2024年3月19日

なぜ関西・中部・南関東人一般は都会崇拝し、いなかを蔑視する一方で、イングランド国王チャールズや一般イングランド人は近代都市を憎み寧ろいなかを愛するのか

関西や中部地方の人々が一般に、むやみに都会を好むのは、その暗面も自分に似ているからだ。逆に各国一般に、いなかが好きな人は善良な性格の人々が多かった。というより日本の東京から大阪・山背沿いの南関東・中部・関西圏でしか、都会崇拝の人々を見れた事が自分はない。彼らは世界一すれてもいた。
 人が好きなものは一般にその人の性格や本質に似た面があって、共鳴している事が多い。ここからいえば都会の方が一般に商業化し犯罪率が高く、狡猾で猟奇的犯罪や性悪が多い点などが、その種の本性な関西・中部人一般には合うのに違いない。裏を返せば善良や素朴、牧歌的田園生活は、彼らの軽蔑対象だ。イングランドの人々は普通、関西・中部人の逆の好みをもっている。チャールズ国王の2冊の本(『英国の展望』と『ウェールズ公殿下:水彩画集』)がその好例だ。一方、関西・中部の都会崇拝の起源は、天皇の小中華思想だ。この点でどちらの方が良い好みかといえば当然だが、田園愛に軍配があがるだろう。
 関西・中部人一般は都会の高犯罪率な暗面をみなかった事にしているか、態と隠している。また寧ろいなかの人々の相互監視を窮屈だと言って非難している。だが、善良な資質の人にとっては通常その種の助け合いが窮屈になりよう筈がない。つまり、彼らは自分が利己的悪人で犯罪しがちと吐露しているのだ。

皇室・神道廃滅による道徳不能な小中華関西・東京民族優越論が帯びる差別の文化の強制解体論

ウトロ地区襲撃などの部落差別問題だけでなく、奈良時代の記紀や風土記文献からXでの「東蝦夷」発言まで一貫して、関西地方には根強い差別の文化がある。この陋習には彼らが作った神道も一役買っている。天皇の世襲制の根拠は種族主義であり、それは関西小中華思想と合体し関西民族優越論になっていた。

 本居宣長と小林秀雄、茂木健一郎という平安文学批評の三大悪人らは、皇族男による児童含む連続強姦罪・被害者泣き寝入りと自殺未遂話である『源氏物語』を礼賛し、物の哀れと称する退廃主義美学で、教祖天皇による横暴下の関西地方の差別の文化を、進んで強化してきた。それは彼らが道徳的無能だからだ。
 善は全美醜の上位者である。もし耽美主義や退廃主義の文脈で、何かの感覚的価値が彼ら三大悪人を感動させたか、茂木に限っては単に俗物根性で読まず知ったかぶりたかったのだとして、その物語中での被害者の苦痛は少しも正当化できない。寧ろ光源氏、夕霧、匂宮らによる明らかな悪意、具体的には女性の意思の無視と皇族権力や暴力を使った蹂躙による性加害への非難なしに、浮舟の自殺未遂以下、登場人物の全女性らの苦痛を解釈したなら、それは明らかに間違った読み、もしくは悪意がある読みだ。
 寧ろ光源氏、夕霧、匂宮らによる明らかな悪意、具体的には女性の意思の無視と、皇族権力や暴力を使った女性の心身蹂躙による性加害への非難なしに、浮舟の自殺未遂以下、登場人物で彼らから性被害を受ける全女性らの苦痛を解釈したなら、それは明らかに間違った読み、もしくは悪意がある読みに過ぎない。

 神道は天皇と称する関西の山奥から出てきた大量虐殺・強盗・冤罪・侵略・税収奪の罪、及び官僚女性強姦正当化被疑犯の血族と、人種・民族・身分・地域差別の邪教祖たる男系血統神格化の教義である。その邪教を国家権力で絶対化させようとする暴威は関西地方や東京都の飛鳥時代以来の悪逆にほかならない。
 関西地方や東京都の差別の文化の根源にあるのは、天皇と称する邪教祖とその神道という邪教である。この原因を摘出・完全廃滅し、関西人や東京人が人種・民族・文化・地域的優越者ではないと未開で野蛮な彼らに自覚させる必要がある。

文明の似姿

愚かな人と悪い人しか殆どいない様子の関西や東京では、まともな人物は逆に陥れられてしまい、出世できないか、汚名を着せられている。愚かな人はよしあしがわからないし、悪い人は善い人へぬれぎぬを着せて悪い人をわざとほめちぎる。紫式部や石原慎太郎の様に、関西や東京では悪徳賛美者が名士扱いだ。
 関西地方や東京都は、この意味で、予てから衆愚の集まりだと考えていいだろう。逆にある集団で、道徳的に優れた人物や敬虔な心の持ち主、立派な技の担い手、或いは優れた知性などまともな長所が敬われているとすれば、その集団は平均的にみた判断力がしっかりしているといえる。
 名士はその文明の似姿だ。

