2022年2月2日

恥の倫理に規制される、自集団ひいきの生け贄づくり

キリスト教社会で、罪は懺悔と赦しで解消される。一方、日本社会が恥で規制されるとするルース・ベネディクト『菊と刀』の論点がただしければ、この倫理は後ろ指をさされる事、または、集団虐待・虐殺によって解決されるのだろう。
 木村花さんが自分から自殺をえらんだのは、いわばリアリティTVによって恥を捏造され、その倫理規制から逃れるには死をえらぶ以外の道がなかったことによるのだろう。それが虚構としられ逃げ場があればまだしも、自殺教唆されたツイッターなどSNSに映る世間全般が彼女を恥ずべき存在と指さしていると彼女には感じられたからには、事実上の集団虐殺を再現するために自殺することが、倫理規範への従事だったのだろう。だから彼女はみずからの死に際し、猫への惜別に擬し、インスタグラムの画像をつかって世間に謝ったのだろう。
 日本人の匿名暴徒がつねにSNSなどで標的を探しているのは、恥の倫理がかれらの社会ではあいかわらず規制となっており、世間に後ろ指をさされるにたる恥ずべき人間とみなしたアカウントによってたかって集団虐待・虐殺をする目的なのである。これはいわゆる生け贄、犠牲のあり方ととてもよく似ている。というより、かれらはつねに生け贄を捏造することで社会不安に対応しようとしている。関東大震災時の朝鮮人虐殺事件などがその最たる実例だ。かれら日本人の相当部分あるいは一般は、自集団の境界例とみなせる曖昧な存在へ、ぬれぎぬも構わず恥の倫理で攻撃をしかけ、自集団がさも倫理的に正当化されるよう、自身と異なる倫理が支配する他集団との境界線をもっと太めに上描きするつもりなのである。