2024年3月19日

不徳との縁切り

聖人以上の存在にとってこの世には総じて、愚者と悪人しかいないだろう。だから人たるものと、努めて付き合うな。関わるな。交わるな。悪しき人間に何も期待するな。
 愚者と悪人を救おうとするな。それはできない相談だ。愚者と悪人は自らが劣悪な存在だと気づかない。説教を施しても結局、無駄だ。

 悪男悪女が栄える様な集団は、数がどれほどであろうと破滅と不幸の為の悪の組織である。そんな悪しき退廃集団に近づくな。触れるな、関わるな。
 不良仲間の何者かが不躾にそしってきたとしても、指摘の本質が正しくなければ、完全に無視せよ。不良は往々にして脳も劣る。誤った言動は反面教師である。

 悪人達の繁殖は、子孫の不幸と親不孝の元だ。愚か者が賢くなる見込みはないので、愚か者の繁殖は必ず悪い結果に至る。悪人達がふえている集団は何事も日々悪化していき、何もよくならない。愚者と悪人に何も期待するな。悪魔の絶滅を日々祈れ。

 愚かな人々の意見は聞いても凡そ少しも参考にならないばかりか、幾ら聖人君子がまともな啓蒙をしても彼らは特に何も理解しない。ソクラテスやイエスが磔にされた様、教導は却って酷い悪意を生み、反発や逆恨みされるばかりだろう。愚者の一生は結局、まるで善人に迷惑をかけてばかりの底抜けの禍である。

 匿名犯罪ばかりの雑魚敵というべき下衆の一生は実に見るもけがれる外道のありさまそのもので、本来かんがみるに足る僅かな美質もなかったのだ。性悪で、癖が悪く、生まれ育ちも教育も環境も日々のおこないも悪い彼らには、あらゆる悪運がほくそ笑む。悪魔にとりつかれた弱い心には自滅しかありえない。

 不徳な人々の生は呪われている。不徳な人々はこの為に、加齢を卑しむ。