2020年8月31日

他人の尊卑評価は構造的に或る主観の投影

愚かな人達は愚か者を指導者にし悪果をもたらすが、それが悪果だとすら気づかない。愚民が独裁者を崇め奉っているのは彼らが善悪と強弱の違いを理解できないからだ。

 卑しい人は、その人に想定される範囲の徳性しか認知できないので、想像もつかないほど卑しい人を崇めたり、敬ったりしているものだ。或る種の女オタクが「尊い」と卑しい者や下品な者、俗悪な者に向けて言っている場面をみるが、まさにこのカルト信者的知能を持っているからといえる。

 信者が或る政権を作るとすれば、驚くほど卑しい人達の集まっている大都市(例えば東京都や神奈川県の単位)で、驚くほど卑しい首長が選出されるのもなんら不思議はない。
 卑しい人達は往々にして自らが卑しいと自覚していないので、自信を持ってある候補を選び、その人に自らの道徳を代理させている。