2022年2月2日

世界史における絶対の要請

うぬぼれが強すぎ、かつ、加虐快楽を好む性悪は、他者がだれかに非難されているときはその理由を問わず一般に楽しんでいて、ばあいによっては自らも加勢する。そればかりか自分が進んでイジメや不正な嫌がらせをしだしたり、事情通の害意を自慢したりすることさえある。善良な人を無駄に傷つけるたぐいの悪趣味な喜劇や、たちのわるい皮肉と風刺を殊に好むのは、こういう特定の反社会性人格(ソシオパス)らが多いはずだろう。

 だがこの種の性悪のうぬぼれ屋は、必ずしも自分への攻撃に強くはなく、非難の矛先が自らに向けられるとひどく臆して、痛がることもよくある。インフルエンサーの一部あるいは相当部分が普段、好き勝手他人を非難しているのに、自分への攻撃にはすぐ怒り狂ってSNSのブロックや冤罪BAN目的で信者フォロワーへ犬笛を吹く行為をくりかえすのは大まかに、このためである。
 自分が帝国主義によって大量虐殺や差別を常習的におこないつつ、「朝敵」と称し、わずかでも逆らう者を残虐非道に処刑して回る大抵の天皇らも、やはりうぬぼれと加虐快楽を兼ねたソシオパスの典型例というべきである。

 荒らしやソシオパス傾向の持ち主らすべてが心の防御力の低い変異ではないが、もしかれらが非難されることには滅法弱い変異であるとき、あまねくかれらを無視することだけが最善の対策ではないだろう。単に徹底的にやり込め、反撃不可能な状態へおいつめ、世界からその悪業を完全廃絶させることが、かれらの楽しんで起こす公害への唯一の解決策な場合も当然、ありえるはずだ。
 たとえばナチとその残党の出現する余地を法的になくした事は、現代ドイツがなしえた政治史的達成として好評されるべきで、もし思想・信仰の自由といった人権の誤用でこの決断にためらっていれば、いつなんどき人類史にホロコーストの悲惨が再来するかまだ分からなかったままだった。それにくらべれば、みずからを神の末裔あるいは祭司長(祭り主)とさせた邪教徒にすくなくとも数千万人を大量虐殺させた天皇一味が、現代日本で象徴のたてまえで違憲に国政の権能を公然と侵害するほどわがままにさせられていることは、かれらの重大な闇人格と人種・性・門地・身分差別の常習犯である邪悪な家柄をみのがし、何度でも最悪の虐殺事件をその神道集団にさせるのにひとしいのだ。

 共和政体への即時移行と、その前提としての邪教・神道への徹底法規制、かつ公安による永久監視が必要なのはこの様な理由によっている。民間人にさせたあとの天皇一味とその信徒・支持者らがまたいつ同罪以上の蛮行するかどうかもまったくはかりがたいので、究極ではかれらがとわに神道信仰やその儀式をおこないえず、どんな政権ももてないよう、日本国内外の各政府側が十分に邪教祖・天皇対策をすることこそ、人類史の温故知新として絶対に、要請されなければならない。