2016年12月29日

衆愚政

衆愚は国を滅ぼす。匿名衆愚は世界で最も邪悪な集団として全てを改悪する。衆愚に媚びた政権、及び独裁血族天皇家は滅亡する。

日本政治のがん摘出

天皇家は世襲独裁以外の目的がない、単なる悪意と偽善偽装の侵略血族である。邪教神道を用いて衆愚を洗脳、己の先祖を神格化し崇拝させつつ日本国民を奴隷化してきた。この中国江南地方からの野蛮な移民一族が日本のがん細胞である事は疑い様がない。天皇家を除去する事こそ、真の日本の始まりである。

国

いかに努力が報われずとも
いかに衆愚が醜くとも
君は一人輝く
もしその輝きが魔法で
ただの幻想だとしても
いかに弥生人が愚かでも
天皇家が俗悪でも
君の輝きは失われない
いかに東京が下俗でも
いかに西国が野蛮でも
君の国はひたすら正しく
君の心はどこまでも清かった
もしその輝きが偽装で
ただのつくりものだとしても

日本の独裁者

多院制度は独裁者の出現を防止する為の装置であり、民主主義や共和政治すなわち多数政治も世襲王族としての独裁者が生じるのを防止する装置である。これらの国民の命の安全装置を外そうと試みているのが極悪人安倍家・麻生家・皇族とその背後にいる極悪血族天皇家である。また宮内庁内の記者クラブを通じた東京マスコミは、これらの極悪種族の手先として衆愚を騙している巨悪である。

2016年12月28日

汚れ

商いは汚い。商売は苦しみを生み出す。商いをするな。商売せずに生きよ。
 汚い言動によって生きている者の子も汚い。下人の子は下人のままである。下賎な者に関わるな。関西人は汚い。汚い人間は悪行を為し恥じない。関西に関わるな。弥生人は卑しい。天皇は下卑ている。天皇を軽蔑し、汚い集団に関わるな。

脱俗

俗から離れて暮らす事は楽しい。俗人と会わない事は楽しい。俗界から離れて暮らすと不安がない。
 都会に住まうな。居中に居よ。
 俗人の喜びに触れるな。俗人を軽侮していよ。高雅な者を俗人は理解しない。よい趣味を俗人は味あわない。

資本主義と神道政治の悪

資本主義者は悪だ。資本主義は極左に過ぎない。神道政治及び神道原理主義も悪であり、単なる極右である。正しい中道は民社主義、社民主義にある。

アリストテレスの多数政治論について

少数派だから全て正しいわけではないが正しい少数派が常に存在する。そして多数派は程度として常に間違えている。
 アリストテレスが多数政治が間違いづらいといったのは少数派が寡頭政治をして堕落している状態のときの事だろう。つまり多数派の中に居る少数派が正しい意見を持っているかもしれないという意味だ。群れの数が多いことではなく、その中でも最も正しい少数意見をみいだす為に、意見をいえる人が多い方がいいという意味だ。数ではなくて、意見を言える人の数である。意見自体の数ではない。同一意見だから正しいわけではない。同一意見多数だから正しいわけではない。少数者の意見を尊重するのがアリストテレスのいう多数政であり、共和政治、リパブリック、デモクラシーとか民主主義などと呼ばれている形態の原型だ。多数意見が正しいという意味では全くない。

夢と幸福

他人が関係している幸福はうまくいかない。他人が関係する夢は叶わない可能性が高い。自分が叶える夢は叶う。叶わない夢は追求しなければよい。

評価

評価を求めるな。達成を求めよ。

2016年12月26日

商いの限界

仮言命法としての商い。

幸と不幸

商業は不幸を生み出し慈善は幸福を生み出す。人は前者を避け、後者のみに生きねばならない。前者の中で生まれ育った者は不幸に親しみ、生きる程に、又繁殖する程に悪い結果がやってくる。後者は僅かなものでも幸福を生み出し、高い程度に至るほど人間性を改善する。商業県、商業国は不幸の源泉であり、そこで暮らす人々は俗悪で、性質は世代を経てますます悪くなる。だから商人の子は卑しく、慈善の子は尊い。
 人は商いをするな。人は慈善のみに生きよ。商いなしにくらせない国、地域を去り、慈善によって生活できる場所に留まれ。もし地上にその様な所がないとしたら、自らが慈善の模範となれ。慈善の故に餓死する事は、商いの故に俗衆に親しまれるより幸福である。尊さ故に孤立しているなら、既に救われている。低俗さとはその時点で不幸の目安でしかない。不幸の中であきんどに生まれくる事はただの苦痛である。

