2021年2月4日

ツイッタースラム論

過去の自分側のツイッター上の返信を読み返していて分かったのは、自分はどうみても、自分より遥かに下賎か暗愚な人達へ、平気で人格主義的に平等権の主旨で対応していたのだった。これが完璧に誤りだったのはツイッターに参戦して丸2年くらい後のきのうまではっきりとは気づかなかった。2chねらーを相手にする様なものだったのである。

 格下をわざわざ相手にする者は同類だと疑われる。あるべき態度は、はなからツイッターに近づかない、すなわち李下に冠を正さず、だったのだ。事実、馬の耳に念仏したところで大逆上してくるだけなので。

 日本人が匿名でいる場所ってすなわち地獄で、かれらは無限に悪事したがるし実際にしている。

 トランプ参戦で自分も行かないと時代に決定的に置いていかれるのではないか? という直感は或る意味まちがっていなかった。実際そこで歴史的事件が2、3起きたので。

 具体的に言うと大きなものから

1.トランプ一代興亡記の全貌

2.あいちトリエンナーレ2019大炎上と愛知県・名古屋市をまきこんだ津田大介御身一代大歌舞伎(現在も進行中)の全貌

3.カオスラウンジ(カオスラ)黒瀬陽平氏と元カオスラアシスタント・安西彩乃氏らが猛烈な双方嫌がらせ認定系の訴訟合戦で現代東京美術界ガチバトル

これ以外にも私的ランクでは

4.米国で公人のブロック違憲判決後も河野太郎大臣が国民ブロックしまくっていたので、僕が米国側のニュースをその話題をしていた人の返信欄に貼ったら、河野信者に誹謗されまくってダイレクトメールで殺害予告までされた

5.会田誠氏がエゴサで絡んでくるや謎に年齢差別発言(若造扱い)で名誉毀損してきて謝罪要求したら一方的にブロックされ傷ついた

6.サンドラ・ヘフェリン氏(ツイッターではじめて知った)が三浦春馬氏のご遺族へ濡れぎぬまじりの不孝系名誉毀損していたので、死者や遺族への犯罪って違法だからやめてと注意したらブロックされ、以後、サンドラ氏から田舎差別されまくって傷ついた

など、僕的には振り返ってみると悉く犯罪まきこまれ系だった。心を大変痛めつけられた重大被害はありまくった。ほか印象に残っているのは、

7.七輪タトゥーをイケズな日本女らしきのが揶揄してアリアナ・グランデが傷つき、日本語学ぶのをやめる現場を直接目撃した

のも酷く傷ついた。その場で七輪は語源的に「七厘(で買えたことからそう呼ばれていた)」の常用漢字への置き換えだから、七つの輪が七輪で間違いではないと自分はツイッターで真実をアリアナアカウントかなんかに返信したのだが。

8.ほかに匿名・覆面哲学チューバーとかいういかにも怪しいやつが絡んできて、やつの信者から色々と陰湿に誹謗されたかけた

のも俗物どもの陰湿な悪意でかなり傷ついたし、酷かった。糸崎公朗という人が貴族義務の趣旨で正統ソクラテス解釈をしており、確かに2chでもピグでも酷い犯罪被害に遭ってきた自分は、30億円踏み倒し犯罪者ひろゆきの金儲けサイト2ch以来、日本語圏独特の匿名卑怯者文化を実に悪質だと感じてきた。したがって糸崎氏によるまっとうなソクラテス解釈は尤もだ、侍も自分から正々堂々と名乗って、(己に如かざる者を友としないのを前提に)互いの人格を認め合い、名誉を尊重しあっていたのに、と儒学的な文脈で称賛の内容を返信していた。そしたら、覆面匿名チューバーの方は責任のがれ前提の卑劣な立場を、表現自由権のなかった時代の匿名・偽名の出版などをひきあいに自己正当化しようとしたのか、途中で大層つけあがった不躾な態度に突然様変わりし、取るに足りない学歴をひけらかしつつ我々をまとめてブロックし、やつの信者から袋叩きにさせる人格毀損の意味でさらそうと、ツイログだかなんだかにまとめてくれなどと、ソフィスト級の傲慢きわまりない上から目線で、糸崎氏をひどく侮辱してきやがったのであった。糸崎氏はこうなる前にもその匿名チューバーへなんか謝っていたのだが、僕から見たらどこにも済まない部分などないのだから、ソクラテス同然に堂々としなければならないと返信していたら、狂った信者が陰険な言い方でよってきて、僕の方までまきこまれかかった。
 どの時代でも偽物というのは確かにいるものなのだろう。そしてそういう奴に限って表面だけの肩書き、学歴、身分など付属物で実態のなさをごまかしているに違いない。

