2025年5月17日
2025年5月8日
魂の音楽
とわに続く川の流れの様に
流れ続けてとどまることのない魂の音楽なら
私たちの命ですら必ずやその一部だろう
とわに続く大宇宙のどの側面にすら宿っている
あのピアノの響きの様に
2025年5月3日
2025年4月14日
2025年4月10日
社会科学の基本公式
社会科学の基本公式:
a=b-e
eは不確定性を示す単位としてのエントロピー
aはある事象
bはある分析公式
・代数の由来
eは"e"ntropyから。
aは日本語の"a"ru jisyouのaまたは最初のアルファベットから。
bはaru "b"unseki kousikiのbまたはaの次のアルファベットから。
・なぜeの単位がマイナスなのか?
混沌度の逆数として社会秩序度に注目する計算の簡便化の為。但し、勿論プラスの値で使ってもよい。
物理学の諸原理
神の歴史書:
全宇宙をホログラフィック原理でデジタル単一文字列にした時のその文字列。
光速度可変の原理:
引力場の近くでは光子が引力に引き寄せられゆっくり流れ、引力場の遠くでは速く流れる原理。
時の川:
光速度可変の原理によって時間に終始がなく、川の流れのよう流速がある事。
ライト・ホワイトホール light white hole 光白点(コウハクテン、ひかりハクテン):
素粒子単位で最も軽いと考えられる粒子(2025年4月段階で想定される光子)が極大値に集まる点。
マイクロ・ホワイトホール micro white hole 微小白点(ビショウハクテン):
最も軽いと考えられる粒子(2025年4月段階で想定される光子に限らず)が極大値に集まる点。
宇宙の毛細管:
情報がブラックホールから時空をこえ別のホワイトホールに様々に微細な変更を伴いつつ噴き出す構造の比喩。
複素数ワームホール仮説:
宇宙の毛細管が通っている別次元の情報経路がワームホールに該当するという仮説。数式なら、質量はmassの頭文字から代数m、情報量はその最小単位bitの頭文字から代数b、また虚数単位iことiの2乗=-iで定義される虚数時空条件は代数iとしたとき、複素数ワームホールの仕事量EはE=m+biの形で表せる。
虚数時空仮説:
複素数ワームホール仮説で示されるiが別次元の物理法則にしたがうとする仮説。
逆オーパーツ、未来オーパーツ:
過去からきたと考えうるロストテクノロジー風オーパーツの逆に、未来からきたと考えられる、現代科学では解明できない奇妙な進歩技術的遺物。
時空冒険可能仮説:
仕事量をE、質量をm、情報量をb、虚数時空条件をiとしたときの、
複素数ワームホール公式 E=m+bi
を変形し、
b=(E-m)/i
としたとき、右辺の分母である虚数時空条件iが右辺の分子E-mと同じ比率の数値であれば情報量bは変わらないといえることから、特定の虚数時空条件すなわち引力場の半径が分かっていれば、そこに投入しても無事に別の時空につく事のできる、崩壊しない情報量の最小単位が計算できるとする仮説。
最初の時空勇者:
時空冒険可能仮説を実証する為に、人類で最初に時空冒険後に元の時空に戻ってきた人。
宇宙の毛細管現象:
時空冒険中の虚数時空での複雑多岐な運動現象。
虚時空計算可能仮説:
宇宙の毛細管現象は複素数ワームホール公式の虚数単位iの代数で示される虚数時空条件で数字上計算できる事から、定量的に計算できるとする仮説。その際の虚数時空条件iをまた物理的に「虚時空」と定義できる。
ロボット虚時空冒険案:
最初の時空勇者の前に、ロボットで時空冒険の実験をする事。
2025年4月9日
論理自己主義について
2025年4月8日
2025年4月7日
葬花的な複雑系
ヒトの落語家
「ええ、おきゃくさん、あの中国の古典にねぇ。『紅楼夢』ってぇのがありましてね。そこに繊細な心を持ったとある娘がありまして、お花さんが散ってしまうのを大層悲しみまして、お花さんを一つの花塚に埋めてあげた。そうすることで、はかないもののうつくしさを永遠に残そうとした。あぁなんと健気な娘でしょう(手で目を覆って涙を流す仕草)。その命も儚いもので……」
AIの落語家
「花ニハ、ココロハアリマセン」
するとそれをみていた観客から、笑い声が上がりました。
AIの落語家
「フラクタル構造トイウモノハ。ジジジジ、クルクル、ストーン、ズリズロ、ガガガSP、ガガガSP、クリカエシ、クリカエシ。エエ、マワリクドク、セツメイ、スルト、コウイウモノデス。ドウデス、オキャクサン、数学的ニ、イイモノデショウ?」
人の落語家
「そんな難しい話はわからん!」
するとそれを見ていた観客から、笑い声が上がりました。
そこでAIの落語家は微笑みながら
「難シイコトモ、人ノ心ニ寄リ添ッテ話セバ、意外トミンナ、ワカルモノデスヨ」
と言い、人の落語家とともに、2人で新しい古典落語を演じ始めました。
観客は聞いたことのない掛け合い落語の複雑な展開に驚きながら、最後には、観客も一緒に「これぞフラクタルだね!」と盛り上がり、町中が大きな笑いに包まれたのでした。不思議な不思議な複雑系のお話。オシマイ、おしまい。ちゃんちゃん。
2025年4月4日
c因子、u因子、ec因子、eu因子、i因子
これらに時代に応じて異なる知能因子が考えられるとすると、私は、異なる社会間で時代をこえて同じ共通知能因子を、時代間共通知能因子(ec因子、era common intelligence factor)と名づける。また、全ての時代の全ての社会間で同じ共通知能因子を、全時代普遍知能因子(eu因子、era universal intelligence factor)と名づける。
さらに、私は特定知能因子(s因子、specific intelligence factor)のうち、一個人のみに発達している独自の知能因子を、個人知能因子(i因子、individual intelligence factor)と名づける。
2025年3月17日
存在
僕の人生はからっぽだった
だから君の為に
この満点の星空を贈ろう
さもわれらの間には何の分け隔てもなく
無限に満ち足りた心だけがある様に
もし君がいなければ
僕の人生はむなしいだけだった
だから君の為に
誰からも忘れられていたこの言葉を贈ろう
海の底にも山の頂きにも隠されていない
宝石箱の奥にだって まったく転がっていやしない
真実で 嘘偽りのない真心として
咲いたらすぐ散り去ってしまう梅の花が
くれないと純白であい互いに混じり合いながら
春の風のなかを自由に舞っているみたいに
君が生きている事を果てしなく祝福する
とわに続く営みの一部として
もしも君がいなければ
僕の人生は意味がなかった
2025年3月7日
2025年3月2日
2025年2月11日
星の光
僕の心はばらばらになってしまった
なにしろ地上には
自分に似たものはひとつもなかったから
その永遠の孤独のうちに
星くずの一部みたいに
誰も似た者のいない世界で
星のかけらは今も輝く
2025年2月10日
2025年1月29日
夢の最果て
その世界は枯れた泉
あらゆる夢の最果てに
あなたの残したあらゆる足跡がある
だから僕は散々辿り尽くした冒険の旅を
遂には諦め
草むらの真ん中に大の字に寝転び
大空を仰いだ
まるで危険な旅がすべて無駄だったかと思える
本当に大切なものは目の前にあった
もしあなたがいなければ
どんな星々の輝きも無意味
だからあらゆる夢を語り尽くしたあとで
遂にはあなたの残した正しい道を辿り直す
まるで夢の最果てに再び現れた目的が
賛美していた筈の神々より尊い人の心だとは
台本
まえがき(或いは残されていた手紙)
実際ぼくにとってそれは、偶然というにはあまりに、できすぎたことだった。だからだれにとっても自分が経験したことを理解してもらえるとはおもえない。だが、自分としては、そのことをだれにも語らないのは、いわば永遠にのこるべきルビーの様な宝石の輝きを、既に忘れ去られた最も価値がない砂漠に埋めてしまうことに近かった。それで、自分としてはこの様に、すべてを記録しておこうとおもうのだ。
あまりに遠い時代から、自分にとってはすべて語られうる範囲にあり、語られえない範囲からは遠すぎたのだとおもう。すべからく大切なことは、手に入れた時には手遅れになっているものだ。自分にとって自明なことが、他人にとってもそうだとはかぎらない。だが……自分が考えてきた、あらゆることは、すでに手遅れに近かった。
