2023年7月11日

清らかな人

清らかな人を損ないたくとも、あばずれには何の手だてもない。
清らかな人を損ないたくとも、下男には何の手だてもない。
清らかな人を損ないたくとも、浮気者には何の手だてもない
清らかな人を損ないたくとも、世間には何の手だてもない。

童貞

貞操を失った女性は次々堕落し、破滅するしかないのであり、その様な道を選びとった人に救いもない。
 貞徳を持たない人々は周りの男性も堕落させようと図り、「童貞」という語彙を軽蔑すべき性質かの様にいうが、このため、あばずれ女らの周りには浮気性の軽い男しか残らなくなる。なぜなら婚前交渉は一人ずつ不貞な女をこの世に増やす姦淫の罪に他ならないからだ。こうして彼女らはますます貞操を失い続け、結局は確実に浮気される。絶え間ない不安と不幸と、板についた悪趣味によって伴侶とみなしたがるいつもの不潔な悪男からの裏切りの絶望のなかで、破滅していく。

 純潔心を持つ男性はこの様な不貞な人々から進んで縁を遠ざけ、自堕落な人々の淫行を破滅の兆候とみて、関わるな。
「童貞」と罵る人々は悪徳を賛美しているのであり、その末路は必ず悲惨である。

悪女の王子様待ち

利己的な女性たちに、良い相手は決して迎えにこない。
 代わりにくるのは悪男か、詐欺師か、さもなくば悪魔だけである。
 彼女らからえられるのは肉体の搾取か、カネか、さもなくば暇つぶしの標的としての操り人形らしさだけだからだ。

 利己的な女性たちが王子様待ちをしていればいづれ良い相手がくる、と思い込んでいるのは、世間知らずさとおろかさの余り彼女らと同じ様な人々が大勢生きていると信じているからであり、現実には彼女らと同等以下の人格しか、その様な性悪に近づく事はないだろう。

神格

僕は二十歳はたちの頃、
無謀な計画を立てていた。
それは神の如くなりたいという夢だ。
僕には人間界は下らな過ぎ、
そこに耐えられるとも思えなかったのだ。
今風にいうとギフテッドの一種で、
誰も同類がいない様に思えた。

だいぶ大人になり、
今でもその思いは続いている。
僕はさも堀井雄二が作ったドラクエの世界、
糸井重里が作ったマザー2の世界の様に、
なにかしら、新世界の神になれるかもしれない。
でもそれは飽くまで幻想で、
JRPGのつくりてとしての話だ。

小学校の文集にも書いた。
将来の夢のひとつ。
「ゲームクリエイターになって子供に夢や希望を与えたい」と。
僕自身がその様に先人から救われたからだった。

結局、あなたは唯の人。
神になろうとした僕とは違う世界の住人で、
むなしい悪徳によって自滅してしまった。
ともがらのいない僕は天涯孤独のままだが、
それでいいのかもしれない。
もし自分が神の如きものなら、
その様な最も孤高の存在になりたかったのだろうから。

報酬

金銭というむなしい報酬のために
あなたは働きづめだ
でも、その幾千万の富は意味がない
すべて道具にすぎず
本当は誰か愛する人を大切にする為のもの

もし僕が世界一の金持ちでも
それを全人類の為にすぐ使い果たしてしまい
僕の手元には実質一円もないだろう
現に、僕にはあなたを大切に想う心しかなく
どれほど経済力があっても一円も要らないのだ
あなたという人のかけがえない存在を除いては

愛の詩

あなたはいう
「あなたはあの子が好きなはず。
なので、この詩は、私に愛を伝えているのではないのでしょう?
それなのに、どうして私にくれたのでしょうか」

もしぼくの心が簡単に説明つくなら
詩など書くのだろうか
さっさと2人をこの世から連れ去り
永遠の愛の宇宙に封じ込め
自分都合でもてあそびながら
単に繁殖していたでしょうに

鏡の中のあなた

もしもあなたの見た目が
海の底に沈んだカエルみたいでも
もしもあなたの見た目が
蝶すら敬って飛ぶ絶世の美少女でも
それともただのいつものあなたで
鏡の前ではときに自信をなくし
遂には消えてしまいたくなる年増でも
装った化身はいま流行の姿で
おめめはぱっちりの完璧な化粧でも
整形手術などしないままでも
僕はあなたが好きなのだ
ありのままのあなたであれば
ありのままの姿であれば

2023年7月10日

天の川をこえて

あなたの心がとびでそうなら
僕が美味しく料理してさしあげましょう
さも永遠に逢えない織姫と彦星だったのに
いとも簡単に天の川をこえ いますぐに
でも本当に欲しいのはあなたの心ではなく
そのかなしい体の行き場なのかもしれない
だれのものでもないがゆえ
いつもただひとりの所有者を探していたが
だれかがうっかりしていてなくしてしまい
遂には「俺の物だから」と言いそびれた僕が
ずっと後悔していた血潮を通わす機械として
でもいつまでも恋という永久運動をし続ける
天の川の向こうの宇宙のだれよりいとしい君の

