2005年12月26日

薄闇

街が薄闇に染まる頃、君の部屋には最後に残された夕日が射し込む。そこには人類史のあらゆる伝言が刻まれている様に、思う。しかし気のせいだろう。やがて夕日は沈み、後には完全な静けさだけが残される。ついでに君も取り残される。
 君の住む街は暗闇に段々と沈み込んで行く。半分欠けた月が頭上に現れて、奇妙なほど冷徹な顔で地表を見下ろしている。黒い野良猫が鈴を鳴らして路地裏を通り抜けて行く。冷えた電柱がまるでギリシャのパルテノン宮殿の列柱の様に、黙って立ち並んでいる。
 君は無心でそんな街の様子を眺めていた。
 もうすぐ引っ越してしまうこの街に、上京してから数年来、確かに暮らした痕跡を探し求めている。そして今夜の星空は答えをきっと隠し持っている。永遠に続く宇宙の暗黒を見通して君は青春についてを神妙に感じ取る。君の体は次第に衰えて行くだろう。今は今にしか無いままなのだ。
 君の住むアパートの前にポツンと佇む自販機で缶コーラを買う。飲み込むと、炭酸が大切な何かを語り始めた。聞き取ろうと努めるほどに薄まって行く声で、能弁なまでに流暢に。君はそれを胸の奥にしっかりとしまい込み鍵を掛ける。誰にも二度と開けられないよう、その鍵を道端に裂かれた下水道の穴に落とす。君の中で大切な何かは永久になる。
 シャワーを浴び、湯船に浸かる。風呂上がり暫くぼうっとしていると眠気が来る。そして君は間も無く眠りに着く。
 空の半月が明日へ向かって落ちて行く。