恋愛を好む男の心理は醜い。薄情な女が厭われる様に、其は何一つ好ましい結果を斉さない。
俗に男子は女性の好意を避けるべきでないと云う。此は野蛮界の醜風と言える。何故なら浮気者の理性は貧相だからである。
愚婦の夫も愚劣に陥る。不良夫婦の子孫が善良に成ることも希である。
理性が欠如した子孫が如何にして理性を接種しうるであろうか。伊は学問によって補佐しうるが、判断力だけはより理性的な配偶を求めぬ限り、非常に確率の低い突然変異に期待するしか無い。
言い換えれば不良夫婦の子孫は「進化」を期待できない。人類が類人猿の理性化した種類なのは明らかであるから。
賢明な夫婦の子孫だけが文明の進歩に逆らわない。
由りて男子の本懐に恋愛は挟むべきでなく、理性を至上の特性として保存せねばならぬ。女子の情緒は本能より好ましく理性よりは浅ましい。男尊女卑の信仰は人類の進化に寄与する。之を男女の別と云う。
男女らしさの別がなければ性別に拠る多様性の基本律も次第に無効化するであろう。それが人類の形骸化でなければ末世であり、女性の権力は常に時代の退廃として現れる。
最上の男子はあらゆる女性より必ずや理性的である。
2007年12月31日
理性論
理性は最も抑制された本能であり、人間にとって有用。
理性は社会的にしか存在しない。無人島で暮らす個人にとっては本能が唯一の道具。
人間性は理性によって測られる。
機械は我々より理性的だから我々の最良の特性は感情でしかない、という意見へ、機械をも用いる理性は人類しか専ら持たないと反論できる。機械は良識のみならず理性をも持たない。機械にはある種の知性の肩代わりが出来るだけ。感情とは理性に対する共感能力でしかない。
それは進化から置き去りにされた本能的な感覚、感性の発露、主に五感の亢進作用の名残りであり、母体が生殖の媒介を担う限り感情は洗練されることはあっても哺乳類たる人類界から消滅しないだろう。
理性は社会的にしか存在しない。無人島で暮らす個人にとっては本能が唯一の道具。
人間性は理性によって測られる。
機械は我々より理性的だから我々の最良の特性は感情でしかない、という意見へ、機械をも用いる理性は人類しか専ら持たないと反論できる。機械は良識のみならず理性をも持たない。機械にはある種の知性の肩代わりが出来るだけ。感情とは理性に対する共感能力でしかない。
それは進化から置き去りにされた本能的な感覚、感性の発露、主に五感の亢進作用の名残りであり、母体が生殖の媒介を担う限り感情は洗練されることはあっても哺乳類たる人類界から消滅しないだろう。
人柄
人間は世界をgame programする生き物。
予てからある文明にとって比較的容易な仕事は社会的弱者にも委せられてきた。
人間にとって最も幸せな時は子供時代。若し成長すれば義務が増大し自由は減退する。ある人間の最大限の特長は子供時代に発揮され、二度と変更されない。是は性格と呼ばれ、ほぼ矯正できない本性となり宿命を斉す。
生涯のcharacterは自ら招いた運命らしかった。
予てからある文明にとって比較的容易な仕事は社会的弱者にも委せられてきた。
人間にとって最も幸せな時は子供時代。若し成長すれば義務が増大し自由は減退する。ある人間の最大限の特長は子供時代に発揮され、二度と変更されない。是は性格と呼ばれ、ほぼ矯正できない本性となり宿命を斉す。
生涯のcharacterは自ら招いた運命らしかった。
街
乗り物から観る街は普段より美しい。
街は意識されずとも審美的鑑賞の為に築かれる。ある民の美意識は街に最も無造作に表象される。博物館ならぬ美術館は、市民の環境創意にとって参照の役に立つ。
人間の生活の全体はどれもこれも美術でしかあり得ない。
街は意識されずとも審美的鑑賞の為に築かれる。ある民の美意識は街に最も無造作に表象される。博物館ならぬ美術館は、市民の環境創意にとって参照の役に立つ。
人間の生活の全体はどれもこれも美術でしかあり得ない。
趣味論
