2019年7月19日

京アニ炎上事件への10の疑問

なんでツイッター民って気が狂ったみたいにアニオタに同調しまくるの? 非常に気持ち悪いんだけど。
「全会一致の幻想」ととてもよく似ている。なぜ全員が同じ意見を、しかも際物でしかないような、どうみても偏った意見をさも社会正義みたいな面で述べるのか。

 まず「アニメーション」という低俗な大衆娯楽自体には同情の余地がないですよ。そのファンの人達にとっては真剣な問題なのかもしれないが、いってみればパチンコのファンとかゴルフのファンみたいなもんで、その文化が嫌いな人から見たらアニメーション自体が下品で悪辣で、忌避の対象なんだから。
 で、アニメとまったく別に、大量殺人が起きたということ自体には確かに同情の余地が幾らかある。しかしイラク、シリアで自衛隊や同盟国が同調してやったこととそこで起きた大量虐殺、或いは原発事故で大量死した人々の現実に比べたら極めて規模が小さいわけで、非常に偽善的な臭味を感じる。例えば私は『けいおん!』とかいうアニメは気持ちが悪くて見るのも穢れるほど嫌いだし、何一つ共感もできないので京都アニメーションという会社が作っている諸々の作品には完全なマイナス評価しかもっていない。例えばジブリはとても優れた会社だと思うが京アニはもっとひどく低俗な会社だと思う。なので宮崎駿が生前にジブリがテロされたらそれは人類の文化史にとって致命的な事件だと確信できるけど、京アニ如きが潰れても二流のアニメーションが消えてさっぱりするなって感じで、アニオタとはその点でまったく意見が180度違う。したがってアニメ文化の一大事みたいなのは間違ってると思う。
『けいおん!』もネットで1話だけチラッと見たかなんかくらいだからはっきりいうと全然よくしらないんだけど、それでも、アンチが大量につくだろう卑俗さは芬々していた。要は自業自得なのであって、ばかをばかにする様な内容の低俗極まりない作品を連打してたなら、アンチもそれなりになるでしょ。アンチの一人が本物の狂人で、期待してた作品に裏切られたかなんかのあまりの怒りで強行に及んだんだろうけど、そういうのを相手どってる知的に最低級のアニメなのが『けいおん!』なのは明らかだし、いずれこうなるのが目に見えた兆候だったのは、繰り返し脅迫されてたのだから事実でしょう。
 宮崎駿も多分悲しむんだろうけど、私としては、卑俗なアニメを金儲けだかなんかで量産してたアニメスタジオがもし潰れてくれるなら、文化的にはプラスの影響だと思う。何しろそういう粗製濫造の量産型が、アニメの質だけでなくファンの民度も低下させてしまうんだからね。これは殺人容認ではないが。

 日本アニメ界にろくな批評言語がなく、その内部が宗教化されていることは既に書いた(「京都アニメーションのリアル炎上事件は昨今のサブカル客層が最低に俗悪な必然的因果」)。つまり言論による質の批評ではなく、行動でしか批評できない人が出てくる土壌が最初からあった。したがって京アニなる会社は、いわば一種の新興宗教集団だったといえる。なぜなら鋭い批評言語とともに歩むことなく、仲間内の同調圧力で俗受けを狙う商業集団だったからだ。美術業界でもウォーホルは狂人に銃撃されたけど、アニメ業界はさらに批評が成り立たない狂信空間なのでアンチは行き場がない。
 簡単にいえば新興宗教の教団本部が狂った信徒に暴露された形になったわけで、二流のスタジオがアニメ邪教を根本的に否定されたと。犯人は「パクリやがって(盗作だろう)」と非難していたらしいので、おそらくファンがアンチに転化したタイプではないか? 脱会した信者による内部通報なわけだ。美術だと流用(appropriation、アプロプリエーション)とか音楽だとリミックスという形で、過去の作品が文脈をかえて引用、変奏、改変されるのはよくあることだ。つまりアニメでこういった二次創作的な慣行がきちんと定義されていないのも、批評の未熟と関係ある。盗作扱いで過去の継承が許されないままなのだから。
 アニメ業界で衆目が一致する一流の会社は、ディズニーとジブリが双璧だと私は思う。そこからいうと京アニは二流以下なのは明らかだと思う。なにせ私がみた感じそうなのだからしょうがない。だからそこまで大騒ぎしてる人達って、何か勘違いして、京都ブランドとかでだまされているのではないだろうか。
 沢山死にました。だから同情すべきです。それはそうでしょう。しかしそれが至極気持ち悪いアニメを量産している邪教の本部だったらどうでしょうか。無論、痛ましい事件なのはそうなんだけど、「でもあの宗教団体でしょう」「いつも差別してくる京都でしょ」って付帯条件になってしまう面もある。日本史をみかえしたらわかるけど、京都と名乗っている旧山城国の洛中だかの人達は、全国民を散々っぱら差別しまくってきている。彼らは中世ころの移民なんだけど、移民の方が先住人を華夷秩序で蔑視してきたのだ。自文化中心主義の京都にうんざりしている現地人からすると、この点でも同情がそがれる。
 こういうのを全部無視して、「大量にガソリンまいた狂人に、アニメーターが殺されました」という点で、アニメ嫌いとか京都嫌いの人がそういう自分の良心の付帯条件をまったく抜きに、「人が殺されるのは悲しいですね」という点に絞って同情意見をいう。これは当然だと思いますし私もそう思う。

