あれはそのオリエンテーションの終わった日だろうか。僕は本当に恐ろしい目にあったのだった。厳密にいうと、僕の人生で最もフランシス・ベーコンの絵的、あるいはダミアン・ハーストの烏絵みたいな瞬間。その僕の脳裏に焼き付いて離れない、全世界で池袋でしかありえない光景については一度、書こうと試みた事があった。2016年の『あの朝の池袋』。これは余りに恐ろしくて途中で、詳しく書けなくなった。おっかないどころか、なんともいえないいてつく感じ。心の底からの冷たさ。
今回はあの時より、言語によることがらの客体化、彫塑的な再造形力や、修辞的形容の手法を含む、執筆能力が少しはましているので、今度こそ、あの恐るべき凄惨な光景を幾分かは語りの上で再現し、だれかに伝えられるかもしれない。淡い希望ではある。しかし僕にとって原体験なのだ。大都会なるものの。
自分は飲み会なるものに、人生で2度3度まきこまれた。そのうちの人生で最初の1個が、このオリエンテーションのあとの夕暮れから発生したと思う。だが、計3度行っていえるのは二度といかない。飲み会に僕は向いていない。酒が飲めないとかではなく、酒飲んで他人と軽薄な話をするのが気分悪いだけではなく(それが向いてないわけではないのはこの後の記述でわかる)、あの飲み会なる儀式の根底にある東京人一般の下心、下衆根性みたいなものが、自分には有害なのである。
池袋という街は、全ての場所がごみ散乱してたりなんの美的感受性とも関連していない文字の落書きしてあったりで薄汚いわけではなく、希には、少しましな通りがある。それは新宿にも西新宿の超高層ビル街の地上階以上があるみたいなもの、表の顔だ。東京は一歩裏に入れば浮浪者と娼婦の巣窟になっている。池袋にもその表の顔があって、それは西口公園前の、芸術劇場の近くにある超高層ビルの付近である。東口の向こうにあるサンシャインシティの付近は再開発されてるのがそこだけだが、この西口の超高層付近は、西新宿ほどではないにせよ、軽く再開発されてて、通りも少しは広く、一見すると整然とみえる。「一見すると」と注意を振ってある様、この整然さは極めて表向きのものだと、一歩裏に入ればどんな世界があるのか、僕はこの日はじめてみる事になった。それは都会を洗練イメージと結び付けている全ての無知、悪意を完全に覆すだけの衝撃でもあり、都会人一般のうぬぼれの嘘を厳正に反証してしまう。オリエンテーションの案内書に書いてすらないのに、誰か、具体的にはO君が、T君や僕にいう、飲み会あるらしいって。O君は僕とは性格がかなり違うところもあり、適当な部分もあると書いたが、寧ろ高校のころ僕らの間では天然キャラと思われていた。何度もいうよう僕には普通でない部類のほうが面白い。
O君の性格は僕が最後に電話で話した時まで、最初に高校の合格発表時にハイタッチ的なのした時から何も変わっていない。僕は性格が変わりうるという或るメンタリストの引用する心理学者の言動について、経験的にはその実例をまだ知らない。O君は都内で親元を離れ自由を得てから本領を発揮していった。O君がなぜその飲み会、別名・新入生歓迎会なるものに僕やT君を誘い込んだか? O君はこの1年間、いやそれ以後も、実はチャラる事になる。チャラるとはなにか?
