2005年10月12日

文芸論

生きる物を幸福にする、美しい文章。

2005年10月10日

生命体

人を含めて、生命体はなぜ生きているのか。何故に対する解答は一般的に「~だから」という形式になる。生命体は宇宙の動的形態。それは有機性を持ち、盛衰のパターンを伴いつつ生存という基本目的を追求する。と、そういった「どの様なものか」という問いに対する回答は可能なのだが、「なぜか」という問い、つまり哲学的な懐疑に対し科学は役立たない。事実の分析が対象科学の仕事であって、批判ではないからだ。
 そして生存する為という根本因を無碍にした先では最初の質問自体不適当なものに思える。生きる為に生きるから。それ以外に適当な一般解があるか。けれども、私の疑問符を納得させるだけの解答として、それでは不完全。生きる為に生きるものとして、人間だけが独自に持つ生存の普遍的論理を明らかにせねばならない。考える理由はそこにあるから。

理由

充実を探しているけれど、どうにもならないな。人間でしかあり得ない僕らが毎日葛藤するわけを求めるが、辿り着かない。努力しても努力しても限界が目の前に立ちふさがる。そして明日も、もがいてく。繰り返し、繰り返し。それでも何を欲しがるのか。何に向かうのか。どこへ死にに行くのか。
 動物としての生活が悲劇に思えるよ。けど、神様だって虚しいのか。じゃあ君の理由とは何なんだ。教えてくれ。命の理由とは何なんだ。
 海から爽やかな風が吹いてきて、あらゆる疑問を水に流してしまうだろう。解けるものと未だに解かれないものとが穏やかな波間に見え隠れする。僕は小さな子供みたいに、そんな綺麗な光景を眺めていた。空には無数の星が光り輝いていた。幾つかの時が流れて星を形作った。地球は回る。どんな困難も乗り越えて行こうとしながら。未来を描く為に生きている。

2005年10月8日

海原

静かな風が吹いている。君はそれを聴く。丘の上に立ち、地表を見下ろす。何世代かの交代があり、何度かの戦争があった。その度に築いては壊された都市が、今は輝く光の中で滔々と恍惚を語る。そして恐らくは、いつかまた瓦礫の山に帰り、自然の営為へ宇宙の塵に還るのだ。君は切なさにも似た情感を以て、繰り返される世界の戯れへ共鳴して行く。
 空には雲が浮いている。足元には草花が茂っている。鳥のさえずりと虫の鳴き声が聞こえる。そして、生きている。物語が始まりそうに感じる。だが、時間は当たり前の速度を維持し、星々の運行と合わせゆっくり陽光を傾けていく。そこにはどんな出来事も起こりそうにない。生ぬるい初秋の風に寄り添って、ささやく草花。歌声は地球の律動に乗り、街の天空を通り抜け、風の曲になった。
 僕は浜辺に居てそれを聴く。終わりなき音楽が甘美な死について能弁に語る。きっと僕らは死ぬが故に生きる。しかし、生きる為に生きなくてはならない。海の奏でる旋律は目的も理由も掻き消してしまう。残るのは波の、複雑でしかも単純な形跡だけ。さらに反復される次の、次の波。まるで命の鼓動の様に規則正しく、寄せては返す。僕は悲しみと安心とを持ち、そんな海原を飽きる事なく眺めていた。

2005年10月7日

私事

幸福になるのを恐れる事はなかった。もしそれが公共のものなら。

天体流動説(天流説)

天道説、地動説という分類は相対的かつ便宜的に数値の上下を測ってから仮定されるべき前提だろう。なぜなら太陽系そのものは銀河系の中を恐らくは公転と自転によって流動している。また銀河系も天の川銀河の中を、天の川銀河もこの宇宙の中を流動しているのだから。

物理学

私達の暮らす宇宙の外側が無(物理学的には、エネルギー0、時空間の概念の消滅した場所)だとすれば、便宜的に社会学をも含む自然科学という営みは、その内側、有における法則性を発見構築する作業だと考えられる。
 数学はここから自立している。それは抽象性において時に非対象的思考であり得るから。

呼吸

反復される律動に対応して世界を形成する主体が、穏やかに微笑んで君の遺伝子に潜んでいる。
 地球が回転に関する魔法をかけて、地表に生息する数無き数の命に、改めた息吹きを注ぐ。産まれ、変わる。散々展開して刷新される。つぼみが開き、閉じる。
 君は街中を何食わぬ顔で歩いて行くだろう。自重を利用して、滑らかに、小気味よく。雲が移動して雰囲気を代える。生存の為に生存する。言葉にすると簡単だけど、最低限の原則が示された文章。ちょっとした諧調のずれが尽きない多様性を語りかけてくる。