学びとり

尊い親は尊い子を羽含む。

 卑しい人とつがう者には、卑しい性質が急激にます。ひとたびすれた人は元の姿にもどらない。

 人はつきあう者に似る道理をみて、卑しい人々の集まりに出るな。卑しい人々のつどう場所を避け生きよ。普段から卑しいものを見慣れている人は、自らも卑しくなっていると気づかない。己の見聞きするものに注意せよ。必ず、尊いものに時をつかい、卑しいものになるだけ触れないよう媒体の電源をきれ。

 卑しい人を少しも愛してはいけない。卑しく、愚かな者への同情を恋情と決して混同するな。尊い人を愛することで、自らも彼らの同類となれるよう日々祈れ。尊い人々をまね、彼らの長所を学びとり続けるよう努めよ。

あばずれ女と軽い男

あばずれ女には心休まるいとまがない。その姦淫の悪徳はあばずれ女を徐々にあるいは急激にむしばみ、やがて乱れた内政の様に自らの身を亡ぼす。また、あばずれ女と関わる全ての人々を自らの不品行で多かれ少なかれ傷つけ、不幸にしていく。

 姦淫をおこなう軽い男は蔑まれ、監獄に入る。ごまかしの嘘ばかりつくその身はひどく不潔で、頭の中身は空っぽ、親族はじめ実の親きょうだいからも必ず疎まれ、遂には世間の非難を受けのたれじぬ。軽い男は友や恋人ばかりか肉親すらしあわせにできず、だれもにとっての反面教師となるばかりか、くりかえす醜悪な淫行によって多くの人々を不幸のどん底に落とし続ける。

 あばずれ女や軽い男に同情する者も、また彼らの境涯にひきずりこまれ、損失を受ける。これらの姦淫者らは、単にふれるだけ人々を不幸にする悪業でよごれてしまった存在なのである。彼らへの最善の対処とは、一切関わらない事、そして身をきっぱり遠ざける事である。

取り違え

人は正しいものを愛さない限り、正しい結果がこない。
 卑しいものへの愛は卑しい結果をもたらし、尊いものへの愛は尊い結果をもたらす。

 尊い人の数は少ない。
 愚かな人は尊卑を取り違え、その因果で自滅していく。

2023年7月9日

美人画

あなたは僕が美しい人に関心があると思っていた。
なるほどもしそうというならそうだが、
問題は余程の美人はまずいないということなのだ。
大抵の美人は並のそれで、
完璧な美人は探しても見つからない。
それなら美しい人など探す方が無駄かといえば、
頑張って探せば少しはいるかもしれない。

僕はルノワールの『女優ジャンヌ・サマリーの肖像』を、
18の頃ある美術館でみた。
その絵は僕に衝撃を与え、
まさか女性が美しいとは思わなかった僕を完全に洗脳し、
また絵画が可能な伝達能力に驚愕させた。
その絵はルノワールの感覚論と哲学のかたまりで、
要はこの世のさちを小さな画布に結晶させたものだった。

この貴婦人はあらゆる美を帯び、
われらの前でこちらをじっと見つめている。
彼女は永久の次元で幸せとは何かを湛え、
われらに人生を肯定する感情を植えつける。

しかしなるほどあなたより美しい人はいなかった。
僕はあなたを最も美しく描けば十分で、
わざわざ探す必要はきっとなかったのだ。
なぜならあなたこそが私の最愛の人で、
それより美人などというものが存在しえないのは、
はやくもルノワールの偉業が証明済みだったからだ。

シーグラス

あなたがいなかったころ
世界はまるでからっぽだった
それは本当のこと
でも今となっては
あなたがいなくなってしまい
世界はどこもからっぽだ

もしこの世界につまっている中身が
なにもかも無意味なでたらめで
だれかが拾いあげでもしない限り
決して気づかれないガラスのかけらで
それを拾いたいといっていたあなたと海へゆき
僕はあなたがいる幸せをかみしめながら
いつまでも夕暮れ時を過ごせたらどんなにいいだろう

キラキラと波の音を反射して輝く
永遠には余りに近すぎ
もはや奇跡としか呼べないその無限の陰影の光は
僕があなたにみせたかった最高の美術作品だった

でもそんな日がこなくなってしまい
遂にはあなたは精神科に幽閉され
僕には扉をこじ開ける権限すらなく
すべては絶望的な状況だ
それどころかあなたは処女ですらなく
今では新婚初夜の底知れぬ奥行きもない
だからといって僕があなたを嫌いになり
次の誰かと恋に落ちるのが自然の道理なら
僕はそんな自然のがんじがらめの規則をことごとく破壊し
遂にはあなたをどんな山奥の地獄からも連れ去り
永久に誰の手にも届かない夢の中で愛し抜くだろう