チャラるとは、チャラチャラするの略。軽薄な振舞いの擬音語だが、金属片などが触れ合う時にも使うので、その辺りの音素かもしれない。そう。「適当な部分もある」とは僕が上品人間なので、O君を傷つけない為、人格的存亡の機ならびに名誉を尊重するが為にわざと婉曲表現を使ったのであり、実際、チャラるのも適当な部分がある事であろう。チャラるのほうが広義を伴うと思うのは勘違いで、実際にはより狭い定義だ。だがチャラってた。実はO君はこのあとで彼の人生を、ドバタで大幅に変える。否それは単に変わるとかではなく、青春の殆どを呑まれる、といったほうがいいだろう。勿論このチャラ化の兆しは、既にこの「飲み会だって? 行くでしょ」的な、あの1号館から夕暮れに出た我々(というか僕)へ彼がいう感じから発されていた。僕の記憶が間違っていなければ、この後、我々はT君らと行動していた様なので、既にT君と仲良くなっていたと思われる。結構仲良くなるの早いね。人見知りというわりに、気に入って心を許した相手とは急速に、しかも際限なく仲良くなる。僕は。
しかもそれだけではない。もう1人、あの猛者も一緒にいた。この猛者(ってわけでもないが)は、前章の終わり頃に出てきた「ふーん(笑いをこらえながら)」とかよくいう、Mという男である。この人はとても背が高い。180はあると思う。僕も平均より少し高く175くらいある気がするが、それよりかなり高く、団長(S君)と同じか、それより少し高いくらいかと思う。僕は子供の頃は、3月生まれだったのもあるだろうけど、整列させられるときクラスの前から2番目とかだった。短い順に並ばされる、背が小さかった。けど思春期、具体的には高校くらいに伸びだしたのか、全然身長とか気にしてなかったが、18才の時には平均くらいだったかもしれぬ。ま低くなかった。が、M君はそれよりずっと高いのでわりとノッポみたいな感じだけど、はじめは知らなかったけど彼は京都から来ていた。ま、別に出身地とか全然気にしてなかったんだが。T君の地元がどこかとかもずっとあとから知った。記述の便宜上、彼らの言動の特徴について文化的ルーツを語る必要がある際の後づけだ。
とかく、夕暮れは終わって、トコトコ歩いて行った様な気がするけど、或る超高層ビルの下あたりにきた。白いビルが目の前ににょきにょき生えていた気がする。そこに、なぜか小さな、というか地下にある居酒屋への入り口があった。なぜかというかそこに店構えしてるんだからしょうがないんだろう。なぜか。
僕はこの居酒屋なる場所に入った事は高校の時、中学からの友達、中学の頃の親友D君、Nちゃん、なおどっちも男らといわきで、D君が合コンもどきのなんか磐城女子高のよく知らん人との会合? みたいなのにつきあわされたとき入った事があったが、黙っていたし、正直いって僕には全然好きな場所ではない。
このなんか暗くなった超高層ビルの足元に、ドラクエでいえばザッザッザとか音する場所に入っていくのは軽く怖い。しかもなんか画板かなんかもってて入りづらかった様な記憶もあるから持ってたのかもしれない。怖いというか別に入りたくはない。暗がりだし。だがO君が乗り気ぽいしで僕も着いて行った。
この地下は和室状に、最大8人がけくらいの座席が連続している平面になっていた。コタツ状に足を入れられた。多分今もドバタに入った新入生らへ講師らが下手すると酒のませてんだろうが、僕はなんか酒のまされたかまでは定かではないが、地下で気分が更に沈んできた。暗いし。狭いし。乗り気でない。
未成年に酒のませる組織。そんなのあったら警察がふみこんだほうがいい。18才だらけなのに居酒屋につれこむ。頭がおかしい不良どもだと今も思うが、講師が指揮してんである。かつカネは自腹の割り勘だった様な気がする。この時点でろくな学校ではない、と考えられるが、子供の僕は当然気づかなかった。そしてこの居酒屋の一席で、僕はますます暗い気持ちになってきた。ウェーイ系ノリが僕より苦手な人類がこの世に1人でもいるとは思えない程、うわーヤダヤダって感じだからである。お祭り男の正反対。お祭りなくなれと思っている。僕は24時間ハレなのでケがないともいえる。無用だ、居酒屋ウェーイ。僕は不良ではない。よってあの時も酒飲んでなかったに違いない。ウーロン茶飲んでた気がする。僕の事だからそうしたと思う。で、O君もそうしたと思う。我々は真面目な優等生であって一度も、なんかそういう意味での羽目を悪いほうに外した試しがない。少なくとも僕と一緒にいる間常にO君もそうだった。そしてここである事件が起きる。
