2009年9月11日

合理性の詳細

知性が理性の部分集合か、理性が逆のそれか。論理記号の非口語成分は除去されるべきで、結果、拡張された数学はいずれ全理性哲学(形而上学、後自然学)も支配するだろう。
 つまり理性とは論理式を非数学的方法へ引用した様な知性の実践的側面で、もし知性がなければその理性は非論理的な侭だろう。古代に於いて人間が学問というものを単に説明づけられた倫理的洞察のみに用いていた例はこの典型。
 我々は現状では理性という能力を独立した科学批判の才覚であるとして認めているが、もしそれが完全に数理的論理記号で支配できるほど厳格な学野へと昇格した暁には、というのも哲学本来の目的は普遍的知識すなわち真理なので、知性とほぼかわりなく扱われても構わなくなるだろう。そして人類の末裔が知覚する諸様相はより言葉の用義にとって最も親切な意味で知性的、すなわち「知っている」こととなるだろう。