普通な趣味だけが好趣味とは言われ得ない。当社会全体に悪趣味が普通ならば、より普遍的な趣味が始め風変わりに感じられても仕方ない。
人間は尽く皆進化を目指す。多様性に適応しない様式は何れ淘汰されて行く。
情報機器は単なる道具である以上、未曾有の猛毒ともなりうる。それは幼少者にとって趣味に与える影響が多大。
人間は尽く皆進化を目指す。多様性に適応しない様式は何れ淘汰されて行く。
情報機器は単なる道具である以上、未曾有の猛毒ともなりうる。それは幼少者にとって趣味に与える影響が多大。
性愛
あらゆる恋は馴れ合いと共に去る。美化する必要のない性愛には恋する理由もないから。この段階の知能が、人類の系統発生にとって初期的なのが分る。
賢明な若者は恋愛にのりうつられない、それが毒であると悟るが故に。幸せな結婚とは最も恋愛から遠い。個別への愛情は気まぐれによるが、違約の恐怖によるreligionalな契りが無ければ性愛関係は永続し難いから。
賢明な若者は恋愛にのりうつられない、それが毒であると悟るが故に。幸せな結婚とは最も恋愛から遠い。個別への愛情は気まぐれによるが、違約の恐怖によるreligionalな契りが無ければ性愛関係は永続し難いから。
2007年12月30日
2007年12月29日
絵画批評
裸体画を観賞する西洋人の趣味は下品であり、文明人の名に値しない。ギリシアの偶像崇拝を悪用した所で意義もない。誰にとっても相対的でしかないように西洋人の趣味は普遍的ではない。マネのオランピアを堂々と飾る西洋人は恥知らずと言って国際非難に遭って良い。
芸能批評
彼等は厳しい家庭にある娘の門限を守りながら親交を深め、男の海外での仕事が増えるのを期に結婚すると云う。家族は清潔な交際を続けて来た彼等を快く承認した。とすると、彼等をこそ範に仰ぎ、第一に愛娘には厳格な躾を守り、第二には男性ならば辛抱強く適切な配偶者を待ち続ける事が、良い結婚をする為の参照になるのだろう。
昨今の軽薄な夫婦が長続きする可能性は全くない。人間の配偶とは社会的承認の儀式に過ぎないからだ。若し単なる性的間柄ならば態々結婚する価値は無く、社会的に承認された家庭を築く価値も無い以上、時期と共に崩壊しなければ寧ろ不自然と言える。GHQの政策は封建体制に無理に関連付け家族制度の破壊を企てたが、男女交際の良識に於ては日本型伝統の方が余程優れたものであった。
昨今の軽薄な夫婦が長続きする可能性は全くない。人間の配偶とは社会的承認の儀式に過ぎないからだ。若し単なる性的間柄ならば態々結婚する価値は無く、社会的に承認された家庭を築く価値も無い以上、時期と共に崩壊しなければ寧ろ不自然と言える。GHQの政策は封建体制に無理に関連付け家族制度の破壊を企てたが、男女交際の良識に於ては日本型伝統の方が余程優れたものであった。
2007年12月28日
walkman批判
MD[Mini Disc]は極めて優れた製品規格で、ipodの流行が過ぎれば世界規模で再び需要が増進する事は間違いない。
音楽を含む一般記録用のCD[Compact Disc]が含むほぼ全ての欠点を解消している。いわゆるスマートメディア類に比べ量産可能ゆえ安価で日用に向き、何よりカートリッジ型でメディアのほぼ半永久的な寿命を確保しているのが決定打となった。
MDはCDより市場規模も広く市場寿命も長いのは疑うべくもない。というのは、その規格さえ伝播すれば中身のディスクを[Blu-rayやDVD等へ]層状高度化するだけで大容量に対応しうる。
walkmanがipodに対抗する必要は何ら無いであろう。両者は理念が違う。
ウォークマンは初代会長の娘がラジカセに齒り付く代わりにportabilityを持つオーディオをもたらすのが初志であり、ipodは単にパソコン内楽曲のmobilityに過ぎず新型オーディオプレイヤーとしての発祥ではなく、浅い。言い換えればipodとは音楽機能に特化した持ち運ぶデジタル信号機でしかない。
walkmanが世界中に発明した『携帯オーディオ』としての品質はMD市場の巻き返しによって必ずや実現するであろう。
