人口減少で国家滅亡論は発情期と繁殖期にしか感心のない雌豚、もといsocialな女権論客らの陰謀のみ。なぜなら、少し想像すれば分かるが「所得」が以前よりはるかに高ければその社会集団がいかに少数でも生活状態は以前よりはるかに向上する。いわゆる扶養力が他の全ての生態より高い状態なら仮に国民が数人でもその国家は万国に冠たるもの。
同時にこの所得水準を得るには機械的自動化による以上、彼らの自由も増大するので、結果として早死早産で祖先がへてきたあらゆる苦悩から解放されゆく。餓死と乳児死亡率の高さが全ての人口の基盤だった時代の論理を、現代文明の段階で愚直に奉じるのは冗談でなければ気狂い。
で唯一の彼ら人口比分の経済力への退行論者、つまり労働者代表組の論旨にみるべきは、およそ多数決の原理が国連決議でも或いは採用されかねない特異な覇権政界への対策。移民で補う場合、当然その利害は複雑となり国家のまとまりは経済圏以上の概念でなくなりがち。
要は『所得向上政策』が自由圏の中で考察されることこそ現代の人口政策の正道。いかに人数が減ろうと何十億の衆愚よりはるかに優れた洞察と運営手段をもつ社会ならば、防衛や福利の面ですら万人が理想とするにちがいないので。少数精鋭こそ全て選良の原則。
経済政策と見たときの人口の不自然な助長はまったく無用なばかりか害毒しか与えない。具体的には不良か不生産なうえ不潔な中間搾取者とその業種が殖え、劣悪な労務を安価でこなす代わりにそのすみやかな機械化を、なかみのないうえ危うい労働者運動や戦争による国債損益踏み倒しへの煽りで妨げるにすぎない。