2021年7月25日

刀エッジ一味はかれら自身まだ多少あれ無自覚的な日本版ネオナチだった

ツイッター上で私へぬれ衣をきせて無理やり暴徒集団でアカBANしてきたKatana Edge一味(刀エッジ一味、刀一味)は結局ネオナチなのだ。そしてこのたぐいの大悪党であればこそ、単なる戦の勝敗などにかこつけ、平気でユダヤ人大量虐殺揶揄権があるなどと、仄めかしなどの卑劣な形でであれ、公言してしまえる。かれらは人種差別的言動をくりかえしながら、なぜか韓国を急に蔑視の文脈に置いたり、無理やり原爆投下被害者を日帝臣民から除外しだしたり、完璧に悪意であまたぬれぎぬばかりきせてきたり、文章を読めず誤読してるくせになぜか書き手のせいにしたてあげてきたりと、言動のたちが悪すぎた。触れてしまってから気づいたが、正真正銘、完全な外道どもなのだった。やくざ中のやくざ。それに偶々ツイッター上で自分は触れてしまったのである。

 私はさっきまで一体この大悪党どもが何を言っているのか全く意味不明であった。
 刀一味は異口同音に、「白人様」「イエロー」など人種差別用語を持ち出し、ユダヤ人大量虐殺揶揄権をなんとか正当化しようとしていた。
 彼ら刀一味は、滝口が直接無関係な原爆投下の例を持ち出すと、広島や長崎で嘗てなく大規模だった戦時中の空襲被害と、組織的人種差別によりそれらを遥かに超える規模で特に戦の趨勢と無関係にドイツ国内の市井の人々をも含め隠然と大量虐殺していたナチの人道犯罪を、さも同質の事柄かのよう論理をすりかえる詭弁も連打していた。滝口がいうには原爆投下は無用で、あれら2発の原爆はナチによるホロコーストと同等の罪業だと*1。そうして滝口は「めってるにひ」ら取り巻きと同調し、原爆投下を錦の御旗に、ユダヤ人大量虐殺揶揄権も当然「敗戦国日本人なるもの」にあるかの如く、刀一味と実に陰険なやり口で、とりまきを世論誘導していた*2。
 私が多数論証・赤信号皆で渡れば怖くないの誤謬の例として、なおかつこれらの邪悪な刀一味の口舌の倫理的落ち度を指摘されると、滝口やめってるにひらは、卑怯にも自分達の論旨をねじ曲げながら、さも私が言動したことかの如くに絶えず濡れ衣を着せてくるのだ。

 これらの刀一味の邪悪極まりない行動の根底にあるのは、完全に人種差別思想だといって良かったのであろう。
 そして刀一味の究極目的は、おそらく、究極の利己主義だといって構わないであろう。その利己心に磁石のよう引っつけられているのが、民族主義・国家主義であり、自民族中心主義であり、種族主義であり、国民社会主義(Nazism、ナチズム)であったのだろう。その延長上で派生した自己中心論理の一種として、彼ら刀一味はおそらく致命的な瑕疵へ殆ど無自覚に、ネオナチズム(新国民社会主義。新国社主義)と類似した反ユダヤ主義へ触れてしまっていた。