 私がこのツイッター民の全会一致幻想的な同調圧力に偽善の臭味を感じまくってとっても気分が悪いのは、直感的にだが、そこになにか得体の知れない不正が隠されているからに違いない。この連続ツイートと、上述のブログ記事で、自分なりに事件の本質を分析してみてはいるのだけど。
 反知性主義への媚か、サブカルへの俗物根性的な擦り寄りの様な要素もあると思う。いわゆる文化人ぶった東京圏のネット芸人みたいな人らも、型にはまったよう一斉に同情ツイートしてるので。外人が同調してきてるのも大変に気持ちが悪い。おそらく京都と名がついてるので有名スタジオと思ったのだろう。
 私の人生経験として、この様に「全員が同じ方向」で全会一致の幻想を素でやってるときは、その集団的凶行は絶対に間違っていることしかなかった。ということは、今回の京アニ炎上事件は100%その逆の方向、つまりは京アニの自業自得論に、なんらかの正しさがあるはずなのだ。

 反証できない命題は科学的な定立ではない。いいかえればそれはなんらかの信仰だ。全員が一致して同調し、教義化した信仰は人を狂気に陥れる。もし日本語圏の知性が少しでも残っていれば、京アニへの賛否両論があるはずだ。さもなければそもそも殺人が真に罪かまで立ち返って疑義する方がまだましだ。
1.資本主義社会で極貧の中、自殺間際に追い詰められた者が復讐として行う大量殺人は、憲法に規定された文化的生活保障を行わない非人道的な国民集団への正当な革命権の行使なのではないか?
2.サブカルチャーは低俗で下品な大衆娯楽に過ぎず、決して尊重されるべき代物ではないのではないか?
3.アニメ嫌いや京都嫌いはその人の思想信条の自由の範囲であり、京アニ嫌いも当然ながらいてよく、したがって憎き京アニが襲撃され痛快だと感じるのは当然ありうるのではないか?
4.ツイッターで一斉に殺人事件へ同情ツイートするのは、日常的に弱者へ自殺教唆している国民一般の矛盾ではないか?
5.外人の一部が褒めていれば手のひらを返し、その国内文化を素晴らしいといいだすのは単なる主体性がない偽の愛国心なのではないか?(外人に都合よく操作された他人本位の観光客文化)
6.そもそも殺人が悪なら死刑廃止が国家権力による殺人を防止する当為なのでは?
7.日本政府の国会議員に権力を与え、シリアやイラクで米軍らと共に自衛隊派兵や武器供与で無実の一般人類を大量虐殺しておきながら、自分がアニメみたさに、もしくはアニメファンやアニオタに媚を売って、やたら同情ツイートを連打するのは完全に露悪の一種ではないか?
8.宮崎駿在命中のジブリが襲撃されれば国民全体の文化的生活にかなりの影響があるのは認めるが、高々京アニが潰れようと一部のアニメファンが発狂する程度でしかないのに、なぜ急にアニメ通ぶってツイッター民どもは一斉に同情しはじめたのか?
9.京都と名のつく後光効果で、さも京アニがアニメ界全体の中で枢要な地位を占めているかの様な誤解をしている外人級の素人が、一部アニオタの同調圧力に負けて京アニ正義論という極めて筋の曲がった低俗さへの媚を売り始めたのではないか?
10.日本社会から様々な差別・迫害を受け続けている人にとって、日本人の赤の他人への大量殺人をみて「痛快だ、いい気味だ。私を虐待してきた因果応報だ」と感じるのは、一種の正義の平衡感覚から言って自然なことなのではないか?(社会的弱者に於ける復讐感の満足、大量殺人浄化論)
まだまだ色んな疑問があるが、今のべた10の議題も、狂いきった全会一致の幻想へ疑義を呈するのに幾らか役立つかもしれない。死んだ人達が可哀想だというのは当然わかる。しかし彼らを放置したらますます如何なアニメを作り続けていたろうし、もっとアンチを増やしていたともいえるので、業もある。