2005年10月7日

小さな生き物

君は小さな世界に産み落とされた小さな種だ。そこからどんな花が咲くのかは知れない。しかし、その種は静かに時を待っている。静かに、静かに。
 何度か雨が降り、雪が降り、太陽光が降り注ぎ、みぞれが降った。春が過ぎ、夏を迎え、秋を送り、冬が来た。台風と地震があり、津波と火山の噴火があった。地盤が隆起し陥没した。海面の上昇と下降が訪れた。幾世代かの動物達の盛衰があった。強い故に驕れる者は滅び、弱くても変化に対応し自分自身を改めて行った者は生き残った。そして種は芽を出した。
 朝日が地表面を等しく照らし出すとき、二つの葉っぱが風に揺れて動く。まるで奇跡かと見紛うばかりのすみやかさで、重心の揺れに合わせた正確な速度で。海からの潮風が新しい草に生気を与える。山から下ってきた栄養豊かな水が成長を促進する。雨にも風にも負けず嫌いな草は、次第に力をつけ、立派な背丈にすくすくと伸びる。人間の子供のいたずらも意に介さず、運動不足を太陽の向きに対したストレッチで解消する。
 そしてある日、花は咲いた。あのちっぽけな種は今や、植物として一人前に成熟したのだ。
 しかしすぐに君は切られてしまう。人間の大人が、美術にする生け贄の為に取り去ってしまう。首から上が無くなった世界で最も悲劇的なヒロインになる。
 やがて命の目標を失った草は萎れ、足元に生息していた微生物に分解され、土に還る。誰も褒めない。誰も責めない。誰も気がつかない。地球が鼓動を刻むのに併せて、種は花を咲かせては枯れるのだ。私達の人生はそんな営みに喩えられるかもしれない。