2019年12月31日

不易流行からみる作家の興亡

とても有力なアーティスト、作家が、ずっと最先端のことをしてて時代を牽引しているのだが、あるときなんか外しはじめたかな? これはちょっと違うな、という言動がふえはじめ、つぎに気づいたらもう全然、時代の中心からずれてしまって「だれだっけ?」となってしまう事例を複数みた。
 最初にストライクゾーン外しだすときは、とってもゆるやかな変化なので、猛烈にその人の作品を分析してないとわからない。しかしずれるときは確かにずれだす。

 僕がみてて村上春樹が外したのは、『走ることについて語るときに僕の語ること』で、アイポッドでなく、なぜかミニディスク賞賛してしまっていた時からでした。
 あのひとはもともとマック派なので当然、アイポッド、アイフォンへと移行していてよかったはずが、なぜかランニングのときミニディスクがいいんだといっていた。僕は当時も今もマック派ではない。むしろソニーが好きだった。だからそんなもんかと思っていたら、まったく違った未来になった。大ズレだ。
 その後もずるずると、春樹はまあもともとストライクは少ない変化球もボールも多い人であったが、なんていうのかただのネタ流行作家みたいになってしまい、若者の旗手みたいな地位ではまことになくなってしまいました。

 大江健三郎は春樹を芥川賞からおとした立役者だが(最初からアメリカかぶれが! と一喝していた選評伝説)、もう一個上の世代ではブイブイいわせていた。2ch文学板にいた春樹っぽい成りすましっぽいやつが、大江は『同時代ゲーム』あたりから、外してなかった? とかいっていた。
 僕は新潮文庫の『死者の奢り/飼育』だの、『万延元年のフットボール』だったかはもってたが、あとから全作品よんで、全部はずしてんじゃないかと思ったが。当人ぽいひとがスレッドへ降臨して(例により成りすましか)、こっちディスってきたこともあったし、自分はもう一切かかわらないようにしている。

 なんでこれを書いてるかなら、ネットでブログ読みまくる趣味がある自分であるが、脳科学者で作家のモギケンこと茂木健一郎氏の全日記や全講演を制覇後、ツイッターみてたら、今年の暮れにかけて、なんかはずしはじめてんじゃねえかなと感じる節があったのだ。若者論で。
「これみたパターンだな」と感じた。
 茂木さんは今年の中ごろ体調をお崩しになられ、半月くらいウンウンうなってらっしゃった。なんかあのあたりから、論調に自信がなくなってきて、ジョブス愛をアスキー(兼もと極東マイクロソフト副)社長の前で猛烈に語りブチギレられた青春の面影が薄くなった。のでなければいいが。

 大江は最初から一度もホームラン打ってないと自分は感じたし、凡打が多く、昔は偉かったとかいわれても、あらゆる古典文学と比べ時代の荒波に耐えられる水準の作品は、残念ながらひとつもない。春樹は短編なら少しはましなのもあるが長編に関しては全部下品すぎてダメ。ストライクはそれだけ難しい。
 で茂木さんだが、ノーベル賞級作家の延長として評価するのはおかしいかもしれんが、まだ本のほうは買うお金ないから網羅してないけれども、日記、及びツイートの一部についてはところどころに光るものがある。正統的に文芸批評しようとしているといえる点があり、やっとイマドキ知識人が出たといえる。

 茂木さんは講演の依頼が多い。NHKに出てたのでその延長と思うのと、高校のころ今はなき地元書店で買ってからかもしれないけど小林秀雄を模範にされていらっしゃる。小林は講演記録が残っていて、当時はブイブイいわせていた。そんで僕は、小林はいわきの図書館で一冊読んで、こいつ雑魚だろと思った。
 たぶんこれまた新潮文庫の『モオツァルト・無常という事』だったかと思うが、文体は割としっかりしていていいのだが、内容がしょぼい。まどろっこしくて本質をいいあてるまでが間延びしており、しかも穿つ前に論を締めてしまい、ああこいつ批評なめてるなと思った。簡単にいうと、批評商売してる男である。