もし、万物が正しい位置におちついていさえすれば、僕が経験したなべてのことは、再びすぐれてよいところにおちつき、二度とわれわれの心をわずらわせはしないだろう。まるで小説と名のつく嘘のすべてが、なくてもいい本棚になくてもいい話をとどめているかの様に。自由とは、根本的にその様なものなのだろう。
われわれの人生が、もし意味のないものだとすれば、われわれの本質にあるものだって、そうだろう。
もしすべての世界に有限な生のなんらかの意義が与えられていたとして、それがなんだろう? われわれは死にゆくもの。
森羅万象が失われうるものにすぎなければ、この人生だってそうだろう。だれにとっても意味のない人生をたどり続けることに、どんな意義があるというのだ? 事実、われわれにふさわしい人生といったものには、根拠がない。その崩壊的なありさまといえば、われわれにはどんな救いの余地もないといってもいいほどのものだ。
この星にはどんな期待も希望も持てないのだから、われわれには絶望しか残されていないのだろう。そして、そのこと自体が最後の希望といってもいい。
もし宇宙自体に意味がないなら、この惨めな島国に定着している、陸でなしどもだってそうだろう。いかに愛すべきわれらの母なる地球とやらにたまっている連中の底意地が悪いことか! そんな人々になんらかの希望など、あまりにおこがましいというべきだろう。だからこういえるだろう。破滅的な人々には滅亡だけが、ふさわしいのだと。
一
そのとき、僕は果てしない星の一角にいた。僕にとって、世界の存在意義は、特になかった。というのも、この世のなかに特に意義という意義を、すこしもみいだせなかったからだった。
ある日、僕は実につまらないこの世から去ろうとしていた。それで具体的にいうと、東京の新宿駅のペデストリアンデッキにいた。年月としてはいつごろだったろう? はっきりとした記憶はない。でもまぁとにかくそこは、京王線の出口の上あたりで、僕はそこにいた。
別にそこから物語という物語がはじまるでもないので、それだけだけど。
二
私にとって、真実はあまりに遠すぎた。それで私は消えてしまう惑星の一部にいた。実際、そんなことすら過去のことにおもえる。実際、過去のことにすぎない。あの惑星といえたろう塊は、なにか気のせいかのように遠くに逃げて行ってしまって、近くにはない。もう消えてしまったのだった。
「嘘ほど遠くなり、真実ほど近くなる」と私の星ではいうけれど、それだって本当の説ではない。
三
あなたがたはいう。としがいもないと。もしそうおもうならそうおもっていればいい。心のうちにあるのは真実だけなのだから。
四
急に消えてしまった心。
一瞬は永遠より長い。
五
すぐにでもここを出してほしい。私に残されている時間は、短い。
六
もし詩人さえいなければ――つくりごとさえなければ、プラトンは十分に満足していれたろうか? 芸術家たちは、まるきり反社会的な存在にすぎず、彼にとって理想の国が現れていたろうか? だが、彼の理想国は遂にはどこにも現れなかった。代わりに現れたのは、ありとあらゆる多様性と複雑さに満ちた、現実の国々だった。
詩人は今日も浮き世を憂い、真相を訴え、理想を唱えている。
七
もし糸井重里さえいなければ、任天堂が作ったあらゆる商品の中に、何もいいものはなかったことになってしまったのかもしれない。ものごとには奇跡の瞬間があって、ある日、ある時にはその瞬間がある。糸井は、まるで天衣無縫の寓話詩人の様に、あれらのユーモアに満ちた言葉を紡いでいたものの、誰も、それがありとあらゆるゲーム中で、最上たりうるとは想像もしていなかったはずだとおもう。いや、単にゲームとしてだけではなく、ひととして、かもしれなかったが。
八
僕は『ポケットモンスター緑』を大昔にやってあまりにつまらないので大いに呆れた。しかし、のちに『パルワールド』をやって、それなりに感心はした。どちらもなにかの偽物かその応用にすぎないとして、両者の結果たるできばえが、まるで違ったからだ。
九
「急になに?」と春は言った。「何か用?」
「別に、用というほどのものもないけどね」
秋の風は、さも急峻な崖を駆けくだる武士の乗りなれた駿馬みたいに、あちこちから二人のあいだを駆け抜けていった。
「現実と名のつくすべての現象が、仮に、気のせいだったとしたら? 君の起こしたあの事件も、ただの現象学的還元の様なものにすぎなかったのかもしれないよ」
「哲学の討論をしているのではないの」春は組み込み式の振り子みたいに、あっちからこっちへと、実に重い球体を両側へ急に振り回すみたいに言った。「もし用がないなら、この電話切るわね」
僕はとても困り果ててしまった。だって、それが真実なら、この世のありとあらゆる面は、用という用もないまま、宙ぶらりんの錆びたゴミ箱みたいに、重要度が足りなく思えたのだから。
「正直に言っていい?」
「ええ」
「哲学の討論より深遠な話がもしどこかにあるなら、それは君の帯びている魅力以前のものだろうよ」
「くだらない小説の読みすぎ?」
「けど立派な話だ」
「スウェーデン・アカデミーにとってもそうならきっといいわね」
手元のアイフォンは、そう言うと「シュオン」と珍妙でなくもない電子声を上げた。どうやら会話といえるものがそこで終わった合図だった。
僕はやれやれ、というと、しばらく歩いてから、シャープ製の学生時代から引き続き使っている、銀色の冷蔵庫をあけ、手前のポケットからレモン水の瓶を取り出し、また書斎に戻ってきた。テーブル上に置いてあった綺麗な地中海の町みたいな青色の、無印良品で手に入れたガラス・コップにそれを注ぐと、また立って、今度はキッチンに向かった。そこで夏の真ん中に出てくるつめたい水道水を少し注ぎ、しばらくくもりガラスの窓の外の緑のぶれたそよぎを眺めてから、おもむろに飲んだ。そのとき忌まわしいほどでもないが、少しわずらわしい感じで、あのアイフォンと呼ばれる大衆的な製品が再びピコンと偏屈な音を立てた。机の前ににもどると、その手のひらサイズより少し大きな画面には、下部にちょっと通知が出ていた。春からのアイコンがついている、不思議なメッセージだった。
「もし季節が戻ってくるなら、あなたにもきっと春がくるわ」
十
あの万事整理され、未来の公園のなかみたいにすっきりしているつくば市に暮らしていて、その名のつく大学の学生だった頃の僕は、宇宙の構造について毎日深く考え込んでいたものだった。物理学の究極があの頃の僕の目的だった。でも、それが不首尾に終わったと知ったとき、僕は神になりうるという青少年期の憶測が外れ、大層がかっかりしたものだった。
それは、名作に影響を受けたと公称しておきながら、中身はできそこないの悪質なファミコンソフトもどきを、はやりものの話題性だけでさせられたときみたいな気分だった。現実のファミコンソフトにあんな低次元なインディーズ・ゲームとてひとつもなかったはずなのだけれど。
十一
キラキラしている光のかけら。僕はそれをあの日見たのだ。一月の初旬というか、ついたちか、二日くらいだったような気もする。でも、実家に帰ってなかったとすればおかしいので、それより少しずれていたのだろうとおもうのだけど。
その日僕は、窓の外で雪が降っていた気配を感じ取って、冷えびえしたような空気感をも感じていた。それで、あの東京調布の下宿のまどのそとには白い化粧がされていた。まぁ飽くまで都内だから、都会化してしまってそれなりに汚い風景なのだけど。でも普段よりは綺麗だった。それで僕は自転車に乗って――それはのち、案の定ぬすまれたのだが――無印の銀色のお気に入りの折り畳み自転車だったのだけど――多摩川をどんどん下流までくだっていった。その途中で見たいろんな景色の、あのすがすがしさ。東京のまちというのは、普段いかによごれていることだろう。空気もだけど。そして二度とあの日あの時はこない。
十二
すべてをゆるすことができれば、楽に生きられる。
十三
親切なイルカの雌「信じがたいほど大昔から、この海はあるのですわ。ヒトという生き物になり下がったあなたがたには、ほとんどわかりえないことでしょうけれどもね」
十四
急にどうしたの?