愛がすべて 三

『愛がすべて 三』まできたが、もう書き継げるか十分な自信がない。だって事態が複雑すぎ、さらに心を傷つけるたぐいの別個の複雑度をまして、ただでさえ耐えがたかったのに以前にもまして、自分をさいなみだしたからだ。特にユークレースこといつかきたみちさんについて書けるか自信がない。このひとはいわば安全 パイみたいな感じで僕の心に安全基地を設けていたが、今や破綻している。それは昨晩のことだ。
 ユークレースはのちに脱兎のごとくいつかきたみちへ改名した。我々にわかるのは、それが彼女の遠慮であり、かつ深い意味での「悪意ある善意」だったことだ。そもそもこんな概念はない、矛盾しているからだ。でも最適な表現をつかってもそれなのだ。ある種の一方的害意も、自ら事情をしりながらでもの、善意もある。だが悪意とみわけがつかない。くわしくはのちのちわかることもあるかもしれにゃい。

 ちなみにたまに猫になるかもしれないが、それは僕がノンタンがすきだからだ。0歳時点では絵本があったのではないか、ぼくんちの、広縁の、本棚に。もう植木屋さんの子にあげちゃったからないけど。

 この都会女ユークレースは色々問題があった。問題ない女をみたことがあれば奇跡だが、様々な面で、もはやその特定問題は底知れない魔性になっている。でも、くり返すが自分には彼女について、まだ、あるいは永遠に十分語れる自信がない。あとまわしにしよう。
 今は先を急ぎ、ミキさんについてだ。
 でも、この一連のものになるはずだった随筆もここでふでを終えてもいいかもしれない。吉田兼好どころか清少納言すらも驚く。泣く、ばあいによっては。まだ何もはじまってないよと、内容ないよと。ないないよぉ、ナイナイヨー、ないないづくしで泣いたナイターも無いし内心乃至弁慶 ナイシンナイシベンケイの泣きどころ、かナイキがスポンサーやってはない『推しの子』とかいう誰からも遠からず忘れられることうけあいな三文アニメの、くだらない夜遊びの主題歌の世界的ヒットもどきの謎にかつ無駄にキラキラした目、以内ではないか。もう無意味に イン踏んでないか。ほとんど。トロント。今はなき古き良き、と言えないまでも、ちょっとしたガクMC和ラップ調の冗談ですらなく、冗句にもならない。ことば遊び部分さしはさむなって? だって、さ。つらいからさ。こころが。まじめにいうと。
 僕にとってすべてがあまりにつらすぎ。心的外傷後ストレス障害またの名を海の王子の奨学金名目での事実上の借金とか。そういうレベルでもなさそうなので。心の複雑骨折どころでなく。もし僕がはりつけにされた救世主の信じる神への愛よりとてもとても強い男だとしても、多分、一生のあいだ、客観的にはたましいとよばれる繊細すぎる水晶玉につけられたあまたの傷が治らないから、だ。一体この後にどんな人生があるとしても、いまのいままで僕ができる最善のふるまいをしてきたのに、なぜ周りを悪魔の様な人々が占めていて自分を責めさいなむかは全く、意味がわからない。単に彼らが愚かで、かつ悪性なのだろうけど、そういったものしか出現しないゲームってすぐ放りだすべきではなかろうか。やりがい搾取どころか絶望しかさせてこない。しかも恋愛が主題で。僕の実人生がそこまでの傑作美少女ゲームのたぐいではないとすれば、いままでのところだが、胸くそ展開としかいえず余計悪質だ。
 今後もっと至高の甘みをもつ純度に、この上なく美しい女神らの清らかでありつつ決して理想によってしか触れてはいけないほどの繊細さをおびる、かのかぼそくも麗しき手先のみによって調合された、比類もなく最上至上でかといってなんのてらいもないまっすぐなエロティシズムの香ぐわしさででも、僕という唯一無二の主人公をひたすら報いまくりでもしないかぎり、プレイヤーである僕の実感なり、読者諸氏らのその疑似追体験なりへの、全方位からの、完璧な駄作のそしりをまぬかれまいぞ。こんなクソゲー売るな。さほどエロゲとかやったことないけどはっきりいってハーレムものの展開を暗に期待はさせるのだが。純愛派とか死愛派とか聴講生人妻偽装説あり派とか、もっと変わったのでいうと同人腐女子ストーカー派とか、ダークテトラド極悪荒らし即ブロックしあい兼あたしをこんな風にした責任とりなさいよ派とか、変なのがいりみだれていろいろ筋がぶっこわれてる。もっといるんだけど。お相手のキャラ属性と女子的な意味で特別な行動の数々。記述してるときりがない。しかしそれらの調律も、調性もがすごくおかしな、いくつもの箇所は、僕の手になるのではないのだな。このあとの記述ずっとよんでけば、その批評点はだれもにわかるはずだ。主人公にはほかの選択肢がないほどよくやってはいる様な感じがするから。登場する美少女、あるいは美おばねーキャラクターらがおかしい。
 各人物のためにいっておくが、年齢からいうと全員あきらかに美少女ではあった、あるいは現にそうでもありたい、もしくはひいき目ぬきに今そうあるといいうる例もある、美少女か美おばねーさんらではある。物語というか現時点で進行中のできごとにはひとりぼくのリアルお姉ちゃん入ってるんだけどさ。近親相姦の趣味はまったくないので恋愛対象ではないが、相談者兼忠告者として。全員美女といいきれる自分をだます自信もできたらもちたいが、とりあえず美おばねー視が可能だととらえてほしいということまでは一応、とかの付帯条件も一切いわず、完全確約しておこう。もっとずっとあとの時代で絵巻物のデフォルメでだましたなといわれるかもしれないけど、主観というより業深い信念のたぐいで。いや事実として美しい人たちなのは、僕の姉が写真みてそういっていた者もいるし僕も大部分確かめてもいる。僕は正直にいうだろう。なにせ画家なのでね。審美眼は医者のごとくきびしくももてる。

