2006年10月31日

性差文化論

淑やかさが既に、欧米文化の摂取で散逸されて久しい。一般論として男子諸兄自身の卑しき理想が堕落させた為、性差は作られている。そういう理想的な選択性が事実、性差を社会的に定義して行く。
 だから今日の神らしさが性的でないのは自然である。

芸術論

自分の拙なる過去の作品を破棄する方便、寡作であるほど希少なのだから、功利より未来の歴史的価値を重んじるならば君の制作物自体を積極的に捨象せねばならぬ。時代が君に追いつかないうちが機会なのだ。自身技巧の成長に伴い、過去に手を染めた己の下らぬ作品を可能なだけ破壊すべし。それらを滅多なことでは散逸させるな。既に行われた場合には諦めて然りといえど、強い意向がなければ安易に譲ることもあってはならぬ。業績中、最も優れた栄光と信じる一点についてのみ養護せよ。

智恵

哲学は道徳律の創造。我々は絶えず哲学することなしに、善悪を分別するいかなる規則も見い出せない。

2006年10月30日

写生

美しい時は過ぎて、旅先の店は静かに閉まる。奥に舞う女は夜を経て移る。月が僅かに照らす風景には様々な生活が反射する。自然は人間に格差を設けて、種類の遊びを調節する。
 鳥は、やがて明ける地平線のうえの雲を追い駆ける。事物は順序に応じて変転する。
 数知れず愛情を育み、溢れ落ちる魂の群れ。
 建設を続けていく地上の風景にはどんな確定もない。神様は誰のために世界を創りあげたのか。
 四季をうつろわせて大衆はかなしむ。空は七色を微妙に混ぜ合わせて笑う。何の為に。
 繁殖を繰り返す生き物たち。海辺では打ち寄せる波が絶え間ない音楽を奏でる。蟹や人手が生態系を営んでいる。
 雲は太陽からの放射に溶けて、緩やかに曲がる水平線を曖昧に均す。昼月がぼんやり、薄氷の残り香みたいに天気を象徴している。
 言葉は世界を再現する。理念界と現象界とを文によって通訳する。
 時代を経て遺された感慨は文化の記録となる。われわれはそれを民族風紀のなかに積み重ねる。雨音は久しく、秋の夜長は優しい。
 雷が静寂を破って暫くすると、寝室には沈黙が戻った。罪のない子供はいないのに、否応なく、再び虚を衝いて彼らは誕生するのだ。
 章は気がつくと顔を洗って外に出た。東雲は歪んだ円錐の貌を取って棚引いた。
 山奥から繋がる習性として彼は社会に参画した。秘密は次第に慣れて、運命は老廃を選ぶ。世代を代謝して文明は進む。
 雄飛する烏の一羽についた目玉は光線を機構に接して視た。
 世は退屈を諦めて、溜め息をついた。さらさらと笹が流れて夏空を浸した。

2006年10月29日

分業

「学術家は悲惨である。彼らは清貧に甘んじてすら屡々志を貫く。われわれ経済家の理解にも及ばない狂気の沙汰だ」と考える金満には、現世内の問答にしか考えが到らない哀れさがあるのだ。
 文化人は己の一生を介然虚無に奉献してでも、永世名誉の殿堂によって血統を守るのである。政治家はこのことを作品についてでなく身代により為す。だから業務に全霊を懸けねばならなかった幾多の商人は、彼らがどの程度の福利を成し遂げ得たかだけを慰めに死ぬのだ。それは彼らの威信を少しも揺るがすものではないが。

経済の理屈

ある文明民度を推し測るに、格差が、経済というしくみによってのみ共存しうるのは確かだ。それは世界貨幣という共有手段を用いて等価交換を定義づける。そして主客の非対称性を、彼らの利己心に可能なだけ公平に取り除く。地球主義も同じく、文化的相互浸透の仕方、つまり経済に違いない。それは結論、知力にこたえて財を分配する役割を意味する。
 調整の策が欠けている事をのぞいて、世界経済は福祉の利便だと活眼できる。

死と理想

死を想えば、理想への献身は必然。

夜明け

雨が降る。時は霧のように空中を舞って、夜を満たす。
 瞳は闇の奥に眠る誰かを観る。静かな波の音が部屋を浸して、彼の寝息を融かし出す。水は光と混ざって空間の密になる。
 魚の尾びれが鼻を微かに撫でて、彼はくしゃみをする。それで夢は醒めた。
 瞳は朝日を眺める。記憶は再生し、懐かしい風をかぐわせる。多くの自動車が走り出して道路を往く。曇り空はやんわりと世界を青味がかかった灰色に染める。
 草木は小雨に湿り、お辞儀を繰り返す。

2006年10月28日

理性という自然

例えば君が思想する事は、理性を創りあげる現象なのは疑えない。宇宙はなぜこのような性質を作り出したか。君達の文明は何の為の物象なのかを問え。理想する個人が知明の散種を以て種内秩序を安寧化する福祉のみが目的? 彼らは同列の人類群から如何にして脱出しうるか。彼らは無形的思索を通じて結局は何を得るのか。所詮は理性に過ぎない。それは神格化の路梯。
 彼らが脱出するのは獣的地獄からであり、神的天国へ向けて進む。我々が思考と呼ぶ作用はこの方途に過ぎない。而してあれ、我々以外に世界を理由づける主体は実在しないからには、理性は人類の自然だ。