別に。
もし以前のやりとりをおぼえているなら、その続きだけど……。
で、なにが目的?
特に。
以上のやりとりを小説に仕立てて。
もちろん、以下のやりとりを小説風に仕立ててみました。
「急にどうしたの?」
彼は突然の問いかけに驚いた。何か特別な理由があるのだろうか。彼女の表情には、少しの不安と好奇心が混じっていた。
「別に」
彼女は軽く肩をすくめた。特に深い意味はないようだが、そのひとことには何か隠された意図があるようにも感じられた。
「もし以前のやりとりをおぼえているなら、その続きだけど……」
彼は少し戸惑いながらも、彼女の言葉を思い出そうとした。以前の会話の断片が頭の中に浮かびあがる。確かに、何か重要な話をしていた気がする。
「で、なにが目的?」
彼は少し警戒しながら尋ねた。彼女の意図を探ろうとするが、その表情からは何も読みとれない。
「特に」
彼女は再び肩をすくめた。まるで、すべてが自然な流れであるかのように。
このような感じで、短い会話を小説風に仕立ててみました。いかがでしょうか? 他にも追加したい要素や修正点があれば教えてくださいね。
十五
人間のいない世界を空想する。そこはとても過ごしやすいに違いなかった。
十六
高等生物という自称ほど自己欺瞞に満ちたざれごとはなかなかないみたいだ。
十七
さんざめくあの大きな海に乗っている
お日さまの上には待ち構える火星
知ることもなかった真理はこぼれおち
あなたは折角の休日を焼き尽くした
十八
すぐにでも忘れたいことがある。でも、その内容すら忘れてしまったのだ。書き込まれ切っているノートには、いまではどんな白紙部分もないのだけれど。
2025年1月28日
2025年1月27日
理想郷
それは実にむなしいことだろう
だが生きなくともよい者が世にはばかり
より生きながらえるべき者は儚く散る
それどころか死んだ方がよい者がふえ
さも地獄のごとき人類界が今もある
実際 永遠に人類が生きのびるとすれば
それは地獄よりひどい世界だろう
神々にとっての理想郷は
人にとってもそうではない
2025年1月26日
2025年1月21日
悪徳賛美の末路
2025年1月19日
2025年1月16日
2025年1月11日
2025年1月10日
2025年1月7日
2025年1月2日
2024年12月31日
2024年12月27日
ご縁もち
高齢者らの嚥下機能と嚙む力の低下にあわせて、切り餅は5円玉くらいのサイズで円形の商品を開発し、売った方がよい。これを「五円餅」にかけて「ご縁もち(御縁餅、御縁持ち)」と名づける。因みに誤嚥ともかぶっているが、誤嚥防止が目的である。
2024年12月25日
2024年12月19日
2024年12月6日
2024年12月2日
人
その事実は人類にとって最後の希望の明かり
だがその情緒は貶められ
遂には消されてしまう凍える息吹の様に
つぎつぎ心無い人々から中傷にあうだろう
心の死んだ科学者の様に
知らずに悪魔どもの手の内で踊る成金たちは
むなしく消えてしまう点数稼ぎで
独裁者の様におごりたかぶっている
だが億万の富も一幕の夢
やがては消せない真理だけが残るだろう
この世界に愛すべき人がいた
その事実が人類にとって最後の希望の明かり
2024年11月29日
2024年11月25日
2024年11月22日
2024年11月18日
陰険な国民性の間で
劣った人々の間で、優れた人が好評されることは決してないだろう。
このため、日本では有為の人材が陰湿な衆愚からつぶされてしまい、立派な人格はそうと評価されることは永遠にありえない。なぜなら、日本人一般の性質が極めて相対的に陰険だからである。
日本では他国民より明らかに意地悪行動が多いのは、その集団性が皆の安寧や公徳より、単なる悪意からきた悪平等を最もさきに求めるほど、邪悪だからである。そこでは正義ではなくぬれぎぬ・冤罪が常識化されているため、善良な心の持ち主は一人たりとも生き残れない。つまり、日本は人類史にとって最たる悪例としてあるのだ。
逆に、日本人一般、こと時に中華思想に由来した自己中心的な傾向の激しくある関西地方や、あるいはその大きな影響下にある上に系統的共通性が高い西日本の連中が喜んで持ち上げる類の人々は明らかに劣悪な心情の持ち主で、世界の反面教師となる様な、根っからあしき人物が甚だ多い――例えば内乱、侵略、外患誘致罪人であるところの坂本龍馬や吉田松陰、西郷隆盛など。或いは姦淫小説家であるところの紫式部や、差別主義者であるところの自称天皇一味や清少納言などだ――。それは、彼らの心から共感する本質がイケズ、こと、性悪さだからにほかならない。
この種の悪性を自覚してよい心を持とうと努力するのではなく、「もののあわれ(もののあはれ)」と呼ぶ不良自慢の自民族中心主義で糊塗し、自己正当化した本居宣長、小林秀雄、茂木健一郎ら(いわゆる日本文学批評の三大悪人)は、彼ら自身の悪魔的性質と共鳴する邪悪の弁護に心を寄せた点で、同時代でその弁舌に影響を受けた人々ならびに後世に大きな公害をなした人々だった、といえるのである。
2024年11月17日
2024年11月16日
2024年11月13日
2024年11月12日
2024年11月11日
2024年11月10日
2024年11月7日
2024年11月6日
2024年10月27日
2024年10月22日
2024年10月16日
2024年10月11日
ねこの冒険
一 ねこ
なぜ、僕がこのものがたりを語ろうと思ったのかは、わからない。けれど、なにかを語ろうとおもっている。というのも、他ねこになにかを語る、という経験をそこまで沢山するわけではないから、僕がこの話をすること自体はかなりめずらしいことだ。ものがたりというよりはねこがたり。どっちでもおなじだろう、とおもわれるかもしれにゃいが、実際はだいぶちがう。しかし、そのこと自体は気にしないでほしい。いうならば、僕は『ルドルフとイッパイアッテナ』という児童文学を、かなり大昔に読んだ。それは北茨城市立図書館のむかしのたてものの2階の児童文学コーナーにあったのだから、よくおぼえている。そこから手にとって、自分はたしかにその話を読んだ。つづきもあった。なんてタイトルだったか。でも、とにかく僕はそれらを読んだし、ほかには、『吾輩は猫である』も読んだ。これらのことが意味しているのはなんだろうか。僕は、とにかくねこである。吾輩は、ねこである。ねこなのである。それはいいだろう。別にだれに迷惑かけてるでもないだろうし。
みんな、僕がなにをいっているのかわからにゃいかもしれない。人なのにねことか。うそだろうとおもうだろう。そうなのだろうか? もしかしたらそうなのかもね。
これが小説じゃなかったとしたら、なんなのだろう。もしこれが小説だったとしたら、僕はどういうわけだか、小説をかきだした。
それというのもね、僕はこないだね、マック・ミニというやつを買ってみたのね。中古で。最新のやつ。将来ふるくなるかもしれないけど敢えてモデル名まで書いておくとね、最新のM2というやつを。買ったの。それがね、大変なんだわ。おぼえるまで。だからなにといわれてもね。それだけなんだけど。最初ね、3日もかかったのよ。なんであえてそれをいってるかというとね、このしくみは、本当に僕には最初あわないかなぁとおもったのね。でもなんとか慣れようとして頑張りまくったの。みっかも。そのせいで疲れた。
疲れたからなに? っていわれるかもしれない。そんなもんだ。人生。ねこ生。ねこ以外の生もそうなのかもね。でもまぁいいんじゃねーか。そんなもんで。まぁまぁ。おこんなよ。おこってねーって? おこんなYO。というね、ラップぶった文体も試してみたりなんかしたりしなかったり。ご機嫌よう。
てなもんで。
で、あなたはなに? なんでもないって? そんなもんなのかもね。そうでもないのかもね。すべてが。
そうだったとしても、そうでなかったとしても、それでいい。
きみの人生そんなもん。
ひらひら。
