2019年9月13日
哲学の目的
この世にはどうでもいい様なことを研究している人達が大勢いて、その人達は偉そうな顔をして死んでいくのだが、実際にその人達の一生を省みても、やはりどうでもいい様にみえる。なぜその様な現象があるかなら学問が細分化され(文字通りの意味で科学化され)それらの殆どは道徳と無関係だからだ。
道徳は人がいかに生きるべきかのまとめなので、どの人にも無関係でありえない。ところがこれを研究する筈の後自然学も細分化され、哲学者と名乗る人々の過半は大学教授として単なる思想史家か中途半端な随筆家になり、その本来の目的である倫理をなおざりにしたままで死ぬ。彼らは職能がなかったのだ。
哲学は最初から最後まで、経験論として倫理道徳を語るものでなければならない。全学問の体系は、あらゆる反証的要素が否定しきれなかった最高善の元に秩序づけられる、個人経験の抽出でしかないからだ。
道徳は人がいかに生きるべきかのまとめなので、どの人にも無関係でありえない。ところがこれを研究する筈の後自然学も細分化され、哲学者と名乗る人々の過半は大学教授として単なる思想史家か中途半端な随筆家になり、その本来の目的である倫理をなおざりにしたままで死ぬ。彼らは職能がなかったのだ。
哲学は最初から最後まで、経験論として倫理道徳を語るものでなければならない。全学問の体系は、あらゆる反証的要素が否定しきれなかった最高善の元に秩序づけられる、個人経験の抽出でしかないからだ。
易学(イガク)風の合理性
官学風(アカデミズムの訳語)の下らない衒学ぶりを除去すれば、大抵の学問上の議論は、凡そ殆どの部外者にもわかる言い方で表せるのだが、素人を後光で騙す俗物らはこの易学化の方途をとかく疎む(ここで「易学」はイガクと読み、『易経』等で占いについて学ぶエキガクではない。わざと難解な言葉を使い学を衒う意味をもつ衒学の対立概念として、「易しい言い回しで語られている学問」なる意味をもたせた私の造語)。そして学歴差別で煙に巻き、本質の議論から逃げ、官学の壁の内側で歯の浮く様な褒めそやし合いをする。
なぜ彼らがソクラテスに見習わないかなら、現代版ソフィストで自身を無条件に知者としないと利益を得られないのに加え、大切な点を何も知らないとばれ、軽蔑されるのが不安だからだ。さもなければ肩書の後光以外に誇るべき点もない不勉強かだが、こちらならダニクル(ダニング・クルーガー)効果から虚栄のみで余計悪い。
ケインズが『一般理論』で、既にソーカル事件以前、経済学者の数学使用法や、専門用語に衒学傾向を指摘していた。ケインズ自身に官学風がなかったとは余り思えないが、彼がわざわざ書き残した所からみるに当時の無名で終わった周囲の二流学者らは、もっと衒学傾向が激しかったのだろう。
私は2ch文学板で荒らしの被害に遭い、連鎖的に村上春樹を軽蔑する様になった。腐った馴れ合いの中で賞と権益を回し合い、愚民騙しで金儲けしている東京小説屋連中全般が都内出版屋共々どんな醜い生態で本性か、はっきりみたからだ。それでもっと若い頃は村上のイージーな文体を否定しようとしていた。
だが現時点でわかったのは、確かに春樹文体はよみかえしても悪寒がしてくるほどヌメヌメと回りくどく、卑俗で余り模範と思えないのだが、それとは別に簡潔さや伝わりやすさを追求することは、ケインズと同趣旨で、一般には正しい方向性だった。つまり経済的文体だ。
装飾的文体は修辞的なものだ。だから三島をこの点で褒めている人は、文芸の研究がきちんとできていないと思う。漱石の『草枕』や『虞美人草』がこの文体意識の系譜にある作品で、春樹なら『スプートニクの恋人』と『アフターダーク』がそれにあたるが、レトリックの質は衒学とは本来関係ないのである。
全く相似のことを学問にあてると、その内容を論じるにできるだけ伝わりやすい文法で、しかも経済的文体を使うべきで、修辞はそこでもただの装飾でしかない。若い頃の私は未熟だったのでこの点について文体実験で試行錯誤していた。ブログに置いてある当時書いた中編小説を読めばわかるだろうが。
官学風の文体を指導教授に習ってしまった人々は、わざわざその型を外すため大幅に遠回りしなければならないので、よい文章家になりづらいだろう。そこで規範となっているのは悪い意味で学者風の、勿体ぶって分かりづらい上に揚げ足取りされない為の論文調の言い回しであり、読みやすさではない。
試しに大学で、過去の卒業論文をめくってみるがいい。どれも読み始めた途端、眠くなるほど退屈で読みづらいだろう。それにお墨付きを与えている教授連は、文筆家としてやっていけるだけの文才はない。教科書文体よりもっとお堅く、なるだけ威圧感を与えつつ中身の分かりづらい雰囲気が官学文体なのだ。そして、究極のところ、理科論文でも文系論文でも芸術系論文でも同じで、官学風の学位論文その他、学術文章の基底にあってケインズに批判させた事の本質は、わざと難解な言い回しを使い読者に威厳を感じさせようとする韜晦癖を、修辞の伝達目的を抜かして乱用する、純粋に権威主義的な衒学ぶりである。
この衒学ぶりが極端に及ぶと、当人さえわかる筈もない非経験的抽象論を勿体ぶって振り回すポストモダン哲学論文、或いはヘーゲルやハイデガー、或いは大江健三郎の一部著書の様に、中身は簡単にまとめられるし実際には薄いのに、難渋に引き延ばしながら後光で箔づけただけの不経済な代物が出てくる。例えば中村元訳の『ダンマパダ』で使われている易学文体と、それ以前の官学風または漢語の『般若心経』を見比べてみよ。いかに学問について過度の衒学が有害か計り知れない。この点でアメリカ人の使い始めた実用的文体は、易学のはじまりとして模範に足るし、将来の英語もより易学文体に近づくだろう。
ヘーゲルの残した膨大な非経験論的で曖昧な文章のどれだけの部分が、道徳論に関する本質的内容を指し示しているか抽出すれば、そもそも彼の悪文ぶりが甚だ激しいだけだという他ない。その種の愚行を繰り返さないことこそ、本質的にわが国わが県の母語学術水準をあげると確信を持ち私は主張しておく。
勿論、道徳論では高度な概念を使う。しかしそれは必要に応じて、経験の解像度を下げる為なのである。例えば捨てられていた子犬を助けるというより、慈愛といえばその経験の解像度が下がる(つまり抽象度が上がる)。なぜこの操作がときに必要かなら、或る経験を一般論にする為だ。限定的目的なのだ。
全く同じことは、現時点で難解な言い方でしか伝えられていない諸々の自然科学の領域にも、明らかにあてはまる。万有引力の法則(F=GmM/r^2)導出過程を『自然哲学の数学的原理』に遡って追えばいい。つまり本質だけをとりだせば数行で済むのに、オッカムの剃刀で官学風余剰要素が付け加えられている。
ある国、ある地域に官学風の衒学、すなわちわざと分かりづらい言い方を使う中身のない言葉遊びによる知恵者ごっこがはびこっているのは、現実には相手にことわざ的経済を与えたり、たとえで複雑な内容を伝わりやすくする優れた修辞ですらないので、学術水準低下の兆候でしかない。
単なる学閥利権や、学位の後光による権益など、学術の悪用がはじまっている国、地域でその腐敗を免れるには、全く独学以外にありえないであろう。これらは学風によるので、既存の学閥・学位の外で、易学に基づく中身のしっかりした研究を行えば、自動的に経済法則により、粗製乱造の旧学閥は消滅する。
なぜ彼らがソクラテスに見習わないかなら、現代版ソフィストで自身を無条件に知者としないと利益を得られないのに加え、大切な点を何も知らないとばれ、軽蔑されるのが不安だからだ。さもなければ肩書の後光以外に誇るべき点もない不勉強かだが、こちらならダニクル(ダニング・クルーガー)効果から虚栄のみで余計悪い。
ケインズが『一般理論』で、既にソーカル事件以前、経済学者の数学使用法や、専門用語に衒学傾向を指摘していた。ケインズ自身に官学風がなかったとは余り思えないが、彼がわざわざ書き残した所からみるに当時の無名で終わった周囲の二流学者らは、もっと衒学傾向が激しかったのだろう。
私は2ch文学板で荒らしの被害に遭い、連鎖的に村上春樹を軽蔑する様になった。腐った馴れ合いの中で賞と権益を回し合い、愚民騙しで金儲けしている東京小説屋連中全般が都内出版屋共々どんな醜い生態で本性か、はっきりみたからだ。それでもっと若い頃は村上のイージーな文体を否定しようとしていた。
だが現時点でわかったのは、確かに春樹文体はよみかえしても悪寒がしてくるほどヌメヌメと回りくどく、卑俗で余り模範と思えないのだが、それとは別に簡潔さや伝わりやすさを追求することは、ケインズと同趣旨で、一般には正しい方向性だった。つまり経済的文体だ。
装飾的文体は修辞的なものだ。だから三島をこの点で褒めている人は、文芸の研究がきちんとできていないと思う。漱石の『草枕』や『虞美人草』がこの文体意識の系譜にある作品で、春樹なら『スプートニクの恋人』と『アフターダーク』がそれにあたるが、レトリックの質は衒学とは本来関係ないのである。
全く相似のことを学問にあてると、その内容を論じるにできるだけ伝わりやすい文法で、しかも経済的文体を使うべきで、修辞はそこでもただの装飾でしかない。若い頃の私は未熟だったのでこの点について文体実験で試行錯誤していた。ブログに置いてある当時書いた中編小説を読めばわかるだろうが。
官学風の文体を指導教授に習ってしまった人々は、わざわざその型を外すため大幅に遠回りしなければならないので、よい文章家になりづらいだろう。そこで規範となっているのは悪い意味で学者風の、勿体ぶって分かりづらい上に揚げ足取りされない為の論文調の言い回しであり、読みやすさではない。
試しに大学で、過去の卒業論文をめくってみるがいい。どれも読み始めた途端、眠くなるほど退屈で読みづらいだろう。それにお墨付きを与えている教授連は、文筆家としてやっていけるだけの文才はない。教科書文体よりもっとお堅く、なるだけ威圧感を与えつつ中身の分かりづらい雰囲気が官学文体なのだ。そして、究極のところ、理科論文でも文系論文でも芸術系論文でも同じで、官学風の学位論文その他、学術文章の基底にあってケインズに批判させた事の本質は、わざと難解な言い回しを使い読者に威厳を感じさせようとする韜晦癖を、修辞の伝達目的を抜かして乱用する、純粋に権威主義的な衒学ぶりである。
この衒学ぶりが極端に及ぶと、当人さえわかる筈もない非経験的抽象論を勿体ぶって振り回すポストモダン哲学論文、或いはヘーゲルやハイデガー、或いは大江健三郎の一部著書の様に、中身は簡単にまとめられるし実際には薄いのに、難渋に引き延ばしながら後光で箔づけただけの不経済な代物が出てくる。例えば中村元訳の『ダンマパダ』で使われている易学文体と、それ以前の官学風または漢語の『般若心経』を見比べてみよ。いかに学問について過度の衒学が有害か計り知れない。この点でアメリカ人の使い始めた実用的文体は、易学のはじまりとして模範に足るし、将来の英語もより易学文体に近づくだろう。
ヘーゲルの残した膨大な非経験論的で曖昧な文章のどれだけの部分が、道徳論に関する本質的内容を指し示しているか抽出すれば、そもそも彼の悪文ぶりが甚だ激しいだけだという他ない。その種の愚行を繰り返さないことこそ、本質的にわが国わが県の母語学術水準をあげると確信を持ち私は主張しておく。
勿論、道徳論では高度な概念を使う。しかしそれは必要に応じて、経験の解像度を下げる為なのである。例えば捨てられていた子犬を助けるというより、慈愛といえばその経験の解像度が下がる(つまり抽象度が上がる)。なぜこの操作がときに必要かなら、或る経験を一般論にする為だ。限定的目的なのだ。
全く同じことは、現時点で難解な言い方でしか伝えられていない諸々の自然科学の領域にも、明らかにあてはまる。万有引力の法則(F=GmM/r^2)導出過程を『自然哲学の数学的原理』に遡って追えばいい。つまり本質だけをとりだせば数行で済むのに、オッカムの剃刀で官学風余剰要素が付け加えられている。
ある国、ある地域に官学風の衒学、すなわちわざと分かりづらい言い方を使う中身のない言葉遊びによる知恵者ごっこがはびこっているのは、現実には相手にことわざ的経済を与えたり、たとえで複雑な内容を伝わりやすくする優れた修辞ですらないので、学術水準低下の兆候でしかない。
単なる学閥利権や、学位の後光による権益など、学術の悪用がはじまっている国、地域でその腐敗を免れるには、全く独学以外にありえないであろう。これらは学風によるので、既存の学閥・学位の外で、易学に基づく中身のしっかりした研究を行えば、自動的に経済法則により、粗製乱造の旧学閥は消滅する。
学者の交流
皇室を日本の象徴と考えている人々は、完全に義公の掌の上で踊っているのだ。常陸太田を訪れることもなく。私は義公を政治思想の面で完全に乗り越えたので、未来の国は私の思う様に造り直されるだろう。だが、その国に生きている人々が私がこの書斎で雪村団扇の西山荘をみていたと知っているだろうか?