 結局の所、自分にとってツイッターは有害な事件が99%以上を占め、何か得した事があったかいえば具体的にも何もない。2年やってそれって事は、今のツイッターはスラムだと判断していいであろう。そして今後10年やろうと似た様な被害が拡大し続けるだけと自分は悟った。その頃にはもうツイッター自体ないかもしれない。

 そして自分は、生まれ育ちの悪い人達ってのが、よく考えると昔(2、3歳とか)から心底苦手で、思い返してみても僕の母の方は自分が人見知りの為そうだろうなぁという自分への扱いで、なるだけ親の力で悪友みたいなのと遠ざけ善友と親しめるよう工夫しようとしてくれていたと思うし、とかく、不良みたいなのと僕の相性は至極悪いのであった。だからそういうのがいる場には、本当の話、一切近づかないしかないのであった。
 自分の親友の小野君が、ウォーホル(僕はファンだ)のファクトリーを実写映画でみて「不良の集まり」といった。そこで僕が小野氏らと協働しようとしていた20代前半の頃、アート活動していた緑川雄太郎氏の集まりに小野氏は出入りしていたらしいのだが、ファクトリー的なものなのかなぁと自分は想像し「一緒に(アート活動を)やる?」と僕がいったら、小野氏に「いや、鈴木さんとなんか違うからやめた方がいい」といわれた。これとかいかにも同じ文脈であり、要は自分を、東京圏にあふれる素性の怪しい人間も混じっているだろう、不良までいかずとも潜在的半グレ現代アート業界(ごく大目に見ればそうでもきっとないんだろうが)に夜な夜なたわける地下グループみたいなのから、なるだけ遠ざけた方がいいという判断として、小野氏はそう言ってくれていた気がする。自分としては緑川氏ってそんな場所に出入りしてんの? とその場で感じていたが、小野氏は、嘗て僕と最も親しい友人であったからには、十分客観的に自分の特徴をわかってる部分もあったろうし、その後にできた緑川氏らからなる0000(オーフォー)解散後はるか経った今から振り返っても、それはまことに誠心からの忠告だったのである。
 端的にいうと、自分は小沢健二的な人物であり、小山田圭吾的な人物では全くない。それはそれ以後色々な人間と、ピグ上でやりとりした結果としても十分その様だと思うかぎりで、自分はうらぶれ不良系と全く馬があわない。
 これをいまの時点で完璧に悟るまで、僕は多分16歳とかでネットにふれはじめてから今で約20年後であるが、なんと合計20年かかっている。膨大な試行錯誤であった。