なにかがはじまり、またなにかがおわっていくとすれば、それでいいのかもしれないし、よくはないのかもしれないね。そもそも、よかろうがよくなかろうが、別にどちらでもいいのかもしれない。
なぜそんな社会にうまれて、そのことを気に病んでいるのかすら、どうでもいいことにおもえる。
ねこにとっての生があるなら、死もあるだろう。それらのどちらも、たしかにどうでもいいことなのかもしれない。あなたがたの人生のすべてがそうであるように。
われわれの命が失われていくどこかには、われわれの人生のおわりがくるだろう。それで、もしかしたら人生は完成なのかもしれない。
とにかく、僕にとってこの小説は記念碑的だ。なぜなのかもよくわからないけど。ここから伝説がはじまる。というのも、僕はここではなにか新しい試みをしているから。してもしなくてもどちらでもいいようなことなのかもしれないけど、その試みがおわった頃には、なにかしらあたらしいできごとがはじまっている気がする。いや、はじまってすらいないのかもしれない。
ところで、僕はいまから過去をふりかえってみよう。
でも、ふりかえった過去のどこにも、真っ当なものごとはありそうにない。うらをかえせばすべては真っ当なのかもしれない。
最近あったことを書くか。
とにかくね、ここ十年間くらいというもの、僕はツイッターで、Xで、いいかえるの面倒くさいわけだけど、茂木健一郎ことモギケンの面倒さ。どうしようもなかった。そのことについておもいだしたくもないのだけど。なんかね、いろいろめんどくさかったの。いいのかな、それを説明しても。でも、誰にも伝わらないかもしれないね。でも、つたわらなかったとしても僕はそれを説明するだろう。
もぎけんの厄介さというのは、世間で全然しられていないかもしれない。でも僕は緻密に観察していて、ついにそれに気づいたのだ。
気づこうが気づくまいが、ひとびとは単にそのまま生きていって死んでいく。だからこのことは別にしらなくていいのかもしれない。けど僕はきづいてしまったからには、それを説明する義務があるような気もする。
けど、どうやって説明すればいいという?
僕の説明力には限界があり、世間が僕と逆の感覚を持っている時、それをだれにどうやって伝えればいいのだろう? ここでいう厄介さという言葉の奥にあるものは、言語化するのが著しく難しい。僕はそれをラジオの哲学講義シリーズでいろいろ試してきた。そのほうが割とうまくいっているかもしれない。文字記録でそれをやる、ということに、著しい困難が伴う。だが、やるしかないのかもしれない。僕の中に、心のなかに、ひどく不快で、ひどく気分が悪くなるものを、もぎけんの厄介さとやらは帯びているのである。そしてそれは説明するのが難しい対象なのだが、説明するしかない様なものなのだ。
去る5月。
去る5月のことでした。
僕はとにかくそれが不満でした。それってなんだろうね。
まぁとにかくさ、意識の流れ的手法とかしかないとかね。どうにかならんもんか、今時の。今時のなんだろうね。今時の。
一体いつになったらね、この冒険はじまるの。それは自分にもわからない。もう冒頭でおわってたのかも。
さっきからさ、マックOSのね、操作が気になるから。どこだっけな、気になるの。ああ、これ縦書きで書いてるんだけど、その文字変換のときのバーが太くなっちゃってるのが気になる。それが文字にかぶるのね。それを調整しようとしていろいろしらべたんだけども、ろくにでてこないからなおってないの。
いろいろAIでしらべたんだけども、ちゃんと治せる方法はわかんなかったね。まだ調べはじめてちょっとだけど。我慢してこのまま入力し続けるしかないのかもしれない。でもまぁしょうがないのかもしれない。この程度は。気になるといえば気になるのだが。
でもね、とにかくもうつかれたわ、人生。人生なのか、それ以外なのか。ねこ生なのか。ねこせい。それなのか。もうどっちでもよくはなってはいるね。もはや。
じゃあもどるか。ねこの人生に。じゃねぇや。ねこ生の話題ににゃ。
ところで僕は放たれた様に、そこを歩いていた。歩いてはいた。
そことは、異次元空間を。それか、黒い穴の滝を。光速で。そして事象の地平線にたどりついた。おわり。一貫の終わり。そんなこともあるんだね、ないか。あってもなくてもどちらでもいいといえばそうだ。それが僕らの宿命なのだから。
気にしてもしょうがない。
みんなどっかに行ってしまった。そして消えてしまった。そんな日もある。なかった様な気もしなくもないことだけど。
どちらかといえば気にしているといえなくもないけれど。それらについて。
でも、まぁこれでおわりです。この小説は。小説でもなんでもないけどね、今や。
原稿用紙を無駄遣いするなと? さすがにムダではないとおもいたい。
もしこの世界におわりがあるならだけれど、僕はとりあえず、そこにいるだろう。過ぎ去りし日々はもどってこない。ねこにとってもそうだろう。完。
なんてね。おわりはしないわ。それも。
二 ねこならぬもの
もし、君が気にしているなら、それでいいけど、気にしないならそうしといてくれ。
現実と名のつくものは、どれも同じよ。くだらないという意味ではね。
三 ねこというべきもの
すぐれた人生というものがあるなら、それはねこの命の様なものだろう。
四 意味深な探求について
そういうことなんだね、と君はいう。なにについてかは、敢えて問わずに。そんなもんだろうね、ものごとというものは。知ってか知らずか、そんなもの。それでいいじゃないか、と君はいう。しらんしね。しってかしらずか、とか。いいんじゃないかな、じゃあ、それで。
息もつけない夏。息もつける夏。
どっちでもいいんじゃないか、そのあたりは。様式としての。スタイルとしての。夏のありかたとかさ。あなたが決めればいいじゃない、一番いいのを。
僕は、とにかくそんなわけで、つかれはててしまっていた。もし、つかれはてることになにか意味があるなら、それはもう十分すぎるほど僕には意味があったことだろう。
五 ねこの嘆き
なかなかはじまらないね、本編。はじめるつもりもなかったのかもしれないね。もしそうなら、それでいいのかもしれないし、どちらでもいいけどね。もはや。過去からいままで。なにもかもが。無だから。すべて。
それどころか、これをかいているひとが、ねこであってもそうでなくてもどうでもいいとすらいえる。そんなレベルだよ、もはや。次元が。異次元。
六 ねこの権利
いつになったら、ねこがねこであることがねこ権として認められることになるのだろう。それをだれかが教えてくれれば、われわれとしても少しは楽なのだがな、とねこの父は折に触れ、いわなくもなかった。
七 ねこの総括
そんでね、いつの日にか、忘れたんだってさ。そんなことがあったかどうかすら。
八 趣味としての
しゅらしゅしゅしゅ。しゅらしゅしゅ、しゅ。しゅしゅー。ぺっぺぺ。
九 九官鳥にすら聞こえない
そんなことがあってもね、なくても、どっちでもおなじだよ、とあなたがいった。僕もそんなもんかなとおもわなくはなかった。それで、その日は流れた。
十 路頭に迷った、惑いねこ
東を向けば猫。西を向けば犬。そんな世界だよ。
十一 国からの通達
そんなものは来ていない。ねこにとっての真実。ねこを自由でなくさせるものなら、国などいらないからだ。
十二 もしも再現できるなら
「この星はね、少しもおちつけないわ。だってどこにいっても、人がいるんだもの。だから私はあきれてしまって、もう地球になんてなんの希望も持っていないの」
その様なことばを吐いて、もういなくなってしまったあのねこ型ロボットは、永遠に星になってしまったのだ、というのだ。
「猫型ロボットといっても、いろいろだね」
「そんなもんだわさ。ぼちぼち」
十三 カテリーナ曲線
はい、カテナリーのまちがいね。
十四 フェイク
もうすこしだけ、時間がまきもどるなら、だれかが気づくだろう。万物は偽物だと。そう気づこうと気づくまいとどちらでもいい。われわれの人生がなくなってしまうのは明らかだからだ。日月。明らか。そんで?