 実は僕は、書いていいのかしらんが(ダメなら消すが)、茂木さんがやってる私塾みたいなのに呼ばれた。ピグにいた秋田の少年が、東北大に合格してたいかにも秀才ぽいタイプだったんだけれども、その勉強会みたいなのに行くんですよ~といっており、そんなのがあるのは把握していたが、行かなかった。
 その私塾なのかすら把握しておらずお呼ばれに行かなかったのはいくつか理由がある。
 まずこのモギケン氏を、私は当代の日本の知識人としてはまず上等の部類と認めるものの、たとえば東浩紀一派とつきあってネット配信内で、古市憲寿氏を童貞ネタであおる言説など、品行に結構問題あると思っている。
 シールズのデモにでて、国会前で歌うなど、お茶目な面もあり、龍馬松陰スゲーとかいって徳川からはじまって会津アイヌ琉球とか朝鮮とかかれらの被害者がわになんの配慮も払わないなど、幕末観にも随分偏りがある。この辺も疑問しかない。つまり文系知能からすると、ぶっちゃけまあまあの水準である。
 勿論、かれの専門であるところの脳科学については、一般向けの言説におろしてるから世間になめられてるかもしれないが、聴くかぎりかなり高度な水準にある。特におもしろいのが、量的な統計では究極の意識が説明できない、という一種の潮流転換を狙う立場で、学会の主流から外れてる点である。
 要するに、人としてつきあうに足るか? というと、僕は恐るべき人見知りで、極度の引っ込み思案であるから、直接会いたくはない。文はたまにおもしろいっすけどね、くらいである。
 大体、東京の世間は汚い。汚いものにまじわりたくはない。
 であるから、貴重なお誘いを断ったのだ。
 で。

 茂木さんが小林ダイスキなのは、講演の参考になるという点がかなりある。ほかにイギリスのコメディ好きも同じ意味で、彼個人の仕事に役立つ面があるから一石二鳥なはずである。
 自分がいいたいのは、知識人には一流と二流がある。二流に見習うと一流になれない。小林は二流の知識人である。
 僕としては、下らない評論家に一々時間と労力を使うひまはない。なぜなら一流以上の練達に学ぶだけでも、一生百年は到底たりないのだ。

 作家も同じだ。東京の出版屋は金儲けなきゃいけないせいで、売れりゃもちあげスウェーデンのノーベル賞選考委員会に手紙送ってるが、こんなのまじ雑魚の世界だ。
 大江だの川端がいい例で、どっちもたぶん僕は全作品よんだとおもうが、川端は『伊豆の踊り子』と、『掌の小説』のごく一部の篇を除いて、はっきりいって下らない。いうまでもないが、ノーベル文学賞なんざ権威づけで業界ゲームやってるに等しい。それは芥川だの直木だの、小林三島なになに坊ちゃんエッセイ賞だのも、多かれ少なかれ、まるで同じなのである。
(『伊豆の踊り子』は、東京ぐらしでくさくさした主人公に、伊豆旅行でたまたま見かけた踊り子がいった一言で、良い意味で地方らしい純な心をうつす素朴話でいいのだが、ほかの長編はどれも退廃的である。『掌の小説』は中にはましなのも混じっていて、特に被差別部落の中の人の描写が興味深いのだが、これだって民俗学的でしかない)

 つまるところ二流以下の世界でしかない東京だのの出版屋界隈につきあっているかぎり、未来永劫、世界史の古典となる文章家らと同列に立つことはありえない。だって考えてもみればいい話だが、そのレベルの偉業をしていた過去の学者らは、出版パーティーが宴会がどうちゃら世事なんて無視していたのだ。

 流行をはずす、それはまあいい。そんなのどうでもいいからだ。島田紳助がいってたがお笑いも不易(紳助理論だと個性)と流行があって、両者を兼ねるとヒットする。芭蕉の俳諧理論である。でも、同時代でヒットしたかどうかなんて大きな目でみたら大した意味はもっていない。ただの小波もあるからだ。

 日本文学でいうと、「筋」についての芥川と谷崎の有名な論争があった。いわく芥川は筋がないのが好きで、延々と日常が続く志賀直哉みたいなのがいいんだという。いまでいう日常主義(日常系、文芸ミニマリズム)を先取りしている。が谷崎は大河ドラマみたく筋が一番大事、ゆえに紫式部が偉いという。
 この「筋(すじ。plot、筋書き)」についての議論は実は古代ギリシアの時点で、アリストテレスが『詩学』にまとめている。アリストテレスいわく、劇(当時は詩と物語が合体していたので、正確には詩劇)の本質は筋だという。谷崎と同じ立場である。芥川は、いわば現代のサブカルを先駆けていただけだ。
 つまり、日常系アニメ(『ドラえもん』『サザエさん』や『けいおん!』みたく永遠に日常くり返されるやつ)というのは、経緯的には芥川理論に端を発し、春樹がアメリカのビートニクなど、庶民そのまま描いた文芸ミニマリスト一派からパクった神戸人ネズミと僕の描写が、崩され混じって定着したのだ。
 そんで、たとえば私小説というのが途中であって、これは薄汚いのも含む人の内心をぐちゃぐちゃ書く流儀であって花袋『蒲団』からはじまり太宰『人間失格』あたりで形をとったのだけれども、いまでいう又吉とかは、この流儀ダイスキなわけです。で、日常系だの私小説だのは、ただの流行なのであります。

