小人は同じて和せず、君子は和して同ぜずと孔子がいったよう、なんにせよ同調するだけの愚者というのは有害なことが多く、悪徳や自己の致命的過失まで賞賛してくるのだから始末に負えない。信者ビジネスで集金できても教祖の過信が極まると共同体ごと自滅してしまう。重要なのは批評可能な場だと思う。
ブロック癖(批評的観点の排除)で自己の過失の初期兆候を見逃すのはヒヤリハット事故と同じ法則で、教祖の盲点からくる暴走事故は共同体(信者サロン)ごと致命傷を受ける。同調してくる愚者より、正しく批評してくれる賢者の方が仲間として優れている。
「友となって同情してくれる愚者よりも、敵である賢者のほうがすぐれている。同情してくれる愚者は、悪いことを教えてひとを地獄にひきずりおろす」――ガウタマ・シッダールタ(『ウダーナヴァルガ』25章21)