正確にいえば、件の小野小町の刺繍されたウォールポケットの最上段に、西山荘の描かれている雪村団扇が掛けてあって、私はいわばそれを神棚に上げている。丸い書院窓の明かり障子の奥で勉学に励んでいるはず義公を、私は学業の模範として仰ぎ見、私淑しているつもりなのだろう。
正確にいえば、件の小野小町の刺繍されたウォールポケットの最上段に、西山荘の描かれている雪村団扇が掛けてあって、私はいわばそれを神棚に上げている。丸い書院窓の明かり障子の奥で勉学に励んでいるはず義公を、私は学業の模範として仰ぎ見、私淑しているつもりなのだろう。
Good bye letters
We love to die on the letter
Because these letters are the miss
If you read it or not
We will never touch on the idea
If you pronounce it or not
We like to die on the life of meme
Because these writings are the us
All the life ends
Good bye letters
Because these letters are the miss
If you read it or not
We will never touch on the idea
If you pronounce it or not
We like to die on the life of meme
Because these writings are the us
All the life ends
Good bye letters
2019年9月12日
美術は普遍的だが各社会でのあり方は違う
美術は何か高尚で、手の届かないものなのではなく、自分があらわさなければならない心のわだかまりを抱えた人間が、つまり世の中に不満しかもっていない人間が、自力で0から訓練を重ね何事か絵や彫像に結晶させていった証なのだから、体があればできるし、それは同時に全人類に伝わりうるものだ。
そして美術作品が一般に高いとしたら、それが量産されていないからである。一年に一点以下しか作れなかったり、そもそもそれを作るまでの修行に数千万円以上の埋没費用がかかっているのがざらなので、大量生産の工業製品の様に一点ずつを安価にすると、美術家は生活できず、極貧の中で餓死してしまう。
他の仕事をしながら、全精神を収斂させ長時間、全神経を尖らせながら、最大の労力を捧げないとろくに前に進まない作品制作を続けるといったことは、並の神にすらなし得ないであろう。この点で、副業美術家になるのは根本的に不可能だし、そうするしかない人は生活に妥協しているだけ余計負担が重い。
また、美術作品が未だ世の中にないなんらかの思想を新たな技術で現したもの、つまり前衛や独創性の点で重要な作品であればあるほど、生きている間に売れる可能性も殆どない。大衆や収集家といった顧客に迎合していなければ、純粋美術家はパトロンを必要とする。販売頻度が低いので作品が高くなるのだ。
こうして高級品、又は役に立たない奢侈品の様に扱われる美術品だが、愛好家ならわかっていることだが、第一義には人間の本性に根ざした精神的活動である。例えばバフェットの様な一代成金でも、美術愛好の趣味がないまま死ぬとしたら、その精神生活の一面は空虚のままだったのだ。
例えば、私の書斎というかこれを書いているPCの横には、宮沢賢治がミミズクを描いた絵葉書と、或る人の描いたペンギン絵葉書が、秋田で手に入れた小野小町の後ろ姿が織り込まれているウォールポケットから顔を出して掛かっている。もしこれらがなかったら、金があっても私の人生はより空虚だったに違いない。
サブカルチャーの様に量産型の工業製品化され、より安価になった装飾品が出現したので、成金の一部にしか美術品所有の趣味がないとまではいえないが、一般大衆が考えるのと違って、本物の愛好家は作家の或る精神性を称え、生きている彼らを支え応援する為に、作品収集で援助しているのである。
全く美術界の門外漢で、単なる投機対象とか、贅沢品としか美術活動を捉えていない人々は、そこに換金価値しか認めない。だが米英仏シンガポール等は、個人蔵の美術品を公的美術館等へ寄贈した時点での市場査定価格に対し税控除があるので、目利きが育つ上に重要作品が国内収蔵される好循環がある。
参考:https://www.enrich.jp/money/art_invest/start_collection/20170126-25120
https://www.enrich.jp/money/art_invest/start_collection/20170126-25120/2
(アーカイブ https://web.archive.org/web/20190912133420/https://www.enrich.jp/money/art_invest/start_collection/20170126-25120
https://web.archive.org/web/20190912133431/https://www.enrich.jp/money/art_invest/start_collection/20170126-25120/2)
この点でも、ゾゾ前沢氏の様な米国富豪に影響を受けた愛好家が美術品を収集しているのを、日本人一般は金持ちの道楽とみて侮辱している節があったが、根本精神でも税制でも、拝金主義や江戸東京趣味に染まって漫画礼賛、世界の美術状況に目が開かれていないのは日本人一般の方である。
美術市場はそういうしくみなのだが、東京都の主要な画廊が集まっている銀座のそれは世界と相当違う代物で、価格査定自体、美術史基準じゃなく日展を頂点とする公募展や会派、学閥などガラパゴスサロンの序列になっている。したがって、銀座美術市場の中でエライ扱いの代物は、当たり前の話だが評価基準が違いすぎるので世界で全然通用しないことになっている。これを私は18の時まざまざとみて、こりゃー駄目だと思い、それから一切銀座の画廊界隈に近づいてないのだが、要は同業者が馴れ合いやってんですね。
村上隆という人は、はじめ保守的ルートでしたので、そういう銀座画廊界では一番有利な位置につけていたのですが、呆れて渡米し、以後はアメリカ市場の方が有利とみて主にそっちでやってらっしゃるわけです。逆輸入戦略は巧く行かず、森美術館くらいしか相手にしてないわけでしょ。で自分で画廊作った。なんでそうかなら、村上隆は国内では美術というよりサブカルなオタク文化のもどきを、アメリカでポップアートの日本版として紹介したものだから、国内からは紛い物にみえるし、海外からはオタクアートの第一人者にみえるわけだ。国内美術館や画廊はこれに混乱して、漫画はちょっとと二の足を踏む。
この辺は美術批評上の文脈が、国内外で混線しているので、詳しくは別のとき書くが、要は銀座画廊界は世界のそれと大幅にずれている。奈良美智さんの小山登美夫ギャラリーは村上隆理論を背景に漫画絵を展示したから若干、世界と近い肌感覚だったが、趣味の面で海外に対し主導的役割を果たさなかった。
なにがいいたいかというと、日本には厳密な意味での美術市場はない。あるのは強いていえば同人界である。それは所詮もどきなので、日本画の宙ぶらりんな立ち位置含め、国内美術家らにどう生きていけばいいのか指針すら示せない。それで哀れな国内美術家をイジメた津田さんに天罰があたったのである。
私はあいちトリエンナーレ2019(以下、音で略して愛鳥)炎上のずっと前に、津田さんにこれら詳細事情を教えました、このツイッターで。こういうわけなので、国内美術家らなんて過半がプライド高い浮浪者と大して変わらん社会的弱者なので、虐めたらバチがあたりますよと。そしたら津田さんは美術関係者は全員死ぬべきとか真逆のブチギレしていた。なんで津田さんが愛鳥の炎上商法以前に、国内美術家らの顰蹙買ってたかというと、男女1:1の理屈は過程不公平だという正論を無視するばかりか、或る意味では日本が極東のど田舎にあるせいで世界の動向と全然違う、お粗末すぎる同人市場しか持っていない状況で、窮鼠を悪者扱いで追い詰めたからである。
なぜ津田氏がぶちぎれていたかなら、美大芸大を実体験してみりゃいいけどその内部では学問なんて完全に軽視されていて誰も論理的思考が必要な勉強なんかまともにしていない、Fランク未満の学芸会レベルだからである。花嫁修業でなければ就職の腰掛け、これ以外の目的で来たやつは寧ろ異物扱いである。つまりは、国内美術家のほぼ全員って美大芸大教育の影響でそういう感情論、感覚論しか全くできない人達なのに、最大限悪者扱いで挑発し、中途半端論理で説得を試みようとした上に、その論理そのものも社会学面で突っ込みどころしかない偽ジェンダー論(性別差は社会的性差ではない)だったからである。
それで、私側に見えてなかったが、津田氏の通知欄には腐るほど、美大芸大系の非論理的な国内美術家・関係者らからの、いつもの美術講師式に凄まじく不躾な(ほぼ人格否定でしかない類の)愛鳥ディスが溢れかえっていたのだろう。私も未成年段階でそれに触れた時の文化衝撃は凄まじいものでした。
炎上でアート素人には無理だったかとなったが、正確には、彼は日本美術界を熟知してなかったのだ。それは海外の、特に欧米の飽くまで論理的な批評による文脈主義が、米英系の商売美術の裏づけとして貫徹されている世界とはまた全く違う、狭苦しい上に、或る意味では馴れ合いの同人業界なのである。
はじめに書いた所に戻ると、美術はもともと精神に根ざす活動、即ち媒体を使った自己表現行為なのだから、基本的には国や場所、時代を超えている。しかし市場や展示方式、社会でのあり方をみると各国各地で全然違う。作家はより優れた思想を感覚的によりよく表すのに集中し、型に嵌るべきでないと思う。
そして美術作品が一般に高いとしたら、それが量産されていないからである。一年に一点以下しか作れなかったり、そもそもそれを作るまでの修行に数千万円以上の埋没費用がかかっているのがざらなので、大量生産の工業製品の様に一点ずつを安価にすると、美術家は生活できず、極貧の中で餓死してしまう。
他の仕事をしながら、全精神を収斂させ長時間、全神経を尖らせながら、最大の労力を捧げないとろくに前に進まない作品制作を続けるといったことは、並の神にすらなし得ないであろう。この点で、副業美術家になるのは根本的に不可能だし、そうするしかない人は生活に妥協しているだけ余計負担が重い。
また、美術作品が未だ世の中にないなんらかの思想を新たな技術で現したもの、つまり前衛や独創性の点で重要な作品であればあるほど、生きている間に売れる可能性も殆どない。大衆や収集家といった顧客に迎合していなければ、純粋美術家はパトロンを必要とする。販売頻度が低いので作品が高くなるのだ。
こうして高級品、又は役に立たない奢侈品の様に扱われる美術品だが、愛好家ならわかっていることだが、第一義には人間の本性に根ざした精神的活動である。例えばバフェットの様な一代成金でも、美術愛好の趣味がないまま死ぬとしたら、その精神生活の一面は空虚のままだったのだ。