不徳との縁切り

聖人以上の存在にとってこの世には総じて、愚者と悪人しかいないだろう。だから人たるものと、努めて付き合うな。関わるな。交わるな。悪しき人間に何も期待するな。
 愚者と悪人を救おうとするな。それはできない相談だ。愚者と悪人は自らが劣悪な存在だと気づかない。説教を施しても結局、無駄だ。

 悪男悪女が栄える様な集団は、数がどれほどであろうと破滅と不幸の為の悪の組織である。そんな悪しき退廃集団に近づくな。触れるな、関わるな。
 不良仲間の何者かが不躾にそしってきたとしても、指摘の本質が正しくなければ、完全に無視せよ。不良は往々にして脳も劣る。誤った言動は反面教師である。

 悪人達の繁殖は、子孫の不幸と親不孝の元だ。愚か者が賢くなる見込みはないので、愚か者の繁殖は必ず悪い結果に至る。悪人達がふえている集団は何事も日々悪化していき、何もよくならない。愚者と悪人に何も期待するな。悪魔の絶滅を日々祈れ。

 愚かな人々の意見は聞いても凡そ少しも参考にならないばかりか、幾ら聖人君子がまともな啓蒙をしても彼らは特に何も理解しない。ソクラテスやイエスが磔にされた様、教導は却って酷い悪意を生み、反発や逆恨みされるばかりだろう。愚者の一生は結局、まるで善人に迷惑をかけてばかりの底抜けの禍である。

 匿名犯罪ばかりの雑魚敵というべき下衆の一生は実に見るもけがれる外道のありさまそのもので、本来かんがみるに足る僅かな美質もなかったのだ。性悪で、癖が悪く、生まれ育ちも教育も環境も日々のおこないも悪い彼らには、あらゆる悪運がほくそ笑む。悪魔にとりつかれた弱い心には自滅しかありえない。

 不徳な人々の生は呪われている。不徳な人々はこの為に、加齢を卑しむ。

唯一最上の審美指針

上品さとは、いわばこの世で進んで従うべき唯一の審美指針だ。下品さは呪われた要素であり、好みの領域で、この観点をもちあわせるいかなるものも正しくない。
 また品位を見分けられない人々は、好みの悪さのため日々のしつけも正しくならない。下品な人々は不幸を買いつけ、上品な人々は幸福をえりぬく。

幾ら限界まで全方位介護しても最低限度の文化生活保障を行政と一般国民が悪意で怠り犯罪や害しかなしてこないあしき日本での生存という明らかな拷問についての世界への訴えと、皇室完全廃滅含む旧日本国革命権の主張及び全日本の敵への宣戦布告

毎日拷問を受けている。果ての殆ど見えない上に負担が余りに重すぎ、到底この一個の人生で背負いきれない全方位介護の度重なる過負荷の加重もこりごりだ。憲法に定める文化的最低限度の生活をさせるつもりが日本政府にはないのだし、衆愚状態の最悪国民は自堕落で毎日匿名犯罪しかしてこない。この人権侵害常習国はまごう事なき革命権行使で全員と組織ごと完璧に倒されるべきだ。皇室と称する人種差別教祖一味とその邪教もろともだ。飛鳥時代以来の独裁権を世襲で握り、何千万人も虐殺したのにGHQの都合で生きながらえさせていること自体がおかしい悪魔の家は、未来に禍根を残さぬため完全に日本人自身の意志と力で滅ぼしきる必要と責任がある。
 日本で人権侵害や拷問を受け続けるのに忍耐しても少しも良くなる見込みはない。小中学生の虐めと同じで、全力で抵抗・徹底抗戦し、あらんかぎりの英知と力を使って自分を虐げている敵どもを全場面でひたすらやり込め続け、全員完膚なきまでに潰しきるのが我々に執れる全ての最善策だ。徹底的に悪と戦え。

悪の味方の犯罪者

ある神奈川のX民がいきなり諸々の誹謗中傷をしながら、不良の日頃の悪事を庇い、「希望はないのか」などと不躾な上傲慢な言動をしてきた。そんな種類の悪人を見たのは初めてだったが、人間主義の誤用と誤解が行きついた果ては、単なる悪の味方だった様子だった。彼自身が愚か者が救われない証明だった。

人の国からの離脱と神の国入りの切なる要望についての神への訴え

神様、愚者と悪人しかいないこの世界から私を助けて下さい。あしき人類の世話はもう懲り懲りです。日々悪意悪徳に満ちた悪業をして私を40年も虐げてきた彼らをみな悉く滅ぼして下さい。あしき人類は毎日私に拷問をしました。しかし彼らに反省力は少しもないのです。あしき人類は神の国にふさわしくない。