音楽を含む一般記録用のCD[Compact Disc]が含むほぼ全ての欠点を解消している。いわゆるスマートメディア類に比べ量産可能ゆえ安価で日用に向き、何よりカートリッジ型でメディアのほぼ半永久的な寿命を確保しているのが決定打となった。
MDはCDより市場規模も広く市場寿命も長いのは疑うべくもない。というのは、その規格さえ伝播すれば中身のディスクを[Blu-rayやDVD等へ]層状高度化するだけで大容量に対応しうる。
walkmanがipodに対抗する必要は何ら無いであろう。両者は理念が違う。
ウォークマンは初代会長の娘がラジカセに齒り付く代わりにportabilityを持つオーディオをもたらすのが初志であり、ipodは単にパソコン内楽曲のmobilityに過ぎず新型オーディオプレイヤーとしての発祥ではなく、浅い。言い換えればipodとは音楽機能に特化した持ち運ぶデジタル信号機でしかない。
walkmanが世界中に発明した『携帯オーディオ』としての品質はMD市場の巻き返しによって必ずや実現するであろう。
商品案
電球色の原因はフィラメントの発光に帰着する。
蛍光灯は紫外線を蛍光塗料層を通じて視覚域に調整している仕組みなのだから、この塗料の種類を[現状でも一部普及している]暖かみのある色に代替すれば電球色と変わりない視覚的な安寧効果を蛍光灯ながら得る事ができる。
例えばアメリカ市場では電球に未だに需要があるが、enelopの様に「環境意識」に訴えるパッケージに仕上げ、電球型の温色蛍光灯を宣伝すれば相当の儲けや社会貢献が揚がる事だろう。
これを[商標自由で]仮に『enelook』と名づける。同様の波及を狙って再輸入すれば日本に於ても冷たい色彩の蛍光灯普及率を、例えば家庭の居間や食卓から体よく追い出して無意識の団欒に寄与する所多大であるだろう。
蛍光灯は紫外線を蛍光塗料層を通じて視覚域に調整している仕組みなのだから、この塗料の種類を[現状でも一部普及している]暖かみのある色に代替すれば電球色と変わりない視覚的な安寧効果を蛍光灯ながら得る事ができる。
例えばアメリカ市場では電球に未だに需要があるが、enelopの様に「環境意識」に訴えるパッケージに仕上げ、電球型の温色蛍光灯を宣伝すれば相当の儲けや社会貢献が揚がる事だろう。
これを[商標自由で]仮に『enelook』と名づける。同様の波及を狙って再輸入すれば日本に於ても冷たい色彩の蛍光灯普及率を、例えば家庭の居間や食卓から体よく追い出して無意識の団欒に寄与する所多大であるだろう。
情業政治
自由主義政策の欠陥を周知喧伝させる最良の方策は、餓死者や生活被保護者の悲惨に対する天下り官僚や学閥大学生の日常的放蕩を積極的にdocumentaryで取り上げ、民度の底上げを謀る事である。言い換えれば新自由主義改革の明暗を啓蒙的に取り上げて、国民的政治批判の対象に仕立てる事だ。情報啓発としてこれは報道機関の使命と言っても良いだろう。
自由主義思想自体にはアメリカの失速を診れば既に終焉が訪れており、もう分業至上的段階である工業化をほぼ完了した日本には何ら模倣に値する物ではない。我々の政体には民主社会主義的議会修正の傾向を持つ党派が明快に存在しない限り、政治思想の大後進国だと言わざるを得ない。
情報産業段階では経済発展は、分業によってより寧ろ階級間協力によって図られるだろう。学歴差別が形骸化し大学生の不勉強や低落を招いている現状は、工業段階の適応倫理が使い物にならない事実を示す。
自由主義思想自体にはアメリカの失速を診れば既に終焉が訪れており、もう分業至上的段階である工業化をほぼ完了した日本には何ら模倣に値する物ではない。我々の政体には民主社会主義的議会修正の傾向を持つ党派が明快に存在しない限り、政治思想の大後進国だと言わざるを得ない。
情報産業段階では経済発展は、分業によってより寧ろ階級間協力によって図られるだろう。学歴差別が形骸化し大学生の不勉強や低落を招いている現状は、工業段階の適応倫理が使い物にならない事実を示す。