例えば、私の書斎というかこれを書いているPCの横には、宮沢賢治がミミズクを描いた絵葉書と、或る人の描いたペンギン絵葉書が、秋田で手に入れた小野小町の後ろ姿が織り込まれているウォールポケットから顔を出して掛かっている。もしこれらがなかったら、金があっても私の人生はより空虚だったに違いない。
サブカルチャーの様に量産型の工業製品化され、より安価になった装飾品が出現したので、成金の一部にしか美術品所有の趣味がないとまではいえないが、一般大衆が考えるのと違って、本物の愛好家は作家の或る精神性を称え、生きている彼らを支え応援する為に、作品収集で援助しているのである。
全く美術界の門外漢で、単なる投機対象とか、贅沢品としか美術活動を捉えていない人々は、そこに換金価値しか認めない。だが米英仏シンガポール等は、個人蔵の美術品を公的美術館等へ寄贈した時点での市場査定価格に対し税控除があるので、目利きが育つ上に重要作品が国内収蔵される好循環がある。
参考:https://www.enrich.jp/money/art_invest/start_collection/20170126-25120
https://www.enrich.jp/money/art_invest/start_collection/20170126-25120/2
(アーカイブ https://web.archive.org/web/20190912133420/https://www.enrich.jp/money/art_invest/start_collection/20170126-25120
https://web.archive.org/web/20190912133431/https://www.enrich.jp/money/art_invest/start_collection/20170126-25120/2)
この点でも、ゾゾ前沢氏の様な米国富豪に影響を受けた愛好家が美術品を収集しているのを、日本人一般は金持ちの道楽とみて侮辱している節があったが、根本精神でも税制でも、拝金主義や江戸東京趣味に染まって漫画礼賛、世界の美術状況に目が開かれていないのは日本人一般の方である。
美術市場はそういうしくみなのだが、東京都の主要な画廊が集まっている銀座のそれは世界と相当違う代物で、価格査定自体、美術史基準じゃなく日展を頂点とする公募展や会派、学閥などガラパゴスサロンの序列になっている。したがって、銀座美術市場の中でエライ扱いの代物は、当たり前の話だが評価基準が違いすぎるので世界で全然通用しないことになっている。これを私は18の時まざまざとみて、こりゃー駄目だと思い、それから一切銀座の画廊界隈に近づいてないのだが、要は同業者が馴れ合いやってんですね。
村上隆という人は、はじめ保守的ルートでしたので、そういう銀座画廊界では一番有利な位置につけていたのですが、呆れて渡米し、以後はアメリカ市場の方が有利とみて主にそっちでやってらっしゃるわけです。逆輸入戦略は巧く行かず、森美術館くらいしか相手にしてないわけでしょ。で自分で画廊作った。なんでそうかなら、村上隆は国内では美術というよりサブカルなオタク文化のもどきを、アメリカでポップアートの日本版として紹介したものだから、国内からは紛い物にみえるし、海外からはオタクアートの第一人者にみえるわけだ。国内美術館や画廊はこれに混乱して、漫画はちょっとと二の足を踏む。
この辺は美術批評上の文脈が、国内外で混線しているので、詳しくは別のとき書くが、要は銀座画廊界は世界のそれと大幅にずれている。奈良美智さんの小山登美夫ギャラリーは村上隆理論を背景に漫画絵を展示したから若干、世界と近い肌感覚だったが、趣味の面で海外に対し主導的役割を果たさなかった。
なにがいいたいかというと、日本には厳密な意味での美術市場はない。あるのは強いていえば同人界である。それは所詮もどきなので、日本画の宙ぶらりんな立ち位置含め、国内美術家らにどう生きていけばいいのか指針すら示せない。それで哀れな国内美術家をイジメた津田さんに天罰があたったのである。
私はあいちトリエンナーレ2019(以下、音で略して愛鳥)炎上のずっと前に、津田さんにこれら詳細事情を教えました、このツイッターで。こういうわけなので、国内美術家らなんて過半がプライド高い浮浪者と大して変わらん社会的弱者なので、虐めたらバチがあたりますよと。そしたら津田さんは美術関係者は全員死ぬべきとか真逆のブチギレしていた。なんで津田さんが愛鳥の炎上商法以前に、国内美術家らの顰蹙買ってたかというと、男女1:1の理屈は過程不公平だという正論を無視するばかりか、或る意味では日本が極東のど田舎にあるせいで世界の動向と全然違う、お粗末すぎる同人市場しか持っていない状況で、窮鼠を悪者扱いで追い詰めたからである。
なぜ津田氏がぶちぎれていたかなら、美大芸大を実体験してみりゃいいけどその内部では学問なんて完全に軽視されていて誰も論理的思考が必要な勉強なんかまともにしていない、Fランク未満の学芸会レベルだからである。花嫁修業でなければ就職の腰掛け、これ以外の目的で来たやつは寧ろ異物扱いである。つまりは、国内美術家のほぼ全員って美大芸大教育の影響でそういう感情論、感覚論しか全くできない人達なのに、最大限悪者扱いで挑発し、中途半端論理で説得を試みようとした上に、その論理そのものも社会学面で突っ込みどころしかない偽ジェンダー論(性別差は社会的性差ではない)だったからである。
それで、私側に見えてなかったが、津田氏の通知欄には腐るほど、美大芸大系の非論理的な国内美術家・関係者らからの、いつもの美術講師式に凄まじく不躾な(ほぼ人格否定でしかない類の)愛鳥ディスが溢れかえっていたのだろう。私も未成年段階でそれに触れた時の文化衝撃は凄まじいものでした。
炎上でアート素人には無理だったかとなったが、正確には、彼は日本美術界を熟知してなかったのだ。それは海外の、特に欧米の飽くまで論理的な批評による文脈主義が、米英系の商売美術の裏づけとして貫徹されている世界とはまた全く違う、狭苦しい上に、或る意味では馴れ合いの同人業界なのである。
はじめに書いた所に戻ると、美術はもともと精神に根ざす活動、即ち媒体を使った自己表現行為なのだから、基本的には国や場所、時代を超えている。しかし市場や展示方式、社会でのあり方をみると各国各地で全然違う。作家はより優れた思想を感覚的によりよく表すのに集中し、型に嵌るべきでないと思う。
竹内象限による日本文化多様性に於ける志向性の分析
けさ、もぎけんツイートに「イギリス首相について家族に話したら、家族に「またもぎけんに影響されてんだろ」とバカにされた」と返信してる静岡女らしきのがいた。
で自分は全く別の返信してたら、八つ当たりにまきこまれ、その女が自分へ一言だけ英語圏のネットスラングで誹謗じみた返信してきた。
この女の置かれた状況について想像し、分析してみた。
この女は他のツイートを全て辿ると、もぎけんを「先生」と呼ぶほどの或る種のファンらしいのだが、なぜそうかなら、ツイートの感じからすると、東大学閥をめぐる或る種の明治ハイカラ界みたいなのに憧れているのではないかと感じる節があった。
で、もぎけん、すなわち茂木健一郎氏というのは、一般書を書く様になったり津田大介氏らツイッター芸人と親近だった流れから、いまだに遷移初期からの生き残りとしてツイッター啓蒙家みたいな仕事をしているわけだ。特に科学者として、或いは留学先での異文化体験から、イギリスかぶれの傾向もある。
その静岡女(らしきの)からすると、この東大閥がハイカラ的異国情緒あふれる話を誰か知識人ぶって話していると(まあ実際に茂木氏は知識人なんだろうけど)、一種の雲の上の世界にみえるのだと思う。
ところが僕の場合、学は普遍的営みと知っているのに加え、そもそも自身もその世界の一端にいる。
学問は根本的に哲学的なもので、どの地点からもごりごりと自力で押していくしかない雪だるまみたいなものだ。学校(特に大学)はそういう学を志した人達が集まる場所ではあったのだが、今は就職手形にしたい人達とか単に交尾相手探してるスノッブが多くて僕は近づかなかった。それで主に一人で学んだ。
で、イギリスについて、敗戦後特に米英、時にはフランスも国として上位者扱いで神格化されているが、確かにこれらの国々の人達と会話すると我々より優れた点も多いと感じる異文化体験があるが、かといって日本は日本でしかないし、自分も日本人でしかない。だから学の雪だるまを押していくしかない。
結局その女は、そういう自製の雪だるまをもっていないのだと思う。だからハイカラ趣味にあてられ、純粋静岡人の(恐らく国際教養人とはいえない)家族に全く別文脈にあるイギリス政治の話をしてしまい、「足元見ろ」といわれているのだろう。ここまでは意識高い系中二病が一時陥りそうな逸話である。
だがその女は私に妬みの様な目を向け、八つ当たりの誹謗を一言返信してきた。なぜだろう。
ここにあるのは、竹内洋の分類でいう「ハイカラ」を明治政府・旧帝大の流れを引く西洋かぶれ文脈でもぎけんが象徴していた一方、その女の家族が「修養主義」の農民文化の上にあった点ではないか。
そして私はこの図でいうと「教養主義」の象限に近い立場だった。飽くまで日本文化、特に天皇渡来以前から続く先住人由来の常陸・茨城文化に根ざしつつ思考し、非常に根が深く、西欧文化はそこからいうと最後の頃に入ってきた、接ぎ木の接ぎ木にあたる外来物でしかない。
このハイカラは町人文化に近く、例えば浮世絵、漫画の様なサブカルチャーを肯定するが、私は日本画や欧米美術の方に親近し、寧ろ町人文化を下品とみなし忌避している。なぜこの差が生まれたかだが、ハイカラは江戸時代否定を含む薩長式西洋かぶれで、教養主義は水戸学含む国学の伝統に根ざすからだ。
私の意識の根底には地元でみた5万年前の先住人らの使っていた石器や、青森の渡良瀬渓谷でみた縄文期の様な自然があり、そこから見直すと奈良の平城京跡や、京都御所などは新興宗教を兼ねた渡来人の暴力団が中華皇帝を模していたものにしかみえない。GHQやイングランド政府などはもっと新参者である。
旧帝大文化は、東浩紀氏や茂木健一郎氏の様な江戸町人文化の延長にある東京サブカルに親近した人達を生み出すに至り、完全に新渡戸『武士道』の様な人格陶冶を目指す教養主義を捨て去り、ハイカラ趣味の現代版であるオタク文化に耽っている。彼らによる京アニ礼賛もこの文脈にある。私は嫌悪を感じた。いいかえれば、もぎけん氏が米英中心主義の様な考え方をしばしば持ち出し日本文化を劣位に置く文法は、徳川時代を否定したいばかりに薩長式の出羽の守を模倣する、輸入学問の旧帝大方式に習っているのだ。そこには国学の伝統との断絶がある。それで彼ら旧帝知識人は短歌すらろくに詠めないのである。
