あなたは愛すべき人
そして永遠
だがあなたに足りないものは
人々のすべて持っているもの
だがあなたに足りないものが
あなたをあなたたらしめる
かけがえないもの
もしあなたの足りないものが
とんでもない欠点で
私をいつも困らせても
あなたは愛すべき人
そして束の間現れ
また永遠に消えゆくもの
2023年2月8日
永遠の不足
自由放任バグの修正
貪りの悪徳による資本配分の社会的失敗
それなのに日本経済が巧く行くと信じている人々は、なんと滑稽だろう。
孔子は老人の貪りを君子三戒の一つに挙げたが、世代交代を忘れた国は亡んでいく。
しまむらにつれてって
しまむらに連れていく
そこであなたが好きな服を選び
自分はそのあいだ
何かのみものでものんでいるでしょう
もしそれができなければ
あなたに一番似合う服を一緒に選び
それを着たあなたと
海までドライブしていき
そこであの指輪を渡しましょう
ティファニーのシルバーを
仮想の心
いつの間にか
湧きあがった地獄の死者が
きえていく瞬間
誰かのため息より少なく
でも手のひらより多く
舞い降りた天使の羽が
すでになくなってしまった
とっくの昔にいなくなってしまった
なべては束の間
なおも時をこえ
きえさった次の瞬間に
あの心があった
君の心が
でも空間を閉じ
はじめにもどる
2023年2月7日
卓越性の起源と自由の意義
自由を尊ぶ事は、ある得意さが害他的でない限り、人を各々最適な役回りで振舞わせるため正しい。
蔑老社会
年寄りとの接し方が分からない人は老人独特の誇りと老衰した能力との落差に慣れていない。
核家族や若者社会しか経験しない社会は、晩年の尊厳を損ない易い。
感度
感覚が悪い人は、他人がいいと言ったものをほめている。ところが一般大衆も似たり寄ったりに鈍感なので、彼らは悪趣味のもとで生きる。感覚がよい人と日常をとりまくあらゆる審美的要素が異なるのはこのためだ。
実際、感覚がよい人と接してみれば種々の快適さに詳しく、細やかなのが分かるだろう。
鈍感な人は敏感な人へ「センスが悪い」といい、酷いものを審美的に優れていると勘違いしている事がある。それはそもそも鈍感な人の感受性が低いからだ。
甘いものを苦い、熱いものを冷たいという。天才を凡愚のよう扱い、凡愚を大天才かのよう嘯く。
鈍感な人に美しさが分からないのは事実である。
歴史的反省
愚かな人はいつも混乱をまきちらしているが、賢い人はおちつき正しさをわきまえている。
愚かな人はいつも自分に合わせてもらおうとするが、賢い人はもう相手の頭に合わせようとしている。
愚かな人は自らした悪事を忘れてもらおうとするが、賢い人は避けえない失敗を踏まえ深く反省する。
2023年2月6日
学術城のたとえ
人文学こと人間性は各知識の個別性や独自さに合目的性があるばかりか、抑の目的論すら問う分野で、目的に近い学問である。他方、自然学あるいは自然哲学こと自然科学は、客体的な自然自体の理解にすぎず飽くまで人間性にとっての道具を超えない学問である。社会科学はこれらの中間の手段的学問である。
数学あるいは言語学は科学言語を学ぶ学問自体の道具である。
工学、医学、図書館情報学などは社会科学と同じく自然学と人文学の中間にあり、社会科学の中に分類されない学問である。
哲学あるいは知恵の友愛、恵知は諸学の総括的名義で、かつ学問する活動自体の事で諸学の王に位置する概念である。
これらを比喩すれば学術城として次のよう表せる。
王座の間の王・哲学
上層貴族・人文学
中層の使いの者・社会科学、工学、医学、図書館情報学
下層兵士・自然科学
門兵・数学、言語学
学問としての重要さも、城から国を治めるよう、王に近いほど重い。第一哲学は、万学を生み出し又まとめる活動だ。
他人という反面教師
他人はみるな。
他人は往々にして劣ったものだからだ。
他人が常々足を引っ張ってくるのを悟り、
他人と努めて交わるな。
他人は愚か者の愚かさを知らせる装置であり、
ほとんど反面教師にばかりなるものだ。
自らの行いが尊ければ、
それをこえていかなる境地もない。
尊い心を持ち、孤高に生きよ。
俗世は俗人で埋まっており、
俗人はまず例外なく愚人である。
愚人のあいだで正気を保つのは難しい。
だから俗世に近づくな。