 単にネットの匿名キャラとかほぼ例外なく不良系でしかないのだが、世間にすれた人達ってのは東京圏とか京阪神とか都会に多いのもあって、自分は都会人一般とも、通例、余り相性がよくない。自分はいわゆる郷士(横文字でいえばカウントリー・ジェントルマン)の類らしく、これまでもなんか京阪神だの東京神奈川だの、名古屋だの福岡だの仙台だの札幌だの、都市部のすれっからしどもには現実でも多々嫌悪を感じた。特にネットには匿名・偽名でそういう都会人どもって溢れているのに、およそ例外なく汚い様な性格悪い様な陰湿な悪意をつねづね感じるのも確かだし、具体的にひどい犯罪をしてくる場面もよくあり、全体として不道徳な感じがするので自然に縁が遠ざかってきたが、もう匿名には一切関わらない、かつ、もうなるだけ都会方面とも人生でばっさり関わらないよう大方針を定めるつもりである。
 自分は10代後半から20代半ば位まで都内でくらしたので都会生活がどんなものかは知っているのだが、そこでたとえ親しい人達と社交の機会があったとしても通例、正直なところある種の人間味に欠けたものに思う。軽薄で表層的な商業社会である。また具体的に言うと満員電車とか苦痛極まりないし、町も都市もごちゃごちゃしていてきたなくて不快だし、家賃が高いのに部屋も酷く狭くて苦痛であった。ほかにも人口が多いためか不快害虫のゴキブリ、猛禽化したハシブトカラス(いなかの可愛いミヤマガラスでは到底ない)などが多すぎるほど不衛生、そもそも東京MXのニュース番組でのゲストの言動とか、都知事およびその候補の質とかにみられるとおり、民衆の平均的資質が茨城で一度もみたことがなく驚くほど品性下劣など色々、都内がスラムじみて感じたことはあるが、総じて東京という自治体は全然好きになれなかった。実際に都内にまだくらしていて自分と似た感受性を持つ者にはわかるに違いないが、周りが俗悪だからどんどん自堕落になっていく渦が東京である。
 特にほぼ都市部全域にわたって身近にろくな自然がないのは致命的で、四季折々の花鳥風月の移ろいどころかその種の慰めなどなにもなく、超高ストレス環境である。都会の人達というのは全体として、これゆえいつも大抵、田舎ののんびりした人達に比べいらいらしており攻撃的で、人として最も重要な感受性が一様に欠落しているといってもいいだろう。モギケンがある日きれて東京弁で「秋の虫みてえにうるせえから」と言ったのは、俳句的精神に逆らうこと甚だしいが、何しろ都内には害虫害獣を除けば、総じて俗悪なヒトしかいないのだった。 

秋の虫さわぎ楽しむ大炎上

 この文を読む人はとても幸運だ。だって自分の痛みを伴いまくる実経験を参考に、誰かが再び罠におちかねない20年分を省略できる。
 自分は親も家族も性情がいい方だと思う人は、絶対に、もう一度いうが、絶対に、不良の集まりにすぎない匿名日本人が群れている場には関わってはいけない。今のツイッターはまさにそれ。

 生まれ育ちの相対的にいい側は、ネットでは匿名犯罪者が群れている様なタイプの場は、絶対かつ徹底的にゼロ耐性で避けるしかない。これは間違いない。自分の実人生の何分の1か、相当部分を占めている20年分の、ネットに関する最終結論である。
 基本は日本語圏の話だが、外国でも多分同じだろうと思う。
 匿名犯罪者(匿名卑怯者、偽名含む)が群れている場というのは、30億円踏み倒し中の犯罪者ひろゆき一味らが東京赤羽界隈からネタぬきでつくりあげてきた、日本特有の最悪ネットスラムなのである。2chみたいに地下文化でしかありえないだろう、荒廃した社会が表に出てきてしまっているのが日本語圏ツイッターであり、もしも、三浦春馬氏が或いは木村花氏がツイッターさえやっていなければ? かれらは今も生きていたかもしれない。無実の人へ濡れぎぬ誹謗でころしまくるツイッター民一般(何せ匿名・捨てアカウントで群れてるから悪質な荒らしは全体の一部なんだろうが万人と見分けがつかない)とは、心底ろくでもない極悪衆愚である。犯罪者を超えた犯罪者。そんなラスボス城みたいなネットスラムから生還できる方がおかしい位なのであって、自分は偶然助かっているにすぎない。