オタク文化とハイカラ趣味は、現実には微妙に違う。飽くまでオタク文化は「江戸趣味」象限に近いかもしれない。単なる極東小国の奇形な娯楽に過ぎないそれを欧米知識人が学術の中心領域として真面目にとりあうことは恐らく今後も日本学の一部としてしかないだろうから、国外・都外と意識がずれている。なぜ東大閥の人達の一部がオタク文化を肯定的に語るかといえば、それが町人文化の下品さを伴うので、商人中心の江戸趣味、現東京趣味に叶うからである。逆にこの点で都外の、特に非都市圏の知識人は、彼ら江戸趣味やハイカラ趣味の人々を、多かれ少なかれ悪趣味の点で軽蔑しているといわざるをえない。
では最後に「修養主義」の行方だが、これはその女の家族が属する象限なのであろうと推測される。イギリス国政の話なんて庶民で勉強もろくにできないお前には関係ないだろう、自分の明日の暮らしを思って実直に働けというわけだ。よかれあしかれ農民根性が、一般労働者に残存しているということだろう。
この点で、欧米文化のハイカルチャー世界は、やはり「江戸趣味(東京趣味)」の商人にとっても縁遠いものでしかない。同人誌エロ漫画描きメロンブックスで500円で売っていいね1万回もらいホクホクしているオタク絵師がボリス政治のEU史に与える影響なんて気にする筈もない。なんの関係もないからだ。
しかしながら、僕みたく主に「教養主義」象限で生きている人間からすると、欧米文化の動向はハイカルチャー世界でガチ戦闘し続けている主戦場の相当大きなゾーンなので、直接自分の仕事の意義を左右する重要な話題だ。この点では「ハイカラ」象限の人達とも、ほぼ相似の次元で議論し得る話なのである。
でこの女がなんで僕に一言(具体的には「SMH」Shaking my head)「それはないっしょ」みたいな)といったかだが、竹内象限の欧米文化志向値が高い方の話題と、それがない修養主義(家族)間の摩擦で傷ついたのに加え、教養象限の私にも妬みに近い「お前らだけ話しやがって」と横槍してきたのだろう。
これらを分析内容として前置きに考えるに、自分の感じだとこの構図は、日本としては過去に漢学、インド思想についてもあった話だと思う。そして竹内象限は、江戸趣味の部分を「平安趣味(京都趣味)」に置き換えても、中世版でほぼ成り立つのではないか。つまり一種の異文化摂取の型なのかもしれない。
私がなぜハイカラ趣味に染まらなかったかなら、私は地元で生まれ育って自分の成績レベル最近辺な磐城高校へ入り、そこから芸大に入ろうとしたのだが弾かれた。一年、美術予備校で周辺事情を知悉してみるとアカデミズムの腐敗に呆れてしまい、独学に切り替えた。つまりこれが塞翁が馬だったのだろう。私は東京圏を一定距離で出入りしながら、同一化されることなく内部批評できる立場に置かれた。しかしもし私が父や祖父みたく早慶にでも入っていても、茨城北部文化は、他の首都圏北部自治体もそうと思うが、南関東の様な町人趣味ではないので、完全にハイカラ化していたとは思えない。
西欧(欧米)文化志向値の高さとは、嘗ては漢学・インド思想へそうだった様、一般にいう知的好奇心の結果である。それで日本人一般で学業成績が並くらい以上の人達なら多少あれその傾向をもっているか、明治以後の文科省指定教育の流れで刷り込まれているだろう。問題は東京文化に染まるかなのだ。私はこの竹内象限は、国内文化の志向性を最も大雑把に分類したものといえるとおもうが、私は『学問のすすめ』みたいな実学を勧める修養主義や、村上隆みたいなハイカラ象限には一定の親近性があるものの、江戸東京趣味とは距離が遠い。それで自分の逆類型として調べはしたが、同一化はできなかった。
例えばヒルズ族・ネオヒルズ族の様な拝金商人文化がどこに属するかなら江戸東京趣味だろう。ゾゾの前沢氏はハイカラである。両者の境目をなくそうとしたのが村上超平面理論の中間芸術的側面だった。
教養主義は虚学虚業、つまり短歌や政治哲学はじめ形而上学、理論科学、純粋美術への志向性をもつ。
一方、修養主義は実学に根ざしていて、そこで人格陶冶の最終目的は知行合一を殆ど出ない。国内で朱子学の虚学性を批判している人々というのは明治以後よくみるだろうが、彼らが格物致知の朱子学を理解しているとはいえず、徳川の官学否定で無意識に、知行合一で実学志向の陽明学に戻っているのだ。
『学問のすすめ』の実学論は、米国プラグマティズムを陽明学に重ね真似たもので、実際のところ学術的な中流以下への啓蒙の方便だったといえるだろう。虚学は学術全体の基礎にあたる部分で、それを応用したものが実学だからだ。学の実利性を強調した福沢は今日の大学就職予備校化の第一原因だったろう。
結局、冒頭の女がなぜハイカラ根性を修養的家族にバカにされたかといえば、それが実学的でない上滑りの知識だったからだろう。逆にメンタリスト・ダイゴ氏の実用心理学の様な知識を語れば、修養主義者には受けがいいかもしれない。そして私の志向性は、学術的に、完全にその本質である虚学の方にある。
で自分は全く別の返信してたら、八つ当たりにまきこまれ、その女が自分へ一言だけ英語圏のネットスラングで誹謗じみた返信してきた。
この女の置かれた状況について想像し、分析してみた。
この女は他のツイートを全て辿ると、もぎけんを「先生」と呼ぶほどの或る種のファンらしいのだが、なぜそうかなら、ツイートの感じからすると、東大学閥をめぐる或る種の明治ハイカラ界みたいなのに憧れているのではないかと感じる節があった。
で、もぎけん、すなわち茂木健一郎氏というのは、一般書を書く様になったり津田大介氏らツイッター芸人と親近だった流れから、いまだに遷移初期からの生き残りとしてツイッター啓蒙家みたいな仕事をしているわけだ。特に科学者として、或いは留学先での異文化体験から、イギリスかぶれの傾向もある。
その静岡女(らしきの)からすると、この東大閥がハイカラ的異国情緒あふれる話を誰か知識人ぶって話していると(まあ実際に茂木氏は知識人なんだろうけど)、一種の雲の上の世界にみえるのだと思う。
ところが僕の場合、学は普遍的営みと知っているのに加え、そもそも自身もその世界の一端にいる。
学問は根本的に哲学的なもので、どの地点からもごりごりと自力で押していくしかない雪だるまみたいなものだ。学校(特に大学)はそういう学を志した人達が集まる場所ではあったのだが、今は就職手形にしたい人達とか単に交尾相手探してるスノッブが多くて僕は近づかなかった。それで主に一人で学んだ。
で、イギリスについて、敗戦後特に米英、時にはフランスも国として上位者扱いで神格化されているが、確かにこれらの国々の人達と会話すると我々より優れた点も多いと感じる異文化体験があるが、かといって日本は日本でしかないし、自分も日本人でしかない。だから学の雪だるまを押していくしかない。
結局その女は、そういう自製の雪だるまをもっていないのだと思う。だからハイカラ趣味にあてられ、純粋静岡人の(恐らく国際教養人とはいえない)家族に全く別文脈にあるイギリス政治の話をしてしまい、「足元見ろ」といわれているのだろう。ここまでは意識高い系中二病が一時陥りそうな逸話である。
だがその女は私に妬みの様な目を向け、八つ当たりの誹謗を一言返信してきた。なぜだろう。
ここにあるのは、竹内洋の分類でいう「ハイカラ」を明治政府・旧帝大の流れを引く西洋かぶれ文脈でもぎけんが象徴していた一方、その女の家族が「修養主義」の農民文化の上にあった点ではないか。
そして私はこの図でいうと「教養主義」の象限に近い立場だった。飽くまで日本文化、特に天皇渡来以前から続く先住人由来の常陸・茨城文化に根ざしつつ思考し、非常に根が深く、西欧文化はそこからいうと最後の頃に入ってきた、接ぎ木の接ぎ木にあたる外来物でしかない。
このハイカラは町人文化に近く、例えば浮世絵、漫画の様なサブカルチャーを肯定するが、私は日本画や欧米美術の方に親近し、寧ろ町人文化を下品とみなし忌避している。なぜこの差が生まれたかだが、ハイカラは江戸時代否定を含む薩長式西洋かぶれで、教養主義は水戸学含む国学の伝統に根ざすからだ。
私の意識の根底には地元でみた5万年前の先住人らの使っていた石器や、青森の渡良瀬渓谷でみた縄文期の様な自然があり、そこから見直すと奈良の平城京跡や、京都御所などは新興宗教を兼ねた渡来人の暴力団が中華皇帝を模していたものにしかみえない。GHQやイングランド政府などはもっと新参者である。
旧帝大文化は、東浩紀氏や茂木健一郎氏の様な江戸町人文化の延長にある東京サブカルに親近した人達を生み出すに至り、完全に新渡戸『武士道』の様な人格陶冶を目指す教養主義を捨て去り、ハイカラ趣味の現代版であるオタク文化に耽っている。彼らによる京アニ礼賛もこの文脈にある。私は嫌悪を感じた。いいかえれば、もぎけん氏が米英中心主義の様な考え方をしばしば持ち出し日本文化を劣位に置く文法は、徳川時代を否定したいばかりに薩長式の出羽の守を模倣する、輸入学問の旧帝大方式に習っているのだ。そこには国学の伝統との断絶がある。それで彼ら旧帝知識人は短歌すらろくに詠めないのである。
オタク文化とハイカラ趣味は、現実には微妙に違う。飽くまでオタク文化は「江戸趣味」象限に近いかもしれない。単なる極東小国の奇形な娯楽に過ぎないそれを欧米知識人が学術の中心領域として真面目にとりあうことは恐らく今後も日本学の一部としてしかないだろうから、国外・都外と意識がずれている。なぜ東大閥の人達の一部がオタク文化を肯定的に語るかといえば、それが町人文化の下品さを伴うので、商人中心の江戸趣味、現東京趣味に叶うからである。逆にこの点で都外の、特に非都市圏の知識人は、彼ら江戸趣味やハイカラ趣味の人々を、多かれ少なかれ悪趣味の点で軽蔑しているといわざるをえない。
では最後に「修養主義」の行方だが、これはその女の家族が属する象限なのであろうと推測される。イギリス国政の話なんて庶民で勉強もろくにできないお前には関係ないだろう、自分の明日の暮らしを思って実直に働けというわけだ。よかれあしかれ農民根性が、一般労働者に残存しているということだろう。
この点で、欧米文化のハイカルチャー世界は、やはり「江戸趣味(東京趣味)」の商人にとっても縁遠いものでしかない。同人誌エロ漫画描きメロンブックスで500円で売っていいね1万回もらいホクホクしているオタク絵師がボリス政治のEU史に与える影響なんて気にする筈もない。なんの関係もないからだ。
しかしながら、僕みたく主に「教養主義」象限で生きている人間からすると、欧米文化の動向はハイカルチャー世界でガチ戦闘し続けている主戦場の相当大きなゾーンなので、直接自分の仕事の意義を左右する重要な話題だ。この点では「ハイカラ」象限の人達とも、ほぼ相似の次元で議論し得る話なのである。
でこの女がなんで僕に一言(具体的には「SMH」Shaking my head)「それはないっしょ」みたいな)といったかだが、竹内象限の欧米文化志向値が高い方の話題と、それがない修養主義(家族)間の摩擦で傷ついたのに加え、教養象限の私にも妬みに近い「お前らだけ話しやがって」と横槍してきたのだろう。
これらを分析内容として前置きに考えるに、自分の感じだとこの構図は、日本としては過去に漢学、インド思想についてもあった話だと思う。そして竹内象限は、江戸趣味の部分を「平安趣味(京都趣味)」に置き換えても、中世版でほぼ成り立つのではないか。つまり一種の異文化摂取の型なのかもしれない。