世間にかかわらず、隠れて生きよ。
名声を求めず、
ひとり高尚な哲学に生きるがいい。
善人へ知恵を授け、
悪人へ厳しく説教し追い払うがいい。
悪しき年寄り達
年寄り達が悪意でお前をしいたげてくるが、
それは年寄り達が権力に驕っているから、
カネを握って転落しないと驕っているからだ。
年寄り達はひとりでにしんでいく。
年寄り達の傲慢はむなしい。
悪業をくりかえした年寄り達を誰も祀らない。
年寄り達の悪い行いを避けて暮らせ。
悪しき年寄り達に牛耳られた日本は亡ぶ。
だが誰もそれを止められない。
亡ぶ日本をきっぱり捨て去れ。
この国を救う事は年寄り達を葬る事だ。
だが悪しき年寄り達は最後まで貪り、
お前をしいたげ続ける。
だから悪しき年寄り達を放っておけ。
悪しき年寄り達は自滅する。
悪しき年寄りは一人では生きられないと知らない。
日々悪業を積み重ねた、
悪しき年寄り達の末路は惨めである。
悪しき年寄り達は決して反省などしない。
もし己の悪業に反省できていれば初めから、
年下の者達に大迷惑などかけないだろう。
不徳な年寄りは軽蔑されるため生きる。
それは前半生の因果が祟ったのである。
悪行が結果になったのである。
幕末西軍の残党による歴史歪曲・歴史否定
安倍晋三や茂木健一郎は、竹田恒泰含む天皇一味や百田尚樹らと変わらぬ歴史歪曲主義者で、幕末西軍の不都合な侵略罪を隠蔽したいのだ。
みのある遺徳とむなしい地位
賢ければ普段から畏れ多い事をいう。
どんな肩書がついていても、
愚かごとを一時ではなく生涯言っていればそれは愚者だ。
畏れ多い事を一時ではなく生涯言っていればそれは賢者だ。
肩書でなく人をみよ。
この世の地位はむなしく崩れ去る。
だが遺徳は賢者に受け継がれ、
未来の国々を導くだろう。
孔子曰く「君子は言を以て人を挙げず、人を以て言を廃せず」
現代語に訳せば――孔先生はおっしゃいました。
「立派な人は、言葉だけで人を信用せず、つまらぬ人の意見も無視しないものだ」
だがご大層な肩書ばかりの人を過信し、
聖言を経歴をみて捨てる者がいかに多い事か。
愛の言葉
僕の人生にはなんの言葉もない
なにしろそれはすべてムダで
どれもこれもまがいもの
あたかもあなたの前では
どんな宝石も余りに輝かず
どんな星屑も余りに遠すぎる
手の届きそうな所にはまがいものの
にせものの嘘ばかり転がり
遂には愛の言葉を忘れ
そのまま死んでいくのだ
通俗趣味の聴者
俗物が日の本のめざましい曲を鼻に笑い 欧米消費音楽をあわれがり民をあざ笑う
ジャンクな耳には調度いいらしいグローバル低俗ジャンクチャート
美意識をなにも育てぬ脳科学 耳が馬鹿で国内の名曲を頭ごなしに貶し他国の通俗消費音楽を大いに称揚
性的少数者の自由権について
獣姦や近親婚までは定かではないがソドムとゴモラは同性愛による姦淫のはびこりを主因として神に罰され亡びた(『旧約聖書』)。
古代ギリシアのアテナイや、古代ローマ(例『サチュリコン』)は同性愛が公然と行われ、かつ亡びた実在の都市である。
自由権が成文法化されたのは1215年『マグナカルタ』以後だが、それを論拠にした同性婚容認で社会一般の出生率低下その他の混乱要因により、或る集団が亡ぶかまでは定かではない。少なくとも性同一性障害を除き、一般風紀として同性愛が公然と行われ、かつ、亡びた都市はアテナイやローマのよう実在する。
但し、現代の人権と照らし合わせ、同性愛者その他の性的少数者の権利は自由権として保護されるべきだと考えられるので、出生率向上やその一定以上の維持など社会の構成員維持の方途と、性的少数者の自由は往々にして両立できるかもしれない。ただ性的少数者の性的指向が公害や他害をもたらさない範囲で。
因みにわが県は日本で最初にパートナーシップ制度を導入済み。
2023年2月5日
魂の声
もはやなにも届かなくとも
しに至るまで人は歌うだろう
森羅万象がもとどおり
うるわしい配置にもどり
あらゆる無秩序が解消され
理路整然とした立派な国をつくり
やがて自分がいなくなったとしても
もはやなにも感じられなくとも
高らかな理想がとわに
万物の未来を導いていく様に
魂の声で
優しい狂気
ただ死んでいくため産まれてきた
さもなければ誰が一体
自らをころそうとするだろう?