 東京って町そのものが内部でくらしてみた限りそういうスラムだったと自分は感じたが、東京人がほめてるものって一般に、質がとても低かったり、逆にかれらが貶してるものって実際に確かめてみるととってもすばらしい所とか物とか文化とか、人々とか世界とかだったりするのだ。本当に。これは僕の人生経験上ではかなり間違いないくらい、東京人発の情報には騙しが多い。だって群れてるだけ、自分の頭では何も考えていない衆愚なんだものかれらって。そんなの基本疑ってかからないといけない。
 例えばかれら都民がやたら最低最低と貶してる間に僕は茨城県を方々旅してそこがいかにすばらしく美しいか、偉大な歴史と精神性を抱えた、底抜けに恵み深い風土かをまざまざと思い知った。それに比べいかに東京が惨めな精神性しかない、浅はかで低俗な、貧しい町な事か。すなわち東京人達はこのことについて正真正銘、恬として恥じることなく100%嘘をついているのだった。だから僕は、この都民という大嘘つきども、まちがいなく天罰があたるだろうなぁと前からみぬいて地元に帰ってきたのだが。
 構造的にかれら都民一般は職業・商人であって、企業とか個人とかが搾取の悪意ある利己心で、つまり金儲け目的で、一見、消費者に都合のいいようでいて、実は東京人しか得しない虚偽情報ばっかり、連日連夜流してるからそうなのである。そこではマスメディアもミニメディアも同じ。当たり前だがただの都民による商業宣伝媒体ばかりなのである。
 そんなので支配されてるんだから全体もスラムみたいになって当然だろうし、その趣旨で、都民は一般に嘘ばっかりつく。当人らは嘘ついてるつもりない場合も希にはあるだろうが、直接的に詐欺してくる事も、東京都では大分いなかな練馬区の保谷ですら18歳のとき普通にそこらの人から僕は詐欺被害にあったし、きわめてよくあるのだった。新海アニメでは理想化して描かれる都会とは現実には恐るべき犯罪者の巣窟であり、基本は他人を自分の金儲けのために騙くらかそうと、都会人どもは通例、適当なことばかりいっているのだ。

 恐らくその文脈だったのだが、ツイッターは「tsudaる」以後、なんかさも最先端でいい所だ、必須SNSツールだみたいに東京発テレビでやたらめったら喧伝されていた。
 あれだっていまから振り返れば津田氏個人のインフルエンサー宣伝効果が波及した結果だったといわざるをえない。ツダるっていま言ってみたら逆の意味になってしまうんだもの。別に津田氏当人は個人としてもあるいはかれの会社とか事業の宣伝とかもやってきただけにしても、つまり飽くまで一媒体活動家なんですよーという姿勢なんでしょうが、都内マスコミがこぞって彼のところへなだれ打ち、ツイッター最強説みたく一極集中とりあげすぎた。
 猫も杓子もツイッターやりだしたら当たり前みたいにヤクザも聖人も混じる。

 東京もそうだけども日本っていつもそういう傾向がある。個性をつぶしてまわって和だ和だわだはゴッホになるだと全体主義で確実に異様ななにかへ、意見が超絶偏る。棟方志功個人を除けば、ゴッホ風の生き様に全画家かたよっても果たしていいものか? だからその和全体主義ジャパンでは常に、逆張り個人主義を基本姿勢に持たないと、愚にもつかない確証バイアスでよい意見がつぶされまともな判断できなくなるし。小学校以前、幼稚園未満の近所のこどもグループとかからしてすでにそういうつくりなのである。すぐ群れる。下手すると自殺攻撃集団とかに皇室・政府・民衆からつめこまれ身の安全すら保てない社会、それが日本人なるものの集団である。76年前現実にあった話なので冗談ぬきで。
 ある異なる意見がいくら真理であっても、全力で皇室とか日本人一般がイジメまくり、封殺してしまうのが、この国の最低でも和を中国古典の礼儀の用から意味を大分ずらして援用した聖徳太子『17条の憲法』あたりから変わらぬ、深刻すぎる問題だ。同調圧力を私権のため乱用する邪教祖と、それに媚びうる多数派の圧政が酷すぎる。
 平将門が関西の移民達へ関東は自治権があるとか、アテルイが桓武天皇へ東北を虐めるなとか、徳川慶喜が皇室の元にまとまって開国し国会開きましょうとか、民衆が大正期に民主主義求めたとか、昭和期に戦争反対の詩人とか。驚くべき事にいまから見たら全員正論であったこれら全意見が、意見した人達ともども、当時の馬鹿日本人・皇室に例外なく抹殺され汚名までもを着せられてきた。イエスを磔刑にソクラテスを毒殺にした暴徒とみまごうばかり、凄まじい性悪国民・皇室なのである。マジで。ガチンコで。現実にツイッターがスラム状態なんだもの、そんなところを流行のいい場所ぶるとは、どうしようもないやつらではないか。