尊卑の業

卑しい人々は繁殖によってより卑しい次世代に輪廻する。あしき者の子はあしき者同士でつがいより悪くなる。だから遺伝子という業は完全な真実であり、卑しい振る舞いをしていた親の子はもっと卑しい生まれからやり直す。突然変異や奇形。ある種の天才は例外にすぎない。
 人は卑しい人々を全く避けるべきであり、金銭欲や権勢欲、或いは名誉欲といった下賎な執心によってのさばっている、天皇を代表格としたあらゆる下衆を最大限に避けるに越した事はない。
 尊き人は卑しい人々と仲良くなる事はできないし、天皇は終生その俗悪性をまるで高貴と勘違いしているのである。だから俗悪な種族と断然関わるべきではない。天皇は生まれによって卑しいのである。身分制による差別に固執し、日本の民を奴隷化しようと試みた古代中国人の末裔は、今では唯の滑稽な下人に過ぎなくなった。この暴力で彩られた卑しい血筋とふれあうな。心底下賎な天皇の遺伝子に関わるな。
 尊き人は未来永劫、自称天皇の下人集団と同じ国には住み得ないだろう。

ブッダの輪廻について

ブッダはもう輪廻しないと考えたとして、彼の遺伝子は子のラーフラを除けばふえなかったかもしれないが、彼の肉体を構成していた物質は灰や土として輪廻した。
 有機物の輪廻がゴータマのいうdukkhaであり、自らの脳が無機物に戻る事が彼のいう安らぎ、即ち無余涅槃である。もし有機物が嘗ての地球の海で無機物から偶有的にうみだされたとしたら、自己増殖する細胞、有機物としてのentropy、或いはnegentropyがゴータマのいう苦の原型にある。一切皆苦とは細胞の有機的本性としての負エントロピーの欲に対して自然界或いは外界はエントロピーで動く、という情報量または熱の逆方向性による摩擦反応だったといえる。一切は我に反する、といいかえてもよい。そして諸法無我とは、我が巨視的にはエントロピー反応の部分系に過ぎない、と教えていたのだろう。
 無機物に還元された安らぎがゴータマの信じていた理想状態であり、他方で化学進化によってアミノ酸が無機物から自然的に生じたとしたら、彼の意識に近しいものが生物中の理性的又は大脳的存在として再び決して生まれこないとはいいがたい。かつて人類だった有機物が死体から火葬や土葬等によって分解・還元され、無機物になった状態がどれほどの間続くかは、長い時間としてみれば束の間だというほかないだろう。生存競争の輪廻、或いは業は、生物が自己延長・自己増殖へ方向づけられた反応装置であり、しかもネゲントロピーを摂取する中で自己の系、或いは恒常性を維持したがる点で、この細胞達の業で輪廻なのだろう。有機物は相互に増殖可能性を探り、反応を増加できる形に相互選択していった。そして殖える事にしか目的がない一切の細胞は、微視的には変化している各元素、各単子、各素粒子、各単位の組み代わりにすぎない。諸行無常とはこの現象をいいあてていた用語だった。有機体は自己延長を図る。だから子を産もうとしている本能でできた動物らは、memeの様なその無機物への写しを通してでなければ、単なる自己細胞の延長系による増加の装置だ。相互に競合し、弱肉強食や適者生存、或いは運によってこれらの細胞は自己の系の増加に役立たない他の細胞を自らの系のネゲントロピー増加に利用するか、無機化しようと図るのであり、結局有機物がふえる意味も理由も、物質反応という以外にはありえない。単純化すれば無意味、無意義という事だ。宇宙に意味をつけようという諸宗教の試みは、この点で御破算という事になる。
 少なくとも仏教上の慈悲観は、これら輪廻の諸相からはうまれてこない。それはゴータマ当人の主観的な妄念にすぎない。慈善をなすべしとか、慈悲を持つべきという立場は、競争を諦めたゴータマ個人が乞食や托鉢を正当化する為につくりあげた、貰いのよい乞食になる方法論でしかなかった。自己延長というミームを通した策謀によって、ゴータマはやはり細胞の指令に従っているだけである。
 カント、イエスといったアガペー論者らは中道を説いていたゴータマやアリストテレスより更に極端な慈善主義者だったといえようが、この慈善主義というものも、所詮は他の衆愚に比べて己の品位の高さを示す、という俗物根性の帰結である。だがこの慈善は少なくとも習慣によって善意という資質を作り、善人の遺伝子を偶然によってか残し、利他主義的な傾向を持つ個人からなる一群の社会を作り出す、という特殊な結果をもつ。要するにゴータマの慈悲観は彼の理想とした社会から逆算した結果論であって、宇宙の無意味さ、無意義さから直接導かれたものではなかった。世界の生物が苦のみで生きている訳でない事はいうまでもなく明らかであって、そこでいうdukkhaは単に無機・有機現象上の逆反応の暗喩である。
 ゴータマの理想とした社会は縁起律の理解からくる慈しみの連鎖によって乞食や慈善生活のできる状態であり、彼のやり方に習った人々はアガペーを説く事の実質的な報酬に、生産者から物資を分けてもらった。つまり慈悲詩人の生活をしたのである。『スッタニパータ』(第1 蛇の章、田を耕すバーラドブァージャ)にあるよう、ゴータマ自身は言行に対価を得る事を軽蔑していた様なので、乞食をしなければ生きている事もできなかった。カーストから離れ放浪生活を択んだ詩人は、利己集団の苛烈な競争を離れて死後を尊んだ。ゴータマの人生は社会からの逃避だった。
 自然死によって肉体を無機物に還元した上での永遠の死、又は再び有機物に生まれこないという希望がブッダの理想の境地、nirvana、nibbana、涅槃だった。

