あのころ僕は未来が無限にひらけていると思っていた。
油絵のパレットをスーツケースの様な入れ物に重ね、コロコロとそれらを転がしながら、椎名町駅から受験会場に向かっていたと思う。その緊張感は心地よく、尤もその世界には実質なにもなかったのだが。
少なくとも画学生だった自分の目に見えるものも、その心に映し出される全ても新鮮だった。
車窓をこえて清新な空気は肌を刺し、自分にとっては何をする事もできた。
自分は自由だった。その自由は、芸術家になる為の自分の最初の出ばなで、当然ながら挫折させられたのだが。
ありとあらゆる自由を獲る為には、ありとあらゆる困難と闘い続けねばならない。
17才の自分にとって、その経験はいわば、立ち向かうべき社会のどこにでも待ち構えている敵との、はじめの遭遇だったのだ。
あの椎名町駅前のマクドナルド2階の席で出発の朝、かいでいた香りや、肌に突き刺さる様な寒さと、その時の僕の、希望しか何もない勇者の旅立ち感といったらなかった。僕はコーラで照り焼きマックバーガーとポテトフライを食べたら、ごみ箱にトレイ上のものをみな捨て、その席を去って、最初の戦いに向かう。たとえどんな敵たちだろうが、自分は必ずなぎ倒していける。僕には心に決めた絵という永遠の戦場があり、そこで死ぬ覚悟もとうに決めている。さぁ駅に向かうのだ!
ワクワクする筈の戦いは初戦から何もできず、あっさり負けると、まだ分かっていなかったとしても。