あなたは狂人で
この世で唯一優しさを持っていた
だが同時に悪人だらけのこの世には
どこにも身の置き場がなかった
僕があなたを見つけるまでは
ところがあなたは狂人で
救いぬしも裏切り死にたがる
心ない悲劇
あるのは果てしない悪魔のざれごと
実際あなたは気が狂っていて
生まれつきおかしい
治る事も決してない
そしてそんな失敗作をうみだした世界は
はじめから幸せなど作りえなかった
代わりにあるのは悪魔のざれごと
この世にただの一つも心はなく
代わりの悲劇だけがある
2023年2月4日
2023年2月3日
明治保守主義者
西日本には大量の明治保守主義者
卑しい訳で118回も国会で嘘ばかりつき
旧将軍家をも騙し濡れ衣を着せてきた
根っからあしき下郎共
侵略犯の西軍残党に何度裏切られた事か!
ヤマト言葉から地の言葉へ
人を不用意に傷つけない表現への一部日常語おきかえ案
2023年2月2日
佐賀人による異文化破壊と西洋式の勘違い輸入押しつけ蛮行
2023年2月1日
自称和みとほざく極悪侵略犯・西軍天皇一味が必要な謝罪と償い
親米非参戦、個別自衛かつ後方支援論
フォワードだったのに。ワントップで。負けたけど。
本田△は、代表戦で優勝も狙えるといい、速攻で負けた気分をインタビューアーに聴かれ、小声で
「ちっ、うっせーな」
とテレビ画面の向こうの我々全国民に向かってかつていっていたが。
なぜ今ごろ日中米△同盟論に与しだした?
△ネタか? それ以外の何? イミフ。なぜ立憲が泉代表の今なの。
確かに普段の対中関係は商業的和平が前提だが、台湾有事の時は若干話が違うだろう。だって日米同盟があり「安倍戦争法」が違憲判決か廃止されてない段階だと、自衛隊が集団自衛の名目で中台・中米戦争にまきこまれそうだからだ。
日本は米軍側で、非参戦・個別自衛状態のまま、原則後方支援が正しい。
Things of us
If we are the same
Someday somebody knows
Everyday is past
Everyone is an illusion like a leaf
On top of the windows of the mind
We see illusion on us
But you touch my hand once
It was a truly
It was a warm
It was a most sensuous
Things
Things on life
Things of us
中国の台湾侵攻時に日本が米軍側で行動する意味
日本は極東で「自由圏の守護神」としてふるまうべきで、中国の台湾侵攻時の中立は絶対ありえない。ただし日本が戦争にまきこまれるのを避ける為、自衛隊は集団自衛の外に立ち、武力紛争の火の粉を徹底回避しなければならない。
米軍の助けなしに対中防衛もおよそ不可能になるので、本田圭佑氏の中立論は紛い物。
本田△の勘違いは、政治と商業を完全に混同している事。
確かに中国側はメタン埋蔵物が見つかってから尖閣諸島あたりの海洋資源ほしさに武器をちらつかせてきているが、領土問題は必ずしも商業的なものとはいえない。
台中対立の根底にあるのは政体の違い。日本は自由圏側ゆえ米国側に立つしかない。
作り話を信じる人々
恐らく今の西日本人一般は、本気で百田尚樹や竹田恒泰による作り話入り「皇国史観もどき」で脳内がのっとられていて、その外に真の歴史があると気づかないまま世を去るのだろう。かつて本気で彼らが神道に脳を乗っ取られていた様に。
自己都合な無知の強化を煽る茂木健一郎は、罪深い誤導をしたものだ。
「歴史否定論」とは茂木がいいだした主観と客観の誤解にすぎないが――恐らく意識が無意識から一部情報を抽出して成立している、との神経科学上の証拠に基づく信念だろうが、彼にはこの証拠が客観的事実を否定しない、とまで考えられなかったのだ。現実の全事象が脳内で起きている筈もないのだが。
