたら見るも無残な姿になるのは予想がつくわけで、こういってはなんだが「写真建築」の嫌いがある。
同世代だからSANAAのロレックス・ラーニングセンターの隣にくまけんのがあったり、なかなか仲良さげだが、両者の建築の質は天地くらい違うのが、一建築オタクたる僕の意見。未来からみたら余計そうみえるんじゃないだろうか? まあそれは一無名人の意見で建築界の大勢に影響ないだろうし、いいけど。
国立競技場の何が酷いかといえば、そのくまけん作品の負の面が全力で発揮されている点だ。大体、彼はゼネコンと組む事が昔から多かったけどそのとき妥協的な負の面はますます強烈になる傾向が当然あるでしょうが、負ける建築どころかゼネコンだろ、木いペタペタ貼り付け終わりかいな、となってしまう。
いわゆるGA(有名な建築雑誌)の論壇だと、まあ手厳しい論客はいなくて主として都内の著名建築家らの同業組合みたいなもんだから、全力で批判するより、プロレス批評で負けるのイイネしかいわれない。でも半分ゼネコンで表面だけ擬似和風ぽい手法とるくまけんの弱点が今回はいかんなく発揮されている。
一般大衆は(僕みたいな大変ガチの)建築オタではない。
(一応書くと僕は最初画家になろうとしたんだが絵は食えそうにないので18歳から最低12年は建築家かねようと主に建築ばかり勉強していた。その間は朝から晩まで猛烈に建築学渉猟し建築専門在学中インターンまでしたので、ただの素人では大分ない)
しかもそこまで建築に興味ない普通の人は、都内著名建築家らの同業組合の輪の中にもいない。正直におもったまま感じたままをいうし、別にクマケンに同情心もないだろうから冷厳に評する。近まさりとかなくてやっぱりダサいとか、席狭いとか、あぶねーこの手すり頭ぶつけてしぬわとか競技場みえんとか。
(画像は国立競技場を初見した感想についての参考ツイート集より
https://twitter.com/KojiGeorge/status/1212222792696942593
https://twitter.com/ILMiMi/status/1212231821305401345
https://twitter.com/ILMiMi/status/1212283539586076674
https://twitter.com/ILMiMi/status/1212219237726425089
https://twitter.com/shika98134620/status/1212230796364275713
https://twitter.com/narichan55/status/1212260435971280899)
自分が知る限り、隈案の特徴はザハの基本設計を下敷きに地下に忍ばせたフライングバットネス的発想の支えとかとっぱらって(これが構造家的には地下鉄とかぶるので解決困難と懸念されてた)、ものすごく単純なだれでもわかるゼネコン的経済構造にし、いわゆる木ペタペタはるいつもの擬似和風にした事。
かつ、最終候補になったSANAA案から、風の通り道のアイデアまでぱくってある。ただし不定形で環境への圧迫感をなくすアルプ的造形は省き、こちらも一律定型に合理化した。隈案は外部と隙間をあけるだけじゃなくテラス状にしょぼい緑植えるとしていたが、ミニ植栽で規模からもお仕着せだろう。
いわゆる伊東豊雄案は天面は全てソーラーパネルとしてあったが(ちなみにどうでもいいけど僕の案もそうで、しかも閉じてあるガラス天面までソーラーセルつきの案です)、隈案はそっちのリアル環境負荷はなおざりに、全国の木を使うんですよ~と、日本スゴイの文脈へ繋げたのに偽復興象徴の特徴がある。
当時は安倍アベいいはじめくらいだった感じで、日本スゴイ東京エライ(でも田舎はダメでダサいというダブスタ)の東京界隈は半端ないネトウヨ風紀でやばかった。この世論を読んでいるところがおりこうさんで通ったわけであるが、これを小利口というのである。昔の言い方なら小ざかしい。木造じゃない。
建築学生にはいうまでもないが紙管建築の板茂からみるとクマケンのエセ木造は耐えがたい苦痛とまではいかないにしても木造ではない。が、木のスタジアムですよ~と、大衆レベルにあわせて半分うそついて支持を勝ち取り、いざ実現してみたら話と違うねとなって当たり前なのである。勝てば官軍かこれが。