私がなぜハイカラ趣味に染まらなかったかなら、私は地元で生まれ育って自分の成績レベル最近辺な磐城高校へ入り、そこから芸大に入ろうとしたのだが弾かれた。一年、美術予備校で周辺事情を知悉してみるとアカデミズムの腐敗に呆れてしまい、独学に切り替えた。つまりこれが塞翁が馬だったのだろう。私は東京圏を一定距離で出入りしながら、同一化されることなく内部批評できる立場に置かれた。しかしもし私が父や祖父みたく早慶にでも入っていても、茨城北部文化は、他の首都圏北部自治体もそうと思うが、南関東の様な町人趣味ではないので、完全にハイカラ化していたとは思えない。
西欧(欧米)文化志向値の高さとは、嘗ては漢学・インド思想へそうだった様、一般にいう知的好奇心の結果である。それで日本人一般で学業成績が並くらい以上の人達なら多少あれその傾向をもっているか、明治以後の文科省指定教育の流れで刷り込まれているだろう。問題は東京文化に染まるかなのだ。私はこの竹内象限は、国内文化の志向性を最も大雑把に分類したものといえるとおもうが、私は『学問のすすめ』みたいな実学を勧める修養主義や、村上隆みたいなハイカラ象限には一定の親近性があるものの、江戸東京趣味とは距離が遠い。それで自分の逆類型として調べはしたが、同一化はできなかった。
例えばヒルズ族・ネオヒルズ族の様な拝金商人文化がどこに属するかなら江戸東京趣味だろう。ゾゾの前沢氏はハイカラである。両者の境目をなくそうとしたのが村上超平面理論の中間芸術的側面だった。
教養主義は虚学虚業、つまり短歌や政治哲学はじめ形而上学、理論科学、純粋美術への志向性をもつ。
一方、修養主義は実学に根ざしていて、そこで人格陶冶の最終目的は知行合一を殆ど出ない。国内で朱子学の虚学性を批判している人々というのは明治以後よくみるだろうが、彼らが格物致知の朱子学を理解しているとはいえず、徳川の官学否定で無意識に、知行合一で実学志向の陽明学に戻っているのだ。
『学問のすすめ』の実学論は、米国プラグマティズムを陽明学に重ね真似たもので、実際のところ学術的な中流以下への啓蒙の方便だったといえるだろう。虚学は学術全体の基礎にあたる部分で、それを応用したものが実学だからだ。学の実利性を強調した福沢は今日の大学就職予備校化の第一原因だったろう。
結局、冒頭の女がなぜハイカラ根性を修養的家族にバカにされたかといえば、それが実学的でない上滑りの知識だったからだろう。逆にメンタリスト・ダイゴ氏の実用心理学の様な知識を語れば、修養主義者には受けがいいかもしれない。そして私の志向性は、学術的に、完全にその本質である虚学の方にある。
日本社会で子供が集団イジメを受けたときの対策法について
今の子供にいっておくが、意識高い系とかいって差別してくる集団は近づかないべきだし、それいってる連中は徹底的に裏をかき潰したらいい。同調圧力つくって集団イジメ目的でいってるんだから、組織化させたら害悪しかないのだから。ただ自分の実権力を確保した上で、戦略的に知恵で潰す必要があるが。
イジメをする連中は、根本的には心が弱い。一人で立てないから周りの雑魚を群れさせている。つまり個別に分けて頭を使い、着実に、合法的に、合理的に潰していけば、確実に相手の組織を潰せるのだ。
教員が公務員の場合、つまり国公立や市立の学校だったとき、その教師に親などから通報させても、保身に回ってイジメへろくに対応しないだろう。私立なら首になりうるからそうでもないだろうが。
直接、県の教育委員会や文科省、首相官邸へ通報する方が効果がある。公務員は上司に逆らえないからだ。
上記に加え、警察に相談し被害届を出し刑事事件に持ち込んだり、自ら家庭単位で民事裁判を起こせそうになければ、その組織を離れるのが最も楽だが、それすら叶わないとき、反撃なり復讐するには上述した様、合法の範囲で合理的に相手の弱点を全て知悉した上で、一匹ずつ知恵を使い潰していくのだ。
それと、日本政府が全く頼りにならないときは国連の人権機関へ、子供の相談として、自殺しか考えられないが日本政府がなんの対応もしてくれないといって、できるだけ大袈裟に子どもの権利条約違反として訴えるべきだ。直接の復讐はこれすらなんの機能もしなかったときの最終手段とすべきであろう。
大人になるまで何度となくその種の集団虐待の悪意と戦い慣れてくると、寧ろ職能みたいになりどうやれば相手組織を最短かつ最善の仕方で無力化できるか命を懸けたゲームとして楽しめる様になる。
日本人全般の集団イジメを何より好む行動習性は今後も変わらないから、それに慣れておく方が良い。
最終段階では首謀者を命と引き換えに討つという覚悟で、集団虐待の全数を完全に記録した上で、一人残さず個人特定かつ追跡し、短期で潰せなければどれだけ長期戦に持ち込んでも紛れなく潰すのが大事だ。究極のとき、死後まで自分の意志を子孫や同志に継がせ、復讐貫徹へ持ち込めるのだから問題ない。
因みに大人の社会でも集団イジメは組織間の利害抗争として普通に続いているので、子供社会より複雑かつ高度になっているだけで、本質的に何も違いがない。だから戦い慣れる方が人類界では有利ともいえる。いいかえると子供時代の集団イジメは、政治的レベルの低い雑魚との戦いというだけだ。
例えば『老子』は「怨みに報いるに徳を以てす」といい、『論語』でこれを問われた孔子は「怨みに報いるに直を以てす」と批判した。また仏陀は『ダンマパダ』で「恨みは捨ててこそ止む」といい、新約聖書(ローマ12:19)でのパウロは「自ら復讐するな、神が復讐する」という。これらについてイジメに照らして考える。
第一に、仏陀がいっているうらみの感情から離反せよ、との見解は正しい。なぜかなら、この感情に囚われると冷静に振る舞えない可能性があるため完全に自己制御する必要があり、高次認知的にこの感情をいわば他人事として捉え直し客観視すると共に、相手の業と恨みを分離して考えた方が合理的だからだ。
次に、老子のいうのはゲーム理論でいうTFT(しっぺ返し)戦略等と同趣旨で、相手が反省し協力カードを出しているのに裏切りを繰り返すと自分にとって不合理だからである。他方、孔子がいうのはこの戦略でいう相手が裏切りカードを出してきた時に、しっぺ返し(正当防衛)した方が合理的という意味だ。
ではパウロの説が何かだが、ここで問題なのは業そのもので、復讐に囚われ自分の損害を省みないより、寧ろ合理的報復を除けば自分の身を守ることを優先すべしというのである。当然ながら被害者が罪をこうむるのは倒逆だから、この考え方にも一理ある。
上述したことをまとめると、相手のイジメには逐一正当防衛し、相手側のダメージを十分な幅でとれば、学習能力のある相手ならばこれでイジメに繋がらない。しかし相手に学習能力がなかった場合、そしてイジメの規模が大きく正当防衛もままならない時は、とりあえず保身を最優先しつつ業を記録すべきだ。どの様な被害にあったか客観的に証拠づけられる記録を保存するか、それすらままならなければ相手の業を全て記憶せよ。孔子は仏陀と同じく「旧悪をおもわず」と業と恨みの分離を唱えており、この恨みの方は正義の平衡感覚といえるにせよ、自分に苦痛の感情なのでなるだけ繰り返し思い出さない方がいい。
そして業(自他の行い、被害状況)を記録・記憶できたら、この内容を精査しつつ、いかにして自分に得のみがあり、相手に報復可能か、最大限の知恵を使って合理的に思案するがいい。その計画通りに因果応報を実行せよ。長期戦の場合、相手が不徳で自滅することも多く、短期戦だけで解決する必要はない。長期戦についていえば、歴史をかえりみれば千年以上の時を経て復讐が完遂するといった例はざらにある。この意味で、道徳法則は自然法則と同じく不動のものである。地誌や民族史がどの様に変遷しているかつぶさに観察した者は、業を悟り、自ら徹底的に修身し、悪事を一切行わず、他者に善行のみをせよ。
イジメをする連中は、根本的には心が弱い。一人で立てないから周りの雑魚を群れさせている。つまり個別に分けて頭を使い、着実に、合法的に、合理的に潰していけば、確実に相手の組織を潰せるのだ。
教員が公務員の場合、つまり国公立や市立の学校だったとき、その教師に親などから通報させても、保身に回ってイジメへろくに対応しないだろう。私立なら首になりうるからそうでもないだろうが。
直接、県の教育委員会や文科省、首相官邸へ通報する方が効果がある。公務員は上司に逆らえないからだ。
上記に加え、警察に相談し被害届を出し刑事事件に持ち込んだり、自ら家庭単位で民事裁判を起こせそうになければ、その組織を離れるのが最も楽だが、それすら叶わないとき、反撃なり復讐するには上述した様、合法の範囲で合理的に相手の弱点を全て知悉した上で、一匹ずつ知恵を使い潰していくのだ。
それと、日本政府が全く頼りにならないときは国連の人権機関へ、子供の相談として、自殺しか考えられないが日本政府がなんの対応もしてくれないといって、できるだけ大袈裟に子どもの権利条約違反として訴えるべきだ。直接の復讐はこれすらなんの機能もしなかったときの最終手段とすべきであろう。
大人になるまで何度となくその種の集団虐待の悪意と戦い慣れてくると、寧ろ職能みたいになりどうやれば相手組織を最短かつ最善の仕方で無力化できるか命を懸けたゲームとして楽しめる様になる。
日本人全般の集団イジメを何より好む行動習性は今後も変わらないから、それに慣れておく方が良い。
最終段階では首謀者を命と引き換えに討つという覚悟で、集団虐待の全数を完全に記録した上で、一人残さず個人特定かつ追跡し、短期で潰せなければどれだけ長期戦に持ち込んでも紛れなく潰すのが大事だ。究極のとき、死後まで自分の意志を子孫や同志に継がせ、復讐貫徹へ持ち込めるのだから問題ない。
因みに大人の社会でも集団イジメは組織間の利害抗争として普通に続いているので、子供社会より複雑かつ高度になっているだけで、本質的に何も違いがない。だから戦い慣れる方が人類界では有利ともいえる。いいかえると子供時代の集団イジメは、政治的レベルの低い雑魚との戦いというだけだ。
例えば『老子』は「怨みに報いるに徳を以てす」といい、『論語』でこれを問われた孔子は「怨みに報いるに直を以てす」と批判した。また仏陀は『ダンマパダ』で「恨みは捨ててこそ止む」といい、新約聖書(ローマ12:19)でのパウロは「自ら復讐するな、神が復讐する」という。これらについてイジメに照らして考える。
第一に、仏陀がいっているうらみの感情から離反せよ、との見解は正しい。なぜかなら、この感情に囚われると冷静に振る舞えない可能性があるため完全に自己制御する必要があり、高次認知的にこの感情をいわば他人事として捉え直し客観視すると共に、相手の業と恨みを分離して考えた方が合理的だからだ。
次に、老子のいうのはゲーム理論でいうTFT(しっぺ返し)戦略等と同趣旨で、相手が反省し協力カードを出しているのに裏切りを繰り返すと自分にとって不合理だからである。他方、孔子がいうのはこの戦略でいう相手が裏切りカードを出してきた時に、しっぺ返し(正当防衛)した方が合理的という意味だ。
