鈴木雄介ブログ
2018年8月1日
慈愛
枯れた草に水をやる
だれもがその草をごみだと思っている
だが僕だけがその命の美しさを知っている
咲いた花が輝く大輪のゆりとなってから
僕が見ていたものを知るとしても
だれも命を慈しむ意味を知ろうとはしない
次の投稿
前の投稿
ホーム