まあ上記の流れがあり、日本人の小さな体でもおちそうに観客席斜めってる狭隘設計で、ニポンジンの足すらはみだしてる通路の狭さなのにはちゃんとわけがある。素人だからだ。クマケンはスタジアム設計の経験なんてない、はず(なぜ未熟者が設計者になったかは後述する)。そういう時、まずやるのは設計図書を紐解いてサイズ感まねることである。
勿論、一級建築士試験では競技場の一人当たり客席サイズはどのくらいでなければいけませんかみたいな問題もでたりする。僕は試験官やったこともあるが普通に勉強していた。およそ最小値を問う。よって納まれば通る。したがってクマケンの設計もその数値クリアしている。現実には狭いだけだ。
むしろ、斜めの角度があるのは観客が一体感えられるよう、誰も競技場がみれるよううまくできているとも解釈できるのでそれはいい。通路幅が狭いのと、頭ぶつけそうな手すりみたいな細かいミスが問題なわけだ。敷地自体に収めようとしてかなり無理しているからそうなる。ザハ案から進化していないのだ。
最初のザハ案は限界まで建築本体を主張して周辺通路とも一体化させていたので、素人で「すげー」となっていた人(1名)もみられた。でもマニアからみるとそうでもないというか、流線型で未来かい? と安直にみえる。サーリネンのミニマリズムとか知っていると構造的必然性がないのが透けて見えるわけだ。
で、都民がなぜかドケチぶりを発揮しだし(皆さん、江戸っ子は宵越しの金をもたなかったのに、関西からわんさかやってきた新東京人は大坂・名古屋流儀のドケチです)、元のサイズを縮小させた。このときの後遺症が、現国立競技場に反映されている。恐らくだが下敷きにしたのが縮小後ザハ案だからか。
ザハ事務所がぱくってんじゃねーと切れたのは(実際そういう声明だしてましたよね)、もう時間ぎれ迫ってて縮小後ザハ案をそのままサイズ感の目安にしたと解釈できる今の結果からも、一理も二理もあったことになる。だって初期案の無駄な巨大感なら、こんなに狭くならなかったでしょといえるのだから。
はじめは僕みたいなアンビルドのワナビー状態から、最晩年は巨匠にまでのぼりつめた偉大な建築家ザハ。その全経歴の頂点に位置づけられる最後の技の結晶体が、新国立競技場でなく、北京大興国際空港だったのは歴史の必然か。北京人の巨大志向は東京人の縮み志向と真逆だった。経済状況の象徴でもある。
画像引用元(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Beijing_Daxing_International_Airport_13.jpg)
僕の好きな建築話が長くなってきたので元の文脈にもどると、クマケン設計は上述の様な妥協に継ぐ妥協が得意なところに特徴があって、まあそれは建築界だとむしろ彼の長所と捉えられてきているが(いってみれば、アトリエ系とゼネコン系を仲介者として繋いでるわけです)、この場合、大変負けまくった。
負ける建築なるコンセプトは勤勉な建築学生なら当然知ってるだろうけど一般の人は知らない。しかもそのコンセプトは「環境」への負け方を基本とする理念であった。ところがである。国立競技場ではゼネコンに負けまくっている。それだけではない。世論にも利権にも負けている。いや利権そのものに近い。
なぜこんなことになっちゃったのか。結論書きます。多分、根本にあるのはクマケンら東大建築閥による嫉妬ですよ。ぶっちゃけ。石原都知事は建築界にそこまで詳しくなくて最初のコンペ条件をプリツカー賞にしていた。つまりノーベル賞とってないとダメみたいなもんだ。これに嫉妬の火種がぷすぷすと。
(これで都民らがぐちゃぐちゃザハのあしひっぱって条件緩和されてから、競技場の設計経験なし、プリツカー等の国際著名賞なし、しかもゼネコンと組むのはもとゼネコン出身で毎度お手の元なクマケンが参加できる様になり、彼による案が選ばれた)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/culture/new_stadium/list/CK2015091302100003.html