これも忘れえない事件である。僕には、なんらかの人生の顰みとして心に刻まれている。いや、この後もこの日は事件が連続するから、恐らく2章か3章くらいにわたって説明しないといけないかもしれないが、その最初の事件である。なるだけ書きたくないが。
僕がそもそも浪人という、自分の本領にとって不本意な結果をうけいれられていたとはいえず、そうなりえないまで高1から全力で美術に打ち込んでいた。だが芸大美大にOA入試みたいなのは当時なく、今もないのかもしれないが、自分が限界突破級に絵に魂のっけてるなんて誰も評価しなかった。一分も。この居酒屋の地下なんて地の果て、地獄の底みたいなものであり、あれだけ努力をし尽くしたのに、なぜここにおとされたのか? と自分は段々と内面を照らし始めた。デフォルドモードネットワーク。そして目をあげると、O君の様子としては本来チャラりたいのに、なぜかのりきれない様な感じで、向かい辺の席に居るのを知った。僕は一切チャラりたいと思った事がない。だからいったのである、僕とO君は性格が違う部分もあると。
思い返せば高校の頃から既にそうだった。
会津若松の山奥のキャンプ場に、高3の夏休みに部活で磯上氏引率で行った時の事。我々は清流に降りて絵を描いた。美術部の同級生TM君は僕がそのとき描いた油絵の序盤から終わり頃まで結構隣くらいでみていて、「最初のほうがよかったのに」、といった。これは一理あった。油絵は興味深い媒体で、描きすぎると悪くなる事がある。この時が正にそうだった。
会津の川
2001年
画布に油彩
65.2 × 53 cm
作家蔵
僕は最初、薄い溶き油(ペトロール比率大で、磯上氏の真似してパンドル入りのリンシードだった気がする。パンドルは加筆用なので本来の使い道ではない)で、水色とか黄緑とか黄色とかの明るい色彩を垂らす様に描いてた。ペイティングナイフや、フィンドルと呼ばれる扇状の筆などで、適当に垂らす様にそうしていた。これは僕が当時、かなり先輩らのまねして使っていた下書きの方法なのだが、その最初の段階のほうが明るい色彩が光り輝く様な感じで、全体として鬱蒼としてしまうまで現実に近づけようとするよりましだった。TM君はこの後、川の絵で僕の階段の絵と同じく県展の賞もらうんだけど(だからって彼が僕のその垂らし系手法をまねていたわけではない。単に僕の絵を客観的にみていたのだろう)、要は、こうして我々は競い合うみたいに切磋琢磨していた。だがこの親友O君は、この間もどっちかというとだが適当な感じであった。実際彼がこの時どんな絵描いてたかこの記憶の象の僕にして憶えてないのだ。下手すると彼だけ描いてなかった可能性すらある。でも僕の写真いつの間にか撮っててあとから
O氏「カッコイイの撮れた。ほら」
とかいってみせてきた事があり、実際なんか青春の只中ぽく川の無限遠の先をみつめていてそうだった。彼自身は真剣にやってんのかもしれず、第三者からみると独特すぎて天然的判断なだけなのかもしれないけど、チャラ化の兆しはこの会津キャンプでもあったのだ。これは書いていいのか知らんから、そこまで詳細に穿って書きませんけども。なんらかの仕方で彼が実在の誰かわかったら、時効にはなるだろうけども漱石の(寺田寅彦が)散逸した幼児逸話みたいになるかもしれないから残す。前もブログで少し書いた事あるしで適当に省くが、高3の時は高2の(今は原発事故で入れないかもしれない)浜通り海辺の崖の上の公園でのキャンプと違い、共学化で女子いた。で、なぜだかしらんけど真夜中に僕ら(3年生)がテントで話してたら女子(1年生)入ってきた。そこでO君が相当喜んでいた。が。僕は硬派なので、O君が「いいじゃん~別に~」といってなんかチャラ系のなにかしようとしていた(どこまでエスカレートするか不明)のを遮って、女子らに(彼女らのテントに)帰ったほうがいいといった。形だけにしても自分が部長でもあるから権限あるといえなくもない。