2018年11月26日

結束の解体について

自分より愚かな人は何らかの認識の過ちを犯しているのだが、外部からそれを伺い知るのは難しい。自分より卑しい人は、倫理的認識に関して同様の事を犯している。このため愚者や卑人の問題を解決してあげようとする事は、ごく難しい。愚者が愚かなほど、卑人が卑しいほどそうである。SNS疲れや人間関係への嫌悪が起きる最大の原因が、この認識の誤りを犯している人達との接触である。それらの人々が犯している誤りは、彼らが愚かで卑しいほど増幅し、認識における混沌度をましてしまう。いわゆる衆愚、暴徒が生じるのもこの様な原因によっている。
 有害とは言いがたい少数派への弾圧を起こしているファシスト集団(結束主義者の集団)にあって、虐めと呼ばれる集団迫害が起きるのも、認識に関する錯誤が極端に触れた時の現象といえる。イエスの磔刑がその記念碑的な象徴だった。
 個々人のみならず集団全体にとっても重要なのは、愚者や卑人の結束を解く工夫にある。それは内集団ひいきによる認識の過ちを増幅させようという有害な期待に原因があるので、内集団のいずれかに外部的認識の利益を示すか、内集団のいずれかの対比的な有害さを外集団に対して示すべきだといえるだろう。逆に、真実や合倫理性が内集団に何らかの不利益をもたらす様な場合、速やかに内集団を離れるよう自他に促すべきだろう。

属人性、属事性

学問の中身、つまり或る知識や認識の重要度が、学位、学歴、権威等それを述べた人の属性(属人性)で偏見を与えられる、という後光効果を無意識に採用している人は、いうまでもなく真理にたどり着けないだろう。属事性が適用される事柄であるからには、学会や賞、論文掲載媒体の権威、学位、その他の属人的要素を学問への評価にあてている全ての愚者は、偏見に囚われ真偽を程度あれ間違えている。

文化圏と信仰

九州地方からSNS上でコミュニケーションをはかっている人々に対して、野蛮だという印象をもつことが私個人は多かった。特に礼儀作法がないか、行動を絶対化し理論を軽視する人々が殆どなので、知的・倫理的な面で幼稚であるか野卑であると感じた。ある長崎の人や或る福岡の人も、ほぼ同様に九州地方の地元人らについて評していた事もあった。
 この経験的事実を確証偏見をできるだけ避けながら検証すると、そこで接した九州地方の人々のもっている文化慣習上の傾向は、少なくとも私が首都圏や東北圏で経験してきた礼儀や倫理、知性に関する評価機軸とは大きく異なっているのかもしれない。したがって九州地方の野蛮さと感じる言動の傾向とは、異なる文化圏に属する人々に特有の慣習がある、と捉える方がふさわしい分析だといえる。
 大分出身の福沢諭吉の『脱亜論』や、九州に接する山口県出身の吉田松陰の『幽囚録』は人種差別や植民地侵略を説く点で、今日の目からも野蛮さの一種とみなせる。構造主義の観点から、これらの考えが九州文化圏に与えている影響がもしあるとするなら、彼らの行動様式を背後から縛り付けている信仰とは、当地で敬われている類の宗教家、思想家、哲学者、倫理観念に根拠をもっているのかもしれない。
 或る福岡の人は、弱肉強食を正義と混同していた。この様なマキャベリズムが当地でやくざの多さ等に現れているとしても、その背景には明治維新時の反政府テロ活動が政府の乗っ取りとして成功体験と捉えられている歴史解釈に問題があるといえるだろう。

卑しい人達の集まるSNS

卑しい人達と関わりあいになった記憶は心を痛めつける。だから卑しい人の集まる場所に近づくな。SNSや掲示板などのインターネット上のやりとりの道具は、多くの場合苦しみを増す。
 卑しい人とわかった相手とは縁を切る必要が絶対にある。その人との関わりは害悪しかもたらさないからだ。慈善や慈悲を直接、その卑しい人に向けてはいけない。相手は害他的なふるまいをなんとも思わないからだ。

利己心の帰結

利己的な目的(例えば愛国心)の為に権力者になった者は、最大限の憎しみを買って終わるのだ。

賢さと教養

自分が賢いと思い込んでいる愚か者は、辺り構わず恥を撒き散らしている様なものだ。教養の与える効果として最も優れたものの一つは、ダニング・クルーガー効果で見られる様な際限のない謙虚さだろう。実際、科学的見解は全て信憑性に多少の差がある仮説の集まりでしかなく、実証的に真理を知ったと述べている者は自らの愚かさを吐露しているに過ぎない。