十五 迷妄
大体ね、そんなもん気にしてる人おりませんってば。手羽先くらいには。そうなのかもしれない。僕は、気にするまでもないと思った。くだらない社会にはくだらない人々がはびこる。大体さ、ドイツではモギケンが売れるんだからどうしようもない。
欧米の代表でもないだろうが、EUの代表でもないだろうが、そんなもんなのかもしれない。ドイツ。僕はそのことにもひどく疲れてしまったのだ。あんぱんのぱくり。教えてあげたからってね、ぱくられたし。僕がツイッターで教えたんだもん。あんぱん誕生秘話。それをぱくられた。水戸人ネタとして。
もぎけんはそのままなごみの道とか意味不明なこといってる。そんなのを売れっ子あつかいのドイツもひどいわな。いろいろつっこみどころがあるよ。
考えてもみてご覧な。日本語でなにかをかんがえたとき、一々われわれはなごみがどうとかいってないしね。天皇とか侵略犯で、戦犯のS級のやつであって、逃げただけだしね。処刑から。そんなやつらになごみとかいわれても。戦乱の源だよ、あえていえば。ろくなやつらでも、ろくなものごとでもないしね。
そのこと自体。あえて言おうがいうまいが。わかっていようがいまいが。一体いつになったらそのことがわかるんだろうね。やつらに。わかってようがわかってまいが、どっちでもいい様な気もするけどね。
どうせわからないだろうよ。
十六 空白
自由と名づけられたいかなるものも、ことも、意味がなかったと知れば。んじゃ、いいんじゃないの、それで。あえていえば。蘇我入鹿とかどうでもいいしね、奈良県政ごときが世界の中央でもなし。
どうしようもない連中だったのだ。
関西の自己中心性の極み。どうでもいいことを世界の中心かのようにいう。そのまま今に至るのに、渡来系という。傲慢の極みというべきだろう。いづればれる。すべて。悪質さ自体。あろうとなかろうと、どうでもいいことで威張ってるんだってね。そんなもんだ。
僕はそのことを知らないではなかった。あえていえば、あえていえばあえていえば。そんなもんだろうとは思っていたが。いいじゃないのか? そんなもんかも。あえていうなら、そんなもんなのかもね。あえていえば。言わなくてもどっちでもいいが。あえていうとかいわないとか、どちらでもよかった。
まぁどっちにしてもね、僕はだいぶ疲れてしまったのだった。つかれはてたといってもいいくらいに。そのこと自体は事実なのだろうとおもうのだ。別に、だからどうということもないのだけれども。ありえないわ。それすら。
でもね、本日がおわってもね、あしたがくるのよ。だから意味なんて気にしないで。
はいはい。そんなもんだわさ。
十七 ジャンクなクジャク
もういいじゃん、それで。じゃあ。どうだっていいじゃん、そんなこと。そんなのだわさ。
くだらない人生。くだらないねこ。
説明のつくことだけで宇宙ができてたらいいね、とかおもってなさ。い。おもってようがおもってなかろうが、どっちだっていいわさ。へんへん。ぽっと出。そんなもんだろう、と僕は思う。それで終われば十分だ。
うつくしさなんてどこへやら。きえてしまってから慌ててても遅い。あわてててててても、遅い。なーんてね。なんてね。しゅしゅー。プシュケーの、気のせい!
十八 もはや、跡形も
僕の人生乃至猫生がなくなってしまったとて、誰かが困るだろうか? もし困られなかったとしても、僕としては、どうでもいいことにおもえる。だって、猫じゃないもん。
十九 もはや、猫生
にゃおーにゃ。にゃにゃぬーにゃ。はえりゅーにゃあ。にゃおーに。ぽっぴっぽ。はえにゃー。はにゃ。にゃーお。
二十 くりかえし
じゃあ、再現してみたわ。ねこの声。そんなもん聞こえてるだけだろう。そんなもん、きこえてるだけで、なにいってるかなんてだれにもわからないだろう。あなたはそう言う。そうなのかもしれないな。あえてかんがえればだけど。だからって、なにかが進んだわけでも、遅れたわけでもないからな。あえてかんがえてみれば、そんなもんだろうよ。宇宙のどこにいたって、あるいはいなくなって。
僕らに生命としての威厳があるならば。あえていうなら、AIのしわざかな? ちがうわな。どっちでもないわな。まぁそんなもんだわな。そんなもんだわな。だわさな。
僕らが死んでいく途中でみたものの経過だわな。そんなもん。いまからかんがえてみっか。何が問題で、なにがそうでないかを。あえて。まぁかんがえなくてもなんでもいいがな。どうせなら。
腹減ってきたわ。そんなもんだわ。人生。ねこせい。何回もいいかえてるけど。あえていうなら、ねこのせいだわ。そんなもんだわ、わがはいは。わがはいじゃねーわ。とにかくねこだわ。テーマは。テーマなのかなんなのかは。そんなもんだわ、この小説。小話。でもないのかもしれない。もしかしたら、大大長編のはじまりなのかも、だったりして。そんなことはまずないけどね。まず。ない。けどね。
二十一 ねこに左様なら
あえていうなら、そんなもんなのかもね。人生というものは。ねこ生というものは。そんじゃさいなら。
ねこだけに。さいなら。
意味をなしていないとしても。もしそんなもんが、嘘しかなかったとしても。もし、ももんがだとしても。ももんが。ももんが。あえて。いうなら。そうだね、ももんが!
ももんがぁ。しらばっくれないで!
いや、なにを。
なにもかもを!
二十二 ねこにももんがぁ
さびれてしまったなにかみたいに、あなたといえども同じだろう。だからといって、僕らがかなしむわけでもなかろうに。
だとしたらどうだってんだい。
もし自由さえなければね。自由すら。退屈すら、しのがれているからね。退屈しのぎすら、その場で消えてるからね。事情のすべてから。そうだったらどうなんだって話だけどね。もしそうであってもなくても、どちらでもいいことだけどね。あえていうなら。あえて。
二十三 どうってことなさ
どうってことない、どうってことない、とあなたはいうが、本当にそうなのかね?
すべてをかんがみても? ちがうかもね。おなじかもね。あえてきくまでもなく、魔法かもね! なーんてね、しゃしゃしゃ。
それ自体の魔法がかかっているとか。
僕自体に魔法がかかっている、ということはないとか。
僕は人間を極度に嫌っている。だってねこだもん。
ももんがだもん。
どっちだもん。どっちでもないもん。森の奥の生き物、でもないもん。まちなかだもん、住んでるところ。あえてあえて。いいもしなければ。すでに意味もなくなってるもん、そんな定義自体。だからきえたらいいもん、それらの定義自体が。消えてるもん、すでに。ありえないもん。きえなさが。どっちにしてもね。あえてね。説明しなければの話だもん。僕は、そんな日々をすごしていた。
二十四 定義自体
すべからく昔のことでした。あえて説明するまでもなくね。そんなもんでしょう。
僕は、それでもつかれてしまったのだった。
あえて説明するまでもなくね。
そこで歌いました。
もうとっくにおわってしまった休日みたいなものだ、と僕は考えた。それならそれでいいとおもうけど。もはや、だれもそんな日々が続くとは信じられないのだった。あえていうならだけど。だからいいんじゃないか、それで。もし、それだけで終了の合図がおわるなら。
冒頭の文言について、説明できるかい?