模擬現実仮説を「歴史否定論」は内包してしまっている。だが前者は仮説に他ならない。今なお哲学的には懐疑対象の作り話にすぎない。脆い地盤に立って全ては虚構との極論に行きついた茂木は、諸法無我を語った悟った人と同じ地平に立った様に見えるが、なぜか「肉体」を根拠に意識の実在は認めている。素朴肉体実在論――それはデカルト式の懐疑精神で、茂木はお腹がすくので肉体感覚は疑えないと考えた結果にみえるが、もし全てが虚構なら肉体やその感覚もそうでなければならない筈だ。つまり理論的整合性がない。
茂木の模擬現実仮説、別の言い方にすれば肉体意識至上主義には、カントの「物自体」概念と少し似た面もある――カントはコペルニクス的転回の際、物自体を知りえないとした。だが茂木の場合、認知のうち質感なる実在がまだ疑わしい脳内現象だけは記念碑的思い入れで保護したいらしく、知りえる事にする。
もし意識が幻なら質感もそうだろう。ここにも理論的整合性がない。
茂木の諸説のうち、歴史否定論、素朴肉体実在論、模擬現実仮説、肉体至上主義、これらは互いに理論的整合性が不十分なので、彼は哲学的には十分無能というしかない。また質感も科学的実証が不全で信じるに足る実在性とも思えない。
こういった破綻した理論によって庇われる小説家らは、いわばダメな騎兵隊から前線へ押される憐れな将軍と似ている。敗戦必須。一体どこで敗走するか、そのときうまく理論武装したつもりでいる西軍神道の守護者で、騎兵隊長・茂木は天皇一味と共にどうするか。明らかな破滅の光景だがその時は必ずくる。
冗談理解力と一般知能、及び性格
暗い冗談を好む人が同時に性格がいいとは限らない。
一般知能が高いにもかかわらず暗い冗談を好む人は、往々にして倫理をなんらかの利己的目的達成の手段としか考えないマキャベリ主義者か、精神病質性が高い様に見え、寧ろ近づくと危険である。闇の三、四性格かもしれない。
ツイッターで連日炎上状態の発狂モブ戦
なんと俗悪な事よ。
もうやめたい。ツイッター界の監視と戦い。余りの非人道さに戦うしかないし、まず全員ろくでもない社会だ。
類は友を呼ぶというが、自分にとってツイッター地獄って類じゃないだろ、確実に。簡単に冤罪バンしてくる言論弾圧極道者共の住処。毎日俗悪さに吐き気してるもん。ネットスラムの中でも最悪の部類に戦いにくるとか、それ自体が正気じゃないのだろう。
まともな人、一刻でも早くツイッター卒業すべし。
とりあえず野菜ジュース飲んだ。自己救済のために。俺を救え。野菜。
日本クエストの基本構図
結局こういう事だ。
知性、徳性、感性は各々異なる性質なので、どれかの性質が優れていても他の性質で劣った人なら、そちらで的外れな事を言う。
モギケンが徳性や感性の点で最下等級の言動をしていても、信者はそれに気づかない。東大受験、理学の学院的経歴、一般書などで教祖を偶像崇拝するから。
しかし、こちらのステータスはもっと満遍なく発達してるので、モギケンのいうことなすこと的外れみたいなジャンク意見みて頭を悩ませている。その中には公害に該当するものも沢山ある。コロナ禍賄賂五輪有観客強行、ノーマスクテロ、ホロコーストギャグ庇い、歴史否定論とか。次々エラーがふえている。
人は一般に20代をピークに、加齢で一般認知力が低下する傾向がある、との統計的図表がカンデル『神経科学』に出ている。介護の経験があればわかるだろうが、これは一般的科学的認識としては決して誤っていないはず。
思うに、モギケンをとりまく上記の現象は、恐らくこの神経科学で殆ど説明できる。
また、そこに集約的に現れているのは日本社会、殊に東京圏の社会が学歴社会を作っており、それは位階制を作りたがるという事で、要は「人物評価の過度単純化」なのである。モギケン信者なるものは偶像崇拝を科学と完全に取り違えているが、それは同時に彼らが維持促進したい学歴位階制づくりでもある。
学歴には
