2005年10月8日

海原

静かな風が吹いている。君はそれを聴く。丘の上に立ち、地表を見下ろす。何世代かの交代があり、何度かの戦争があった。その度に築いては壊された都市が、今は輝く光の中で滔々と恍惚を語る。そして恐らくは、いつかまた瓦礫の山に帰り、自然の営為へ宇宙の塵に還るのだ。君は切なさにも似た情感を以て、繰り返される世界の戯れへ共鳴して行く。
 空には雲が浮いている。足元には草花が茂っている。鳥のさえずりと虫の鳴き声が聞こえる。そして、生きている。物語が始まりそうに感じる。だが、時間は当たり前の速度を維持し、星々の運行と合わせゆっくり陽光を傾けていく。そこにはどんな出来事も起こりそうにない。生ぬるい初秋の風に寄り添って、ささやく草花。歌声は地球の律動に乗り、街の天空を通り抜け、風の曲になった。
 僕は浜辺に居てそれを聴く。終わりなき音楽が甘美な死について能弁に語る。きっと僕らは死ぬが故に生きる。しかし、生きる為に生きなくてはならない。海の奏でる旋律は目的も理由も掻き消してしまう。残るのは波の、複雑でしかも単純な形跡だけ。さらに反復される次の、次の波。まるで命の鼓動の様に規則正しく、寄せては返す。僕は悲しみと安心とを持ち、そんな海原を飽きる事なく眺めていた。