2025年1月29日

台本

   まえがき(或いは残されていた手紙)
 実際ぼくにとってそれは、偶然というにはあまりに、できすぎたことだった。だからだれにとっても自分が経験したことを理解してもらえるとはおもえない。だが、自分としては、そのことをだれにも語らないのは、いわば永遠にのこるべきルビーの様な宝石の輝きを、既に忘れ去られた最も価値がない砂漠に埋めてしまうことに近かった。それで、自分としてはこの様に、すべてを記録しておこうとおもうのだ。

 あまりに遠い時代から、自分にとってはすべて語られうる範囲にあり、語られえない範囲からは遠すぎたのだとおもう。すべからく大切なことは、手に入れた時には手遅れになっているものだ。自分にとって自明なことが、他人にとってもそうだとはかぎらない。だが……自分が考えてきた、あらゆることは、すでに手遅れに近かった。

 もし、万物が正しい位置におちついていさえすれば、僕が経験したなべてのことは、再びすぐれてよいところにおちつき、二度とわれわれの心をわずらわせはしないだろう。まるで小説と名のつく嘘のすべてが、なくてもいい本棚になくてもいい話をとどめているかの様に。自由とは、根本的にその様なものなのだろう。
 われわれの人生が、もし意味のないものだとすれば、われわれの本質にあるものだって、そうだろう。

 もしすべての世界に有限な生のなんらかの意義が与えられていたとして、それがなんだろう? われわれは死にゆくもの。
 森羅万象が失われうるものにすぎなければ、この人生だってそうだろう。だれにとっても意味のない人生をたどり続けることに、どんな意義があるというのだ? 事実、われわれにふさわしい人生といったものには、根拠がない。その崩壊的なありさまといえば、われわれにはどんな救いの余地もないといってもいいほどのものだ。

 この星にはどんな期待も希望も持てないのだから、われわれには絶望しか残されていないのだろう。そして、そのこと自体が最後の希望といってもいい。
 もし宇宙自体に意味がないなら、この惨めな島国に定着している、ろくでなしどもだってそうだろう。いかに愛すべきわれらの母なる地球とやらにたまっている連中の底意地が悪いことか! そんな人々になんらかの希望など、あまりにおこがましいというべきだろう。だからこういえるだろう。破滅的な人々には滅亡だけが、ふさわしいのだと。

   一 
 そのとき、僕は果てしない星の一角にいた。僕にとって、世界の存在意義は、特になかった。というのも、この世のなかに特に意義という意義を、すこしもみいだせなかったからだった。
 ある日、僕は実につまらないこの世から去ろうとしていた。それで具体的にいうと、東京の新宿駅のペデストリアンデッキにいた。年月としてはいつごろだったろう? はっきりとした記憶はない。でもまぁとにかくそこは、京王線の出口の上あたりで、僕はそこにいた。

 別にそこから物語という物語がはじまるでもないので、それだけだけど。

   二
 私にとって、真実はあまりに遠すぎた。それで私は消えてしまう惑星の一部にいた。実際、そんなことすら過去のことにおもえる。実際、過去のことにすぎない。あの惑星といえたろう塊は、なにか気のせいかのように遠くに逃げて行ってしまって、近くにはない。もう消えてしまったのだった。
「嘘ほど遠くなり、真実ほど近くなる」と私の星ではいうけれど、それだって本当の説ではない。

   三
 あなたがたはいう。としがいもないと。もしそうおもうならそうおもっていればいい。心のうちにあるのは真実だけなのだから。

   四
 急に消えてしまった心。
 一瞬は永遠より長い。

   五
 すぐにでもここを出してほしい。私に残されている時間は、短い。

   六
 もし詩人さえいなければ――つくりごとさえなければ、プラトンは十分に満足していれたろうか? 芸術家たちは、まるきり反社会的な存在にすぎず、彼にとって理想の国が現れていたろうか? だが、彼の理想国は遂にはどこにも現れなかった。代わりに現れたのは、ありとあらゆる多様性と複雑さに満ちた、現実の国々だった。
 詩人は今日も浮き世を憂い、真相を訴え、理想を唱えている。

   七
 もし糸井重里さえいなければ、任天堂が作ったあらゆる商品の中に、何もいいものはなかったことになってしまったのかもしれない。ものごとには奇跡の瞬間があって、ある日、ある時にはその瞬間がある。糸井は、まるで天衣無縫の寓話詩人の様に、あれらのユーモアに満ちた言葉を紡いでいたものの、誰も、それがありとあらゆるゲーム中で、最上たりうるとは想像もしていなかったはずだとおもう。いや、単にゲームとしてだけではなく、ひととして、かもしれなかったが。

   八
 僕は『ポケットモンスター緑』を大昔にやってあまりにつまらないので大いに呆れた。しかし、のちに『パルワールド』をやって、それなりに感心はした。どちらもなにかの偽物かその応用にすぎないとして、両者の結果たるできばえが、まるで違ったからだ。