ではパウロの説が何かだが、ここで問題なのは業そのもので、復讐に囚われ自分の損害を省みないより、寧ろ合理的報復を除けば自分の身を守ることを優先すべしというのである。当然ながら被害者が罪をこうむるのは倒逆だから、この考え方にも一理ある。
上述したことをまとめると、相手のイジメには逐一正当防衛し、相手側のダメージを十分な幅でとれば、学習能力のある相手ならばこれでイジメに繋がらない。しかし相手に学習能力がなかった場合、そしてイジメの規模が大きく正当防衛もままならない時は、とりあえず保身を最優先しつつ業を記録すべきだ。どの様な被害にあったか客観的に証拠づけられる記録を保存するか、それすらままならなければ相手の業を全て記憶せよ。孔子は仏陀と同じく「旧悪をおもわず」と業と恨みの分離を唱えており、この恨みの方は正義の平衡感覚といえるにせよ、自分に苦痛の感情なのでなるだけ繰り返し思い出さない方がいい。
そして業(自他の行い、被害状況)を記録・記憶できたら、この内容を精査しつつ、いかにして自分に得のみがあり、相手に報復可能か、最大限の知恵を使って合理的に思案するがいい。その計画通りに因果応報を実行せよ。長期戦の場合、相手が不徳で自滅することも多く、短期戦だけで解決する必要はない。長期戦についていえば、歴史をかえりみれば千年以上の時を経て復讐が完遂するといった例はざらにある。この意味で、道徳法則は自然法則と同じく不動のものである。地誌や民族史がどの様に変遷しているかつぶさに観察した者は、業を悟り、自ら徹底的に修身し、悪事を一切行わず、他者に善行のみをせよ。
学術は抑圧の理想への置き換え
知性化が単なる防衛機制の一種なら、学問は性的抑圧状態にある他人の自己防衛反応を利用しようとする、人類一般の策謀でしかない。つまり学者は生贄なのだ。
昇華について芸術家へも同じことがいえる。
スクールカーストにせよ会社役所にせよ、学者が取った天下なしとは、これゆえ必然なのだ。
プラトンは現実のギリシアが混迷するに至って、この知性化によって理想国家を空想したが、それは究極のところ物語や漫画、小説、RPGの類と何か違うでもない。当為として語られる哲人王の統治も、プラトン自身が性的抑圧を妄想の中で、自ら王として徳治する夢の国に置き換えたものでしかない。
哲学者や芸術家が世界を変えられるとしたら、或る実現可能な徳治の理想を語る手腕によってだろう。マルクスが世界を変えることが重要だといっていた様。この計画の方向性が正しければ、人々をより良い状態に導ける。
徳に関しあたう限り高い理想を掲げられない哲学者はその時点で、役に立たない。
昇華について芸術家へも同じことがいえる。
スクールカーストにせよ会社役所にせよ、学者が取った天下なしとは、これゆえ必然なのだ。
プラトンは現実のギリシアが混迷するに至って、この知性化によって理想国家を空想したが、それは究極のところ物語や漫画、小説、RPGの類と何か違うでもない。当為として語られる哲人王の統治も、プラトン自身が性的抑圧を妄想の中で、自ら王として徳治する夢の国に置き換えたものでしかない。
哲学者や芸術家が世界を変えられるとしたら、或る実現可能な徳治の理想を語る手腕によってだろう。マルクスが世界を変えることが重要だといっていた様。この計画の方向性が正しければ、人々をより良い状態に導ける。
徳に関しあたう限り高い理想を掲げられない哲学者はその時点で、役に立たない。
下らない人が生きているわけ
下らない人間は通常、下らない女が下らない男に発情し、産まれた子の成人後の姿である。なぜ下らない人間がいるのが信じられないかなら、辺り中にいる下らない男女が、隔世遺伝あれ瓜二つの複製物を再生産しているという知識が、そこに結びついていないからだ。下らない女や下らない男なら沢山いる。
東京政府を覆す経済規模の善政単位を造り上げるべし
普段からどうしようもない政治ばかりしている国民一般は、単純に公徳がない。だからその国民一般に期待するかぎり永遠に善政は行われない。寧ろ多数政の元で低次元な公務しか選挙で実現できないなら、その多数派は衆愚なのだから理解力もなく、最高徳の君子が世にいても豚に真珠で貶めているだろう。
ソドムに10人も義人が残っていなかったので、旧約聖書の神はそこを亡ぼした。日本国の単位にもし十義人がいても、国政を変えられない。つまり国政に何かを期待している者は、その時点で愚かなのだろう。
その十人が何をしているかに注目すべきだ。最善の修身か、家政をしているのだろうから。
ポリビオスの政体循環論が正しければ、衆愚的な東京国政を覆すのは優れた絶対王政を執る別集団になるだろう。その自治体が国内のものか、国外のものかは不明だが、最高公徳の持ち主が最高権力を握る権徳一致の集団は、事実上、民衆がその権力の根拠を君主の公徳に認めるので、徳治しているに等しい。
日本政府の首相なり天皇が、民衆のいずれかの人から、単なる誹謗でなく公徳の低さについてしきりに非難されている状況では、彼らの権力の根拠を衆愚の悪意、即ち利己的な多数支配に認めるしかない。だから我々が為すべきなのはこの腐った単位を覆すべく、違う単位で善政を実現することだ。
嘗て平安朝が同じ様に腐敗していた時、平将門と藤原純友が東西で独自政権を作り、のち、東国武士政権から連なる今日の日本政府の起源になった。だから別の強力で、より高い次元の正義に基づいた政治単位を作り上げ、東京政府の脅しや暴力に従わない必要がある。皇居や御所を中央と考えないがいい。
韓国が善政を行い、今日の東京政府を力で覆せるなら、それに越したことはないが、韓国憲法は侵略を否定しているので、ありうるのは外堀を埋める程度だろう。
国政単位での革命には、専ら、驕り高ぶる一方の東京圏を経済規模で超えた単位を作り出す必要があるだろう。
孔子が君子が移り住めばそこは文明国だという様、或る人の政治哲学の質がそのまま国力の中身なのだから、近い将来、わが県わが市が善政を実現し、腐敗した東京政府を実力行使で覆すのを企図する。各自治体を作っているのは個人であり、最高公徳の人物を集めた単位が中央国政に置き換わるべきだ。
ソドムに10人も義人が残っていなかったので、旧約聖書の神はそこを亡ぼした。日本国の単位にもし十義人がいても、国政を変えられない。つまり国政に何かを期待している者は、その時点で愚かなのだろう。
その十人が何をしているかに注目すべきだ。最善の修身か、家政をしているのだろうから。
ポリビオスの政体循環論が正しければ、衆愚的な東京国政を覆すのは優れた絶対王政を執る別集団になるだろう。その自治体が国内のものか、国外のものかは不明だが、最高公徳の持ち主が最高権力を握る権徳一致の集団は、事実上、民衆がその権力の根拠を君主の公徳に認めるので、徳治しているに等しい。
日本政府の首相なり天皇が、民衆のいずれかの人から、単なる誹謗でなく公徳の低さについてしきりに非難されている状況では、彼らの権力の根拠を衆愚の悪意、即ち利己的な多数支配に認めるしかない。だから我々が為すべきなのはこの腐った単位を覆すべく、違う単位で善政を実現することだ。
嘗て平安朝が同じ様に腐敗していた時、平将門と藤原純友が東西で独自政権を作り、のち、東国武士政権から連なる今日の日本政府の起源になった。だから別の強力で、より高い次元の正義に基づいた政治単位を作り上げ、東京政府の脅しや暴力に従わない必要がある。皇居や御所を中央と考えないがいい。
韓国が善政を行い、今日の東京政府を力で覆せるなら、それに越したことはないが、韓国憲法は侵略を否定しているので、ありうるのは外堀を埋める程度だろう。
国政単位での革命には、専ら、驕り高ぶる一方の東京圏を経済規模で超えた単位を作り出す必要があるだろう。
孔子が君子が移り住めばそこは文明国だという様、或る人の政治哲学の質がそのまま国力の中身なのだから、近い将来、わが県わが市が善政を実現し、腐敗した東京政府を実力行使で覆すのを企図する。各自治体を作っているのは個人であり、最高公徳の人物を集めた単位が中央国政に置き換わるべきだ。
人為と自然は二項対立ではない
人は、死後には日記の中にしかいない。だから自分を知らないままで産まれ生き死んでいく殆どの人々にとって、自分の命のほぼ全ては、なんらかの模倣子(ミーム)である。
絵を描くのは根気も時間もいるが、見る人には一瞬である。そこには命の(故に模倣子)伝達の単位時間あたりの結晶がある。
モンドリアンが最晩年に『ブロードウェイ・ブギウギ』を描いたとき、彼が生涯をかけ温めた思想の中で、近代文明やそれが形成していく大都市は理想化されていた。私はこの絵を15、6才のころ眺め、(リヒターと同じで)好感を覚えた。当時は言語化できなかったが、あとから思えばそれは現実の大都市の退廃と無関係な、彼の或る楽観だからだった。
我々はモンドリアンの一生涯を、そこにあった色々な体験の質感を実際には想像以外で何も知らないが、MOMAに掲げられたその一枚の絵で、ある模倣子を通じ、彼の命と交流する。だからAIに芸術が作れるといっている人々は、寧ろそのAI自身を除けば、AIを作った人としか交流できない。
人為と自然は二項対立で捉えられるわけではない。この点で、モンドリアンは彼の西洋的な近代理性の枠組みを超えられなかった。
人は巨視的に自然の一部だし、脳も自然にできて動く。現実には、数学的イデアの中にしかない直線や直角といった視覚要素は、自然全体が孕むエントロピー増大の一側面だ。
絵を描くのは根気も時間もいるが、見る人には一瞬である。そこには命の(故に模倣子)伝達の単位時間あたりの結晶がある。
モンドリアンが最晩年に『ブロードウェイ・ブギウギ』を描いたとき、彼が生涯をかけ温めた思想の中で、近代文明やそれが形成していく大都市は理想化されていた。私はこの絵を15、6才のころ眺め、(リヒターと同じで)好感を覚えた。当時は言語化できなかったが、あとから思えばそれは現実の大都市の退廃と無関係な、彼の或る楽観だからだった。
我々はモンドリアンの一生涯を、そこにあった色々な体験の質感を実際には想像以外で何も知らないが、MOMAに掲げられたその一枚の絵で、ある模倣子を通じ、彼の命と交流する。だからAIに芸術が作れるといっている人々は、寧ろそのAI自身を除けば、AIを作った人としか交流できない。
人為と自然は二項対立で捉えられるわけではない。この点で、モンドリアンは彼の西洋的な近代理性の枠組みを超えられなかった。
人は巨視的に自然の一部だし、脳も自然にできて動く。現実には、数学的イデアの中にしかない直線や直角といった視覚要素は、自然全体が孕むエントロピー増大の一側面だ。
性愛表現の研究
女性一般は、調度その妊娠能力が尽きる頃から、(プロゲステロンの低下で、代わりにテストステロンが優勢になり)性欲が解放されがちである。これは女性一般が受動的な性になり易い原因で、進化的には若い時代に自制が効く為、出産育児費を節約すべく慎重に配偶選択するのに都合がよかったのだろう。他方で、娼婦一般は商売のため無理やり性欲が強い振りをするか、演技によってその種の媚態を身に着けて行く。或いは実際に性依存症になり、官能性を覚える。
では男性の一部は一体どんな目的で性売買しているのか? 快楽に惹かれた性行為の練習か代償? なぜ対象が一般に年増の女性ではないのか?