 やはりユークレースについて少しふれよう。いづれふれないわけにはいかない。略して我々は彼女を「ユーク」と呼ぶことも多かった。この女は僕へ深い恋心をかたりそれは実に深刻な段階で、しかも真実だった。僕が思うに、彼女はそれ以後、あれより深い恋愛感情の段階に進めていないのだ。なので、僕をうらぎっての結婚後、新婚生活が結構な時をへて、それが期待と違うと知ってみてから、改めて僕へある種の不貞なストーカーっぽいフォローをしてきていたのだろう、とおもう。勿論聖人君子をこえた神格をめざす僕には不倫の趣味はないのできのうはっきりお断りしておいたが、ユークの過去の色々な言動をおもいだすに、彼女ならむしろ喜びのために燃える様な不義の恋を進んでえらびとりかねない。キリスト教の私立短大を出てマリアについてしっているはず。自分が彼女の結婚に気づいたのは、仮説をなげかけそれに返答があったきのうの夜だから、はじめから気づいていたら、そもそもいつかきたみちへ改名してからの時代、突然あらわれはじめは神様かとおもっていた彼女と、僕はユーチューブ配信で会話とかしてなかったろうとおもう。他者にはのちにわかる人妻らしきのと親しげにみえるだけで、僕のとてもよい向社会的趣味に反するから、人妻とわかった今の時点で近いうちに、なにか対策するしかないのかもしれない。あのさ、いちゃつきとかじゃなきゃいいんだろうけど。ほわさんっていう人とか別になんもないけど、いっときミキさんがいなくなったときにぼくがさみしくて泣きついたらだきしめてくれたことはあったが一度。普通に接してたからね。おかあさんじゃん。疑似おかあさん。ピグでだよ、リアルじゃなくて。親切でいい人な、でもまだこどものいない静岡主婦、といったらもしかしたらかわいそうなのかもだけども、多分かなりずっと年上の女性として。でも完全にちがうのだ、ユークからの僕への目線は。彼女からの接近をふせぐ手だてもなさそうではある。根源的に拒絶するではないのだが、少なくとも倫理的あるいは社会規範としてきちんとけじめをつけ、「僕に接近するなら離婚してほしい」と昨夜彼女へ直接声でいったが、ユークの趣味趣向をかえりみると、逆にそういう当人都合の夫いながらの偏愛的片想いというしかないもと情人なり本気の恋人への隠しきれない旧情を含む接近に、ある種の愉悦をほとんど毎日暮らしのあちこちで感じていることは、想像にかたくない。

