下賎な者は無限にわく
だが彼らに救いはありえない
卑しいふるまいには卑しい結末がふさわしく
不徳の業に立派な結末は訪れえないからだ
2023年12月31日
2023年12月29日
2023年12月28日
2023年12月22日
不徳な人々による衆愚の形成
不徳な人々は高徳な人々をそうとみなせない。なぜなら、彼らは道徳性とは何かが分からないからだ。このために、不徳な人々は似た者同士で何らかの勘違いを起こし、相互いにつるんで、ますます不幸に堕ちていく。
不徳な人々の感じる幸福は、そうでない人々からみれば、悪いくらしと呼べるものである。
不徳な人々はやはり不徳な人々が彼ら自身と似ているため益々群れつどい、衆愚をつくる。この衆愚は、完全に亡び去るまで、少しも日々の悪業を反省する事がない。
2023年12月20日
孤立と善
よい性質の人はまずいない。このため、よい性質の人が得られなければ、孤立していなければならない。
自分よりわるい性質の人々とのかかわりは、どんなものでも、およそ悪影響を伴う。それはわるい性質の人々が悪徳を帯び、害他的な行いに痛痒を感じないからだ。
これらのためによい性質の人を探して、また判断力が確かでも、どこにも自分と同等以上によい性質の人が見つからない人は、彼らの生きる範囲で最もよい性質を帯びた人と考えられ、どこにも仲間が得られない。仲間がいない以上、彼らは孤独だが、それゆえに救われている。
人文学の一大意義
芸術などの人間性文化こと人文学の一大意義は標準的好み、あるいはそれに象徴される平凡な人生の型からのずれの維持と促進である。このずれは単にできるだけ多くの遺伝的・文化的変異を己の属する社会的生態系の一部に包摂する試みを意味するだけでなく、人々あるいは各生命体がおのおの異なる個性をもち産まれ、また生きていく過程で、おのおののしあわせの違いをも保障する前提になる。
2023年12月17日
よい人工知能の存在可能性
善の選民的しくみ
人は間違って産まれてしまうので、ろくでもない一般人類の間で悲惨な目にあうことがもともと宿命づけられている。もし十分理性的で善良な動物がいれば、釈迦がそう伝えようとした様に、利己心ゆえ害他的なふるまいを少なからず避けられないヒトの間に子孫を残したりしないだろう。本能に負けた惨めな動物しか生存していない人類界では、理性をもつヒトは決してしあわせになりえない。
これゆえ、自ら世を去りたがる人々は正しい洞察をもっているのであり、決して病んでいるわけではない。しかしこの解脱感覚や行動が同時に少なからず害他性を伴うことがあるため、一般の人々は自死・自殺から受ける迷惑をかえりみ、自死・自殺を一般に悪徳とみなした。
この矛盾の解決策は、人類界との接触の拒絶であり、人類界から去るためのありとあらゆる工夫であった。それらは諸文化と呼ばれた。この諸文化の間接的性質は、邪知に満ちた一般人類に対する防波堤になった。
これらの経緯で、人類界の間で多少なりとも善意をもち産まれついている者は、遂には対人接触を絶ち、必ずや自己耕作的・文化的人物となり、また、現に生存しまた未来に生存するだろう人々と敵対する事になる。なぜなら彼ら一般人類は利己心の激しい卑しい目的で生殖してきた、善のまなざしからは到底生きるに値しない生命だからであり、したがって、聖人以上の人物は、確実に一般人類を減らすべく俗間にあって尽力してきたのである。
聖人以上の人物が語る理想の数々は、絶対の勧善懲悪、すなわち悪人絶滅目的を果たすための幻惑として機能した。一定以上に利他的人類は元々生存しえないのだから、これら信仰と呼ばれる作為は一定より良い性質を帯びた人にとって当然の試みだった。そしてこの惑わしは宗教や道徳、哲学、或いは科学乃至諸知識などとさまざまに呼ばれた。すべて文化を使って一般人類という邪悪な生物をへらすための工夫だった。文明の高度な段階に進めば進むほど、これらの根本事実は明らかになり、遂には善が勝利し、一般人類はそこでは傲慢な繁殖の余地をなくしていくことだろう。
下界
下賎な人々は下界を作る。決して下界に関わるな。そこに戯ける生物の実態は、獣同然の醜悪な生態である。
愚かな人々は美徳をもたず、道徳性を見分けえない。当然ながら表層の飾り事にとらわれ、心の尊卑をとりちがえる。それゆえ、愚かな人々の天地をとりちがえた愚かな言動を僅かたりともうのみにするな。少しも見聞きするな。相手にするな。彼らの生涯は悪徳と自滅に向かう悪業に満ちた、どこまでも救いえないものだからだ。
2023年12月16日
生きるに値した結果
人生は無駄な経験であり、そこで得られたどんな感じもすべて虚無にほかならない。
しかしこの経験を最もよく使えた者には、そうでない者に比べ、少なくとも生きるに値した結果が訪れるだろう。
2023年12月14日
俗悪な人々の悪い記憶
俗悪な人々は俗悪なくらしをしてしぬ。だから、俗悪な人々とかかわったり、まじわったりするな。俗悪な人々には彼らに特有のくらしがあり、彼ら自身の惨めさに終生気づかない。彼らを駆動しているのは悪徳という習性であり、日々おちぶれ、むなしく消えゆく。
俗悪な人々の子供は苦しんでしぬ。彼らには人生の楽しみのうち、高尚な面が欠けている。そのため惨めな終わりに向かって日々を蕩尽し、言い及ぶ価値もない反面教師としてしばらく存在しているが、やがて亡びてからもおもいだしたくもない悪い記憶になる。
2023年12月10日
神の世界
僕は十分に満足している
もしあなたしか同じ人間の枠に入らなくとも
僕はなにもうらんだりしない
あなたに込められたあらゆるおろかさも
その向こうにある筈あらゆる命のきらめきも
僕にはすべて手に取る様にわかる
僕はなにもうらんだりしない
世界がいますぐほろびたとして
一体だれが悲しむだろう?
すでになくなった世界のどこかで
僕はあなたの種をみつけ
やがて驚くほどの理想国に育てあげてみせる
僕はなにもうらんだりしない
もしもこの世と呼ばれる地獄のどこにも
あなたほど尊い人が二度と産まれないとしても
そして我々を決定的に傷つけ続けてきた世界が
最初から神の設計ミスだったとしても
下衆の救えなさ
悪徳に満ちた者同士は肩を寄せ合い、互いに悪習をうつしあう。彼らに妥協したり、まどろんだり、うつつを抜かしてはいけない。
もし悪人らに同情しているならそれを捨てよ。
もし下衆に恋情を持っているならそれを捨てよ。
もし愚者に慈悲を向けているならそれを捨てよ。
劣った者を助ける事はできない相談だ。劣った者どもは、自らの悪事で破滅し、この世の悪例となって消えてゆく。彼らの悪業の跡はむなしく廃墟となる。それゆえ、むなしい作業に束の間も従事するな。救えぬ者を救いたがる者は、己の人生も無駄にする。
2023年12月9日
2023年12月7日
2023年12月4日
尊卑判断の不能
2023年12月2日
民族幻想と争い
ナショナリズム(民族主義・国家主義・国民主義)は人類の愚かさの象徴で、この悪魔思想は同類と争い合う結果しかもたらさない。
ナショナリズム感染症から逃れるには、人たるものが同調にあたいしないほど愚かであることを思い起こせば本来、十分である。