SANAAは東大建築閥ではありません。お師匠さんは東大閥ですが、日本勢では珍しく女子大とか地方大卒である。彼女らが優先だと、丹下以来あれだけいばりにいばりちらしてきている東大建築閥からすっと、面白くない。で東大建築閥が「(独学なのに東大教授に招聘してやって権威あたえてあげた)安藤の恩知らず」と仮になっても自然で、心の奥底にプライドがある。
この東大建築閥がわが、ただの邪悪なねたみぶかいジジイの集まりかといえばまさにそうなんだけど、まあ本当だからしょうがないと思うが、それだけではない面もあって、丹下健三は敗戦時に日帝神社建築もどき(『大東亜建設忠霊神域計画』)なんてやっていたくらいで、国粋主義の権威に伝統がある。
2chねらーが騒いでるぞ、よしよし、しめしめ、ここで一家言ある俺様が(東大閥の俺様が)、一つ日本魂をみせてやるから、黙っておけ愚民どもみたいな。そういう雰囲気があるのは間違いない。なぜかというと明治政府の直属機関という色が東大にはありまして、戦後もまるきり官僚養成装置なわけです。
その様な東大建築閥の空気を読むどころか先駆したのが槇氏だったといってもいいでしょう。緑を圧迫するからダメといい、自分は9.11の跡地を、地球スケールで古墳化する安藤案をなおざりに、またも超高層で再設計してそれはねーよ、となるのが建築オタからの見方であるが、誰も気づいていないのである。
細かくいえば、まあこれも建築オタ以外にとってどうでもいい話だが、WTC跡地の再設計で緑を気にする必要はないじゃん、セントラルパークあるから。経済合理性を素直に再現すると同時に、メモリアルパークつきならみんなハッピーとなるのはそれもまたお利口小利口な解。問題はザハ案もそうだった事だ。
色々なんでもいえるだろう。神宮の緑は神域だとか。きっというよ。でもねあれだって人口の森なんだから、最初から道理が通らない。ザハ案がダメなら東京都なんて全部ダメだよ。だって武蔵野ぶっつぶして作ってる人工都市なんだから。超高層ビルなんて全部潰せよって話。所詮ポジショントークなんだな。
最終結論を書いておこう。これは小項目だったはずが僕の建築愛好さが出てそれなりの長さになってしまった。ザハの墓場とか、呪われた東京五輪とか自分がいってるのはちゃんと理由がある。福島原発で儲けた金を東京都庁がまた我利我利亡者な金儲けに使うエセ復興の象徴なだけでなく、競技場事情も暗い。
僕個人が、現国立競技場の建築が嫌いなだけでなく、そもそも嫌いになるだけの理由がありまくってしょうがない。それらについては上述のよう背景事情をきちんと知っていれば多少あれ認識できる。今回はある程度まで説明したから他人にもわかるかもしれない。立派な芸術は立派な真意で作られるものだ。
例えば代表的なので東浩紀氏の一派。元は村上隆氏が唱道者にあたるが、主に東京の文化人らである。
なぜ彼らが「立派な芸術 fine art」を半分以上無視し、もしくは軽視なり後回しし、代わりに斯くも下らないサブカル(漫画アニメゲーム等)を礼賛するか、自分も含め大抵の人達はわからないと思う。結局、彼らは立派な芸術が商業的大衆市場をもっていないので、カネにならない文化を軽んじだしたのだ。
本来、立派な芸術はカネになるから立派なのでは毛頭ないだろう。体系的に美術史なり、考古学やら民芸やら諸民俗などを知っていれば当然、これが本質に反するとわかる。美術(これもファインアートの初期の訳語だ)そのものに、商業とは別の秩序があるので、我々はそれを学ぶ。
いいかえれば、彼ら東京のサブカル芸人らには価値観の転倒がある。道理で立派なのではなく、金儲けになるから立派、と資本主義の論理に美術史の論理をくみかえてしまう(文脈主義の否定)。それだけでなく、より低俗、より下衆、より下品なほど俗受けするのは理の当然ゆえ、ますます悪趣味を礼賛する。
私が極めて不快に感じるのは、その種のサブカル芸人らが、文化人なり知識人なり美術造詣の王道きどりで、立派な芸術を相対的に貶めているだけでなく、そもそも彼らのほぼ全数は文脈主義の理解にすら到達しておらず、悪辣で下賎かつ幼稚な東京京都サブカルを主な日本文化と誤認させようとしている点だ。
もし私が途中で死んでいたら、彼らの覇道は行き着くところまで行き、日本国といえば一億総白痴の喜劇国家と思われていたはずだ。ちょうど吉本興業が唯一の大阪イメージになってしまったよう。だが当然これは誤解でしかないし、むしろ相当数の関西人にとって自県の誇りを傷つける偏見なのではないか?