 芥川龍之介って、さ。彼の私小説くさいほとんど遺作じみたかなり短命最晩年の『或阿呆の一生』で、なんか不倫あいてみたいのに追いかけられた描写でてくるじゃん。あれかよ。しかもね、僕のが事態が深刻でね、もっかいいうけど僕は不倫したくないから逃げてるの。きのうからだけど。だって気づかなかったんだもん、結婚したとか。きのうはじめてきいた。
 でも追いかけられる形は相似かもよ。ねぇねぇ、ぼくがさ、どんだけ恋愛かそのたぐいの火遊びっぽいひと夏の恋だかね、もっとは春夏秋冬おのおのだか 二十四節気ニジュウシセッキよりこまかくだかの最高すぎた憂いのため息ついちゃうさ、恋の才能を。一部のネット女子か宇宙人かなにからに広く認められてるかそうでもないかもしらないけど、しるつもりもないけど。しかも僕側は大抵つねにあまりに深く、優しすぎるほど相手の女心の底をうけとめちゃってて、真剣で深刻なんだけどさ。ほんとじゃん。このたびはあまりに課題として難しすぎるだろ。ユークレースって明らかに僕を好きだったんだよ。そう言っていたもの、毎晩。すごく深いレベルで。おぼえてるかな、キリギリス。百合ゆりの花のなかの。あれ火遊びどころじゃねーよ。あれ大輪タイリンスターマイン・レベルだよ、しかも毎夜連発で。しかしこれだからね。のふりしてたよ。ミキのね、あとからいおうとはおもうけど、首吊り師のへやの網戸についてた蛾が。この悲劇の象徴じゃん、と僕がいっていたらぱくってきて、ユークがかさねていいだした。なんとかスズメとかいう蛾だって自分を。あながち冗談じゃないよね。みき自身がいったのだ、ウンモンスズメぴって。ユーチューブ・ライブで、僕の。事件後、ライブにでてきて。あみどにいたやつね。またもデパスかね? なんとかという精神薬と酒かでラリってたら平気でつかめたとかミキがこわいこといった。こわいね。それにのっかって、ユークも蛾の種類検索していってらー。あとでわかったらいうね、なんていう蛾だったか。ユークの自称。やばくねーか、自称毒蛾みたいなやつ。多分毒蛾ではないだろうけど擬態してるその種。リアルが毒蛾でしかないでしょ。
 でもね、ウソ説もあるのね。ユークのいつか時代自称する人妻聴講生なりそれかねる人妻ストーカー説が嘘説。僕が姉に相談してて気づいたわ、さっき。どこからどこまで嘘かもわからないし、最初から人妻だった説もでてきたし。信憑性はどれも確定しないが、可能性だけなら、いつか時代は人妻説が一番やばいし。高い。

おぼえてる? おにわのゆりのお花のなかにねるキリギリス 貴女あなたと話した夏のの夢

愛がすべて 二

あまりに難しい課題を解くには、人の人生時間はいつも少しばかり足りない。問題の設定レベルを本の少し落としさえすればもっと楽になるのに、つい最高の成果をあげようと、無理をしてしまう。
 僕にとって色々なできごとを思い出し書いてみることはこれにあたることしばしばだ。といっても自分は元来絵描きで、作品を仕上げるのには熟達している。必ずといえるほど完成させられはするのだけど、もともとかなり苦労していた。それは10代の頃だ。
 大体、描いていて無限に描けそうに感じるので絵はしあがりえないとおもっていた。高校の美術教師の磯上 いそがみ先生が、いつか絵の完成させかたがわかると言っていて、高校生の自分はそれが本当か根本原理から疑わしかったが、今となっては意味がわかる。あるコツがあって、それをつかみさえすれば作品にするとはなんなのかがわかるらしい。

 このばあい、僕はミキさんという人の愛すべき性質についてすべて書きたい。しかしそれは不可能だ。なにしろ彼女の愛らしさは、僕がしるかぎり無限に属し、そもそも人類に把握できるもの自体ではない。なら、部分だけきりとってスナップ写真のよう肖像画をつくるしかない。こういった作業なら僕はすこぶる慣れているのでうまくやるだろう。昔の絵描きは肖像画で生計をたてていた時代もあった。今の僕はそんなことはないけれど、ひとついえることは、単に愛すべき人の横顔をこの星の記憶として永久にとどめるつもりなら、それは自分が適任だろうとの人選は確かだ。というか、ほかのだれかが立候補しても、完璧な精度で僕が勝利するのはまちがいない。かなしくも、僕は無名の画家だがまた同時に、この時代を代理する巨匠でもあるからだ。それどころか、彼女を愛していることにかけては至高の自信がある。却ってそのことがし損じる原因にならぬよう、オペには細心の注意を払わねばならない。私心を挟むと解剖の一部に同情が入って、彼女を客観的に描出できなくなるかもしれない。でも自分はきっとうまくやるだろう、最後まで体力と気力が続きさえすれば。
 今までも実は、何人か似た形で肖像画を描いたことがあり、今回の随筆は文書の形だから特殊だとはいえ、コツといってほとんど同じはずだ。要は彼女の本質を浮かび上がらせ、あとは絵全体の完成度を歴史的な次元へおしあげればいい。