2016年12月25日

徳

徳に基づいて生きよ。徳高き人はその時点で救われている。

2016年12月21日

天地

天国も地獄も現世では相対的にある。そして我々の思う天国と地獄は現世代と次世代に渡ってのこの世だ。

法人税制改革

法人税収は本社所在地だけではなく、工場や事業所側で生じた生産の分は立地している地方自治体側に納める制度に法人税制を改革する事で、東京都庁の無駄遣いや外部不経済を抑制し、過度の法人税収一極集中の是正をはかるべきである。

2016年12月19日

生活費保障の政府側の義務

ベーシックインカムや生活保護で人が死なずに生存できる生活費の支給を日本政府は全国民に行うべきであり、それがなされておらず、政府の怠慢と企業の悪意によって貧しい国民が贅沢三昧の極悪人天皇や株主及び正社員達から虐待され放題という現状の日本は地獄以外の何物でもない。政府は早急に貧困世帯含む全世帯が月額15万円に満たない収入しかえられていない場合、それが能力や主義その他いかなる条件であれ、15万円以上の世帯収入がえられるまで政府が税収を調整して現金を支給し社会保障を行わねばならない。さもなくば現状、生活可能な資産をもちながら貧困で生活できない若者から年金まで搾取している高齢者に特別徴税を行い、資産が余っている高齢者への年金を貧困な若者に振り向けねばならない。

2016年12月18日

愚者の妄執

愚者は愛執が幸と思い、善友を裏切る。愚者の生涯はこのため苦役に満たされる。

嘘による冤罪人達

善業をなした小沢氏を罠にかけた自民党閥及び東京マスコミ、天皇家は破滅する。小沢氏を陥れた極悪人菅直人は破滅した。善人・小沢一郎を貶め悪人・安倍晋三に権力を与えた西国衆愚は破滅する。嘘をつき善人を陥れた極悪人共には不信という永久の罰から逃れられない。