 果たしていうべきならツイッターは犯罪者の巣窟、匿名卑怯者達が日々重罪犯している場だ! 子供やまともな人は近づかないべきだ! ツイッター社にはまともな管理を願いたい! これが真摯な、真実に基づく報道姿勢でなければならないはずだ? 本当だもの。ザ・東京都民さんに報道倫理がもしあればだが(反語)。
 荒廃したSNSへ大衆全体を誘導する形になったので、まともな心の持ち主からそこでは日々極悪匿名犯罪者らから集団虐殺被害にあっている。驚くべきことにそこにはなぜか関西人一般にはウケがいい神奈川県という場所のガチキチ首吊り士とか、漫画『ブラックジャック』の中にしかまず存在しないたぐいの仙台人・自殺幇助医師とかがぼろっといたのだ。

 東京人一般がいう事は、そういうわけで自己都合の宣伝な場合がほとんどである。全員例外なくとは無論言っていないが。東京人なるものはいうことの中身が、東北圏(但し仙台都市圏除く)とか茨城県北部とかの田舎のこどもが一般に、初期状態の性善的な善意でいう様な、素直な感想とかなんの屈託もない笑顔とかではない、策略じみた卑しい言動な場合が多いんである。それが都会ずれということだが。全く別の文化。南関東圏、特に都市部。そのなかでも東京文化一般のあくどさってのはもっと知られねばならないだろう。

 僕は西新宿の専門学校を卒業したが、アニメ『君の名は』でいかに本物の西新宿がさも最美の理想的大都心みたいに描かれている事か。僕はあの円形の信号機があるあたりのLOVE彫刻が置いてある一段下になってる庭のところで、親友の小野君とお茶だかおにぎりだか食べて休みながら、あの辺、日常的にいた。しかし現実あんなじゃないですから。もっと荒廃した世界です。新宿って。少しは新宿に縁のある都民はみんなわかってくれるだろうけど、こういう全地方向けのローコンテクストで面倒な説明抜きで。僕は夜間部だったし、最後の頃は昼間部の先生に教わっていたから夜も、朝も昼も、あの副都心界隈に大分いた方だろうけども。
 いつも英米ガーでそうつっこんでるモギケンも実際にはその一員なのだけど、全員雛壇芸の人間関係で地位回しあいお膳たてゲームしかやっておらず、作品へのまともな批評ひとつ成立しない空間なのです東京界隈って。これうそではない。だから会田誠はポジション争いのつもりで自分へ絡んできてなぜか怒ったに違いない。サルの社会じゃないんだから。勘違い酷い。だってだれかの作品への批評ってあなた個人への話じゃないでしょうと。しかも自分がツイッターでいってたのって、会田のある絵の中の旗と制服のズレ(北朝鮮のチマチョゴリで韓国旗もってる女)の、精々譲歩してやった一解釈だし。僕はあの絵を立派な絵だなんてちっとも思っていない。ツイッター上で流れてきたから、この旗と制服ずれてね、といっただけ。そんなのそこらの芸術学部で学生すらいくらでも、もっとまじめにやってるんだろうに。それとも会田の絵は芸術学部でシカトされてて批評に一切耐えないのか。東京芸大では、作品が具体的にどういうものか、礼賛一方でなく内容を分析すらできないのか。客観的作品論がまったく成立せず、作家の学位だか経歴だか、忖度だか空威張り方で東京芸大美大界隈の業界内地位が決められるつもりになっているとか、最たる悪風でしかないし、平気で若手へ不躾な馬乗りして威張るやつが、都内では大きな顔しているのである。だから作品はどうしようもないのに高い地位につく、内向きの馬乗り肩書き稼業限定のやつばかりになって国際美術の作品勝負の動向には、常にはるか後方に置いていかれる。そして内輪受けでしかない褒めあいとか貶しあいとかしている「だけ」なわけで。だって作品の批評自体はどうでもいいんでしょうからね。それって因果応報、自業自得じゃないか。
 ほかの某芸大教授もどっかの展覧会で、岩絵の具使ってたら日本画か? 論で若手と衝突して炎上してたんだろうけどさ。少なくとも東京では、毎度のことですからこれ。自分が茨城ではそういう権威主義的パーソナリティ障害系の連中から馬乗りされるみたいな、ろくでもない目にまだあってないってだけで、実に、ほかの国内も似た様なものかはしらないけども。東京芸大界隈、大体例外なくそんなだから、一旦作り直さないといけない。まるごと潰されねばならない、と、18歳の時点から、僕ら真剣に絵を志した一部の画学生は美術教育改革を叫んで、あるいはまた詳しく論じてきた。そのあたりも幾ら文句つけても全然進んでないし、進めるつもりも一切ないんでしょ都民一般って。津田さんがディスってるのは東京人にありがちな東京中華思想の文脈で、日本人美術業界全体とか愛知県一般をあまりにくくりすぎにも思うのだが(だってその中には世界史でも希な聖徳なり人徳なりを持つ人もいるに違いないのだから)、東京の芸大美大業界に関する限り、美術に対してもはなから不誠実にすぎると思うのである。