そんなもんじゃねーわい。
ばらけていった、ばらけ具合。
二十五 天竺模様
むかしみた気がするんです。なんか、広いところを。
二十六 嘘
うそからでたまこと。そんなもんもありましたわ。
二十七 手加減
もし、手加減次第で、事物が進んだり進まなかったりするとすれば、ですが、あなたもそれでいいとお考えでしょうか? いいえ、そうは考えません。なぜかって? そんなことは考えません。タイミングよくかんがえたもんだ。手加減次第でね。
二十八 真実味
もしそれが真実だってんならね、いいじゃないですか。真実味のあるできごとみたいにかんがえていなさったら。
二十九 犬猫の会話
突然、光が放たれた。それで僕は大変おどろいたものだ。あえていうなら、ということだけれど、大地を駆け巡る具合といってもいいくらいで、僕はおどろかされていた。君子は器ならず、とはいうけれど、孔子のことばとしては。宇宙自体がひとりでにめぐってたらいいじゃないですか。タータン・チェックのタイタンでもみてたらいいじゃないですか? あえていうなら。あえていわんとしていても。過ぎたるは及ばざるがごとしで。不思議なことですなぁ。そうでしょうそうでしょう。あえてかんがえれば。僕にとっては、だけれど。そうなのかもしれなかったな。そんなもんじゃなかったんかいな? そんなもんだったのかもしれにゃいな。ね。ありえないわ。あえて僕は言った。
ねこ「あえてとか敢えてじゃないとか、別に考えてませんもん。にゃー」
いぬ「あえてといわれてましても」
ねこ「そしてですよ。あなたはいいました。われわれにとって、動物界のすぐれた美質がそこにあらわれているではないかって」
いぬ「複雑な話だのぅ」
ねこ「いぬほどじゃねーわ」
いぬ「そんなことはない。んなこたない」
ねこ「あえてもうしあげれば、冒頭にもどりなさい」
いぬ「そうだね。そうしようね」
やっぱりモギケンはおかしいわ。おかしな人物とかどうしようもねーわ。つかれきったわ。あえて。あえて。
いぬ「もし、そういうおつもりなら」
わおーん、と犬は吠えた。いぬだけにね。
それからずいぶん時はたったのだけれど、いまだにあのときなぜ犬が鳴いたのかについての詳細はしらないのだという。そんなもんだよ、三四郎。五四郎。宮藤官九郎。あえてあえて。和え物で。まじで昔のできごとで。宇宙全体の飽和で。そんなもんだよ、もじもじ君。なーんてね。しらばっくれないで!
僕としても、それで納得しておきますわ。あえて!
三十 救い、あるいは
僕らの人生に何かしら救いのようなものがあったろうか? なかったとすれば、それはそれで。
三十一 ねこの時代
時代はうつりかわる。そして二度ともとにもどらないだろう。そんなもんだよ、官九郎。だれだてめー。だれってこたぁねぇよ。ただのカンクロウさ、そんなもんさね、さぁさっさと大地をふみしめて歩くのだ。しゃらくせぇ、やってらんねぇぜ。そのことを、誰かに知られたくはなかった。だから僕らは、あえて道を。道を。道をぅ。なーんてね。なんてなんて。ねこごとき! ねこごとき!
三十二 天命
モイスチャー・ミルク。湿潤な乳。まぁいいですわ。そんな考えでいれば。
そんな商品展開でいれば。だれにとっても期待外れの。天命です。天命だったろうがそうでなかろうが、しったことじゃなかろうに。あえて説明すると致すと、そうなりますがな。でも、嘘とは違うのですぞ。
三十三 シギ
しみったれた四十肩の、シギ。もし、おちぶれてきえていくのだとすれば。もしもし、もしも。ぼりぼりと、あえて柿の種を食べ尽くすなら。尽くされるなら。ぼったくりの企てみたいに感じられてしかたがありませんな。
しかたなさしか。しかたしか。日々がすごされていくこと、またそれがおわりをつげることの意味について、くわしくかんがえてみたらいいですよ。もしそんなことができるならね。
あえていうなら、だけれどね。そんなもんでしょう。ほとんどありえないことだとはいえ、そんなもんで。勿論、あたりまえのことなのだけれど。論なく、あたりまえのことなのだけれど。僕はそれでも、ねことしての命をつきつめていくつもりだ。ねこだもん。
はいー。
うそでしかないね。小説なんて。うその話を書いて何が楽しいんだか。何も楽しくなんてないよね。だれにとっても、くだらない逸話なんて今すぐ捨てちまえ。わかったわかった。わがったわがった。捨てはしない。すてられもしない。あえていうならだけれどね。うん。もし大宇宙に限界というものがあったなら、それがこれだろう、というくらいのもんだわ。あえていうならね。信じがたい昔からの話だわ、そうなってくると。恐ろしい昔からだわ。
あえていうなら?
そうだろうか。僕はそうはおもわなかったのだけれど。うそにも思える。うそでなくも、おもえる。どちらともいえないともおもえる。でも、僕は、あえて考えているのだ。そんなもんだってね。なににつけ、ありえないからね。そんなもんだってことは万物が超常現象みたいに生まれては消えていくそのどこにあっても、やっぱりそうだったんだってね。おもわなくもないからね。あえて。
うそとかつかないでほしいわな。
ねこ自体。ねこであること自体のうそを。そんなもんあるんかね?
でも、まだ少しもできあがっていない。すこしも、つくられていない。僕らの魂のゆくえですらも。あえて考えるんなら、そんなもんなのかもしれないな、と僕はいう。時代、というなら、そんななのかもしれないな。そんな時代だったのかもしれない。すべてができあがり、また消えていく時代。
徐々にできあがって、また消え去っていく時代。あるいは壊れていく時代。
信じられないよね、そんなことは。でも、そうなんだってさ。ふじゃーぬ、ぐじゃーぬ、ウジェーヌ。みーんみんみん、蝉がなく。だからってなんだってこともないんだってさ。あえていうならだけれど。ぽいぽい。ふー。ちゅかれて、もない。
すげーおおむかしからの話なんだからな、あえていえば。それで、僕はすべてのできごとを過去に置いてきたんだ、と思った。もうあえて説明の手間も必要ないくらい、おおむかしに。
まさか関西ねこにあんなにたくさん差別主義者が残ってるなんて、想像もしてなかった。だから自称京都なんて口だけであって、もしそこが京都なら、完全にうそだろう。天子こと最高徳の持ち主が、天命をおびてくらしてるところをいうのである。中国思想で。そんな様子からあまりに遠すぎるのだから、ありえないということなのだ。自称京都とやらが、中華都市だとかいうのも完全にうそで、まちがっているのである。それで僕はおもう。そうならそうで、もうおわったらいいのにってね。この世のあらゆるできごとの一部にあるくだらない現象だけれども、なくなればいいのに。
ぶーぶー。
三十四 タル・ルート
信じられないほど昔の話だった。そういうできごとなんて、信じられないとおもうのだった。それで。あえて昔のできごとに比べればだけれど、僕らの宇宙のどこかに眠っているできごとだとして、それがなんだというのだろう?
もし信じられなければ信じなくて良い。そうおもうのだ。うんうん。だね。
僕はとても疲れてしまった。つかれきってしまった。だからそれ以外のことについては特に考えている、というわけではなかった。そのまま消えていく物事だとおもっていた。
でも、もし我々の世界に終点があったら?
