「いつでもどこでも」を一般に意味する「普遍的」を、時間的あまねさである「いつでも」には「超時代的」を、空間的あまねさである「どこにも」には「超場所的」をあてる。
普遍的:いつでもどこでも
超時代的:いつでも、超場所的:どこでも
「いつでもどこでも」を一般に意味する「普遍的」を、時間的あまねさである「いつでも」には「超時代的」を、空間的あまねさである「どこにも」には「超場所的」をあてる。
普遍的:いつでもどこでも
超時代的:いつでも、超場所的:どこでも
ヒジュラ:遷徒
(ジハードの「聖戦」と既存のヒジュラの訳語「聖遷」は、音がかぶるため。また中文で「遷徙」と書くのを日本の常用漢字にあてて。似た意味をなす遷都ともセントとの音が重なることを考慮して)
philosophy:友知、恵知
(哲学という既存の訳語は、特定の科学・知識 scienceを意味するよう学のない一般人に勘違いされることが多いため。古代ギリシア語の原義である「知恵の友愛」フィロソフィア φιλοσοφίαを短縮した表現)
悪女は不徳な振舞いで人生に不安や不幸をもたらす。この様な女を下げ女といえる。
善女はその逆に、固有の高徳さから人生に出世や成功、質的向上をもたらす。同様に上げ女といえる。
これゆえ、もし異性愛者の男が善女の配偶者を得られなければ、悪女と関わらない方が優れている。
下げ女とのかかわりはより人生を困難にするばかりか殆ど悪影響ばかりがあるからで、上げ女とのかかわりはこの逆に、その者のお陰をこうむって自分へ実力以上の成果を引き出す事があるからだ。
以上は相手の性別が男女その他でも、伴侶や友人など親密な関係になるかぎり同じである。相手の美徳や悪徳による自分への影響度が、人生の質の上昇や下降の一因だからだ。
沖縄を除く西日本の人々一般は、幕末西軍の主要勢力であった薩長土肥や京都・広島勢をおもとして自分達の侵略や、反徳川平和外交的な無政府恐怖主義を正義だと言ってきた。
所が原爆が投下されると手のひらを返し、米軍の軍門にくだった。CIAスパイ岸信介流の従米属国化姿勢で自民党右派のなかですらしばしば疑義があがる事のある、山口県選出で暗殺された安倍晋三元首相や、その姿勢を継いで自民党総裁になっているともいえる広島県選出の岸田文雄首相らと、京都府から現れた天皇一味をみるがいい。
彼らは戦前、「生きて虜囚の辱めを受けず」と嘯き、軍部から沖縄県民に集団自殺すら煽っていたが、満州国から我先に逃げ出し、結局やったことといえば、吉田松陰という悪魔思想屋の侵略的な無政府恐怖主義の遂行に過ぎず、その様な蛮行の数々を正当化しようと、原爆被害者側のみから描いたアニメを散布する事だったのだ。
もし天皇一味や西日本勢一般の反徳川幕府勢力さえなければ、誰も大日本帝国(日帝)こと侵略恐怖主義の政体のもとでとりかえしのつかない悲劇にあったとは思えないし、それは当時の世界最強国群を半ば進んで敵に回した日帝の自業自得ですらあるが、国家の統治権および全権力を日帝憲法上も一手に握っていたはず天皇一味は当の政治的無能さの責任をさっぱり取らないばかりか、却って西日本の各地では幕末西軍に興った日帝の仕業、およそ悪業といえるその暴れ散らしぶり(例えば百人斬り競争や慰安婦問題、南京大虐殺など)の数々を殆どといえるほど美化しているのだ。その人倫上の歪みと矛盾は、遠からず彼らを破滅させるに違いないのに。
愚かな人は愚かな一生を辿るもので、たとえ賢明な人が彼らを引き上げようとしても概ね無駄である。
まるで焼け石に水で、自分の目先ではない利害損得すら十分弁えられない人は、美徳とは何かに終生ほとんど気づかないでいる。