 自分は他国の知人らを通じ、国際的禁忌にもそれなりの実感を、小林賢太郎氏炎上をもたらしたユダヤ人大量虐殺揶揄の件については多かれ少なかれ肌感覚で持っていた。だからある種の大捕物として、ホロコースト犠牲者擁護の立場を心に固く決め、進んで一命を賭して戦い抜き、ネオナチ刀一味の悪意からの非道な集団暴力によるバーチャル殉死に該当する、名誉のツイッター・アカウント凍結まで、ためらいなく突き進むことができたのだ。
 自分はあるBTSアーミーの女性にある日ツイッターで突然心ない言葉を投げつけられ酷く傷心し、以後、彼彼女らの凶暴な諸活動を観察するなかで、サイモン・ヴィーゼンタールの存在を知った。ホロコーストにも関連し関心をもち、その底しれぬ悲劇の諸相を極力調べ上げたのもこの時で、今から1、2年ほど前の事だった。それで人生で最大級の心的衝撃を受けた。何か悲惨な虐殺があったらしいという概略だけきいていたのとは、詳細の尋常でない悲惨さがまるで違うのだった。以後、自分はユダヤ人なるものに深く同情の念を持ち始めた。しかも同時期に三浦春馬の自殺があり、孝行息子だった彼の遺族を真偽不明な週刊誌記事をたねに毒親云々と自分の親と混同して罵っていたサンドラ・ヘフェリンというドイツ系の人に、ツイッター上で死者・遺族への名誉毀損だと注意をしたら、三浦氏の出身地・茨城県土浦市にかこつけ酷く田舎差別的な言動を連打され、はっきりと「茨城人」なる人種単位(そんな人種が存在するとはちょっと思えないが)で喧嘩を売られたのも自分のユダヤ観・ドイツ観にそれなりに影響したと思う。彼女はナチ本拠のあったミュンヘン出身であった。ドイツには、カントの哲学上の偉大さを除けば、ナチの件でおそろしい程度の印象しかもっていなかったが、心にあって繊細な自分は心配なほど非常に優しい性格をしていると恋人らにいわれるが、弱者の極みの様な状態に置かれたホロコースト犠牲者らをそれ以後、進んで庇わない訳がないであろう。
 それに伴って、それまで中東の一部で噂されていた「スズメバチの巣作戦」という陰謀論かもしれない観点からイスラエルをみる場合があったのにも、みずから政治論的疑いを持ち始めた。ニューカッスルの某知人にその作戦の実在や信憑性について尋ねた時にはそれは確かに違いない、と返答されたのだが、シリア騒乱をどう解釈するかとは別に、彼が簡単に陰謀論へ安直に乗っかって間違っているか、その他の事情でわざと事実と異なる見解を私に伝えた可能性も相当あるいは十分にある。

 だが奇妙なのは茂木健一郎氏である。なぜ彼は小林氏の肩を持ったのだろう? もし茂木氏がホロコーストの事を少しより知っていれば、幾ら普段から悪趣味な他人を傷つける笑いを好むからとはいっても、さすがにここで小林氏によるあの揶揄を庇うなど、できっこなかった筈なのである。
 茂木氏がネオナチだとまではいかないだろうし、反ユダヤ主義に染まっているともいえない段階だが、ホロコースト揶揄正当化の様な主張を公然とSWCへもするなど、その言動には大いに世界的につばがついたとしかいいようがないであろう。良識をもつ者は最近の彼の言動に色々な面で疑義をもってきたが、さすがに強制収容所やT4作戦、絶滅収容所で起きていたナチいわく最終的解決の凄まじい光景を間接的にでも少々知っている者は、いついかなる文脈でも犠牲者らを嘲笑などできないのは明らかだからだ。

 ネオナチ化しないともかぎらない茂木氏は既にSWCへ自ら送ったツイート以後、国際的に監視されることになるはずだ。それは必要だし、実際そうなり兼ねない人物である。かれは或る種の神道信者で、物の哀れ論など反道徳主義の様な考え方を日本の伝統などと述べている危険思想を以前から信じている。それが暴走したとき、第二次大戦中の天皇制ファシストの様な考えに陥るのは目に見えており、実際五輪ファシストとしていまそうなっているのだ。

 ネオナチ刀一味については自分が体当たりで彼らによる反ユダヤ主義の憎悪演説加速を止めて、証拠を色々とった上で公にしたので、今後、彼らが憎悪演説や集団狂気による人権侵害などの暴走時には、過去の行状として人権機関側に日本ネオナチ(日本・新国民社会主義者。大和民族至上主義者、日本民族結束主義者、日帝侵略正当化論者、神道・天皇狂信者、薩長土肥・西軍侵略主義信者らなどを主な構成要員とする、利己的人種差別の完遂を主要行動目的とした衆愚・暴徒)免疫ができ、既に警戒中だったものとして、そうでなかった時より政府は彼らをずっと手際よく逮捕し、あるいは司法で裁いていけるはずだ。

