2020年9月30日

思いやりがない性悪と媚びを売っている詐欺師を徹底して避けて回る事にセクハラ冤罪の被害を減らす効果がある

僕の全人生でセクハラ冤罪を連発している様な人というのは合計2名みた。1人は奈良女、1人は京女(但し宇治人なので京都市民からすると京都人ではないのだろうけど)。恐らく現実社会だと当然これより遥かに多いのだろう。自分がみたのは全てネット上での事なので自分は特別な被害を受けなかった。
 そしてこの傾向をもつ人には、ここでは女だが、根底にある共通の特徴がある様に感じた。それは性悪という言葉で形容できる、純粋な利己性だと思った。恐らくこの傾向をもつ人は、第一に他人の異なる意図を推測する能力が低いのと、第二にその上で全てを自分都合で処理していこうとする傲慢さがあった。いわば強化版チンパンジーみたいな傾向、強度の利己主義者であり、ヒトに特徴的な向社会性は少しも持っていない、という風に感じられた。
 自分がある程度ネット上で相手の言動を具に観察できたのはその2名という事になるが、他の恐らく同じ傾向をもつ人をみるに、遺伝も違う可能性も考慮すべきだ。

「冤罪」を赤の他人に着せなんとも感じない。この傾向をはっきりもつ人は性悪を超え極悪と称するべきであり、匿名でそれをやっている限り反社会性人格障害の一種なのはまた確かであろう。

『性的喜ばせ(セクディラ)と性的嫌がらせ(セクハラ)の違いが生じる訳』については以前考察したが、要は快楽原則の面でも意志の非対称性を認知する能力の欠けたヒトが、セクハラ冤罪を連発し易いのだと結論できよう。その上で、ある共感認知的な無能が、性悪さまたは悪意で誰かに接している場合、さらに匿名であれば容易に冤罪を着せがちになる。現代社会では男女の間に立場の非対称性があるので――フェミニズムの影響で、男性に濡れ衣を着せるに女性優位――余計、性悪女には好都合な環境、特に日本のネット環境がある。
 裏返せば、日本女のうち特に性悪さを肯定する「イケズ」のある京都圏、関西圏の一部文化では、セクハラ冤罪を容易く濫用できる。また関西男一般も「イジリ」という形式で、虐めを暗に正当化する点では相似の性質をもっている。
 これらは関西地方での例だが、その外でも相似現象はあるかもしれない。

 遺伝について言及すると、そもそもゴードンホドソン論文(Gordon Hodson "Bright Minds and Dark Attitudes")で示唆されている点として異なる他人の意図を推測する能力が低いのは、一般知能の低さと相関しているかもしれない。つまり生まれつき一般に愚かなほど他人が理解しづらいのだ。一般知能は約5割遺伝しているとされる(プロミンR『遺伝と環境』)。もしダークトライアド、ダークテトラドといった性悪と定義していい性格特性の全体(可能性は低い)か、一部が遺伝しているとすると、遺伝によって生まれつき他者を理解しづらい人(思いやりにかけた人)が、同時に性悪さを帯びた性格遺伝子を仮に持っているとすると、後天的に矯正困難かもしれない。自分が見るに「イケズ」(京都圏での意地悪を正当化するミーム)、「イジリ」(大阪圏での虐めを正当化するミーム)といった文化が定着している京阪圏は、この思いやりにかけた人に加え、遺伝的に性悪な人達が一定数より集まっていたのではないかと考えられる。その人達が悪事を正当化しだしたのである。更に僕の見る目が間違っていなければ、奈良あたりで将来「セクハラ冤罪」も一種の伝統芸みたいになる可能性がなくはない。少なくとも或る奈良人がそれを日常的に連発し、当人は相手の意図だの他人の性だのを無視し濡れ衣を着せ、悪意で社会的抹殺する事をなんとも感じないという現場を繰り返し見たから。また、韓国の「整形」もある種の共感認知的な無能さがもたらしたミームではないか、と私には思える。他人が生まれつきどんな外観だろうが思いやりがあれば相手の個性を温かく尊重するに違いないが、韓国の人々は一般にその種の知能または風儀が欠如していた為、外観主義により整形を正当化したのだろう。現代東京でも、単に関西地方とか韓国の人々とかが沢山流入してそれらのミームが混じっているだけでなく、「イケズ」「イジリ」「整形」いづれについてもそうとおぼわしき事例は無数にあると思うが、特に「セクハラ冤罪」に限っていえば欧米フェミニズムが社会学的権威を帯びているので濫用し放題だろう。誰かが悪意を持って他人をつつもたせにかけようとすれば、ほぼいかなる場面でも「セクハラ冤罪」に陥れる事ができる。これを利用し上位者を蹴落とし、または同情を引き、まんまと出世するといった事も不可能ではない。濡れ衣を着せられた側が単なる性欲をもっていれば、確実に社会的に抹殺されてしまう。この為、文明社会は「セクハラ冤罪」に対し十分な注意を払う必要がある。これは性器をもつ有性生物がテストステロンという性欲を司るホルモンを分泌する限り避けられない行動傾向を、単なる利己心から明らかにワナにかけようとする陰険な人々が、現代の人権を自らの都合で悪用している新事例だからだ。

