2023年1月25日

内田樹による、「水戸学的単純主義」とやらを闇雲に非難しつつ、水戸学OSで動く象徴天皇制の日本国を肯定するのだろう自己矛盾への批判

「自説に反対する者はすべて悪だ(だから殺す)」というような水戸学的単純主義を「成功体験」として内面化した人々に政治を任せては近代国家の建設はおぼつかない。
――内田樹『ミルの『自由論』について』、内田樹の研究室、2023年1月1日
自分は嘗てそんな水戸学への悪意に満ちた誤解聞いた事ない(笑)
 一体、どの水戸学者がそんな事いってたのか(大苦笑)。唯の一人も見た事ない。一体内田樹は「水戸学」のどの文献をどう読んで、こんな誤読したのか?
 同じ日本の文献を、漢文とはいえちゃんと読めないって、内田は批評屋の看板を今日から外すがいい。まず平和文明論の『弘道館記』から読みなさい。
(前略)神州之道資西土之敎忠孝无二文武不岐學問事業不殊其效敬神崇儒無有偏黨集衆思宣群力以報國家無窮之恩(後略)
――烈公『弘道館記』
訓読の例:
日本の道は外来思想を学び、国への忠誠や親孝行を重んじ、文武両道の学術、産業を作る。信仰を敬い、片寄らぬ心で互いに協力し、国造りする事だ。
「自説に反対する者はすべて悪だ(だから殺す)」?
こんな考え持ってた水戸藩士とか自分の知る限り誰もいないだろう。完全に内田の卑しい妄想だ。
 彼らは水戸の徳川家の侍なんだから単に天皇を奉る主君に忠、領民を愛し、一国平和の福祉政治をしていた。また祖国防衛は天皇が任じた征夷大将軍の義務。内田って今までここまで酷い無知、というか単なる下賎の徒だとは知らなかった――侍こと防衛者階級の貴族義務をかけらも理解できないとは。
 どこまで幼稚に堕落すれば気が済むのだろう。何らかの理論への反対者を問答無用で殺戮する様な唯の犯罪者が、本当に貴族に仕える位になんかなれたと思うのか?

 あまつさえ水戸学者って全員当時の学者の中の学者、明らかに当時集めうる全世界から最高水準の頭脳を集めていた。
 じゃあその碩学らの全知性の結晶が、いまだ国際的に通用してる「日本国」基礎OS(Operating System、操作系)であるところの国体こと「令制国統一政体」を構想したのも必然性がある。抑兵庫県だって旧播磨国じゃん。水戸学的単純主義? とやらが何を指すのか定かではない――自分が色々文献読んできた限りなんら単純な図式なんざそこに有る様には思わなかったが、無理やり、文献読まず単純化し単細胞にそれをさも悪の理論みたいに捉えてる内田という兵庫人が、根っから邪悪かつ単純なのだ。日本国所属を否定してるの? 第一、吉田松陰の思想と、水戸学を完全に誤読しているという点で、内田が会沢安『新論』も、松陰『幽囚録』も読んでいない事がはっきり見てとれる。もし読んで上記箇所を書いていたとしたら、単に彼は文が読めないのである。漢文が読めずとも責めて偉そうに知ったか面で論ずる前に現代語訳でも読めば。

 会沢は国際平和を進んで破壊している欧米の植民地主義を『新論』で批判し、日本は一国平和のままできたのだが、その事が寧ろ諸国の模範たるべきだと語った。その為いつ欧米から略奪されないとも限らない各令制国(ほぼ今の都道府県)群を統一し、天皇の元に「日本」単位でまとまるべきだといった。

 松陰は水戸で会沢に直接講義を受けてから故郷の萩に帰ったが、途中で倒幕論に転向して、徳川政府の富国強兵を勧める会沢の理論(『時務策』)から大分離れた。
 次に松陰は無政府テロを試み逮捕された獄中で『幽囚録』を書き、アジア侵略を唱えた。また郷里への手紙でゲリラによる反皇室テロを勧めた。

 後期水戸学の一代表者というべき会沢の現実路線で穏健な改良主義の政治理論と、そこから離れていった松陰の極めて過激な恐怖主義のそれは異なるものだ。また尊攘運動は、幕末の日本中で反植民地主義の燎原の火として広まったもので、理論的起源というべき『新論』は単に祖国防衛の必要を啓蒙した書だ。内田に限らず、関西人らの無知というか日本思想史の文献学的不勉強、無学ぶりは目に余る。彼に限らず、恐らく漢文を読めない人達が直接原文読まず、現代語訳すら読まず(苦笑)、知ったか面で真っ赤な嘘ばかり堂々とつく醜悪な光景を何度見た事か。未開な国々と言いたい所だが日本へ編入してしまった。

 恐らく、内田の知能水準を自分がよみとって彼が本当に言いたかったろう事を代わりに書いてやると――単に彼は教条的単一理想での全体主義統治を非難したくて、陸に読んだ事ない「水戸学」をそのワードだけで正に彼自身が単純化できると踏み、悪の理論かの様に言い繕った。
 それが日本国のOSなのに(笑)

 もしできるなら是非やってほしい。水戸学的単純主義とやらを否定できるなら。それは「天皇」中心の今の象徴政体を否定する事なのはいうまでもない。だって尊王が全理論のいの一番の基礎にあるのが水戸学なんだもん。義公から始まったんだから。『大日本史』研究開始の初志は皇国史を紀伝体で書く事だ。大体、もし後自然学の観念論のどこかに水戸学的単純主義とか、同複雑主義、その他があったとして、内田はなぜ、それら彼の思う水戸学の理想を「成功体験」と思ってるのか。徳川家側が挫折したんじゃん。
 しかも松陰が侵略主義の別OSにかきかえちゃったしね。使えなかったけど、76年で潰れた日帝OS。

 戦後の日本国にも水戸学OSの基本計画は普通に機能してるから「尊王」が当たり前になってんでしょ? 象徴天皇って尊王論のいいかえなんだから。
 どうぞどうぞ。内田さん。天皇の象徴性を全否定してみて下さい。できないんでしょ(笑)
 じゃあ何が水戸学的単純主義の否定だか。尊王否定してみなさい。

 おぼつかないのはあなたですよ。あなたの思考の薄さ。水戸学OSを使わないんなら、天皇の象徴性だの皇室の伝統だのを、実力による関東武家政治の延長に作ってる今の世俗政治の上に置いとく「大義名分論」の構図も打ち捨てなきゃね。まーた東西で源平合戦でもするの? (笑)どうぞどうぞ。薩長を討つ迄。