爪痕

うち出れば爪痕創る秋の空

才

自分より知能の低い人物に教えを受けるくらいの人生の浪費はない。道徳度は知能に由来しているとすれば屡々(しばしば)、傑物が無学歴なのはこの理由による。
 だが、体制を利口に利用して共生する者も少なからず居る。彼らを卑しむに足る証拠に、その地位は死後剥奪されるらしかった。学習し得ないものは才能だったから。

2006年10月27日

徳度

徳(arete)の理性的自律は潮流であり変わらない基礎ではない。どんな文明における徳度も、種内秩序の個性間競戯を示す已故。理性は本能にとって枝葉の類であり、超越的実在ではない。もし地球環境に強烈な生存力を持つ異種が入り込めば、彼らの理性もまた組み換えられる。哲学は人間原理を批判する処迄進む。

烏

闇夜を旅する一羽の烏が観る風景は黒い。宇宙空間の延長にある無際限の膨張が彼を、隅無く包む。飛び去っていく魂。行き先も知らず、やがて死が自らを殺すことだけを望んでいる。
 大気圏を抜けて、銀河団を臨み、物象と真空の間に引かれた動線を超える。海がある。一方にはとわの波頭を湛えた夜があり、他方には語られない沈黙がある。
 だが、彼ら生き物がいかに願ったところで、夢と現の裂目を塗り潰せはしない。戯れよ、と烏は云う。
「戯れよ」
そして見えなくなった。

2006年10月26日

人類

盛んに競い合う地上の欲望が文明という景観をもたらす。宇宙の型として、踊る魂。彼らは生活を組み揚げる機械であり、永遠を想起する理念である。

言葉

差延とは「言葉は意味が取れない」ことの発見だった。それはデカルト的自我認識を批判して。思考という現象形態の不可知性を論証する。われ思うことをわれわれは確かめられない。にも関わらず理想の定義はphilosophyにある。智恵にのみ思索の秘薬は眠る。善さの実践は文明的迷宮の探険にしかない。哲学とは道徳をつくる事。

2006年10月25日

建築論

可能な限り地上を開放することが現代都市のよいのり。内観にも同様。

土地

この土地にしとしと降りきて秋雨よ

竹林

「忙間に在りて自分を見失うは毎度のことだ」
と、長老は仰った。そうかも知れない。
「想い出すが良い。お前の字はわしがつけた。
行き詰まったらいつも、この言葉を記憶の納屋から引っ張り出して来い」
 記憶の中から流れ出したのはこういう逸話だった。そして君は約束の場所で独りきり、途方に暮れている。
 この駅は広い。どこに居ても居なくても等しい様に思えるくらい、土地感がない。同じ単位の反復で造られた無方向な建築構成のせいで、まるでバグったRPGの迷宮の中に閉じ込められたみたいな気分。人影もまばらだ。唯、忙しく動き廻るロボットたちが無表情で仕事先へ歩いている。それでも何とか君は、待ち人に落ち合うはずの所を見つけ出す。君の字は清と云う。村の長老が授けてくれた同一性である。
 迷ったときに、彼の言葉だけを頼りにひいこら辿り着いたのが此処、青い星の街だった。そこは月と呼ばれる衛星の潮汐力で絶え間なく水流を循環させ、この勢いに応じて酸素を送り出す緑葉素の発生から、無数の水棲生物を繁殖させた希有の土壌であった。中央の恒星は太陽と名づけられ、軌道の関係から暫し視界から隠れる。その間を地球の規則では夜と言うらしい。そして最近栄えた陸上を歩く二足の奇怪な生き物は、彼らの巣を暗闇のうちにぴかぴか光らせるのだ。
 なんとも大変に満ちた光景ではないか。私は訳も解らずに笑ってしまったものである。どうしてわざわざ、太陽が嫌々らしい熱度から遠ざかってくれたおのが住処をやたらめったら年中明るくしなければならぬ?
 だが未だ知れず果たして、長老は私にどんな使命を与えたのだろうか。ステーションを継いでニウヨオクという針山みたいな土地に来た。
 ここでは人々が高々と茂った人工竹林の内で彼方此方へたわけるのである。私も例に倣って一本の木に登る。頂上からふいと見下ろすと一望駄尽のもとに世界が悠々と観覧できる。

建築論

建築的眺望が人類文明の神大な審美的達成だとしてあれ、隠遁風奥が別の環境学的桃源であることは不可思議ではない。人間類は概ね体内から育まれ龍頭鷁首に登るのであり、建築空間も両方の極限を再現して戯れる舞台已。
 悟りと安心を生活に於て縦横探検する劇的体験回遊居愁に空間の豊富な質之由来は有るのだ、と認証せよ。

2006年10月24日

読書

印税の喜捨に介在しているのは読書による知的啓発といえる。