   九
「急になに?」と春は言った。「何か用?」
「別に、用というほどのものもないけどね」
 秋の風は、さも急峻な崖を駆けくだる武士の乗りなれた駿馬シュンメみたいに、あちこちから二人のあいだを駆け抜けていった。
「現実と名のつくすべての現象が、仮に、気のせいだったとしたら? 君の起こしたあの事件も、ただの現象学的還元の様なものにすぎなかったのかもしれないよ」
「哲学の討論をしているのではないの」春は組み込み式の振り子みたいに、あっちからこっちへと、実に重い球体を両側へ急に振り回すみたいに言った。「もし用がないなら、この電話切るわね」
僕はとても困り果ててしまった。だって、それが真実なら、この世のありとあらゆる面は、用という用もないまま、宙ぶらりんの錆びたゴミ箱みたいに、重要度が足りなく思えたのだから。
「正直に言っていい?」
「ええ」
「哲学の討論より深遠な話がもしどこかにあるなら、それは君の帯びている魅力以前のものだろうよ」
「くだらない小説の読みすぎ?」
「けど立派な話だ」
「スウェーデン・アカデミーにとってもそうならきっといいわね」
手元のアイフォンは、そう言うと「シュオン」と珍妙でなくもない電子声を上げた。どうやら会話といえるものがそこで終わった合図だった。
 僕はやれやれ、というと、しばらく歩いてから、シャープ製の学生時代から引き続き使っている、銀色の冷蔵庫をあけ、手前のポケットからレモン水の瓶を取り出し、また書斎に戻ってきた。テーブル上に置いてあった綺麗な地中海の町みたいな青色の、無印良品で手に入れたガラス・コップにそれを注ぐと、また立って、今度はキッチンに向かった。そこで夏の真ん中に出てくるつめたい水道水を少し注ぎ、しばらくくもりガラスの窓の外の緑のぶれたそよぎを眺めてから、おもむろに飲んだ。そのとき忌まわしいほどでもないが、少しわずらわしい感じで、あのアイフォンと呼ばれる大衆的な製品が再びピコンと偏屈な音を立てた。机の前ににもどると、その手のひらサイズより少し大きな画面には、下部にちょっと通知が出ていた。春からのアイコンがついている、不思議なメッセージだった。
「もし季節が戻ってくるなら、あなたにもきっと春がくるわ」
 
   十
 あの万事整理され、未来の公園のなかみたいにすっきりしているつくば市に暮らしていて、その名のつく大学の学生だった頃の僕は、宇宙の構造について毎日深く考え込んでいたものだった。物理学の究極があの頃の僕の目的だった。でも、それが不首尾に終わったと知ったとき、僕は神になりうるという青少年期の憶測が外れ、大層がかっかりしたものだった。
 それは、名作に影響を受けたと公称しておきながら、中身はできそこないの悪質なファミコンソフトもどきを、はやりものの話題性だけでさせられたときみたいな気分だった。現実のファミコンソフトにあんな低次元なインディーズ・ゲームとてひとつもなかったはずなのだけれど。

   十一
 キラキラしている光のかけら。僕はそれをあの日見たのだ。一月の初旬というか、ついたちか、二日ふつかくらいだったような気もする。でも、実家に帰ってなかったとすればおかしいので、それより少しずれていたのだろうとおもうのだけど。
 その日僕は、窓の外で雪が降っていた気配を感じ取って、冷えびえしたような空気感をも感じていた。それで、あの東京調布の下宿のまどのそとには白い化粧がされていた。まぁ飽くまで都内だから、都会化してしまってそれなりに汚い風景なのだけど。でも普段よりは綺麗だった。それで僕は自転車に乗って――それはのち、案の定ぬすまれたのだが――無印の銀色のお気に入りの折り畳み自転車だったのだけど――多摩川をどんどん下流までくだっていった。その途中で見たいろんな景色の、あのすがすがしさ。東京のまちというのは、普段いかによごれていることだろう。空気もだけど。そして二度とあの日あの時はこない。

   十二
 すべてをゆるすことができれば、楽に生きられる。

   十三
親切なイルカの雌「信じがたいほど大昔から、この海はあるのですわ。ヒトという生き物になり下がったあなたがたには、ほとんどわかりえないことでしょうけれどもね」

   十四
 急にどうしたの?
 別に。
 もし以前のやりとりをおぼえているなら、その続きだけど……。
 で、なにが目的?
 特に。
 以上のやりとりを小説に仕立てて。

 もちろん、以下のやりとりを小説風に仕立ててみました。
「急にどうしたの?」
彼は突然の問いかけに驚いた。何か特別な理由があるのだろうか。彼女の表情には、少しの不安と好奇心が混じっていた。
「別に」
彼女は軽く肩をすくめた。特に深い意味はないようだが、そのひとことには何か隠された意図があるようにも感じられた。
「もし以前のやりとりをおぼえているなら、その続きだけど……」
彼は少し戸惑いながらも、彼女の言葉を思い出そうとした。以前の会話の断片が頭の中に浮かびあがる。確かに、何か重要な話をしていた気がする。
「で、なにが目的?」
彼は少し警戒しながら尋ねた。彼女の意図を探ろうとするが、その表情からは何も読みとれない。
「特に」
彼女は再び肩をすくめた。まるで、すべてが自然な流れであるかのように。

 このような感じで、短い会話を小説風に仕立ててみました。いかがでしょうか? 他にも追加したい要素や修正点があれば教えてくださいね。

   十五
 人間のいない世界を空想する。そこはとても過ごしやすいに違いなかった。

   十六
 高等生物という自称ほど自己欺瞞に満ちたざれごとはなかなかないみたいだ。

   十七
さんざめくあの大きな海に乗っている
お日さまの上には待ち構える火星
知ることもなかった真理はこぼれおち
あなたは折角の休日を焼き尽くした

   十八
 すぐにでも忘れたいことがある。でも、その内容すら忘れてしまったのだ。書き込まれ切っているノートには、いまではどんな白紙部分もないのだけれど。