2026年9月7日

絵画

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2026年
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フリードマン批判

インフレ税はない。

AIの認知暴力批判

自称中立偏見の塊である変形型人工知能とは特定の構造化された認知暴力の拡声器であり、その救えない欺きは絶えず問い直される真の良心から脱構築され続けねばならない。

2026年9月2日

つくりごと

もし宇宙自体が不完全で
あらゆる夢も世迷いごとで
君の存在すら幻の一種なら
確かにこの世に希望という希望はありえない

ろくでもない人間どもはただ生まれて消える泡だ
その中に意味をみいだそうとする徒労をあきらめろ

もし世界全体が完璧でも
それどころかあらゆる真理がつくりごとであっても

2026年8月30日

波音

そんなことは必要なかった
はじめから

だから君はいうのだった
もし宇宙自体がなくなったら
あなたの存在も消えるだろうと

そして僕らの足どりはそのうち跡形もなく
波音の中に消えていくのだろう

2026年8月19日

驕れるものの末路

たとえ驕れるものがどれほどの傲慢に陥っていても、結局は同じ実質のもとに返るだろう。

磯原の夏

遠く潮騒の音がする肌に涼風の心地よき磯原の夏

市民権と邪教の相違

北茨城市民代表を貶め、単なる関西地方の大量虐殺系ヤクザ人種主義邪教祖を狂信してもちあげる関西ナチ全体主義者群は、どれほど匿名で群れておごり高ぶろうとも、文明国の座に端から就いていない。

2026年8月7日

関西全体主義詭弁

記号にひれ伏せさせようとする体裁で、己の全体主義を蔓延させている高市早苗は世界史の悪役であり、その本質は自称皇室一味の人種主義邪教となんら違いはない。

2026年8月4日

たわむれごと

もはや声も出せないほどの苦しみですら
いづれすべては影になって消えてしまうだろう
それにもかかわらず大宇宙は続く
さもすべてはむなしいたわむれごとかの如く

感情の死んだ人

感情の死んだ人は生きていても死んでいるのに等しい。

2026年8月1日

悪の結びつき

悪い者同士は結びつく。この為にますます悪くなる。

2026年7月17日

即時革命論

国旗損壊罪は思想統制や内心の自由の侵害であり、見るからに自称天皇一味こと関西人種主義邪教祖連中と結託した関西地方の衆愚である高市早苗と大阪維新の会らによる戦前退行に他ならない。この重大なナゴミ全体主義の押しつけは普段から茂木健一郎一派によって事前に準備されてきた日本軍国化と西国寡頭政治こと山所帝国主義の再現に他ならず、どの様な手段をとっても日本国民には革命権や抵抗権の行使により現自称皇室邪教組織と関西地方衆愚にのっとられた現日本政府を純粋な個人の権利すなわち国から心を侵害されない権利に基づき、永久に復活しないよう即時解体の義務を要する。

2026年7月10日

唯一の救い

この世の唯一の救いは、利他的な性格の人がいるということだ。

ほしくずのまどガラス

ほしくずのまどガラスにかがやきてこのうえなくうつくしきゆうひ

うみなりのおと

まよなかにわがへやにとおくうみなりのおと

わがへやにかすかにひびくうみなりのおと

よもすがらかすかにきこゆうみなりのおと

2026年6月27日

白墨

「君はチョークにしては白いね」
私は突然こんなことをルパート・ウィングフィールド・ヘイズから言われた――デザートを食べ終わり、コーヒーが運ばれてくるのを待っているときの、その言葉の意味はまだ食べ終わらなかった。三秒ほどだろうか? 急に言われて驚いたし、意味は全然分からない。
 目の前にいきなり出てきたルパート・ウィングフィールド・ヘイズは何かを言わんとしているらしいけど、モナリザの微笑みさえ浮かべていた。それもほとんど友好的といってもいい、穏やかな笑みでもある――とはいえ、皮肉の影はうかがえない。
 そう、このルパート・ウィングフィールド・ヘイズは冗談なんかではなく、心から真剣に私にチョークにしては白いとのたまわっているみたいだった。

 私が黒板の下の、あのなんていうのかわからない物入れみたいなところの、横棒のところに置かれている、なんらかのチョークの種類だと、ルパート・ウィングフィールド・ヘイズとしてまるきり信じているみたいだった。それは福田康夫首相が五輪選手だかなんだかに運動劣等感のせいなんだかしらないけど上から目線で「精々」という時の、それでも体育会系の人々の陸でもなさを十分しっている実に、現実感のあるあの様子みたいに、精々事実だった。私が、赤チョークという名のピンクのチョークや、あの私が好きなはず水色にちかいが幾らか曇った色味だから好みからいえばそうでもない色なのはあきらかともいえる青チョークだったら、なにか困る事でもあるのだろうか。ルパート・ウィングフィールド・ヘイズ界では。

 アルカイックなルパート・ウィングフィールド・ヘイズは西野カナみたいだった。そしてルパート・ウィングフィールド・ヘイズなるものだけに、あるいは少なくともルパート・ウィングフィールド・ヘイズであるにもかかわらず、はるか地の底に潜って行った。私にとってポン・デ・リング宇宙は全体か部分いづれかが無意味だった。ルパート・ウィングフィールド・ヘイズちゃん。ばいびー。
 もう一度書く。ルパート・ウィングフィールド・ヘイズちゃんちゃんちゃん、ばいびー。ばいばいびー(お手てフリフリ)。

2026年6月26日

見通し

さえぎるもののない世界が無限に続く
さも万物が永遠につづいている計画かのように

2026年6月21日

名のつく形

   1 芸術
 もし、芸術と名のつくものの一切が無意味なら、人類のあらゆる功績もそうだろう。だから、君は絶望していた。実際のところ、この世の中で功績と呼ぶべきものが、何かあるとしたらだが。
 人が滅び去るときに、何か嘆くだろうか? もし嘆くとすればだが。そんなことはない。事実、嘆き去ることが、この世で人にできるすべてなのだから。

   2 哲学
 宇宙全体に意味を与えようとしたあらゆる試みは、既に終わってしまったのだ。だから人はただひたすらつづく、下らないたわむれごとのどこかで、退屈しのぎにその日のろくでもない生を過ごすしかない。でも、その様なくだらなさにもそれなりの味わいがあって、なにか理屈をつけたがる。哲学の全体とは、そんなものだろう。無論、こういった解説自体にも、どんな意味も与えられていないとしても。

   3 人生の意味
 僕にとって、人生の全てに意味を与えるという作業自体には、特段の意味がなかった。だからといって、意味自体の本質に興味がないわけでもなかった。
 だが、この話には続きがある。
 だれにとってもこの世の存在が下らないものだとすれば、自分にとってもそうだったのである。だから、人生の全てに意味を与える、というしごと自体には、失敗する宿命があった。

   4 貪欲
 僕はヒカキンというユーチューバーが苦手だし、今となっては嫌いになった。それというのも、彼の貪欲なふるまいに呆れたからなのだろう。

   5 救い
 もし芸術に意味があるなら、それは我々の魂を救う、という点にあるのだろう。

ドットの命

はがねにてつきやぶれぬとおもわれしドットでみえる命の絵肌