2007年3月28日

性差論

性差を文化多律化に導くことは自体、国家能率の目的。この例外は鎖国においてしか現実的ではない。置かれた地勢によって斑ではあるにせよ、性差は文化的なもの。そして総体として地球文化的なものすなわち普遍的なものに向かわざるをえない。理性の原理はあらゆる人間野蛮を駆逐するまで満足しないから。
 もし普遍の倫理があるならば、最も根本的な性差に基づく男女の道でなければならない筈だ。なぜなら雌雄異体が高次な消費者でありうる大部分の理由はこの、繁栄のための能率差にある。