京都市と漫画学部をもつ私立大(京都精華大)が漫画博物館を作った。一方、同様の構想をもっていた麻生政権の野望は崩された。
これらは重い対照性だ。
のち安倍政権はクールジャパン構想でサブカルに媚びた(ルール・ブリタニアとかかる駄洒落も知らずイギリスの類似政策から表面をまねたもの)。
上述東一派は隆氏と共に、猪瀬知事のとき都庁で鼎談するなどクールジャパン絡みで、2020年東京五輪の主な文化色をサブカル化しようと謀っていた。猪瀬氏が失脚すると彼らの野望も果てた様にみえた。が桝添時代を間に挟み(やたらダサいと貶された)、小池知事は『バンクシーらしき絵』展示事件をする。
小池氏はバンクシーが置かれている美術史上のヴァンダリズム(破壊主義)の文脈を理解していないとみえ、器物破損罪にあたる落書きを行政がご大層に展示し「立派な芸術」扱いで犯罪の一部を行政が正当化しつつ、より政治的メッセージある入国管理局前の落書き(FREE REFUGEESなど)を無視してしまう。
画像引用元(https://twitter.com/IMMI_TOKYO/status/1064810387797733376
http://buzz-plus.com/article/2019/01/17/banksy-koike-yuriko-art-tokyo/
https://twitter.com/ecoyuri/status/1085767968959561729
https://www.sankei.com/life/photos/190425/lif1904250018-p2.html)
正確にいうと、イギリスその他でもストリートアートの扱いは揺れており、ブリストル市議会のようネットで住民投票し落書きを残すことを決めた直後に再び汚されるなど(何せ特定の器物破損者だけ許されるなら他の不良は面白くない)、そもそも所有権が他人にあり保存基準に一定の合意が得られていない。
美術用語でいうアウラ(いわゆる本物のオーラ、主観で感じるもの)喪失後の、複製が容易になった現代美術は、本物・偽物の区別に意味がない、のが流用 appropriationの手法につながっていく通説である。実際には、茨城の海岸に描かれた『風船をもつ少女 Girl with Balloon』も、この点で『愛はごみ箱の中に Love is in the Bin』と本質的違いはない。
だから東京新聞がこの海岸の落書きについて取材し、バンクシーアカウントが"This is not by Bansky"「これはバンスキーによるものじゃないよ?」と(恐らく意図的な)冗談で茶化し返しているのは、いってみれば小池知事に継ぎ東京新聞も、現代美術に理解が追いついていない証拠でしかない。
これらの都民らによる言説と、国内外問わずみわたせる全文化・商業・政治の状況をかえりみていえるのは、結局、東京都民の既得権は、資本主義の論理を立派な芸術のそれに優先させているだけでなく、大衆商業に基づき価値づけの転倒をはかる、というか、無教養や低次元な判断で自然にそうなっている。
「みんなに受けてるから」「欧米で認められてるから」「外人が褒めるから」「子供が夢中になってるから」「カネになるから」と、どんどん判断基準が低落し、既に東京の既得権は、文化的主体性を完全に自己喪失しているといってもいい。他人本位を突き詰めてピエロになっている点で三島由紀夫的とでもいうか。
ある同人誌系の絵師(猥褻な漫画を描いているいわゆるセミプロらしき人)が、「褒められたくてエロ漫画を描く」云々とさえずっていた。悪徳に満ちた衆愚が魑魅魍魎として大量の下流じみたhentai界をつくっており、その数75万人にものぼる東京では、悪趣味や退廃主義が行動動機そのものなのである。
では彼らのありさまから、私、あるいはこの文を読むだれかが何を学べるか?