結局、性売買を行う男性の一部は、擬似的な妊娠可能性を選好しているのだろうということだ。単なる官能性なら年増好みが有利なのだから。
フランス文化で年増好みも一般的なら、それは官能性追求がラロらにより芸術の一部と認められ、性愛は生殖やそれを錯覚させる模擬が唯一目的でないからだろう。
私が東京文化に余り共感できなかった一つの原因は、そこでは江戸遊郭から続く児童性愛の傾向が激しくあったのも関係あると思う。同傾向は、都内の秋葉原を中心とするオタク文化にも随所に埋め込まれている。
これらは自分が幼児からその中で育った雨情の哲学(童心芸術)の対極にあり、縁遠かった。
通俗的にいえば「東京人一般はロリコンだ」ということになるが、現実にペドフィリア級の表現ばかり、オタクの都民共はしている。その性愛傾向は私には殆ど全く入り込めないので、ごく少しできても素朴な子供らしい純愛としてなのだが(童謡『赤い靴』の様な)、放火事件に遭った京アニ作品も嫌悪感でしかみれない。アニメ『けものフレンズ』をツイッターオタク民が推奨したから、無理やり全話みたが、これも典型的な東京オタクのロリコン趣味で全く入り込めなかった。純粋に子供向けアニメならそうと分かるのだが、擬人化した萌えキャラみたいなのにしてあると一発でわかる。京アニも新海作品もその点で気持ち悪い。
確かに、単なる性愛の中で高校生くらいの若く魅力のある女性を賛美したくなる気持ちは私にも分かる。しかしこれは或る思春期的慕情でみてそうなので、オタク的な歪んだ「萌え」感情にしてあると、全然共感できない。ツイッターには腐るほどそういう漫画絵をばらまく連中がいるがまるでいいと思えない。この「萌え」という美意識が、私には全くの外部的、異国情緒な美学で、東京都民一般とか京都府の一部とか、完全にその内部で生まれ育っているから当人らは恐らく自然にそれを賞美しているのだろうが、私の目にはひたすら下賤で吐き気を催すほど醜悪にしか感じられない。心から馬鹿げているとすら思う。
上述した様、年増の女性にしか脳の現象的に、官能性への純粋な志向はみられないのだ。若い女性とも年増の女性とも、何らかの形で関わった人間なら理解できるだろうが。そして若い女性(子供ではない娘)の魅力は、その年増の女性がもっている深い美質が本性的に欠如している、或るうぶさという点の方にあるのだ。
いいかえると、都民を中心とするオタク一般は、激しい妄想癖によって、生娘にしかない類の魅力を描き損ねている。これは間違いないだろう。彼らは自分達の脳内妄想を描いており、男性の一部がもつ変態性欲の対象として女性を物化している。これ故に、市井の女性まで過度に官能的な娼婦のよう描かれる。
私は主に絵を通じ、いかにこの世の美を描き留めるか腐心してきたが、上述の女性の魅力を描くという点で、オタク文化一般は大きく失敗していると思う。それは彼ら江戸期から続く東京民を主とする、浮世絵や春画から続く美人画「絵師」の美意識が、粋から萌えに変化はしたが相変わらず非現実的だからだ。
私は18才の頃、美術予備校でモデルのデッサンや油画の勉強を毎日やっていた時ふと悟り、友人にこの作業は意味がないといった。それは現実の女性美(究極では私の主観の中にあるから性欲の投影なのだろうが)には、外形を紙やカンバスに写し取ることでは永遠に到達できないからだ。現実の方が美なのだ。
すなわち、絵はプラトンがいうようイデアの写しにすぎないとする。この場合、人物画に投影されるのは(私は異性愛者なので、異性なら)性欲なり、何らかの理想的造形なので、問題はこのイデアと現実のずれだ。そして芸術美はこのずれを表現上なるだけ解消した地点にある。イデアが歪んでいると、技術がどれほどあっても、表現物に現れた造形の趣味は悪くなる。だから美意識なり美学なり、イデアそのものを、単に技術だけでなく洗練させる必要がある。
私がオタク文化に馴染めないのは、その美意識が下品すぎ、野卑すぎるからである。同じ点で京都文化にも馴染めないが。
最初に述べた様、例えば異性を描く際に、あるいはそれ以外のどんな造形物または理念に対しても、同じ情熱で、背景にある美の原因を委細に渡り調べ尽くし、イデアと現実を、技能ですり合わせる必要がある。しかし具象物が生きている様な場合、現実の方が美自体なのだから模倣物は側面しか切り取れない。
レオナルドは手記で私が今書いたのとほぼ類似のことを、より大雑把にいう。つまり娘を描くなら風に舞う髪で若さを描写せよとか、具象物に固有の特徴を捉えろといっている。だがこれらは彼の時代に調べられた科学の範囲に留まっていて、物質の化学的構成要素、心理分析や脳の理解などは使えなかった。
上述の様、年増の女性一般と若い女性一般は、単なる官能性を巡っても全く別の性質を、ほぼ固有にもっている。人生の労苦を経た老婆なら尚更そうだ。少なくとも私はオタク文化の中にある絵に、人物画として芸術面で感動した試しが先ずない。現代版春画として少女に官能性を象徴させている絵は下品だ。
絵は或る情報量を、面積の限られた平面上に、主に色彩と、場合によっては盛り上げによる凹凸を使い結晶させたものだ。そこで人物を描いても、本質は自らの中に有るイデアの、或る模倣子を使った伝達である。だからオタク文化の様な退廃例を模倣先にせず、人はより善美なるイデアを芸術上表現すべきだ。
後世の目からは信じられないことだろうが、私が生きていた間、村上隆世代(評論面では東浩紀)の影響で、20代とか10代とかの子供まで含め、美術界のほぼ全面をオタク文化の模倣子が覆っていた。公募展や美大芸大で公然と、まではいかないが、一般庶民はサブカル以外をまるで理解できない有様だった。そして恐るべき腐敗なり、都市文化の特徴という他ないが、この東京発祥で京都の一部が模倣し、国内外へ商業的に売りつけていたオタク文化の模倣子は、児童性愛と性売買を合体させた様な美意識を主とする代物、つまり「萌え」なる美学を理念としていて、裏返しの女衒じみた女性蔑視の塊だったのだ。
なぜ東京だけでなく京都の一部でもオタク文化が土着したか。彼らに芸妓文化の背景があり、すんなりと少女の物化、いわば偶像の性奴隷視に親しめたからと思われる。そこで二次元人物として描かれた芸者らは、萌えの媚態で客から金を巻き上げるだけでなく、二次創作界で現実に売春させられていた。
私はこの点でKPOPの世界も観察していた。韓国側の妓生文化が延長したのは明らかな、整形手術で整った顔立ちの女性ら(しばしば男性も)は、歌舞の曲自体はJPOPの影響を受けていたが、オタク文化の萌え美学の中にはなかった。そこで娘は娘らしさを率直に表現し、児童性愛じみた色彩はまるでなかった。しばしば娼婦(男娼)らしい表現の点では、ソフトポルノじみたMVや、性的な歌舞が常態のKPOP側にも都市文化の退廃的色彩があったと思うが、その下品さの度合いは東京の直接的な性行為を撮影しばらまくアダルトビデオ等のものより遥かにましだろう。
文明は上品化の過程なのだから、これらは退化だ。
美術界ではずっと以前から、性愛の表現領域も様々に試されてきた。そもそもプラトンの定義するエロス(性愛)は、単なる性欲から社会、宇宙へと拡張される美の理想のことだ。ポルノグラフィ(猥褻物)はこの点で直接的表現を行っている物と定義できるが、本来的に、上質な美は表現の抽象度でしかない。性愛に関する限り、具象表現は、この点で原始的美術である。記号化された人物の演技を描写対象にしている漫画、アニメ、ゲーム等はもともと幼稚で、初歩的な表現なのだ。それらが萌えなど東京・京都での人身売買じみた児童の性搾取と絡めた美意識で表現されれば、当然ながら野蛮なものである。
未来の人類には、わざわざ私がこれを書く理由は全く実感できないだろうが、敢えて書き残したのは、同時代の東京都民全般が、村上らの反啓蒙的詭弁により、俗悪で品性下劣な芸術表現へ心中し、かつ全く王道で誇るべきと信じ驕って疑っていなかったからだ。後生はオタク絵が何かすら知らないだろうが。
では男性の一部は一体どんな目的で性売買しているのか? 快楽に惹かれた性行為の練習か代償? なぜ対象が一般に年増の女性ではないのか?
結局、性売買を行う男性の一部は、擬似的な妊娠可能性を選好しているのだろうということだ。単なる官能性なら年増好みが有利なのだから。
フランス文化で年増好みも一般的なら、それは官能性追求がラロらにより芸術の一部と認められ、性愛は生殖やそれを錯覚させる模擬が唯一目的でないからだろう。
私が東京文化に余り共感できなかった一つの原因は、そこでは江戸遊郭から続く児童性愛の傾向が激しくあったのも関係あると思う。同傾向は、都内の秋葉原を中心とするオタク文化にも随所に埋め込まれている。
これらは自分が幼児からその中で育った雨情の哲学(童心芸術)の対極にあり、縁遠かった。
通俗的にいえば「東京人一般はロリコンだ」ということになるが、現実にペドフィリア級の表現ばかり、オタクの都民共はしている。その性愛傾向は私には殆ど全く入り込めないので、ごく少しできても素朴な子供らしい純愛としてなのだが(童謡『赤い靴』の様な)、放火事件に遭った京アニ作品も嫌悪感でしかみれない。アニメ『けものフレンズ』をツイッターオタク民が推奨したから、無理やり全話みたが、これも典型的な東京オタクのロリコン趣味で全く入り込めなかった。純粋に子供向けアニメならそうと分かるのだが、擬人化した萌えキャラみたいなのにしてあると一発でわかる。京アニも新海作品もその点で気持ち悪い。
確かに、単なる性愛の中で高校生くらいの若く魅力のある女性を賛美したくなる気持ちは私にも分かる。しかしこれは或る思春期的慕情でみてそうなので、オタク的な歪んだ「萌え」感情にしてあると、全然共感できない。ツイッターには腐るほどそういう漫画絵をばらまく連中がいるがまるでいいと思えない。この「萌え」という美意識が、私には全くの外部的、異国情緒な美学で、東京都民一般とか京都府の一部とか、完全にその内部で生まれ育っているから当人らは恐らく自然にそれを賞美しているのだろうが、私の目にはひたすら下賤で吐き気を催すほど醜悪にしか感じられない。心から馬鹿げているとすら思う。
上述した様、年増の女性にしか脳の現象的に、官能性への純粋な志向はみられないのだ。若い女性とも年増の女性とも、何らかの形で関わった人間なら理解できるだろうが。そして若い女性(子供ではない娘)の魅力は、その年増の女性がもっている深い美質が本性的に欠如している、或るうぶさという点の方にあるのだ。
いいかえると、都民を中心とするオタク一般は、激しい妄想癖によって、生娘にしかない類の魅力を描き損ねている。これは間違いないだろう。彼らは自分達の脳内妄想を描いており、男性の一部がもつ変態性欲の対象として女性を物化している。これ故に、市井の女性まで過度に官能的な娼婦のよう描かれる。
私は主に絵を通じ、いかにこの世の美を描き留めるか腐心してきたが、上述の女性の魅力を描くという点で、オタク文化一般は大きく失敗していると思う。それは彼ら江戸期から続く東京民を主とする、浮世絵や春画から続く美人画「絵師」の美意識が、粋から萌えに変化はしたが相変わらず非現実的だからだ。
私は18才の頃、美術予備校でモデルのデッサンや油画の勉強を毎日やっていた時ふと悟り、友人にこの作業は意味がないといった。それは現実の女性美(究極では私の主観の中にあるから性欲の投影なのだろうが)には、外形を紙やカンバスに写し取ることでは永遠に到達できないからだ。現実の方が美なのだ。
すなわち、絵はプラトンがいうようイデアの写しにすぎないとする。この場合、人物画に投影されるのは(私は異性愛者なので、異性なら)性欲なり、何らかの理想的造形なので、問題はこのイデアと現実のずれだ。そして芸術美はこのずれを表現上なるだけ解消した地点にある。イデアが歪んでいると、技術がどれほどあっても、表現物に現れた造形の趣味は悪くなる。だから美意識なり美学なり、イデアそのものを、単に技術だけでなく洗練させる必要がある。
私がオタク文化に馴染めないのは、その美意識が下品すぎ、野卑すぎるからである。同じ点で京都文化にも馴染めないが。
最初に述べた様、例えば異性を描く際に、あるいはそれ以外のどんな造形物または理念に対しても、同じ情熱で、背景にある美の原因を委細に渡り調べ尽くし、イデアと現実を、技能ですり合わせる必要がある。しかし具象物が生きている様な場合、現実の方が美自体なのだから模倣物は側面しか切り取れない。
レオナルドは手記で私が今書いたのとほぼ類似のことを、より大雑把にいう。つまり娘を描くなら風に舞う髪で若さを描写せよとか、具象物に固有の特徴を捉えろといっている。だがこれらは彼の時代に調べられた科学の範囲に留まっていて、物質の化学的構成要素、心理分析や脳の理解などは使えなかった。
上述の様、年増の女性一般と若い女性一般は、単なる官能性を巡っても全く別の性質を、ほぼ固有にもっている。人生の労苦を経た老婆なら尚更そうだ。少なくとも私はオタク文化の中にある絵に、人物画として芸術面で感動した試しが先ずない。現代版春画として少女に官能性を象徴させている絵は下品だ。