「イケズ」についてはそもそも性悪な言動を習慣的に忌避すれば十分で、現実には京都圏を除けばさほどの広がりをもっていない。一般文明では性格の良い方が望ましい向社会性なので、都市化から犯罪率の極めて高い高ストレス過密環境だった京都の特殊な適応――他人を陰険に排除する性質とは、異なる適応だ。「イジリ」については、なににつけ下品な喜劇化を試みる一部の大阪ノリ、吉本芸人ノリの類に同調しなければそれで十分である。このノリをもつ人々は、他人を自分に都合がいい空気を現出させながら集団虐待する。しかしその他人の側がその空気に合わせなければ唯の虐めとしか受け取られえないであろう。

「整形」特に美容整形については韓国に限らず世界中で一定の広がりをもっているが、韓国芸能界では常態的と考えられるにせよ、却って標準顔から離れた個性をなくす側面を帯びるので、或る集団の性的選好に潜在した一定以上の多様性を失わせ、少数が過度に人気を寡占した結果、出生率を下げる結果になる。韓国は現に世界最低の出生率、日本も主要先進国で最低とそれに次ぐ勢いで絶滅に漸近している(2018年、世銀調べ)。生まれもった個性をなくした結果、特別な選好こと真の愛は却って得られがたくなったり、繁殖外の過度の浮気を集める「整形」文化がこの一因な可能性が十分ある。
 心の価値、或いは人毎に異なる肉体の特徴を含め個性として認め、それらを尊重する風儀を維持する事、これが「整形」文化で韓国化し、美男美女芸能人への偶像崇拝を除けば現実のパートナーを得られ難くし、同時に種族絶滅に向かわない為の社会的知恵である。

「セクハラ冤罪」の被害を避けるには、個人の単位で共感認知的無能(思いやりのない人)または性悪を見抜く必要がある。他の犯罪率同様、他人がどこの馬の骨とも知れない都会では有意に出現率が高いだろうが、明らかにハニートラップ(ハニトラ)詐欺を目的に演技する犯罪的人格もいるので十分注意を払う必要がある。そして一度以上、思いやりのない判断をしたとか、性悪だと明らかな言動があったとわかった時点で、その人とは進んで縁を切るのが賢明だ。これはどれほど強調しても足りない。二度とか待ってはいけない。なぜなら二度目の被害者はあなたかもしれないからだ。特に自分に一度でもそれらをしたら論外である。思いやりの能力(共感と利他の複合性)は程で、とても優しい人と、一見そう見えるが実はその相手にだけ下心でそう振舞っている詐欺師――別の人へは陰険ならいづれ自分にその矛先が向けられるかもしれない――と、わがままな者とがいる。このうち詐欺師をそうと見抜くには、多角的評価が必要だろう。
 また性悪は、その対義である「(カント的)人格主義」を考えると理解し易く、要は他人を目的として扱っているかどうかである。他人を自分以上に尊重していれば、その人は性善的であり、その度合いが甚だしく自己犠牲を伴っているほど聖人の格である。私は聖人級も現に見た事があるので実在している。一方、性悪は他人を手段として扱う。その度合いが激しいほど悪質となり、極悪人は他人を自分の利己的都合の道具、奴隷として扱っている。心理学的概念でダークテトラドが過去に定義された中で最も典型的な極悪の資質といえる。そして私はその性質をもつ悪魔級の人物も、やはり見た事があり実在している。「セクハラ冤罪」は、当然ながら性悪側が頻用する新たな嫌がらせ方式で、日頃から乱発しているのはいうまでもなく、一度でもそれと疑わしい言動をしている人は、既に虚偽通報級の悪意を帯びているといっていいであろう。確かに現実の性的嫌がらせ、例えば強制猥褻だの強姦だのなら話は別だろうが。安倍政権が強姦罪を非親告罪にした為、以後現時点では警察側に思いやりのなさ、又は性悪さがあれば、当然の様、これら現実の性的諸相でも濡れ衣を着せてくる可能性がある筈だ。警察が検察、裁判所ともども頻繁に誤るのは過去のとりかえしのつかない冤罪事件等でも明らかで、「セクハラ冤罪」でも同じだ。つまり「セクハラ冤罪」対策は以前の反社会勢力へより複雑な忌避が必要であり、具体的には思いやりのない人に近づかず、またハニトラ性を帯びている(思わせぶりな一種の媚態、ぶりっ子を利用している)詐欺師をそうと見抜き、これも遠ざける事。性悪は分かった時点でひたすら避けて回る事が必要だ。

 世間の人々はこの種の工夫で、共感性が低く愚かか、悪意を持つ人々から身を守る事ができるだろう。
 自分はSNSによるネット環境を利用し、該当の特徴をもつ人物を緻密に観察しながら情報収集する事で心理法則を抽出していったが、現実の経験で同じ事をするのは相手が悪質だけに困難だったろうと思う。