第一に、低俗で品性下劣なサブカルの数々は、当然だが反面教師にすぎない。いくら文化的ポピュリズムに耽ろうが、江戸の多くの文物がそうなったよう、本質的価値づけに変化はない。芸術は思想の表現だからだ。
第二に、岡倉天心が『日本美術史』の末尾で、自己を主体に進めといっているよう、諸様式の変遷の中で、あらゆる文化ミームでも最善最美の粋だけを抽出すべきであり、他人が褒めているからそれが正しいと思うべきではない。この点で現今の東京あるいは京都のサブカルは、俗に流されているだけと思う。
第三に、いわゆる欧米現代美術のたぐいも、彼らが自己本位につくりあげている一幕にすぎず、決して私のものではない。むしろこの点では(参加に必要な知性や背景知識の質で大差はあるが)サブカルと変わりなく、ひとごとだ。他人の仕事は飽くまで参考にしかならない。せじま和世氏が模範だろう。
私が現場をみたかぎり、SANAAは工房制に近いものづくりをしているが、その組織の仕方はどうみてもいわゆる欧米的ではない。むしろ日本の学校の学芸会に似ている。だが結果をみても同じで、明らかに欧米の組織がなしえない立派な作品を沢山残している。独創は斯くあるべきで、わが道を往く必要がある。
東京には多くのマスコミが集まっているので乱痴気かまびすしく衆愚をあおる。だからさも批評といえば、都内のマスコミとか、群集でもできるといった臆見がうまれる。しかしながらザハやSANAAの案に比べ、新たにザハ案を下敷きにした(まるで衣替えした盗作とザハ事務所が考えた)隈案は決して歴史的水準ではない。
もし安藤忠雄氏が、最終候補のうちSANAA案を選んでいれば、都内の建設業者や、2chねらーら衆愚都民が騒ぎ立てることはなかったかもしれない。盟主きどりでザハ案を、大きすぎると叩き潰した東京建築界の重鎮(槇氏など)の利権、江戸っ子の気概を失った新東京人のケチさは、より質の低い建物を残した。
フランクロイドライト的なというか、環境に埋没する規模に建物高さを抑えるべきとする槇氏らの意見は、建築学についての美学美意識として必ずしも普遍的なものではない。メタボリズムはどうなったのだろうか。ザハはもともと自然環境に配慮するタイプの設計者ではないのに選んだのは安藤氏の判断だ。
それに比べ最終候補だったSANAA案は空隙が多く、形も不定形で環境に開かれたもの、周囲にある緑への威圧感を軽減させたものだったのだから、安藤氏の判断が、彼が若い頃にみたメタボリズム全盛期の中での、丹下健三案による国立代々木競技場の建造現場を再現的に夢想したものだったのは明らかである。
安藤氏の諸著作や彼の思想を知っていれば、というか並み居る建築家でそれをしらないならゴロと誰でも分かっている話の筈が、なぜ敢えて槇氏らは自分案まで出したか? 簡単にいうと、安藤氏へ喧嘩売っているだけの話だ。安藤氏と当時の都知事石原氏は親しかった。槇氏らは正当建築論ぶり世論あおった。
ここにあるのは、結果からみたら東大建築家閥の私家闘争なんだが、僕的にはそういう業界ゲームは本当に下らないと思うので(しかし後世の人が研究したければしてください。色々興味深いことがわかるかもしれない)、ここでは事実と歴史だけを追う。要は安藤は苦闘する現場から皆に学んでほしかった。
そもそも安藤氏は自分案をもっていたし(いわゆる晴海だかにドーナツ天板を浮かせるやつね)、僕もそれを参考に自分案を作っていた(ステンレス鍋逆さまにした様なの)。安藤氏が審査委員長になり、最終的にザハ案を選んだのは、ませじま氏へライバル心もあったかもだが、飽くまで夢を見せたかった筈。
お前の案なんてどうでもいいよといわれるかもしれませんが、それは置いておいて。安藤氏は敢えて環境ガーの時代柄をわかっていながらに、また神宮の緑ガーとか都民のしょぼしょぼ自然保護運動モドキをわかっていながらに(だって彼は植樹してんですからずっと)、メタボリズムの再来案を選んだのだ。
つまりね、建築ファンなりマニアからすると「なるほどね!」となる。「俺はSANAA案のが新しくて面白いと思ったけども、ここでメタボかい。そりゃ安藤だもんね。若き彼が代々木競技場建造の凄まじい現場の苦闘と勇気を眺め夢を見た逸話を、新時代の若者にもきっとみせたいんだなあ」となる決定なのだ。
だから。大人しくザハ案が進むのを見守っていたのだ、建築ファンは。マニアは。大体、都庁だって磯崎案のが面白かったろうにメタボ全開(当時としても古い)の丹下案をまーたか、といって選んだ時もそうだったが、東京の建築物はでかけりゃいいってもんが多い。雑だし。で今回もそうなって当然だった。
