2019年3月29日

皇族は日本政府に寄生する神官としてその性欲が国民から共感されるものでなければならない

アダム・スミスが『道徳感情論』でいうよう、或る人の性欲が嫌悪を感じさせるのはそれに共感的に入り込めない時である。下衆に公然と発情している高貴たることを我々が期待している人物を見ると、嘔吐感を覚えさえする。これはその人の末路が悲惨なのをみてとって、また当人の卑しさに失望するのだ。
 眞子が国民に愛されないのは彼女の選んだ配偶者候補があまりに世俗的で、神聖政治の神官階級としては論外すぎたからだ。この点で佳子も完全に事を見誤っており、皇族は外国の王族と違い、神道で神格化される教祖の家系でもある。彼女らの性欲は民間人と異なり国民が共感できるものでなければならない。