鈴木雄介ブログ
2006年11月8日
認識論
人類の種が一つであるならばミトコンドリア・イヴ、人種とは風土適応解か。地球遊民において人類はしばし参照されるべき文脈にすぎない。文脈の破格は常に進化だろう。出身は民族的性行の
印
(
しるし
)
であり、そうしてある時代までの個性に彩りを添える自然からの工風だった。
文語の領域で先ずこの全人的覚醒が謀られたのは文明の必勢だった。彼らを絶えず再生するものは古典。労働奴隷ならぬ自律文民の認識から市民化は始まる。
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