1.学習歴
2.教育歴
3.学位歴
4.学閥歴
5.受験歴
など複数の異なる要素らがある。これらをひとまとめにし、特に4の学閥歴と5の受験歴で、1の学習歴を見ない事にするのが東京圏の学歴位階文化の特徴だ。有名無実な虚構でも位階制さえ作ればいい、というのが彼ら独特の学歴観である。特に彼らの世界で菊の御家紋級に効果があるのが「東大」のそれで、次点の葵紋級なのが「慶早」のそれである。京大派は東京圏では少なく、位階制上の効果があったとしても、観察的には余り普通ではないらしい。都知事選で有名なマック赤坂とか京大だろうが、現地で余り厚遇されてる様には見えなかった。モギケンは菊紋つけて世間を闊歩してる様なものという事になり、それは紋所さえみせたら割符なしで関所も通れる。そればかりか初対面の人から行く先々でやたら厚遇されてきたのだろう。身近で観察していたらその事は重々よくわかった。当人の人柄とかそういうものでは特にない。当人は問題があるのだ。この東京圏ルールがわかっていれば初めからそれを利用すればよい。
僕は父・祖父が慶早だったが、そのルールを教えて貰えなかった。寧ろ逆に教わっていたので、まるでルールを外れて、都内では相当冷遇された様に思う。
都民は一般に江戸時代と変わらず上記の位階制の中で生きており、外を知らない。
或る意味では小莫迦にしてる様なものかもしれないが、都民一般は上記の位階制をまるでウィンドウズのイルカみたく伝統的に計画された状態で、それに自己拘束されて計画外に動けないばかりか、寧ろ自分から位階制を再現したがるのである。「イルカのいらないOSなんてあるの?」レベルの全生態だ。東京圏攻略、この場合、その中での出世の為に位階制を菊紋でとびこえてきたのがモギケンである。そしてその事を重々承知で信者らは、彼の言説が徳性や感性その他の面で狂っていても、位階制による理由づけを選ぶ。単に信者だけの話ではなく、都民一般が学歴位階制を慣習的に信じてもいるのでより危険だ。はたまた、もし話にいれるなら他の先進国らも多少似た部分があるだろう。尤も教育組織の関係者以外にとってさほど重要な事と思われていないかもしれないが。
既存経済学では符号理論が教育業をまるごと正当化してしまったので、ムダの制度化が行われ、位階制まではいかない俗物社交に役立っている。俗物社会と学歴位階制は或る程度まで相性がいい。脳の基本性能を持て余していたモギケンと、俗物根性を知的文明と常々勘違いしがちなイギリス勢なんか随分馬が合うに違いない。「イギリスは俗物が多いからね」と或るパリ女が言った。実際、人は学んだ先に似てくる。留学先には十分気をつけねばならない。
加齢した人々が迷惑行為を繰り返し、下世代が解決不能な人災にうんざりして国を捨てる。恐らく今後よく起きるのはこの現象だ。既に起きている事だが、エラー修正法は見つかっていない。成田悠輔は姥捨て論を唱えだしたが単に大虐殺犯になるだけなので、イェール大のザル人事が信用を失っただけだろう。
日本に居残る事を決めた人々にとっては、これからも「加齢エラー問題」を専ら解決しなければならない。例えば老害と書いただけで年齢差別と一般化しだし、言葉狩り冤罪バンをしかけてくる真理大臣の菊紋モギケン、通称魔王モギー一派などと戦い抜かねば、優れた未来はおぼつかない。中ボスですら大変だ。ラスボスは? いうまでもなく人種差別教団・神道の裏ボスで、国政の権能を絶対権威でふみにじるわが国一の無法者であるところの、上皇アキヒトである。アキヒトの前には表ボスのナルヒトも控えているが、勇者が最終戦へ辿り着くまでどれほどかかる? 中ボスにすら手こずる以上、遥か先かもしれない。
A review of 'Japan was the future, but it's stuck in the past' by Rupert Wingfield-Hayes
I must tell you, Rupert.
