2019年2月16日

大衆向けの表現には俗物性が必要

自分は一般大衆向けの表現を今日で終わりにする。今後は専門家にしかわからないとしてもさらに専門性を深める方へのみ、自分の力を集中すると決めた。
 私がツイッター上で一部の通俗学者に少し正論を述べてみたら、彼らは尻尾を巻いて逃げ出した。専門知を大衆向け商売の具にしていると朱に交わって赤くなり、馬鹿と変わらなくなってしまうとよく分かった。今日以後ツイッターを見るのも控えるかも知れない。そこにあふれている殆どが二流以下の文化人らしいと分かってきたからだ。
 同じことは中間芸術の一切にも当てはまる。二度と自分は一般大衆に向け表現活動をしないだろう。