2010年11月4日

実証主義の理解

実証主義が確実さの絶対基礎、とはいいきれない。認識の誤り易さはどの実験にも、仮証法的主観がその仮説のたてかたに関わるから。
 が実証認識、つまり実験で繰り返し検証し直せる事実はその法則さの源としては凡そ全てにまさって確かさに近い。実証主義は法則知にとっての実証主義。実証主義への過信は、みな法則知への過信と等しいので決して科学教と異なる意識ではない。この宗教は限定知能のもとで宇宙の莫大な事象が一目瞭然とできると信じこんで疑わないが、現実にその特定知覚基盤は地球の適応条件に依存する法則さしか捉え得ない。
 実証主義が神の念いへの道、とは信念をこえない。故進化論が創造説をこえた思想と定義できる論拠はどこにもない。信念の合理さで物理法則性があるかないかは一つの文化展開の選択肢でしかなく、思想内でも同じ。