まあ槇氏のいいたいこともわかるというか、おめー大阪人の癖に俺の大事な地元によお、デュシャン作品みてーなの不時着ぶちこもうとしやがって、なめてんのかこの野郎となるのは(槇氏は当然こんな江戸っ子べらんめえ口舌はしませんが)、理の当然でもある。が。無視すりゃよかったのである。大人は。
この説明で僕がなにをいいたいかというと、群集に媚びるとろくなものが残らない話だ。自己主体で実行しろなる美学原則には多数決的民主政とは正反対な面がある。勿論、公共建築なら大勢が使うから衆知や少数ニーズも集めねばならないが、最高の美術的造詣をもつ人が独断で決めたほうがいい事もある。
都民は一般に見栄っ張りで、他人からのみてくれを気にする。それで「ダサい」といって田舎を美学面で差別し、東京をクールだカッコいいんだと言い張る。彼らのいう田舎には同じ都内でも多摩が入り、下手すると23区内でも大半が互いにいいあうなど、ダニクル効果的中華思想の美意識差別心は半端ない。
が、都民一般が、自作自演でイギリスの設計事務所の足を無理やり不正な契約解除劇やりながら引っ張ってまでつくった国立競技場は、HELLO, OUR STADIUM (こんにちは、私たちの競技場)と小学生でも意味がよくわからんスローガンで、ダサダサのスタートを切ってしまった。いうまでもなく建築も酷いが。
ついでだから書いておくけども、いわゆる隈研吾氏(以下、しばしばクマケン)の作品は、僕はどれ一つとして好きではない。現実に京都烏山ココンみてもペンタくん多摩センター店みても酷いなと思うくらいで、何がひどいかというと看板建築みたいなゼネコン設計(かつミス多し)に、表面つぎはぎが多い。
ちなみに安藤建築も単純な設計ミス多いから(たとえば表参道ヒルズ入り口の小段差が危ないので黄色・黒の安全テープはられてしまうみたいな)、別にココンで入り口の滝の水がすぐ脇につけられた電源コンセントにかかるので青いビニールシートかけられても全体よけりゃいいんだろうが、基本が凡庸な設計だ。
元々くまけんはゼネコンにいたわけだから、基本設計が平凡でもただの癖なんだろうけど、いわゆるM2ビルからその本質は変わってない。逆に同世代の妹島氏は構造そのものから革新的なものが多いわけで、表面つぎはぎと正反対に位置するし、僕は両者は全然、格が違うと思っている。断言してもいいくらい。
(構造ごと革新的なのは『梅林の家』が典型例。ちなみに梅は、彼女が学んだ水戸で一種のキーコンセプトなのも茨城人的にはポイント高いのだけど、私たちにしかハイカルチャーイイネ! 通じないだろうし、建築学会的には関係ないが。健やかな学問の象徴たる梅が、弘道館や好文亭と同じ構成になっていて、お子さんのいらっしゃる教育的な家になっている)
隈建築で一番いいのは、僕が(個人住宅だし雑誌で)みたかぎりではロータスハウスだろう。でも、あれだって見方によっては大理石を表面に垂れ流してるだけだろうし、トラバーチンは雨に弱いから暫くしたら見るも無残な姿になるのは予想がつくわけで、こういってはなんだが「写真建築」の嫌いがある。
同世代だからSANAAのロレックス・ラーニングセンターの隣にくまけんのがあったり、なかなか仲良さげだが、両者の建築の質は天地くらい違うのが、一建築オタクたる僕の意見。未来からみたら余計そうみえるんじゃないだろうか? まあそれは一無名人の意見で建築界の大勢に影響ないだろうし、いいけど。
国立競技場の何が酷いかといえば、そのくまけん作品の負の面が全力で発揮されている点だ。大体、彼はゼネコンと組む事が昔から多かったけどそのとき妥協的な負の面はますます強烈になる傾向が当然あるでしょうが、負ける建築どころかゼネコンだろ、木いペタペタ貼り付け終わりかいな、となってしまう。
いわゆるGA(有名な建築雑誌)の論壇だと、まあ手厳しい論客はいなくて主として都内の著名建築家らの同業組合みたいなもんだから、全力で批判するより、プロレス批評で負けるのイイネしかいわれない。でも半分ゼネコンで表面だけ擬似和風ぽい手法とるくまけんの弱点が今回はいかんなく発揮されている。
一般大衆は(僕みたいな大変ガチの)建築オタではない。
(一応書くと僕は最初画家になろうとしたんだが絵は食えそうにないので18歳から最低12年は建築家かねようと主に建築ばかり勉強していた。その間は朝から晩まで猛烈に建築学渉猟し建築専門在学中インターンまでしたので、ただの素人では大分ない)
しかもそこまで建築に興味ない普通の人は、都内著名建築家らの同業組合の輪の中にもいない。正直におもったまま感じたままをいうし、別にクマケンに同情心もないだろうから冷厳に評する。近まさりとかなくてやっぱりダサいとか、席狭いとか、あぶねーこの手すり頭ぶつけてしぬわとか競技場みえんとか。
(画像は国立競技場を初見した感想についての参考ツイート集より