I had to become an artist for my self-liberation, at any cost - it is my whole life. Because for me the world of these corrupt people is too bad, the worst to live in.
There is an art to liberate us from this bad world.
Of course, you are one of those who make the world too bad for sense.
You don't have empathy for other human cultures because you don't have good taste potential or you can't feel the good sense well. You should never write about the culture of the fine arts again in your career.
Let you get out of the whole world for works of art. You must always radically respect all artists. If you can't understand the meaning of other people's art, let them live the artistic life happily in their own civilisation. Or if not only you should go back to before humanities.
Ken Mogi is your friend, but a bad friend. Because he too cannot feel the importance of great music in Japan. It is as if he cannot know why we live. Goodbye, British ethnocentrism.
In Japan, people generally believe in "Shinto imperial family cinocentrism" (meaning metropolitan centrism), so they hate living in the countryside. Please check the population concentration by country.
It is well known that Tokyo is the most populous city in the world, at least since the Edo period (I learned so).
Even the 'Kojiki' (Records of Ancient Matters) - not only Japan's first writing, but also the Shinto scriptures of 712 - taught that the rural people were inferior to the imperial family of cosmopolitans who had invaded Japan from abroad.
But of course this is just a political scheme, and today we cannot agree with the violation of the rights of indigenous peoples.
In Britain, at least since the time of the Norman Conquest, the composition of unfair discrimination has usually been the opposite, more or less.
For example, I recently reread a collection of Wordsworth's poems which gave me a kind of insight into why Britain loves the country.
Today, the mass media in Tokyo have capital and they use it to seduce people into commerce - as if you can have a more sophisticated life if you come to the metropolis.
Nor is it the same as England. For example, I have read 'The Vision of Britain' by His Majesty the King of England, or I have seen HM's great expression in painting. In thought of HM, HM loves the traditional life of the countryside more than the commercial life of a metropolis like modern Tokyo.
By the way about 'Light of the Beginning'. That was made for IbakiraTV, a local web broadcasting studio in Ibaraki Prefecture.
If you can watch this video on YouTube, you can easily imagine what life is like in the Japanese countryside.
The artists composed and played on very traditional instruments, unique Japanese classical "koto", "syakuhachi" - but Yuko Suzuhana studied European classical music at college, like composer Toru Takemitsu (well known from 'November Steps'). She mixed another cultural essences in her masterpiece.
First of all, she used the grammar of pop music, because that was everyone's theme song. But she used original poetry to make it special unique.
If you can read Japanese, you will notice that her lyrics explain what life is like in Mito City - where's one of Japan's traditional hometowns. She was born and lived there, so the song's lovely beauty and admirable sense of reality were composed with a wonderful poetic spirit.
♪
Sakura River where we walked together.
In the murmuring stream, hand in hand.
The wind enveloped all the tears you showed only once.
I yelled my dream to drown out the sound of the passing train.
Do you remember the rest of the dream?