 私はあらん限りの善意で全人類を助けようとし実際にそうし尽くしました。しかし、人類は逆に私を虐げ、犯罪や拷問を繰り返すばかりでした。
 私を多少なりとも助けてくれようとしたのは姉だけでした。ほかの人類は皆多かれ少なかれ利己的な存在で、生きていくに値しません。人類はあしき生物です。

 私にできる事はもう全てやりきり最早どんな気力もありません。善行を限界までやった以上、私は神に最も近似した生物だった事はあなたもよく知っている筈です。最早私より善くなる事は絶対にできない筈です。それなら私はもう人の社会にもどりたくはありません。私の命は神の国の一員になるべきです。

勿体ない東京向け電気

わざわざ夏暑い灼熱コンクリートジャングルの南端にアブラムシの様に過密につどって暑い暑いとほざく愚昧な都内マスコミにあおられた東京は 青森 福島 新潟 茨城の国民に大迷惑かつ事実として世界最悪大公害を起こした世界最悪人道犯罪の衆愚として何ひとつ反省がない そんな連中に電気は勿体無い

都庁のプロジェクション・マッピング無駄遣いなどにみる電気浪費の時代遅れな醜さ

渋谷スカイビルの屋上からみた一面罪の光だらけの時代遅れの醜悪な夜景 明らかな見栄っ張り目的での派手な電気浪費がまだまだ多すぎる ただの虚栄の贅沢したさにケチで困ったふりをする都民は福島難民の前で正真正銘の偽善者だ

なおわが茨城県は以前より電気消費量より供給量が大分多い上 日本初の商用東海第一原発は廃炉中かつ東海第二原発は水戸地裁が再稼働禁止を命じており 又自然エネルギー比率は日本有数なばかりか条例でメガソーラー対策ずみなので 必要な夜間照明についてその限りではない

冷たい大都会の雑踏

東京の外道の足音かまびすし倫理崩壊せし冷酷の大都会

低品位で人気の現代アートより高品位で真価の確かな地元古典美術を重んじるべき事

会田誠の女性殺戮画や村上隆の自慰像などは本来美術こと立派な技と呼べる代物ではないが、藝大位階制や欧米競売界という悪の組織は彼らの駄作を立派だとか完成されているとか皮肉の文脈では必ずしもなく言い繕わせている。現代アートが時に尊敬されえないのはその種の詐欺が公然と横行するせいも大きい。投機的現代アート信仰はある種の邪教とみなせる。また藝大位階は殆ど実態と乖離し、技の品位の目安に凡そ機能していない。これらは表現多様化がもたらした必然でもあり、これといって優れた審美基準のない状況では醜聞狙いの売名の徒が誤って人気を得る証だ。京都市や東京都は偽物の高値掴みをしている。
 もし優れた審美基準に充分な過去の全時代・国際美術研究からきた確かな自信がないとすれば、下手にわかりもしない現代アートに文化行政が手を出したり、知ったかぶりしたりせず、寧ろ行政人にも充分に理解できる古典美術を収集・展示すべきだ。特に体系化しないと散逸し易い地元関係のものが望ましい。

心理病質の反社会性と高い知性の混同

ただのサイコパス発言を学者特有の知性と思い込むのは、学力劣等感を持つ衆愚のうち倫理学と人文学一般に苦手分野のある人々の特徴で、彼らは肩書き次第で羊頭狗肉へ喜んで高値を払う。
 凸凹した知能のばあい数理が大得意で人間性は最悪といった例は頻繁にあるが、彼らは一般教養も不足しているので学校教育で誤ってしつけられた偏差値万能論に陥り、最悪級偽学者の謬説を鵜呑みにし少しも恥じない。時にそれが親殺しの強制であっても、或いは偏差値受験選良の中央経歴高官にあってもだ。

理想指導の最重要さと、曖昧で卑しい作り事による自堕落教育の有害さ

日本は生きていくのに値しないほど酷い悪人どもで埋まっている。宮崎駿は嘘つきだ。彼は現実をごまかし我々子供に幻を吹き込んだ。
 実際に教えるべきだったのは、日本は極悪人の支配した三流国なので、皇室と称する悪魔ごと完全に亡ぼし、何もかも正しく作り変えるしかないという当然の道理だった。

 プラトンは彼の『国事』の詩人追放論で、宮崎の様な嘘つきを非難した。カントは『判断力批判』122節以下で惰弱な情緒に訴える小説家を非難したが、凡そ同じ文脈だった。彼らは最も尊い理想・理念を直接はっきり述べる事が、青少年教育に最も有益だと述べたかったのだ。寓話は子供騙しにすぎないからだ。

