2023年1月19日

ビル・エヴァンスの曲について

自分は全てのピアニストらの中で一番ビル・エヴァンスが好きかもしれない。
 何しろ最初は気づかないのである。
 なんか普通に聞こえるから、いいね、くらいで聞き逃してしまう。
 だが、あとからごくまれにでも聞き返すと、そのたびまだ感動する。しかも、それが無限に続くのだ。完璧な構成になっている。
 皆はまだ知らない。ビル・エヴァンスが神レベルのピアニストであった事を。いや、ジャズファンの一部は知っているのかもしれないが、自分は適当にききのがしていてあとから知った。
 なんでもそうなのかも。ゲームのつくりてだったら糸井重里が神だった。インタビューの様子みる限り落合陽一はまだそれを知らない。

 偉い芸術家とそうでないのがいる。だが、偉さをよく知られないうちに大抵は世を去ってしまった。ウォーホルは彼の工場員が彼をごみみたく扱うといっていた。日常的にそこにいるから畏れなくなってしまったのだろう。だがそんなもんだ。偉い芸術家はそこにいるが、気づかれない。ただ作品だけが証明する。
 例えば村井秀清とかも神レベルなのには違いない。あるいはすぎやまこういちもそうだった。絶対。だが彼らは本当に真価を生前理解されたろうか? 絶対そういう事はない筈だ。芸術作品の凄さというのは、読み解くのが酷く難しい領域にあるので、二度と再現不能だと後世が気づいたとき作者はもういない。しかも現世を生きていて、後世の人の為にいいのこすが、偽物の方が遥かに高く評価されている現場をみるだろう。それというのも一般素人はまじで芸術なんざかけらもわからないからだ。わかるつもりもないのだ。だって全力でそれをやってないからだし、興味も殆どない。物見遊山で評価を間違えまくるのだ。
 嗚呼不都合な永遠よ! 汝は何故我らに斯くも不条理を与えたもうたか?
 どれほど偉大であれ、いな偉大であればあるだけ、現世では不遇となるべくして彼らは芸術家と呼ばれるにふさわしい。だが、我らは、死後の人々から恩恵を受ける。さも目の前にビル・エヴァンスが語りかけてくる。今も命は美しい。