2018年11月25日

罪悪感の束

人を傷つけて楽しんでいる人の中には罪悪感の束が宿り、やがて身を損なう。

野蛮人

野蛮人は人を傷つける事をなんとも思っておらず、ひたすら利己的である。野蛮人は先進国の内部にも大勢いて、インターネットを介して赤の他人を誹謗中傷して回っている。野蛮人は差別をなんとも思っていない。野蛮人の中にはサイコパシーが潜んでいる。

幸福論

自分より卑しい人との接点が、この世で最も有害な経験である。その様な機会を完全になくす事が、幸福に生きる最終的な手段だろう。

2018年11月25日の絵画

さみしさ
2018年
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蘇生
2018年
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言葉であらわされる筈もないもの
2018年
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終わりなき旅
2018年
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2018年11月23日

2018年11月23日の絵画

幸福
2018年
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とわ
2018年
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宇宙史の1ページ
2018年
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宇宙開発と人類の野望
2018年
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赤い海
2018年
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軌跡

迷うことなく続いていく一本の軌跡が見える
何もかもがそこに乗っている軌跡
人類がはじまる前から続く
おわっても続いてくこの軌跡を
僕はひたすら描き続けるのだろう

2018年11月22日

2018年11月22日の絵画

迷える子羊
2018年
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時代の足音
2018年
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学ぶ訳

我らはあらゆる差別と偏見から自由になる為に学ぶ。

2018年11月21日

2018年11月21日の絵画

未来都市
2018年
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さざなみ
2018年
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赤と黒のアクションペインティング
2018年
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時の中で忘れられていくもの
2018年
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魂の群像
2018年
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白い線
2018年
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黒い水平線
2018年
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生の悲劇
2018年
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星を繋ぐ力
2018年
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町の明かり
2018年
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2018年11月20日

言語芸術について

言語という道具による創作性を否定する者は言語を捨てて生きるべきなのだが、言語知能が当該言動の創作者に比べて低いほどこの様な態度に陥り易く、行動主義者が言語を行動の一種と見なすのは困難だろう。だが我々が生み出した言語の一切は芸術と見なされうるし、合目的にその質が問われるべきで軽視されてよいものではない。

情報量の価値

単に情報量をます為に我々は生きている訳ではない。では、情報産業の価値とは何なのか。有用性の高い情報を生み出す為?
 世界を縮約して表現する情報を、我々は思考のネゲントロピーをますべく選好する。情報産業にできる最高の価値の提供もそこに求まるとすれば、大衆的情報、人気のある情報と、知的な情報に違いがあるのはなぜなのか。量的功利主義的な情報は、質的なそれに劣る?
 賢者にとっての有用さが愚者にとってのそれではない。情報量についてもそうなら、数学的科学の様な単純な原理に則って構築される体系が、基本的規則を知らない人に分かりづらく感じるのはなぜなのか。わかる為に前提とされる知識が少ないほど情報量が大きいとすれば、喧伝と専門性はなぜ違うのか。
 専門性の高い情報は、或る分野に体系的知識をもつ個人にとってネゲントロピーが大きい。この事の特殊性は、外部者にしばしば賢さと誤認される。賢さというよりそれを好んでいる個人にとっては有用性の選好でしかない。
 賢愚の差は、客体的には、基本としてこの様に認知されている。しかもある種の個人は、自分に理解できない体系をもつ専門性を愚かさとしか認知していないが、これはソクラテスの時代から真の愚かさと定義されてきた。その様に真に愚かな個人は現実には相当少ないとしても、自分自身が多少あれ似た過ちを犯していないかにはどれだけ注意深くなっても足りない。
 専門性、即ち特定の体系的前提知識を前提としない情報は単に喧伝的な有用性の部分でしかなく、少数の賢者にとってのみ有用な情報に対しては常に冗長過ぎるので価値が劣るだろう。こうして、情報産業における価値は主観的なのである。

偉大

自分ひとり偉大であればよい。それ以上を望むのは、つまり他人に偉大さを求めるのは、贅沢というものだ。

絵画論

絵が何かを生み出せるという妄想。絵が何もできないという妄想。どちらも完全に的外れ。絵は絵にできる事ができる。しかし絵を描く人にはそれで十分すぎる。

2018年11月20日の絵画

痕跡
2018年
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緑の絵
2018年
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黒い板
2018年
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自由になる為の絵
2018年
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青と光
2018年
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隠された地平線
2018年
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お休みの絵
2018年
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垂れた雲
2018年
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バナナ色の休日
2018年
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星降る夜
2018年
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色の集まり
2018年
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イメージ構造をつくる為の地平線
  2018年
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 二つの印
2018年
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卑しい人間達
2018年
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渚の音
  2018年
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降り始めた雨
2018年
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桃色の雲
  2018年
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水色の水平線
  2018年
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海
2018年
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深海
  2018年
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木漏れ日
  2018年
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模倣された美術史
2018年
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生物の原理
  2018年
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黄色い窓
  2018年
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