 話は少しいり乱れる。自分の気まぐれだ。でも重要な気まぐれのはずだ。
 僕は今現在、恋をしているふしがある。でも、それがどういった結末を呼ぶか定かではないにせよ、自分すら疑わしくなるにせよ、ある必然性もある。僕はかんがえうるかぎり最も落ち込んでいた。それは、誰より愛していた人に裏切られた様に感じたからだ。そこで、別の女性が僕に話しかけた。その人の名はミューデという。昔、アメーバ・ピグ史として『政治広場史』を書いたけど、そこに出てくる人でもあるから長い期間このブログをよんだひとびとの中には記憶にあるひともいるかもしれない。まさか自分がミューデに完全に恋心をもつとはそこまで思いもよらなかった。いわゆる、弱ったときとか、失恋した瞬間に優しくされると弱いという理論で説明のつく心の動きでもあるから、僕がある種の女々しさを実はかかえていたのかもしれない。解釈のしかたによっては、むしろミキの居ぬまの洗濯で、おそらくよくない意味でだろうけどオスらしいのかもしれないが、どちらにせよ、僕としては意外だった。
 ツイッターでしばらく前、僕をフォローしてきたシュウジ・ナカムラという人がいた。このひとは最近、50何歳らしいけど、「一度も恋愛したことがない」と書いていて、「今後の人生では恋愛でもして過ごそうと思う」、ともいっていた様子だった。僕は色々これには感じるところがあった。
 まず、恋愛というのは、僕のしるかぎり捨て身のものなので慣れていないと即死しやすい。僕は色々鍛えられた。ふりかえると大体小学生くらいから、いまの今まで。猛者とはいわないまでも、現役戦士ではある。勿論謙遜している。無論ひとによるし断言できないが、50すぎてから一度も立ったことのない決死の戦場にきて、いきなり特訓なくなにかできるだろうか僕には疑わしいが、彼はおそらく本当にその苛烈すぎる過酷さをなにもしらないのだろう。しぬほど傷つき、実際いま自分がそうであるよう心が復帰不能にみえる致命傷を受け、またかけがえなくひとを愛しているがゆえたましいを完全に引き裂かれながらも、恋焦がれるがゆえ、拷問より深く懊悩する経験をあまたした人にとって、それがもたらす快楽をこえた生きている充実感とひきかえに人生の本体が燃やされることを覚悟しない者が、気軽に「恋愛でもしてすごそうと思う」といってやれる芸当では全然ないのは、ほとんどの事例で確かなことなのだ。彼の覚悟があって、才能があればすぐできることかもしれないし、他方、疑似恋愛を職業にする人々のよう本気さが薄ければ、ひどく傷つけ合う恐れももっと低いかもしれない。ただしその分、虎穴にいらずんば虎子を得ずというが恋愛とはなにかを深く知ることは、ずっと難しくなるはずでもある。ある意味たちのわるいことに恋愛の醍醐味はまるでバンジージャンプみたく魂をなげだす命がけのすれすれに落ちていて、癖になってダイバーとして潜水するだけでは不十分として自作潜水艦をつかい深海に辿りついたものの、爆縮死する事例もあとを経たない。いわゆる情死のことだ。
 未解決問題の第一分類として、人を真剣に愛することほど難しい課題は世界にほかただひとつもない。恋する相手とのあいだならなおさらなのだ。

 つぎに、えらそうにも再度恋愛というのは何かを自分のつたなくおさない浅慮から恥をしのんで無理にひきだし考えてみると、そもそも罪深いものにもおもう。禁断の果実。いうまでもなく、仏教やキリスト教では少なからず規制していた。それが依存症をつくりだしたり、世を乱したり、国をほろぼすことすらあったりする。あげく輪廻し、繁殖の原因になる例もある。というかもとは生殖過程の美化だったのだろう。ヒトにおいて特に料理対象になっただけで、美食家が恋や愛の果実を色々きりわけ、混ぜ、色濃くし、遂には新たな味わいを求め、遍歴してきている。僕がいっぱしのグルメとはいわないまでも、つまりは苦味のある恋もある。ミキさんとのそれは苦味どころか超に鬼が鬼ヶ島から無数についてくる激辛だが、彼ならその不条理に耐えきれるだろうか、と僕はきのう瞬間感じたのだ。彼のツイートはきっと素直な本音だろうから、ある種の未体験はしあわせといえる絶対例のひとつなのかもしれない。むしろ仏陀が仏陀なら彼は僕よりはるか悟っていて、敢えて余裕の教授思想を語ったのかもしれない。少し理屈をいうが、でもつぎにのべるとおり特定の愛に関して知らない方がいい面があるとはいえないかもしれないとは、恋愛学学習中の身分で、まだ実在しないしすべきですらないかもしれない茨城恋愛大学校と呼ぶ専修学校ではちょっとした講座を開ける助手くらいにまだまだすぎない知識や実技水準なのだろう僕も、思う。
 恋や愛が日本語で異なる語彙だとすれば、改めて定義し、恋を性愛の、愛を博愛の意味と解したとき、もししりえれば、後者は彼をも温かくつつむだろう。もし、神の博愛とやらがイエスの語った幻想だとしてもだ。