 新宿について嘘ついていいの? なんで都庁の裏にある公園に生活保護もらえず群れているホームレスとその有志による支援配布を、都庁が地下から追い出したリアルのありさまを描かないのと。そういう現実には心汚い都内を、やたら美化して描くって、一体何の為にやっているのだろう?
 表面だけきりとってリアルには汚い都会を美化するわ、逆にけがれなき清流だの、悠久の渓谷、地平線までの黄金の田園だの、はてしない湖だの夕陽にてらされ紫色に輝く山だの、大小色々なお馬さんの駆けている高原だの綺麗な砂浜と雄大な大海原だの、美しい風景だらけの関東北部の田舎を意味不明な差別的偏見でやたらと貶めてくるわ。ま、都民一般が現実から目を背け、浅ましい自己愛妄想の中に生きてる馬鹿だからなんでしょうが。

 最近のアニメとか東京中華思想にこびうって金儲けって、その時点でこどもを悪い向きへだまして、親から搾取しているだけではなかろうか。そういう狡猾な商業アニメって、少なくとも童話の様な、心温まる物語を描いていた宮崎駿がみたらなんていうだろう。いくらパヤオがお歳で引退したからって。本物も偽物もなにもあったものではないのだ、東京。売れれば勝ちみたいな扱いで、くそみそごっちゃに投げつけてくる。そんな意地悪で悪趣味なばかりかきたないの、どっちにせよ最初から近づかないしかできないではないか?

 東京発って地下文化だけじゃなくて地上文化も騙しばっかりである。僕が20年も2chだのピグだのツイッターだので散々苦しめられた最終結論がこれ。というか都内マスコミも適当な濡れぎぬで冤罪疑獄しまくって名誉毀損に一切謝罪しない(小沢一郎裁判がそれ)とか、平気で偏見にすぎない都道府県魅力度差別とかしまくっているし、無罪の遺族を自殺においつめたり余裕で大悪業やっている。無論全員がとはいわないが、平均すると、都内のマスコミってまとめて最悪犯罪集団の一種であろう。記者クラブはじめ、皇室とも、安倍晋三以後は自民党政権とも癒着しているカルテルだし。悪質な嘘が多すぎ、質からいったら最低の媒体環境である。東京の悪徳商人に騙されるな。