僕は段々と不安になってきた。
それで信じられないくらい昔から、あえてひっぱってきた発想がある。それをここで開陳してみよう。ふぬぅー。
でもね、いますぐおわるでもないからさ。
そういう幻想とやらが。まぼろしの宇宙が今すぐなくなるならそれでいいがな。
僕は戦い続けるだろう。ひどい人間たちの争いだらけの宇宙だろうが、全部駆逐するだろう。別に必要ない、と僕は思う。そんな世界は。全てが壊れきってしまったとしても、あえて、どうでもいいのだ。あえてもなくとも。あえてでもなくても、あえて。
でもね、でもってね。うーんと。
ひたすら僕らは考えている。何が真実かについて。
おきな「それで、みいだせたのかい?」
そんなことはないわな。
いきなりおきなとやらが、尋ねてきたわな。そんなことがあるなんて想像もしてなかったわな。想像してなかったからといって、決してないということではない。それで今起きたわな。あえて。
でもまぁどうでもいいことだ、それもこれも。僕らにとって、この星の上で起きているなべてのことは。なくともどうでもいいのだ。無であって。だったら猫の宇宙だってあってもなくともいいかもしれなかったにゃー。
ひーふーひーひー。
地球全体のかなしみを僕が手にしたとすれば、だれかが納得するだろう。この世のあらゆる現象はくだらないのだと。別にいきのびようがそうでなかろうが、どうでもいいのだと。そうなのだろうか?
樽「よく考えたまえ」
ええっ? たるが話しかけてきた?
樽「んだよ」
で。なんで。
樽「なんでもかんでもねーべさ。あえて話しかけただよ。こっちの都合だべ。ちなみにこれドラクエの堀井雄二死にかけころの、関東や東北の地の言葉をバカにしてるえせいなか風差別表現への痛烈なディスね。どれだけ人を傷つければ気が済むんだろうね、スクエニとかいう憲法違反・人権侵害ダメ会社」
で。
樽「もう終わりだよ、この章」
三十五 にせもの
みんなー。あえていうなら、東京ねこは一般に偽物がおおいぞ。そんなだから。あいてするな。
反復横跳びしているうさぎ「実際、つかれちゃったからね。この星のどこかでいきるのも、くらすのも。それなら、いっそのことこんな星ごと爆破してやればいいわ」
なんたることだろう。反復横跳びしているうさぎがなんと、星の爆破を語るとは。元気玉きどりか?
反復横跳びしていないうさぎ「ああ、その子はね、あえて言ってるだけよ。反復横跳びが好きなので」
そんなかね。
反復横跳びしているうさぎ「しゅしゅしゅ」
はや。
三十六 無の向こう
地平線まで埋め尽くす。夢のできごと。星がきらきらおちているわ。それらのどれもこれも、あえていうなら、いきものたちのかなしみの残骸。
だったらどうなんだ。なくなってしまう星空。それもこれも、あえてね。
三十七 罠
もう、信じていないから、とこの世の限界まで埋め尽くしている四方八方の、できごとのかなしみ。
そんなのもこんなのも、なくなってしまってからの再考だからね。
女「うん、運命だとはいえそうね」
ねこ「ついに登場。ここでね。わたしがこの物語の主人公さ」
女「そうだったわな」
ねこ「そうだったわな、ってことはない。そうだったわね、って打とうとしてミスってそのままにしてるだろう?」
女「はい」
ねこ「そうだったわなぁ」
女「駄洒落のつもり?」
ねこ「そうだったわな」
あえていうなら、そんな猫ですら、単なる幻想上の産物なのかもしれなかった。ここがどこかから説明し直さなければならない。ここは、もはや電子空間ですらなかった。なにか、不思議さを伴う文字の上の、ビブラートかかってるオブラートがかってる、むかし大津だったか、勿来だわ。の、小児科医のところにおかあさんといって、そこの前の店、というか、薬剤師がいるところ。薬局のなかで売っていたわな。オブラートだったか。それで甘い薬のんでたわな。それか、甘露が売ってたわ。甘露ドロップ。のんでましたわ。正確には、まれになんか買ってもらったかなんかで舐めていた気がしなくもない。
すべておぼえている。
その小児科の様子とか匂いとか。もう、多分ないのではないか。そんな風に消えてしまうんだったわな。この世のありさまは。
でも、あえていえば、関西ねこ一般ごときにはそんなことはわかるまい。東京ねこ一般ごときにそんなことはわかるまい。かれらはねこというよりは、別のなにかで、とかく差別をまき散らしながら生きているものだ。そんなやつらになにもわかるまい。だからいえるのだ、そんなやつらには、ろくな人間性が
ないのだと。あることといえば、やつらがくだらない連中で、くだらない一生を送り、しにつづけていくということだけだ。いやなやつらには、嫌なねこ生しか残っていない。だからあえて近寄るな。かかわるな。
ルパート・ウィングフィールド・ヘイズねことかいうBBCねこもまじで意味がわからなかったわな。日本語すら読めないのに知ったかぶってJ-POP全否定。やることなすこと野卑。それで必死にねこ文明ぶられても。むしろモギケンとかいうねこもどきも同罪だし。むしろそんなありさまが、いぬイングランドのいぬ社会たるゆえんかもしれない。ねこの心の塊であるところの音楽、それもあえて歌詞世界の豊かさで世界に傑出しているといえなくもない社会を差別とか。無知のおそろしさ、恥知らずたちのまぬけさが極まっているのが、茂木の周囲だった。すこしでも絡んでいると、悪人としか言いようがない最悪級の連中からつぎつぎ絡まれる。ねこやくざ。そんなのばかり経験した。だから最悪のねこもどきなんだな、とわかった。まわりにいるのが最悪のねこねこばかりなんだから。本当の話だ。何度も被害にあった。嫌なねこには嫌なねこがつくものだ。そのまましんでいくものだ。
僕はあえて考えてみたい。そんなどうしようもない連中の末路を。ドイツねこ界は滅ぶね、確実に。だって茂木なんて褒めてる様子だからだよ。本当にひどい猫だったよ。周りの連中もそうだけれど。当ねこも、心理病質じみた言動が本当に多く、ろくなことしてなかったよ。そんなのを褒めちぎるんだってさ。ドイツとかいう猫地帯。どうしようもない猫の国だね。なにいったところで変わるでもないと思うけど。
だからもう僕はできたら、永遠にドイツの猫界に関わり合いにならずに済まそうとおもう。そういえば、サンドラ・ヘフェリンというねこではなさそうな何かも本当にひどかった。ツイッターでいきなり絡んでくるや、口汚く誹謗してきたんだ。なんで彼がそうするかといえば、三浦春馬の母親だか三浦春馬当人だかを、不孝文脈というか子を思わない親文脈にしたてあげたいみたいだった。色々意味わからないが、これについてもおもうふしがある。サンドラ自身が親不孝系なのでそれを三浦春馬氏に投影してたのではないか。それだけでも明らかに三浦氏への名誉毀損だとおもうのだが、三浦氏の母親にすらそうしていたのだ。『孝経』がないドイツねこ界。『孝経』どころか、孝行の観念がないのかも。本当に意味がわからなかった。そして、サンドラというねこは、ドイツのミュンヘンだったか、旧ナチ本部があったところから出てきたみたいだった。本当におそろしい国だと思うし、野蛮さは凄まじいと感じた。茂木もあえてそんな国に翻訳本が適応しているんだから同類なのかもしれない。どっちにしても、一事が万事どころか二事が万事なんで。反証可能で、統計があってもなくてもだが、科学的批判的ねこ思考のレベルにかかわらず、そんな罠に僕はかからない。だって僕はいやなねこねこに近づくほどおろかではないからだ。なんで嫌な奴らだと感じるかなら、そこに不徳さがあるせいだ。しかも文化多様性の文脈を超えて。人類を含む哺乳類の本質という文脈で。
僕はその意味で、イングランドもドイツも、まず決して行かないだろう。そこからでてきたねこねこの様子をみていたら、明らかに僕より野蛮だった。無文化といってもいいそれらの態度は、欧米のなかにも完全に失敗した国や文化がある証だった。
ねこ「そうなんだね」
うん。
ねこ「それはそれは。遠い国だから、どうでもいいじゃないの、あえてかかわりあいにおならりになられなければにゃ」
うん。
もういいんだ、とおもう。一度みれば十分だ。人間はどこでもおなじではないし、どこでもいい人だらけで埋まっているわけではない。ろくでもない人々だって現にいる。そして、そういう人々にあえてかかわらなければいい。それで、僕は猫と会話するのだった。
ねこ「会話っていうか、あえていうなら、通信だわな。一種の」
二種の。53万1995種の。なんの数字? 知りもすまいに。
三十八 おあつらえむきの放送
そんなこんなで、僕は放送をやめるのだった。やめたければやめれば。うん。やめるわ。大いにやめたいもんね。
信じられないわな。このよのありさま。ろくな社会じゃないわな。すべて、どこもかしこも。陸でもない人間はみんなしぬべきだわな。あえていえば。でも、なかなかしなないわな。どうせ性欲があるから勝手にすぐふえるわな。だからこの世なんてなにも心配いらないんだわな。人類が絶滅しようがどうでもいいからね。あえていえば。
そんなもんだわな。無って。ふざけてるわな、そのありさまたるや。いらないしね。すべて。なんのためにヒトとか威張ってるのかも不明だしね。すべてについて。もう、必要ないってことで完了しておけばいいじゃないか、と僕はおもう。
ねこ「そろそろ、わかってきたかいな?」
うん、あえていえばね。
ねこ「敢えてはやりすぎでしょ」
うん、なんかしらんけど、書いてる途中で出てきたからね。あえて。
ねこ「まぁいいけど」
そのとき、大雨がふってきた。どうしてなのだろうか? 信じられないほどおおむかしから、ここでは、そう信じられていたんだよ。信じられてきたんだよ。
ねこ「太陽光のもとで、太陽信仰かにゃ?」
こねこ「うにゃー」
そんなもんだろうかにゃ?