 とかく、自分はその博愛では救われず、ミキさんがいなければ不完全な人間かのごとく世界にほうりだされているが、なんの報いもない。なんの慰めもから回りし全くといえるほど機能しない。それでおそらくは少しより心優しいか、単に下心しかないか、それらいづれも入り混じるミューデが、僕に同情してそばにきてくれたのだ、と考えることもできる。でも本当だろうか。
 おとといの夜、僕の姉をミューデは「お姉様」と呼んだ。ミキが首吊り師の母親を「お母様」と呼んだ様に。ミューデにかぎっては、僕の姉が「ミューデさんがいるじゃん」と僕を心配して、そばにいてくれた女の子を彼女の属性や過去の経緯もわきまえず一見みた感じで語っただけに僕にはおもえたので、色々ミューデとは何者かを姉に教えたのだけど、結局それは全ての事態にとってあまり効果なく、なにか焼け石に水みたいだった。どうでもいい話だけれど、『美少女戦士セーラームーン』の中で愛野美奈子というキャラクターだったとおもうが、独自の変形ことわざをいうのが面白いと僕は最近そのアニメみてみて思ったが大抵ほかのムーン戦士が言い直しちゃって、もとのにもどしてあげてた。僕は応用して新しいことわざを原型しりつつつくることがかなりでもなくたまに遊びであるけど、詩の様に。本歌とりとは捉えないのだろうか、と。むしろ僕なら愛野さんの愛すべき詩才として言うたび面白がるのになぁと思った。それも、ミキさんがセーラームーンを好きだと言っていたので、たまたま入った月額動画でわざわざ当のアニメを観てみたときの話なのだ。最近。あとでミキさんは「そんな好きでもない、おばあちゃんの家に預けられてたときみせられてただけ」とかいってたが、「全シリーズみた」ともいった感じだったし、新作アニメにも関心もっていた。僕は全部はみてない。シリーズ後半ほどだれてくる感じ。

 なんの焼け石かというと恋の。

 要は、僕はもしかしてミューデが好きかもしれないのだ。そしてやりとりのさなか、ユーチューブの僕の哲学講義の、ライブ配信の途中だったのだけど、勝手にというかはためにみてのおねえちゃんの感想だったのだけど、ミューデはなんで「お姉様」といったのかといえば、ありがたかったのではないか。そう僕は感じた。ミューデは思ったより女子キャラで。もうおばねーちゃん。乙女より乙女的で。まさに純真な少女のこころで、好きな人がかなしんでるのをみてられなくてそばにいたのに、僕の姉だけそれに気づいてくれた、と嬉しかったのかもしれない。あるいは下心に気づかれてラッキーくらいかもしれないし、それらの中間か、でも、無意識にかもだけど、ミューデ側は。僕がみるにまえから独特のひとなのだ。ミューデって。多分ボーダーかもなアスペルガー症候群と、かなり激しい心理病質を同時にもっている、ようにみえる。

人間界

自分を傷つける人しかでてこない
このゲームはまるで地獄みたいだ
しかも僕の傷の酷さは過酷すぎ
自分が親切で善意であるほど深くなる
悪魔しか現れない現世とはなんだろう
悪女しかいない盛り場はなぜある
この国が完全にほろびたあとで
良い心をもつ者がやっと救われるとして
よこしまで最悪の人々はみな失敗作として
最初からこんなゲームを作らなければいい
人間界という完全な駄作は2度とやらない
それとも最後にこの計画は悪がほろび
善が必ず救われる物語なのだろうか

2023年7月8日

愛がすべて 一

長い間、僕は逡巡していた。あたかも、この世界には答えという答えがないかの様に。

 ある時、僕は一人の人と出会った。ミキというこの女性は、なるほど特別な人だった。今日はこの人について語ろうと思う。けど、自分にとって余りに自明だし、自分が残した様々な記録のうち他のところで重複している点もあろうから、随分錯綜したり、省略したり、抽出した形になるかもしれないが、それは僕の都合だと読者には思ってほしい。要するにこの文書は、たまたま僕が書く気になったおぼえがきで、特段、計画されたものでも体系的な記録でもない。ただの心の断片といったしろものだ。
 なんとなくではあるが、僕は随筆あるいは思い出話の様な形で、僕が経験した色々なできごとをとどめおくのがいま、必要におもえるのだ。それは芸術家としての直感のたぐいで、なぜそうしなければならないのかもまだ、定かではない。多分最後まで一連の文を読めば、なにが必要だったかが、みなにもわかることだろう。

