2005年12月29日

誰かの声

君は長い旅路のどこかで誰かの声を聴く。
「多少の歴史があった。そしてあなたはそこにいる」
その通りだ、僕は人類史の一つの先端にいる。生きている。
「もしかしたらそれは、幻想なのかもしれない」
どういう意味だろう? 僕にはよく分からない。幻想?
「ええ、あなたの生きている世界はすべて、幻想なの」
この世界が幻想だとしたら、現実と呼んでいるものがすべて曖昧な映像のように思える。僕はその部分に過ぎないのだろうか。
 君には分からない問題がある。それは現実の定義だ。
 君は日常の隙間でそれを探し、求めている。
 買い物をしたビニール袋を捨てるときに、それがどれだけの産業廃棄物として意味を持っているか、よく考えてみる。
「そこに現実の欠片がある」
本当に? これは一つの生きる方便だ。ずる賢く生きなければ人間なんてただの考える葦だよ。
「たくさんの動植物たちを殺して、あなたは生きている」
そうだろう。僕は雑食だし、生態系ピラミッドの頂点にいるから。別に僕自身が望んだ訳でもないのだけど。運命なんだ。仕方ないんだ。
「偽善者!」
そうだろうか? 僕は名も無き一人の大衆だよ。そんなに悪いこともできない、凡俗だ。君が思うほどずるくないさ。このごみを捨てて、生きて行く。それは全体としては我々の文明の前進に適うような、利益の運営なんだよ。正しいことなのさ。

 君は現実性を自ら作り出す。誰かの声が少しずつ、生活から遠ざかっていく。
「あなたは私を通して、この世の本当の姿、最も価値ある理想の地位へ導かれなくてはならない」
 君は知ったことか、という素振りで折りたたみ自転車を漕いで街中を疾走している。明日が近づいて、夜は遠ざかっているのだ。
 強い風がビニール袋を巻き上げて、どこかへ吹き飛ばしていく。
「私の声はあなたの中で生き続ける」
君は街中を疾走していく。太陽が昇り、空が白けて行く。