なにか間違いがあったら親御さんに悪いだろう。今にしてもこの判断が正しかったのか、たまに考えるのだが、親の目線からみたら「よくやってくれました」なんだろうけど、なにせその女子の1人は親がお寺とかなのである。仏教僧の娘が高校キャンプでなんか親に言えない経験をしていたら問題があると思われる。したがって僕は倫理的指導力を発揮した。ただあれ我々から呼んだわけではなくて高1女子勢が好奇心か憧れかなにかで入ってきたわけで、共学化初期にしかない現象かと思うが、男子校に1年生だけ女子状態だと普通ではない何かが起きる。これは教育者も知ったほうがいいかと思う。僕が、親的倫理性が謎に高かったので、軟弱に流れなかっただけ。
で。また時代を18才にもどそう。
O君はなんかうじうじとしていた。もしくはもじもじとしていた。もじもじ君。もじもじ君。なんでなんでしょうね。僕はなんでなんだろうな、Oは。と思った。まだ色々表に出せない逸話は知っているが。ドラゴンボールでいうとヤムチャ的というか。チャラればと。そんなにチャラりたいんだから。そのチャンスなんだから。好きにチャラればいいじゃん、と僕はそのとき思った。目の前で。ウジウジもじもじとしているので。Oが。少なくとも僕はチャラりたいと思った節が、軟弱春樹小説をOより緻密に読み込んでても一度もなかった。しかしOは全然違う読み方していた。のちにわかる事として、Oはあれを軟派正義として読んでいたのだった。だからチャラれると。もっというと性欲サルみたいに行動するのが都会人であり東京人なのだと、しかもそれがクールな事であると、公家式にこの様に考えていたらしい。が。僕は春樹って文体しか感心した事なかったのである。まじで。自分は漱石もこの後、(2ch文学板で失望したので)春樹完全卒業して読み込む事になるが、この場合も同じだ。僕は小説といってもおもに2パターンの読み方する。文体がとても巧い人から言語流暢性を学ぶのと、内容が立派なのに感心するのとだ。春樹は100%前者の要素しかないし、それも漱石より微妙。チャラチャラチャラチャラして。神戸から出てきた男がさ。早稲田でだよ。チャラチャラチャラチャラして。僕のおじいちゃんの大学ですよ。そこを荒らして。どこが偉いのか。全く肯んじえない。春樹の内容面は。正直いって関西人の一番たちの悪い部類の一番気持ち悪い公家流儀としかいえないと思うのだ。ちなみにだ。漱石なんざ僕の父は完全に馬鹿にしてますからね。軽薄な恋愛だのの話ばっかりって。これが磐高から慶応いった男の弁。普通にさ、福沢諭吉がさ、春樹や漱石読んで感心したとは思えないんだよね。チャラチャラチャラチャラして。多分、からかったんじゃないですか? 武士の世界観じゃない。自分は父の意見には一理も二理も、百理くらいあると思う。なぜなら僕は漱石の内容に感心した事って基本一度もないのだ。一番ましなのが『門』だと思っており、これだって彼がロンドン鬱時に縁側で猫撫でたい願望語ってるのが実現されてる、冒頭と終わりの夫婦縁側春先日向ぼっこ描写が平和でいいだけ。
ま、恋愛がね、無用とかじゃないよ。僕はもののあわれを知る男でも最強レベルでしょ。ガチで。だって心のね、繊細さや機敏が通常の女超えてるもん。ほぼ例外なく。思いやり、共感性が高い。つか、女側の気持ちのほうがわかる人間だと思う。育ちのせいだろうけど、帰ったら家が女だらけだったという。だからね、O君にここで、チャラりたければチャラればいいじゃん、ってなんら間違ってないと思うのですよ。実際その後もチャラって生きていったんだから。多かれ少なかれ。動物の様に。いいんじゃないすか、それで。当人がいいってんだから。僕はそういうタイプでもなかったってだけでしょう。最初から。こういうわけよ。僕は心で女らしさなるものがわかる。だからって男らしさもわかるし。で、僕は男として生きてるけどさ、女性側の目線でも同時にみてんだよね、大抵。なんていうんだろうこういうの。性差の点で、二重なんだよな。どっちもわかるから。でも一般の男ってそうじゃないんだよね。ほんとに。ま、女側もわかるっていうか女の本当の野蛮さはよくわからんかも。女でも野蛮な人いますからね。本当に。京女とか東京女に多いけど。経験的に。物凄く性悪で策略家で利己的で、獣類じみてるのいるでしょ。政略でしか行動しないみたいな。このあとで出てきますけどね。数人。そういうのはよくわからん。とりあえずこの章を終わりに向けて進める。