The scenery is togethering us to tomorrow.
I can imagine what life is like for their teenagers around Mito City as if I was living on their side again. This is the work of a genius of the imagination.
Of course she used landscape expression to abstract from her experience, but we can also understand the harmony of life in the countryside with nature and the city - flowers, trees, stream and people - through her singing.
Just like a foreign, unfamiliar language, but you may not understand the poetic feeling itself. It depends on the sensory potential of the feeling.
It's like if someone has a different sense of humour, you can't touch their comfort level very well.
Next, she used the term "Kira-kira", which is an onomatope of Japanese. If you can use a Japanese dictionary, you must see this. The word has a sense of a certain kind of beauty. For example, キラキラした宝石 means 'sparkling jewels' in English, but it is not the same thing: the word kirakira has a delicate quoria of the word, not the simple meaning of sparkling.
She rhymes kirakira several times in the poem because she uses the delicate quoria to express some kinds of presious and amirable scenes.
If I was to use an analogy, it would be as if the light wafting from the sky, diffusely reflected in a rainbow after the rain has cleared and hitting the Seven-Colour Tower (a metaphor for the Mito Art Tower), gradually brightened as it poured into the city - and reached the surface of the lake, brighter and brighter, the animals resting by the lake, the fish under the lake, and the birds resting in the eaves of the city buildings, as if people's lives came back to beautiful life as it should be with a smile. At the same time, as if the glittering jewels of the Goddess' love were united in it, it strengthens our heartfelt life like the relief of the Gospel; because it was composed while people were being crushed in a place that belongs to the first category of cities severely damaged by the Great East Japan Earthquake.
It was this feeling that the word Kirakira simply abstracted. It is truly a miracle of words, probably unique in the Japanese language.
If you could read these things, you would realise that there is another culture in the world. Maybe you have never known almost all in your all life. And Mr. Rupert said on the BBC that J-pop in general was "awful".
And I've to say again, Mister Rupert said on the British Broadcasting Corporation that J-pop in general was "awful". I checked three times to make sure it wasn't "kirakira" really. If it's kirakira, it's political - at least educated speech for a multicultural society. Definitely.
This "awful", of course, has a double meaning. We can read it as an admiration for understandable childishness of localism. You have a bias towards your cultural meme, which assumes that cynicism is a "sign of culturally refined intelligence".
In Japan, around Kyoto, the cult is similar. Because the old town had fought with the court for more upper-class status, not only they but also the lower classes, who more or less imitated them, couldn't use the word straight. Let snobbery be your guide: the painted and lavishly decorated lift at Kyoto City Hall is a financial disaster, and not just in Geisya.
In the U.S. it might be the opposite. People like to use simple & straightforward logic - the old colony didn't have to fight the class system with its democracy. Yet Obama invited the VIP of Russian not the French cuisine to his favourite hamburger shop.
I like their frankness more than the commercial of the opium trade.
But not all cultures are the same. Japan is complex. There are many cultures in it, and of course you cannot understand all aspects in one day.
I respect your country very much, we learn that in English.
So I hope to understand why we love our Japan - it's imperfect, but we humans do it to learn what love is for all beings, every day for the most beautiful civilisation in the world, like a samurai.
You know well 'Bushido' by Inazo Nitobe, because it's a book written in English, he wrote to teach what is the aristocratic moral of another kind, what is the respectable life of the Far East, for the European cult confused under the faith of Jesus or capitalism.
Or, but it would be just awful if this term "cult" were also just a meme of Richard Dawkins's Eurocentrism in this context. And a miserable story for what the should be United Nations today!
This is a critical review of the violation of the human right to freedom of art expression, the dignity of the individual and the original culture of any humanity in a BBC article 'Japan was the future, but it's stuck in the past' by Rupert Wingfield-Hayes.
In the first sentence of the review I used dishonourable language, I am one of the poets, so I wanted it to sound like I was very angry when Picasso created his 'Guernica' about the violation of our people's human rights, on the rhetoric.
But if you felt rude, I would like to apologise to you, Mr. Rupert and Dr. Mogi, for using an emotive word.