 実際私は主な宮崎アニメを殆ど観たが、しばしば筋が複雑な割に、結局何がいいたいのか読解力の充分な大人にとってすら曖昧であった。それは宮崎自身が陸な寓話作家ではないせいだ。プラトンがいう通り、筋が分かり易く、何のたとえ話なのか理解できる形でなければ、子供にとっては余計誤解を呼び易い。

 教育上、最高の理念をしっかり指し示す事が最重要であり、そうできる者こそが全社会の指導者にふさわしい。卑しい中身の漫画、アニメ、小説・物語、映画などの俗話に、子供を少しも感染させるべきではない。現実にその種の下卑た作り事を与えられ育った者は通例、甚だ心根が腐敗し、退廃を広めて驕る。

死の商人をくりかえす天皇政府とその悪意の手先をしながら直接の源でもある幕末西軍の政治史的断罪

天皇を駒に悪政を繰り返した幕末西軍勢を完全に削ぐ事ができていれば、今に至る死の商人国化も決してなかったろう。西軍を構成した自治体民度は、普段の坂本龍馬の美化で高がしれた事だった。無論日本政府に寄生する悪魔的独裁者血族の天皇も全く無罪ではない。普段の行いが悪い彼らは果てまで悪いのだ。

衆愚のはびこる日本での多数決の機能不全さの指弾と、哲人絶対王政や高徳貴族政治の擁護

日本人一般は老人大量虐殺論者に発情し金を貢いだり地位をやったり、偽学者を崇め謬説にへつらったり、姦淫罪の悪魔的独裁者一族に媚びる猥褻小説屋を散々美化したりなど、普段の行いが極度に悪い。また進んで匿名を使い卑劣な犯罪ばかりなネット乱用も、ずっと変わらない陰湿極まりない性悪の暗面だ。これらは日本人一般は到底幸福に値しない事の確たる証拠である。彼らは悪い生育の結果禍をなす日々であり、世界史の反面教師としてのみ存在理由がつけられる。アジア文明の亜流として中国やインドや欧米擬きの国を作るや、自ら侵略罪を繰り返し敗戦で自滅した。しかも戦後は死の商人を目指す悪質ぶりだ。

 侵略罪やその際の戦犯に無反省で死の商いをしながら、悪名高い米軍の手先を買って出る人類史上最たる悪業で埋まっている日本人一般には自滅、又は破滅しか何も期待できないしすべきではないが、全員が悪の島だというには余りに数が多い。超少数の善人も中にはいる筈だ。多数決では決して力は持てないが。母数がかなり多いので、超少数派の善人もそれなりの数になる可能性がある。無論これは絶対善を前提としない数や質の議論なので、他の人類と比べてである。
 だとすれば超少数派の善人の糾合か哲人絶対王政が悪魔の島である対日戦略には有効な正攻法となるだろう。衆愚の間で多数決は巧く機能しない。

悪徳賛美『源氏物語』と天皇一味の悪政・風紀紊乱及び退廃平安文学礼賛三大悪の異端さ

茂木健一郎が小林秀雄経由で本居宣長に同調していうのと違って、「人間の自然な感情を尊重すれば、皆思いやりなく女性を連続強姦罪して自殺未遂させる」上に「それを尊ぶべき」なわけがない。『源氏物語』が示すのは、関西人は根っから性悪の異民族で、道徳なき蛮族の古代移民だったということだけだ。
 寧ろ善良な人々は根っから女性を尊重するものであり、自然な感情の発露として深く思いやりを持つものだから、全女が不幸になる『源氏物語』とは丸で逆のありさまになり、必ずや幸せに暮らす事になるだろう。
 現に山背は一般にイケズと呼ぶ性悪さで知られ、平安時代から不幸な皇族犯罪の巣だったのだ。

 天皇一味が滅亡し、関西地方が消滅後、今述べた真実は全人類の目に明らかになる。性悪でしかも無道徳の虫類ぶりが人類一般の本性などでは絶対ありえない。本居・小林・茂木ら平安文学批評の三大悪人が一般化しようとしたのとは違い、現実には精神異常者の集団しか性犯罪を無謬化したりしないのだからだ。
 韓愈は人と禽獣の違いは道徳の有無だと言った。同じく、上田秋成は本居を批判して民族的優越の為に道徳が無用などあり得ないと言った。どちらも全くの正論だった。寧ろ三大悪の面々が、種族主義による過ちをうぬぼれの余り犯している。日帝が慰安婦問題を起こし、右派相当数が開き直って無反省な遠因だ。

 天皇一味の権威権力は、GHQにさせられた人間宣言が示す通り元々張りぼての砂上の楼閣である。虚勢な限り歴史淘汰で必ず亡ぶ。その後三大悪の面々の謬説は全て反証されひっくり返り、異端だと認められる事に必ずなるだろう。天皇一味の暴威で辛うじて外道の媚び勢が皇族男の連続強姦罪を賛美させている。