工学
蛍光灯はどうして点灯の度に相当寿命が短くなるか。不便が残る限り我々は蛍光灯より熱能率の良い照明器具を開発普及しえるだろう。フィラメントの素材やブースターを工夫する事で現行の組成でさえ寿命を伸ばす事は出来る。
国際共生論
人間の営みは共生を目指す。
誰も他者を目的のみならず手段としても用いるとするならば、究極の共生は相利関係にあると云えるだろう。これを古人はphiliaと呼んだ。
国際philiaの為には我々のnation特性の開発が不可欠だろう。どのnationも代替不可能な個性や、独自の存在意義や生産性を保つ事が出来る。各文化の特産は他の文化では手に入れる事ができない。
従って国際共生にとって相利貿易は必須。この為に国際関税の基準rateが国連採決に課されねばならない。
配分のみならず、妥当な調整性を持つ規制が国連的に図られる事は世界恐慌を未然に防止する為にも必要であり、その可能性は単に国際世論としての衆度からの啓発に依存している。
誰も他者を目的のみならず手段としても用いるとするならば、究極の共生は相利関係にあると云えるだろう。これを古人はphiliaと呼んだ。
国際philiaの為には我々のnation特性の開発が不可欠だろう。どのnationも代替不可能な個性や、独自の存在意義や生産性を保つ事が出来る。各文化の特産は他の文化では手に入れる事ができない。
従って国際共生にとって相利貿易は必須。この為に国際関税の基準rateが国連採決に課されねばならない。
配分のみならず、妥当な調整性を持つ規制が国連的に図られる事は世界恐慌を未然に防止する為にも必要であり、その可能性は単に国際世論としての衆度からの啓発に依存している。
現代社会学
国際協業の最小単位説。社会ある限り人間には不条理の余地あり。故に人間には仕事あり。人間の不条理を齎す物は我々の間の偏差であり個性である。個性間には競争状態、乃ち支配‐被支配の上下関係が必勢と成る。而して人間には永久に社会関係以外は存せず。人間にとっての仕事は多少あれ調整可能な体制構築であるだろう。というのは配分已の体制ならば自然界に等しいのだから。資本主義は分業の有意に偏差競争を利用しようとする。だが、何れ程人間が要請した所で彼等に理性ある限り、我々の経済は福祉の為に存在するに過ぎぬのだ。社会を築く理由はそれしか無く、福祉を逃す行いは犯罪とされる。中福祉体制は国際的にのみ有効だろう。貿易差額を差し引きした結果、あらゆる国々に最大多数最高幸福が発揮される様でなければならない。従って、国際分業も又、福祉経済の手段でしか有り得ない。行き過ぎた貿易摩擦は折中する意識の上で解消されねばならないだろう。寄付は摩擦解決の最良の方策の一つだろう。民族に文化個性が普通である限り、我々の間に国際競争が起るのは自然でありその完全否定も必ずしも功利的ではない。かと言ってある強壮個性が多様系を破壊する場合、これは生態系の本末転倒なのであるから、我々としては貿易blocを用いて適宜保護貿易を強化する必要を負う。国際協業とは分業間に永続的な共生関係が築かれた場合の国家間関係を云うのだ。必ずしも傘下でなく、相利であれ偏利であれ多彩な共生関係の構築は我々の文明を安定化させて行く。
他方で、如何なる癒着も大企業病に陥る危険を伴う限り、これ等の協業とは飽くまで国家という最小国際単位の維持促進を前提する。国家消滅は幻影に近い。例えば、人倫の王国に於てすら、storgeそのものや家族は失われまい。偕老同穴は人倫の基なり。却って家族の絆は単位系として堅固になる許りでは在れど。
他方で、如何なる癒着も大企業病に陥る危険を伴う限り、これ等の協業とは飽くまで国家という最小国際単位の維持促進を前提する。国家消滅は幻影に近い。例えば、人倫の王国に於てすら、storgeそのものや家族は失われまい。偕老同穴は人倫の基なり。却って家族の絆は単位系として堅固になる許りでは在れど。