普遍的善は文明にある。それは野蛮を改良しようとする永久の意志。それでも人類に永遠の生存価値がある、と信じる者の為に我々は種的枝葉の一形態としての自己正当化を図るべく永久繁栄の理想を観る。
2006年7月4日
理性的生活
哺乳類としての人類という命題が、殆ど彼等の希望と絶望の全てを包含していることが君には、哀れに思わずにはおけないだろう。それは繁栄的生存の促進を幸福と見なし、これを侵すものを悲劇と為す。どんな理想ですら、その為の方便という事実しか持ちえないだろう。それでも生活は続くのであり、文明化を志向する以外のどんな未来も君にはない。地球文明の推進以外に繁栄を仕組む道はない。だが、どんな生活でさえも縁起律から逃れえないだろう。ならば、繁栄する文明に加担する理由は唯、人類の理性的な本性に基づいた暮らしでしかない。なぜそれを暮らさないのか。なぜそれが自然でないのか。
理想
人間を襲う様々な問題のなかでも、更に分け隔てなく人を捉える事とは正に、生活の地球性ではある。いいかえれば、君は地球人類としての命題に常に追われているし、これからもそうだろう。だから、地球人類としてより正しく生活しうるように努力せよ。それは理知の追究にある。
2006年7月3日
幸福論
普遍的な善さを求めて考えることは、自体が最高幸福へと人を高める一つの道。それは、人類を構成する生活の一部としての文明だ。しかし、善が実存から遊離して有り得ない以上、我々の実践理性的な思考は常に一定の方向性へと君を指揮しなくてはならない。それは哲学が地球的活動である事になりはしないか。近代文明はいずれにせよglobalだ。それは地上を充たす迄に進まない訳にはいかないし、実際に進んだ。人類の思索が脱構築的生物相対観を基礎にした暁には、善の区域は神化する。哲学は普遍の善を追究することで神格的理性を獲得していく途上にある。それは宇宙が産み落とした種に宿った宇宙性ではないのか。我々は我々自身を普遍化する先で、宇宙の目的へとより合理的に親和する。それは幸福なるものの実現ではないのか。
人間について
絶えず増殖していく生命体群のなかで君が、少なくとも現時的地球生態系内で知能に特化した動物であることを想う限り人類の基本的目標は、彼等を取り巻く環境の優化にある。乃ち種内多彩の推進、文明を超えて、我々は地球型生命体の適応力向上のため種外の生物に対する人為的改良の連綿により、更なる多岐と共栄を計らねばならなくなるだろう。人間を万物の霊長と呼び、地上の指南者の地位へ自ずから立たせるものは知能。
だから、君はよく勉強するようにしよう。終生はより良く、より高尚の課題研究をす可く設らえられたものだと考えるがいい。そうすれば地球の何処に暮らそうがidentityを保ちえよう。
だから、君はよく勉強するようにしよう。終生はより良く、より高尚の課題研究をす可く設らえられたものだと考えるがいい。そうすれば地球の何処に暮らそうがidentityを保ちえよう。
文化人の定義
悲劇の領分を侵し、幸福の区域を拓く事。これだけが人生に宛てられた命題ではある。しかしなんとこれを解く為の道筋の多い事か。それが故にまた、効率の違いも莫大ではある。こうして殆どの成人達の自由は失われる。何故なら思索を永続するには相応の辛抱が要り、それより安易な紛い物に手を出すのが楽だから。
凡人として生死する彼ら。君自身の生涯が何処に有るにせよ、文明化という命令は常に君の前に提示されて行くだろう。どんな個体でさえも文明建設の作業者たらざるをえない。だからそこにあるのは貢献の重みのみであるだろう。
凡人として生死する彼ら。君自身の生涯が何処に有るにせよ、文明化という命令は常に君の前に提示されて行くだろう。どんな個体でさえも文明建設の作業者たらざるをえない。だからそこにあるのは貢献の重みのみであるだろう。
競戯