 もっと大きくみると、劇作には筋がきがあり、それにまとまるのであります。これは大昔から変わらない。『千一夜物語』とか『竹取物語』とか。最近のだと今年天皇もみた『この世界の片隅に』だって、スズが嫁いけといわれ広島いったら原爆おち、お兄さんだかも戦争とられ死んで敗戦報でナンデヨが筋だ。
 スズとしては日帝に翻弄され、本当は画家にでもなりたかったかもしれんのに嫁いけでダメになり、そこでも家の娘だかなんだかも不発弾で死に、自分も片腕だったかなんだかなくす。で、終戦の詔勅を天皇がラジオでつげるのだけれども、一人で家から崖まで走って「勝つんじゃなかったのかよ~」という。
 そのあと、夫と橋の上でかたりあい、嫁としてまたやり直すところでおわるのだけれども、まあ筋としてよくできてる話でなく日常系ぽい演出だから、主人公スズは特に主体性を発揮せず運命に翻弄される存在として描かれる。これは逆に、作劇法的には日帝の暴力を浮き立たせてるのだけどみた天皇気づかず。
 令和天皇なんてそんなもんでした。娘の愛子さんも皇后も感動しましたヨなんていって、あんたらの家でこうなったんやで! というのが作者の強烈な皮肉にして反戦メッセージなのだけれども気づかない。
 ここでいいたいのは、筋は物語で伝統的な不易要素という話。日常系でも一話ごと小さな筋がある。

 話がこんがらがってきましたので、冒頭にもどります。
 当時流行の作家たちというのは、一般に、先端っぽさを色々演技しており、オレスゲー、ウチヤルヤロ? 来いよこいよ買えよ~みたいな風を装っています。だが一発屋もいる。
 春樹も作中で人物にいわせてますが、本当は、古典しか読む価値ない。
 なぜなら不易のほうをつかんでいない人は、ひととして大事な本質を語っていないからなんですね。ですから、私は小林は二流だといった。もっと読み込めば、ジークフリードは死なないんだからなあ、とか名言でてくると茂木さんは仰るでしょうが、味薄めた売文をまきちらしてた面は否めないでしょう。
 大江は言っていましたね、私は書きすぎましたと。『大江健三郎作家自身を語る』のインタビューで。その通り。大事なことは少しでいい。ただ、彼は筆一本でくわねばならず、かきちらす条件に入ってしまった。もともと東大新聞時代から売文道に入り込んでいたから、学者の王道から逸れに逸れああなった。

 最初に、流行を外れだす瞬間は、敏感だとわかる。しかしこれは売れっ子の道からそれはじめるんだよというだけで、いわば成長軌道からゆるやかに下降に入るくらいの感じである。クランプである。違った。道路でいうハンプ・バンプである。だいぶ違った。それはいいけど。つまり速度がおちてくるのだ。
 もし時代の風を感じ取る能力が、なんらかの原因で磨耗しても、不易のほうをしっかり捕まえてトラマエテ(まちがった言葉遣い)いたら、ちゃんと歴史には残る。たとえばリヒターとかモンドリアンは最晩年までこの磨耗がなかった(代わりに流行度も恒常的に低いが)凄い画家である。加齢ではないらしい。
 逆に、流行をつかまえ捉えるのが本当にうまい人がいて、画家ならウォーホルがそれで、僕が一番好きなアーティストでもあるが、自分とはある種、正反対な人でもある。彼はむしろ流行しかない、みたいな演技しかしない。だが恐るべき精度で、どれも不易に立っているので、そっちのほうが演技なのである。
 問題なのは、そもそも不易がわかっていない人である。これが、作家、芸術家の99.9999%以上を占めている。なぜそうなるかといえば勉強してない。単純だ。みな天才の世界だとおもっているが、実態は、勉強熱心さの天才の世界である。若くして天才ですごいね。それは彼らの学習能力が抜群なだけである。