Oは居酒屋の地下の掘りごたつの中で、僕の前でチャラりたいキャラにもかかわらずモジモジしていた。それで僕は何ナノこのひとみたいに黙ってみていた。そしたらですよ。前に出した青さんが。ああ、そうですよ。しらんか。あの直前対策の講師ね。造形大の(青氏については四章参照)。その青がね、なんかしらんけど、このOの掘りごたつの隣に入ってきた。このひと多分20か21かそのくらいだったんだろうな、あの時。我々と年齢さして変わらない。多分ドバタで一浪か二浪で造形大いったんじゃないか。でなんか同類みっけ、みたいな。今でいうとな、陰キャみっけ、みたいな。あのノリ。わかりますかねえ、Oがモジってたので。これも僕はなんともいえず、わりかし黙ってみていた。
その時である。事件は。事件っていうのかな? 事件でもなんでもないが。この隣にね、なんだっけな名前。名前は忘れたが女がきた。少々肉づきいい感じの。これもまた僕の優しさだ。肉付きいいとか。はっきりいうと小太りのね、なんかおつむの足りているとも思えない女がきたんだ。確か。そしてなんか僕に話しかけてきた様な気がする。そしたら話すだろ。俺は。普通にな。
これですよ。その時起きた事件とは。そしたらOと青がじーっと、じとーと僕をみた。その女は、いわゆる予備校生ですよ。同期の。浪人生。唯の。なんでそこに座ってきたかは知らん。偶然だろう。そんで、なんか酔っ払っている様な振舞いをし、え~(語尾の発音↑)とかいっていた。なぜか知らんが、チャラりたいOにではなく、僕に話しかけてきたので、僕が応答したらOがじーっとみる。これはな、俺はここだけじゃない。この後、専門で計2度飲み会なる場につれだされた。これらも行きたくなかったんだが状況的に行かないとまずいみたいな雰囲気で嫌々行っていた。そこでもだ。俺はどういうわけか知らんが飲み会行かされると女が寄ってくる傾向がある、少なくとも3回だがな、合計で。そんでここでも、というか厳密にいってこれが最初だが、地下室空間でね、少々小太りのね、まぁかわいいといえなくもないだろうけどさ、なんていうんだろう。緑のツナギきてるんだよ、普段。全くさ、配慮なしにいうとポケモンのカビゴンを少しかわいくした位のタイプの女子。それに話しかけられただけ。そして僕がね、その女子に気を使ってあれこれ答えたわけジャン。質問に。普通に。普通の女性ですよ。話した感じ。なんか落ち込んでる様な感じもするしで、浪人して落ち込んでないわけもないから、僕は優しい言葉をかけた様な気がする。
したっけこのOと青がな、俺に言い出した。ブーブーみたいな。そのカビゴン系のかわいい小太り女子がね、おしっこ! とかいって(いってないかも)、いなくなってからだったか忘れたけどさ、Oと青が僕を指さして、「なんかいいよね」とかいう。「俺にはできねーな」とか。
意味わからないでしょ。意味わかりますか? 僕にはいまだに意味がわからない。全然。今思い出しても、このOと青は、女きょうだいいない系家庭の育ちなんだろうか、なんだかしらんがな、あの初期段階の大学~浪人生生活の序盤で。僕が単に紳士的に応対してるのを、指さしてからかうだけのね、とんでもねえやつらなんだよ。今頃さ、結婚して子供いるでしょ。そんなやつらの序盤だ。人の。途中でね、発情発狂して交尾してね、子供できましたと。知らんのね、そんなの。あんたらの勝手で。青のほうは知らんけどさ。君らの勝手だよ、それは。動物として。でもさ、序盤で指さして、紳士さんをからかうのはなんなの。居酒屋で或る1日の夜中にやったネタだろ、当人ら的には。もてない仲間ネタ。別に俺ももててねーじゃん。なんか座ってきた女に対応してただけですよ。隣ですらないし。脇ですらない。四角い掘りごたつの90度隣でしょ。そこに誰かが座ってなんか話してきても、どうでもいい事じゃないんですか。もう忘れてんだろ、君ら。僕にブーイング。謎に。それだよ、この日の夜の第一事件。
(続き『18才の自伝 第十八章 チャラる忍者衆』)