地球の諸地域に存在する個体群同士に如何ばかりの差異が存すると言えるかを想うべきだ。而して対比的に実存群に基本的等価性を見出すだろう。ならば、君が有する国籍であれ人種であれ、その基本的意義は云わば競戯のため用意されたteamに過ぎないと知れる。
そうすれば君の多少なりとも普遍的な立場は先ず、人類としての一員の次元にまで還しうる。君自身がどう考えていようと、自分の生活の側面はすべて、地球人類という生命体にとっての行動を代表せざるを得ない。君が如何に生きて死ぬ可きなのか、又それによって何をか再造物す可きなのか。
そうすれば君の多少なりとも普遍的な立場は先ず、人類としての一員の次元にまで還しうる。君自身がどう考えていようと、自分の生活の側面はすべて、地球人類という生命体にとっての行動を代表せざるを得ない。君が如何に生きて死ぬ可きなのか、又それによって何をか再造物す可きなのか。
2006年7月2日
詩学
人間が生き残ったことは楽観視すれば正解だった。文明の進歩はそのまま、生活における幸福の度合いを増し続け、産まれて来た事をより大きな喜びで満たすだろう。だが一方で悲観すればそれらは社会的抑圧の領域を増し、外的な類内競争の乱暴を穏やかな個人間へと内部化していっただけで実際には諸法無我の結諭たる絶対的孤絶の悲しみは、知能の発達と伴に益々深まっていくばかりだろう。
悲惨な戦争はなくなっていく。だがそれに併せて、人々の間に交わされる抑圧も深まっていかざるを得ない。人の使命はあらゆる社会的機構の力で暴発を防ぎ、浄化の矛先をめでたい調和のそれへと転化していく試みだ。そうして地球世相の表面から悲喜劇を逓減することを目指さなければならない。
悲惨な戦争はなくなっていく。だがそれに併せて、人々の間に交わされる抑圧も深まっていかざるを得ない。人の使命はあらゆる社会的機構の力で暴発を防ぎ、浄化の矛先をめでたい調和のそれへと転化していく試みだ。そうして地球世相の表面から悲喜劇を逓減することを目指さなければならない。
善の方法
仮に君自身が如何に望もうが、生態系の不可避的な抑圧、競争による生産合理化から逃れる筋はないだろう。ならば生命の理想郷は、生物学的な生存の秩序のなかには見いだし得ないだろう。少数派支配は常に全体の寡占之競争を効率化してきたし、これからもそうだ。
あらゆる現実において競合のない地点に生活することは不可能だと悟るがいい。そして理想の内部でしか安心した充足を知れない事を。
尤も、理想でさえも君の生活を仮設的に救済することしかできない。悟り或いは超越という仕方で。しかしそれ以外に、種内の均衡的な非生存競争化、乃ち共栄たる善を実行する方法はない。
あらゆる現実において競合のない地点に生活することは不可能だと悟るがいい。そして理想の内部でしか安心した充足を知れない事を。
尤も、理想でさえも君の生活を仮設的に救済することしかできない。悟り或いは超越という仕方で。しかしそれ以外に、種内の均衡的な非生存競争化、乃ち共栄たる善を実行する方法はない。
2006年6月29日
自己家畜化の分析
人々は競争の過剰の鎮圧化と伴に媚態の消失としての人物の中性化を観ることだろう。最も安定した社相においてはdramaがなくなり、代わりにvirtualityが過剰になる。それを健全な環境だと見做すだけの理由が彼らにはある。協栄とか名づける理念が「らしさ」を遺物と化してしまうから。
神への飛躍の必然性と超人類
人類は本能的な理性に基づいて彼ら自身を自ら絶滅させることは殆どありえない。彼らは己を保護し養い営み続ける為に最良をつくす。だが彼らの知性はその中から別の生態的地位を持つ超人類を産み出さずにはおかないだろう。機械的操作を施された改良遺伝子人類の他には、宇宙船や他星での超長期的生活と繁殖、即ち製造に充分耐えうるだけの適応力を持つ地球型生命はほぼいないから。