https://twitter.com/KojiGeorge/status/1212222792696942593
https://twitter.com/ILMiMi/status/1212231821305401345
https://twitter.com/ILMiMi/status/1212283539586076674
https://twitter.com/ILMiMi/status/1212219237726425089
https://twitter.com/shika98134620/status/1212230796364275713
https://twitter.com/narichan55/status/1212260435971280899)
自分が知る限り、隈案の特徴はザハの基本設計を下敷きに地下に忍ばせたフライングバットネス的発想の支えとかとっぱらって(これが構造家的には地下鉄とかぶるので解決困難と懸念されてた)、ものすごく単純なだれでもわかるゼネコン的経済構造にし、いわゆる木ペタペタはるいつもの擬似和風にした事。
かつ、最終候補になったSANAA案から、風の通り道のアイデアまでぱくってある。ただし不定形で環境への圧迫感をなくすアルプ的造形は省き、こちらも一律定型に合理化した。隈案は外部と隙間をあけるだけじゃなくテラス状にしょぼい緑植えるとしていたが、ミニ植栽で規模からもお仕着せだろう。
いわゆる伊東豊雄案は天面は全てソーラーパネルとしてあったが(ちなみにどうでもいいけど僕の案もそうで、しかも閉じてあるガラス天面までソーラーセルつきの案です)、隈案はそっちのリアル環境負荷はなおざりに、全国の木を使うんですよ~と、日本スゴイの文脈へ繋げたのに偽復興象徴の特徴がある。
当時は安倍アベいいはじめくらいだった感じで、日本スゴイ東京エライ(でも田舎はダメでダサいというダブスタ)の東京界隈は半端ないネトウヨ風紀でやばかった。この世論を読んでいるところがおりこうさんで通ったわけであるが、これを小利口というのである。昔の言い方なら小ざかしい。木造じゃない。
建築学生にはいうまでもないが紙管建築の板茂からみるとクマケンのエセ木造は耐えがたい苦痛とまではいかないにしても木造ではない。が、木のスタジアムですよ~と、大衆レベルにあわせて半分うそついて支持を勝ち取り、いざ実現してみたら話と違うねとなって当たり前なのである。勝てば官軍かこれが。
まあ上記の流れがあり、日本人の小さな体でもおちそうに観客席斜めってる狭隘設計で、ニポンジンの足すらはみだしてる通路の狭さなのにはちゃんとわけがある。素人だからだ。クマケンはスタジアム設計の経験なんてない、はず(なぜ未熟者が設計者になったかは後述する)。そういう時、まずやるのは設計図書を紐解いてサイズ感まねることである。
勿論、一級建築士試験では競技場の一人当たり客席サイズはどのくらいでなければいけませんかみたいな問題もでたりする。僕は試験官やったこともあるが普通に勉強していた。およそ最小値を問う。よって納まれば通る。したがってクマケンの設計もその数値クリアしている。現実には狭いだけだ。
むしろ、斜めの角度があるのは観客が一体感えられるよう、誰も競技場がみれるよううまくできているとも解釈できるのでそれはいい。通路幅が狭いのと、頭ぶつけそうな手すりみたいな細かいミスが問題なわけだ。敷地自体に収めようとしてかなり無理しているからそうなる。ザハ案から進化していないのだ。
最初のザハ案は限界まで建築本体を主張して周辺通路とも一体化させていたので、素人で「すげー」となっていた人(1名)もみられた。でもマニアからみるとそうでもないというか、流線型で未来かい? と安直にみえる。サーリネンのミニマリズムとか知っていると構造的必然性がないのが透けて見えるわけだ。
で、都民がなぜかドケチぶりを発揮しだし(皆さん、江戸っ子は宵越しの金をもたなかったのに、関西からわんさかやってきた新東京人は大坂・名古屋流儀のドケチです)、元のサイズを縮小させた。このときの後遺症が、現国立競技場に反映されている。恐らくだが下敷きにしたのが縮小後ザハ案だからか。
ザハ事務所がぱくってんじゃねーと切れたのは(実際そういう声明だしてましたよね)、もう時間ぎれ迫ってて縮小後ザハ案をそのままサイズ感の目安にしたと解釈できる今の結果からも、一理も二理もあったことになる。だって初期案の無駄な巨大感なら、こんなに狭くならなかったでしょといえるのだから。
はじめは僕みたいなアンビルドのワナビー状態から、最晩年は巨匠にまでのぼりつめた偉大な建築家ザハ。その全経歴の頂点に位置づけられる最後の技の結晶体が、新国立競技場でなく、北京大興国際空港だったのは歴史の必然か。北京人の巨大志向は東京人の縮み志向と真逆だった。経済状況の象徴でもある。
