2019年1月27日

麻生ナチス発言と政治体制の批評

意見の多寡と国益国難には何の関係もない。
 多数政治にあって多数決が公害を伴う誤りであり、国難を生来する時を衆愚政治という(アリストテレスの言い方では多数派が公益をはかるpolity(市民政治)に対する、democracy(民衆政治))。多数派が各々自分の利益を優先し、公益を無視するような時にこれが生じる。
 多数派が各々政治的に堕落しており、公益より私利を図る集団であるような国では、衆愚政治(民衆政治)が生じ、多数決は同集団に公害をもたらす。また最高の公徳の持ち主が単独者か少数者で彼らが政権を執るとき王政や貴族政といい、単独・少数意見が公益という正義を実現する。
 善政は為政者が単独・少数・多数いずれの場合でも、為政者自身のもつ公徳の質によっているので、意見の多寡を公益・公害の判定に用いる事はできない。したがって議論すべきなのは、為政者個人、政党、または政治参加できる国民多数派が持つ公徳の質である。
 戦争は地上で想定される最悪の政治形態である。少なくとも近隣諸国と平和的に協調外交を執れないばかりか、差別主義的な衆愚からの愛国支持を得る目的で、仮想敵の捏造を行う現政権は国民全体にとってのみならず周辺諸国にとっても公害で、危機的な独裁体制に他ならないといえるのではないだろうか。
 安倍晋三氏は単純な憎悪感情に扇動される衆愚を欺き、諸外国への侵略戦争を米軍の手先として行う下準備を進めるべく、手近な韓国軍との軽い事故を大げさに騒ぎたてている。それを憲法改悪への助走として利用するつもりなのだろう。だが戦争は誰もに有害であるからには、全て児戯に値するというべきだ。
 この小沢一郎氏事務所のナチス優生学への人道からの批評的意見として、安倍政権の対韓挑発外交を例に出すのは凡そ見当違いになるだろうし、麻生太郎氏は憲法改悪をナチスのよう独裁政治の元で行えば愚かな国民は気づかないといった趣旨の発言をしたのだから、優生学の議論とすりかえるのは正しくない。
 麻生ナチス発言は非常に問題がある政治的不正な発言と思います。安倍さんや麻生さんは皇族閥・薩長閥だの世襲の箔を笠に着て、自民党内で大威張りしてきたわけですが、彼らに学問が全然足りないというのは皆が知っていることですので、寧ろ馬鹿殿を忖度してしまう党内序列に不健全さがありそうです。
 いわゆる年功序列や、自民党史の中での世襲の箔とか、神道政治連盟・日本会議を援用した皇族閥による後光効果だとか、まあ腐りきったといおうか戦後日本の保守的な位階制に伴う諸々の不合理さの結晶が、安倍・麻生コンビみたいな馬鹿殿を忖度しまくる自民党界隈の異様な光景なんでしょうね。
 自民の村上誠一郎さんが「膿の親」と地元でいわれてる、と安倍さんを間接的に揶揄してましたが、ほぼ事実といわざるをえない。旧体制を腐敗込みでなるだけ長く維持しようとしてる人なのだから。麻生ナチス発言とか、中高生の生徒会でも失脚するでしょ。それを擁護し副大臣って救いようが無いでござる。
 まあこの期に及んで自民党依存の愚民ってもう完全に狂気の沙汰であって、戦争で負けてるのにいけいけどんどんとほざき、反戦と正論を一言いおうものなら憲兵に通報して国民殺害してた時代の衆愚となにひとつ違いはない。安倍内閣メンバーだけでなく自民信者もかなりの国難知能を持っているのは確かだ。
 徳川幕府も慶喜公の禅譲で一夜で亡びたけど、安倍政権崩壊の瞬間も今から楽しみでござるよ。いくら出来レースの安倍ナチズム続けたところで安倍氏もそのうち死にますからね。その前に日本が亡びるだろうけど。小沢氏の生前に腐りきった自民党利権の完全打倒が実現するといいんですがね。