もし地球人類に永遠に対する希望がありうるなら、超人類の製造を自動化するしか方便はない。
人類は文明のうえで生き残りたがるだろう。だがそれを幸福とは呼べない。創造的でない人生は奴隷に等しい。人は神の為の機械となる訳だろう。自由とはその為の暗号だったものか。
もし地球人類に永遠に対する希望がありうるなら、超人類の製造を自動化するしか方便はない。
人類は文明のうえで生き残りたがるだろう。だがそれを幸福とは呼べない。創造的でない人生は奴隷に等しい。人は神の為の機械となる訳だろう。自由とはその為の暗号だったものか。
存在論
種が多彩に向かう理由はentropy増大則にのみ基づく。よって知能の啓発差が現れるのは自然、それが生物生活間に格差を育む。結果として文明、種内の個性について多岐化促進の合理的運営が為に、知能格差が最善用されるのは必然。
もし人工知能による機械生命や遺伝子操作による新生物を含む種内多岐化が、突然変異を誘発する為の道筋だと認めるなら、自由主義は自体が知能格差の極端部を拡大させると同時に、平均の中庸を取る為の方式なのであり、それに応じて人類史を終焉させる為に確立された社会生物的体制。いわば人類史は、それ自体を新たな生命達の誕生の為に捧げられるべく企画された知的進化の経過だ。永久繁栄は夢想にすぎない。より重大なのはより適応力に優れた生物を生み出すための科学的発達。人類は彼ら自身を可能な範囲で保身するだろうが、それでさえも殆どは地球という太陽の衛星にして惑星に対する、一時部分的支配権しかもちえない筈。
人類は目的ではない。生存を通じて宇宙的形態の多様を遂行する事が万有存在の使命。
もし人工知能による機械生命や遺伝子操作による新生物を含む種内多岐化が、突然変異を誘発する為の道筋だと認めるなら、自由主義は自体が知能格差の極端部を拡大させると同時に、平均の中庸を取る為の方式なのであり、それに応じて人類史を終焉させる為に確立された社会生物的体制。いわば人類史は、それ自体を新たな生命達の誕生の為に捧げられるべく企画された知的進化の経過だ。永久繁栄は夢想にすぎない。より重大なのはより適応力に優れた生物を生み出すための科学的発達。人類は彼ら自身を可能な範囲で保身するだろうが、それでさえも殆どは地球という太陽の衛星にして惑星に対する、一時部分的支配権しかもちえない筈。
人類は目的ではない。生存を通じて宇宙的形態の多様を遂行する事が万有存在の使命。
最高の幸福
神の他にどんな愛するべき対象もない。
それは超宇宙的な実在である。
だが君は依然として絶望せざるを得まい。
二足歩行の類人猿の思考が作り上げる諸観念はそれでさえ、どんな風に進化しようとある猿からでてきた脳内での化学反応にすぎないから。
人は人間という愚昧たる病を治し続けなければならず、
その為には絶え間ない理想生活を通じて知能の発展を目的に推進するしかない。
だが君が進化すればする程、大天才とか精神異常とか神経症とかの俗物からの不正な判断を仰ぎ、
且つ君自身は益々根本的な孤独感に苛まれざるを得ない。
それでも人は神たらんと欲し、その実在の為だけに生きるしかできない。
以外にどんな最高幸福の定義もないのだから。
それは超宇宙的な実在である。
だが君は依然として絶望せざるを得まい。
二足歩行の類人猿の思考が作り上げる諸観念はそれでさえ、どんな風に進化しようとある猿からでてきた脳内での化学反応にすぎないから。
人は人間という愚昧たる病を治し続けなければならず、
その為には絶え間ない理想生活を通じて知能の発展を目的に推進するしかない。
だが君が進化すればする程、大天才とか精神異常とか神経症とかの俗物からの不正な判断を仰ぎ、
且つ君自身は益々根本的な孤独感に苛まれざるを得ない。
それでも人は神たらんと欲し、その実在の為だけに生きるしかできない。
以外にどんな最高幸福の定義もないのだから。