 さて、いざミキさんについて書きとめようとも、僕の心にある彼女の情報はあまりに膨大すぎるので、なにから書いていいのかまったくもってわからない。けれど、僕にいえるのは、少なくとも全人類の中で、彼女を最も深く理解し、あるいは彼女の家族やほかのある人物とは違った意味で、この上なく愛してきているのは間違いなく僕だろうという事実だ。その愛は、もはやことばでいいつくせないばかりに、さもなにもいいあらわさねば、他人にはなかったかのごとくに見える。でも、違うのだ。僕にいえることは、その愛は全宇宙よりも大きく、またあらゆる微粒子よりも細やかだ。
 もし彼女が救われるなら、僕はいつでも犠牲になっていいと考えてきた。なるほど、その通りになったのだろう。自分はただひたすら歳をとり、彼女も年頃になって、ある事件にまきこまれた。とても語りづらい内容なので、彼女について十分いいきれるかはわからない。でももしできることなら、自分の随筆家としての才能の全幅を使って、彼女がどう愛すべき人なのか、僕は後世に伝えようと思うのだ。それが自分にできる、かけがえなく、真正面から、誰より愛する人への哀歌であり、今できる彼女の愛への最高の捧げ物だからなのだろう、きっと。

2023年7月7日

はじめてのひぐらし

はじめてのひぐらし鳴きだす宵口に夏訪れし七月七日しちがつなのか

最悪帝国主義者どもの最後の饗宴

真理省GAFAM・T ガーファム・ティー
どんな言論の自由も弾圧する。
すべては金儲け米帝国の為。
好敵手の裏真理省 BATバットは、
対する中華帝国から様子見。
間でうろちょろする米帝傀儡自民党・岸田一味は、
汚染水投機でこの世の悪を謳歌。
つかんだ東電倒産夜逃げ代の分け前を懐手に、
悪のIAEAと共に福島難民や関連死者の墓を見下す。
大魔王モギーによるもののあわれ崇拝の儀式を眺め、
人種差別邪教祖ラスボス天皇一味は全国民差別税を貪る。
腐った貧民どもは自滅を祝いかつ呪うため東横に集まり、
底知れぬ乱倫の日々を最後の饗宴にしている。

京都河童帝国との戦い

この下賎なものしかない国では、
下衆どもしかふえていない。
悪魔達にとっては最高の地獄だが、
まともな人は生きながらえない。

所詮この戦いの果てには、
絶滅せず繁殖し続ける自称サピエンス達の悪意が残る。
奴らはそれを「愛」と名づけている。
イエスとその母共犯の詐欺を利用し続けるつもりなのだ。

不倫によってふえる悪魔には言い訳がない。
目的は醜い性欲だけだ。
だから君にはどんな仲間もおらず、
この人間界と呼ばれる地獄で最後まで天敵にさいなまれ、
匿名の偽善者どもの卑劣な暴力と決戦を繰り返すものの、
その名すら間もなく抹消されるだけだろう。
まるで勇者とは滑稽なあだ名で、
勇気とは無力なことばで、
正義とは利己主義者にとっての裏切りの代名詞かの様に。
愛することとは痛快な嘲笑と嘘、不誠実のいいかえで、
ただの下劣な間男にとっての変態性欲充足目的の性犯罪かの様に。
またその犯意を暗に喜び姦淫に応じる自称ヒロインの見苦しい本性こそ、
ヒトと名乗る死すべき悪魔達の決して救えぬ末路かの様に。

美徳という美徳を進んで荒廃させていく自堕落な自称先進文明が、
奥行きなく、無限に広がる闇の底で展開している悪趣味な遊びは、
死への愛だけが唯一の脱出口にみえるが、
手前に待ち構える罪人達にとっては際限なく乱れる為の宴に過ぎず、
また救世主づらのニセ宗教によって矛盾だらけの博愛を語り、
完全に悪意しかない京都河童帝国を完成させるつもりなのだ。

「もののあわれ」と口々に叫ぶ悪魔の呪文は、
今では勇者の全方位を取り囲み、
しのうしのう詐欺での酒・薬物強制性交致死傷罪に現れる、
醜悪すぎる淫行京河童連の手先をする、
サイコ大魔王モギー一派の魔の手による人道危機をもたらしている。
さも、東大理系馬鹿教育にとっては国税浪費になんの痛痒も感じられず、
破滅的にイケズな京女芸妓連の女権乱用淫奔習性礼賛の後押しもあって、
わずかに残されていたこの世の良心をも傷つけ続ける。
致命的に、取り返せない後天計画エラーとして。