黒塗りのベンツから出てきたのはどこか、しらない遠い、世界のすみっこの奇妙なちっこい猿。そいつはどうやら島の猿の王だ。その猿は生れついたときから島に在来してるほかのおさるとは違う檻で飼われている。ベンツをもってきてもらって、自分だけは守りがつく。そのボス猿はひょろひょろしている。知能も満足ではない。証拠に、とてもはやく発情する。とても喧嘩で、議論でのしあがってきたタイプには見えない。その猿は生まれついてから一度もベンツで守られなかったことはない。いつでも大変な大金で匿われている。その飼糧はすべて島に在来する、小さな細々しい部屋に住む働き猿がもってくる。絶えることのない貢ぎ物。まるで工場生産の様に、運ばれる徴税の貴重な資源。だがそれが働き猿の手元にもどってくることはなく、威張りくさったボス周りへすべては分割されていく。その取り巻きは自分の取り分を誇り、ほかの働き猿をけちらし、つねに傲慢な態度でほかのお貰いに預かれなかった子サルを見下し見下し虐めている。なにしろあらゆる武器は取り巻きの手にあるのだから当然だ。逆らった猿は監獄で殺されていく。働きサルはとても貧弱でいつも敵対ばかりしているそれぞれ少数の勢力なので、ボスの大群を打つ軍団へ決して逆らわない。殺されるのが怖くて逆らえないのだ。しばらく観察しているとそのボス猿はとてもはやい時期に発情をし、あちこち旅行する。たまの任務は、珍しいメスでもさぐる気なのか、図鑑を読む。それしかしない猿が王様だ。すべての困難な仕事は働き猿がやる。街を築き、漁をし、田畑を耕し山菜を採る。歌って踊って小話を書き付け面白がらせる。天が登り日と沈む。そのくりかえし。何年も何年も、何千年も。だれも大昔のことは思い出せないがどう見ても比弱そうなちいさな猿の住む、世界の隅のその奇怪な島ではこの儀式が延々とくりかえされる。働き猿と発情王の社会関係。そしてその島では、ほかに何も起こらない
ジパング観察記、九月二十八日しるす。