2020年9月28日

月額7万円から10万円のBI財源論

拙稿『消費税・法人税全廃とそれらを一元化した内部留保税新設案』に基づいて、竹中平蔵氏が2020年9月23日に放送されたBS-TBS『報道1930』内で提案した月額7万円を全国民へ支給するBI(Basic Income、基礎所得)の実現性を考察する。

 先ず以下計算で使う社会保障費・法人税・消費税の数値は、以下の2015年度日本政府予算を示す財務省資料による。



 私の説では、消費税は値下げ圧力を受ける企業負担と考えられ、理想的な消費税の取り方を意味する以下の数式で示されるC効率性
C効率性=税収/VATを除く最終消費×標準税率
の観点からも、法人税とまとめ一元化するのが望ましい。
 そして法人税は意図的に経費計上や赤字繰り入れなど様々な手法で節税する不正な会計操作をなくす目的で、会計操作後の法人所得ではなく、その前段階にあたる経常利益を配当・内部留保に分ける段階で、内部留保に対する課税とするのが望ましい。
 これらを考慮すると現消費・法人税は内部留保税におきかえられる。但し現状の他国制度と異なる名称になる為、簡単化の為、これまでと同じ法人税の名目で、課税時点を法人所得ではなく内部留保そのもの(つまり会計上、利益から費用を差し引かないもの)にした上で、消費税を繰り入れる事で一元化できる。

 以下ではこうして制度上、C効率性及び法人税の節税対策の両方を合理化した内部留保税(又は新・法人税)を計算に使う。
 2015年度の法人税収は、法人税率23.4%で11兆円。これに消費税10%を繰り入れると内部留保税率は33.4%。
 2016年度の日本の上場企業の内部留保(貸借対照表上に計上される蓄積された利益剰余金)は、406兆円(金融業、保険業を除く、財務省『法人企業統計調査』より大和総研調べアーカイブ)。よって内部留保税は406兆円の33.4%で、135兆6040億円となる。
 一方、2015年度の既存の法人税収は11兆円、消費税は17.1兆円だったので、足して28兆1000億円。よって135兆6040億円から28兆1000億円を引くと、107兆504兆円の税収増となる事が予想されるだろう。

 またBIに必要な予算は以下の方法で計算する。
 単純に日本の総人口1億2581万人(総務省統計局、令和2年(2020年)4月確定値)に一人あたり月に10万円を配るとすると、月12兆5810億円、年150兆9720万円必要となる。

 年150兆9720万円に対し、内部留保税135兆6040億円は15兆3680億円足りない。
 既に前掲の拙稿で論じたが、BIは日本では憲法で定める生活保護捕捉率の低さを改善する点で、また普遍的には"Mirrlees Review"(2011年、IFSホームページ上の発表は2010年)の評する消費税の不公平さをなくす目的に合致する点で望ましい。
Distributional goals are pursued in inefficient and inconsistent ways. For example,  zero  and  reduced  rates  of  VAT  help  people  with  particular  tastes rather than being targeted at those with low overall resources...
-- James Mirrlees etc. "The Mirrlees Review: Conclusions and Recommendations for Reform", FISCAL STUDIES, vol. 32, no. 3, pp. 331–359 (2011)
(当時の英国での課税制に於いて、その課税)配分の目標群は非効率で辻褄の合わない仕方で追い求められている。例えばVATのゼロ及び軽減税率は、全体として資力の少ない人々ではなく、特定の趣味趣向をもつ人々を支援している……
――ジェームズ・マーリーズら『マーリーズ評論:改革の為の推奨事項と結論』、FISCAL STUDIES、vol. 32、no. 3、pp. 331–359(2011年)

法人税と消費税をまとめ内部留保税(新法人税)にきりかえる主な目的は、実質的二重課税の防止と、節税防止による効率的税制への簡素化であり、それ単体では税制全体の累進性を高める事にはならない。公平な競争にあたって中小企業を優遇する意味はないといえるので、内部留保税は一律課税が望ましい。よって累進的な性質を持つ所得税の税率を上げる事が、税制全体での所得調整力を高める結果になるだろう。
 2015年度の所得税収は16.4兆円なので、その税率を約2倍にする事で、足りない財源を補う事ができる。これで帳尻が合う計算になる。
 もし竹中案の国民ひとりあたり一月7万円で計算すると、年にひとりあたり84万円を1億2581万人に支給し、必要な税収は105兆6804億円となる。即ちこの場合、単に法人課税を簡素化しつつ、課税地点を節税が意味をなさない本来の利益剰余金にあてるだけで、今より所得税率を上げる必要がない事になるだろう。

 では上記の手順で月に7万円から10万円の幅でBIは十分支給可能として、また給与が上積みされる無償給付なので勤労意欲の減退も伴わないと考えると単に、生活保護捕捉率や相対貧困率の改善など、全体の所得調整の面だけでも実現しなければならない政策だが、どの額が適正かについて以下参考資料を挙げる。

 厚労省『厚生年金保険・国民年金事業年報』(平成30年、2018年)の結果の概要によると、支給されている平均月額は、老齢年金が5万5809円、障害年金が7万2109円。
 厚労省、社会・援護局保護課『生活保護制度の概要等について』(平成28年(2016年)5月27日)によると、同年時点の生活扶助費(住宅補助などをのぞくいわゆる生活保護費)は東京都区部等で8万870円、地方郡部等で6万5560円。
 東京一極集中にまつわる都市問題の重大な一つは、2016年度の厚労省・人口動態調査によれば、人口が集中する東京都の合計特殊出生率が全国偏差値で28.7と圧倒的に最低の数値を叩き出している事アーカイブ)に求まる。東京は大変出産し辛い環境で、人口増には総じて地方移住が必要といえる。
 全国民に同一額のBIを支給する事は、上述の様、想定される最低基準額にあたる7万円でほぼ障害年金と同額水準(平均2109円減)を維持でき、老齢者については月に1万4191円多く支給される事になる。また東京都区部では最低基準額より1万870円少なく、地方群部等では4440円多く支給され地方移住を促す。
 つまり7万円の最低基準額は、現時点の憲法25条で定める文化的最低生活保障を考えると、寧ろこれまで日本政府が一部の利益に奉仕し、全体の利益に反する事で怠ってきた国家の義務といっても過言ではないほど適正な計算になるだろう。

 因みに、私の計算では、月額8万9820円の支給で必要な予算が135兆6030億504万円となり、増税なしに内部留保税で賄える。現時点の2018年1級障害年金の支給額は月額8万1177円なので、全国民が過去より多く現金を得られる結果となるだろうし、その相当分は可処分所得に回るため景気回復にもなりうるだろう。

 また、もしこれ以上の支給額を望めば、上記の様、所得税を上げればよい。