画像引用元(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Beijing_Daxing_International_Airport_13.jpg)
僕の好きな建築話が長くなってきたので元の文脈にもどると、クマケン設計は上述の様な妥協に継ぐ妥協が得意なところに特徴があって、まあそれは建築界だとむしろ彼の長所と捉えられてきているが(いってみれば、アトリエ系とゼネコン系を仲介者として繋いでるわけです)、この場合、大変負けまくった。
負ける建築なるコンセプトは勤勉な建築学生なら当然知ってるだろうけど一般の人は知らない。しかもそのコンセプトは「環境」への負け方を基本とする理念であった。ところがである。国立競技場ではゼネコンに負けまくっている。それだけではない。世論にも利権にも負けている。いや利権そのものに近い。
なぜこんなことになっちゃったのか。結論書きます。多分、根本にあるのはクマケンら東大建築閥による嫉妬ですよ。ぶっちゃけ。石原都知事は建築界にそこまで詳しくなくて最初のコンペ条件をプリツカー賞にしていた。つまりノーベル賞とってないとダメみたいなもんだ。これに嫉妬の火種がぷすぷすと。
(これで都民らがぐちゃぐちゃザハのあしひっぱって条件緩和されてから、競技場の設計経験なし、プリツカー等の国際著名賞なし、しかもゼネコンと組むのはもとゼネコン出身で毎度お手の元なクマケンが参加できる様になり、彼による案が選ばれた)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/culture/new_stadium/list/CK2015091302100003.html
SANAAは東大建築閥ではありません。お師匠さんは東大閥ですが、日本勢では珍しく女子大とか地方大卒である。彼女らが優先だと、丹下以来あれだけいばりにいばりちらしてきている東大建築閥からすっと、面白くない。で東大建築閥が「(独学なのに東大教授に招聘してやって権威あたえてあげた)安藤の恩知らず」と仮になっても自然で、心の奥底にプライドがある。
この東大建築閥がわが、ただの邪悪なねたみぶかいジジイの集まりかといえばまさにそうなんだけど、まあ本当だからしょうがないと思うが、それだけではない面もあって、丹下健三は敗戦時に日帝神社建築もどき(『大東亜建設忠霊神域計画』)なんてやっていたくらいで、国粋主義の権威に伝統がある。
2chねらーが騒いでるぞ、よしよし、しめしめ、ここで一家言ある俺様が(東大閥の俺様が)、一つ日本魂をみせてやるから、黙っておけ愚民どもみたいな。そういう雰囲気があるのは間違いない。なぜかというと明治政府の直属機関という色が東大にはありまして、戦後もまるきり官僚養成装置なわけです。
その様な東大建築閥の空気を読むどころか先駆したのが槇氏だったといってもいいでしょう。緑を圧迫するからダメといい、自分は9.11の跡地を、地球スケールで古墳化する安藤案をなおざりに、またも超高層で再設計してそれはねーよ、となるのが建築オタからの見方であるが、誰も気づいていないのである。
細かくいえば、まあこれも建築オタ以外にとってどうでもいい話だが、WTC跡地の再設計で緑を気にする必要はないじゃん、セントラルパークあるから。経済合理性を素直に再現すると同時に、メモリアルパークつきならみんなハッピーとなるのはそれもまたお利口小利口な解。問題はザハ案もそうだった事だ。
色々なんでもいえるだろう。神宮の緑は神域だとか。きっというよ。でもねあれだって人口の森なんだから、最初から道理が通らない。ザハ案がダメなら東京都なんて全部ダメだよ。だって武蔵野ぶっつぶして作ってる人工都市なんだから。超高層ビルなんて全部潰せよって話。所詮ポジショントークなんだな。
最終結論を書いておこう。これは小項目だったはずが僕の建築愛好さが出てそれなりの長さになってしまった。ザハの墓場とか、呪われた東京五輪とか自分がいってるのはちゃんと理由がある。福島原発で儲けた金を東京都庁がまた我利我利亡者な金儲けに使うエセ復興の象徴なだけでなく、競技場事情も暗い。
僕個人が、現国立競技場の建築が嫌いなだけでなく、そもそも嫌いになるだけの理由がありまくってしょうがない。それらについては上述のよう背景事情をきちんと知っていれば多少あれ認識できる。今回はある程度まで説明したから他人にもわかるかもしれない。立派な芸術は立派な真意で作られるものだ。

