小さな生き物

君は小さな世界に産み落とされた小さな種だ。そこからどんな花が咲くのかは知れない。しかし、その種は静かに時を待っている。静かに、静かに。
 何度か雨が降り、雪が降り、太陽光が降り注ぎ、みぞれが降った。春が過ぎ、夏を迎え、秋を送り、冬が来た。台風と地震があり、津波と火山の噴火があった。地盤が隆起し陥没した。海面の上昇と下降が訪れた。幾世代かの動物達の盛衰があった。強い故に驕れる者は滅び、弱くても変化に対応し自分自身を改めて行った者は生き残った。そして種は芽を出した。
 朝日が地表面を等しく照らし出すとき、二つの葉っぱが風に揺れて動く。まるで奇跡かと見紛うばかりのすみやかさで、重心の揺れに合わせた正確な速度で。海からの潮風が新しい草に生気を与える。山から下ってきた栄養豊かな水が成長を促進する。雨にも風にも負けず嫌いな草は、次第に力をつけ、立派な背丈にすくすくと伸びる。人間の子供のいたずらも意に介さず、運動不足を太陽の向きに対したストレッチで解消する。
 そしてある日、花は咲いた。あのちっぽけな種は今や、植物として一人前に成熟したのだ。
 しかしすぐに君は切られてしまう。人間の大人が、美術にする生け贄の為に取り去ってしまう。首から上が無くなった世界で最も悲劇的なヒロインになる。
 やがて命の目標を失った草は萎れ、足元に生息していた微生物に分解され、土に還る。誰も褒めない。誰も責めない。誰も気がつかない。地球が鼓動を刻むのに併せて、種は花を咲かせては枯れるのだ。私達の人生はそんな営みに喩えられるかもしれない。

2005年10月6日

社会学

政治と経済に関する主義の分類が必要である。しばしば両者を混同させる事が曖昧さや混沌をもたらす。
 政治と経済は理念上では分離され、別々の文明活動と認識されねばなるまい。

動物性

知徳の愛究を怠る者は自分が下等動物であると証明するに過ぎない。

訳語

Competition(競合、競戯)

大学者

教育の究極の目的は、各人に自己教育の契機を与える事にある。従って、この姿勢が真に身に付いた者こそ、大学者と呼ぶにふさわしい。

2005年10月4日

独行

学術的な独行主義は最善の合理性を持つ。

学術論

学術は自由である。

目的としての偉大

全ての生き物は産まれて生きて死んでいく。人間が我々自身が思うほどに偉大だとすれば、それ本来の目的を達した場合にいえる。

秋風

秋の風新宿御苑渡り行く

2005年10月2日

一石多鳥

一つの石を多くの鳥に当てることを喩えに、ある行動で沢山の利潤をもたらすこと。

ベンチ

時が残酷さの代弁者となる。届くはずのない想いを重ね、連ねては幾つかの後悔を飲み込む。
 世界が変わった気がした。退屈で仕方なかったはずの毎日が、キャンディをばらまいた部屋みたいにすごく愉快だった。どうしてなのだろう。不思議だけど、答えはいらない。後は何もない。なにもいらない。
 都会の片隅に置かれたベンチに座った。互いの関係はやさしさの為だけに用意されたオードブルになる。そして地球は回った。
 もし運命と呼ばれるべき何かがこの世に存在するとしたら、それは、このベンチだろう。避けられないし避けたくもない。ただ単にある。そして人を、あらゆる時空を飲み込む。吐き出すことなく消化する。

2005年10月1日

六本木の猿

都市は時たま林みたいな表情を浮かべて君たちを見下ろしている。ビル風がスカートやかつらを鮮やかにめくるのを眺めるほどに、人類が造り上げた工芸品としての総合的環境を感得する。そこに適応して行く都会人はまるで新しい種類の猿だ。君たちは、二本足で日本に立つ日本国民なのだ。
 あるカフェ。通りに開かれた席。
 あなたは簡単な飲み物を傾けては、古めかしい命題を思考する数学者みたいな顔をして自分史に浸っている。街のざわめきが楽しいことや悲しいことをみんな取り去ってしまう。ゆえここへよく通う。さて、待ち合わせした予定もないのに、あなたの隣に座る誰かがいる。彼はアイスコーヒーを頼んだ。そしてほっと一息ついた。それから何が起こるのか。その雰囲気は完璧に自然だったので、あなたも不思議には思えない。周りのお客さんは間違いなく知り合いか何かだと信じている筈。しばらくして冷たいコーヒーが運ばれてくる。結露した水気がひたひたとテーブルを湿らしていく。運命なのだろうか。あなたはようやくそう気がつく。どうあがいても避けられない定めがある。それは個々人の非力な意志を遥かに超えたものである。だが、彼はコップ一杯の薄暗い液体を飲み干すと静かに立ち上がってその場を離れる。軽い間がある。それからあなたは過去となった事態を理解する。繋がれていなければならないはずの糸はどこかでもつれてしまったのだ。今や全ての後悔は、単純明快な事実の前ではただの遠吠えに過ぎなかった。
 そこで夕立がある。六本木の歩行者用交通性を構成する通りは一瞬、戦場となる。けどすぐに霧雨の支配下に落ちて平和になる。しばらく間が空く。それから天はからりと晴れ上がる。そこであなたはこれまでにない充実感で満たされていることに気がつく。名前も分からない人と秋雨が、疲れと傷を癒やしてくれたのだ。命は充電を完了し、体中は青空のような爽やかな渇きを湛えている。もう恐れるべき何物もない、そう直観するに充分だ。林は君たちを囲む。そこでは独特の法律に則って人というさるの戯れが続けられている。僕は森ビルの展望室から地上を見渡す。