絵は或る情報量を、面積の限られた平面上に、主に色彩と、場合によっては盛り上げによる凹凸を使い結晶させたものだ。そこで人物を描いても、本質は自らの中に有るイデアの、或る模倣子を使った伝達である。だからオタク文化の様な退廃例を模倣先にせず、人はより善美なるイデアを芸術上表現すべきだ。
後世の目からは信じられないことだろうが、私が生きていた間、村上隆世代(評論面では東浩紀)の影響で、20代とか10代とかの子供まで含め、美術界のほぼ全面をオタク文化の模倣子が覆っていた。公募展や美大芸大で公然と、まではいかないが、一般庶民はサブカル以外をまるで理解できない有様だった。そして恐るべき腐敗なり、都市文化の特徴という他ないが、この東京発祥で京都の一部が模倣し、国内外へ商業的に売りつけていたオタク文化の模倣子は、児童性愛と性売買を合体させた様な美意識を主とする代物、つまり「萌え」なる美学を理念としていて、裏返しの女衒じみた女性蔑視の塊だったのだ。
なぜ東京だけでなく京都の一部でもオタク文化が土着したか。彼らに芸妓文化の背景があり、すんなりと少女の物化、いわば偶像の性奴隷視に親しめたからと思われる。そこで二次元人物として描かれた芸者らは、萌えの媚態で客から金を巻き上げるだけでなく、二次創作界で現実に売春させられていた。
私はこの点でKPOPの世界も観察していた。韓国側の妓生文化が延長したのは明らかな、整形手術で整った顔立ちの女性ら(しばしば男性も)は、歌舞の曲自体はJPOPの影響を受けていたが、オタク文化の萌え美学の中にはなかった。そこで娘は娘らしさを率直に表現し、児童性愛じみた色彩はまるでなかった。しばしば娼婦(男娼)らしい表現の点では、ソフトポルノじみたMVや、性的な歌舞が常態のKPOP側にも都市文化の退廃的色彩があったと思うが、その下品さの度合いは東京の直接的な性行為を撮影しばらまくアダルトビデオ等のものより遥かにましだろう。
文明は上品化の過程なのだから、これらは退化だ。
美術界ではずっと以前から、性愛の表現領域も様々に試されてきた。そもそもプラトンの定義するエロス(性愛)は、単なる性欲から社会、宇宙へと拡張される美の理想のことだ。ポルノグラフィ(猥褻物)はこの点で直接的表現を行っている物と定義できるが、本来的に、上質な美は表現の抽象度でしかない。性愛に関する限り、具象表現は、この点で原始的美術である。記号化された人物の演技を描写対象にしている漫画、アニメ、ゲーム等はもともと幼稚で、初歩的な表現なのだ。それらが萌えなど東京・京都での人身売買じみた児童の性搾取と絡めた美意識で表現されれば、当然ながら野蛮なものである。
未来の人類には、わざわざ私がこれを書く理由は全く実感できないだろうが、敢えて書き残したのは、同時代の東京都民全般が、村上らの反啓蒙的詭弁により、俗悪で品性下劣な芸術表現へ心中し、かつ全く王道で誇るべきと信じ驕って疑っていなかったからだ。後生はオタク絵が何かすら知らないだろうが。
2019年9月11日
加速主義者台頭は新自由主義が行き過ぎた一部先進国凋落の序章説
(実績なく期待先行の小泉進次郎氏が首相候補とされる腐敗した国政の、近い将来について)
自民党を終わらせる為にはいい役者と思います。ついでに日本国も破綻、衰亡状態に落ちるでしょうが、進次郎という人は米国の日本操縦者を権力の背骨にしたポピュリストとしては、小泉父や安倍晋三路線を数段強烈にした権力俗物にみえるので、加速主義に利用しようと考えた方が賢明かもしれない。
加速主義はここでは、自由民主主義の欠点(主に格差拡大での国内経済衰退とか、アメリカ属国状態での衆愚政治)を露わにしているので、進次郎氏が国民一般を目も当てられないほど悲惨な結果にしたら、世界は必然にその体制失敗を認識せざるを得ないとの意味です。
トランプもボリスもその役者と思う。
もっと歴史的次元でみると、資本主義(自由主義、新自由主義含む)も共産主義も極端な考えすぎたと人類史として立証され、それらの中間にある民社主義・社民主義の様な、自由放任市場でありつつ福祉重視の中道路線へと文明の成功例は集約していくのではないでしょうか。日米英は自由に偏りすぎました。
日本文明は現時点で、少なくとも経済面で回復の余地がないですよね。それは少子化が止めどもなく、労働移民でカバーしようと第二のイギリスになるだけだからです。新興国と入れ替わりの衰亡期に入った。それはアメリカかぶれの小泉家路線が中間層を貧しくした結果で、日本は経済政策が失敗した国です。
もう少し長い目でみれば、格差社会のアメリカも衰亡期に入り、高度成長した中国、インドが追い抜き、恐らく2100年代くらいには中東やアフリカが本格的な成長期に入ってくるでしょう。日本はその間、中流を駄目にした反面教師とされる為に存在します。軌道修正できるほど民度が高くなかったのです。
自民党を終わらせる為にはいい役者と思います。ついでに日本国も破綻、衰亡状態に落ちるでしょうが、進次郎という人は米国の日本操縦者を権力の背骨にしたポピュリストとしては、小泉父や安倍晋三路線を数段強烈にした権力俗物にみえるので、加速主義に利用しようと考えた方が賢明かもしれない。
加速主義はここでは、自由民主主義の欠点(主に格差拡大での国内経済衰退とか、アメリカ属国状態での衆愚政治)を露わにしているので、進次郎氏が国民一般を目も当てられないほど悲惨な結果にしたら、世界は必然にその体制失敗を認識せざるを得ないとの意味です。
トランプもボリスもその役者と思う。
もっと歴史的次元でみると、資本主義(自由主義、新自由主義含む)も共産主義も極端な考えすぎたと人類史として立証され、それらの中間にある民社主義・社民主義の様な、自由放任市場でありつつ福祉重視の中道路線へと文明の成功例は集約していくのではないでしょうか。日米英は自由に偏りすぎました。
日本文明は現時点で、少なくとも経済面で回復の余地がないですよね。それは少子化が止めどもなく、労働移民でカバーしようと第二のイギリスになるだけだからです。新興国と入れ替わりの衰亡期に入った。それはアメリカかぶれの小泉家路線が中間層を貧しくした結果で、日本は経済政策が失敗した国です。
もう少し長い目でみれば、格差社会のアメリカも衰亡期に入り、高度成長した中国、インドが追い抜き、恐らく2100年代くらいには中東やアフリカが本格的な成長期に入ってくるでしょう。日本はその間、中流を駄目にした反面教師とされる為に存在します。軌道修正できるほど民度が高くなかったのです。
人と動物の生活圏
人に害なさぬ動物を助けるのは楽しい。また人にたまたま害をなした動物も、自他に再び害なすまいと信じ、その命を救うのは楽しい。人に害なした動物を殺すのは悲しい。だから人は、害なしうる動物の命を奪う以前に、生活圏を侵させず、自らも侵さぬ工夫をするがいい。
神の語源は上でなくカムイと同じくカムにある説
神をカミと読み、上方・上身と関連づける語源説は、古代日本語で神をカムと読んでいたり、アイヌ語のカムイを参考にすると、飛鳥時代に奈良地方の一豪族が中国神話(『史記』)の三皇五帝から引いて天皇と名乗り自己神格化しだしたのにあわせ、上位為政者の守・司などを階級制になぞらえ上方を意味させカミと呼び、方向的に上と結びつけた別語に基づく混同と考えられる。
一方で髪の場合は上方と結びつけられているので、語源はカミの方だろうし、雷(かみなり)がもし古代人の中で上方と結びつけられていたならやはりそうだろう。
いいかえると、神の本来の日本語音はカムなら、こちらの語源は、醸(かも)すの語源にあたる醸(か)むにあり、例えば古代人が山からの神気の現れと感じたかもしれない水蒸気の立ちのぼる様子や(後述)、狼(おおかみ)と同質の意味、即ち神性と古代人にとって感じられた神々しい畏れの質感に求まる。こちらの語源がより信憑性が高いのは、アイヌのカムイは随所に遍在する汎神論的な神、いわば自然の本質で、必ずしも上方にいるわけではないからだ。同じく神道にとっての皇祖の様な人格神(人の姿をとった神)は中国神話から多神教を借用したもので、奈良時代に中国大陸から輸入されたが、元々、本州・四国・九州・沖縄その他の日本列島の縄文人らはこの観念を持たず、アイヌと同様、汎神論に基づく自然崇拝(アニミズム)を続けていたろう。
例えば山自体が人格神に乗っ取られないまま神格化され祀られている奈良の三輪山などは、神道登場以前の自然崇拝の名残かもしれない。
私の地元にあたる北茨城市の花園神社も、神道化されない以前の自然崇拝の原型をとどめており、花園川を水源まで辿って行く途中の最も山奥に神社が現れ、更に礼拝対象にあたる神体を探し、入り口に据えられている人格神の像が両脇から見守る門を通り抜け、山奥の奥へ奥へと礼拝者が遡源する設計になっているのだが、その最奥にあるのは単に無限の神秘に繋がる寂然とした人為の入らない自然そのものである。この人跡未踏の最奥の山、神気漂う山林そのものに面する全社最奥の社裏を礼拝者らが回遊できるのだが、人が訪れる玄関にあたる表でなく、自然自体であるカムを出迎える様に裏山を見守る祠が、カムと人を繋ぐ最後の礼拝所として気づかないほど小さく、消え入りそうに設けられている。
つまり、この神社の構造は、古代以前の自然崇拝の原型に対し、後世の武将らによってもちこまれた古代奈良発の神道信仰を表面に上書きし、継ぎ足し設計されていると考えられる。槇文彦「奥の思想」(槇文彦ら『見え隠れする都市』収録、鹿島出版会、1980年)で考察された奥の方に重きを置く日本的設計思想が、宗教習合主義(Religious syncretism)で記録された例ではないか。
カムを祀っていた日本人なるものがほぼ皇祖と同義のカミへの信仰へと、強制上書きで宗教改変された歴史的前後関係、すなわち天皇・武士間の政権闘争を伴う自然崇拝から神道習合主義への宗教観念の変遷を、象徴化したまま残した一例がここにあると私には考えられる。類似の宗教改変は、近代でも明治期から昭和敗戦まで天皇制ファシズムが猛威を奮った時代、廃仏毀釈や、アイヌ、琉球、李氏朝鮮といった別宗教をもつ人々への国家神道の強制でやはり起きていたのだから。
一方で髪の場合は上方と結びつけられているので、語源はカミの方だろうし、雷(かみなり)がもし古代人の中で上方と結びつけられていたならやはりそうだろう。
いいかえると、神の本来の日本語音はカムなら、こちらの語源は、醸(かも)すの語源にあたる醸(か)むにあり、例えば古代人が山からの神気の現れと感じたかもしれない水蒸気の立ちのぼる様子や(後述)、狼(おおかみ)と同質の意味、即ち神性と古代人にとって感じられた神々しい畏れの質感に求まる。こちらの語源がより信憑性が高いのは、アイヌのカムイは随所に遍在する汎神論的な神、いわば自然の本質で、必ずしも上方にいるわけではないからだ。同じく神道にとっての皇祖の様な人格神(人の姿をとった神)は中国神話から多神教を借用したもので、奈良時代に中国大陸から輸入されたが、元々、本州・四国・九州・沖縄その他の日本列島の縄文人らはこの観念を持たず、アイヌと同様、汎神論に基づく自然崇拝(アニミズム)を続けていたろう。
例えば山自体が人格神に乗っ取られないまま神格化され祀られている奈良の三輪山などは、神道登場以前の自然崇拝の名残かもしれない。
私の地元にあたる北茨城市の花園神社も、神道化されない以前の自然崇拝の原型をとどめており、花園川を水源まで辿って行く途中の最も山奥に神社が現れ、更に礼拝対象にあたる神体を探し、入り口に据えられている人格神の像が両脇から見守る門を通り抜け、山奥の奥へ奥へと礼拝者が遡源する設計になっているのだが、その最奥にあるのは単に無限の神秘に繋がる寂然とした人為の入らない自然そのものである。この人跡未踏の最奥の山、神気漂う山林そのものに面する全社最奥の社裏を礼拝者らが回遊できるのだが、人が訪れる玄関にあたる表でなく、自然自体であるカムを出迎える様に裏山を見守る祠が、カムと人を繋ぐ最後の礼拝所として気づかないほど小さく、消え入りそうに設けられている。
つまり、この神社の構造は、古代以前の自然崇拝の原型に対し、後世の武将らによってもちこまれた古代奈良発の神道信仰を表面に上書きし、継ぎ足し設計されていると考えられる。槇文彦「奥の思想」(槇文彦ら『見え隠れする都市』収録、鹿島出版会、1980年)で考察された奥の方に重きを置く日本的設計思想が、宗教習合主義(Religious syncretism)で記録された例ではないか。
カムを祀っていた日本人なるものがほぼ皇祖と同義のカミへの信仰へと、強制上書きで宗教改変された歴史的前後関係、すなわち天皇・武士間の政権闘争を伴う自然崇拝から神道習合主義への宗教観念の変遷を、象徴化したまま残した一例がここにあると私には考えられる。類似の宗教改変は、近代でも明治期から昭和敗戦まで天皇制ファシズムが猛威を奮った時代、廃仏毀釈や、アイヌ、琉球、李氏朝鮮といった別宗教をもつ人々への国家神道の強制でやはり起きていたのだから。