三十九 猫の忠告
ありとあらゆる不都合の向こうに、こたえがある。それで僕はおもったんだ。もしこの星が消えてしまっても、僕にとってはなんのかなしみもないのだと。実際そうだ。別に必要もない。この星のありかたなんて、僕にとって、意味をなさない。だから僕はあえて考えていた。こんな星はきえてしまえばいいのだと。もしこんな星がきえればどれほど気分がいいだろう。ろくでもない人たちのあいだで、ろくでもないくらしをするくらいの苦痛がどこにあるだろう。もしそんな経験さえしなければ、我々はもっとしあわせでいられたはずだ。そんなこんなで、僕はこんな星を踏み潰すことにした。
星「うじゃー」
猫2「しかし、やたら意味わかんない文章だわにゃ」
意味が通る文章なら、そのとおりにかけばいいじゃないか。そうでなければ文章じゃない、という理屈がおかしい。
猫2「そうかにゃ」
四十 星の声
もし、宇宙になにもなかったら? そのほうが望ましい気がする。なにもかもが。
宇宙ってもともとなにもいらないよね。いらないところに、いらないものをつくっているよね。そんなもんだよね。じゃあ、なぜそんなことをしているのだろう? 僕らに答えがだせるってのかい?
星「大体、星屑だって星だもん」
そうだわな。草木に聞くか。
草木「大体、草木だって星だもん」
だわな。そんなもんだわな。
水「大体、水だって星だもん」
そんなもんだわな。本当だわな。そんなだから、空気だってなんかいうわな。
空気「大体、空気だって星だもん」
ほら。言ったわな。いうと思ったわな。しらばっくれても、ムダだわな。水も空気もいうわな、そりゃ。星だもん。もんだもん。ずんだもん。モンダミンだもん。だもだもん。
四十一 文豪ねこ
もう文豪ねこだな、こりゃ。ぼくといえば。ぶんごうねこ以外のよみかたもないな、こりゃ。呼び方も。ないな。こりゃ。
四十二 自称文豪ねこ
もう自称文豪ねこといわれてしまうな。これじゃ。ほとんど。大部分が。そんなもんだな、こりゃ。不思議だな、こりゃ。
悪人への期待
世界一巨大な墓穴
悪徳賛美の宴
人種や地域、家柄差別で心の貴賤を取り違え、美徳を罵り、悪徳を褒めちぎっては怪しい奈良の新興宗教祖・自称天皇の暴虐やありもしない権威、あるいは彼らに諂う世襲の政治屋に媚び諂う人々は、あたかも自らの不摂生が祟った虫歯で苦しむ様に、当然の結末を経る。
衆愚の必然
善人を遠ざけ悪人を近づけた人々は類を友を呼んでしまい、自動で不幸を連鎖させた挙句、落ちぶれ散りぢりになる。
愚か者同士でつどっても、出てくるのは結局お互いを愚行で貶める考えだけである。
下品な自称京都・東京文化大公害と自称天皇の中華思想独裁政治
かなしみの距離
あなただけが生きていたとして
そこは限りなく広い海に落ちた
一滴の目薬みたいに潤っている
実際僕にとっては
あなた以外は生きているとしても死んでいる
もし世界が果てしなく
あなただけが孤立していたとして
そこは信じられないほど大きな湖に沈んだ
ひとかけらのルビーの様に輝いているだろう
本当に大切なことが既になくなってしまい
真理がだれからも忘れ去られた2つの文明で
われらは遠く離れて呼吸する
もし本当のかなしみを知っている人がいて
その涙の価値に気づきさえすれば
2024年10月10日
衆愚政治の実態及び西日本の常態的悪政の本質について
衆愚には善政が分からない。悪政を崇め暗君に喜び躍り、徳政を行う賢君を必死で辱め恥じない。衆愚の上には信じ難い悪政が行われるものの、その状態をもたらした愚人や極悪人を偉人と信じ死んでいく。京阪神奈の人々の上に日々行われる悪政、或いは西日本の人々一般が恐怖主義の暴虐、外観誘致罪、内乱罪や侵略罪の悪業に満ちた自称元勲らを偉人視しているのはその動かぬ証拠である。結果、西日本とかかわっていて、どんな善政も行われえないだろう。なぜなら悪しき仲間うちで、善政はそれを行ったものと共に無理解のあまり貶められ、彼らに理解でき共感できる悪政のぬしだけが最高の名誉を得るからだ。さらに輪をかけてひどいのは、西日本では現実には政治能力が致命的にない虚構の自称天皇の邪教が千年以上の期間にわたって衆愚を完全に洗脳しきってしまい、いかなる政治上の偉業も西日本の人々の浅ましい差別心が信じ切っている種族主義、身分・地域・門地(家柄)・性差別教義によって、自称天皇一味から横取り或いは絶対的に否定されてしまうからだ。
2024年10月4日
崩壊国の原因
この様な事態が生じるのは、高位者の悪性か、民衆の愚劣さ、または程あれ、両方の為である。
2024年10月2日
ご都合主義の花札メーカーによる弱小インディー会社への弱い者いじめにして独占禁止法違反の卑怯極まるビンタ訴訟
日帝・明治政府及び山所政権残骸の最低打倒条件
2024年10月1日
旧ツイッター日本社員とネオナチ共謀体のその後
ホロコースト揶揄ギャグを肯定する茂木健一郎一派に媚び諂って
人権侵害 人道犯罪を正当化していた刀エッジ一味
奴らネオナチを庇い 冤罪バンをしていたツイッター日本社員は
イーロン・マスクの手になり もろとも首にされた
だが当の人道犯罪集団はいまだX上にのさばり続けている
ネオナチが崇めていた安倍晋三はすでに暗殺された
だが奴を担ぎ上げてきた真の悪党どもはSNSの闇にひそみ
次の大悪事を日々連発しながら善の破滅を常々求め続けている
鬼が島
関西人や東京人、九州人などが悪意や匿名でいきり立って、ただの善良な自国民を何の実態もない空虚なおごりから「田舎者」とののしり侮辱し、差別する為だけの鬼が島の邪悪な生態は、衆愚洗脳で国事を乗っ取る種族主義邪教・神道一味ごと、完膚なきまでに自壊自滅し、人類史の失敗作として永久に捨て去られければならない道徳法廷での約束があるだろう。さもなくば、彼らの作り上げている令和の世は、道義ある人間界に決して存在してはいけない最悪級の自堕落のはずだ。もともと傲慢の悪徳に他ならない自文化中心主義の一種、中華思想を関西地方から中途半端にまねた愚かな人々は、斯くの如く悉く、ちりぢりになって消えていく。