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*1 私はこの点で必ずしも滝口の論旨に同意しない。その場でもそう述べた。日帝侵略の一刻でも早い阻止をめざすトルーマンの意図は、人種差別思想・アーリア人至上主義によるユダヤ民族絶滅の実行や障害者の命の選別をおこなっていたヒトラーのそれとは、行動の質も目的も中身も大分趣が違うからである。単なる犠牲者数の比較を超えて、原爆投下とホロコーストは、同じ文脈で同じ虐殺と並べて語るのは無理がある2つの異なる歴史事象である。なお滝口はその場で、ホロコーストを比喩として原爆投下そのものをも「ホロコースト」と呼んでいた。

*2 はじめ国連事務次官アカウントへの返信で、刀エッジがイギリス喜劇を種にあるいはmstg某がアメリカ喜劇を種にユダヤ人大量虐殺揶揄権正当化を仄めかしの形ではかっていた。これをみた私が多数論証・赤信号皆で渡れば怖くないの誤謬の例として、人口比で多数を占める米英人が何かをしていても即ち少数派を占める日本人がそれをしていいことにはならない、寧ろ議論の的はユダヤ人大量虐殺揶揄権を巡る純粋な良識で、良識は個々人自身に帰属する、と述べた。
 実際、私はネット上の旧友・知人にイギリス人や彼の友人のユダヤ人がいて、ユダヤ教とキリスト教や、日英文化などをめぐり、1年か2年におさまるほどの短期間ではあるが彼ら、特に前者のニューカッスルの人と色々といりくんだ興味深い話をした経験があり、その際、感覚として、彼の友人で私も彼らの会話を横でききつつ一言二言会話したユダヤ系男性の置かれているある種の国際事情を、知識を超えた実感として、それとなく感じ取っていた。自分が彼らと会ったのはピグというSNS内だったが、そこでほかに、別の外国人にもし興味・好奇心があるなら教えてやると言われ、ドイツのネオナチ系でピグにいたある人物の居所を紹介された。このネオナチ男に日本は旧同盟国だったが、などと言って会話のとっかかりをみつけ相手の考え方を探ろうとしてみたが、自分がわずか数十分ほどその男からの返答をみた感じとして、ネオナチなるものがどういう雰囲気でドイツ国内で生きているのかも、或る種の肌感覚として感じ取ってもいた。
 だから自分は、刀一味が日本でもネオナチごっこに限りなく近い政治志向を、おそらく彼らとして無自覚に、彼らがあまりに国際感覚に欠いているがゆえ、ツイッター上で公然と示し始めていると直知し、ただちに戦術的に反ユダヤ主義への政治的・倫理的対抗策を実行することができたのだ。この点では中川泰秀副防衛大臣も、パレスチナや中東諸国との和平工作ではなく、寧ろ同盟国米国と連帯した親イスラエル陣営としての日本国政府の立場をはっきり旗幟鮮明にしてしまう結果、米軍やイスラエル軍へ反感を持つ中東の相当部分では甚だしく親米勢力とみなされる面は免れずまた空爆その他の被害者を無用に傷つける弊害もあるだろうものの、小林賢太郎氏の過去の喜劇に関しては即座にSWCと連携し、憎悪演説阻止の文脈で駐日イスラエル大使館抗議と共に彼を解任に向けたのは、迅速さから言って人道面ではなはだ優れた仕事だったと言えると思う。この件については、著名人のうち、東浩紀氏、池田信男氏、米山隆一氏ら、また国会議員では音喜多駿氏らが、日本政府より先に外部人権機関と連携するのは筋違いではないかなどと指摘し、茂木健一郎氏は小林賢太郎氏の経歴全体でみれば揚げ足取りにすぎないとホロコースト揶揄の擁護論陣を張っていた。けれども人道面で、私は中川氏のこの件の行動は直情径行の気が仮にあっても、結果として間違った方面に出てはいないと思う。中川氏個人の政治志向が親イスラエルで一貫しているならそれにふさわしい地位を公僕としての彼にあてがえばいいにすぎず、副防衛大臣の地位が真にそれか今のところ完全に定かではないが、親パレスチナとか親中東諸国の思想傾向をもつほかの政治家らとはかなり別の側面を持つ人物と考え、その趣旨で国政にあって扱えばよいのではないか? あるいはもっと彼個人に人格的問題があるという記事などもみた事があるが、今回の働きの機敏さとおそらくある種の忠心からきた直接行動は、実行力について決して無能とは言えないと思う。